デジタル=ヴァーサタイル |
「うーん……」
光は腕組みをして考え込んだ。この代物に対して、どう反応したものか。
「うーん……」
一人暮しを始めた相棒の部屋。ここに光が一人でいるのは極めて単純な理由によった。
『ああごめん、光。ちょっと用があってさ。そんなに時間かからないと思うんだけど。え、いいよこんな外で待ってなくても。ほら、これ。俺の部屋の鍵。行って待っててよ。マンガとかヒマつぶすものならあるし。気にするなって』
そもそもが無遠慮な幼なじみで、加えて今は恋人同士。それにしたって防衛線があまりに低いような気もしたが、それは光も大して変わらない。
『えっ、悪いよ。君がいないのに勝手に上がったりしたら』
などと言っていたのはほんの最初だけ。結局わくわくしながら部屋にやってきて、まずはあたりを観察した。
(へえ、思ったより片づいてるなあ。うわ、難しそうな本。これ読んでるのかな。カッコつけるために飾ってあるだけだったりして、えへへ)
そうこうしているうちに自分の写真を見つけた光は飛びつくようにして手にとった。
(この写真、飾ってくれてるんだ! あのときのサイクリング、楽しかったなあ……どうしよう、なんだかすっごくうれしい)
うきうきしながら戻そうとした光の手に、ほこりが少しついた。よく見ると写真立ての上の部分は結構汚れている。
(もう。飾ってくれるのは嬉しいけどさあ)
光はティッシュでほこりを拭いた。改めて部屋を見ると、ほこりが目立つ。
(整理はしてても掃除はちょっといい加減だなあ……よし!)
光は部屋の脇の方に放置されていた掃除機を手にすると、部屋のほこりを一掃し始めた。
(わあ、すごい)
掃除機は気持ちいいくらいにほこりを吸い取っていく。部屋はたちまちきれいになった。
(うん、バッチリ)
光は掃除機を元のところに戻そうとした。と、ホースの一部が棚に当たった。
「あ!」
光はあわてて棚を支えたが、中に入っていたCDやらゲームソフトやらが床にばらばらと落ちてしまった。
「だ、大丈夫かな?」
光は拾い上げて調べてみたが、特にひび割れたりなどということはなかった。ほっとして元に戻していたそのとき、その物は出現した。
おそらく棚の奥に隠してあったのだろうそれは、DVDのようだった。パッケージには女性の写真。その周辺には表現がはばかられるような品のない言葉が並んでいる。いわゆるアダルトな代物だ。
光は思わず顔を赤らめて視線を外した。とは言え、彼女ももう大人と言うべき年だ。ショックで激怒したり号泣したりするほどねんねではない。
(も、もう、しょうがないなあ、男の子ってさあ)
光はそっと元に戻そうとした。が、そのときパッケージの女性の顔が目に入った。
(あ……この人……)
女性は泣きぼくろこそないものの、ショートカットで明るそうな笑顔、背格好もどことなく。
(わ、私に似てるような……)
光はDVDを下に置いた。幸い、写真の女性自体は変な格好をしていたりはしない。光は周囲の文字を読まないようにして女性をじっと見つめた。
「う〜ん……」
光は腕を組んで考え込んだ。複雑な気分だ。どう反応すれば良いのだろう?
「う〜ん……」
(あんまり気分がいいことではないよね。でも……)
しかし仮に、光と全然違うタイプ、長身でグラマー、妖艶そのものなんていう女性のDVDだったらどうか。
(う〜ん。それはそれで嫌だなあ)
自分に似た女性のこういうのを持っている、ということは、自分みたいなのが好みのツボである、と考えられる。
(そのことは嬉しいんだけど……)
光はもう一度DVDのパッケージを見直した。内容は判らないし、見たくもないが。
(こ、これに出てくるようなこと、私にしようと思ってるのかなあ!?)
光はぞぞっとした。
(い、いくら好きでも段階とか、じ、常識とか色々あるから、ね。その……)
まるで本当に迫られたかのように光はおろおろと考えた。そして我に返り、猛烈に赤面した。
(も、もうやだー!)
光はさっさと奥にしまって何食わぬ顔をして待っていようと考え、DVDを手にとった。が、ふと別の考えが頭に浮かんだ。
(よ、よーし……)
光は当初の予定とは違う場所にDVDを置き、何食わぬ顔をして部屋の主の帰宅を待った。
「ただいまー」
三十分ほど後、そんな声が聞こえた。光は玄関に駆けていく。
「おかえりー。待ってたよ!」
「あ、いいなあこれ。新婚みたいだ」
「えへへ、バカぁ。あ、そうだ。お茶入れるね」
光はそう言って部屋の方へ戻った。
「あ、光、お茶さあ、キッチンの下の棚にあるから」
「うん!」
光はキッチンの棚から紅茶の葉を取り出してポットに入れたり、お湯を沸かしたりしながら、時間を計っていた。
(もうそろそろ、気がつくかな。テーブルの上……)
「うっ!」
部屋の方から押し殺した呻き声のようなものが聞こえた。光はにっと笑った。
「なあにー、どうかしたー?」
「い、いや、な、何でも、な、ない……」
どたばたと何か引っ掻き回したりする音が聞こえる。どうやらあわてて収納しているらしい。
(へへ、今更隠してる)
お茶が入ったので、光はお盆にポットとカップを乗せて部屋に運んだ。
「はーい、お待たせー」
「あ、ああ、ありがとう……そ、その、あの、光?」
「なあに?」
「あ、あの……このテーブルに……」
光はわざととぼけてみることにした。
「ああ、これ、いいテーブルだよね! どこで買ったの?」
「う……」
ひきつった相手の顔を見て、光は笑いを抑え切れなかった。
「アハハハハ! なにその顔ー。なんかさ、ノラ猫にエサを取られた犬みたいだよ!」
「あ、あのなあ!」
「アハハ……ゴメンね。偶然見つけちゃって。ちょっと驚いちゃった」
「ま、全く……って、光、怒らないのか?」
まだエサを取られた犬の顔をしている。光は苦笑いしてみせた。
「まあ、君も男の子なんだからしょうがないよ。私の目に触れるところにでんと置いてあったわけでもないし。でもさあ……」
一転、光は精一杯のおどろおどろしい顔を作った。
「君って、あんなのに出てくるようなこと、私にしようと思ってるの?」
光のおどろおどろしい顔と言っても、元が恐怖や重圧とは無縁の造形なだけに大したことはない。が、言った内容からか、相手は心底恐怖を感じたようだった。
「いっ。そ、そ、そんなことないって! あ、あれは、ああいうのは、ま、また別なんだよ光とは。別、別」
絵に描いたような、というか漫画のようなパニック状態だ。光はまた笑った。
「そうなの? なんか怪しいなあ」
「怪しくないって! 信じてくれよ、光〜」
「えへへ、どうしよっかなあ」
「ひ、光〜」
この分ではどうやらまだまだ迫られることはなさそうだ。自分の選んだ相手が、少なくとも自分にとっては正しかったことを確信して、光は紅茶に角砂糖を一つ入れた。
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