レベル1なんてもういない 2−3 |
カランコロン
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると心地よい鈴の音と共に店主に歓迎される。
コランコロン
ドアを閉めると再び鳴り響く鈴の音。
いや悪くない。
それに木造ならではの木の匂いと染色に使用する草木や薬品の匂いが混じって
元いた世界とは違う感じもするが、いかにもな服屋の空気だ。
ここの服屋は民族的なものが多く作りや模様が派手な服だらけだ。
この街を歩く分には申し分ないが旅に出るとなると勝手が異なる。
あと異様に帽子が多い。
帽子売り場だけでどれだけのスペースをとっているのやら。
この街の流行なのだろうか。
「エル、こっち」
不意にラフォードが呼ぶ声がする。
振り向くと一段と目立つ所を懸命にを指差している。
これがラフォードのお勧めだと言っている…のだが。
「なあ葵、これをウチが着ろって?」
物凄く頷いている。
何と言うかヒラヒラしたものが過剰なまでに付いているドレスだ。
しかもこの丈だと裾を擦ってしまうか踏んづけて転んでしまうことがすぐ想像がつく。
それほどにサイズも合っていない。
小さい頃から男の子のような動く事を重視した格好しかしていなかったし、スカートなんて中学校に上がる時に初めて穿いた時にあまりの
恥ずかしさに泣いて入学式に遅刻した思い出がある。
なのでこんな可愛らしいヒラヒラした服などは見る分には構わないが、着た事は無いし着るには恥ずかし過ぎる。
顔は赤くなっていないだろうか。
いや赤くなっていないはずがない。
自分でも解る。
他人から見たらタコみたいな赤ら顔になってるだろう。
もしかしたら涙目になっているのかもしれない。
「きっと、似合う」
いつも通りの真顔でラフォードは勧めてくる。
いつの間に服を持ってこちらに渡そうとしている。
「これは…違うでしょうよ
ウチら旅に出るのに、こんな結婚式に行くようなヒラヒラした服なんて着られないよ
それにさ、ウチが着た所で似合わないよ」
「絶対に似合う」
「いやいやいや、無理だって」
「大丈夫、その服もエルも私が護る」
服のほうが優先順位が前に来てしまった。
どれだけ断っても
ラフォードはやたらと着せたがっているようだ。
その真意は相変らずわからないが、ラフォードに褒められるのは悪い気はしない。
「あ…うん。
それはありがとうね」
「でもさ、ウチ的にはさもっとこうカッコイイのがいいよ。
風になびいてバサバサーッてなる勇者みたいな服がさ…」
勇者、
チラッと口にしたその時
周囲がザワザワゾクゾクする。
一瞬にして殺気ともとれる空気の変化を察知した。
「… … …
お客さん…今なんて言いました?」
思いっきり冷めた言葉が突き刺さってきた。
店主だ。
ただでさえ細い目が彫刻刀のように細さが増し、消えてなくなってるほどだ。
…
空気だんだん重くなる。
押し潰されそうだ。
これはまずい。
話題を逸らさなくては…
「ゆ、シャトーってゆーブランドものは無いのかなーって…なんて、思って、ね…」
「ここにあるものは全てこの街で制作しております。
申し訳ありませんが他の街からのものは一切ここにはございません」
「そ、そっか…アリガトネ…」
店主は再びにこやかな感じに戻っていた。
彫刻刀で彫ったような鋭い視線も始めの頃に戻っていた。
言葉ってあんなに凍りつくものなんだ。
それにしてもなるほど。
勇者とはあのフミという男っぽい女が言っていた通り、物凄い嫌われっぷりだ。
街中がこの感じだと本当に気をつけないと街にいられないだろう。
店内を一周してみたが
店においてある服はこの街の人のために街の中で着る服が殆どで、旅人用なんてないようだ。
あと、帽子が妙に並びすぎだ。
風が強いからすぐに流されてしまうからだろうか。
「エル、服を作ってもらう事が出来る」
「そんな事してもらえるの?」
「はい。
少々時間がかかりますがお客様のサイズでしたら一晩で仕立てることが出来ます」
何、それはつまり背が低くて作る面積が小さいとでも言いたさげな発言にも聞こえたな。
「そういう事ならお願いしようかな」
「承知しました。
デザインのご希望があればこちらにお願いします」
「オッケ
任せてよ」
チラリと横目にラフォードを見ると、勧めてくれた服をジッと眺めている。
よほど着せたかったと見える。
だがこちらにも意地がある。
恥ずかしくって着れない。
「じゃあこれで宜しくお願いするよ」
「承知いたしました
お手数ではございますが明日またこちらまで御足をお運びくださいませ」
丁寧な店主だ。
それだけに「勇者」と聞いた時のあの顔は恐ろしかった。
店の外に出ると夕暮れの西日が広がっていた。
その西日の眩しさに視界を奪われ思わず手で影を作ろうとする。
「いって!」
「うわっ」
誰かと思いっきり接触してしまった。
「おおっと、ごめんなさい。」
「うるせぇ、目玉付いてるのかこの野郎!」
突っかかってきた。
実際にそのまんま目玉が機能をしていなかったから前が見えずにぶつかってしまったのだが。
「…お前も奴らの差し金か?そうなんだろ
だからわざとぶつかって来て邪魔してんだろ」
「は?」
聞こえる声の印象自体は同年代の少女だ。
ただ奴らとは誰なのか、その台詞は不可解なものだった。
「西日が眩しくってさ、見えなかったんだよ
ごめんね」
少しして太陽の光に目が慣れてきた
そして意味不明の言葉のする方を向きなおすと
この街ではおかしくもなさそうな格好だが、この街では珍しい西日を全て吸い上げてしまうほど黒を基調としたドレスか。
両袖が膝まで伸びている。
背丈もさほど変わらないそのまんま同年代の少女なので少し親近感が沸いた気がした。
「ち…人間はすぐに面倒を増やしやがる…」
…と思ったのは一瞬で、その表情や言葉を見やるといかにもイライラして、目つきなんかはこの年頃には出せるものではないものだ。
薄い声で何度も舌打ちをしながら落としてしまったものを拾い上げようとしている。
だがそのドレスの袖が長すぎる構造上のせいか、拾う事に苦戦しているようだ。
袖をまくって手で拾えばいいだろうと考えたくもなるが、その袖のお陰でまくることもままならないようだ。
「ウチも拾うよ」
「寄るんじゃねえ。鬱陶しい」
悪態をつきつつも拾う事に難儀しているのが見ていられなくて、手伝う事にした。
元々はこちらが原因だったわけだし。
全部拾って元に収まっていた籠に戻してやる。
しかし触ってみてこれは黒い手のひらほどのフニフニした感触の球体であること以外の情報がまるで解らない。
食べるものともにわかには言い難く、ボールにしては柔らかすぎると判断に困る。
「ねえ、これ何なの?」
あまりにも気になったので聞いてみた。
「…なんで答えなくちゃいけないんだよ」
まあ、そんな答えになろうとは予想は付いたからそれほどガッカリもしない。
そこまで興味があるものでもないし。
「そう、てっきり食べるものかと思ってさ」
「…死にたきゃ食いな」
そう言いながら1つ投げてきた球を慌ててキャッチする。
触れば触るほど変な感じがする。
「やるよ
食いたければ食いな」
「食いな、って食べるもものじゃないんでしょ」
「そうは言ってねえ」
それ以上はこの場では聞けなかった。
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