ウルトラ・ヴァイオレット |
明日の準備をしていたら、付けっぱなしにしていたテレビから落ち着いた女の人のナレーションが聞こえてきた。
「私は、焼かない」
朝のパンの話でないことは確かだ。俺は画面を見た。水着を着たモデル体型の女の人がヨットか何かの上で伸びをしている。
「真夏のUVケア、新発売」
うーん。俺は画面が食べすぎに聞く胃腸薬のCMに変わるのを確認してから準備に戻った。水着はこれでいいな。ゴーグルはあったっけ。
「完全紫外線カット」
またそんな声が聞こえ、俺はテレビの方を見た。さっきとは違う女の人が大胆に水着の紐を解いて空中に投げる。残念ながら、肝心のところは商品のロゴで隠れてるけど。
「水着の跡、ゼロ」
ふむう。俺は画面が携帯電話の通話料無料サービスが来月に繰り越せるとかいうCMに変わるのを見届けてから、準備に戻り、明日一緒に海に行く相手のことを思った。
『陽射しが強いねえ。思いっきり焼けそうだなあ。最高だね!』
今どき、そんなことを言う女の子、珍しいよなあ。
「夏の肌を守る」
とかテレビから聞こえたが、俺はもう見ずに準備を続けた。あ、ゴーグルあった。
俺は空を見上げた。ぎらぎらと音がしてきそうなほどの強烈な陽射しだ。
「……昨日の天気予報、太陽を倍のサイズで描いて欲しかったな」
暑さに浮かされてそんなバカなことをつぶやくと、元気いっぱいの声が返ってきた。
「そうだね! すっごくいい天気! う〜ん!」
ライトグリーンの水着の光。すごく魅力的だけど、何だか発散するエネルギーに圧倒されるなあ……
「? どうしたの」
「あ、いや、光、その水着似合ってるなあ、って思って」
光は何だか落ち着かないように髪に手をやった。
「そ、そう? うれしいな」
「バッチリだよ」
「あ、ありがとう……」
光はちょっと頬に手を当ててうなずくと、すごい速さで俺の手を取った。
「わ、光」
「さ、行こうよ! 思いっきり泳ごう!」
まるで跳ぶように俺を海に引っ張っていく光。な、何だかさっきよりパワーアップしてないか?
「早く、早く!」
「はひい」
光のハイパワーに付き合ってへとへとになった俺はビニールシートの上に倒れた。
「だらしないなあ。昔はもっと元気だったよ」
それに比べて光のこのスタミナ。もしかして俺の力を吸い取ってるんじゃなかろうか。吸われてるとしたらどこからだろう。手かな。時々会話が途切れたかと思うとじっと見つめられるから、目かもしれない。口とかだったらむしろこっちから吸われた
「はい。ジュースと焼きそば買ってきたよ」
「わ、い、いつの間に」
「もう、なに驚いてるの。君がぐたーっとしてたから、買ってきてあげたの」
おそるべし、この早業。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
こつん、と軽くジュースの缶で俺の額を叩いて近くに置くと、光は自分の分のジュースを開けて口をつけた。ちょっと飲んでから上を向く。
「でも、ホント、今日はよかったよね。こんなにいい天気でさあ」
太陽に感謝するかのように微笑む光。俺は昨日のテレビのことを思った。
「でもさ、光、平気なのか」
「え? なにが?」
「ほら、何か今、みんな焼かないことにこだわってるみたいじゃん、女の人はとくに」
光はちょっと首を傾げ、缶のふちを下唇につけた。
「ふーん……君もそういうこと言うんだ」
「え。い、いやその、光を非難してるわけじゃないぞ。でも何かさ、い、色々大変みたいじゃん。肌の影響がどうとか」
ああ、きっと俺が思ってる以上に慌てふためいてるように見えてるんだろうなあ。光はぷっと笑った。
「そんなに慌てないでよー」
それからまた上を見る。
「私だってそのくらい知ってるよ。雑誌とかでも読むし、友だちからも聞くし」
光はくすっと笑った。
「琴子なんてね、私が陽焼けするのが好きなんだ、って言ったら、『光、あなた……はあ。呆れて物も言えないわ』だって」
さすがに親友だけあって、光の真似た水無月さんの仕種はかなり似ていた。眉をしかめた姿が目に浮かぶなあ。はは。
「どうしてなのかなあ」
「え?」
光と水無月さんのやりとりを想像していた俺は、光の寂しそうな声で我に返った。
「太陽の光って、元気をくれる気がするんだけどなあ……」
手を太陽にかざしている光の横顔は、小さい頃、遊びの途中で帰る時間になってしまったときの顔にそっくりだった。
「……くれると思うよ」
「え」
俺はほとんど反射的に光の味方をした。光がこっちを向く。
「太陽は元気をくれるよ。たださ、付き合い方がちょっと難しいだけなんじゃないか」
「付き合い方」
光の視線がまっすぐに俺を見る。うわ、何か照れくさいな……
「う、うん、そう。俺の近くにも、たまたま太陽みたいな名前の女の子がいるんだけど。やっぱり付き合い方が難しいし」
そう言ってみると、光の目が瞬間きょとんとしてから吊り上がった。
「こら。誰のこと!?」
「わあ。やっぱり難しい!」
逃げようと思ったが、ばてているせいかろくに動けず、光に肩を押さえ込まれた。
「許さないよ!」
「殺されるー」
棒読みで俺が言うと、光はにっと笑って俺の耳にささやいた。
「ありがとう」
それから、海に行くとき、光は紫外線をカットする小瓶を持ってくるようになった。
「よーし、さあ、行こう!! 沖まで競走だよ!!」
な、何だかさらにパワーアップしてないか!?
「ほら、早く早くぅ!」
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季節感無視で海水浴。 | ||
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