【消失 if 夏祭り】if ( r = if) { |
夏の、この日になる度、もう何年使われているんだか知らないが、恐らく去年も一昨年も一昨々年も、ともすると俺の生まれる以前から使われているかもしれないCD(音質からすると、もしかしてレコードかもしれない)が朗々と歌い上げる名も知らぬ曲の数々に次いで、少しは耳慣れた『炭坑節』が流れ始めて俺はなんとなくホッとさせられつつも、俺はこの夜に映える色とりどりの提灯と音頭と屋台の匂いに寄せられた人々の坩堝たる盆踊り大会の会場という探し物には全く向きでない場所で、その向きでない人探しを強いられていた。
「長門、どこ行った?」
俺はランドマークの盆踊り舞台に目を奪われながらも、肩を並べて歩いていたつもりだったが、この人ごみの中ではぐれちまった。無口な長門に慣れすぎてなんてのは言い訳で、俺もなんだかんだ言って祭りの空気にはしゃいでいたんだろう。
バカヤロウ、と独りごちながら来た道を戻り、俺は去年に比べて値上げしたと思しき焼きそば屋だのかき氷屋だの、かき氷のシロップを薄めただけのトロピカルジュース屋だのに群がる連中を見回したが、あの小さな人影は見あたらなかった。人の目を盗むほど食い意地の張ったキャラじゃあないから、当然だったのかもしれない。
それでは、と型抜き、ヨーヨー釣り、と目を移したところで、どちらもカップルに店先を占められていて、続く金魚すくいは、と言うと、こちらは女子二人組が黄色い声を上げながら格闘していた。
「わーわーわー! おさかなさん取りました! ひぃ! このヒト生きてます! あ、破られちゃいました〜」
「みくるー、あったりまえでしょー? ポイ貸して。取ったげるから」
どこかで聞いた声、見た後ろ姿かと思ったら、ウチの高校の先輩二人組じゃないか。面識こそ無いものの、美少女が連れ立って歩く姿は校内でも評判で、谷口と国木田が騒いでいたのもまぁ無理はない。それにしても祭りまで一緒ってのは余程仲がいいんだろうな、と俺は微妙にウェーブした栗色の髪をした先輩の武運を祈り、またその友人の長すぎる緑色の髪が地面に付かないか心配しながら俺は離れた。
遊戯系の屋台にもいないということは、長門はこの十字路を渡った先、くじ引きやおみやげの一角にいるのかも知れない。そうでなければ、いられるような場所はどこかの木陰のベンチくらいなものだが、空いている席がこの人出の中であるとも思えない。
祭りを楽しむ人々が交差する道へ向かいつつ、俺は目星をつけた一角の雑踏からあの小さな人影を見つけ出そうと目を凝らしていた。
ビンゴ!
長門は俺がこの道をもどって来ると信じて疑わなかったのだろうか、それとも途方にくれていたのだろうか俺に正面したまま佇んでいた。どうあれ長門の判断はそれで正しいと思った。下手に探し回られても、お互いにぐるぐる回って徒労になりかねないからな。
ようやく見つけた長門だが、見失う前とは違うパーツがあった。
陶磁のような表情と肌の色、変わりない。
紫がかったショートボブ、変わりない。
体のサイズに合わせた子供っぽい水色の浴衣、変わりない。
闇色の瞳を映す眼鏡のレンズ、変わりない。
側頭部に掛かった特撮ヒーロー『ナンタラマン』のお面、違いってのは、これだ。
そして、長門の立っている位置はお面屋の前、つまりそういうことか。 多分、俺とはぐれたキッカケは、このお面に興味を惹かれたからなんだろう。一言言えばいいものを、お面くらい俺が買ってやったっていいんだ。
やれやれ、と俺がそんなことを考えながら、足早に十字路を渡りながら口を開いたその時、
「やっぱり、つまんない」
涼やかな声の呟きが喧騒の中にも関わらず、そこだけ切り取ったようにはっきりと聞こえた。
そして、その声の主、一人の女子が俺の目の前を横切っていった。
一瞬でも記憶に焼き付けるには充分なくらいの整った目鼻立ちで、長い睫毛に縁どられた深く黒い瞳が物憂げで、薄桃の唇が引き結ばれた、えらい美人な同い年位の女子。
俺は、彼女と交差してから二三歩して、ハッとしてその遠ざかりゆく背中に振り返った。
臙脂色の浴衣に揺れる黒く長いポニーテールの後ろ姿。
気づかわしく顔色をうかがうように歩くスポーツマンじみた爽やかな男子。
俺の脳裏に響く、彼女が呟いた「つまんない」の一言。
遠くから聞こえてくるような祭りのBGM。
横切る人々に時々彼女の姿が隠されるもどかしさ。
俺は遠ざかり夜闇に浸食されていく彼女の姿に、その答えを求めようと目を凝らした。
ポニーテールの後ろ姿が不意に、俺の網膜に焼きつかんばかりに照らし出され、俺はその光源に向き直った。続いて、腹腔に響く音の圧力が俺を襲い、その光と音が空を彩る大輪の花によるものだと知った。オーソドックスな平割に弾けた花火一粒づつが臙脂色から水色に変わり、夏の夜空に消えていく。
花火の色の移り変わりに気を取れられた俺は慌てて彼女の姿を求めたが、すでに無数の人影に消えて溶けていた。
「キョン」
俺を呼ぶ声はおどおどして、文芸部部室で入部届けを出したその日からまるで変わりないが、振り向かせるには充分だった。いつの間にか近づいていた長門の深い色の双眸に俺は俺はしばらく魅入られたように言葉を失ったが、ようやくため息をついて、こう言った。
「長門、綿菓子食べるか?」
俺はお面屋の向かいにある、綿菓子屋に指をさして少し待った。幸い屋台の前に並んでいる列もないし、コレくらい奢らせてもらいたいもんだ。
長門が口を開いて慌てて閉じてから、こくん、と頷いた。その仕草に、よし来た、と駆け出そうとした俺の腕を、そっと引き止める力があった。俺は覚えがあるような気がしつつも振り向いた。
長門が、俺の袖をつまんでいた。以前、長門の部屋で長門がそうしたままの様子でだ。
長門は時折、こちらの様子を伺うように覗き込むが、おずおずと一歩一歩踏み出し始める。
なので、長門に合わせて俺はザラメの香りただよう店先まで、ゆっくりと歩いて行くようにした。
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説明 | ||
『涼宮ハルヒの消失』でキョン君が残る選択をしていたら、という設定で描かれた表紙に惹かれてショートショートを書いてみました。 プロフィールのリンク先にあるpixivアカウントを追っていただければ、絵付きでごらんいただけます。素晴らしいイラストからインスピを受けて書いた作品です。 | ||
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ライトノベル 小説 涼宮ハルヒの憂鬱 涼宮ハルヒの消失 短編 長門有希 | ||
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