背中のボタンを押してくれ
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 みなさんは画家ルネ・マグリットの作品『不許複製』という作品をご存知だろうか? もしご存知なければ以下のリンクをたどって欲しい(http://j.mp/bz9e9H)。

 そう、一人の男が鏡に向かっていて、おかしな事に鏡の中の男もコチラに背を向けている。

 まっこと不思議な絵でさすがは夢幻の絵師マグリットたる本領といったところだろう。

 鏡に向かったところで自己の姿が見えない不安を淡々と描き出している。ま、そんな不安なんてものは俺の知ったところではないのだが。実を言うと、丁度俺もそんな鏡の前にいる。

 自分の背中なんてものは、床屋で後ろ髪の長さをチェックするときくらいにしか見ないもので、じっくりと見ることなんてそうはない。だから、俺はこの時とばかりに見入ったね。俺の背中は何かを語れるような渋味のあるものなのかどうか。女の子がもたれやすいかなんてね。

 あいにく、渋みも頼りがいも無い、くたびれた作業着を着た背中だなんて思い知った。

 だがそんな時、背中にくっつけておくにはおよそふさわしくないものを見つけちまった。

 なんだと思う? 突起だったんだよ。

 こぶし大の黄色い突起。

 これは、ボタン、だろうな。

 背の低い、円柱状のそれはコバンザメかフジツボかそんな感じにへばりついていて、ちょっと体を動かしたところで取れやしない。誰かのイタズラか? いや、今日作業着を来た時には気付かなかった。多分、ついていなかったと思う。そして、まだこの更衣室からは出ていない。

 慌てて服を脱いだり着たりしたが、どうにもボタンは俺にくっついちまってるらしい。面倒なことに、この次元のものなんだか曖昧なようで、着衣に関わらず俺のボタンとして鎮座ましましてやがった。万策のうちの二つ目位が失敗したところで就業のベルが鳴り、俺は街へ出た。

 この街は老人が多い。ほとんどが耳も遠い、目も怪しい爺さん婆さんばかりで、そんな中を挨拶して回ったり、小間使いを引き受けて立つのが俺の役目だ。

 だが、今日はちょっと事情が違う。むしろ、俺のちょっとした願いを聞いて欲しい。背中についたボタンについての。

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 誰が買うか知れないレトロなおもちゃ屋の爺さんに聞いてみた。そしたら、耳が遠くて聞こえないとか言うので、俺は背中を見せてやった。結果は残念ながら、「遠山桜夜桜を、よもや見忘れたとは、言わせねえぜ」とか昔の時代劇の決め台詞を思い出しただけだそうな。

 そんなんじゃ無いんだ爺さん、俺は背中のボタンについて聞きたいんだよ。

 とは言え、一度火の付いた爺さんの時代劇噺は留まることを知らず、俺は這々の体でその場から逃げ出し、となりの健康ショップへと向かった。

 健康ショップのばあさんとなると、耳はそこそこ聞こえるが、なにぶん目が悪い。

 俺が一生懸命説明したところで、

「坊ちゃん、ボタンは背中につけるもんじゃないんだよ? アタシも目が見えりゃ坊ちゃんの繕い位してやれるんだけどねぇ」

 なんて、マイペースで交わされる始末。

 人のいい婆さんなんだが、俺を子供扱いしてちっとも話を聞きやしない。この街の人間は大概そんなもんで、このまま誰にも俺の背中のボタンの正体がしれない、それどころか存在すら伝えられないと思うと妙な焦燥感に駆られた。

 俺は婆さんに一言断りを入れるが早いか、商品を手にしていた。

 それは孫の手。

 これで背中のボタンを押してやるのだ。このままじゃ、誰にも押して貰えそうにないからな。

 俺は健康ショップの姿見に向うと、ありがたいことにここでも俺は背中を見られた。

 あらん限りの力を込めて、ボタンをひっぱたいてやる。

 当たったり外れたりして、一人ムチ打ちを繰り返すこと数分、何の反応もありゃしない。婆さんも怪訝な顔をして、そんな俺のくたびれもうけを見守っていた。アンタが手伝ってくれりゃ、もう少し楽なもんを。

 肩で息継ぎしながら、俺はもう一度鏡に映った俺の背中を凝視する。 すると、あることに気付いた。

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 ボタン中央から半径分の線が一本入っていたのだ。つまり、これはボタンじゃない。ツマミだったのだ。そう気づいた俺は頬を掻いていた孫の手を投げ捨て、隣へ走った。

 健康ショップの隣、レトロなおもちゃ屋に飛び込むと、爺さんが反応するよりも早く俺はマジックハンドを取り背中のツマミを掴んだ。

 ありがたいことに、自分の背中を見られる鏡ってのは左右の勘違いがないから、すぐに掴めた。そして、深呼吸を一つ吐いてから俺は捻った。

 しっかりとマジックハンドに握ったツマミを目盛り4時ぐらいまで充分に捻ると、俺は歓喜のあまり声が出るのを抑えられなかった。

「やった! やってやったぞ!」

 その歓声は俺ですら心臓が止まるような大きさだった。

 その音波にあてられた、陳列棚の商品が雨あられと俺や爺さんに降り注ぐ。

 血相を変えた爺さんが「なんちゅうバカでかい声を出すんじゃ!心臓が止まるかとお」まで言いかけて入れ歯を飛ばしたのを俺は見ながら、俺は気付いた。

 そうか、これは俺の音量ツマミだったのだ。

 そして、もう一つ、俺は自分のなすべきことを思い出し、慌ててかけ出した。

 夏の気配を残す青空に突き刺さるような塔に今や遅しとよじ登る。

 そりゃそうだ。予定の時間までも5分もない。俺は息切れしながら、街全体を見下ろすその塔のてっぺんに辿りつくと喉の調子を整え、おもむろに鐘のヒモを引っ張って俺の役目の始まりを告げた。

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 「えー、みなさん。おはようございます。本日9月13日月曜日ウタカタ町は天気予報快晴、最高気温30℃、湿度80%となっております。ウタカタ町は未だ残暑厳しいですので、住民の皆様は熱中症に気をつけ、こまめな水分補給を心がけるようにしましょう」

 そう、これが俺の今日の仕事。町内放送だったのだ。

 眼下に広がる家々の屋根にぶつかりぶつかりして響いていく俺の放送。

 俺は達成感にこみ上げる笑いをついに抑えきれなくなった。

「あーはっはっはっはー!」

「うるせえバカヤロウ!」

 街のどこからか、俺の笑い声に応える罵声。

 そうだ、まだ音量を下げていなかったのだ。

説明
ツイッターにてazamizm様より頂いたお題「背中のボタンを押してくれ」で書いたショートショートです。
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ライトノベル ショートショート 即興 SF ナンセンス 

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