5センチ。2 |
「……どうして、こんなことに……。」
「…早苗……。」
杏の母親である早苗は嗚咽を漏らしながらずっとその言葉を反芻していた。
その様子を見かねた杏の父親、稔は早苗を少し強引に立ち上がらせて諒にこう告げた。
「ちょっと、外に行って落ち着かせてくるから、悪いんだけど待っててもらってもいいかな?」
「……えぇ。…いいですよ。」
諒は稔を見上げる形になったが、ようやくそこで稔の表情を読み取る。
平静を保っているようだが、顔をいたるところでは筋肉が引きつっている。
こみ上げる悲しみや、諒に対する怒りを無理矢理押し込めたような表情をしていた。
「………。」
「………。」
無言で二人は見つめ合い、そして稔の方から視線を逸らした。
「じゃあ、しばらくの間……よろしく。」
「はい。」
そして、諒一人をその場に残し、柿本夫妻は姿を消した。
「………。」
手術室の前では諒は無力に等しく、ただ、祈るばかりであった。
「……何で……。」
瞼を閉じれば先程までの光景が鮮明に浮かんでくる。
笑顔のまま、杏は諒の視界の中から消えた。
「……なんで、こんなことになるんだよ……!」
なにも、この世に言い残すことなんてないかのごとく、ふわりとした優しい笑顔だった。
「………!。」
ふっと、何かが消えるような気配を感じて諒は顔を上げた。
『手術中』と赤々と光っていたランプはもう消えていた。
「……杏!。」
すぐさま諒は立ち上がり、杏のもとへ駆け寄った。
杏は安らかな表情はしていたものの、その頬は一切赤みを帯びていなかった。
「先生……っ。」
すぐさま諒に一番最悪な想像が駆け巡り、言葉に詰まった。
視線の先の医者は険しい顔をしていた。
「……ご両親を連れてきてくれないかな?」
「………。」
医者はそれ以上は何も言わず、杏はいつの間にかどこかの部屋に運び込まれた。
諒は、踵を返して柿本夫妻を呼びに駆け出した。
「……おじさんっ……。」
「渋谷君……どうかしたか?」
柿本夫妻は病院を出たすぐそこにいて、諒はすぐに二人を見つけることができた。
「……お医者さんが……両親を連れてこいって……。」
「……手術は終わったのかっ!?」
「……うん……今さっき…。」
「本当なのっ!?……杏は…杏は無事なのっ?」
稔にもたれ掛かるようにしていた早苗は跳ね返るようにして、振り返った。
「とりあえず、話を聞きにいこう。」
「………。」
稔の後ろについていく諒の胸はすでに早鐘を打ち始めていた。
「どうぞ。」
「………。」
三人が通された部屋は、特に何もない部屋だった。
ただひとつだけ違っていたのは、大きな窓ガラスがあって、その向こう側では数人の医師達が忙しそうに歩き回っていた。
そして、その医師達の中心には杏の姿があった。
「杏っ……!!。」
杏の姿を見つけた早苗は窓ガラスにへばりつくようにして杏の名前を呼んだ。
「……このように、お嬢さんは今大変危険な状態にさらされています。」
「………。」
頃合を見計らって医者は口を開いた。
「今夜が山場でしょう。」
「……。」
ドラマでよく耳にするような台詞を今諒は目の前で聞く。
しかも、その山場を越えなくてはならない人物は大変身近にいて、その命は重かった。
「………その、杏は助かるのでしょうか?」
稔は恐る恐る医者に聞いた。
「………。」
諒は思うように息が吸えなくなり、呼吸が荒くなる。
「善処は尽くしますが、最後はお嬢さんの生命力と体力にかかってきます。」
「……そうですか。」
その医者の答えに稔はただ頭を垂れるしかなかった。
相変わらず、諒の呼吸は安定せずに胸は締め付けられるばかりだった。
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この前は時間がなくて少ししか投稿できませんでしたが、 えと、続きです。 |
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5センチ。 小説 | ||
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