乙女はお姉さまに恋してる「真夏の夢」 |
「あら、目が覚めたみたいね、大丈夫?」
初音が気がつくとそこは、とても柔らかいそして優しい膝の上だった……
それは夏の太陽がキラキラ輝く7月の事。
由佳里に憧れ陸上部に入部した皆瀬初音はいつものように
姉とともにトレーニングに励んでいた。
「初音、大丈夫?すごい汗よ、これが終わったら、少し休みましょう」
「大丈夫です、お姉さま!私も大分、体力がつきましたから!早くお姉さまと
同じ距離を走れるようになりたいですし」
「そう?じゃあ、もう1周しましょうか、本当にラストよ」
「はい、お姉さま!」
初音は言葉では強がって見せたが、いかんせんまだ陸上を始めて
まだ3ヶ月あまりの初音には陸上をずっと続けていた由佳里のペースに
付き合うにはまだ、体がついていけなかった。
由佳里の練習の妨げにならないように無理をして疲れがたまっていたのか、
体がだんだん重くなる、そして7月の初めとはいえ
照りつける太陽が体力を奪っていく……
「ゆ、由佳里おねえさま……」
初音は遂に眩暈に襲われ、トラックに倒れた。
「初音!初音!大丈夫?しっかりして!」
飛んだように駆けつけてくる、姉の姿がうっすらと見えているが
意識が段々遠のいていく……
「ご、ごめんなさいお姉さま、大丈夫ですから……」
初音は完全に意識を失ってしまった。
……
…………
………………
「目が覚めたみたいね、大丈夫?」
「ゆ、由佳里お姉さま?」
初音ははっと目を覚ますと、膝の上に寝かされていた。
一瞬、由佳里の膝の上かと思ったのだが、見上げた顔は由佳里とは違う
透き通るような白い肌と、少し茶色がかった長い髪が特徴的な顔が優しく初音を覗いている。
「あら、お姉さまのお名前かしら?私は2年A組の宮小路幸穂と申します
あなたは運動場で倒れていたみたいね。私の妹が見つけてここにお連れしたの。
今、妹がタオルを冷やしに行ってくれてるから、しばらく待っていてね落ち着いたら、
保健室にいったほうがいいわね」
突然の自己紹介にびっくりして初音も答える。
「み、皆瀬初音と申します。1のCです……えっと、陸上部の練習をしていて。
えっと、姉は上岡由佳里と申します。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません!」
初音は混乱してしどろもどろに答える。
「うふふ、まだ熱射病の症状があるみたいだから、安静にしてなさい。
えっとあなたのお姉さまは3年生かしら?
2年にあなたのお姉さま、いらっしゃったかしら……」
「えっと、由佳里お姉さまは2のCなのですが……」
「お姉さまは私と同級生なのね。ごめんなさい、ならあなたのお姉さまにも
早く知らせたほうがいいわね」
そんな話をしていると、元気な声だけど、少し儚げな印象のショートカットの女の子が
初音の寝かされているベンチに駆け寄ってきた。
「幸穂お姉さま、お待たせいたしました!とても冷や冷やに塗らした
タオル、お持ちしました!あ、お目覚めになったのですね、よかったです!
お加減はいかがですか? ああっ!お姉さまの膝は私の指定席なのに!」
「ありがとう、一子ちゃん。ふふ、初音ちゃんは熱射病みたいなの。
ちょっと貸してあげてね。えーっと、初音ちゃんは一子ちゃんの同級生かしら?」
「あ、1のB、高島一子と申します!そうですね、緊急自体ですから!お姉さまの
膝はなんでも癒してくれる魔法の膝ですからね!」
「1のC皆瀬初音です。一子さん?はじめまして、お隣のクラスですよね?
お会いしたことあったでしょうか?私、今ボーっとしていて。ごめんなさい……」
倒れていたせいとはいえ、2年の先輩と同級生の顔が思い出せない。
初音は申し訳なさそうに呟いた。
「いえ、一子はその、病気がちで半分も登校してないですから。
えっと、ごめんなさいです……」
「ああ、そうなのですか。私の方こそ……」
「そう、2人ともはじめましてなのね。これも何かの縁だし、初音ちゃんせっかくだから、
一子のお友達になってあげてちょうだいね、この子あまり学校に来れないから、同級生の
お友達が少ないみたいなの?お願いねあ、でも先に保健室にいかなきゃね、動けるかしら?
はい、このタオルで頭冷やしてね」
「あ、はい!ありがとうございます」
2人に付き添われて、校舎に向かって歩き始めた初音は、なにか違和感を感じ始めていた
見上げた校舎はなにかいつも自分が毎日見ている物と比べて真新しい印象がして、
そして、中に入るとそれは核心にかわった。
「え、えっとここは高等部の校舎ですよね?いろいろ違っていて……」
思わず、初音がそう疑問を口にする。
「初音ちゃん、しっかりしてください!お姉さま、どうしましょう?」
「一子、落ち着いて。初音ちゃん大丈夫?まだ熱があるのかしら?
ちょっと、ごめんなさいね」
そう言うと、幸穂は初音の額にそっと自分の額を当てた。
「うん、まだ少し熱があるようね、とにかく保健室に急ぎましょう」
そして、初音を連れた2人は保健室へと急いだ。
ガラガラガラ
3人が保健室の扉を開けて中に入ると
そこには、切れ長の目と黒髪をきっちり前で揃えた
セミロングが特徴の少女が立っている。
「あ、来たわね?そう、あなたが他所(よそ)からの人?」
「え、えっと私の事でしょうか?」
その目で見つめられた初音は思わず固まってしまった。
「どういう事、桂さん。初音さんは聖應の生徒さんよ?
この学校の体操服を着てらっしゃるし、間違いないはずよ?」
「幸穂さん、私の事はケイって呼んでねっていってるじゃない?
そう、初音さんといったわね?彼女は聖應の生徒だけれど、この時代の人じゃないわね
当の本人はなんとなく、気づいているのではないかしら?」
「は、はい、さっきから校舎とか雰囲気が違うなって…… 由佳里お姉さまや陸上部の方々の
姿も見えませんし…… 私、どうしましょう、ううぅ……」
不安をいい当たれた初音は不安とどうしたらいいのかわからなくて
両方の瞼から涙が止まらない。
「だ、大丈夫ですよー初音ちゃんー!このケイさまは、すごい魔法とか
お使いになられて、いままで学園で起きた難事件とかをちょちょいのちょーいで解決されて
来られた方なんですよーだから初音ちゃんも元いた時代にもどれますよー」
「そうね、一子の言うとおりだわ。ケイさんもなにかを感じてここで
私たちがくるのを待っていたのよね?」
「ふふ、幸穂さんさすがわかってるわね。そ、下校していたら磁場の乱れを感じてね
グラウンドのほうを見たら、あなたたちが見えたからここで待っていたのよ。
そそ、保健の山田先生にはちょっと他へもらってるわ行ってもらってるわ。
大人はこんな話、信じてくれやしないしややこしくなるだけだからね」
ケイは意味深にほほえんだが、幸穂と一子は山田先生の事を考えると気の毒な表情になった。
「先生は大丈夫よ、トラップを仕掛けただけだけら。そんな事より初音さんといったわね。
ちょっとそこの椅子に座って顔を見せてくれる?それとあなたの
フルネームをまだ聞いてなかったわね、私は桂小鳥よ、上は桂(かつら)なんだけど、
ケイと呼んでくれるといいわ。そのほうが好きだから」
「あ、はい。えっと皆瀬初音と申します……えっと私はにせん、うぐっはぐっ!」
初音が自分がどの時代からやってきたかを言おうとしたら、ケイに口を無理やり塞がれた。
「おっとストップ、あなたのいた年代はそこに2人聞かれるとまずいわね。
なにそれとこの時代の人間が聞いては、不都合が起こる可能性も否定はできないからね。
そうね、私だけにわかるように耳に囁いてくれればいいわ」
そういわれ、初音はそっとケイに自分のいた年代を伝えた。
「やっぱり、私、ここにいてはいけない人間なのでしょうか……」
初音は寂しい表情を浮かべると後ろから幸穂にふわっと抱きしめられた。
「大丈夫よ?初音ちゃん、ケイさんがなんとかしてくれるわ。そんな事よりこんな経験なんて、
滅多に出来ないことよ?出会えるはずもない、私たちが出会えたのだから楽しみましょう!
そうね、初音ちゃんが元の世界に戻れるまで私の寮のお部屋にいらっしゃいとって置きの
お茶も出してあげるから」
「そうですよー初音ちゃん!私も初音ちゃんとおしゃべりしたいですー」
初音は幸穂に抱きしめられると、不思議と不安が消えていて。
まるで夢の世界に自分がいるように感じた。
「もう、幸穂さんのポジティブシンキングには私も敬服しちゃうわ。
そうねこの時代なら5時間もあれば、私の魔術も組みあがるかしら。
それまで幸穂さんの部屋で待っていてくれるかしら?私が必ずあなたを
元いた時代に返してあげるから、安心しなさい」
「は、はい。ありがとうございます、皆さん!」
そして、幸穂は一子と一緒に初音を連れて自分の寮の部屋に案内した。
「わぁ、この寮は今とあまりかわりませんね、この時計は現役なのですよって、
あまりいっちゃダメなんでした……」
初音は寮について少しほっとした気持ちになった、まるで自分の時代の寮に
帰ってきたような錯覚さえいただくほど、自分がいつもみている寮の風景と変わりがないからだ。
「初音ちゃんは未来の寮生さんだったわね。古いけど雰囲気があっていいわよね、私はテラスが好きなのよ」
「私も幸穂お姉さまと一緒に寮に住みたかったですー!そうしたらお姉さまと
一緒にあんな事やこんな事や、ごにょごにょ」
「一子、誤解を招くような発言はやめてちょうだいね!」
「あは、一子さんは本当に面白い方ですね」
「初音ちゃんとは時代はちがうけど、同級生さんなのですよね?
だったら一子のお友達になってほしいです!」
「あ、はい喜んで。本当はたぶん、すごいお姉さまなんでしょうけど、
今は同じ1年生ですから、仲良くしてくださいね」
「まあ、2人ともすっかり仲良しさんね。私の部屋は2階よ、そういえば初音ちゃん、
ずっと体操着姿よね?風邪冷えちゃいけないから私の服を貸してあげるわね、
ちょっと大きいかもしれないけど」
「お気遣いありがとうございます、えっと幸穂お姉さま……」
そう照れくさそうに、初音はすこし会釈をすると、幸穂はふっと笑顔で返してくれた、
その笑顔は少し奏お姉さまに似ているなって感じでいる間に、2階の幸穂の部屋の前に
3人はついた。
「あ、ここって!あ、えっとなんでもないです……」
初音が「ケイ」こと桂さまから1つだけ警告を受けていたのは、自分が知っている
二人に関係する未来の情報は与えてはいけないこと、それはどんな些細な事もやめておいた方が
いいと言われていた。この幸穂の部屋というのは奏お姉さまの姉である、先々代の
エルダーの方が在学中に住んでいたということを初音は由佳里から聞かされた事がある。
「そう、じゃあちょっと散らかっているけど、どうぞ」
ドアをあけるとそこはアンティークの家具に、とても女の子らしい装飾で飾られていた。
「お邪魔します、とても素敵なお部屋ですね。家具も装飾もとても素敵です!」
「そう、ありがとう、初音ちゃん。これ父が持たせてくれたのよね、わたしは
もう少し質素で使いやすいほうがよかったのだけど……」
「いえいえ、一子羨ましいです!このクローゼットなんてまるで、お姫様の
ドレスが入っていそうです!」
「うふふ、一子はそのクローゼットがお気に入りなのよね、私が卒業したらあげましょうか?」
「ええ、いいのですか?幸穂お姉さま!で、でもお姉さまが卒業だなんて寂しいです!
一子一生お姉さまの傍を離れませんからね!」
「卒業なんて、まだ先のお話よ。大丈夫、一子、ずっといっしょにいましょうね。
そんな事より、初音ちゃんの服を用意しなくちゃね、えっとどれがいいかしら?」
「えっと、お気遣いなく…… でも本当にお二人は仲がいいのですね、羨ましいです」
「そうなのです!私と幸穂お姉さまは一身同体!いざというとときは合体して!なんて、えへへ!」
「もう、一子ったら。あ、一子、せっかくだし初音ちゃんにお飲み物だしてあげて。
なにか冷たい物がいいわね。お願いね」
「了解しました、ではさっそく取りに行って来ますね!」
そういうと、一子は扉をあけて1階のキッチンに向かった。
幸穂は自分のクローゼットから、初音に似合う服を見繕いながら
初音に話し掛ける。
「あら、初音ちゃんにもお姉さまはいるのよね?どんなお姉さまなのかしら?」
「はい、私のお姉さまも優しくて運動もおできになって、家事全般もこなされて、
とても尊敬しています。なのに、私はいつも陸上部でお姉さまの足でまといになっているの
かなって、お姉さまは優しいから、なにも言わないけど、憧れだけで
陸上部に入ってしまいましたから…… 今日も、無理してお姉さまに迷惑かけてしまって……」
「初音ちゃんも、とっても優しいのね。そう、でも初音ちゃんのお姉さまはそんなこと
少しも思ってないと思うわ。そんな事より、姉妹で一緒に同じ目標に向かっていけるなんて、
とても素晴らしいと思うの。そうね、初音ちゃんは、初音ちゃんのできる事で
いつかお返しをすればいいと思うわ。姉妹って支えあって切磋琢磨していく物と思うの」
「私にできること…… 難しいですね……」
そう、初音は考え込むような顔をすると幸穂はふわっとした笑顔で答えた。
「ふふ、初音ちゃんは真面目ね。妹ってね、傍にいてくれるだけで、
姉としては嬉しい物なのよ。私は自分で言うのもおかしいけれど、
世間に疎かったりするから、一子がいろいろお喋りしてくれるのが楽しいの。
そんな事でもいいのよ?」
とても嬉しそうに話す、幸穂をみて初音も自然と笑顔になる、自分の不安も少し
飛んでいった気がした。そして、はやく自分もお姉さまに会いたいなって思っていた。
「あ、見つかったわ。ワンピースだけど、暑いからちょうどいいと思うわ。
少し大きめだけど大丈夫かしら?」
そういって、幸穂はクローゼットから白いワンピースを出してくれた。
「あ、はいありがとうございます!なんだか、とても高そうなお洋服なのですが、
いいでしょうか?」
「大丈夫よ、去年少し着ていた物だから。えっと、ここで着替えちゃう?
私がみていると恥ずかしいわよね、うふふ。ちょっとこっちを向いているわね」
「は、はい。少しお借りしますね」
初音が着替え終わると幸穂はとても嬉しそうに微笑んだ。
「よかった、初音ちゃんは肌が白いから、とても似合うと思ったの。
えっと麦わら帽子なんか似合いそうよね、どこに置いたかしら」
「えっと少しの間、お借りするだけですし、お帽子までは……」
幸穂の意外にお茶目な性格に、初音も思わず目を細める。
そうしていると、一子が冷たい飲み物を持って部屋に戻ってきた。
「あれーお二人ともなんかいい雰囲気ですー一子のお姉さまを取らないで
くださいよー初音ちゃん!あ、お姉さまのワンピース、とても似合いますねー」
「ありがとう一子ちゃん、幸穂さまは取りませんよ、だって私にも
大好きなお姉さまがいますから!」
思わず発した言葉に、初音自信が照れて、頬を染めている。そんな初音を見て、
2人は思わず愉快そうにに微笑んだ。
「私はクラスで、滑り込み女と言われてるんですよ!」
「あはは、一子ちゃんったら」
すっかり、初音は2人と打ち解けていて、特に一子とは気が合うようで、
昔からの友達のようにおしゃべりをしていると、あっという間に時が過ぎていた。
トントントン
幸穂の部屋のドアが鳴る。
「私よ、幸穂さん」
「あ、ケイさんね。どうぞ、開いているわ」
「お待たせ。初音を元の時代に戻す準備ができたわ、屋上へ来てちょうだい」
3人は沈黙した、本当は嬉しい事なのだけど、別れをしなきゃならないと
思うと、寂しさが心の中に吹き込む。
「はい、ありがとうございます、ケイさま!」
そんな空気を吹き飛ばすように、初音は元気な声で返事をした。
「ケイさま、私たちも一緒にいっていいですか?初音ちゃんをお見送りしたいです!」
「そうね、別段邪魔をしなければ、大丈夫よ、くれぐれもあなたたちまで、
未来に飛ばされないようにね、引き戻すことはさすがの私でも無理だわ」
「わ、わ!それ、楽しそうですータイムスリップだなんてー」
「ダメよ、一子。あなたがいなくなったら、誰が私のお茶を淹れてくれるの?」
そんな2人のやり取りをみていると、初音も今は、一刻も早く自分のお姉さまに
会いたいという気持ちが強まっていた。
「じゃあ、あそこの真ん中に立って、何があっても動いちゃダメよ」
屋上についた初音はケイがつくった魔方陣の上に立つように言われた。
「初音ちゃん、楽しかったです、一子の事忘れないでくださいね……」
「初音ちゃん、あなたのお姉さまにもよろしくね」
「本当にありがとうございました、絶対皆さんのことは忘れませんから……」
魔方陣の前で見送る、2人に初音は感謝の言葉を伝える、けれど。一子の涙につられて、
どうしても涙がとまらない。
「初音ちゃん!この髪飾りあげます!これを私だと思って」
一子は突然、自分の着けている黄色い花をあしらった髪飾りを外して初音に渡した。
「いいの、一子ちゃん?これ、一子ちゃんの大切な物じゃ?」
「いいんです、初音ちゃんにあげます!」
「ありがとう、一子ちゃん…… 大事にするね!」
「そろそろ、いいかしら?時間だわ、この期を逃すとたぶん初音は元の時間に
戻れなくなってしまうわ、2人は下がって」
「は、はい、よろしくお願いします」
ケイの脅しにも似た言葉に2人は少し離れて様子を見守る。
「では、いくわね ☆※○△□……」
ケイは、呪文とも数式ともわからない暗号なようなものを唱えると、初音の周りの
魔方陣が青白い光を放ち、中にいる初音の姿が少しづつ消えていこうとする。
「本当に、ありがとうございました。ケイさま、一子ちゃん、幸穂お姉さま……」
初音のお別れの言葉が徐々に聞こえなくなっていき、そして最後には初音自信の姿も完全に
消えていく。一子と、幸穂は最後まで手を振っていた。
そして、初音がいた後には、一子がプレゼントしたはずの髪飾りと幸穂が貸した
ワンピースだけが、残されていた。
「ふぅ、やはりこの時代のモノまで、向こうには行かなかったようね
ごめんなさいね、幸穂さん、一子」
あまり、表情を表に出さないケイが珍しく、少し寂しそうに呟いた。
「ケイさん、本当にご苦労様。あなたがいなければ、初音さんは元の時代には戻れなかったの
だから気にしなくていいわ、初音さんとの思い出はいつか消えてしまうかもしれないけれど、
温かい思いはきっと心に残るわ。ね、一子?」
「はい、お姉さま。一子、この事は忘れません!絶対に、初音ちゃんも絶対、心のどこかで
覚えていてくれるはずです!」
残された髪飾りを、手の平に握って一子は入道雲が沸く真夏の青空を見上げた。
「ん…… ううっ……」
保健室のベットの上で目を覚ました、初音はなにか長い夢を見た後のような感覚で
上体を起こすと目に入ってきたのは少し、涙で目を腫らしたような由佳里の姿だった。
「初音?初音、ああよかった、目を覚ましたのね!」
「ああっ、お姉さま。私……」
「部活中に倒れたのよ、初音?ごめんなさいね、あたしが初音を無理させちゃったから……」
「いえ、お姉さま私のほうこそ、またご迷惑をかけてしまったようですね……」
「いいのよそんな事より、よかった、本当に無事で……」
由佳里は今度は安堵感からか、涙を流していた。
「よかった、皆瀬さん。目を覚ましたのね、まだ熱中症の症状があるようだから、
もうすこしここで休んでおきなさいね」
「は、はい、私何時間くらい、こちらで寝ていたのでしょうか?」
初音はふと保健室の先生に確かめた。
「えっと、2時間くらいかしらね?熱はそんなになかったみたいだから、
心配はしていなかったのだけど、もう少し目を覚まさなかったら、
お医者様を呼ばなければいけない所だったわ。皆瀬さん疲れもたまっていたのね」
「そうですか…… 私、なにか夢を見ていた気がします」
「皆瀬さん、熱でうなされてるというより、本当にぐっすりと眠っていたようだったわよ?」
「はい、内容は思い出せないのですが、学校にいて、えっと……」
「皆瀬さん、熱中症なのだから。あまり無理しちゃダメよ?とりあえず、
もう少し横になっていなさい」
「そうよ、初音、あなたのカバンは私が持ってきてあげるから。今はゆっくり休みなさいね」
「お姉さま、ありがとうございます。まだ熱が取れない感じがするので
もう少し横になっていますね」
そういうと、初音は再び寝息を立てて安らかな眠りに入っていった
そんな初音を見て由佳里は、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
〜エピローグ〜
初音が不思議な出来事に巻き込まれてから2週間。
夏休みも終わりに近づき、暑さも少し和らいだころ、由佳里は初音を連れて買い物に
行くことになった。それは、珍しく初音からの誘いだったので姉の由佳里も少し驚いたが、
喜んで今日はちょっとした「デート」を楽しんでいる。
「由佳里お姉さま、こちらですー!」
「ちょっとまってよー初音ったらー」
あの日から初音はすぐに体調も良くなり、なぜだか以前よりも明るく、
積極的になったように思えた由佳里だった。そんな初音に、今は此処にはいない
自分の大切な友人の姿を重ねていた。
「由佳里お姉さま、ここのファンシーショップ寄っていきません?」
「うん、いいわねー入ろうか」
由佳里が店を歩いていると、ふとその友人の大事にしていた物ととても似た
髪飾りを見つけて、立ち止まった。
「あ、初音ちょっとまって!とてもあなたに似合いそうな、物を見つけたわ。つけてみて?」
「わあ、どんなのですか?」
由佳里は黄色い花が特徴の髪飾りを手に取ると、初音の髪にそっとつけてあげた。
「うん、よく似合うわ。初音はリボンも似合うけど、こんなのもたまにはどうかしら?」
「お姉さま、すごいです。私も今みつけて、とてもいいなって思っていたから、
お姉さまエスパーみたいです!」
「あはは、初音ったらいいすぎよ。じゃあ、あたしが、買ってあげるわね」
「お姉さま、いいんですか?嬉しいです、宝物にしちゃいます!」
「もうー初音ったら大げさなんだから」
2人は買い物を終え、寮に帰ると、初音はさっそく寮の食堂で
その髪飾りの封をきって愛しそうに眺めている。
「初音、どうしたの?」
「ええ、お姉さまこの髪飾りを見ていると、なんだか懐かしくて……
昔なくした大事な宝物が帰ってきた気持ちがするんです。
そしてとても優しい気持ちが伝わってきます、
きっと由佳里お姉さまが選んでくれたからですね……」
由佳里はちょっと驚いた表情をして顔を真っ赤にした。
「ちょ、何、恥ずかしいこといってくれるのよ初音!」
「私、由佳里お姉さまの妹になれて本当によかったです!」
「きゅ、急にどうしたの!? も、もちろんあたしもよ、初音、これからもよろしくね」
「はいお姉さま!」
そういうと、初音は由佳里に思わず、抱きついていた。
由佳里もたまにはこんなスキンシップもいいかなって思いながら、初音を優しく受けとめる。
ガタッ
物音がしたのでそちらを見ると、部屋から降りてきた薫子が不意に抱き合っている2人を
目撃して目をぱちくりしながら、慌てて廊下の方に戻ろうとしていた。
「はっ!?お取り込み中、申し訳ございません!」
「まって!!薫子そんなじゃないから!もう初音もいつまでくっついてるのよ!」
「あ、ごめんなさいお姉さま。薫子ちゃんこれは違うのです!」
「どうしたのですか?薫子ちゃん」
「ああっ奏お姉さま、それがね!」
「薫子、これは本当に違うんだってば!」
そんなこんなで、いつもの寮の風景に戻っていく、ある夏の一日が過ぎていった。
おわり
説明 | ||
以前から自身のブログ用に書いていた作品なので、 舞台が「櫻の園のエトワール」の頃になっていますが 初音が主人公ということで、応募させていただきます。 物語は初音がある時代にタイムスリップしてしまうという 設定で、あの人やあの人っぽい人もでてきます。 コンテストの文字数制限ギリギリの長い作品ですが、最後まで読んでくださると嬉しいです。 |
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