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私の通う学校は、すごく平凡でウィキペディアに乗ってる学校そのままをくりぬいてきたみたいな学校で、それでいてそこそこ最新の設備がそろってて半年に一度清掃の業者が学校を清掃してまわるし(つまり清潔だと言いたいわけ)その上素行の悪い生徒への罰で廊下のワックスがけをやらせるものだから、いつもうまれたてみたいにツルツルでピカピカで、どこの扉もたてつけが良いしなんと生徒の手の届く範囲のガラスには中にワイヤーが入っている強度の高いものが採用されている。
学校に通いたてのころ私はなんて運が良いのだろうと何度思ったことか。元々この高校がすべりどめにすぎなかった私は、電車と徒歩で一時間と半かかる隣の県の学校へ第一志望で行ったのだけれど(いま考えればよほど頭が狂っていたとしか思えない)みごとにすべって、そのままその学校へ行くつらいつらい山道を文字通り転げ落ちるみたいに落ちて落ちて、それでこの学校の中にすっぽりと納まった。まあ私はそこまでその学校へ行きたかったわけでもないし、むしろ学校なんてどこでも良いと思っていたぐらいだから。まあ何にせよ言いたいことは、パソコンはあるけど冬にストーブが出なくて、週に一度はゴキブリの死骸がなにかの野戦場みたいに散乱してたりするような学校ではなく、こちらの学校にこれた事はとても運が良かったと言いうこと。
でもこれは前置きにすぎなくて、ここ数日。とりあえず三日くらい前から学校の様子がおかしくなりはじめた。
高校生にもなって通学路にある古くて空の重みかなんかでひしゃげて崩れそうなぼろぼろの駄菓子やで、男子生徒が両手いっぱいに駄菓子かったりクジひいたりするのが盛んなくらい平和なこの学校で、ある事件が起こったのだ。
この高校では生徒に命の重みを教えるためってことで、動物を飼ってる。ニワトリとかもそうだしうさぎもそうだし、さすがに猫とか犬はいないけど、山羊とかもいる。私は面倒くさかったけれど、クラスの中ではなにか委員的な物に一つはなっておかなくては成績に響くと言う事なので、私はしかたなく飼育委員として動物の世話をする事になった。動物は嫌いでもないし、小屋の独特な匂いだとか、フンの処理だとか、そういうこともそこまで苦じゃないから、それ自体は別に良かったんだけど、問題はその事件がその動物に関わってきてるとこだった。
私は実際にその現場みたいなのを見れたわけではないけれど、先生が禁止したりするのを無視して見に行った友人がいうには、プールの中に体中が切り刻まれた例のニワトリだとかうさぎだとか山羊だとかが放り込まれてて、真っ赤になってた。みたいな、そんなとんでもない事件だった。
「飼育委員の方々は悲しいかもしれないけれど、しばらくは飼育小屋に近づかないように。他の動物達は先生が面倒をみるから」
みたいな事を先生は言っている。私と、となりに座っている秋子は席の一番後ろのほうで小声で耳の穴に糸を通すみたいに注意を払って会話をする。
「いくらなんでもひど過ぎると思わない?」
と秋子は言うのだ。私もそう思う。というか、呆れてくるくらいだ。何の意味があれば動物の命を粗末に扱う結果に至るのか皆目検討もつかないし、どういう事情があれば死体をプールに投げ入れる危篤な状況になり得るのか、検討もつかなさ過ぎて呆れてくる。経験あるだろうか。怒りも度がすぎると呆れてくるものだ。
「私たちにできることはないかなぁ」秋子は、ちらちらと横目で先生を見る。
私は、わざとらしいくらいうーんと唸ってみせた。実際のところちゃんと考えているのだけれど、プールに動物の死体を投げ捨てるのと一緒なくらい皆目検討もつかなかった。ここまでひどい事件ともなると、それが不特定多数の生徒が毎日通う学校での犯行という事も相まって、警察だって真面目に捜査を進めてるだろうし、事故現場のバンパーの1cmにも満たない破片をこねくりあげて犯人の姿形に作り変えちゃうような人たち相手に私たちができる事といえば、せいぜい草むしりかレポートを提出するくらいの物だ。
「ちゃんと考えてる?」と、秋子が私の考えをよそに穿った視点でこっちを見る。私は、ちゃんと考えてるよ。となるべく真剣な表情で返すのだ。私は「とりあえずさ、私達にできる事なんて限られてるし、こういう時こそハコさんに頼んでみるべきなんじゃないかな」と言葉を提供してみた。
こういう時、なんて今まで一度も無かったから、こういう時のためにハコさんが居るのに、実際に相談に行くという結論に達するまで時間がかかるのだ。
「私にはあの人こそこの事件の犯人に思えるんだけど」と、どさどさ新聞紙を落とすみたいな声で秋子が言うから「でも実際にハコさんに探し物を見つけてもらったり、寝たきりのおじーさんがおつかい頼んだり、とか。まあ色々してるみたいだよ? それに全部ちゃんとこなしてくれるって」と、フォローしてみた。
ふーん。と秋子は言う。秋子はきっと早くにお爺さんを無くしてしまって、お婆さんも秋子が生まれた頃には他界してしまっていたから、あまりハコさんについて話を聞かせてもらっていないのだろう。まあ私も実物を見た事はまれだし、もちろん喋った事は無いから、そういう人づてのエピソードしかしらないわけで、言ってみればハコさんに対する興味心みたいな物もだいぶあった。もちろん、残りは真剣に事件をなんとかしてくれるだろうっていう、祈りというか、そういう物だ。
「じゃあさ、今日の放課後行ってみようか」
「いいけど」でも私はどこに住んでるかしらないよ、と言って置く。
「先生に聞けば教えてくれるでしょ。お父さんかお母さんに聞くと一度家にもどらなきゃならないし、もしそれで私の家から学校はさんで反対に住んでるよ。みたいな事いわれたら、あたし多分その日はそのままご飯たべてお風呂はいって寝ちゃいたいなと思うに決まってるから」
秋子のために言っておくけれど、これは面倒くさいからでは無く、ここから二十分ほどかかる秋子の家まで戻って、またこの学校まで出戻りするとなると、夕方を過ぎて暗くなってくるから。と言う事だ。
「先生」
秋子が、会話の途中に腰を折って先生を呼ぶ。あたし今日、ハコさんの所へ行ってきます。先生は少しだけ考えるそぶりを見せる。事件は昨日今日おきた事だ。犯人も見つかっていないこの状況で、はたして許しがでるだろうか。いくら私たちよりハコさんをよく知っているとはいえ、ハコさんの事と、そこまでの距離の問題は話が別なのだろう。
「ハコさんには僕が言っておくから、君たちは素直に帰りなさい」と諭した声で言う。「でも私達、犯人が許せないんです」秋子にはまったく効いていない様子で、私に同意を求めてくる「ね?」
「そうだね。許せないことは確か」
先生は今度は腕を組んで、うーん。と唸った。気持ちはわかるが……、と小さな声で呟く。お経を唱えている坊主みたいなオーラがあった。
「ハコさんも、動物にじかに接してた私たちの話が聞ければ、犯人も見つけやすいと思うんです。それに、もし先生が今日話に行くんだったら、それについて行きますから」
暫くそんな感じの応酬があって、私と、それから秋子の親に事情を説明して、先生同伴と言う事でハコさんのもとへ向かうことになった。どうやら先生はハコさんに会うのは二度目らしく、一度目は奥さんと結婚する時に、本当に彼女で良いものかどうか相談しにいったとのこと。そんな事を相談しにいく先生もたいがいだなとは思うけれど、どうやらそんな問題を解決してくれたらしいハコさんもたいがいだなと思う。ハコさんは一々そんな日常的でぐるぐる繰り返す時計の針みたいな問題まで解決していってるのだろうか。まるで北極に目隠しして連れて行かれて、はい、この氷の大地を端から端までカキ氷にしてください。と言われてるような物だ。しかも圧倒的に増設される量が削る量を凌駕しているから始末が悪い。
先生の車で学校を出て、ずっと行くと見えてくるパチンコ屋のある交差点を左に曲がる。それからカブトムシがよく集まるとかいう公園のわきでまた左に曲がって、誰の所有地かわからない空き地を横切って、そのまま雑木林に突っ込んで、しばらくするとあのギンギンうるさいセミの音が聞こえなくなってくる。不思議なことに木が増えていくのに比例して、何故か生物の存在が減っていく。虫も動物も、全部が全部この木々の養分になって吸い取られちゃったのだろうかってくらいに生物の営みが感じられなくなってくる。木々の立ち方は生物的とか自然というより、ここで一番偉いのは俺だって言ってるみたいな感じがした。一番偉いのは俺だから、しょうがない。と、言ってる。
「あそこに住んでる」
先生は一言そう言った。
「ハコさんは見た目こそ一風かわってるけど、非常識なわけではない。変人でもないし、人の悩みを真摯に解決しようとしてくれる。だから緊張する必要はないよ」
私たちの気持ちを察してくれたのか、先生はまた優しく諭すようにそう言ってくれた。私と秋子は目をこらしてハコさんが住んでいるらしい居住を見てみるが、どうみてもどでかいダンボールのようにしか見えなかった。特注のどでかいダンボールに特注のどでかいダンボールの扉をはめたみたいな家だった。これはたとえば、とか、まるで、とかではなく、そっくりそのままダンボールみたいな家なのだ。
「中は案外普通だよ」と、苦笑しながら先生は言う。生徒の気持ちを理解してくれる、さすが教師なだけはあるな。と思った。
「話では色々と聞いてるけど、良い人だって。先生が言うとおり、みんな常識人だと言ってるけど、話の通りだとしたらなんであんな格好してるんでしょうね」私は何となしにそう言った。
「さあ、僕には分からないけど、まあ常識と言っても色々あるし、見た目とかの割には常識人って部分もあるから。でも良い人という所は揺ぎ無いよ」
「良い人ねー……」
秋子が、巨大なダンボールを見て胡散臭そうな声で呟くのは、先生の所までは聞こえていなかったようだ。
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それにしても夏には心底殺意が沸く。俺は結局のところこの箱を脱ぐ事はできないのだから。この箱自体は問題は無い。恐ろしいほどの平穏と感想がこの箱の中にはみっちり詰め込まれている。新鮮な酸素が後ろの空気穴からめいっぱい供給され、俺はその酸素を上等の肉か何かみたいに口いっぱいにほおばって飲み込む。胃にではない、これは例えだ。肺に送る。するとびっしり世界に縫いこまれていた糸がほつれ、私の体は世界から切り離される。その時私はかたの中に入ったクッキーも同然になって空を漂う。突風にながされる事も無いが、そよ風に乗って旅をする事もできない。右を見ても左を見ても薄い鉄板が視界を覆っている。ただ俺にとってそれは、高級で金のかかったプラネタリウムみたいな物である。その時に音声はない。サウンドをミュートにした時とはまた違う、樹木を根こそぎ引き抜いた時のような豪快で不安定な無音だ。しかしそれはとてもナチュラルである。だが俺は決して孤独である事にプライドを持っているわけではない。言わば趣味である。例えば君は読書をしていて、仕事の時間になったとする。それでも君は読書を続けられるか? フライパンを時速四十キロでストーブにぶつけたような音を何度も何度も性懲りも無く部屋に運んでくる電話を聞きながら、それは私にとってはオルゴールの音色みたいなもんですと言った風な笑みを見せ、時計を全部窓からフリスビーみたいにほおって、何の罪悪感も、焦燥感も感じずに、読書が続けられるか? そんな分けないだろう。だから、俺にとって孤独というのは毎日の隙をうまく突いて実行し、心を癒すための物なのだ。
「それでですね、プールが一面……、血だらけで。ね?」「そうだね。私は見てないけど、でも殺されたのはニワトリが二匹と、それから山羊が一匹。名前はネエって言うんですけど」
俺は動物には興味がないが、中古のテレビだとか、ラジオだとか言うものは割と好きだ。趣味と言える程ではないが、なんとなく興味を持てばひろってきたりもする。もちろん箱の形に近いからとか、そういう共通点があるわけではない。箱と現実と、それから常識とかそういった物は分けて考えるべきではないかと俺は思う。まあそんな事をいちいち俺につっこんでくる人間はいないが。
「よければ俺が行って見張っててあげようか」そもそも、これは俺もそうなのだが、人の先入観と言う物はとんでもない固定力を持ちすぎではないだろうか。なるべく俺は客観的であろうと心に決めてはいるものの、ふとした事で、ああ俺の考えは固定だなと思い知らされてしまう。くるくるまわせる机の中華料理屋で、並べられた料理の話をしていたとおもったら、その机におかれた物がその机を彫ってできた彫刻だったと知ったときにきっと同じ気分に浸れる気はするのだが。
「いくらなんでもハコさんにそんなお願いするわけには」
「別に俺にそこまで恐縮する必要はないですよ。そもそもそういうルールなわけだし」
そういえば夏に殺意が沸く理由について言及しただろうか。
「まあ俺なら万一と言う事はありえないので心配しなくていいですよ。そのかわり、できれば傘を用意して欲しいですね。箱が濡れると困るんです。雨がふったときにね」
なんて事は無い。暑いからだ。ケンタが重みのある淀んだ吐息を小刻みに吐いている。ちなみに柴犬だ。
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