「六ノ二」第3章の2
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 『関西空港滑走路脇死体遺棄事件捜査本部』

 

 達筆でそう書かれた立て札が物々しい雰囲気を醸し出していた。

 物々しいのは立て札だけではない。大阪府警本部の一角に設置された捜査本部では、これから捜査報告会議が行われようとしていた。

 屈強な刑事たちが長机に並んで座り、整然と報告を行うのである。その厳粛な空気は最たるものだろう。

 

 捜査本部責任者の短い前口上を述べた後「各員、報告を」の言葉で、その会議は始まった。

 

「検案の結果です。

 死因は呼吸困難による窒息死。

 首に絞め痕は無く、状況から口を塞がれるか、生き埋めにされたと思われます」

 

「気道や肺に異物は?」

 

「特に発見されていません。

 防御創と断定出来る傷はありませんが体中に擦り傷や打撲痕があり、犯人と揉み合いになったと思われます。

 被害者の爪の間からは現場の砂が発見されましたが、犯人への手がかりは見付かりませんでした。

 死亡推定時刻は約二週間前、十一月二十二日から二十六日の間です」

 

「空港ロビーで目撃されたのが二十日だったな。その日にちのズレの原因は?」

 

「今のところわかっていません」

 

「そうか……。次」

 

「遺体の状況ですが、波消しブロックの間の窪地に頭から突っ込む形で埋まっていました。

 しかし遺体の上にかけられていた砂は少量で、自力での脱出も不可能ではなかったと思われます。

 薬物等で眠らされた可能性も考え、鑑識に調査してもらっています」

 

「遺体にかけられていた砂は現場の物か?」

 

「はい。現場付近の物でした。

 量がそれほど多くありませんでしたので、風や波で運ばれてきた砂が遺体に被さったという可能性は捨て切れません。

 それと被害者の所持品ですが、特に不審な物はありませんでした。

 被害者のパスポートの入った鞄が現場から約二百メートル離れた場所で発見されています。

 鞄の中からは財布等貴重品も見付かっており、物取りの線はないと思われます。

 鞄発見地点付近の捜査も行いましたが、そちらには足跡や争った形跡は発見出来ませんでした。

 鞄は投げ捨てられたものと思います」

 

「現場への進入経路は?」

 

「空港当局によると、現場は立入禁止となっており関係者以外立ち入れません。

 死体発見現場付近からは被害者ともう一名の足跡が発見されました。

 今、靴のメーカーの割り出しを進めています。

 それと空港の警備システムで異常は検出されなかったとのことですが、現在、防犯カメラの画像をチェックしているところです」

 

「航空会社と入国管理局への問い合わせ結果です。

 士井治は出国手続きを行っていません。搭乗者名簿や予約名簿にも名前が有りませんでした。

 被害者に同行していたという情報のある順中尾(シュン・チュンウェイ)という中国人も同様です。

 また順中尾については入国も確認されていません。おそらく偽名だと思われます」

 

「その中国人の消息は?」

 

「現在、掴めていません。

 被害者の会社に聞き込みましたが、やはり該当の人物はいませんでした。

 また、被害者に同行して日本に来た同僚も存在しません」

 

「順中尾について他に情報は?」

 

「順中尾に会ったという西家数雄の証言ですが、

 順中尾は流暢な日本語を使ったらしく、日本人が中国人と騙った可能性もあります。

 西家数雄の協力の元、似顔絵を作成しています」

 

「順中尾なんて人物は本当にいるのか?」

 

「順中尾という人物の証言は、西家数雄一人によるものです。西家数雄が偽証している可能性もあります」

 

「西家数雄と被害者(ガイシャ)の関係は?」

 

「小学校、中学校の同級生です。

 学生時代にフットサルクラブを共に作ったそうで、友人の中では特に仲がよかったようです。

 今のところ、殺害する動機のようなものは出ていません。

 しかし、士井治はここ数年、中国に単身赴任をしており、国内では西家数雄は最も親密な人間の一人だったと言えます」

 

「西家数雄の犯行の可能性は?」

 

「西家が商談に行っていたという海外の商社には、当局に確認してもらっています。

 当局の回答はまだですが、入出国記録からアリバイはほぼ確定のようです。

 念の為、西家には二名捜査員をつけています」

 

「例のフットサルクラブについては?」

 

「交友関係については現在調査中です。

 ですが、こちらも殺害に至る動機はまだ出ていません。

 ただ『リフティング事件』で死んだ義田秋仁、行方不明の浦谷太郎と、何かあるのは確実だと思われます」

 

「浦谷太郎の足取りについては?」

 

「浦谷は実家で両親家族と同居ですが、二週間前から家に戻っていません。

 行き先についても心当たりがないとのことで、既に捜索願も出されています。

 携帯電話の発信記録から三日前まで大阪にいたのはわかっていますが、

 現在は携帯の電源を切っているのか、電波はつかめておりません。

 手配はかけていますが、未だに消息は不明です」

 

「義田秋仁の事件との関係性について進展は?」

 

「『リフティング事件』が他殺である確定的な証拠は未だに出ていません。

 死体の状況など共通性も見付からず、義田秋仁と士井治が元同級生で同じフットサルクラブ所属という以外、何も出ませんでした」

 

「そっちの事件でも足跡が見付かったんじゃなかったか?」

 

「はい。

 空港で発見されたゲソコンと比較したところ、サイズは一致していますが、別の靴のようで、

 空港で取れたゲソコンが不鮮明であるので、磨り減り具合からの人物比較は困難だそうです」

 

「そうか。引き続き二つの事件の関係性を調査続けるように。他には?」

 

「被害者の事件前の行動ですが、西家らとの飲み会と、空港で西家と会うまで間、足取りが掴めません。

 それは浦谷太郎が消息を絶った時期と一致しています」

 

「浦谷太郎を重要参考人として身柄確保を急ぐように。

 ……他に無いようなら引き続き捜査を急げ。

 以上、解散」

 

 

 

「はい、守井です。

 ああ、はい。捜査会議終わりましたか。

 ええ、わかりました。引き続き張り込みを続けます。

 交代は? ええ、五時間ですか。わかりました」

 

「何? 本部?」

 

 守井が電話を切るのを待ちかまえて、富竹は聞く。

 職務中とはいえ車内に二人きりという状況で無言というのは居心地が悪かった。

 

 西家と空港で会ったのは昨日のことだ。

 士井の遺体が発見され、その状況確認で目まぐるしい一日が過ぎた。

 そして一夜明け、また日が落ちて、富竹と守井の二人は、事情聴取を終えた西家を彼の自宅に送って来たのだ。

 しかし、西家を部屋に送り届けた後も、二人の刑事は西家のマンション前に留まっていた。

 彼らはそのまま西家宅に付いて張り込みを行う予定になっている。

 

 今のところ西家に動きはない。

 事情聴取の様子を見る限り西家が犯人であるとは思えなかったが、重要参考人であることは間違いなかった。

 

「ええ、五時間経ったら交代要員が来てくれるそうです」

 

「交代ねぇ」

 

 二人は未だに『リフティング事件』への捜査応援の身であった。

 従って『関西空港滑走路脇死体遺棄事件』の捜査会議にも出席していない。

 二つの事件が関連あると断定出来る確たる証拠はまだあがっていないらしい。

 つまり、二人が西家の張り込みをするのは『リフティング事件』の捜査であって、

 その交代要員となると本部の捜査官ではなく、所轄署の人員が来ることになるのだろう。

 

 早く二つの事件が連続殺人事件になればいいのに。

 そんな不謹慎な感想を富竹は抱かずにはおれなかった。

 

「ねぇ、守井はこの事件は同一犯だと思う?」

 

 富竹はハンドルに身を預け、挑戦的な口調で言った。同じ捜査官としての意見交換だった。

 

「そうですね。たぶん連続殺人でしょうね」

 

 守井は少しの思案もなく簡単に肯定した。

 

「どうして? 理由は?」

 

「刑事の勘です」

 

「課長じゃあるまいし、えらく古くさいこと言うのね」

 

 富竹は苦笑を隠さなかった。それに守井も苦笑で答える。

 

「トミーさんは刑事の勘、ないんですか?」

 

「そりゃ、私の勘も連続殺人って言ってるわよ」

 

「ですよね。トミーさんの勘では、犯人は浦谷ですか?」

 

 行方不明の浦谷。彼が義田と士井を殺したのだろうか?

 二人を殺して行方をくらました。そう考えると話に筋が通る。

 

「ええ、そうよ。守井は違うの?」

 

「自分の勘では犯人は西家です」

 

「彼奴が? 全然それっぽくないじゃない」

 

 守井の意見は富竹には少々意外だった。

 義田と士井を、西家が殺した? 西家には海外に行っていたというアリバイがあるのに?

 なによりそれだと浦谷が行方をくらましている理由に説明がつかない。

 

「だから、勘ですよ。確証なんてないんですから。

 ……ところで、トミーさんの勘では犯人が浦谷ってことは、浦谷が西家も殺しに来るってことですか?」

 

 そう言われて、はたと気付いた。

 確かにそうだ。そう考えるのが自然な流れ。

 『6-2』と呼ばれる四人の集団。そのうち一人が二人を殺したとなると、残った一人を殺しに来ると考えるのが道理だ。

 

「……まぁ、そうなるわね。それじゃあ守井の勘なら西家が浦谷を殺しに行く?」

 

「はい。そうなります」

 

「どっちにしろ、次の事件が起きて西家が絡むってことね。まったく迷惑な話よね」

 

「それが自分たちの仕事ですから」

 

「言われなくてもわかってるわよ」

 

 富竹が毒づくのも気にせず、守井は自分の携帯電話を操作していた。

 警察官も近年、職務中の連絡に携帯電話を使うことが多い。

 本来は職務中の携帯電話の操作は禁止されるべき事項だが、職務に支障がなれけば黙認されていた。

 というより、このIT化の御時世、携帯電話がなければ連絡を取るのが面倒で仕方がない。

 

「……ところでトミーさん、浦谷の顔、知っていますか?」

 

 守井は唐突に言う。何かあったのだろうか? 富竹は訝しげに思った。

 

「もちろん知らないわよ。顔写真の資料まだもらってないでしょ?」

 

「メールで来ましたよ、写真」

 

「えっ、嘘。そんなことしてもらえるの? 私聞いてないわよ」

 

「個人的にお願いして流してもらっているだけなんですけど……」

 

 守井はそう言うと、富竹に携帯電話のディスプレイをかざした。

 そこにはフットサルクラブの集合写真らしきものが表示されていた。

 全員で七人が並ぶ写真。知った顔の西家が中央に写る。

 

「一番右端の人物が浦谷太郎だそうです」

 

「へぇ〜。さっき西家のマンションから出て行った人に似ているわね……」

 

 そう言葉にした富竹の表情は完全に固まっていた。

 

「ですよね? トミー姉さんもそう思います?」

 

 既に守井は諦めた様子。

 

「まさか……」

 

「たぶん、その『まさか』ですよ」

 

「ちょっと、なんでそれを早く言わないの!」

 

「今、メール来たところですよ!」

 

 あと十五分メールが来るのが早ければ。そう言い訳しようが後の祭りである。

 

「え? え? 向こうに行ったわよね?」

 

「ええ……たぶん」

 

 富竹が指さす道には、もはや誰もいない。

 閑散とした夜道が続く住宅街。

 古くなった街灯の蛍光管が瞬いていた。

 

 それはいわゆる一つの大失態だった。

 

 

 

 

(「六ノ二」第3章の3へ続く)

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