「六ノ二」第3章の4
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「西家さん! 大丈夫ですか!」

 

 そう怒鳴り声をあげて部屋に入って来たのは守井刑事だった。

 その直ぐ後には富竹も部屋に飛び込んでくる。

 

「はい。大丈夫ですよ。この通り」

 

 つい先ほど浦谷が部屋から出て行ったので、刑事二人のそういう反応は予想出来ていた。

 なんの連絡もしていないのに警官が駆けつけるということは、やはり西家の部屋は監視されていたのだろう。

 浦谷が警察に捕まったのかとも思ったが、二人の刑事の顔を見ればそれは簡単に否定出来た。

 富竹も守井も明らかに狼狽を隠せないでいた。

 

 友人が警察に捕まってしまうという、有り難くはない状況でないと悟った西家は、

 浦谷が部屋にいたときと同じようにこたつに座ったまま、刑事二人を出迎えた。

 

「随分と落ち着いてますね、西家さん?」

 

「そ、そうですか?」

 

 表情は動揺している割に、冷静に洞察出来ている富竹の問いに西家は逆に慌ててしまう。

 西家自身それほど落ちついているつもりはなかった。

 先ほどの浦谷との会話があまりにも意味不明でどうしらたいいのか自分でも分かっていないのだ。

 

「やはり、浦谷太郎がここに来たのですね?」

 

「……はい」

 

 西家の返事は肯定の言葉ではあったが、直ぐに返事をしなかった沈黙の間には、なんらかの思考が読めて取れた。

 

「浦谷太郎は、あなたにどんな用事だったんですか?」

 

 守井はそう聞きながら室内に目を配っていた。

 浦谷自身はいないだろうが、なんらかの異変がないか室内を探しているのだろう。

 残念ながら、浦谷が飲み終えた缶ビール以外、特に目を見張る物はない。

 缶ビールにしたって、西家が言わない限り浦谷が飲んだとこの二人の刑事が知る手段はない。

 

「単に会いに来たと言ってました」

 

 西家は刑事に嘘を吐く。

 西家は分かっていた。浦谷がここに来た目的は、西家にあの質問をする為だったのだと。

 ではなぜ西家は二人の刑事に嘘を吐く必要があったのだろう。

 正直、西家自身にもその理由は言語化するには至れなかった。

 ただなんとなく、警察に言わない方がいいと感じた。そんな不明確な心境で吐いた嘘だった。

 

「会っただけなんですね?」

 

「はい」

 

 今度は間を空けることなく西家は即答した。

 実際、会って話をしただけなのだから、それは完全に嘘を言っているわけでもない。自信を持って肯定出来た。

 

「どんな話をしたのか教えてください」

 

「次に殺されるのは自分だと、浦谷は言ってました」

 

 それも真実。 浦谷が確かに言った言葉だ。

 西家の言いように富竹が眉をひそませる。

 

「浦谷自身が、次に殺されるのは浦谷だと言っていたのですか?」

 

「はい。そうです」

 

 そしてその次は俺。

 西家はそう心中で付け足す。そのことも、なぜが刑事に言う気になれなかった。

 

「浦谷は身の危険を感じて逃げ回っているようでした」

 

 西家はそう言ってみたものの、なんとなく、それも違うんだろうな、という勘が働いていた。

 逃げていると言うか、浦谷は何かをしようとしている、そんな印象を受けた。

 

 浦谷は西家に確認に来た。そして西家に重要なことは何も話さずに、警告だけを言い残し去っていった。

 それは義田と士井を殺した犯人に対する浦谷の抵抗なのだろう。

 

「それはどういうことですか?」

 

「さぁ、詳しくは聞けませんでしたので。聞けたのはそれぐらいです」

 

 その言葉に、富竹はこれ以上、西家から何も聞き出せないと悟った。それは証言拒否の意思を表していた。

 

「次にどこに行くとかは?」

 

 守井が聞く。その表情からは笑みが消え、苦虫を噛み潰したように歪んでいた。

 相当に浦谷を取り逃がしたことを悔やんでいるのだろう。

 

「言いませんでした。誰に殺されそうなのかも浦谷は言いませんでした」

 

 西家もそれを聞きたかった。しかし浦谷は答えてはくれなかった。

 

 浦谷は犯人を知らないと答えた。

 しかし、浦谷も西家も殺されるという予想を立てる原因となった『何か』を知っていたはずだ。

 それが何だったのか、西家にも分からず終いだった。

 

「西家さん、部屋に浦谷さんが来たとき、どうして私たちに連絡をしなかったんですか? 連絡先は教えましたよね?」

 

 富竹が責めるように言う。

 西家は警察署で浦谷が接触してきたときは、直ぐ様、連絡するように言われていた。

 

「これから連絡しようと思っていたんですよ。さすがに本人の目の前で警察に電話は出来ませんから」

 

 西家は前髪を触りながら気のない返事をした。

 それは完全に嘘だった。西家は浦谷を警察に売る気はない。

 浦谷が犯人ではないと西家が確信した時点で、西家が警察に協力する理由がどこにもなかった。

 

「やっぱりこの部屋はあなた方に見張られていたんですか?」

 

 今度は西家が二人を非難する声を上げる。

 なんとなく監視されているだろうという予感はあったが、警察の口からは一言もそんな話を聞いてはいなかった。

 

「……それはその、基本的な張り込みという奴です」

 

 迷ったあげく、守井は正直に話した。守井の恐縮した態度に、逆に西家は申し訳なく感じる。

 彼らだって職務として行っているのだ。好きこのんでやっているわけではない。

 

「それはこれからも続くんですか?」

 

「そうですね。事件が進展しない限りはそうなります」

 

 守井の答えを聞いて西家が考え込む。

 思考が一巡りし、西家は一つの結論に至った。

 

「それじゃあ俺が出掛ければ尾行されるんですか?」

 

「いえ、一日中ついて回ることはありませんよ、さすがに。

 ただ、浦谷さんが立ち寄りそうな所に人員を配置しているだけです。

 それに、この対応は西家さんの身の安全を確保する為にも」

 

「浦谷は犯人ではないですよ」

 

 守井の言葉を遮って、西家は勢いよく言った。

 

「いや、そうは言いましても……」

 

 反論しようとした守井だったが、西家の自信に満ちた目に睨まれて、言葉を失った。

 

「西家さん、何か根拠はあるのですか? 浦谷さんが犯人ではないという根拠が?」

 

 念の為、バスルームやトイレのチェックに行っていた富竹が口を挟んだ。

 

「いえ……、友人を信用するのがそんなに悪いことですか?」

 

 信念に満ちた声が、ワンルームマンションの一室に響いた。

 西家のあまりにも純粋な意思を、刑事二人は羨ましくさえ思う。

 

 西家の言葉を聞いて富竹は複雑な表情を見せる。

 そして、西家の意思を尊重するかのように、僅かに首を横に振った。

 

「守井くん。行くわよ。一度訪れた場所に再び現れるほど、浦谷って人も馬鹿じゃないでしょうし」

 

 女刑事は同僚に退出を促した。

 何か言いたげだったが守井はそれに従った。

 

 玄関で靴を履き整えた富竹は、見送りに来た西家に向き直った。

 

「西家さん。注意だけは怠らないようにしてください。

 私はまだ刑事として新米ですけど、信頼していたものに裏切られた人をたくさん見てきましたから」

 

 それは冷静で冷酷で、冷艶な響きのある声だった。

 彼女の声に魅入られて、西家は何も反論出来なかった。

 無言で肯首を返したのは無意識の産物だ。

 

 結局、西家はこの事件の真実を何も知らされていない。

 義田秋仁と士井治がなぜ死んだのかも、浦谷太郎が何を思って西家を訪ねてきたのかも。

 

 ただ言えるのは、西家数雄は火中の真っ直中にいるのだ。

 二人が死んで、まだ終わっているはずのない事件の当事者として、西家に死神の陰が確実に忍び寄っている。

 

 西家の耳には、富竹刑事の神妙な忠告だけが残っていた。

 

 

 

 

(「六ノ二」第4章へ続く)

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