虚界の叙事詩 Ep#.06「逃亡」-2
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レクレス砂漠

11月19日

4:11 A.M.

 

 

 

 明朝の砂漠。《ユリウス帝国大陸》に広々と広がっている広大な砂漠の上空。

 夜明け前が一番静かだ。しかも、誰も住んでいないような赤い大地、ごつごつとした岩だけが

あるような砂漠では、風が通り過ぎていくような音しか聞こえない。それは一際大きな音となっ

て、渦巻いている。

 大都市から離れたこの場所では、今夜も静かな夜が終わろうとしていた。遠くの地平線が白

む。

 だが、その静寂を切り裂くかのように、一つの光が通り過ぎていった。

 首都からは遠く500キロも離れた場所。その光は一気に通過して行った。それは紫色の輝

きを持ち、さながら流星のようであった。一見すれば本物の星かと見間違えてしまう。だが、そ

れにしてはあまりにも明る過ぎた。

 流星のようには見えても、それは砂漠の上を走っている。何かの航空機のような動きでもな

い。

 その紫色の輝きは、砂漠の地面の上を滑空するかのように移動していた。何かの乗り物と

は違う、地面すれすれの位置を、とてつもないスピードでそれは通り過ぎていく。

 音も無く、静かだった。光線のように、その紫色の光は砂漠を通り過ぎる。白んでいく空に、

その色は滲み込む。

 砂が舞い上がるわけでも、衝撃波が起こるわけでもない。ただ、光だけが、その砂漠の上を

通過していった。

 光が通り過ぎた後には、再び静寂が戻った。何事も無かったかのような元通りの静寂がやっ

て来る。

 暗かった遠くの東の空は白み、今にも朝が明けようとしていた。今日という一日が、今にも夜

明けを迎えようとしている。

 その光を横に、紫色の光は、まるで何かを求めるかのように飛んでいっている。誰もがまだ

気付いていなかった。

 この光の存在、そして、これから起ころうとしている全ての事を。

 一体、誰が知ることができただろうか。知りようも無い。

 

 

 

55号線 レクレス砂漠

12:43 P.M.

 

 

 

 数日前からの大混乱に陥った《ユリウス帝国首都》から離れ、『SVO』のメンバー達四人は、

『ユリウス帝国首都』郊外の、廃棄されたコンビニの建物の中にいた。

 首都の中心部からは優に200キロは離れた、赤茶けた大地。広い砂漠の中を突き進んでい

る国道を外れた道の路肩、寂れた場所にある建物だった。おそらく、10年以上は人の出入り

が無い。その為に、内部の空気はかび臭いし、窓ガラスなどほとんど割られてしまっている。

 人が住んでいないような場所だから、誰にも解体されずに、ここに残ってしまったのだろう。

 ここから首都は望めない程離れてしまっている。だが、今も『ユリウス帝国』は、自分達を必

死に探しているだろうな、香奈はそう思いつつ、首都のある方向を見つめていた。

 真っ赤な大地。ところどころに巨大な岩のある砂漠。

 連日のテロ騒ぎと銘打った事件のせいで、今では外出する人などほとんどいない。道を通る

車などまるで無い。

「それで…、先輩達はいつ来るんだ…?」

 今は使えない、建物の裏手にある公衆電話の側に入り浸っていた、一博と浩。一博の方が

そう言っていた。

「特に時間にうるさい人が一緒だってのによ、正午、このコンビニ跡に集合だって言ったんだ

ぜ、もう45分も遅れていやがる」

 自分の時計を見ながら浩が言っていた。

 日中の砂漠では、かなり強い日差しが降り注いでおり、日陰にいなければとてもやり過ごせ

ない。

 そんな中4人はずっと、この現地で合流してくるという、自分達の仲間を待ち受けているのだ

った。

 しかし良く、あれだけの包囲網を自分達は突破して来れたなと香奈は思った。今も、『ユリウ

ス帝国』側は自分達の事を必死に探している事だろう。

 『ユリウス帝国』内では、連続して事件が起こり続けた。あの隔離施設で起きた爆発事故だっ

て、事故ではないのかもしれない。隔離施設では何を保管していたのかは分からないけれど

も、それが伝染性の病原菌だったりしたら、深刻な被害になる事だってありうる。

 そっちの方に軍の注意が集中し、自分達の事についておろそかになったのだろうか。

 とはいえ、どさくさに紛れて危ない所をぎりぎり逃げてきたようなものだから、とても油断をす

る事はできなかった。

 今も、『ユリウス帝国』は自分達を見つけ出そうとしている。それには違い無い。

 しかし、浩に原長官からのスクランブルのかかった衛星電話がかかって来たのは、脱出後、

間もない時だった。彼はその電話を渡されていた。

 一分までなら探知されないその電話で、原長官は簡潔に事を告げた。

 それは『SVO』の更なる応援が、『ユリウス帝国』にやって来るというもの。しかもそれだけで

はない。彼らは新しい任務をも持ってくるというのだ。

 この状況下で新しい任務。そんなものが遂行可能なのかどうか、とても疑わしい。しかも、こ

こ数日続いた緊張の中、更に新しい任務とは。

 新たにやって来る2人を加えて6人。そこまでの人数が必要でないのならば、香奈はさっさと

帰りたかった。

「もう、更に20分の遅刻だぜ。こりゃあ、来ないな」

 本当ならば、すぐさまこんな場所は立ち去りたい。いくら人目につかない場所とはいえ、安全

ではないのだ。

 しかしそんな所へ、首都の方から走ってくる一台の車があった。

「待て、来たみたいだ」

 一博が呼びかけた。

 一台の乗用車。それは、まるで車の走っていない直線の道路を突き進んできて、コンビニの

前までやって来ると停車した。

 こんな廃棄された建物に止まって来る、普通の車となると、乗っているのは仲間以外にいな

かった。

「どうやら、来た見たいだよ」

 香奈は、仲間達にそのように言った。

 そして、車の中から降りてくる一人の男。それは、4人にとってはよく知っている人物だった。

「よう。お久しぶり」

 その黒髪を長髪にした男は、4人の方に向けて明るい口振りで呼びかけるのだった。

「隆文じゃあねえか! あんた、わざわざここまでやって来てくれたのか」

 浩が、驚きながらも嬉しいように彼に言う。

「ああ、お前たちの事が心配でよ。わざわざ来てやったんだ」

 隆文と呼ばれた男はそのように浩に答えたが、香奈は、調子が良いな、と思っていた。

「挨拶が済んだのならば、さっさと本題に移りなさい、隆文。一体誰にこんな所を見られたい

の?」

 そのように、停まっている車の助手席の方から、きつい口調で声が響いてくる。助手席の方

にはもう一人いた。

 隆文と一緒に車に乗っていたのは、同じ人種で髪を全て金髪にした若い女だった。

「はいはい、分かったよ。絵倫」

「香奈、平気だった?」

 絵倫と呼ばれたその女が、香奈に対して気遣ってくる。香奈は少し戸惑ったような様子だった

が、

「うん。平気だった。何とか…」

 平然と振舞いたかったが、香奈の本当の心情は思わず言葉の最後に付け加えられた。

 この隆文と絵倫は、少人数のチームで構成されている『SVO』の、実質的リーダーだ。

 誰がそうと決めたわけではない。しかし二人とも、他のメンバー達よりも一つとはいえ年上だ

ったし、組織を引っ張っていくだけの統率力と行動力も持ち合わせている。

 隆文の方がリーダーで、絵倫は、ほとんど彼の補佐をしているようなものだ。ただ二人とも香

奈達と同世代だ。まだ若い。『NK』の若者と違わないような身なりをしているから、対外諜報の

組織に所属しているなどと、一体誰が想像できようか。

 ほとんど、多くても四人でしか行動のしない『SVO』に、更にメンバーがやって来る。それもリ

ーダー達が。これはよほどの任務を持ってきたのかもしれないな、と香奈は思う。

 少しの間の、危険な任務の中での再会を喜ぶ時間。その後で、隆文はいよいよ本題に入っ

た。

「さて…、原長官が言っていたように、俺達はこの度、新たな任務を持ってきた」

「以前のあたし達の任務は、どうなってしまうの?」

 すかさず香奈が割り込む。

「《検疫隔離施設》への潜入任務の事か…。だが状況が変わったんだ。知っているだろ? あ

の最高レベルの施設は、木っ端微塵に吹き飛んでしまったってな」

「あ、ああ…」

 この国の国防長官に、痛めつけられ、しかもその後で『ユリウス帝国兵』達に追い掛け回され

たのだ。香奈は嫌でも分かっている。一博も同じようだった。

「原長官が調べさせたかったのは、『プロジェクト・ゼロ』。あの施設の中に隔離されていたもの

らしい」

 それも香奈達はよく知っている事だった。ただ、何のプロジェクトなのかは良く分かっていな

い。

「昨日、その施設は破壊されてしまったが、あるものが直前に逃亡したらしくてな、今、『ユリウ

ス帝国』はそれをやっきになって探している。俺達『SVO』なんかよりもずっと、そっちの方を探

している」

「そりゃあ、何なんだい? 先輩?」

 浩が尋ねた。

「どうも、あの施設の中に隔離されていた者、らしい。それが、直前の混乱に紛れて外部へと逃

亡しちまったらしいんだ…。そう原長官は言っていた」

「それを、『ユリウス帝国』が探している…?」

 と、香奈。

「隔離施設に隔離されていた者…、か…。そんなに危険な存在なのか…? たとえば、疫病患

者とか…?」

 怖いものを言うかのように一博が言った。真剣な話をする時は、いつも彼は深刻な表情をす

る。話し方もそうなる。

 リーダーである隆文は、彼の方を向いた。

「それは、十分に有り得る話だ。何しろ、そいつが隔離されていたのは、軍の秘密隔離施設な

んだ。そいつのコードネームは『ゼロ』とかいう。ナンバリングされた番号なんだろうがよ…」

「『ゼロ』、ねえ…」

 シンプルだが、随分と思わせぶりな名前だなと香奈は思った。

「じゃあ、『ユリウス帝国軍』が探しているそいつを、オレ達が先に捜すっていうのかい?」

 と、浩。

「そういう事だ。探して、安全に保護をする。それが、原長官からの新しい任務だ」

「それが、新しい任務?」

 今度は香奈が尋ねる。

「隆文、話は終わった?」

 そんな所へ、隆文と一緒にやって来た、絵倫が割り込んできた。彼女は離れた所で周囲の様

子を警戒しながら伺っていたようだ。

「ああ、終わった。だが、今の任務は、お前達に与えられた任務じゃあないんだ。俺達に与えら

れた任務なんだぜ」

「あんたらは、引継ぎに来ただけなのか?」

 面食らったかのような浩。

「まあ、そんな所だ。お前達の顔はもう『ユリウス帝国』に知られちまったからな。こっから先の

任務は俺達2人が引き継ぐ」

 隆文は絵倫と並んで言い切るのだった。

「じゃあ、おれ達はどうすれば?」

 一博が、リーダーに聞いた。

「本国へ帰還して、原長官に報告だ。いつもの事だろ?」

 隆文は答える。

「この状況下で、この国を出るの? 成果も上がっていないのに?」

 戸惑ったかのように香奈は言うのだった。

「そういう出来ない事をするのが、わたし達なんでしょ? 香奈。それに成果なら上がったわ。

あなた達のお陰で、わたし達の標的は外へ出た。わたし達はそれを捕らえるだけ」

 と、絵倫が香奈と目線を合わせて言うのだった。

「でもな」

 こんなに何度も危険な目に遭わされて、しかも怪我ばっかりして、更にまた難局を乗り切らな

ければならないとなると、香奈はどうしても尻込みしてしまう。

 そんな香奈を見かねたらしく、絵倫は彼女と顔を合わせて言って来た。

「ここに来るまででも、もっと危険な目に遭ってきたんでしょ? 帰って報告すれば任務は終わ

りなんだから、ね?」

「うん…」

 どうも、この絵倫の話す事には説得力があった。話し方もそうなのかもしれないが、相手の気

持ちをいつも分かってくれている、そんな気がする。

 彼女と香奈は一歳しか年が違わないのだが、香奈は、この先輩である絵倫をもっと年上に見

ざるを得なかった。

 まるで姉のように、そう思えても不思議ではなかった。

「いや、オレは帰らないぜ」

 そんな所へ、いきなり浩が言い出した。

「どうしてだ? また?」

 意外そうに隆文が浩の顔を見た。

「オレはこっちに来たばっかりなんだ。最近の仕事は、何の進展もなくてウズウズしていたとこ

ろだぜ。そこにやっと進展があってのによ。このまま、おめおめと帰る事はできないぜ」

「随分と物好きじゃあないの? それにこれは仕事よ?」

 絵倫は浩に話すときは、妙に冷たい口調になる。

「まあ、一番の理由はそんなんじゃあねえがな」

「何だ?」

「仲良しな先輩達2人に、オレ達の知らないところでイチャイチャして欲しくねえからさ」

 浩のその言葉に、隆文と絵倫の2人は、顔を見合わせた。

「仲良し? イチャイチャって…」

 そう呟いたのは絵倫だった。

「来たいんだったら、来たっていいんだぜ、西沢。お前は頼りになるし、それにお前が妙な誤解

をするようならな」

 隆文ははぐらかす。

「皆知っている事だ、ぜ」

「まあ…、とにかくだ。これで俺達の方向性は決まった。俺と絵倫と西沢は、『ゼロ』って奴を探

しに行く。太一達は、『NK』に帰還して事の経過を原長官に報告だ。任せたぜ」

 隆文はそのように言いながら、メンバー達の顔を見回した。

「ああ、了解した」

 やっと口を開いたと思ったら、太一が言った言葉はそれだけだった。

「皆、気をつけるようにね。この『ユリウス帝国』では、わたし達は大犯罪者なんだから」

 絵倫が皆に呼びかけ、彼らはそれぞれに行動を開始した。

 そしてその5分も経たない内に、『SVO』のメンバーはその場を後にした。この場に、国際指

名手配犯がいた事など誰も気付かないかのように、破棄された建物は砂漠の真ん中に佇んで

いるのだった。

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ユリウス帝国陸軍病院

1:07 P.M.

 

 

 

「アサカ国防長官の回復力には、我々も驚いておりますよ。まさかあれほどまでとは…。あそこ

までの回復力が無ければ、彼女は助からなかったでしょう」

 殺風景な、『ユリウス帝国軍』の陸軍病院の廊下。白く塗られた飾り気の無い廊下は、病院

の落ち着かない匂いと雰囲気を漂わせていた。

 そんな廊下を歩いて行く医師。そのすぐ横には『ユリウス帝国』の『皇帝』であるロバート・フォ

ードがいた。彼のすぐ後ろには、護衛であるシークレットサービスの者達も一緒にいる。普段な

らば、大国の最大の権力者である『皇帝』ともあろう人物が、こんな場所には来ない。彼がそこ

にいるというだけで、ただならぬ雰囲気が漂う。

「あの隔離施設での事故…、逃げ遅れた者の中での生存者は、彼女だけなのか?」

 医師の方を向きもせずにロバートが尋ねた。この軍病院の医師は、深刻な表情をしながら答

える。

「はい。その他、生存者はいない模様です。国防長官下の護衛官や軍の隊員などは死亡しま

した。レベル6以上の職員のほとんどは避難したので無事ですが…」

「レベル7職員は見つかったのか?」

 続けざまにロバートは尋ねる。相手の言葉を遮っていた。

「いえ、レベル7までの捜索は困難を極めております。何しろ地上の建物自体が、跡形も無い

状態だそうですので…」

 医師がそう答える頃には、ロバート達は、前の病室の前まで来ていた。

 扉の両側には、ロバートに付いてきている者達と同じ、黒服の舞の護衛達が2人構えてい

る。出入りが許されているのは、ほんのわずかな政府関係者と、医師、看護師のみだ。

 その護衛達がいるという事だけで、政府要人が病室にいるという事が理解できる。

「こちらです」

 その病室の前には、ちゃんとマイ・アサカという名札がかかっていた。

 昨日の隔離施設での事故の後、救助された彼女は、瀕死の重傷でこの病院に運ばれたが、

集中治療室などではなく、すでに普通の病棟へと移されている。

 そんな彼女の元へ、『皇帝』としての忙しい仕事の間を見つけ、駆けつけたロバート。

 彼が、病室の前に立った時だった。

「あら? 陛下もいらっしゃったのですか?」

 そう彼を呼びかける女の声がする。声のして来た方をロバートが振り返ると、そこには、緑色

の『ユリウス帝国軍』の軍服を着て、それに付いたフードを被った女が、こちらへとやって来て

いた。

「マーキュリー・グリーン将軍か?」

 『皇帝』がそのように言ってくると、マーキュリーは手早くフードを脱いで、ウェットパーマがか

かったブロンドを露にした。そして、とても慣れたように彼に向かって凛々しい敬礼をする。

「陛下も、お見舞いにいらっしゃったのですか?」

「ああ、その通りだ。君もそうか?」

「もちろんそうです。でも、それだけではありませんけれどもね」

 マーキュリーは少し微笑しながら答えていた。

「そうか…」

「お医者様、国防長官に会わせて頂けます?」

 マーキュリーがそのように医師に言うと、彼は面食らったかのように返事をした。

「は、はい。では、通して差し上げて下さい…」

 医師が、護衛達の顔を見上げて言った。すると、黒服の護衛の男の一人は、病室の扉をノッ

クする。

「アサカ国防長官。『皇帝』陛下と、マーキュリー・グリーン将軍がお見舞いに参られました」

 そのように呼びかけると、彼は扉を開くのだった。

 医師が先に入り、ロバートがそれに続く。病室は南側に位置し、昼間の燦々たる日差しが室

内には溢れていた。

 国防長官が入院する病室だけあり、室内は広く、間取りも良い場所にあるのだ。

 窓際のベッドに舞はいた。彼女はベッドの中で横になっているが、医療器具に繋がれていた

りはしていない。ただベッドの白いシーツの下にいるだけだ。

「アサカ君。来たぞ、私だ」

 ロバートは、いつもよりは静かな声で舞に呼びかけた。彼の護衛官であるシークレットサービ

スは、病室の外へと、舞の護衛達と共につかせている。

 ロバートの声がすると彼女は、ベッドから顔を覗かせた。どうやらまだ起き上がる事ができな

い様子で、身を起こそうとはしない。

「『皇帝』、陛下…、ですか…?」

 舞の言葉には、いつものような、実力主義のキャリアウーマン的な威厳がない。とても弱々し

い声になってしまっている。無理もない。何しろ重体で運ばれた、昨日の今日だ。今、意識がは

っきりしているだけでも奇跡的だ。

 ロバートは、マーキュリーと共に彼女のベッド脇までやって来る。

 そんな彼に向かって、舞は、

「も…、申し訳ございません…」

 と、謝るのだった。

「何を、謝る必要があるのだね?」

「『ゼロ』を、決して逃がしてはならないあの存在を…、逃がしてしまいました…。どう責任を取

ればいいのか」

 すると、ロバートは、舞が横になっているベッドに手を置き、

「君が謝る必要などない」

「ですが、何もできなかった自分が情けない…」

「後の事は、我々に任せておき、君は、なるだけ早く復帰できるように治療に専念してくれれば

それでいい」

「そうです。後始末は全てわたし達に任せてくださって構いません」

 『皇帝』と共にベッド脇に来たマーキュリーが、舞に向かって言った。

「できれば、私達だけで話したい事が…」

 小さな声で、舞が2人にそのように呼びかけた。

 暗黙の了解の内に、マーキュリーがその言葉を納得し、自分の背後にいた舞の医師の方を

振り向いた。

「悪いのですけれどもお医者様。しばらくわたし達だけで話をしたいのです」

 医師は少したじろいだが、すぐに納得したかのように、

「で、では…、私は外におりますので、何かあったらお呼び下さい」

 そのように言って、彼は病室から出ていった。普段、軍の高官などの入院を扱う病棟が為

に、こう言った話はしやすかった。

「さあ、これで話ができるぞ」

 医師が病室から出て行った事を確認し、舞に向かってロバートが言った。

「『ゼロ』は今、どこへと向かっているのですか…?」

 舞は、事務的な話に切り替えた。

 それに対しては、少し咳払いをしながら、マーキュリーが答える。

「『ゼロ』は今、北の方角へと移動している模様です。目撃証言がありました。このまま進めば、

《ユリシーズ》の方へと…」

「《ユリシーズ》か」

 ロバートが深刻な顔をした。

「とにかく、そちらの方は、私達が何とか致しますから、心配なさらないでください。長官は、ご

自身の治療に専念して下さい」

 マーキュリーは、舞の先の言葉を遮るかのように気遣う。それに対して、舞は何も答えなかっ

た。

「ところで、グリーン将軍、『SVO』の方はどうなった?」

 そう尋ねたのは、『皇帝』の方だった。

「今のところ、進展はありません。昨日の事件の後、また姿を完全にくらましてしまいました…」

 マーキュリーはそもそも、首都内に潜入した『SVO』の捜索の任務についていたのだ。そこ

に、隔離施設での事件が起きた。

「それも含めて、私の責任ですね…」

 再び舞が言うのだった。

「自身の責任を悔やむのならば、それをどうにかする為に部下達に任せるのが君の仕事では

ないのかね?」

 『皇帝』は、舞に向かってそう言った。

「確かに、おっしゃるとおりです」

「ですが、『SVO』のメンバーならばいずれ見つかるでしょう。既に我々は黒幕を突き止めまし

たから。現在、国内に潜入しているメンバー達も含め、すでに手は打ってあります」

 マーキュリーが言った。

「あの者達を使ったのですか…?」

 ベッドの中で舞が尋ねる。

「ええ、もちろん。あなたからの命令だと言ったら、すぐに動いてくれましたよ」

「そうですか」

 言葉にならないくらいの弱い声で、舞は答えた。

 彼女の呼吸が少し荒くなっている。どうやら、こうして話しているだけでも彼女にとっては辛い

ようだ。無理も無い、集中治療室を出たばかりだそうだから。

 そんな彼女を見かねたロバート。

「このように、君には代わって動いてくれている部下がいる。だから君はゆっくりと治療に専念

すればいい。その事に対して、誰も責めたりはしない」

「ですが!」

「その体で、一体どうしようというのだね? 君が無理に動いても、良い結果が生まれるとは思

えない」

 そのように言うと、ロバートはすっと椅子から体を上げた。

「もっとこの場にいる事もできるが、君は静かに休んでいる必要があるようだ。私はもう行くとす

るよ」

「はい」

 舞は、上から見下ろしているロベルトに向かってそう返事をした。

「では、君の回復を祈っているよ…」

 ロバートは、いつもの威厳のある態度とは少し異なる、少しは感情が篭ったような声でそう言

うのだった。

 そして彼は、マーキュリーよりも先に病室から出て行った。

 舞は、燦々と日が照っている病室のベッドの上で、何も行動する事ができない自分を悔やむ

しかなかった。

 ただ今の内は。

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27号線 レクレス砂漠

11月20日 

7:16 A.M.

 

 

 

「《ユリシーズ》だって?」

 延々続いている赤茶けた砂漠に、延々と伸びているフリーウェイ。そこを疾走している一台の

車の中で、浩が尋ねた。

 彼はハンドルを握り、運転をしている。スピードばかり出し、かなり荒っぽい運転だった。

「ああ、北の街だ。軍需産業の街って事で有名さ…」

 そんな運転している浩に、隆文が答えていた。

 隆文と絵倫と浩。『ゼロ』という存在を追跡する任務についた『SVO』の3人は、すでに20時

間近くも車を疾走させていた。

 目的は、《ユリウス帝国首都》から1500キロも離れた都市に向かっている。という事だった

からだ。主要交通機関を使う事ができない彼らだったから、とにかく車を走らせるしかない。最

も、今は交通規制や検問などで、飛行機や列車などは車よりも遅れてしまうのだ。車が移動の

最良の選択肢だった。

 『ユリウス帝国』側は、まだ隆文と絵倫が国内に入ったという事を知らない。だから、まだ3人

の方の追跡は始まっていない。

 その分、自由に行動できるというものだった。

「《ユリシーズ》、ずっと北の街ね。この大陸の最も北にある街だわ」

 後部座席にいる絵倫が、前にいる2人に答えていた。

「お目覚めかい、先輩…?」

 まるで怖いものでも起こしてしまったかのような声で、浩が後ろにいる絵倫に言った。

 もう夜通し車で走っていたから、彼女は後ろで眠っていたのだ。3人が交代で車を運転してい

る。

 周りは、赤茶けた大地の砂漠。『ユリウス帝国』大陸は都市の近くを除いて、ほとんどこのよ

うな大地だった。

「《ユリシーズ》に行くとは、『ゼロ』さんてのは、一体何の為にそんな所に行くんだ?」

 隆文が絵倫に尋ねた。

「さあ? そんな事、わたしが知るわけ無いでしょ? でも、目的がそこに行くというのなら、わ

たし達もそこに行くというまでよ」

 彼女はそう答えるのだった。

「オレ達についての捜索は、まるっきり無しか…?」

 今度は浩が、隆文に尋ねる。

「今の所は、俺達の警戒よりも、『ゼロ』の捜索の方が上だぜ…」

 と、彼は答えるのだった。隆文の前には、常に新しい情報が流れている。浩はそれについて

尋ねたのだ。

 隆文は情報解析担当で、いつもモバイルコンピュータを持ち歩いていた。それによって、常に

リアルタイムの情報を、『SVO』は入手する事ができる。

 彼の膝の上には、黒い鞄が置かれ、その上には薄型のモバイルコンピュータデッキが置か

れていた。

 そしてその上には、立体的に画面が表示されている。

 隆文の持っているコンピュータは、衛星に繋がれ、すでにネットと結合。車内に世界の最新情

報が届いていた。

 今、その画面上には、落ち着いた透明色の壁紙の上に、幾つものウィンドウが現れて、情報

を流していた。それは字であり、写真であり、地図であったりした。

 ほとんどが『ユリウス帝国』の言葉で書かれている。隆文は、『ユリウス帝国軍』のコンピュー

タにアクセスしていた。

「軍では、『ゼロ』って奴の事で持ち切りだ。一昨日の検疫施設での事故、よほどの大事らし

い」

 目の前の画面に流れている情報を読んだ、隆文が言っていた。

「しかし、原長官は何だって『ゼロ』って奴を捜索させて保護したがってんだ? おれ達の保護

っていうのは、手荒な真似をしてでも、無理矢理ひっ捕らえるって意味なんだぜ」

 浩が口を開いた。

「さあ、任務だからな…」

 隆文はそれだけ答え、画面の方に見入っているようだったが、

「最初は、あれだけ《セントラルタワービル》の任務を優先していたのに、なぜ今は、隔離施設

から逃げ出した一人を優先するのかって事?」

 絵倫はちゃんと答える。

「ああ…、まあな…」

「それに、わたし達だって、任務の詳細については、何も知らされていないのよ。ただ、『ゼロ』

を追えって、たったそれだけでね…」

「本当に、それだけなのか?」

 少し面食らったかのように浩は言った。彼はフロントの方から目を離し、後部座席の方を向

く。

「前見て運転しなさいって」

 絵倫が前から目を離している浩に言った。

「ずっと、直線だから大丈夫だってばよ。車だって、オレ達以外には走っちゃあいねえ」

 そう言って、彼は元の姿勢に戻った。

「ええ、それだけよ。だから一体、追って行ってどうすればいいのか、さっぱりだわ」

「そうだな、とりあえず、ご同行願えばいいんじゃあないのか?」

 隆文が答えた。

「追跡していって、ただ捕らえるだけ? わたし達『SVO』が、たった一人の為だけに動くの?」

 と、絵倫。

「だが、『ユリウス帝国軍』がこれだけの活動をしているんだぜ。こりゃあ相当の大物だな」

「なるほどね、原長官がそこまでして捕らえたいというのならば、確かに相当な人物だわ。問題

は、『ユリウス帝国軍』よりも先にって事かしら…」

「『ユリウス帝国』よりも先に捕らえる、か…」

 浩が呟いた。

「ん? どうした?」

「いや、よぉ…」

 いつもならば『ユリウス帝国軍』を出し抜いて、先に一人の人間を捕らえるなど、眠っていても

できるような事、と言うような浩だが、今は違った。

「何かあったのか? そう言えば、昨日、お前達は捕らえられたって話を聞いたな。無事に脱

出できたらしいが」

 ハンドルに額をつけている浩。

「ああ、無事に逃げられたのは助かったが…、オレは思い知ったぜ。正直、今までは軍の連中

なんぞ、簡単に片付けられる、任務なんてのも楽勝。と思っていたがな。上には上がいるって、

思い知ったぜ。今回の任務でも、無事にこなせるかどうか、自信が、な…」

「そ、そうか。でも、確かに俺も原長官から聞くまでは、『ユリウス帝国』の国防長官が『高能力

者』なんて事は知らなかったからな…」

「ああ、ちょっといいかしら? 西沢?」

 絵倫が2人の間の話に割り入った。

「何だ?」

「いい加減、前を向いて運転しなさい!」

 浩は、全く前を向いていないまま、アクセルだけを踏んでいた。

 『ユリウス帝国』のフリーウェイは、制限速度が決められていない。もともと浩はあまりそういう

事を気にはしないのだが、今では時速100キロを超していた。

「だから、直線だから大丈夫だって」

 そう浩が呟いた時だった。

 何かが破裂するかのような音が鳴り響き、車は激しい揺れと共に減速していく。ハンドルを取

られた車は、スピンしながら路面を滑った。

 砂漠の日射で高温のホットプレートになっている路面。そこを激しく滑って行くタイヤ。摩擦熱

が高まり、煙が上がる。

 3人の乗った車は、そのまま道路を外れた路肩で停止した。

 

 

 

「オレは確かに、前を向いて運転していなかったぜ! 原因はタイヤのパンクだ! そんな事、

前を向いて運転していたって、パンクは起こるだろ!」

 広大な砂漠に、浩の声が響く。

 3人の乗っていた車は、フリーウェイの路肩で停まり、うっすらと白い煙が昇る。3人はそのす

ぐ脇にいた。

「別に、あなたに対して怒っちゃいないわよ。でも、確かに原因はタイヤのパンクよ。スピードの

出しすぎでパンクするって事だってあるわ。こんなに道路の上は熱いんだから」

 砂漠のアスファルトの上は、さながらホットプレート、触ろうならば火傷してしまうほどの熱さを

持っている。現に、車がスピンした時の摩擦熱で、タイヤは少し溶け出していた。

 そんなものを見ると、浩は、自分の責任を感じざるを得なかった。怒りかやるせなさか、彼の

顔が赤面した。

「分かったよ! オレが原因だ。前を見て運転しなかったのも、スピードを出しすぎたのも、何も

かもよ! オレだ。オレだ!」

 浩は、子供じみた口調でわめき散らす。

「あなたの事を非難なんかしちゃあいないわ。ただ、そんなにわめいている暇があるんなら、こ

れからどうしたらいいか、それを考えてくれない?」

 絵倫は、そう開き直った浩を皮肉るのだった。

 そんな所へ、車がパンクした地点まで様子を見に行っていた、隆文が戻って来る。対立して

いる2人の様子を見かねた彼が割り込む。

「そのくらいにしとかないか? それよりも、こんなものが道路の上に転がっていた」

 隆文は、手に持って来たものを、地面に転がした。それは、細い鉄骨を折り曲げ、組み合わ

せてつくったもので、四本脚の先端が鋭くなったパーツ同士を背中で合わせている。脚は、計

八本の鋭い鉄棘が伸び、それは鉄びしになっていた。

「これが、パンクの原因か?」

 浩は、その鉄びしを持ち上げて言う。赤面が少し消え失せる。

「ああ、こんなものが、道路の上に沢山転がっていた。こんな砂漠の真ん中で、そんな事をする

奴らなんて、いないはずなのにな?」

「誰かが、仕掛けた?」

 絵倫が呟いた。

「もしかしって、『ユリウス帝国』の奴らかもしれねえな」

 面倒な事になったといった様子で、浩が言った。

 『ユリウス帝国』という言葉で、3人の警戒心は強まる。

 広大な砂漠。所々にごつごつとした岩が立っているが、辺りはとても見通しが良い。3人をど

こかから見張ろうと思えば、それもできる。

 逆に、こちらから誰かを発見しようとしても、岩陰に隠れられては、見る事ができなかった。

「見張られていると思う…?」

 周囲の様子を警戒しながら絵倫が尋ねた。鉄びしが道路に巻かれていた事を知り、一行は、

車のパンクが事故ではない事を確信する。

「だが、『ユリウス帝国』の奴らが、こんな周りくどい事するわけねえ」

「俺達はずっとつけられていた可能性がある。昨日からずっとな。さっきまで地図で見ていた

が、ここは《ユリシーズ》から50キロ以上離れた場所だ。人が住んでいる所じゃあない」

「ここにいたって、始まらないぜ! さっさとどうにかしねえとよ!」

 浩が、2人に呼びかけ、その場からすぐに立ち去ろうと促す。しかし絵倫は、

「待って! 車の音が聞こえるわ」

 聞き耳を立てていた彼女が、そのように呼びかけた。

 周囲には、砂漠の平坦な大地を吹きすさんでいる風の音しか聞こえない。だが、よく耳を澄ま

せて見るならば、どこからともなく、車が走ってくる音が聞こえてきていた。

 とっさに隆文は、道路の方へと身を乗り出して、音のする方向に目をやる。

 彼は、ずっと遠く、地平線の彼方にまで伸びている道路の先から、黒っぽい小さな影がこちら

に迫ってくるのを見ていた。

 隆文は、自分の着ているジャケットの内ポケットの中から、小さな、カードサイズほどの大きさ

と厚さの双眼鏡を取り出す。その、薄いが、高倍率のレンズに目を覗き込み、何か迫ってきて

いるのかを確認しようとした。

「ありゃあ、『ユリウス帝国軍』のトラックだぜ…」

 双眼鏡に映ったものを確認した隆文は、2人にそう言うのだった。

「本当かよ」

 舌打ちをしながら言う浩。だが絵倫は冷静に質問する。

「何台来ているの?」

「いや、一台だけだが」

「一台? たった一台だけで来ているの?」

「あ、ああ。本当に一台だけだ」

 隆文が、よく目を凝らして見て見ても、疾走して来る黒い影は一つしか見えない。

「この厳戒態勢下、俺達を捜索しているトラックなのか、それとも『ゼロ』って奴を探しているの

か」

 双眼鏡から目を離し、肉眼で迫ってきているトラックの方を見ながら、隆文は呟いていた。

「鉄びしを巻いて、わたし達をハメたのが『帝国軍』だったならば、今から隠れようとしても無駄

ね…」

「ああ、そりゃあ、そうだ。一台のトラックに乗っている『ユリウス帝国』の奴らなんて、大したこ

たあねえだろ…」

 『帝国軍』のトラックは、3人の方に向けてどんどん迫ってきていた。今では、その運転席で運

転している者の姿が確認できるほどに。

「こそこそしていても怪しまれる。『ユリウス帝国』には、まだ俺と絵倫の顔は知られていないか

らな、堂々としていよう」

 隆文がそう言い、平静さを振舞おうとした時、『ユリウス帝国』のロゴマークの入ったトラック

は、急ブレーキをかけたらしく、激しい音を立てながら急停車しようとする。

 『ユリウス帝国軍』のトラックは、まるで見計らっていたかのように、3人の目の前にまで来る

と急停車した。

 面食らったかのように、3人がその場で立ち止まると、停止したトラックの運転席から、一人

の男が降り立った。

「これはこれは、『NK』人の方々が、こんな砂漠の真ん中で、何をしておいでだ?」

 運転席から姿を現したのは、青色の『ユリウス帝国軍』の軍服を着た若い男だった。

 だが、軍人かと真っ先に疑ってしまうのは、青色に染め上げられた頭髪と、顔に開けられた

目立つピアスだった。軍服も、思い切りだらしなく着こなしている。白いシャツが、開け放たれた

上着から大きく覗く。

「ほんの、観光さ…」

 目の前に現れた男の風貌に、少し驚かされながらも、隆文は平静さを装い、『ユリウス帝国』

のタレス語で答えていた。

「ほう、だがなあ、今、うちの国は厳戒態勢って奴でよぉ、悪りいが、ちょっくら職務質問って奴

をさせてもらおうか?」

 なぜこんな男にそんな事をされなければならないのか。隆文はそう思う。

「身分証なら、ちゃんとある。パスポートもな」

 すかさず目の前の男は答えてきた。

「偽造したやつだろ?」

「いい加減にしてもらおうかしら? あなたはわたし達を、捜しにここまできた。だから回りくどい

事はやめて、正直にそう言ってもらうわよ」

 相手を挑発してくるような態度に、我慢ならなくなった絵倫が、男にそう言い放つ。絵倫は腕

組をして、堂々とした様子を相手に見せ付けた。

 だが、相手の男はそんな事など、最初から分かっていたらしく、態度を変えない。

「ああ、そうだぜ、お姉ちゃん。オレは、あんたらを捜す為にわざわざやって来たんだ。盗難届

けと目撃証言さえあれば、いくら、車の乗り捨てを繰り返そうと、簡単に居場所は突き止められ

たがな。まさか、新メンバーの到着と共に、《ユリシーズ》に向かっているとはな…」

 そう言って来る男の姿を見て、何かを思い出したかのように浩は顔を上げた。

「お前、もしかして、ブルーって奴か?」

 相手を挑発しているかのような、半分ニヤニヤし、そして目の焦点を合わせていない変わっ

た風貌の男。彼は、変わらない表情で浩を見やる。

「ほうう、お前、オレの事を知ってんのか? オレはてめえと直接会うのは初めてだがよ」

「一博の奴から聞いたぜ」

 浩がぼそりと言ったその言葉を、ブルーというらしい男は聞き逃さなかった。

「おおっとお、自分から『SVO』っつう組織のメンバーだって事を認めるとはよぉ…、自白が取

れたぜ」

「そんな事で誘導尋問したつもり? どうせ、初めからバレているって事ぐらい、わたし達には

分かっていたわ。それよりも、もっと多くの兵を連れてくるべきなんじゃあないの? わたし達

は、危険な“テロリスト”だったんじゃあないのかしら?」

 相手の挑発的な態度に負けないくらいの、絵倫の堂々とした態度。

「残念な事になあ…、うちの軍では今、新たに大事な任務ができちまって、てめえらどころじゃ

あなくなったんだ。その気になりゃあ、一個中隊やらをけしかける事もできるんだが、それどこ

ろじゃあない。それに、上の判断で、てめえら3人ぐれえじゃあ、オレ達で十分だって判断さ」

「鉄びしなんかを使いやがってッ、何を偉そうに」

 浩が吐き捨てる。

「ありゃあ、作戦ってんだ。分かるか? 作戦だよ。それとも、ロケット砲で車ごと吹っ飛ばして

欲しかったってか?」

 何がおかしいのか、その男は半分笑いながらそのように言って来る。

 だがそこへ、一つの声。

「喋り過ぎだブルー」

 男の声だった。『ユリウス帝国』の言葉で、それは、ブルーという男が乗ってきたトラックの反

対側から聞こえてくる。

「分かっているぜ、シルバー」

 やがて、トラックの陰から姿を現したのは、銀髪をオールバックにした、背の高い男だった。

すらりとした体で、白い色の軍服を着込み、ブルーとは対照的な精悍な顔立ちをしている。

 この男は、『ユリウス帝国軍』の軍人、そしてブルーの仲間らしい。

「ってなわけだ。このままてめえらと楽しいお喋りをしててもいいがよ。オレ達にも仕事ってのが

あるんだ。早めにカタつけさしてもらうぜ」

 そう言うと、ブルーという男は、自分の腰から、一つの棒を取り出す。

 それが武器であると直感した隆文は、さっと彼から距離を取った。

 

 

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―Ep#.07 『裏切り』―

 

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第6話「逃亡」の続きです。
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