夏到来、あやかしはじめました
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 高校2年の夏のこと。

 

 皆さま神って信じますか?

 少なからず私は信じていませんでした。

 生まれてこの方そんな目に見えないものは信じていませんでしたとも、えぇ。

 だって言うのに過去形なのは……、

 

 「なんじゃ?どうしたお千?」

 

 無邪気に笑う、こいつが目の前に居るからで……。

 「お千言うなこのちびっこ幼女。私の名前は千夏、神代千夏」

 あしらう様にそう言うと、こいつは精々私の胸までしかない身長でちょろちょろとしていた。

 何となくで私はこのおちびにでこぴんをお見舞いしてやる。

 「ふぎゃっ、かみさまぶった!おちびって言うなこの凶暴女!」

 カビくさい程に歴史あるうちの神社の守り神が、まさかこんなのだなんて。

 あぁ、姉さん、うちの神様が苛めてきます助けて。

 心の中でそう嘆きつつ、胸の辺りに何かこうちょうどよい感じでつむじがあるので、取り合えずその頭を撫でてやる事にした。

 「ふんっ。この身をうつしよに降ろす際にはかように私を求め心千々に乱しておった癖に」

 さめざめと小憎たらしくしなを作り、幼女の癖にたおやめぶる神がそこにいた。

 「なっ、あれはっ。……くっ、供物がないと期間限定で消える癖に、このっ、ばか!」

 その時の事を思い出すと流石に恥ずかしい。

 かぁあっと顔の温度が著しくあがると、おー、やはりお千はうい奴じゃのぅ、何てこいつがしたたかに宣ふのが聞こえてきた。

 

 

 夕刻。

 「どうするの?供物とかって詳しい話、私まだ聞いてない」

 賽銭箱前の階段で腰かけ頬杖をつきながら、そう聞いた。

 「ふむ、よいのかの?」

 そう問いかける口と目はまったく噛合わない。

 口では尋ね、その目は聞くなと言っていた。

 それでも私はこう答える。

 「ん、いいよ」

 その回答にこいつはちょっと辛そうに顔を伏せた。

 「はは、人はほんに不思議な者よのぅ、神と言えど人が私を望まなければ私はここに居ることさえ叶わん。供物というのはな、端的に言うとそなたの血じゃ。」

 そう悲しそうな顔で言われ、そんなこいつを私は直視出来なかった。

 だって言うのにこいつは私から目を逸らさないし、逸らしてくれない。

 今までもずっとこうだったんだろうか?目の前の事から目を逸らさないで、ずっと。

 だったら私とは大違いだ、私は目に見えない物は信じていなかった。

 そこには確かに応えるこいつが居たかもしれないのに。

 神を拠りまし代と成す、だから神代。姉さんがそんな事を小さな頃の私にしきりと言い聞かせていた、そしていつか分かる時が来るよとも。

 「ん?どうしたかの?」

 小首を傾げた、姿にそぐわぬ哀しい顔。

 それを見て今がその時なのかもしれないと、私はそう思った、思いたかった。だから、

 

 「私の血を供物にして」

 

 「ん、いいのかの?」

 そう遠慮がちに私へと委ねる声。

 「消えたく無いんでしょ。だったらいいよ」

 「む、じゃが……。まこと人へは戻れぬぞ?」

 この期に及んでこいつはまだそんなことを言うらしい。

 「一人に戻りたくないんでしょ。だからほら」

 私は強引にその身体を引き寄せる。

 見た目そのままの重さなのが印象的だった。

 私と視線を合わせようとしないのがいかにも象徴的だった。

 だけどすっぽり収まった胸の中でこいつが迷っているのだけは分かる。

 だってこいつ震えてる。

 本当は人が恋しいだろうに、その癖腕の中で身体を私に任せられないでいる。

 何だこうすると本当に人と何も変わらない。

 「どうしたい?」

 私はそれだけ言うと、後はこいつに任せた。

 「ぅ、む。私は……」

 一拍、二拍、そうして三拍。

 音を無くしたかと思えるその刹那、私の身体を触る指。

 始めはおずおずと躊躇いがちに、だけれど次第に私を確かめるようにと手つきは変わり、最後は確かな意思を持って私に身体を寄せて来た。

 「自分がしたいと思った事の感想は?」

 頭を寄せてそう聞いた。

 「存外、あったかいかの」

 「そう。」

 「そうなのじゃ。千夏、神代にその身を殊にする神の名において、そなたの血をこの身へ宿し結びとせん」

 そんな祝詞めいた台詞を言祝ぐ様はやっぱり神様のようだ、と私はそんな感想を持ちつつ首筋から血を吸われる感覚を受け入れていった。

 

 翌朝。

 賽銭箱の前で二人、こいつと打ち水。

 「で、私は結局どうなったの?」

 「ふむ、その血は既に神のものじゃ。じゃから千夏はさしずめあやかしと言った所かの?神でも無ければ取り合えず人間でもないしの?」

 昨日と違ってやけに軽いなこいつ。

 「はぁー、いいけど別に。何か天気良いし、打ち水涼しいし、後悔してないし」

 そして私も軽かった。

 神社でさざめく木々の香りと木漏れ日に晒されて、私はどうやら、

 「それよりちなつ!私は祭りに行きたいぞ、連れていくがよい!」

 こいつと少し身近になったらしい。

 汗ばむ肌に夏仕立ての制服が心地よく、暴力的なまでの陽射しに私は手を掲げる。

 

 「31.5℃」

 

 そう手の甲に表示された。

 成るほど、どうやら本当にあやかしになったらしい。

 それが何だか可笑しくて、諸々の事を私はくすりと笑いとばした。

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第13回電撃LL応募落選作品
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