残された時の中を…(第5話)(2003/11/19初出) |
「実は…。兄には…、残された時間が…、もう少ないんです…」
悲しみを押し殺しながら、姫里が必死に言葉を紡ぎ出した。
「え…!?」
姫里の言葉に栞の持っていたスプーンが手から零れ落ちる。
それほど姫里の口から語られた言葉は、
栞にとって寝耳に水といっても過言ではなかった。
「ど…、どういうことですか…?
北川さんは確か…、昨日退院したばかりじゃ…」
「怪我からはもう快復してます…。ですが…、
怪我の他にもう一つ…、重い病気を患っているんです…」
悲痛な面持ちのまま姫里が答える。
「病気ってそんな…。で…、でも北川さんは
昨日あんなに元気だったじゃないですか…!?
それなのに何で…?」
「以前栞さんがお見舞いに来てくださった時
兄に怒鳴られて追い返された時がありましたよね…」
「そ…、そうでしたけど…」
「あの時泣いていた兄にとって本当は少しでも
誰かに苦しみを分かってもらいたい思いでいっぱいだったんです…。
でも…、誰にも知られたくない思いもあったんです…。
特に…、栞さんには…。」
「そう…、だったんですか…」
最初は信じられぬ思いでいっぱいだった。が、
それは受け入れなければならない真実だと理解した。
一体北川はどれだけの恐怖と悲しみを抱いて過ごしてきたのだろう…。
栞にはその時の北川の気持ちを、いや、
今彼が抱いているであろう苦しみをも痛いほど理解した。
何しろかつて死の病に侵されていた自分とほとんど同じ境遇だったのだから…。
「それで…、北川さんのご病気っていうのは…?」
「白血病という病気です…」
「白血病…、ですか…?」
「「はい…」」
「いつ頃から分かってたんですか?」
「私達が兄の病気を知ったのが、
兄が事故で病院に運び込まれた時でした…。
事故の知らせを聞いて駆けつけたとき、
兄の担当医の先生から病気のことも聞かされたんです…。
もう…、手遅れでたとえ怪我が治せたとしても
残念ながら彼に残された時間は少ないと…」
「そう…、だったんですか…。
それで…、北川さんに残された時間というのは…?」
「もし病気のことが分からずにそのままだったら、
来年までもたなかっただろうと聞きました…。
でも…、入院中に治療に専念できたおかげで
少なくとも卒業するまでは大丈夫だとおっしゃっておりました…」
姫里は寂しそうな表情で、でも嬉しそうな気持ちも込めて語った。
それは少しでも兄と過ごせる時間が増えたことによる喜び…、
それでも兄はこの世を去ることには変わりないという悲しみ…。
その二つが合わさった表情を栞はただ見つめるしかなかった。
「北川さんのことは分かりました。
それで…、お二人は何故そのことを私に持ちかけたんですか?」
「実は…、栞さんに兄の生きる支えになっていただきたいんです…」
「え…?」
それは予想だにしなかった妹達からの申し出だった。
「私達がわがままを勝手に押し付けていることは分かっております。
でも…、ご病気を経験されている栞さんならきっと
兄の気持ちを分かっていただけるんじゃないかって…」
「でも…」
「お願いです、栞さん。
実は昨日も兄は一人で泣いていたんです。
もう私達の力だけじゃ支えきれないんです…。
どうか…、ほんの少しだけでもいいんです…。
少しでも兄のそばにいて励ますだけでも…」
頭を下げてまで二人は自分に委ねようとしているのだ。
それが精一杯の懇願だと分かっていた。
だが本当に自分なんかでいいのだろうか?
栞の頭の中をそんな考えがよぎる。
「うーん…」
その申し出に栞は少々考える素振りを見せた。が、
程なくして答えは決まった。
「分かりました。私なんかでよければ
喜んで引き受けさせていただきます」
「「本当ですか?」」
「はい」
「「ありがとうございます」」
姫里達は精一杯の感謝の意を込めて会釈した。
「でも…、何で私なんかに…?
いくら私が病気してたからといって
それが北川さんの支えになれるとは
限らないと思うんですけど…?」
栞は今病魔に侵されている北川の気持ちを察することは出来る。
だが、そうと言って北川の全てを理解しているとは限らない。
むしろかつて病魔に侵されていた自分にしか分からなった
苦しみがある様に、北川にしか分からない苦しみもまたあるのだ。
「兄から…、今年の冬相沢さんが起こしたという
5つの奇跡の話を兄から聞かされたことがあるんです」
悲しみを悟られぬ様うつむきつつもかつて聞かされたことを
しみじみと思い返しながら嬉しそうに答える。
「私達が兄のお見舞いの為にここに来たとき、
相沢さんが起こしたという5つの奇跡の話と
それからのお話を兄は毎日の様に嬉しそうに話してました。
その中で相沢さんの恋人の月宮あゆさんが
目を覚ましたのは兄のおかげだということも聞きましたけど、
それ以上に栞さんが奇跡を起こせたことを
とても嬉しそうに話していたんです。
だからこそ兄が泣いていたあの時、
栞さんには余計な心配をかけたくなかったから
追い出そうとしてたんだと思います」
「そう…、だったんですか…?そんなことが…」
「私達も出来るだけ兄を支えるつもりです。
どうか…、ほんの少しだけでも兄をお願いします」
「少しだなんて言わず、全部私がやってみせますよ」
「「栞さん…」」
「私は祐一さんの他に北川さんにも助けられたんです。
それで少しだけだなんてダメですよ」
「でも…」
「大丈夫です!私に任せてください」
栞が自信あり気に胸をどんっ、と叩いてみせる。
「では…、兄を宜しくお願いします」
「お安い御用ですよ!!」
「ありがとうございました!
またお越しくださいませ!」
会計を済ませ、3人は百花屋を出る。
「お二人はもう帰られるんですか?
もう少しいらしてもいいのに…」
「出来ればまだここにいたいのですが
明日からまた親戚の手伝いをしなければなりませんから…」
「もう少しお話したかったのに残念です…」
残念そうにくすんとしょげ返る栞。
「いえ…、こちらこそ相談に乗ってくださってありがとうございました」
「どういたしまして…。何なら駅まで送ってあげましょうか?」
「「ありがとうございます。栞さん」」
姫里と空は改めて精一杯の感謝の意を込めて栞に会釈をし、
そのまま駅へと向かうべく商店街を後にしようとしていた。
「おじさん!たい焼き一個だけちょうだい!急いで!」
一方、商店街にあるたい焼き屋の屋台では
あゆが何やら焦っている様子でたい焼きを注文していた。
「まいどー。ところでどうしたんだい?
何か急いでるみたいだけど…?」
「うん…。栞ちゃんを探してるんだ。
ひょっとしたら北川君がボク達の学校で泣いてる気がして…」
「泣いてる?それに学校って…?」
「ううんっ!何でもない!」
あゆのここで言う学校とは、7年前に祐一と二人きりで過ごした
ふもとの森の中にあった大木を指している。
だがそれは祐一が帰る前日に起きた悲劇によって切り倒されたのだ。
その大木の頂上近くの枝に自分が座っていた時、
突風によりそこから転落し、命を落としかけたという悲劇。
降り積もっていた雪が幸いして一命は取り留めたものの、
それから7年もの間、植物状態に陥っていたのだった。
そして幼き頃の祐一はそれを目の当たりにし、
結果として心を閉ざしてしまうことにも繋がったのだった。
「あいよっ!たい焼き一個お待ち!」
「ありがとう、おじさん!ええと…、お財布、お財布…」
「いいよ、あゆちゃん。今日のはおまけだ」
「え…?いいの…?」
「ああ…。いつも嬉しそうに買ってくれてるからな」
「ありがとう!おじさん」
受け取ったたい焼きを片手にそのまま商店街を駆けていった。
「くそ…。チキショ…」
同じ頃、あゆ達がかつて学校と呼んでいた
大木の切り株に一人うずくまり、泣いている北川がいた。
アルバイト先での用事は既に済ませていた。が、
病魔に怯えている自分の姿を姫里達になるたけさらさぬ様に
他人との距離を今はただ置いていたかった。
「く…、くそ…。もう…、ダメだ…」
やがて何かを殴りたい衝動を抑え切れず、
切り株のそばの木へと歩み寄る。
「チキショがぁー!!」
ド ゴ ォ ッ ! !
慟哭の叫びと同時に北川は自らの右拳を木の幹に思い切り叩きつけた。
「くそ…。くそォ…」
続け様に左拳を打ちつける。
今の彼にとって病魔の恐怖から逃れる方法はこれしかなかった。
それが自傷行為でしかないことは分かっており、
更にそれがただ悪循環に陥るであろう事も理解していた。
が、もはや一人でそれを食い止めることは不可能だった。
いや、むしろ食い止められないからこそちょうど良かった。
姫里達はそろそろ駅に向かう頃だし、夏休み中で誰かに会う心配もそれほどない。
アルバイトにしても勤務日までは1週間もある。それに、
拳の状態をそれほど気にしなくてもいい仕事なので、
今の彼にとっては正にうってつけの状況だった。
気が付けば木の幹をサンドバッグ代わりに涙を流しながら一心不乱に叩き続けていた。
「え…?北川さんが泣いてるかもしれないって…」
その頃栞達に追いついた、あゆの予想だにしなかった
いきなりの話に栞達3人はキョトンとしていた。
「うん…。祐一君と一緒にいた…、学校と呼んでた場所で…、
北川君が一人で泣いてる…、夢を見たんだ」
退院してから3ヶ月経ったとはいえ、
まだ体力が完全に戻った訳でもなかった。
青ざめた様子で激しく肩で息をしながら答える。
「でも…、夢なら大丈夫なんじゃないですか?
それに…。兄は今アルバイト中のはずですし…」
「空ちゃん…、だっけ…?出来ればボクも…、それが気のせいだって信じたいんだよ…。
でもね…。朝起きてから…、胸騒ぎが収まらなかったんだ。
それに…、祐一君と遊んでたあの学校のこととなると…、
ひょっとしたら何かあるんじゃないかって…」
“グズッ…。チキショォ…!何で…?何で俺だけ…?
怖いよ…。まだ…、死にたくねえよぉ…。
助けて…。助けて…。
栞…、ちゃん… ”
あゆの夢の中で北川はあゆ達が学校と呼んでいた
大木の切り株の上でうずくまり、そして泣いていた。
その夢の中で彼はひたすら栞に助けを求めていた。
だからこそあゆは栞を必死で探していたのだった。
自らの体調以上に北川のことを考えて…。
「分かりました!後は私に任せてください!」
「私も行きます!」
「お姉ちゃん!私も!」
「ボクも…、行くよ…。学校のことを知ってるのは…、
案内出来るのは…、ボクしかいないから…」
「私達だけで大丈夫ですよ。あゆさんはもう休んでた方がいいです」
「ボクは…、大丈夫だよ…。後で祐一君達に…、
怒られるかもしれないけどね…」
苦痛で顔を歪め、そして激しく肩で息をしていたので、
彼女が無理をしていることは誰の目にも明らかだった。
「だったらなおさら無理しちゃダメですよ」
「でも…。学校を知ってるのは…、ボクしか…」
「実は…、今朝私もあゆさんと同じ夢を見たんです。
北川さんが泣いていた夢を…。今もはっきりと覚えてます。
だから夢で通った道をそのままたどって行けば
きっとその学校にたどり着けると思います。
だから私達に後は任せてください」
「でも…」
「絶対に北川さんを見つけますから…!」
そこには普段見ることのない凛とした表情をした栞がいた。
「そう…。じゃ…、後は宜しくね…」
その表情に安心したのか後を栞に託し、あゆはその場を立ち去ろうとした。
が、無理したせいでか歩く足取りすら少々まだおぼつかなかく、
あっけなくバランスを崩し、そのまま地面に叩きつけられる。
「「「あゆさん!!?」」」
「あはは…。ボクは大丈夫だよ…。それより北川君を…」
「空!あゆさんをお願い!私は栞さんと一緒にお兄ちゃんを探すから」
「分かった!あゆさん。捕まってください」
空が倒れているあゆに手を差し延べ、そのまま担いでやる。
「ごめんね…、空ちゃん…」
「気にしないで下さい。兄なら栞さんが
何とかしてくださると信じてますから」
「それより姫里ちゃんは時間の方は大丈夫なの…?
今日中に帰らないといけないって聞いたけど…?」
「本当は5時の列車なんですけど、8時までに駅に着けば
最終電車で向こうに戻れますから大丈夫です」
「姫里ちゃんもごめんね…」
「いいんですよ」
「それより急ぎましょう!姫里さん。もう4時ですけど、
今から探せば何とか間に合うかも知れません」
「そうですね…。急ぎましょう!空!
あゆさんを送ったらここで待ってて!」
栞達は夢に出てきた道をそのままたどって森の中にある、
あゆが学校と呼んでいた切り株目指して駆けていった。
(お願い…!栞ちゃん…、北川君を助けてあげて…)
「そ…、それにしてもこの森って予想した以上にきついんですね…」
「そ…、そうですね…。でも夢の中で
北川さんがいた場所まであと少しだと思います…。
だからそれまで頑張りましょう…」
今まで走ってきたこともあってか、森の中での2人の呼吸が荒くなっていた。
特に栞は病気が治ってからまだ半年ほどしか経ってないので、
ここまでの激しい運動は相当身体に応えていた。
「栞さん…。大丈夫ですか…?少し休んだ方が…」
「大…、丈夫です…。北川さんの方が…。
あれ…?」
何かに気付いたのか、栞がある方向を見る。
「どうしたんですか…?」
「向こうの方から…、北川さんの泣き叫んでる声が聞こえます…」
「え…?」
言われて姫里もまた栞と同じ方向を見る。すると、
“チキショォー!クソー!”
かすかにではあるが、聞こえてきたのは間違いなく
北川 潤の声そのものだった。
「お兄ちゃん!!?」
「急ぎましょう…!姫里さん…」
「はい!」
二人は叫び声のする方向へと駆け出した。
「チキショォー!!クソ!クソガァァァーーッッ!」
バキッ!バキィ…!ドカァ…!
あゆ達が学校と呼んでいた大木の切り株にたどり着いた
栞達二人が見たもの、それはすぐそばの木をサンドバッグ代わりに
拳を無我夢中で叩きつけている北川の姿だった。
拳から血飛沫(しぶき)を上げながら…。
「北川さん!!?」
「お兄ちゃん!!?」
予想していた以上の北川の行動に二人は思わず叫び声を上げてしまう。
が、北川はそれに気付くことなく一心不乱に拳を叩き続ける。
バキィ!ドカッ!
どの位殴り続けていたのだろうか…?
木の幹には血のり状になっている彼の拳の跡、
周りの草木には彼の血が飛び散っていた。
「お兄ちゃん!!もうやめて…!」
たまらずに姫里が北川の後ろから必死に抱きつき、何とか止めようとした。
「姫里か!?離せ…、離せぇー!!俺なんかにかまうなァー!!」
が、そんな姫里を振りほどこうと身体をよじらせる。
それでも姫里は離そうとはしなかった。
そんな北川に栞が悠然と近づいていく。
しがみつく妹を振りほどこうと北川が身体を激しく振った瞬間だった。
パアァー…ン!!
栞の渾身の平手打ちが北川の頬に炸裂した。
「栞…ちゃん…?」
今の平手打ちで正気に戻ったのか左の頬に手を添え、大人しくなる。
間髪入れず、今度は左手で北川の頬を叩いた。
パアァー…ン!!
乾いた音が再び辺りに響き渡る。
そこには普段見かけることのない凛とした表情で北川をにらみつける栞がいた。
そんな栞を北川はただ呆然と見つめるしかなかった。
「さあ…、今すぐ病院に行きましょう!北川さん」
「あ…、ああ…」
栞はその表情を変えることなく来た道を引き返し、北川達もそれに従った。
「良かったですね。骨が折れてなくて…」
「ああ…」
アパートでは北川の為に栞が夕食を作っていた。
たいした怪我をしていなかったことにホッとしている栞に対して、
北川はぶっきらぼうに返し、居間でうつむいたままコーヒーをすすっていた。
病院での診察の結果、北川の両拳の怪我は打撲のみで済んだ。
北川の血まみれの拳を見た空は驚きこそ隠せなかったものの
何とか気を失わずに済んだ。二人は栞に会釈した後、後を栞に託し
1時間遅れの列車に乗って親戚宅に戻ることが出来たのだった。
「なあ、栞ちゃん…」
「何ですか?」
「何で俺の居場所が分かったんだ…?」
「夢の中で北川さんが泣いていたんですよ…。
その夢をはっきりと覚えていたんです。
だから夢に出てきた道をたどってあそこまで行ったんですよ…。
北川さんこそ何であの場所にいたんですか?」
「たまたまだろ…」
「それに何であんなことをしてたんですか!?」
「いいだろ…!?別に…」
心配そうに問いかける栞に対し、またもぶっきらぼうに返すのだった。
そんな北川の投げやりな態度にさすがの栞も業を煮やし、
そのまま北川の前まで乱暴に歩み寄る。
「良くないです!!妹さん達は北川さんのことを心配してたんですよ!
せっかく退院したのに何であんな馬鹿なことしてたんですか!!?」
「いいだろ…?俺の勝手なんだし…」
「何でそんなこと平気で言うんですか!?
亡くなったご両親から貰った身体を何だと思ってるんですか!!?
生きることが出来たんですからもっと大切にするべきじゃないですか!!?」
「はいはい。分かった分かった」
本気で心配している栞の言葉をまともに聞く耳すら持たぬ様子だった。
「こんなことなら…、あの時死んどけば良かったな…」
不意に自嘲の笑みを漏らしながら呟いた。
「何言ってるんですか!?」
「栞ちゃんはもう知ってるんだろ?俺の命が残り少ないことを…」
「はい。姫里さん達からさっき聞きましたから…」
「カッコ悪いな…。入院してたあの時は俺の泣き面を見られて、
さっきは俺の無様なところを見られて…。もう最悪…。ははは…」
「やめてください!聞いてて気分が悪くなります」
「ならさっさと帰ってくれよ…!別に俺が頼んだわけじゃないのに
こんなところにいられても困るんだけど…」
「やめてください!」
「まだあるぜ?今になって思ってるんだけど、
“あゆちゃんや栞ちゃんなんかは助かったのに、
何で俺だけまだ苦しまなきゃなんねえんだろうな?”
ってさ…。あゆちゃんの奇跡を起こすきっかけを俺が作った時、
最初は嬉しかったけど今になってなんか馬鹿馬鹿しくなってきたよ…。
あ〜あ…。誰か死んでれば少しは楽になれただろうにな…。
特に栞ちゃんなんかが死んでればもっと…」
パアアァァーーン!!
北川の好き勝手な発言に遂に栞は3度目の平手打ちを北川の頬に見舞うのだった。
「自惚れないでください!!」
「だったら…、さっさと帰ってくれよ…!俺は今一人でいたいんだよ…」
「ダメです!出来ません!」
「栞ちゃんには関係のないことだろ!!?
余計なお節介されると、こちとら迷惑でたまらないんだよ…!
だからもう放っておいてくれ…」
「関係なくないです!だから放っておけません!」
どうやら栞の方は引くつもりはない様だ。
これ以上意地になっても仕方ないと見たのか、自分から折れることにした。
「はあ…。もう勝手にしてくれ…」
ふて腐れた態度のまま栞からそっぽを向く。
「大体何でそこまでして俺に構うんだよ?
姫里達に頼まれたからか?自分が病気してたからか?」
「それだけじゃ…、ないんです…」
そこにはさっきまでむきになっていた栞ではなく、
かつて病気で独りぼっちだった頃の寂しげな雰囲気の少女がいた。
「それだけじゃないって…?」
栞の方に向き直った北川の右手を栞はそっと両手で包み込む。
続けてその右手を自らの左胸に持っていく。
「!!?」
あまりにも突然過ぎた栞の行動。それに北川が驚かないはずはなかった。
「し…、栞ちゃん…?」
「北川さんは私達の知らないところでずっと…、一人で闘ってたんですね」
「い…、いくらなんでもこれはまずいって…。
ほ…、ほら…。これじゃ俺が襲いかかっても…」
「北川さん…」
「はい…!??」
まだ気が動転していたのか、思わず上擦った声で返事をしてしまった。
「私の心臓の鼓動…。分かりますか…?」
「あ…、ああ…」
「じゃあ…」
続けて北川の頭を自分の胸に抱き寄せた。
「!!?」
未だかつて経験した事のない女性の胸の感触、そして心地よい温もりに
北川の鼓動もまた高まっていった。
「私の温もり…。どうですか…?」
「ま…、まずいって…。これはさすがに…」
「私は構いません」
「俺がまずいよ…。だからさ…、離して…。頼むから…、さ…」
「離しません…」
「でも…」
「北川さん…。聞いてください…」
北川を優しく抱きしめたまま、改まった様子で栞が話しかけてきた。
「な…、何だい…?」
「私は…、もうだめだと思ってました…。
誕生日までしか生きていられないんだって…。
諦めるしかありませんでした…。
でも…、また生きることが出来るんだって分かった時は…、
本当に…、本当に嬉しかった…」
「そ…、そりゃあそうだろうな…」
「でも…、それ以上に…、お姉ちゃんと…、
仲直り出来たことが…、一番…、嬉しかった…」
とめどなく涙が流れ、そして唇を歪ませながらも精一杯に言葉を紡ぎだしていき、
そして北川を抱きしめる力もより強くなっていく。
「でも…、それは俺じゃなくて相沢のおかげだろ…?」
「確かに…、お姉ちゃんが私と仲直りする
きっかけを作ったのは…、祐一さんでした…。
でも…、そんなお姉ちゃんに勇気をあげたのは…、
他ならぬ北川さんでした…」
「そんな…。偶然…」
「偶然なんかじゃないです…!病気が治ってから
お姉ちゃんは嬉しそうに言ってました…。
仲直り出来たのは北川さんが後押ししてくれたおかげだって…。
もし仲直りしてなかったら…、きっとすれ違いのままで…、
今も寂しい想いをしてたかもしれませんでした…」
(栞ちゃん…)
「北川さん…!私は北川さんを初めて見たときから…、
いえ…、お姉ちゃんから北川さんの話を聞いてたときから…、
ずっと…、好きでした…!」
「え…?」
説明 | ||
7年前に書いた初のKanonのSS作品です。 初めての作品なので、一部文章が拙い部分がありますが、目をつぶっていただければ幸いです(笑)。 。ここから物語は動いていきます。 |
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