残された時の中を…(第8話)(第1部完結)(2004/01/13初出) |
「北川君…」
北川の胸に飛び込んだ香里が北川の表情を伺う。そして北川の胸の鼓動も高まっていく。
「北川君…。実はね…、あたし…、
北川君のこと…、ずっと…、好きだったの…」
「美坂…?」
「ど…、どういう意味だよ…?」
昨日の栞からの告白に続き、予想だにしていなかった
香里からの告白に北川はただ戸惑っていた。
「言葉通りよ…」
「で…、でも美坂が俺のことを好きになる要素なんてないし、
第一そんな素振りすら今まで見せてなかっただろ…?
去年は栞ちゃんのことがあったとは言え、
俺の前ではあまり元気出してくれなかったみたいだし…」
「そんなこと…、ないわ…」
「だったら何で…?」
「………」
そこで香里は北川の胸に顔を埋め、黙ってしまった。
「美坂…?」
少しの間、沈黙が続く。北川の胸の中で香里は
何かをこらえるかの様に震えていて、涙を流している様にも思われた。
「恐かったのよ…」
やがて北川の胸を離れた香里は胸中を絞り出す様に吐き出した。
「え…?恐かったって…?」
「北川君のことを好きになってしまうことが…」
「どういう意味だよ?好きになるのが恐いって…」
「あたしね…。実は北川君が病気なんじゃないかって…、
北川君に会ったときからずっと思ってたのよ…。
あなたの笑顔向けてる姿がどこか栞にそっくりだったから…。
いつも栞のことで落ち込んでたあたしのことを
笑顔で励ましてくれたことはとても、ううん、心の底から嬉しかったわ…。
でもね…、その笑顔を好きになってしまって
もう二度とそれを見ることが出来なくなったとき、
きっと栞を失うときの様にあたしは悲しい想いをしなければならない…。
そう思ったからか、あたしは嬉しかったけど顔には出せなかった。
顔には出せなかったけど療養中の栞には、
いの一番であなたのことを話したのを覚えているわ。
栞が今年の誕生日までしか生きられないことを聞かされて、
栞とすれ違う様になってからはそんなこともなくなってたけどね…。
でもそうなってからあなたの笑顔を鬱陶しく思っていたはずなのに、何故か忘れられなかった。
その笑顔を思う度に、いつしか栞がいなくなる前に仲直りしたいと思う様になったのよ。
ただ、踏み止まってたせいでなかなか出来なかったけどね…。
そんな中で栞が相沢君と一緒にいる様になって、あたしは悩んだわ。
栞のことを忘れたいのに、もう一度栞と向き合いたい…。
栞が学校に来る様になってからそのジレンマは更に大きくなった…。
でも北川君の笑顔を思う度に、それもいつしか栞と向き合う方に傾いていた…。
そして百花屋で栞と一緒にいた相沢君があたし達を呼んでくれたとき、
あなたの笑顔が後押ししてくれた気がして、あたしは殻を破ることが出来たの。
最後の最後で栞はたった一人の大切な妹だって…。
栞と仲直りした夜は色んなこと話してたっけ…。
笑いながら、涙流しながら、時には抱きしめ合いながら…。
そのわずかな時間がかけがえのないものだったことを今も実感してるわ…。
そして栞が助かったことが分かったときは、それこそ抱き合って号泣したわ…。
もう栞と離れ離れにならなくていいんだって…。
それと同時に北川君への想いも強くなっていた…。
“もう逃げたくない…。栞と同じ過ちは繰り返さない…”
そうは思っていたものの、なかなか告白するきっかけはなかったけどね…」
「そうだったのか…。だから栞ちゃんはあんなことを…」
「でも、北川君の誕生日に告白する決心がついたの。
北川君の好みが何かは分からなかったからプレゼントは参考書にしたんだけどね…」
「でもプレゼントに参考書ってのはどうかと思うぞ…?」
「う…、うるさいわね!!いいじゃない!参考書くらい!
そんなことくらいで茶化さないでよ!!
大体それ欲しがってたものじゃなかったの!!?」
「悪い…」
さっきとは打って変わってムキになる香里に思わず気圧(けお)されてしまう北川。
「緊張こそしたけど、告白まで後は待つだけだった…。
なのに…、その前日にあなたが事故で重体という知らせを聞いたときは思わず耳を疑ったわ…!
あたしを後押ししてくれた北川君が事故で死にかけているだなんて、信じたくなかったもの…!
だから北川君の意識が戻ったと聞いたときは誰よりも喜んだわ…。
と言っても、栞も同じくらい喜んでたみたいだから、つもりでしかなかったけど…。
その後、気持ちを伝える機会がなかなかなかった…。でも…、
昨日栞からあなたのことを聞いて、ようやく決心がついたのよ…!」
「美坂…」
「北川君!あたし逃げないから…!
栞の時みたいに…、もう逃げないって誓うから…!
だから…、あたしと付き合って…。あたしを…、
あなたの生きる支えとして…、そばにいさせて…」
そう言って、再び北川の胸に顔を埋める。
余程の思いで吐き出したのだろう…。香里はしゃくりあげていた。
そんな香里の体をそっと包み込もうと腕を回したところで、
不意に昨日の栞の抱擁が北川の脳裏をよぎり、それを躊躇わせていた。
確かに香里のことは異性として意識していたし、
栞が助かって元気になったことを心から喜んだ。だが、
自分が本当に好きなのは香里なのだろうか…?
「北川君…?」
やがて思い立った様に香里の肩をつかみ、そっと引き離した。
「ごめん、美坂」
「え…?」
香里から見た北川の表情は一点の曇りすらなく思えたほど凛々しかった。
「どうして…?栞は確かに北川君はあたしのこと好きって…」
「俺は確かに美坂のことが気になってた…。いや、今も好きなんだと思う…」
「だったら…、何で…?」
「美坂以上に好きな人がいるってことに…、今気付いたんだ」
「え…?それって…?」
「ああ…。俺は栞ちゃんのことが大好きなんだ。
この気持ちはもう変わらない…。だから美坂には悪いけど…」
「そう…、だったらあなたとはもうサヨナラね…。栞とは幸せになって…」
そのまま北川に背を向け、逃げる様に走り出した。
「待てよ美坂!誰もそんなこと言ってないだろ!」
慌てて香里を追いかけ、必死に腕をつかむ。
「離してよ!人違いじゃないの!?あなた誰!?」
「何言ってんだよ、美坂!?」
「離して!離してよ!大声出すわよ!!」
取り乱し、涙を流していた香里は必死になって北川の手を振り解こうとしていた。
その為、昨日怪我した北川の拳の傷が開きかけた。
「つっ!!?」
それでも必死になって、香里の腕を離そうとはしなかった。
「離して!離してよ…!」
「美坂! 俺らは確かに恋人じゃないけど、親友同士だろ!!?
俺らの友情ってこんなことで簡単に崩れるもんなのかよ!?」
北川のこの一言で、香里はハッと我に返る。
「美坂…」
「フフ…。バカみたい…。
逃げないって誓ったのに、振られたくらいでもうこのザマ…。
フフ…、あはは…。バカみたい…」
今の取り乱し振りに俯き、自嘲気味に呟く香里。
「美坂…。1人じゃ危ないから、家まで送ってやるよ」
「そう…、だったらお願いね…。
そう言えばあたしの腕をつかんだとき、拳のケガ痛くなかった?」
「大丈夫だよ…。このくらい…」
「ダメよ…。お母さんからもらった体でしょ?
応急処置くらいしてあげるから…」
「そうか…。でも夜遅いだろ?親御さんは何て言うかな…?」
「大丈夫よ…。こう見えて、お母さん達はあなたのこと信用してるし…」
「そうか…。じゃあ帰ろうか…」
「しっかりエスコートお願いね」
涙を流しつつも、先ほどの取り乱し振りがウソと思えるほど、
香里の表情は爽やかになっていた。
(あ〜あ…。ふられちゃったな…。さて…、新しい恋探さなくちゃ…)
翌日、休みを利用して病院で拳の手当てをしてもらった後、
前日と同じ様に遅れを取り戻す為の勉強に励んでいた。
夕食を部屋で済ませ、くつろいでいたところ、呼び鈴が鳴った。
「はい?」
『栞です!開けてください!』
ドアの向こうから聞こえてきた栞の声はどこか威勢がこもっていた。
(栞ちゃん?一体何だろう…?)
ドアを開けてみれば、やはり膨れ面をした栞が立っていた。
「栞ちゃん?どうしたんだい?」
「どうもこうもないです!せっかくお姉ちゃんが北川さんに
告白してくれたのに、何でふってしまったんですか!?
おかげでお姉ちゃん、髪をバッサリと短く切ってしまいました!
あー、もったいない!」
「栞ちゃん…」
「釣り逃がした魚は大きいですよ!北川さん!
お姉ちゃんは私よりも美人だし、胸だって大きいし…!
もったいない!もったいないですよ!!」
「あの…、栞ちゃん…」
「でも…」
そこで声が大人しくなり、顔を赤くして背ける栞。
「北川さんはお姉ちゃんを振ってまで私のことを選んでくれました。
これで本当に良いんですか?」
「ああ…。俺の腹はもう決まってる。
俺は栞ちゃんの病気が治って、美坂が元気になったことが
嬉しかったと思ってたけどそれは違ってた。
純粋に栞ちゃんの病気が治ってくれたことが嬉しかったんだ!
ひょっとしたら、栞ちゃんを初めて見たときから
好きになってたのかもしれない・・・!
もう…、一昨日(おととい)の様な馬鹿なことはしないって誓うから…!
こんな俺だけど…。どうか付き合って欲しい…」
「本当に…、私なんかで良いんですか?
私はお姉ちゃんより子供っぽいし、胸だって…」
「そんなの関係ないよ。俺は栞ちゃんが好きだから…!」
凛々しい表情、かつ一点の迷いすら見せない北川の言葉に、栞の顔も真っ赤になる。
「北川さん…。ひょっとしてロリコンってこと…、ないですよね…?」
表情そのままながら、雰囲気をぶち壊す栞の一言に、思わずずっこける北川。
「あのね…!?この雰囲気でいきなりそんなこと言うかな…?
ドラマでもそんなこと言わないだろ?あー…、いてて…」
「冗談ですよ。何となく言ってみたくなっただけです」
「あのね…」
「でも…」
そこで凛とした表情を真っ直ぐ北川の方に向ける。
「私のことが本当に好きなら、抱きしめてキスするくらいはして欲しいです…!
現に私は北川さんのことを抱きしめて告白しました…!
もう両想いだと分かったんだから、それくらいのことは
ここでなら多少強引にしてもいいと思います…!
北川さん!私への想いを今すぐ証明してください!」
「ああ…」
栞の背中に腕を回し、そのまま包み込む様にそっと抱き寄せる。
「栞ちゃんて…、一昨日抱きしめてくれたときは
母親の様に思えたけど、思ってたより小柄なんだね…」
「北川さんも思ってたより胸も手も大きかったんですね…」
恋人になって初めて交わす抱擁、そして夏である故、
冬以上に露(あらわ)になっている肌の感触に
両者の鼓動が一昨日の抱擁以上に高まっていく。
「キスも…、してくれませんか…?」
北川の唇を求める様に自分の唇を突き出し、瞳を閉じて背伸びする栞。
「ああ…、それもして欲しかったんだっけ…?」
「それも、じゃないです…!」
「ごめん…」
「もう…。次はちゃんとしてください…!」
ムードを壊す北川の一言に頬を膨らます栞だったが、
満更というわけでもなかった様子でもう一度、唇を突き出す。
北川も栞の高さに合う様にそっとかがみ、
続けて栞の唇を覆う様に自分の唇をあてがった。
「ん…」
「んん…」
キスしている時間は20秒、いや、10秒となかったが
2人にとっては長い時間キスしている様にも感じられた。
「「は〜…」」
やがて、両者の唇が離れる。
「ファーストキスって、レモンの味がするって聞きますけど
あれって本当なんですね…。頭の中で何かこう…、
“ほわぁ”ってレモンの甘酸っぱい味が広がる様な…」
「う〜ん…。俺はレモンって言うより眠りから覚めた様な感じだったかな…」
「むー…!せっかくのファーストキスなのに、
そんなムードのないこと言わないでください…!
せめて星が瞬いたとかにしてくださいよ…!」
「悪い…」
北川の一言に顔を赤くしつつも再び頬を膨らます栞。
「でもここ玄関だろ…。
ここより、部屋でならもう少しムードが出せると思うんだけど…?」
「そうですね…。そこで続きをお願いします…」
「北川さん…。続きを…、お願いします…」
「ああ…。でも続きと言っても、何をすればいいんだろう…?」
「もっと…、私にキスしてもらえませんか…?」
「分かった…」
北川の寝室兼部屋に移動した2人は再び、抱き合ってキスをした。
今度はお互いの唇を啄(ついば)む様に、何度も何度も
その柔らかい不思議な感触を確かめ合うキスだった。
「あの…、北…、いえ、潤…、さん…」
あまりの恥ずかしさの為か、顔を背けながらも
何かを求める様に、初めて北川を下の名前で呼んだ。
「え…?今…、俺のこと下の名前で…?」
「あの…、潤さん…。
もし…、良ければ私のこと…、抱いて…、くれませんか…?」
「え…?」
その言葉の後、北川に体を預けようと栞は敷かれていた布団の上に正座した。
反対に、はにかみつつも栞が要求してきたことに北川は混乱していた。
「あ…、ああ…。分かった…」
“ただもっと抱きしめて欲しいのだろう”
そう自分に言い聞かせた北川はしゃがみこんで栞をギュッと抱きしめる。
一方、抱かれている栞は北川が抱きしめたままいつまでも
次の行動に移さないことを少しじれったく思っていたのか唇を尖らせる。
「むー…!抱くって言ってもそんなことじゃないです…!」
「い…、いや…。早とちりじゃまずいと思ってね…。だからこうして…」
「そんな意味で言ったんじゃありません…!」
「じゃあ…、どういう意味で…?」
「これ以上恥ずかしいこと言わせないでください…!
私が言いたいのは…、その…、私の初めてをもらって欲しいってことです…」
「え…?」
「お願いします…!」
北川に何かを託す様にゆっくりと瞳を閉じる栞。
そんな栞をゆっくりと抱きしめ、キスする北川。続けて、押し倒そうとしたが、
そこで自分が病気であることを思い出し、ブレーキがかかる。
確かにお互いに両想いだと分かったし、これは栞から求めてきたものだ。
それに北川自信興味があり、それが叶おうとしている。
だが、自分の性欲を容易に栞にぶつけてしまっていいのだろうか…?
病気が治った栞には自分と違って未来があるのだ…。
そんな少女の未来を自分のせいで奪っていいはずがない…。
その考えが北川の脳裏をよぎり、抱きしめたまま戸惑っていた。
そんな北川の考えを見透かしてか、栞は悲しそうな瞳で見つめる。
「潤さん…!?私のこと…、どうして抱いてくれないんですか…?」
「栞ちゃん…」
「そんなに…、魅力ないですか…?」
「違うよ…、そんなことじゃない…。
俺のせいで…、栞ちゃんの未来を奪うんじゃないか…。
そう考えたら…、やめておいた方がいいって…」
「あ…!ひょっとして避妊具の用意をしていないから…?」
「ああ…。あ、いや、それだけじゃ…」
「大丈夫ですよ!こんなこともあろうかとちゃんと用意しておきましたから…」
そう言って、スカートのポケットから避妊具の箱を取り出す。
「あの…、栞ちゃん…。この箱は…?」
「はい!近くの薬局で買いました!」
「いや…、そうじゃなくて…。これ…、どうやって入れてたんだい…?
スカートのポケットに入れるにはちょっと大きい気も…」
「そうですか?これでもまだ入りますよ?あ、何ならもう一箱…」
そのままスカートの中を探り、もう一箱の避妊具を取り出す栞。
「はい♪これで心置きなく…」
「栞ちゃん…。前から言おうと思ってたけど、やっぱりそれ4次元ポケットじゃ…」
冷や汗を思い切り垂らしながら呆れ気味に訊(たず)ねる北川。
「そんなことを聞くのは祐一さんだけだと思ってたのに…!!
そんなこと聞く潤さんもやっぱり嫌いです!!」
「わわっ!そ…、そこまで言わなくとも…」
頬を膨らませててそっぽをむく栞に慌てだす北川。
「冗談ですよ」
だが、それも満更ではなかった様でクスッと微笑む栞。
「でも…。今すぐ私のことを襲っても良いんですよ…?
覚悟は出来てるつもりですから…」
「ダメだよ…。俺はそこまでして…」
だが、北川はまだ躊躇っていた。
「潤さん…。これは潤さんの為だけじゃありません…。
私からの希望でもあるんです…」
「栞ちゃん…?」
「お願いです…、潤さん…。
どうか私のこと…、抱いてください…」
北川に縋(すが)りつく様な眼差しで見つめる栞に、北川の心も揺らいでいた。
「本当に…、いいのか?」
「はい…!」
栞の言葉を信じ、後ろめたさこそあるものの今度は布団に押し倒すことが出来た。
そのまま北川も栞の上に覆いかぶさり、そのまま愛し合った。
「なあ…。もう12時になるけど、帰らなくて大丈夫か…?」
「今日は天野さんの家に泊まるって言ってありますから…。
天野さんにも話をしてありますし…」
北川の布団の中では寝巻き姿の栞が嬉しそうに北川に寄り添っていた。
同じく寝巻き姿の北川もそんな栞をキュッと抱きしめ、頭をそっとなでていた。
ちなみにどう言う訳か、寝巻きも栞のスカートのポケットに入っていた。
「本当に良かったのかな…?あんなことして…」
「むう…!いまさらそんなこと言うなんて男らしくないですよ…。潤さん」
「そうは言ってもさ…。物事にはちゃんとした順序ってモノが…」
「私は幸せですよ。こうやって潤さんに頭をなでてもらえるし、
甘えられるし…。ちょっと暑苦しいですけど…」
寝室の風通しがあまり良くない為か、汗をかきつつも北川の胸にグリグリと頭を押し付ける栞。
「仕方ないさ…。冷房で金はあまり使えないし…」
「そんなこと言ってませんよ…。ムードのないこと言う人嫌いです」
「この状況でそんなこと言うか…?」
「冗談ですよ…。でも、アイスは奢ってくださいね…?明日10個くらい…」
「わー…。相沢の様なおごり地獄だけは勘弁して…」
「クスッ…。やっぱり慌てた潤さんの顔何度見てもかわいいです…♪」
北川の慌てふためいた顔を見てニッコリと微笑む栞。
「わ…。冗談かよ…?」
「はい♪」
「だったら明日辛いバニラアイス奢ってやろうか?」
「わー!それは勘弁してください!」
北川の言葉に今度は栞が慌てふためく。
「あるわけないって…。そんなバニラアイス」
「むー!だましましたね…!潤さん」
「引っかかる方が悪い…。って言うかそんなのに引っかかるなんて
やっぱり栞ちゃんらしいや…。でも今のムッとした顔もかわいいな…」
「わ…。そんなこと言ったら怒れないじゃないですか…」
「冗談だよ…」
「怒りますよ…?」
「わー…!やっぱり…」
「「プッ!」」
そんなこんな張り合いをしているうちに思わず吹き出してしまう北川と栞。
「「あはははははは!」」
「ははは…。何か馬鹿らしくなってきたな…」
「ふふふ…。そうですね…」
「「こんな不束者(ふつつかもの)の私(俺)ですが、
どうかこれからも宜しくお願いします!」」
布団の上でお互い向き合って正座し、あたかも結婚前夜の様に挨拶する2人だった。
翌日、北川は栞を家へと送る途中で百花屋で休憩を取り、
栞は百花屋の新メニューにチャレンジしていた。
「ダブルクリーム小倉フルーツトッピングメープルってどんな味?」
「うー…。甘いです…」
甘い物好きの栞ではあったが、さすがに全部平らげるには甘すぎた様で、
スプーンの動く速度が徐々に遅くなっていく。
「お…、俺も手伝おうか?」
「お願いします…」
「う…。甘い…」
ブラックのコーヒーと共に食べてはいるものの、もともと
量も半端じゃなく多かったので、結局半分残す目になってしまった。
「うー…。甘すぎでしたー…」
「ああ…。もう少し量が少なかったら言うことなかったんだが…」
大食いのチャンピョンですら完食出来そうもない新メニューを諦めて
5分ほど経ったにもかかわらず、未だ残っている甘味に2人の表情が歪んでいた。
ちなみに、唯一これを完食したのは里村 茜という少女だけである。
共に涙目で、顔から血の気も引いている状態で商店街を歩いていたところ、
前から見覚えのある少女が寂しそうな表情で歩いていた。
「お姉ちゃん」
「あら…、栞…。それに北川君…」
表情そのままに、香里が2人の方を向く。
昨日栞が言っていた様に髪を切っていた香里の面立ちは、
髪が長かった頃より、どこか大人っぽかった。
「美坂…。髪…、切ったんだな…」
「そうよ…。あなたのせいでね…」
「潤さんって罪な人ですね。こんな美人を振るなんて…」
「全くよ…。でも…、
私を振ってまで栞を選んだんだから、栞のことを幸せにしなさいよ?
栞も北川君のことをお願いね…」
「ああ…。俺が生きている間は栞ちゃんのことを
精一杯頑張って、幸せにしてみせるさ…」
「私も潤さんの安らぎになってみせます!」
「そう…。ところで…」
香里の表情が若干険しくなる。
「昨日栞どこかに泊まってたみたいだけど、本当に天野さんの家かしら?」
妙にドスの効いた声で2人に質問する香里。
「な…、何言ってんだよ…!?美坂…、俺達はさっきたまたま…」
「そ…、そうですよ…?さっき私達は想いを伝え合ったんですよ…!?」
妙なオーラすら出している香里に思い切り怯えながらも、必死に否定する2人。
「ふーん…(¬¬)」
まだ疑っている様で、ジト目で見つめていた。
「そう…、分かったわ…」
((良かった〜…))
「ところで栞…」
「はい?」
間髪入れずに質問する香里。
「昨日の北川君は獣だったのかしら…!?」
「はい♪5回くらい激しく…♪」
「わ…!バカ…!」
安心しきっていた為、完全に墓穴を掘ってしまい、
慌てて北川が止めようとしたが、もはや後の祭りでしかなかった。
「ふーん…(¬¬)」
「美坂…。あ…、いや、これは…」
「北川君…!?栞に手を出したら分かってるわよね…?」
ポケットの中からいそいそと“栞LOVE”と刻まれたメリケンサックを取り出す香里。
ちなみにさっき以上の激しいオーラと目の笑っていない不気味な笑顔は
北川と栞にとっては阿修羅にすら見え、逃げようにも足がすくんで動けなかった…。
更に恐ろしいことに、香里の人間離れした握力でメリケンサックが見る見るうちに歪んでいった。
「さあ…、覚悟は出来てるかしら…(^ー^#)?」
「わ…!美坂、早まるな…!」
「お姉ちゃん、潤さんに手を出さないでくださーい…!
潤さんを殴るお姉ちゃんは人類の敵ですー…!!」
「あら…?この人誰だったかしら?
栞、知らないお兄さんについていったらダメってあれほど言ったのに…。
今日の晩御飯はお姉ちゃんが腕によりをかけて作ってあげるわね♪
栞の大嫌いな辛いもののフルコースで、麻婆豆腐とキムチラーメンね…♪」
「えうー…」
「さあ…♪
覚悟しなさーい!!」
「わー!逃げろー!」
「えうー…。潤さん、待ってくださーい!」
北川に襲いかからんとする香里、たまらずに逃げ出した北川、そしてそんな両者を追いかける栞。
「待ちなさーい!!」
「助けてー!殺されるー!」
「待ってくださーい!」
「あらあら…。鬼ごっこですか…?楽しそうですね…♪」
同じ頃、商店街で1人買い物をしていた秋子はそんな3人の追いかけっこを
遠いところから頬に手を添えるポーズのまま、楽しそうに眺めていた。
「私も子供の頃は鬼ごっこしてましたっけ?懐かしいわ…。
今度交ぜてもらいたいものですね…♪」
「待てー!」
「助けてー!ひいいー!」
「待ってくださーい!」
自分の病を知り、独りずっと闘い続けた少年…
孤独に打ち勝ち、苦しみに打ち勝ち、かつそれを人に見せることなく笑い続ける…
それは想像を絶する苦しみで…
時にはくじけそうになったこともあり、時には泣いたこともある…
そして心が折れそうになり…
もうだめだと思ったその時…
一人の少女に支えられた…
その少女も少年と同じく、独りずっと病と闘っていた…
これからもまた大きな苦しみを経験することになるだろう…
でも…
残された時の中を少女と精一杯…
精一杯生きていこう…
少女の存在は少年に大きな希望と決意をもたらした
説明 | ||
7年前に書いた初のKanonのSS作品です。 初めての作品なので、一部文章が拙い部分がありますが、目をつぶっていただければ幸いです(笑)。 第1部最終回、北川君と結ばれたのは…? |
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