届け想いよ、電波に乗って
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 それは、昼に生放送のトーク番組を見ていたときだった。

 よく分からない一発リアクション芸で最近人気が出始めたお笑い芸人とよく間のずれた質問を投げるベテラン女優のトークだったのだが、芸人の方があまりにもつまらなかったので心の中で「こいつ、つまらなすぎ。これでよく芸人なんてやってられるよね」などと思っていたら、電流が頭の中と流れたような感じと共にさっきまで談笑していたはずのテレビの中の芸人の顔がぐっと苦虫を噛みつぶしたような表情に変わった。情を見たベテラン女優が一瞬不安そうに芸人の方を見るも、そこは腐っても芸人、彼はすぐに明るい表情を取り戻し何もなかったように話し始める。

その後、トーク番組は何事もなく終わり、見たい番組がとりあえず無くなった僕はテレビの電源を切り、自分の部屋へと向かう。僕の胸にはある予兆みたいなものが渦巻いていた。

 自分の考えがテレビの向こうの人間へと伝わったのだと。

 こんな考え、普通は思いつかないし、思いついたとしてもすぐに捨ててしまうものだけれども、今の自分にはこれがもっとも答えに近いものではないかと感じられてならない。部屋に戻った僕は机の上に重なっている本の山からテレビ番組ガイドを取り出し、これからの時間に生放送の番組がないか探した。夕方の放送はリア充賛美のトレンディードラマや時代劇の再放送ばかりだった。他にはほんの少し子供向けのアニメがあるくらいで生放送の番組なんて見つけられそうもない。仕方ないから明日の昼のトーク番組まで待とうかと思っていたら一つだけ生中継の番組があるのを見つけた。僕はそこの欄を見て、思わず大笑いしてしまった。僕の能力の有無を確かめるのにこれほどふさわしい場所も無いのではないだろうか。

「え〜、今年度の予算編成は〜」

 国会中継を見ながら、僕はテレビの向こうの政治家になにを伝えるか考えていた。何を伝えるか考えているということから伝わってしまうのではないかとも思ったが、それは問題なかった。考えていることが全部、対象に筒抜けになるってわけではないということが分かりちょっとほっとする。

 色々考えた結果、このあいだテレビで見ただじゃれネタを伝えることにした。フレーズを頭に浮かべ、テレビの向こうを凝視し、伝われ伝われと念ずる。すると、昼の時に感じた電流が頭の中を流れていったと思ったら、テレビの向こうで何かの政策に対する答弁をしていた政治家が急にぷっと吹き出しそうになっていた。僕はさらにネタを思い浮かべ、向こうへ届くように念ずる。テレビの向こうの政治家の顔はみるみる笑い出しそうになり、最後には思いっきり笑い出してしまった。

「真面目にやってるんですか!」

 とか

「真面目にやる気がないのならやめちまえ」

 などやじが飛ぶ。僕はその光景を見ながら思いっきり笑った。自分にこんな超能力がめざめるなんて思ってもみなかった。この能力は使い方がちょっと難しいような気もするが、使いようによってはかなり面白いことができるに違いない。わくわくしながら部屋に戻った。

 しかし、よくよく考えてみると自分の考えを相手に伝える能力なんて活かしようがないような気がしてならない。テレビの生放送でタレントなどをおちょくってみるのはそこそこ楽しいがそれも3日もやれば飽きてしまうだろう。それに生放送の番組なんてそれほど多くない。

「どうしたもんだかな〜」

 何となく、パソコンの電源を入れ、登録しているSNSサイト――名前を「ナカナカ」と言う――を開いてみた。このサイトでは登録ユーザー同士でマイナカという友達申請ができ、マイナカになると 相手の日記が読めたり、ファイルの送り合いなどができるようになっている。

マイナカの日記更新情報の欄を見たり、入っている寄合の情報を見たりしながら時間をつぶす。そうしているうちに、マイナカの一人にメールを送る約束をしていたことを思い出したので急いでメールボックスを開け、新規メール作成のボタンを押したが、今の自分ならメールなど書かずとも送りたい内容を相手に伝えることができるかもしれないと思ったので画面を閉じ、伝えたい考えを頭に浮かべ念じてみた。

 が、できなかった。何度念じてみても、頭の中を電流が走る感じがしないのだ。一瞬、混乱しかけたが、答えは本当に簡単なものだった。伝えるべき相手が誰なのかまったく分からなかったからだ。もちろん、ナカナカ上での彼の情報(名前など)は持っているだが、それは彼個人の情報全体から考えるとほんの一部――あるいはナカナカ上でしか通用しないもの――にすぎず、彼本人がどこの誰か(どういう姿をしているか)を特定するには至らない。となると、能力を使って考えを伝えようにも誰に届ければいいのか分からないということになってしまい、結果、能力が発動されることはないということになる。

これにはちょっとがっかりだった。もし、誰彼かまわず自分の考えを流すことができたら、世界中の人々に影響を与えることができたかもしれないのに、世界を変えることができたかもしれないのに……世の中はそんなに甘くは無いようだ。

能力を使える幅が狭いということが分かり、僕はちょっと失望感を覚えながらネット巡りを行った。

 ブックマークの中にあるたくさんのサイトからまず最初に動画投稿サイトで最近人気が出始めている初廻凛(はつめぐり りん)というアマチュアアイドル歌手のホームページに立ち寄ることに決め、リンクをクリックした。このホームページは初廻さんの最新動画情報やブログ、コスプレ画像などを見ることができ、かなりのアクセス数を誇っている。彼女はとてもかわいらしく愛らしく、そして存在感が大きかった。もちろん、歌もうまい。だてに辛口批評が常の動画サイトで人気を博しているわけではないのだ。僕はブログに載せてあった写真を見て、ため息をついた。最初で最後にお会いしたのはもう一年以上前の話になるのかなどとぼんやり考える。

 まだ、彼女がネットでここまで有名になる前、僕と友人で開いたオフ会に参加してくれていたのだ。そのころから、彼女のかわいらしさは絶大なものだった。甘酸っぱいイチゴ、それも小粒のまだまだあどけない、そんな感じだった。何だか意味不明な表現になってしまったが、それくらいかわいらしかったのだ。ああ、また会えたら、また会えたらいいのに。オフ会などの誘いを出したら来てくれるかもしれない。だけど、僕にはそれができなかった。断られるかもしれないし、僕なんかがメールなどを出すのは本当におこがましいことに思えてならない。ブログにコメントを入れるのさえ、本当にいれていいのかとても悩むのにましてやメールなんて……

 別にデートに誘うわけでもないのだから気軽にやってもいいのではないのかと感じるときもある。しかし、僕は初廻さんのことを好きになってしまっているのだった。好きな人に気軽に何かするなんてそんなことできない。ましてや、片や日陰者、方やネット界での人気アイドルのような状況になってしまっている今では……

 ブログの写真を見てみると、今回の衣装はいつもよりちょっと露出度が高めのもので胸の辺りが軽く目立つようになっていた。ただ、衣装の上から見る初廻さんの胸は小ぶりでつつましいもので今回の露出もエロスというよりかわいいお色気程度といえる。それでも僕にとってはものすごい興奮を与えてくれるものであった。

 僕は興奮に任せて、ことを成した。成したあとはいつも死にたくなる……自分の汚れ具合が分かって嫌になるのだ。自分さえ生まれてこなければ世界はもっと幸せで幸福なものになったろうに……世界はさすがに大げさだが自分の周り三キロはもっと幸せで幸福なものになったに違いない。

 そのまま、僕はベッドに倒れこみ寝ることにした。

 

 それから一ヶ月後、日陰者としてのいつもの日常を過ごしていた。能力のことなんてすっかり忘れて……

 ただ、ここ一、二週間余り、初廻さんのホームページは更新されずにいた。今まで彼女が一週間以上間を空けることはなかったので僕を含めたファンたちはかなり心配していた。今日も確かめて見たが、更新はなされてなかった。僕がふうとため息をつき、ブラウザを閉じた時、家の呼び鈴がなった。

 父か母宛の宅配便だろうかと思い、急いで玄関の前まで走り、ドアを開けたらそこには初廻さんがいた。初廻さんの顔色はとても青ざめ、目もどこか遠くの方を見ていて普通の状態ではなかった。僕はなぜ初廻さんが僕の家を知っているのかなどの疑問を遠くに投げおくことにし、おそるおそる声をかけてみた。

「あの、初廻さん? 初廻さんだよね」

 僕の声を聞いた初廻さんはけたけた笑い始め、ぞっとするような笑みを浮かべて

「あなただったのね」

 と呟いたあと上着の胸ポケットに隠し持っていた小さなナイフを取り出し、僕を突き刺した。何度も何度もえぐるように……

 やがて、僕が動けなくなったことを知るとナイフから手を離し、ぺたんと座りこんで、

「あなたの考えが私に入ってくるの。あなた、私のこと好きなんでしょ。毎日、毎日、好き好き考えてるでしょ。そして、色々妄想しているでしょ。それが電波と共にやってくるのよ。私もう耐えられない。だから死んで、死ね、死んじゃえ、死んでしまえ」

 そう言って、初廻さんは泣きながらふらふらと外の方へ消えていった。その血まみれの格好じゃ捕まっちゃうよと言いたかったが僕はもう声を出すことすらできなかった。

 ぼんやりした頭で何で初廻さんに僕の思っていることが分かったのかと考えていたら、ふと一ヶ月前の自分に起こった奇跡を思い出した。しかし、あれは強く念じないかぎり伝わらないのではなかったのだろうか? いや、無意識のうちにそれはクリアされていたのだ。だって、彼女のことが寝ても覚めても好きだったのだもの。それくらい思っているのならばその念も自然と強くなるだろう。そして、それは無意識のまま、何の制限も無しに初廻さんのところへ行き、彼女を蹂躙していく。それで彼女は壊れてしまったのだ。いや、僕が壊してしまったのだ。だから報いがやってきた。

 ああ、神様、もしあなたが本当におわすのならば初廻さんが捕まることの無いようお願いします。あるいは捕まってもたいしたことのない罪で出て来られるようお願いします。彼女は被害者なのです。私の妄想が悪いのです。私が生まれてきたことが悪いのです。

あとは、考えがそのまま伝わればいいなんてばかな話だよな、オブラートに包んだり制限があったりするから何とか想いを伝えることができるというのにとか何でこんな能力なんてもらっちゃったんだろなどと思いながら、意識が無くなるのを待つばかり。

 

 

閉幕

説明
ある日、僕は人に自分の考えを伝られる電波を発っすることができるようになっていた……
そんな青年の悲喜劇ブラックユーモア
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