少女の航跡 第1章「後世の旅人」7節「赤き女騎士」 |
私達の目の前には、一人の赤い鎧を身に着けた女戦士が立ち塞がっていた。
彼女は槍を構え、私達をここから先へと進ませまいとしている。この人も、今《リベルタ・ドー
ル》を襲撃している大群の一員だ。間違いない。
私は思わず、手に持った剣を構えて身構えようとした。しかし、それをカテリーナが制止す
る。
「ここから先には私達を進ませないという気だな?」
カテリーナもすでに右手に大剣を持っている。構えてはいなかったが、いつでも戦えるという
状態だ。
彼女の問いに、赤い女戦士の方は何も答えようとはしない。だが、彼女が構えを解かないと
ころからして、察しは付く。
私達をここから出さないというつもりだ。
そして暗黙の了解のまま、カテリーナは一歩前に踏み出した。
「カ、カテリーナ…?」
何をするのかといった様子で、フレアーが彼女に呼びかけた。
「相手だって一人だ。私一人で十分さ」
そう言いながら、カテリーナはゆっくりと構えの姿勢へと移っていく。女戦士の方と、ある間合
いまで近づくと、そこで二人は対峙した。
少しの間の沈黙があった。重い緊張が流れる。遠くからは悲鳴が聞こえてきて、どこかで何
かが破壊される音が聞こえる。上空では怪鳥が奇怪な声を上げていた。私達は息を呑んでそ
の光景を見守る。
先に攻撃したのは、女戦士の方だった。
素早い攻撃だ。彼女が持っているのは、大型の鉄槍だった。重さだってかなりあるだろう。し
かしそれを、目にも留まらぬようなスピードで、カテリーナの方へと突き出してくる。
カテリーナはそれを何とか避けていた。大きな槍が、ここまでの速さで突き出されてくるなど、
予想外だったようだ。
女戦士の方は、次々と攻撃を繰り出し始めた。突き出した槍を、振り払い、そして体を一回
転させながら再び振り払う。
最初は避けたカテリーナも、たまらず剣を使って防御をした。金属同士が激しくぶつかり合う
音が聞こえる。
大剣と大槍によって、目にも留まらぬような速さでの戦いが展開され始めた。
女戦士の方が次々と槍を突き出し、カテリーナの方は、それを剣で受け流したり、寸前の所
で避けている。
女戦士の方は、見た目、それほど屈強な戦士のようには思われなかった。身の丈こそカテリ
ーナよりも高かったが、体型は女性そのものである。
しかし、槍による攻撃は、かなりの重みがあるらしく、カテリーナも、防御しようとした剣を弾か
れてしまう。
一撃が、カテリーナの体を怯ませた。
すかさず女戦士は、槍を直線に構えなおし、まるで大砲のような一撃を彼女目掛けて放って
来た。
カテリーナはその衝撃に大きく後ろへ跳ね飛ばされる。両脚が地面を抉り、その軌跡を残
し、土埃が上がった。
それでも、彼女は倒れるような事は無かった。何とか両脚で自分の体勢を崩さない。
ぎりぎりで剣を使って防御しており、彼女は傷を負うような事は無かったが、今の一撃をまと
もに食らう事があれば、大きなダメージを受ける事になる。
カテリーナの表情はいつになく真剣だ。いつも冷静な表情は崩さない彼女だったが、今回ば
かりはいつもと違う表情をしている。
体勢を立て直したばかりの彼女だったが、そこに迫ってきたのは、更なる攻撃だった。
すかさずやって来た攻撃に、カテリーナは再び寸前の所でその槍による攻撃を受け流した。
直線的な攻撃を、横方向に流す事で、その槍の軌道を変化させる。
女戦士の突き出した槍は、地面へと激突する。衝撃だけで、大きく地面が抉れてしまう。
隙ができた。カテリーナは、大剣を大きく振り、女戦士へと攻撃を加えようとした。
だが彼女は、地面に突き刺した槍を軸にして、そのまま回転、カテリーナの剣を避けるつい
でに、その反動を利用して、彼女へと蹴りを浴びせて来た。
思い切り蹴られたカテリーナはバランスを崩して少しよろめく。女戦士は、突き刺さった槍を
引き抜き、よろめいたカテリーナに向けてそれを突き出してくる。彼女はそれを何とか剣で防い
だ。
再び剣と槍がぶつかり合う。素早い動きで私にはほとんど見て取れないが、両者一歩も引い
ていない。ほとんど互角だ。
槍と剣が激しくぶつかり合った。両者一歩も譲らない。強い力がお互いの武器に篭り、激しく
鍔迫り合いが行われる。
カテリーナの体から、青白い火花のようなものが飛び散り出し。やがて、激しい光が解き放た
れる。と、同時に、女戦士の体が、大きく後方へと押しやられた。
後ろへ倒されるように飛ばされていく彼女。だが、背後へ倒れるという直前、地面に手を付
き、体を一回転させて、元のバランスを取り直した。
しかしそこへ、カテリーナは突進して行く。剣を構え、目にも留まらないようなスピードの走りに
加えて、大剣による強力な突きを繰り出した。
女戦士は、体勢を取り戻したばかりで、その攻撃を避ける事はできない。
カテリーナによって、まるで大砲のように強烈な突きが繰り出された。まるで、稲妻が弾ける
ような衝撃と共に、女戦士は後方へと飛ばされる。
飛ばされた女戦士は、そのまま地面に転がる。突きによる衝撃はすさまじいものだったらし
く、彼女は何メートルも後ろへと飛ばされていた。
その時、ついでに彼女の被っていた兜が脱げ、赤くて長い髪が露になった。
地面に転がったものの、彼女は何とか立ち上がる。しかし、受けたダメージが重いらしく、立
ち上がろうとする時に足を崩した。地面に膝をつく。
兜が脱げた女戦士は、美しい女の顔をしていた。真紅の髪が、薄暗い夜の闇の中に輝いて
いる。顔立ちはまるでエルフのごとく整っていて、その顔に模様が浮き出ている辺りなどはまさ
にその通りだった。
しかも、耳まで尖っている。不思議な事には、その耳の先端には、鳥の羽根のような羽毛が
生えている。
彼女はエルフを思わせるような姿をしているが、赤い髪、そして赤い瞳を持つエルフなどはい
ない。人の姿こそしているが、人間ではないが、エルフでもない。私の知らない種族だった。
そんな彼女の目の前に、突きを繰り出した瞬間に彼女の後を追ったカテリーナが立ってい
た。
「なかなかやるようだけど、私だって本気を出せばこんなものさ」
カテリーナは地面に膝をついている女戦士に、大剣を向けたままそう言っていた。
だが目の前に大剣を向けられていても、彼女は自分と共に地面に転がった槍を掴み取り、
それをカテリーナ目掛けて突き出そうとした。
しかし、すぐにそれはカテリーナの剣によって弾き飛ばされてしまう。大きな槍は、彼女から
離れた所にまで転がった。
カテリーナと、赤い女戦士の視線が、激しくぶつかった。女戦士の方は、とても鋭い視線、ま
るでにらむような顔で彼女の方を見ている。
やがて、
「おのれ…!」
そのように言い放ち、彼女はその場からゆっくりと立ち上がった。カテリーナに剣を向けられ
ていても、少しも怯む様子を見せない。
「このくらいで勝ったと思うなよ…!」
まるで唸るような声を出す女戦士。元はかなり綺麗な声をしている事が分かるが、今は強い
威圧感を篭らせた声になっている。
彼女は、カテリーナの方から、少しずつ後退し始めた。
カテリーナはそれを逃さんと、大きく大剣を振るい、彼女の動きを捕らえようとするが、間に合
わない。
女戦士は、カテリーナの攻撃を受け、負傷しているはずなのに、彼女の剣よりも素早く動き、
しかもそのまま、高々と跳躍をして中庭の城壁に登った。ついでに地面に転がった、自分の槍
と兜まで手に持っている。
全身に鎧を身に着けているというのに、10メートル近い跳躍をする彼女に、唖然とする私
達。
そんな女戦士は、城壁の上から、カテリーナの方を見下ろして、力強く言い放つ。
「いいか、これで済むと思うなよ…! カテリーナ・フォルトゥーナよ! お前はこの私が地の果
てまで追い詰め、必ずや息の根を止めてやるぞ…!」
女戦士の声が、私達の方へと響いてくる。カテリーナは、じっと彼女の方を見上げていた。
「良くお前の胸の中に刻み込んでおけ! 私の名は、ナジェーニカ! ドラクロワの娘、ナジェ
ーニカだ!」
彼女はカテリーナに向かって、激しく言い放つ。すると、城壁の反対側へと行き、視界から消
えてしまった。
カテリーナは、彼女が去って行った場所を、しばらく見つめていた。
「ねえ、今の誰? 知り合い? あなたの名前を知っていたよ」
そんな彼女にフレアーが駆け寄って尋ねかけた。
「さあ…? 知り合いなんかじゃあなけけど。私の名前くらい知っていても不思議じゃあないさ」
彼女はそっけなくそのように言った。
「とにかく、この場所は危険だ」
カテリーナは私達の方を振り向いてそのように言うのだった。早速、私達はこの混乱からい
ち早く抜け出そうと、行動を再開するのだった。
夜の静けさに包まれていた《リベルタ・ドール》は、ものの数刻もしない内に、大混乱に陥って
いた。
次の章
8.抜け道
説明 | ||
ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。 この小説で描きたかった事の一つ、本格的な姿をした女騎士同士の決闘を描きたかったのです。 |
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