動物園-2
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 また眠れないでいた。

 

 蛙は天より降り注ぐ灯りが消え去った、夜とされている時間に再び起き出した。蛙は、再びこっ

そりと夜に起きて、動物園の外に出る事にした。

 

 ボビー達はあれだけ硬く、外の世界と交わらないように命じていたが、特に見張りを置いている

ような事は無く、蛙は今回も、何なく動物園の外に出る事が出来てしまった。

 

 だが蛙はすでに気づいている。結局、動物園の外に出る事が出来たとしても、そこで待ち受け

ているのは絶望でしか無いと言う事だ。自分達は、売れ残りのただの廃品にしか過ぎない。ただ

のゴミでしか無いと言う事を。

 

 動物園から外に出れたとしても、結局は薄汚れた人形でしか無く、結局は捨て去られる事に変

わりは無いのだ。

 

「おい、どこに行くんだ?」

 

 突然、背後からやってきた声に、蛙は思わず驚き背後を振り向いた。するとそこにはあの猿が

立っていた。彼も、動物園を抜けだしてきたらしく、そこに彼の姿があった。周囲にあるぼうっとし

た白い光に包まれて、猿の姿がそこにある。

 

「どこに行くって、そんな事はまだ決めちゃあいないぜ…」

 

 蛙はそう答えた。実際、どこに行こうと決めていたわけではないが、蛙が外に出たのにはある

目的があったからだ。

 

「こんな時間に動物園を出て、もし外で迷って帰れなくなっちまったら、どうするつもりだったん

だ?」

 

 猿は更にそのように言って来た。だが、彼の言う言葉が蛙にとっては馬鹿馬鹿しいものでしか

なかった。

 

「動物園に戻ったからって、一体、何になる? 俺達は所詮は廃品でしかないんだろう? 結局は

捨てられる運命にしかない。だったら、俺は逃げるまでだ。動物園から離れて、逃げられるだけ

逃げてやろうと思う」

 

 と蛙がぶっきらぼうに言うと、猿は近づいてきて彼に言った。

 

「逃げるって、一体、どこに逃げるって言うんだい?」

 

 そう言われても蛙には答えられなかった。どこに逃げようなどという事は、蛙にはまだ考えが無

かった。

 

「もし、逃げると言うのなら、ぼくも一緒に連れて行ってくれないか?」

 

 猿はそう言って来た。蛙は猿の眼を見たが、どうやらその言葉は本気であるらしかった。だから

蛙は猿を連れていく事にした。

 

 動物園を離れ、蛙と猿は、しばらくぼうっとした白い光が照らす道を歩いていた。

 

「一つ、疑問がある」

 

 蛙は猿と並んで歩き、猿に向かってそのように言った。

 

「何だい、疑問って?」

 

 猿は尋ねてきた。相変わらずその顔は滑稽な顔のように見えたが、それは多分、この猿が人

形として作られたからだろう。そう思えば滑稽な顔も、愛らしいようなものに思えた。

 

「俺は、動物園に来て初めて、俺自身というものを知る事になった。何故だ? 動物園の前の俺

の記憶と言ったら、とても曖昧なものしか無い。動物園に来た後の事は、どんな事でも覚えてい

る。だが、それよりも前の記憶と言ったら、ほとんど無いも同然だ。

 

 まるで、動物園が俺自身の生きてきた全てであるようにしか思えない。動物園で産まれたかの

ようだ。それ以前に俺はこの世にいたのか? それさえも定かではない。では、そもそも俺は何

だ? 本当にボビーの言うようにただの人形なのか?」

 

 蛙がそのように言うと、猿は蛙に顔を近づけて来て言って来た。

 

「君もそう思うかい? でもね、それは少しも不思議な事じゃあない。実は、動物園にいる全員

が、君と同じように、動物園に来た後の事しか覚えていないんだよ」

 

「それは、一体、どういう事だ?」

 

 蛙は、猿との意外な共通点を見つけ、更に疑問を持った。蛙と猿は、動物園に来た後の繋がり

しかないと思っていたが、もしかしたらそれ以上の繋がりがあるかもしれない。

 

「さあ、ぼくにもさっぱりさ。だけれども、その疑問に答えられる動物は、動物園の中には誰もいな

いんだよ」

 

 蛙と猿は立ち止まっていた。ここには、白い光だけがぼうっと光る、どこかの通路の真っただ中

だった。

 

 その通路は、切り立った崖の下であるかのように、両側を大きな壁が挟み込んでいる。

 

 蛙は自分の体よりも何十倍もの高さを持つ壁を見渡している間に気がついた。

 

これは壁じゃあない。それに気がついた蛙はその壁に向かって、一目散に向かって行き、壁をよ

じ登り始めた。

 

「おおい、何をやっているんだい?」

 

 背後から猿の言葉が投げかけられるが、蛙は構わなかった。蛙はその壁をよじ登り、ある所ま

で来ると、壁の内側へと入り込んだ。

 

「おおい、これを見てくれよ」

 

 蛙はそう叫んだ。蛙が見ているものは、地面の方から放たれている白い光に、かろうじて照らさ

れている程度で、暗闇の中にあったが、何がそこにあるのかは蛙にも分かっていた。

 

 猿がこちらによじ登ってくるまで、蛙はここにあった恐ろしいまでの現実を再び思い知らされてい

た。

 

 その壁の内側は、壁では無く、棚だった。蛙や猿の体から比べれば、あまりにも巨大な棚が並

んで、まるで峡谷のような地形を作り上げていたのだ。

 

 そして蛙が見つけた棚にいたのは、自分自身だった。

 

 しかも蛙は、自分自身が大勢そこに並んでいる事を知った。自分自身と全くの生き写しの姿を

した者達が、そこに並べられている。

 

 彼らは、まるで生きていないかのように、死んだような目を一方向に向けており、人形のように

しか見えない。そして実際に人形であるようだった。

 

「これは、驚いたね」

 

 猿は、その棚に乗り移ってくるなり、そう言葉を発した。

 

「おい、皆。俺だ? 覚えているか?」

 

 と、蛙は自分と同じ姿をした者達に向かって言葉を発した。だが、彼らは何も言って来なかっ

た。ただ、死んだような目と開かない口を前方へと向けていた。まるで蛙の姿など視界に入ってい

ないかのようである。

 

「おい、どうなんだよ!」

 

 蛙はそのように言い放つなり、一体の蛙の体を揺さぶった。だが、反応は無い。

 

「そんな事をしても、無駄だよ」

 

 猿が言ってくる。蛙は振り返った。

 

「どういう事だ?」

 

「だって、この蛙達は、人形なんだから。それに、君も人形だし、僕も人形だ。話しかけたって言

葉が返ってくるはずがないよ」

 

 まるで当たり前の事であるかのように、猿はそのように言って来た。その彼の口調は、ますます

猿に疑心を抱かせる。

 

「言っている事が、矛盾しているぜ。俺達も人形なんだって話しはすでに聞かされた。だけれど

も、こうしてお前と会話しているのはどうしてだ? この俺とそっくりな人形達とだって会話できるだ

ろう?」

 

 と蛙は言ったのだが、猿はどうしたやら分からないといった様子で答えてきた。

 

「それは、分からないよ。だけど、聞いた話じゃあ、動物園に来ると初めて、話したり聞いたり、見

たりできるようになるんだって」

 

 と、猿は言って来た。お陰でますます蛙の疑問は膨れ上がった。

 

「はあ? それって一体、どういう事だ?」

 

 蛙は猿の方を向いたが、彼は何とも言えないような顔をしている。どうやら猿もそれについての

答えは知らないようだ。

 

「何で、動物園に連れていかれると、途端に、本物の蛙がそうであるように、話したり聞いたり、見

たりできるようになるんだ? 訳が分からないぞ」

 

 蛙はそう言い放ち、猿を問い詰めようとしたが、どうやら本当に猿はその答えを知らない。

 

「こいつらを見ろよ。ただの人形でしかない。それなのに、俺達はきちんと、意識って言う奴を持っ

ている。それは一体、何故だ?」

 

 蛙は一つの自分と同じ姿をした人形の顔の部分を持ち、猿にその姿を見せつける。

 

「ぼくがそんな事を知ると思うかい?」

 

 と、猿はもうどうでも良いと言った様子でそう答えるのだった。

 

 その時、突然、ぼうっとした光が蛙と猿のいる棚の中に入り込んできた。そのぼうっとした光

は、蛙も良く知っている光だった。

 

 その白い光は、あの精霊のものだった。白い装束を纏い、長い髪を伸ばしたあの精霊が、蛙達

のいる棚に顔を覗かせていたのだ。

 

 突然の気配に、蛙達は驚かされていた。

 

 その瞳は何を見つめているのか、まるでその場にある全てを見通しているかのようであり、何も

見えていないかのようにも見える。

 

 精霊は、ゆっくりと蛙達のいる棚へと自分も入り込んできた。

 

 猿はその精霊の姿を見て怯えているようだった。蛙は何度かこの精霊と出会っているが、猿に

とっては初めての事だから、動物園に伝わっている噂、精霊が動物達を食べると言う噂を信じて

しまっているのだろう。

 

 精霊は猿の事は構わず、蛙の方へと近づいてきた。

 

「あなた方が抱かれているその疑問…、それにつきましては、このわたしがお答えしましょう…」

 

 精霊はそのように言いながら、蛙達の元へと近づいてくるのだった。

 

「何だい? その疑問って? ぼくにはあなたが何だか、分からないけれども…」

 

 猿は精霊から距離を置き、そのように呟いていた。

 

「蛙様は…、何故、自分達が意識というものを持つようになったのか、疑問に思っていらっしゃる

ようですね…」

 

 精霊の姿を蛙は見上げた。何度見ても、この精霊の姿には圧倒されてしまう。その姿がそう見

せるのか。

 

 だが、蛙はもう分かっていた。この精霊さえも、人形でしか無いのだ。今まではそれに自分が気

が付いていなかっただけに過ぎないのだ。

 

「あなたは、その疑問の答えを知っているのか? 俺達動物園にいる動物達が一体、何者であっ

て、この世界は何なのかを?」

 

「ええ、もちろん知っていますわ」

 

 精霊は蛙達に向かって声高らかにそのように言って来た。

 

「じゃあ答えてもらいたい。俺達人形は、どうしてこうした意志を持って、動く事ができる? ここに

いる俺と同じ姿をした人形達は、ただの人形でしか無いのに」

 

 その質問に対し、精霊はどうやら答えを知っているらしかった。

 

 彼女は、蛙ではなく、まるで魂の無い置物であるかのように虚空を見つめている、別の蛙にそ

の目を覗きこませ、答えてきた。

 

「このお方には、何も見えていません。ああ、お可哀そうに。せっかく魂があるのに、皆とお話する

こともできず、ただ人から人への手に、そして、最後には捨てられてしまう運命なのでしょうか…」

 

 まるで精霊は独り言であるかのようにそう言った。

 

 何を言いたいのか、蛙達にとっては訳が分からなかったが、精霊は今度は、蛙の方に目を向け

て言って来た。

 

「ああ…、蛙様。本来、わたし達人形は、動く事もできますし会話をする事もできるのです。です

が、わたし達は今までそれに気がつかなかっただけなのです。

 

 ここにいるこの、あなたと全く同じ姿形をしている方々は、あなたと同質の魂を持ち、そして、動

く事ができるだけの素質があります。

 

 人形師達が作り上げた人形には、全て魂が篭められているのです。その魂は、人、蛙、そして

全ての生命が持っている魂と同一のもの。あたかも自分自身が、本物の蛙や人であるかと思い

こんでしまえるほど、確固たるものなのです」

 

 精霊は、あたかも何もかも自分が悟っているかのように、その言葉を並べてきたが、蛙にとって

は何が何だか分かったものでは無かった。彼女の発してくる言葉の一つ一つが、まるで実態を掴

む事が出来ない雲であるかのようで、蛙にとってはその意味を取る事が出来なかった。

 

「あなたの言いたい事は、どういう事? ここにいる人形達と、ぼく達が同じように魂を持っている

って言うんなら、どうして僕達だけ?」

 

 と、尋ねたのは猿の方だった。すると今度は精霊は猿の方に向かって歩いて行く。どうやらまだ

猿は精霊の存在に怯えてしまっているらしい。

 

 精霊は猿の顔をまるでなでるかのように、手を当てる。すると、精霊はそこから何かを感じ取っ

たかのように言った。

 

「感じます…、あなたの魂を。そう、生きていたいと言う確固たる意志を持った魂。かわいそうです

わね。あなた方は、ただ、縫い合わされ、そして紡がれただけの存在を超えた魂を持っていると

いうのに。

 

 孤高の存在であるわたしとは違い、時が来れば、朽ちなければならない運命にある。あなた方

はそれを本能的に悟りました。

 

 あなた方は、既に動物園がどのような場所であるのか、知っていたのです。自分達が動物園に

落ちて行く事が、どのような事を意味するかを、あなた方の魂を包み込む何かが警鐘を鳴らして

知らせたのです。そしてあなた方が、本来持っているべき魂は動き出したのです。それは、なる

べくしてなった必然。

 

 あなた方は、朽ちる前に、自分の最期の魂を輝かせているのです…」

 

 精霊の言っている言葉は、蛙にとっては難解なものであった。猿もどうやらそれを感じ取る事は

できないらしい。

 

「あんたの言っている事は訳が分からないぜ…。つまり何だ? 俺達は、動物園に送り込まれ

て、処分されるばかりだから、そこから逃げ出すために、意識を持つようになった人形だと? そ

う言いたいのか?」

 

 蛙は、とにかく自分が理解できる言葉の範囲でそう言った。そういう言葉でしか、今、自分が置

かれている状況を表現する事ができなかったのだ。

 

 すると、精霊は蛙に向かって、何とも取れないような表情をして見せて言って来た。

 

「逃げ出すために? いいえ、違います。あなたは逃げ出すために、意識を持ったのではないの

です。

 

 あなた達は、これから棄てられ、再び、ばらばらの、意味を持たぬ灰になってしまうという、運命

を全うするため、意識を持ったのです。あたかも燃え尽きる直前の蝋燭のように。それはからくり

のように仕掛けられた、人形達の運命…。それから逃れる事はできぬのです」

 

 その言葉は、残酷な意味のように蛙には受け取れた。実際、残酷な事実なのかもしれない。

 

「じゃあ、何? ぼくらは、これから死ぬ。それを受け入れさせるために、こうして動き回れるよう

になったって言うの?」

 

 猿は怯えたように言った。その滑稽な顔が引きつり、強張っている。

 

「死ぬ、という表現は不適切かもしれませんが、もし本物の生命に置きかえられるのでしたら、あ

なたのおっしゃる言葉は正しいでしょう」

 

「おいおいちょっと待ってくれ。あんたもなのか?」

 

 蛙はどんどん話を進めてくれる精霊に向かってそう言った。

 

「あんたも、棄てられる運命にあるって言うのか? とてもそんな風には見えない。あんたは明ら

かに動物園にいる動物達とは違う。何て言うか、薄汚れた俺達とは違って、その、綺麗だ。あん

たは棄てられる存在のようにはとても見えない」

 

 蛙がそのように言うと、精霊は何やら少し笑ったようだった。そして、静かな声で精霊は言って

来た。

 

「うふふ…、わたしは、孤高の存在ですから。わたしの存在は、唯一無二なのです」

 

「はあ? それってどういう事だよ。答えになっていない!」

 

 蛙がそのように言った時だった。精霊は突然顔を上げ、何かに気が付いたかのようだった。

 

「ああ…、どうやら見つかってしまったようですわ。今日のお話はここまでです。この続きはまた次

の機会にしましょう。まあそれも、あなた方が、まだ動物園にいる事ができればの話ですけれども

ね…」

 

 そう言い残すなり、精霊はふっと姿を消してしまった。

 

「どこへ行くんだ! まだ聞きたい事が…」

 

 蛙がそのように言いかけた時だった。彼は突然、巨大な何かに鷲掴みにされた。それが何であ

るかは、蛙は一瞬にして視界が閉ざされてしまったため分からなかった。

 

 だが、何かによって蛙は掴まれ、その体を持ち上げられる。

 

 蛙は何が何だかわからず、頭が混乱してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「全く。誰がこんな所に蛙の人形を置いたんだ? 猿までいるぞ。こりゃあ、ワゴンセール品じゃあ

ないか」

 

「もしかして、新品の奴らに紛れたくって、ワゴンセールから逃げて来たってのか?はっはっは。

おかしな話だ」

 

「元に戻しておけよ。おっと、その白いのは、高級品だからな。ショーケースの中に入れておかな

きゃあな…」

 

 そんな声が蛙には聞こえた気がしたが、一体何の声だったか分からない。視界さえも閉ざされ

てしまっていたからだ。

 

 だが、蛙が次に目覚めたときにいた場所は、やはり動物園の中だった。

 

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 全てが不明瞭な存在であるかのように見える。ここにある世界は全て偽りの世界であって、自

分達は偽りの存在だ。

 

 この動物園に送り込まれたと言う事は、もはや棄てられるだけの存在。捨てられれば、紙くずや

生ごみなどと一緒にされ、燃やされ、灰となる。蛙はその事だけは理解していた。

 

 この動物園の中にいる動物達は、それを理解してこうして生活しているのだろうか? 棄てられ

ると言う事は、即ち、それは死ぬと言う事だ。蛙は、この動物園にいる事自体、すでに死が間近

に迫っているものだと思っていた。

 

 あの白い精霊の言っていた言葉の全てが、恐ろしいものとして蛙にのしかかっている。

 

「まあ、そう気を落とすなよ。上手くやっていくしかない。だってまだぼくらはここにいられるんだか

ら」

 

 猿がそのように蛙の背を叩いてきた。だが、彼の言葉を蛙は納得できなかった。

 

「一体、俺はどうすれば…。それに、何て残酷なんだ! 棄てられるという運命を悟ったから、俺

達が自分の意識を持つようになっただって? そんな事を信じられるか! 俺は、俺なんだ! 

人形でも何でもない。こうしてお前の姿を見る事もできるし、飛びまわることだってできるんだ

ぞ!」

 

 と蛙は訴えかけたが無駄だった。猿は相変わらず滑稽な顔で自分を見てくるし、動物園の他の

動物達も、まるで蛙の事など無関心であるかのようだった。猿の背後で、大きな亀がのっそりと

動き、首をこちらに向けてくるだけだった。

 

「じゃあ、どうするんだい? 結局、動物園の外に行っても、ぼくらは人形でしかない。外の世界で

はどうする事も出来ない。この動物園にいれば、少なくとも、同じような動物達と一緒に生きていく

事ができる」

 

 だが蛙は猿のその言葉が癪に障った。

 

「生きているだって、ふざけるな。俺達は人形でしか無いんだよ。誰かの手で作られた、所詮は、

使い捨ての愛玩道具でしかないんだ!」

 

 蛙がそう言った時だった。突然、動物達が何やら一斉に声を上げた。その声はどよめきのよう

なものであり、動物園にいる動物達が、一斉に声を上げている。

 

 動物園で起こった、初めての現象だった。動物達は一斉に上を見上げ、声を上げている。その

声は恐れなのか、それとも歓声なのか、一体何であるのか、蛙達には理解する事が出来なかっ

た。

 

 だが、一体の動物が突然、奇声にも似た声を上げた。その動物は豚だった。豚は激しく声を上

げている。そして、彼の体は突然、上空に向かって持ち上げられていった。そう、毎朝動物園に

照明が灯る、あの白い光に向かって持ち上げられていく。

 

 豚は短くしか伸びていない手足を激しく動かし、同時に奇声さえも上げていた。その奇声が何を

意味しているのか、蛙には分からなかったが、豚の身には、何か恐ろしい事が起ころうとしてい

る。それだけは理解できた。

 

 豚の発している異常とも言える奇声は、動物園の中に響き渡った。それは凄まじい響き方を持

ち、蛙は耳を塞ぎたい思いだった。

 

 動物園の動物達も、まるで豚が持ちあげられていく場所に、何かとてつもないものがあるかの

ように顔を上げ、声を上げている。

 

 動物達の眼は、唖然として開かれ、そして奇妙な歓声のようなものが上がっていた。

 

 豚の姿は、やがて光の中に消えていった。それは蛙がかつて落ちてきた光の中だった。

 

「何が、起こったんだ…」

 

 蛙は思わずそのように呟いていた。隣にいる猿も、まるで何かに憑りつかれているかのように、

その白い光を見上げている。

 

 誰かがまた声を上げた。今度持ち上げられたのは、犬だった。その犬も、吠える声ではなく、怯

えきったかのような奇声を上げたまま、白い光の方へと持ち上げられていく。

 

 奇声はしばらく聞こえていたが、やがてそれは止んだ。

 

 動物園の上空から降り注ぐ、白い光に動物達は一心不乱に目を向けていたが、やがてそれも

収まる。

 

「何だったんだ。今のは?」

 

 正気に戻った蛙は、猿の体を揺さぶって尋ねた。猿は、どうやら正気を取り戻したらしく、いつも

の滑稽な目を蛙の方へと向けた。

 

「処分だよ」

 

「は? 処分って何だ?」

 

 蛙は猿に尋ねる。言葉の意味は分からなかったが、その響きは蛙にとってとてつもなく恐ろしい

もののように思えた。

 

「だから、処分だってば。今、連れていかれた、豚と犬は、もうこの動物園に長い事いたし、もうく

たびれた姿をした人形でしかなかった。だから、もう動物園にいる資格なんてない。処分されたっ

て事さ」

 

「つまり、それは、どういう事なんだ?」

 

 蛙にとっては、その質問をする事さえ恐ろしかった。あの豚と犬がどうなったかを知る事さえ恐

ろしい。だが、見当はついてしまっていた。

 

「さあ、僕にも分からないけれども、処分されるって言う事は、がらくたと一緒にされて、焼却炉に

放り込まれて燃やされるって言う事さ」

 

「俺達には、きちんとこうして心があるって言うのにか! 今連れて行かれた奴らも、まだ生きて

いるようにしか見えなかった! それなのに燃やされるのか!」

 

 蛙はそのように言い放つ。だが叫んだところで、再び周りにいる正気に戻った動物たちの注意

を引くだけの事だった。

 

「でも、仕方がないだろう。僕らは動物園に送り込まれた時からそうなるって、決められているん

だ。あの上に浮かんでいる光だよ。あれが決めるんだ。まあ、なるべく処分されないようにするん

だったら、できるだけ、新しそうな人形のふりをしてろっていう、そんな噂がある。

 

 でも、仕方が無いんだ。どんな動物でも、処分される時が来る。あのボビーやベア達だって古株

だけど、いずれは処分されるんだ」

 

 それは突きつけられた現実だった。

 

 蛙にとっては、この動物園に来てから初めて、去っていく動物の姿を見たのだ。だがこの動物

園から去っていくと言う事が何を意味しているのか、蛙にはそれが今、はっきりと分かった。

 

 あの豚と犬が、燃やされる瞬間を見たわけでは無かったが、彼らが発していた異様なまでの奇

声は、彼らが感じていた恐怖を象徴するに、十分ふさわしいほどのものだった。

 

 彼らはその末路を知ったからこそ、あれだけの奇声を上げていたのだ。

 

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「蛙様、蛙様、起きられて」

 

 夜、蛙が何度も繰り返しやって来ている動物園の闇の中で眠りに付いていると、突然、体を揺さ

ぶられて起こされた。

 

「な、何だいきなり!」

 

 蛙は思わずびっくりしてその体を起こした。すると自分の目の前にはぼうっとした、幽霊のような

白い光があった。よくその姿を見て見れば、そこには、あの精霊がいるではないか。

 

 この精霊はこの動物園にやって来ないものだとばかり蛙は思っていた。だが、精霊は何もため

らわずに動物園の中に入って来ており、その金色の瞳で蛙の姿を覗きこんでいる。

 

 ぼうっとした白い光は動物園の中でも異様なまでに異彩を放っており、蛙にとっては精霊がこの

場にいると言う事自体に現実味を感じられなかった。

 

 もしかしたら、夢でも見ているのではないか。そう思えてしまう。だが、精霊は蛙の体に優しく触

れてきたし、その感触は確かなものであった。

 

 蛙は身を起こし辺りを見回す。周囲の動物園の動物達は寝息を立てながら眠っているようだっ

た。

 

「一体、何の用事だ? 大体、何で、あんたがこの動物園にいるんだ?」

 

 すると、精霊は何が可笑しいのか、笑って見せた。

 

「あら、わたしがここにいる事がそんなに不思議に思えますの?」

 

 精霊はまるで自分もこの動物園にいて当然と言う表情をしてみせる。だが、精霊の綺麗な白い

服や、ガラスのように洗練された腕は、この動物園の薄汚れた動物達に比べれば、明らかに場

違いな存在だった。

 

「あんたは、この動物園では恐れられているんだぜ…。あんたが、この動物園の動物達を食うん

だって噂されていてな」

 

 蛙はようやく精霊の顔を見上げる事ができた。ぼうっとした光が眩しいくらいで、蛙は彼女の顔

を直視出来ていなかった。

 

「さあ、時が来ましたわ、蛙様。今しかありません」

 

 まだ寝ぼけ眼だと言うのに、精霊は蛙に向かってそのように言葉を並べ立ててくる。

 

 一体、何だと言うのか。自分はせっかく深い眠りに付いていたというのに、それを無理矢理叩き

起こされてしまったようなものだ。

 

「時って何だ? あんたの言っている事は、時々俺には理解できない言葉ばかりだ」

 

 だが蛙の言葉など気にもしていないかのように、精霊は言葉を並べ立ててきた。

 

「あなたが、この動物園の呪縛から解かれる時です。わたしはその機会を知っています。もしあな

たが、本当にこのままこの動物園で朽ちてしまいたくないのでしたら、それは今しかありません。

今、この動物園の、そして外の世界に出るときなのです」

 

 精霊が並べ立ててくる言葉に、蛙は段々とその意味が理解できてきた。外の世界に出る事がで

きる。それは確かに蛙にとっては願ってもいない事だ。

 

 だが、肝心な事がある。

 

「あんたも言ったし、俺もはっきりと自覚しているよ。俺は、ただの蛙の人形なんだ。それも滑稽な

人形さ。いずれは棄てられる運命にある。そんな俺が外の世界に出て、一体、何になるって言う

んだ?」

 

 蛙は他の動物達には気づかれないような、ひそひそとした声で精霊にそのように言った。だが、

またしても精霊は微笑して見せてくる。

 

「でも、いずれは棄てられてしまうというこの運命からは逃れる事ができますわ。外の世界に羽ば

たくか、それともここで棄てられてしまうのを待つか。時は今しかないのです。ご決断なさって…」

 

 その精霊の言葉はどうやら嘘いつわりでも何でもないらしい。精霊の言ってくる言葉はいつも正

しかった。今、この動物園から解放され、外の世界に出る事ができると言うのならば、それは確

かなのだろう。

 

「俺は行きたい。あんた、本当に脱出方法を知っているのか?」

 

「ええ、知っていますわ。この動物園の方々では決して知らぬ、外の世界につながる道をわたし

は知っていますわ」

 

 精霊は声高らかにそのように言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それは本当かい? ぼくはもう諦めかけていた所だ。でも、本当に脱出できるって言うんならつ

いていくよ」

 

 蛙は、猿を共に連れた。彼は、動物園にやってきたからというもの、そこでの振る舞い方から、

様々な慣習について蛙に教えてくれた。蛙にとって、猿には恩があったし、猿も結局のところ動物

園から脱出したかったはずだ。

 

 だから蛙は猿を連れて一緒に脱出する事にした。

 

 白い光の回廊がずっと先まで延びている。この回廊は、初めて蛙が精霊と出会った場所であ

り、そしてその先はどこかへと通じている場所だった。

 

 精霊に導かれるがままに、蛙はその道をずっと辿っていく。後ろを振り向けば、もう動物園の姿

などどこも見えない。あるのは白い光と闇だけだ。蛙と猿、そして精霊は、まるで峡谷のような姿

となっている世界が広がっていた。

 

 この世界が、蛙にとっての全てだった。蛙はこれ以上の世界を見た事が無く、実は水場や沼地

が好きな蛙本来の存在、本能は与えられた偽りのものだと教えられた。

 

 もし動物園から脱出する事が無かったならば、蛙はその本物の蛙の世界を一度も経験する事

は無かっただろう。

 

 だが、外の世界に行く事ができれば、蛙は初めて、蛙本来のいるべき場所に行く事ができるか

もしれない。そう思っていた。

 

 精霊に導かれるがままに、蛙と猿はある場所までやって来ていた。

 

 そこには何か巨大なものが立ち塞がっていた。その巨大なものは、蛙の体よりも、あの動物園

にいたベア達も遥かに巨大なものだった。

 

 あまりに巨大過ぎて、蛙はそれが扉である事を認識する事に時間がかかった。

 

 だがそれは確かに巨大な扉だった。こんな山のような姿の扉が、動物園の外にあったとは。そ

して、この扉の向こう側には一体何が待ち構えているのだと言うのだ。

 

「これは、何だ?」

 

 蛙はその扉に手を触れ、精霊に尋ねた。扉は冷たく、そして凹凸も無く、とてもではないが、蛙

の力で開けるものでは無かった。

 

「これが扉ですわ。外の世界と中の世界とを繋ぐ扉の一つ。この外の世界には、蛙様が望んでお

られる世界が広がっているはずです」

 

 そのように精霊は言ってくるのだが、目の前にある扉は蛙にとって、見上げてもその頂点さえも

望む事ができないほどに高く、とてもじゃあないが開けそうにない。

 

 この場にいる3体が力を合わせても開く事はないだろう。

 

「どうしろってんだ? 俺には、こんな大きなものを開けられないぞ」

 

 蛙はそのように言うが、精霊は何やら意味ありげな不思議な表情をして見せた。その表情が何

を意味しているのか、蛙には理解できなかった。だが、精霊は言葉を続けてくる。

 

「間が重要ですわ。そう、最も大切なのは間です。あなたは最適な間にその扉の中に飛び込んで

いかなければなりません。決められた時、決められた間に、その扉は開きます。ちょうど、動物園

に毎朝光がやってくるかのように」

 

 精霊はそのように言うと、自分は扉とは逆の、中の世界へと歩いていってしまう。

 

「おい、あんたは行かないのか?」

 

 そう尋ねたのは猿だった。

 

 精霊はちらりとこちらを振り向くと言ってくる。

 

「うふふ…、わたしは、内なる世界だけで満足ですわ。外に出るのは、あなた方、恵まれない方々

だけです」

 

「どうしたら、良いのか、なんて事、俺達には分からないんだぜ」

 

 蛙はそのように言い放ったが、精霊はそそくさと、物陰に身を隠してしまった。精霊の発してい

る白い光だけが見て取れる。

 

「わたしが、合図しますわ。蛙様達も身を隠して。そして、絶妙なる一瞬の間をついて抜け出すの

です。その間にしか、蛙様達は外の世界に出る事ができません」

 

 そのように精霊が言った時、蛙は何やら巨大な気配が迫って来ているのを感じた。それはあの

山のような体躯を持ったベア達のような、巨大なものだった。

 

 蛙も猿も、本物の蛙と猿がそうするかのように、素早く扉から飛びのいてその脇へと身を潜め

た。

 

 巨大な気配は迫る。あの立ち塞がっている扉にふさわしいほどの大きさの何かが迫って来てい

る。蛙は身を震わせた。もしかしたら、あのベア達など比べ物にならないほど巨大な誰かかもし

れない。

 

 その巨大な存在の姿は闇に隠れ、蛙達には見る事は出来なかったが、やがてその存在が扉を

前にした時、どういうからくりかは分からないが、巨大な扉は開いた。

 

 それはあっけないほど簡単であり、扉自体も重々しい音も何も立てず、横にするすると開いた

のだ。

 

 思わず蛙は飛び出しそうになったが、

 

「駄目ですわ、蛙様。まだ行っては。わたしが合図するまで待って」

 

 という精霊の声が聞こえたので、蛙は本能を抑え込み、自分の肉体の衝動を無理矢理我慢し

ようとした。

 

 だが、開かれた巨大な扉は、そこから外の世界の気配を入れてくる。何故かその気配が蛙にと

っては物凄く懐かしいものであるかのように思えた。

 

 自分は蛙では無いまがい物。造られた存在。そうした事が分かっていると言うのに、外から流

れてくる気配に我慢する事ができない。

 

 それをこらえようとした。

 

 だが、こらえてられないのは猿も同じだった。蛙よりも先に飛び出していったのは猿だった。

 

 猿は蛙よりも先に我慢する事ができなかったのか、一気に開け放たれた扉から外へと向かって

しまう。

 

「ああ、駄目ですわ…」

 

 思わず精霊がそのように言っていたが、蛙もそんな猿を止めようと飛び出そうとしていた。

 

「待て!行くな!」

 

 蛙がそのように言った時だった。

 

 突然、目の前を走り、扉に向かってまるで飛び込むかのように走っていた猿が、何者かに持ち

上げられた。

 

 猿は思わず声を上げていたが、構わず何者かは巨大な手を使い、猿の体を持ち上げていく。

蛙は思わず見上げてしまった。扉が開いているのだが、その場に凍りついてしまって蛙は身動き

が取れなかった。

 

 やがて、自分の方にも迫ってくる巨大な黒い腕、そして掌を、蛙は唖然として見ていた。まるで

それは巨大な影が自分の方に落ち込んでくる。そのようにさえ見えてしまっていた。

 

 これは何なのか、自分には理解する事が出来ない。

 

 だが結局蛙もその巨大な腕につかまれ、体を持ち上げられてしまった。

 

「ああ、蛙様…」

 

 そのような精霊の声がどこかで聞こえたかのような気がしたが、蛙にはもう何かを考えるような

意識は無かった。

 

 蛙と猿が持ちあげられる中、再び巨大な扉はするすると扉を閉じてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「何でこれがここにあるんだ? まさか逃げようなんて考えていたんじゃあないだろうな。そんな

事、あるわけないか。あははは…」

 

-4ページ-

 

 当店自慢の高級ドール 人形師が丁寧に手作りした1体しかない、あなただけのドール

 

 

 

 

 

 

 

 その売り文句を見て、母親は思わず感心のため息をついていた。目の前にある繊細そうなショ

ーケースに入れられているものを見るだけで、思わずひき寄せられてしまう。それは物言わぬ存

在ではあったが、確かにその存在自体で、訴えかけてくる感覚があった。

 

 彼女は確かに生きているようだった。その手や足、体はガラスのように繊細であり、白く長く伸

びた髪は雪のようにさえ見える。それでいて真っ白な装束を着ており、どことなく不可思議な瞳を

している。

 

 その瞳は確かに生を持ち、ここに訪れる人々を、瞳に持った意識で見ているかのようだった。

 

「ああ…、こんな子がうちにもいたらなあ…」

 

 母親は思わずそう呟いていた。彼女はその価値をはっきりと知っていたけれども、もう一度、下

に置かれている値札に目がいくと、この人形を諦めなければならない事を痛感した。

 

 ここにいる白い人形は、人間のように、誰かが丁寧に一つだけ作った、無二の存在なのだ。そ

れを買う事は、生命を買う事に等しい。

 

 それだけの金額を出す余裕が母親には無かった。

 

「ねえ、お母さん。これにする」

 

 うっとりと、白い人形のショーケースを見ている母親の背後から、彼女の子供の声が聞こえてい

た。

 

 母親は背後を振り返った。すると彼女の子供は、おもちゃ屋のワゴンセールから、何やら2つの

人形を取り上げていた。

 

 母親はてっきり、自分の子供は、巷で人気のある男の子用のおもちゃのコーナーに行っている

のかと思ったが、彼はワゴンセールされている人形達の前で立ち止まっていたのだ。それも、自

分が人形見入っていたかのように、そこにいる乱雑に放り込まれた人形達に見入っていた。

 

「まあ、そんなのが良いの? もっと沢山いい人形はあるのに…」

 

 高いおもちゃを買わせられないだけましかと思ったが、母親は、逆に自分の子供の価値観を疑

いたくなった。何しろ彼が取り上げていたのは、滑稽な姿をした蛙と猿の人形だったからだ。

 

 このワゴンの中には、他にも色々な人形がいる。せめて、大きくてつぶらな瞳をしている、母親

にとっては最も良い出来に見えた熊の人形などを取れば良いものを。

 

 だが、このワゴンの中の人形は、どれも値段が同じだった。10体くらい買えてしまう事もできる

だろう。それだけ安い。

 

 どうやらこのおもちゃ屋の売れ残り商品であるようだ。皆、長い年月を経ている人形もいるせい

か、薄汚れているのもいる。子供が手にした蛙と猿はまだましな方で、新品販売していても不思

議ではない状態のものだった。

 

「本当にそれがいいの? それを買ったら、もう何も買ってあげないわよ」

 

 母親はそう言って子供に念を押した。

 

「いいの。これがいいの」

 

 と子供は言って、母親はその蛙と猿の人形を買う事になった。

 

「でも、どうして蛙と猿なの? おかしな組み合わせじゃない」

 

 母親は、子供の抱いていた価値観がよく分からず、そう尋ねた。

 

「なんかね。この二人、とっても仲良しそうだったから。あとね、何だか、買って欲しいって顔をして

いたから」

 

 そのように子供は言って来たが、母親にはそんな感覚が全く分からなかった。蛙と猿は、ただ

その滑稽な表情をこちらに向けているだけに過ぎない。

 

 あの白い人形の方が、よほど生きているような気がした。

 

 多分、子供にしか分からない感覚でもあるのだろう。そう思って母親は自分を納得させた。

 

「あらそう。じゃあ、ちゃんと、二匹とも名前を付けてあげなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 蛙と猿は、動物園からは否応なしに運び出され、二人とも一緒に別の動物園へと送られた。

 

 別の動物園にはまた別の動物達がおり、それらは、ある人物のお気に入りの動物たちであると

言う。

 

 蛙と猿は、そのお気に入りの仲間に入る事が出来た。

 

 しかしお気に入り達は、蛙と猿が来た後も増え続け、蛙と猿が一緒に、一番のお気に入りでい

られたのは短い期間でしか無かった。

 

 やがて彼らもだんだんと、薄汚れ、劣化していく自分の体に気がついてはいた。

 

 けれども、今度の動物園では棄てられるという現象が起こらないだけましだった。

 

 

 

 

説明
『動物園』の続きになります。
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