眼前の蒼天に変わりなし 戦国BASARA |
気にするほどの事ではないが、気にならないわけではない。
眼前の蒼天に変わりなし
流れ弾にやられた身体が、大分いう事をきくようになってきた。
政宗はゆったりと甲斐の虎、武田信玄の館の中を歩く。
傷を負ったことは全くもって遺憾だが、無理をすれば悪化することは、経験上よく分かっている。
共に逗留している家臣等の顔を思い浮かべ、政宗は自分を押し止める。
関連して思い出した事柄に、政宗は苦笑した。
自分の腹心、片倉小十郎に、甲斐の虎若子、真田幸村が頻繁に声を掛けているのは周知の事実である。
政宗がそれを知ったのは、小十郎自身の口からだった。
家臣を攫われ、小十郎に気絶させられた翌日、小十郎が部屋を訪れた。
無事に全員が帰還した事と、六双の返還と、手荒な真似への謝罪とを告げた。
『No problem.丸く収まったんならそれでいい。』
政宗の言葉に、小十郎は頭を更に深く下げた。頭を上げるように言うと、小十郎は、は、と短く応え、顔を見せた。
目線が交わる。政宗は左眉を上げた。
『What?他に何かあったか?』
小十郎の表情がいまいち精彩を欠いていた。疲れているようにも見える。
昨夜の影響だろうか。小十郎に限ってそれはないだろうが。
小十郎はしばらく黙していた。一度視線を逸らしたが、直ぐに元に戻す。
『・・・真田幸村に声を掛けられました。』
至極言いにくそうに、小十郎は口を開いた。それっきりまた黙り込む。
要領を得ない小十郎の物言いに、政宗は目線で先を促す。
『・・・他愛も無い内容だけでした。』
そうして、わずかに苦虫を噛み潰したような顔をした。
武田で養生する日々、小十郎は日に何度か政宗の床に参じる。
朝の挨拶や諸国の情勢、怪我を負った家臣たちの様子等、諸々の報告をするためだ。
日毎、小十郎がやつれていくような気がして、政宗は問いかけた。
小十郎はまた、わずかに苦い顔をして、真田幸村の事を口にした。
どうも、あの日から毎日、長時間の立ち話を強いられているらしい。しかも内容は無いも同然。
『HA!アイツも暇だな。』
政宗は笑い飛ばしたが、小十郎の顔は晴れなかった。
珍しいな、と思った。小十郎はあまり一つの事に拘る性質ではない。その代わり、一度拘ったらとことん拘るが。
―その一つに入ったか。
確認せねばならないか、と政宗は考える。何があろうと小十郎は自分の右目だが、その思いに胡坐をかくわけにはいかない。
臣下の管理は上に立つ者の責務である。
室を辞し、廊下を歩く小十郎の影を目だけで追う。退屈しのぎくらいにはなる。
政宗は、ニヤリと笑った。
翌日、政宗は武田の医者からお墨付きをもらい、室を出た。萎えた体がわずかにふらつく。
―Shit!鍛え直しだ!
一度萎えた身体を戻すのは容易ではない。だが、焦りは禁物だ。ここは自国ではない。無理は出来ない。
足元を確かめながら廊下を進むと、対角線上にある見慣れた土色に気が付いた。その横には、緋色。
―真田幸村。
あれが例の立ち話らしい。廊下の端に向かい合って立ち、真田幸村が盛んに小十郎に話しかけている。嬉々とした表情に内心呆れる。
小十郎は時折ごく短く応えているようだ。その様子を怪訝に思う。
確かに普段から落ち着いた物腰の小十郎だが、熱くならないわけではない。相手に対した態度をとるのが小十郎の常である。
―Hum.
真田幸村を五月蝿く思っているようではない。それは自分から話を切り上げない小十郎の様子からも分かる。
―Reactionを決めかねてるってとこか。
相手は他国の武将で、地位も実力もある。それが自分に対して好意的な態度をとっている。
今は流れとして友好的な二国ではあるが、今後どうなるかは分からない。否、近い将来自分と武田が激突することは必至だ。
小十郎としては、そのような相手に軽々しい態度は取れないのだろう。奥州の軍師としては当然である。
しばらくすると、真田幸村は突然更なる大声を出して、足音も大きく走り去った。
程なくして信玄の猛々しい声と、何かが破壊される音が聞こえてくる。今までも何度か聞いたことがあった。
廊下に立ったままの下弦に近寄る。小十郎は動かない。
疲れを感じ始めた身体を柱に寄せ、自分の右目に声を掛けた。小十郎は振り返ると、自分の身を案じる言葉を出す。
それが、妙に空々しく感じられた。
自分が小十郎に指針を与えた後、小十郎の表情はいつもと変わりないものに落ち着いた。
政宗は自分の判断に満足する。ここは他国。自分の右目がいつまでも曇ったままでは身動きがとり辛い。
受けた弾傷も順調に癒え、身体を動かせるようになると、政宗は信玄に許可を取り、館の庭で刀を振るいはじめた。
身体の調子を気にしつつも、無心で空を斬る。傷が痛み出す前に、刀を鞘に戻した。
顎に伝う汗を手の甲で拭えば、横から手拭が差し出される。
「Thank you、小十郎。」
小十郎から手拭を受け取り、汗を拭く。すると、けたたましい足音がこちらに近付いてきた。
「片倉殿ーっ!」
大声と共に真田幸村が館の角から飛び出した。その顔は満面の笑み。
土煙を立てて勢いを殺すと、方向を変え、小十郎に向かって突進してきた。
近くまで来ると、ようやく自分に気が付いて、歩調を弱める。
「これは政宗殿!お体はよろしいので?」
問いかけに短く、まあな、と答える。真田幸村は、それはよかった、と大きく笑い、小十郎の前に立った。
見上げる瞳は先ほどの輝きを取り戻している。今このとき、自分は眼中に無いようだ。
政宗が苦笑していると、真田幸村が口を開けて何事か言う前に、小十郎が口を開いた。
「真田。話は後にしてくれ。」
真田幸村はと口を開けたまま、動きを止めた。それはもう、ぴたり、と。
小十郎が政宗を一瞥し、直ぐに真田幸村に視線を戻す。
政宗は左眉を上げ、真田幸村を見やる。未だ固まっている。口の中に何か突っ込めそうだ。
政宗が悪戯心を起こしかけていると、真田、と小十郎が名を呼ぶ。真田幸村はようやく石から解けた。
今度は萎れた菜っ葉のようになる。
「し、失礼いたしました。政宗殿の前でこのような・・・面目次第も御座いません・・・」
自分の前だから何、というわけでもあるまい、と政宗は思ったが、何も言わず両肩を上げるだけに止めた。
小十郎はただ黙している。
しばらく真田幸村は目線を漂わせていたが、やがて小十郎を見上げた。小十郎は何も言わず、真田幸村を見下ろす。
両者はしばらく見詰め合っていたが、先に動いたのは真田幸村だった。
「・・・御免!」
緋色と茶色がひるがえる。来た時と同じく、大きな足音を立てて真田幸村は駆け去った。
あっという間に消えた緋色を見送ってから、小十郎は政宗に向き直る。
「そのままでは風邪を召されます。中に入りましょう。」
政宗は片眉を上げ、小十郎を見上げる。小十郎の様子はいつもと変わらない。静かな目で自分を見下ろす。
「All right.そうだな。」
政宗はあてがわれた室へ足を向ける。小十郎が後に続く。
室に戻ると小十郎は政宗の着替えを手伝い、汗に濡れた着物をまとめ、部屋を辞した。
常と同じ小十郎の態度に、政宗はわずかばかりの引っ掛かりを覚えた。
日課となった素振りを終えると、小十郎が手拭を差し出す。
すると、地鳴りが近付いてきた。毎回思うが、何故計ったように同じ時間なのか。
砂塵が舞い、緋色が見える。土が抉れ、二本の直線が描かれた。毎回思うが、何故同じ登場の仕方なのか。
政宗が呆れた目で真田幸村を見るが、その大きな目は自分の隣を見ていた。次いで、自分を目に映す。
真田幸村は目に見えて落胆したが、直ぐに背筋を伸ばし、一つ深く頭を下げ、そのまま走り去った。
毎回思うが、わざわざ走る意味が分からない。政宗は溜息を吐いた。
「小十郎、行ってやれ。」
痺れを切らしたのは政宗だった。小十郎がこちらを見る。政宗は目線を合わさず、緋色が去った方角を見る。
「・・・失礼いたします。」
小十郎は少し間を空けて、軽く頭を下げた。土色が緋色を追う。
下弦が館の角を曲がったのを確認し、空を見上げた。
―どのみち、進む道は変わらねえ。
政宗はあてがわれた室へと、きびすを返した。
目に焼きついている空の蒼は、何ら変わらなかった。
説明 | ||
戦国BASARAアニメ版1期より、幸→小十ss・政宗視点です。 拙作「下弦の脳裡に浮かぶ」、「陽の如く眩しからんや」、「双極を端から臨む」の続編的な内容です。 筆頭、一人冷静です。 |
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