【BL】伴侶とフィギュアと雷と。 |
注意)王子と伴侶のまさかのハロウィン!からなんとなく続いています。
*前回までおはなし*
いつもとなんら変わらないはずだった、三日前の夜のこと。
王都には年に何回かしか飛来しない雷帝うなぎがやってきていた。
『雷帝うなぎ』とは、空の海を泳ぎ、雷を落とすうなぎのことらしい。
うなぎが起こす雷は通常『鰻雷(ばんらい)』と呼ばれ、気圧に変化を起こし、大気中の魔力因子を乱すという。
魔力を持つ魔界人にとっては体調不良や魔力不調を起こすこともあるということだ。
それでも日本の梅雨と同じように毎年ある風物詩みたいなものでもあるし、たいして重要なことでもないと深雪は思っていた。
その日の夜半、雷帝うなぎの大群が近づいていることもすっかり忘れ、深雪は左牙宮の最上階でいつもどおりシヴァといちゃいちゃしていた。
ところが。
ハロウィンの説明をしながら深雪が「お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ」と可愛くポーズを取ったそのとき。
落雷によって左牙宮の灯りがすべて落ちた。
なにがあったのか深雪もよくわからないのだが、気づいたときには傍にいたシヴァは、可動式の六分の一スケールの美麗フィギュアに(いわゆる、ちいさく)なっていたのだ。
暗闇で、雷がごろごろごろごろ鳴る中。
深雪はその細腕にすっぽり納まるシヴァを言葉通り抱きかかえて、途方に暮れたのだった。
* *
そして今に至る。
鰻雷(ばんらい)はまだ、王都の上空にある。窓の外でごろぴかごろぴか騒ぐうなぎに、深雪は困ったように眉を下げて息を吐いた。
「要人謁見は鰻雷のおかげで延期したから良かったものの……」
誰に言うでもなく呟きながら、深雪は自らの膝の上に視線を落とした。
いつもであればシヴァの膝の上には深雪が座っているはずなのに、本日は違う。
深雪の膝の上にちょいんと座っているのは、可動式美麗フィギュアの様相を呈したシヴァだ。
「こんなの、いつまで続くの……?」
深雪の声が不安げに揺れる。
こんなのとは、もちろんシヴァのフィギュア化のことで間違いない。
「考えても仕方あるまい。鰻雷が去れば元に戻るさ」
シヴァは深雪の膝の上で抱えられながら「多分」と、まるで他人事のように告げる。
「多分じゃ、ないよ〜もう」
深雪はもう一度困ったようにため息を吐く。
問題が起こった当日、同じことを言われた騎士団長のバルガが、似たようなため息を吐いていたのを思い出した。
その日以降、シヴァは表向きには急病、数日分のスケジュールが白紙にされたようだ。
今まではさほど気にしたことなどなかったものの、騎士団長のその苦労を慮って深雪はがっくりとうなだれた。
「それよりも、深雪」
深く首を曲げた深雪の顔を覗き込むようにシヴァが、膝の上でくるりと振り返る。
伸ばした手が深雪の頬に触れるものの、その手はとてもちいさくてまるで玩具のようだ。
「うん?」
ごそごそとシヴァが深雪の膝の上で立ち上がる。
するとちょうど深雪の顔と視線が合う。
いつも見下ろされることが多い深雪からすれば、新鮮なことこの上ない。
「大変言いにくいんだが」
じ、と真顔でシヴァが深雪の瞳を覗き込んだ。
その表情はミニマムなだけで、大きかった頃となんら変わりはない。
「な、なに?」
まっすぐな視線に、深雪の胸がどきりと音を立てる。
「……腹が減った」
へちょり、と深雪に寄りかかりながらシヴァが告げた。
深雪はそんな言葉を聞いて、むにゅーっと唇を尖らせる。
だってシヴァの食事は、言わずもがなだ。
「は、はらへ、だと?」
め、と軽くねめつけるようにして、シヴァと視線を合わせると深雪はぎゅむっと腕の中のそれを抱きつぶす。
「深雪、くるしいくるしい」
じた、ばたとその腕から逃れようと身を捩るシヴァに深雪はもう一度大きく息を吐く。
「おなかすいた、って言ってもしばが、こんなじゃ、無理じゃないか……」
更に唇を尖らせて、深雪がぽそりと言う。
そもそも小さくなってから、シヴァはまともな食事をしていない。
深雪だって、シヴァに食事をさせることはやぶさかではない。
三日前だって、食事前にシヴァがちいさくなってしまったから、禁欲生活は同じなのだ。
だけど無理でしょ、こんなサイズでえっちとか! というのが正直な深雪の弁だ。
「いや、無理じゃない」
首を横に降り、シヴァはまじめな顔で深雪の頬を柔らかく包む。
そしてちょん、と突然触れた唇に、深雪は反射的に瞳を閉じた。
「深雪はなにもしなくていい」
ごそごそという衣擦れの音に、慌てて瞳を開くとシヴァが深雪の服の裾を捲り上げて頭を突っ込んでいる。
「ぁ、ちょ、ま……しば、ちょっと……!」
肌に直接シヴァの硬質な髪が滑り、深雪がちいさく腰を震わせた。
日々慣らされている身体はちいさな刺激でも確実に拾い上げてしまう。
「待たない」
ちゅ、ちゅ、と服の下で啄ばむような口付けを落とすシヴァに、深雪の肌が粟立ち始める。
いつもと同じ触れ方のはずなのに、少しの変化でこんなにも受け取り方が変わってしまうのかと、眉を顰めながら深雪はベッドに身体を倒した。
* *
「…………ぅう、う」
全裸でベッドに伏してシーツに顔を埋めたまま、深雪はすすり泣くような声を漏らした。
服は、仕方ないから全部自分で脱いだ。
後はシヴァの好きなようにさせたのだが、身体中をくまなくちいさな手でまさぐられ、キスを落とされ、銜えられ、精気を吸われて、高められ、気持ちよくイカされてしまった。
挿入はさすがに無理だったが、深雪自身を全身で抱えるようにしてくまなく愛撫されてしまっては……。
現在、シヴァといえば……深雪の白濁にまみれて妙な達成感を満喫している。
「まあ、滅多にない体験をさせてもらった。まさか深雪のアレを頭から被……」
「わああああ、言わないで!」
深雪といえば、耳を塞いでじたんばたんとベッドの上で暴れだす。
もう自己嫌悪やら羞恥やらで、どうしていいのかわからない。
挙句、言葉でその事実を認識させられるなど耐えられるものではなかった。
「もう、もう……! おればっかり恥ずかしい思いをさせて! しばなんか、お人形さんのくせに!」
むきーと吼えた後、深雪はがばりと起き上がり、服も乱さないシヴァをむんずと掴むと、脱兎の如く浴室に駆け込んだ。
深雪の不器用な指先がボタンの一つ一つを外すときも、ちいさな頭を洗うときも「できるのか? 大丈夫か?」と心配されることはあっても、シヴァを恥らわせることはついぞできなかった。
むしろ、自らだけが気持ちよくなってしまったことを証明するかのように、半ば勃ち上がったシヴァの中心に、深雪がうろたえたくらいだ。
「むぅう……」
ようやく、途中シヴァがおぼれたり、泡だらけになったり、それなりのハプニングがあったものの、なんとか落ち着いたのは、風呂に入ってからすでに一時間も経過した頃だった。
「もう、しば……早くもとの大きさになってよ」
湯船の浅い所でシヴァを膝の上に乗せながら、深雪がぽつりと呟いた。
鰻雷が鳴っている間は戻れないこともわかっているが、食事のたびにこんなことになってしまうのでは深雪のほうがいたたまれない。
「……そのセリフは、聞き方によると卑猥だな」
「?」
そんな深雪の気持ちを知ってか知らずか、シヴァが感慨深げに告げる。
しかしなぜそんなことを言うのか、深雪はまったくわからずに、きょとりと首を傾げた。
その直後。
シヴァの言わんとしたことに気づいて、耳朶まで赤く染めてばしゃりとシヴァに湯をかける。
「!……ばか、ばかなの!?」
「ちょ、待てみゆ……!」
深雪からすれば冗談ではないことなのに、ここ最近のシヴァのボケは酷すぎる。
挙句、深雪のかけたそれで、シヴァは湯に埋まる始末だ。なんとか湯の中で体勢を立て直し、げほげほとシヴァが咳き込んだ。
「ちっちゃいからおつむも弱くなってんの!? しばがちゃんと元に戻ってくれないと、困るんだからな。もっとまじめに深刻がってくれないと」
ばしゃばしゃと八つ当たりをするように両手を振り回して深雪が声高に告げると、シヴァは困ったように眉を下げた。
「そんなこと言ってもなってしまったものは仕方ないだろう。所詮天災には叶わない」
当然と言わんばかりのシヴァの言葉に、深雪も返す言葉を失ってしまう。
だってその通りなのだ。
人間界でだって地震雷火事親父は天災なのだ。そんなことはわかっている。
それでもなんか一言くらいは言ってやりたくて、唇を尖らせたまま深雪は不満げに告げた。
「もう、シヴァは変なときばっかり肝が座りすぎなんだよ。だってずっとこのまま……」
「いや、鰻の機嫌も落ち着きそうな気がするが……」
深雪の言葉に被せるように、シヴァが何かを考えるように、ガラス張りの風呂から外を眺める。
建物の外は相変わらずの大荒れで、稲光が視界に捉えられるほどだ。
厚い雲の上では、ぬるりと動く大きな長体の影が映っている。
深雪はそんな空を眺めながら胸元で手を組むとぎゅっと瞳を閉じた。
「神さま、うなぎ様、しばを早く元に戻してください」
神頼みといわれようとなんだろうと深雪は構わない。
とにかくシヴァを元に戻してくれるなら、悪魔でもいいとすら思ってしまうほどだ。
深雪の声音はどこからどう聞いても真剣で、同時にぽたりと涙の雫が一粒零れ落ち、風呂の水面を叩いた。
そんな様子を膝の上で眺めていたシヴァが、なにかを決意したように頷いて、無言で浴槽の縁に飛び移った。
そしてすたすたと、シヴァは窓の方に向かって歩いて行く。
「ちょ、しば……なにをするの?」
そんなシヴァの突然の行動に、深雪が驚いたように瞳を瞬かせる。
慌てて腰を浮かせた深雪の白い肌に、ちゃぷんと湯水が跳ねた。
深雪の様子にシヴァは振り返ると、肩を竦めて苦笑した。
「雷を呼ぶ。……俺も深雪を泣かせたいわけではないのでな」
フィギュアのようなサイズのシヴァは、ちいさく息を吐いた。
「まあ、三日様子をみて仕組みも大体わかったし、あれもこれだけ情報が揃えば満足だろう」
なにやらシヴァはぶつぶつと呟きつつ、手のひらに光球体を作り始めた。
どうやらシヴァの魔力をそこに集中させている、らしい。
「?」
深雪は、ぱちぱちと何度も瞬いてその様子を眺めた。
なにせ魔界に来てずいぶん経過するが、こんなに間近で魔法を見るのは、正直初めてだ。
シヴァの手の中の球体は、なにやらぴちぱちとちいさく音を立て、まるで雷のような光を放っている。
「さ、深雪。準備はできた。何か叫んでみてくれないか? あの日の状況を再現しよう」
何かを叫べ、というシヴァの要請に深雪はまたしてもよくわからず首を傾げてしまう。
「でも、あの、その……」
「いいから、俺を信じて」
シヴァの言葉に、深雪は曖昧に頷いた。
治るかもしれない可能性が、今ここにある。
なにをやっているかはまったく不明でも、喧嘩している場合ではないのだ!
* *
そして、その翌日。
「すっかり晴れたな。鰻過ぎ去って楽天の空、というやつだ」
元通りの大きさに戻ったシヴァが、窓際に立ち、すがすがしくそう告げた。
ぐったりした深雪は、ベッドの上から恨みがましい瞳で、ご機嫌のシヴァを眺めた。
結局、あの後。
シヴァの言うとおり、深雪は三日前に告げた、発端の言葉を叫んだ。
『お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ!』
その途端、突然なにかがぴかーんと光って、どどーんという音が響いて、よくわからないままシヴァは元通りの大きさになっていた。
しかし、ちっちゃくなっていた間に弱くなったおつむまで元に戻っているかどうかは、果たしてわからない。
もちろん戻っている保証もない。
昨日までの悪夢みたいなあれが、ハロウィンの悪戯だったと思うにはたちが悪すぎる
深雪は昨日までを思い出して、眉間に深く皺を寄せた。
「今日は帰りに甘い菓子を買ってこよう。深雪、そう拗ねるな。可愛い顔が台無しだぞ」
シヴァの言葉に、更に深雪の機嫌が傾いて行く。
そもそも、自分でなんとかできるのならなんでしなかったのか、とかそういう事を問いたいのだ。
挙句、元に戻ってから三日分と言わんばかりにさんざん好き勝手してくれた。
身体を繋いだ翌朝、どこかが痛いということがほぼない深雪だが、本日は身体のあちこちが軋んでいるような気すらしているし、寝不足だ。
晴天に輝く太陽の光が黄色く見える。
「もう、やだ。うなぎこわい。うなぎ嫌い」
ぷいっとシヴァに背中を向けて、深雪はぶつぶつと呟きながら、ごそごそとシーツを被りなおした。
これからまた寝直すのだ。
「まぁそう言うな。……と、いうか被害者はどちらかというと俺のはず、なんだが……」
困ったように笑うシヴァの言葉に、深雪は黙って枕を投げつけた。
* *
「俺が悪い気がするのはなぜなんだろうか」
公務に戻ったシヴァは思わずそう呟いて、首を傾げた。
現在、執務室には端の方で膝を抱え、まるで深雪のようにぶつぶつと呟くバルガがいる。
「うなぎが……予定が……。シヴァ様が……」
大柄で、豪傑で、且つ少しだけ繊細な腹心を、シヴァは居た堪れない心地で眺めたのだった。
そんな中でただ一人だけ、ご機嫌な人物がシヴァの前を通り過ぎて行く。
魔界人でありながら、魔法を持たないシヴァの幼馴染で、この国の大賢者サガだ。
「やー、今回の鰻雷は良かったねえ。いっぱいデータが取れたねえ。魔力因子の暴走は面白いねえ」
自らが持たない魔法について調べるのがよほど楽しいのか、うっきうき、という擬音を隠せないままに、ずるずるとローブを引きずって、左牙宮を横切って行く。
無論、執務室の端に居る騎士団長に気づくこともなく、ただそこにある移動用の鏡を通り抜けていった。
END
説明 | ||
魔界の王子様シヴァは超偏食症。主食はなんとえっち中の相手の精気! そんな王子をトリコにしたのは「極上の精気」を持つ人間、深雪(♂)だった。 そんな魔界王子×人間のいちゃラブ(似非)ファンタジー『LET'S EAT!!』 2010年10月J.GARDEN発行の同人誌(無料配布本)に掲載したものです。 「王子と伴侶のまさかのハロウィン!」からなんとなく続いています。 |
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