いい加減にしてよねっ! 馬鹿兄貴ッ! 第0話 私の日常こんな感じ
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 今、神様がひとつだけ願いを叶えてくれるとしたら私は何を願うだろう?

 そんなことは決まっている。

「いい加減にしてよねっ! 馬鹿兄貴ッ!」

 私のたったひとつの願い、それは馬鹿兄貴の無茶苦茶を止めさせることだった。

 

 

いい加減にしてよねっ! 馬鹿兄貴ッ! 第0話 私の日常こんな感じ

 

 

 兄や姉が同じ学校に通っている場合、3通りのパターンが考えられると思う。

 1つ目はプラスになる場合。家族という一番身近な先輩から学校についてあれこれ教えてもらうことができる。そして自分のよく知っている人が同じ学校に通っていることは心の支えにもなる。入学した当初なんかは特に心強いんじゃないかと思う。

 勿論、この場合は兄弟姉妹の仲が良くないと成り立たないけど。

 2つ目は得にも損にもならない場合。兄弟姉妹といっても仲が良いとは限らない。学校でも家でもお互いにドライで無関心。今じゃそんな人達結構多いんじゃないかと思う。

 後、これが成り立つには2人の能力や評価が似通っている必要がある。兄だけが優秀過ぎたり落ちこぼれだったりすると、どうしても周囲の人に比較されてしまう。

 3つ目はマイナスになる場合。同じ学校に通う家族の悪評が自分にまで害を及ぼすケース。そして、家族が直接的に害を及ぼしてくるケース。

 つまり、私のケース。

 私は同じ学校に通う馬鹿兄貴のせいで今まで散々迷惑を掛けられて来た。入学から今まで、思い出すだけでも体中の血が沸騰してしまいそうな程に怒りが湧き上がって来る。

 そして今も凄い迷惑を掛けられている。凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄〜く迷惑だ!

 この理不尽、もう我慢できない!

「本当に、いい加減にしてよねっ! 馬鹿兄貴ッ!」

 積もり積もった不満を心の底からの大声に換えて放出する。

 自分が今、どこで何をしているのかも忘れてしまいながら。

 

「仕事中にうるさいぞ、雪花(ゆきか)」

 少年の如何にも不服そうな細められた瞳が私に抗議の矢を放って来る。

 唇まで漫画の様に尖らせているのだから、これはもう不服を顔全体で表している。

 声だって如何にもぶっきらぼう。愛想の一欠けらも見当たらない。

 そして髪はボサボサ、しかも寝癖が逆立っている。制服のワイシャツのボタンはだらしなく上4つが開いている。

 正直、こんな人間に街中で難癖を付けられたら身の危険を感じずにいられない。

 けど、今この場合は大丈夫。

「騒がしくしちゃってごめんね、弟くん」

 抗議人に向かって片目ウインクしながら軽く両手を合わせる。

 だって、この少年は私が物心つく前から知っている所謂幼馴染くんなのだから。

「まったくだ。わざわざ手伝いに来てやっているのにお前が働かなくてどうする」

 幼馴染、赤坂瑞雄(あかさか みずお)くんは軽く溜め息を吐きながら視線を手元の書類へと落とした。

「まあまあ。頼りにしているよ、弟くん」

「うるせぇ。無駄口叩いていないでさっさと仕事しろ」

 憎まれ口を叩きながらも頬が赤くなっている弟くん。こういう可愛いらしい所は昔から変わっていなくてお姉ちゃんとしては安心する。

 弟くんは、私よりも学年が1つ下で現在は中学3年生。年齢は15歳なので、早生まれの私とは同い年となっている。

 私の青山家と弟くんの赤坂家はお隣さん同士でずっと昔から家族ぐるみの交流が続いている。弟くんも昔は「雪花お姉ちゃん、雪花お姉ちゃん」と毎日私の後ろを付いて来たものだ。

 今はもう、一昔前の不良みたいな風貌と態度でお姉ちゃんとしては泣けるけどね。

「あらっ。雪花ちゃんに誉められて良かったわね、瑞雄」

 長髪が綺麗なお姉さんが嬉しそうな声を出しながら弟くんの頭を優しく撫でる。見ていて心和む姉弟の一コマ。ちなみにこちらの凄く美人なお姉さんは弟くんの本当のお姉さん。

「勝手に頭撫でてるんじゃねえよ、馬鹿姉貴っ!」

 ところが弟くんは頭を揺らしてその癒しの手を邪険に払いのけてしまった。ムッ。

「実のお姉さんに向かって馬鹿はないでしょうが!」

 お姉さん、赤坂水穂(あかさか みずほ)さんに代わって私が抗議する。少年の非行はその場で直ちに正さなければならない。だけど……

「いつも馬鹿兄貴、馬鹿兄貴騒いでいるお前に言われたくない」

「何ですってぇ〜!?」

 長机を挟んで睨み合う弟くんと私。触れてはならない部分を触れられては私だって怒る。そんな私達の頭の上に置かれる2つの手。

「こらこら2人とも。喧嘩しちゃ駄目でしょ」

 お姉さんの手が私の頭のてっぺんを優しく、それでいて熱っぽく撫でて来る。

「喧嘩なんかしないよ、お姉さ〜ん♪」

 お姉さんのテクニシャンな指使いにあっという間に骨抜きにされ猫なで声が出てしまう。私は幼い頃からお姉さんに頭を撫でられるのが大好きだった。

 お姉さんは私より3つ年上で、今は電車に乗って30分ほどの有名女子大に通っている。

 才色兼備を絵に描いたような人で、美人でスタイル抜群で頭も良く、手先も器用でお料理の腕も天才級。どれひとつ備わっていない私から見ると眩し過ぎる存在。おまけに性格も最高でみんなに愛されている。馬鹿兄貴のせいで誤解を受けてばかりの私とは雲泥の差。

 お姉さんが私の本当のお姉さんだったらと何度願ったことか。だけど現実は残酷で、私の実の兄はあの馬鹿兄貴だったりする。

「瑞雄は雪花ちゃんを困らせちゃ駄目よ」

 お姉さんが後ろからギュッと私を抱きしめて来る。背中越しに伝わって来るお姉さんの体温と、服越しでも分かる豊かな胸の感触。

 お姉さんはこうしてよく私に抱き着いて来る。ちょっと恥ずかしくもあるけれど私にとって至福の瞬間。

 私はここに断言する。こんな綺麗なお姉さんが幼馴染で優しく接してくれるのだから、私の人生は勝ち組であると。……馬鹿兄貴の存在とその悪影響さえ考慮しなければ。

「2人とも、サボってないで仕事しろ。生徒町内会の仕事は山ほどあるんだぞ」

 弟くんの不満垂れ垂れの視線で現世に復帰。そう言えば今は仕事中だった。

 周囲を見回せば、ここが知波(ちなみ)学園生徒会室の中であることを思い出す。

「じゃあ、とりあえずここでできることはすぐにやっちゃおう」

 溜め息を吐きながら目の前の書類の山と格闘を始める。

 事務仕事が得意じゃない私にとっては憂鬱な時間。でも、やらない訳にはいかない。知波学園の生徒ではないお姉さんと弟くんだけ働かせて自分だけ休む訳にはいかない。

 それに、私は知波学園の副生徒会長に就任させられてしまっているのだから……。

 

 

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 私が苦手な事務仕事を生徒会室でやらされる羽目になった原因は全部馬鹿兄貴のせいだ。

 その馬鹿兄貴はここ知波学園の生徒会長をやっている。

 だけど誤解しないで欲しいのは、馬鹿兄貴が立派だとか凄いから生徒会長に就任したのではない。

 確かに成績だけは学年トップらしいけれど、人間性は完全に破綻している。私から見ればはっきり言って最低の駄目人間、ただの変態だ。

 そんな馬鹿兄貴が何故生徒会長になれたのか?

 その理由は簡単。それは生徒会長の立候補者が馬鹿兄貴の他に誰もいなかったから。ううん、生徒会長だけでなく、生徒会自体誰もなり手がいなかったから。

 馬鹿兄貴が一昨年に生徒会長になるまでこの学校の生徒会は機能を停止していた。

 生徒会長が出たのが3年ぶりだったというからその停止ぶりは簡単に推測できる。

 そして馬鹿兄貴が就任しても状況は変わらなかった。誰も生徒会に入ろうとはしなかった。まあこれは馬鹿兄貴が変態だからという自業自得な部分も大きいと思うけれど。

 とにかく、馬鹿兄貴の1人きりの生徒会が1年以上続いた。

 そんな最中、私が知波学園にこの春に入学した。

 あまり思い出したくないので詳しい話は今は割愛するけれど、私は入学式当日から馬鹿兄貴に散々迷惑を掛けられた。

 それが元でいきなりクラスからも孤立してしまった。

 そして孤立が元で学級委員長の役を押し付けれ、それが元で生徒会長である馬鹿兄貴とも校内で顔を合わせなければならなくなった。

 更にそれが元で生徒会に無理やり入らされ、気が付くと副会長に就任させられていた。

 入学したばかりの私がいきなり副会長になったことからも分かるように知波学園生徒会は人数が絶対的に足りない。正規メンバーは馬鹿兄貴と私の2人だけ。

 そんな人材不足にも関わらず、馬鹿兄貴は何を考えたのかこの学校を含む知波町内会の仕事にまで手を出し始めた。

 馬鹿兄貴が「俺は今日から知波町内会会長代行に就任したから」とノー天気な声で告げて来た時には本気で頭を抱えてしまった。

 馬鹿兄貴は「知波生徒町内会の新しい出帆だぁ」と楽しげに笑っていたけれど、私には喜ぶなんてとてもできなかった。

 生徒会の仕事と町内会の仕事、膨大な仕事量を前にして冗談抜きで倒れそうだった。

 だけどそんな私に救いの手が差し伸べられた。お姉さんと弟くんの赤坂姉弟だった。

 2人は同じ知波町内会の住民として生徒町内会をお手伝いしてくれることを申し出てくれたのだ。比喩じゃなくて本当に涙が出るほど嬉しい申し出だった。

 そんな訳で、知波学園生徒町内会は現在青山家兄妹、赤坂家姉弟の計4名で構成されている。

 たまに気分が乗った時だけ手伝ってくれる子が他に後2人ほどいるけれど。

 

 話は戻って今現在の問題。会長であり私達を引き入れた張本人である馬鹿兄貴がどこかに行ってしまっていやしない。

 更に本人はいないのに、今日の仕事に関してぎっちりと書き並べられた理不尽なメモだけが残されている。

 更に更にそのメモには日常の事務処理に加えて……

『町内会のビラ配り手伝い コスプレして』

 なんてふざけた一言が添えられていた。

「本当に本当に、いい加減にしてよねっ! 馬鹿兄貴ッ!」

「いいから黙って仕事しろっ!」

 この理不尽な待遇……全部馬鹿兄貴のせいだぁっ!

 

 

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「何で私が、コスプレなんかしなくちゃいけないの……」

 お邪魔した赤坂家のリビングで目の前に置かれた幾つかの衣装候補を見ながら絶句する。

 チャイナドレス、巫女装束、フライトアテンダント、メイド服、体操服(ブルマ)etc……。何か私にはあまり理解したくない趣味の世界の衣服が並んでいる。

 これ、誰が用意したんだろう?

 知波町内会の現町内会長である飯田のおじいちゃんは

「若いおなごがコスプレをして宣伝すればナウなヤングにバカ受けしてこの知波町もフィーバーファイーバーじゃろ?」

 なんて陽気にのたまいながら、これらの衣装が入った大きな風呂敷を渡してくれた。衣装は何でもその道に詳しいという人達から借り受けたらしい。

 飯田のおじいちゃんの世間認識も、その道に詳しいという人物のセンスも凄く頭が痛い。

 とはいえ、飯田のおじいちゃんも町の為に良かれと思って勧めてくれたのだから、何も着ないという訳にもいかない。

「どれにしようかな……」

 水色の超ミニスカートと白に赤いラインが入ったハイレグ水着を合わせたようなレースクイーンの装束が目に留まる。

 旅の恥は掻き捨てというし……ちょっと冒険してみようかな?

 いや、旅に出る訳じゃないのだけれど。

「そっちの衣装はどう見ても姉貴用だろ。お前みたいなチビでぺったんこにそんな衣装が着られる訳がないだろうが」

 上方より私を見下ろし、かつ馬鹿にする視線が刺して来る。弟くんは成長期を迎え、頭1つ、いや、それよりも背が私より高くなったからって馬鹿にしてぇ……!

「何よ! 昔は私の方が背が高かったのに!」

「それ、10年ぐらい前の話だろうが」

「私だって今年中には150cmの大台に乗ってやるんだからね!」

「その台詞、3年前からずっと聞いているぞ」

「夢は願えば叶うんだよ!」

「まず現実を見ろ」

 弟くんが屁理屈ばかり捏ねるクレーマーに育ってしまってお姉ちゃんは悲しい。

 確かに私の身長は148cmしかない。だけど中学3年間で2cm伸びたのだからこのペースを維持すれば高校を卒業する頃には150cmの大台に届く筈。

 胸だって私が大学生になる頃にはお姉さんみたいなグラマラスに……なるのは流石に無理だろうけど、せめて人並みに……なれたら良いなあなんて思ったりする今日この頃です。

 とにかく、弟くんの言葉の暴力により乙女のガラスのハートは傷ついたのでしたマル。

 自分でもあんな衣装が着られないのは分かっていたけどね……。

「じゃあ、弟くんは私に似合いそうな衣装はどれだと思う訳?」

 私のセンスを否定した弟くんのセンスを問う。

「雪花に似合いそうと言えば、あれしかねえんじゃないのか?」

 弟くんの指の先には真っ赤な直方体のような物体。あれって……

「ランドセルじゃないのよっ!」

 4年前までは私も使っていた登校用鞄。でも、その登校用鞄は特定の世代しか使わないもので……。

「私に小学生のコスプレしろって言うの!?」

 よく見ればランドセルの横にはリコーダーと通学用の黄色い帽子がご丁寧に置かれている。その道に詳しいという人達は本気で何を考えているのだろう?

「雪花にランドセルはコスプレじゃなくて本物になっちまうか……」

「私は高校生っ!」

 私服で歩いている時はよく小学生に間違えられるけど……。

「大丈夫だ。雪花なら本物の小学生よりも小学生らしくできるさ」

「全然誉めてないよね、それ!?」

 それって私が小学生よりも子供って言われているのと同じ。

「小学生コスプレなら雪花は日本一にだってなれるさ。良かったな、大きな夢ができて」

「現実を見ようよ! 私は高校生だってのっ! 絶対にしないからね!」

 確かにランドセルは私に似合うかもしれない。けれど、それをしてしまえば人として大切な何か、具体的には私のちっぽけなプライドはズタズタになってしまう気がする。

「私も雪花ちゃんの小学生コスプレが見たいなぁ」

 と、そこへティーセットを持ってリビングに入って来たお姉さんの鶴の一言。だけど癒し系美人スマイルから発せられたその言葉は私を更なる窮地へと追い込むものだった。

「あの、お姉さん。幾ら何でも小学生になれというのはちょっと……」

「だって雪花ちゃん、こんなに可愛いんですもの。小学生時代の姿も久しぶりに見たいし」

 気が付くといつの間にか私はお姉さんに背後から抱きしめられていた。左手はお腹の辺りをしっかりとホールドし、右手は頭を撫でて来る。

 お姉さんの力は意外と強くもがいてみた所でビクともしない。そしてお姉さんの指先はテクニシャンで思わず何もかも委ねて撫でてもらいたくなってしまう。

 脱出は不可能。

 でも、このまま言いなりになっては小学生コスプレをする羽目になってしまう……。

「でも、お姉さん。小学生なんて、私……」

「雪花ちゃんのツインテールにはランドセルと通学帽がよく似合うわよ、きっと」

 お姉さんが私の両脇で束ねた髪をそっと撫でる。それがまた絶妙な指使いで頭がトロンとしてしまう。何も考えられない。もはや、私に抗う意志力は残されていなかった。

「……分かりました。小学生コスプレ、させて頂きます」

 私にできるのは白旗を掲げることだけだった。

 

 

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「最高に可愛いわよ、雪花ちゃん♪」

「あ、ありがとうございます……」

 お姉さんが賞賛を惜しみなく送ってくれる。

 誉められるのは嬉しいけれど、やっぱりちょっと微妙だった。

 何より4年前の服が何の不自由もなく着られてしまうことが悲しかった。胸の部分も苦しくない。

 自分ではもうちょっと成長していると思っていただけに、こうして客観的証拠を提出されてしまうと寂しくなる。

「美の女神っていうのはきっと雪花ちゃんのことを言うのね♪」

「いえ、それはお姉さんのことだと思います」

 お姉さんが着ているのは私がさっき目を付けたレースクイーンの衣装。小道具に白のパラソルを持っている。

 ボンッキュッボンッのナイスバディーの持ち主で、身長165cmの上に足が長いお姉さんが着ていると本物にしか見えない。むしろ本物以上に綺麗。

 対する私は、小学生の時に着ていたレースのフリル付きの白いワンピースに、ランドセルを背負って黄色い通学帽を被っているという姿。

 自分でも哀しいまでによく似合っていることを自覚せざるを得ない。きっとこの格好のまま小学校に入っていっても誰も疑問に思わないだろう。完全犯罪も夢じゃない。

 ツインテールを止める髪留めまで白いヒラヒラした蝶々型のリボンになっていて、年齢よりも幼く見えてしまう。

 下手すると小学5年生ぐらいに見られかねないかも……。

 ちなみにツインテールという髪型は苦肉の策と、お姉さんの意向による所が大きい。

 朝に凄く弱い私は起きてから学校に行くまで髪をセットする時間をほとんど取れない。

 しかも頑固なくせっ毛の私は、サラサラヘアなお姉さんと違ってストレートにするなんてできない。だから櫛で梳かして髪を束ねるのが私の朝の髪の身だしなみになる。

 髪の束ね方は何通りもあるのだけれど、私はいつも両サイドで束ねるツインテールを選択する。

それはこの髪型だとお姉さんがとても嬉しそうに挨拶してくれるから。そして他の髪型、例えばポニーテールにすると露骨にガッカリした表情を見せるから。

 お姉さんの悲しそうな顔を見ると罪悪感にかられるし、大好きなお姉さんの笑顔はいつも見たい。だから最近の私はずっとツインテールにしている。

「おらっ、無駄口ばかり叩いていないでさっさとビラ配りに行くぞ」

 上下黒の羽織袴に模造刀を差したお侍さんな格好をした弟くんが私の手にビラの束を乗せてくる。ズッシリと重い紙の束によろけそうになる。

「な、何よ……?」

 弟くんの視線が引っ付いて離れない。いつも通りの不服そうな瞳。どうせまた、文句をぶつけて来るのだろうな。

「いや、よく似合っていると思ってな」

「えっ? 本当?」

 憎まれ口しか叩いて来ない弟くんからお褒めの言葉を頂くとは思わなかった。例え小学生コスプレだとしても。

「立派な9歳児だと思うぞ。どこから見ても」

「誰が9歳児よぉっ!」

 小学5年生ぐらいに見えてしまうのではと危惧したけれど、他人様の評価はその斜め上を行っていました……。

 

 

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「知波町内会の夏祭りイベントのお知らせです。よろしければご参加下さい」

 商店街を行き交う人々に声を掛けながらビラを1枚1枚配っていく。

 笑顔でビラを受け取ってくれる人、素っ気無く無視して通り過ぎる人など反応は様々。受け取ってくれる人の方が少なくて大変だけど、ビラ配りの辛さは生徒会活動で既に経験済みだから何とか耐えられる。

「お嬢ちゃん。お父さんのお手伝い? えらいわねぇ」

 むしろ問題なのはみんながみんな、私のことを本物の小学生だと思っていること。

 コスプレじゃなくて、商店街のお手伝いをする感心な小学生になってしまっている。

 おじいちゃん、おばあちゃん達に受けが良い理由もここにあるんじゃないかと思う。

「本物以上の小学生。そっちの調子はどうだ?」

「誰が本物以上の小学生よ!」

 ビラの束を持った弟くんが声を掛けて来る。ということは、最初の分担量は既に配り終えたということ。は、早い……。

「もしかして弟くん、女の子や奥様達にモテモテだったりするの?」

 この無愛想不機嫌少年が異性から人気があるとしたら、世の中だいぶ病んでいると思う。

 そんな私の心配を他所に弟くんはいっそう不機嫌な顔を見せる。

「俺は何もしてねえよ。ビラが早くはける原因は……あれだ」

 弟くんの視線の先には人、人、人の黒だかりの山。

「タイムセールでもやっているの? にしては、集まっているのは男の人ばっかりだね」

「よく見ろ、馬鹿」

 人ごみの中心をよく見ると、白いパラソルの頭が見えた。

「もしか……しなくてもお姉さんだよね?」

「ああ。ビラは姉貴が幾らでも男共に配ってくれるから、俺は紙を姉貴に渡すだけ」

「凄い……」

 お姉さんが美人なのは誰よりもよく分かっていたつもりだった。だけど、ここまで男性を虜にできるとは思わなかった。

 お姉さん凄く美人なのに、男の人の影がないのは不思議だなと思っていた。けれど、単に私に見えていなかっただけのことだったのだ。

 夏祭りイベントの目玉である『知波 水着コンテスト』にお姉さんが出場すれば優勝間違いなし。そんな確かな予感を抱かせる風景だった。

「だからビラ配りは姉貴に任せて雪花は休んでて良いぞ」

 弟くんなりの気遣いが見える珍しい言葉。だけど……

「私だけ休む訳にはいかないよ」

「何でだ? 雪花、お前、あんなに小学生の格好するのを嫌がっていただろうが」

「確かにこの格好には今でも抵抗があるよ。でもね……」

 改めてお姉さんの周りに集まっている人だかりを見る。

「今お姉さんの周りに集まっているのは男の人ばかりでしょ? でも、夏祭りはみんなのものじゃない?」

 お姉さんの人気は確かに凄い。だけど人気が高過ぎて人の壁ができてしまい、女性や子供、お年寄りが近寄れないでいる。

 だから結果としてお姉さんのビラは特定の層にしか配られていない。

「それにね」

 小学生の女の子にビラを手渡す。私の顔を見ながら校内で見かけない子だなと首を傾げている仕草が可愛い。

「嫌としないは別物でしょ?」

 嫌だからしない。嫌だからしない自分が正しい。

 そんな風潮が世の中には渦巻いているような気がする。

 でも、私はちょっと変なんじゃないかと思う。

 何で嫌なのか、何でしないのか深く考えてみないと自分が正しいとは言えないんじゃないかと思う。

 小学生のコスプレは嫌。恥ずかしいから。でも……

 「コスプレビラ配りは飯田のおじいちゃんが知波を盛り上げる為に一生懸命に考えてくれたことでしょ? それに知波の町を活気付けたいのは私も同じだよ」

 弟くんの瞳をジッと見る。

「だから、嫌だけどやる。嫌だけどやりたいの」

 人気者のお姉さんと違い、私がコスプレする必要は全然ないような気はするけど……。

「そうか」

 弟くんが私に背を向けゆっくりとお姉さんの元へと歩き出す。

「雪花はもっと南側に移動してビラを配れ。あっちの方が小学校や公民館や公園に近くてお前のビラを受け取ってくれる人が多いだろう」

 振り返らずにそっとアドバイスをくれる。

「ありがとう」

 弟くんは一瞬立ち止まったが、振り返らずに再びお姉さんの元へと歩き始めた。

 

 

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 場所を公園付近に変えたおかげかビラは順調に配れるようになった。

 残りの枚数も後僅か。

 6月の空は茜色に染まり始め、徐々に薄暗くなって来ていたけど、このペースなら完全に暗くなる前に配り終えられそうだった。

「随分と可愛らしい女の子がビラ配りしているなと思ったら副会長ちゃんじゃないの」

 背後から声を掛けられ振り返る。

 そこには知波学園の制服を着た2人の女の子が立っていた。

「美咲っ、愛〜っ!」

「やっほぉ〜」

 陽気に手を振る外はねしたミディアムヘアの女の子は飯田美咲(いいだ みさき)。

「こんにちは。というより、もうこんばんはかしら」

 丁寧に頭を下げた三つ編みお下げ丸メガネの古風な女の子は上野愛(うえの あい)。

 2人は私のクラスメイトにして学園内でほぼ唯一と言える友達。そして時々生徒町内会の仕事を手伝ってくれる貴重な戦力でもあった。

「で、副会長ちゃんはもう1度小学生をやり直すことにしたのかね? ププッ」

「美咲ッ! 笑っちゃ失礼でしょうが。幾らよく似合い過ぎているからって」

「服装については何も触れないで……」

 直接的な笑いと言葉の中に含まれるナイフ、どちらが心をより深く傷付けるだろう?

「ところで2人とも、もしかして手伝いに来てくれたの?」

 持っていたビラを2人に見せながら期待に瞳を輝かす。

 ビバ、友情ッ!

「ごめんなさい。学校帰りに偶然通りかかっただけなの」

 ……悲しくなんて、ないもん。

「生徒会関係ならともかく、町内会関係は……ちょっと、パス」

 美咲は気まずそうに私から視線を逸らして空を見上げた。

 美咲は、知波町内会長である飯田のおじいちゃんの孫だったりする。でも、飯田家には複雑な事情があるみたいで、美咲は町内会絡みのイベントには一切顔を出そうとしない。

「雪花の方こそひとりで仕事をしているの? 優貴矢(ゆきや)さんは?」

「馬鹿兄貴なら人に仕事を押し付けるだけ押し付けて、自分はどこかに行っちゃったよ」

「そう……」

 愛は少しだけガッカリしたようにメガネの奥の瞳を伏せた。

 愛と私は以前不良に絡まれていた所を馬鹿兄貴に助けられたことがある。それ以来愛は馬鹿兄貴のことを正義の味方か何かと勘違いしている。

 友人として、馬鹿兄貴の妹として早くそんなあり得ない幻想から目覚めて欲しい。あれは最低の人間ッ!

「悪いけど、今日の所はもう行くよ」

「そうね。雪花ひとりに頑張らせるのは申し訳ないけれど」

 美咲はより遠くを眺め、愛はそんな美咲を気遣っている。

 2人は元々生徒町内会の正規のメンバーではないのだし、やりたくない仕事を無理に押し付けられることはできない。

「うん、分かったよ。また明日学校でね」

 美咲は足早に去っていき、愛は私を振り返りながら何度もお辞儀をしていった。

 

「さて、最後の一頑張りといきますか!」

 ちょっとだけ落ち込んだ気分を大きな声を出すことで盛り上げようとする。

 拳を固く握り締めながらやる気を溜めていると、いきなり後ろから肩に手を置かれた。

「えっ? 美咲、愛っ?」

 もしかして友人達が戻って来たのではないかと思い期待を込めながら振り返る。

 でも、そこに立っていたのは……

「随分面白ぇカッコしてるな、オチビちゃんよぉ」

 弟くんよりも遥かに柄が悪い、如何にもって感じの不良3人組だった。そしてこの3人に私は見覚えがあった。

「あなた達、前に私と愛に絡んで来た不良でしょ!」

 間違いない。3人は以前メガネ屋の前で私達に絡んで来た不良達。確か愛のことをずっと馬鹿にして苦しめて来たという小中学校の時の同級生だ。

「ビラ配りなんてしている変なガキがいるからからかって遊んでやろうと思ったらお前だったとはな」

「おめぇ、小学生からやり直しとは俺たちより馬鹿なんだろ」

「ランドセル背負うなんて正気の沙汰じゃねえぜ」

 3人はニヤニヤしながら私を取り囲む。

 陽は既に薄暗くなっており、更に周囲に人影もない。

 もしかして私、結構なピンチなんじゃ?

「お前にもメガネブスにもあの変態メガネ野郎にも借りがあるからな」

「あの時の恨み、晴らさせてもらうぜ」

「覚悟しなっ!」

「ちょっ、ちょっと! 触らないでよ!」

 いきなり腕を引っ張られ、もっと暗くて人気のない方へと連れ込まれそうになる。

 もしかしなくても私、本気でピンチなんじゃ? ど、どど、どうしよう……?

 

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 不良達に暗がりに連れ込まれそうになり絶体絶命のピンチに陥った私。

 一体、どうなっちゃうの? 誰か、助けてっ!

 

「ジャスタッアッモーメントッ!」

 

 塀の上から凄く大きな声が聞こえた。周囲の家々が一斉に電気を付けていく様な大音声。

 聞いていて少し安心する、それでいて鬱陶しさを感じるこの声は……

「如何に小学生に成りきってしまう愚か者であっても俺にとっては大事な妹。それ以上の蛮行はこの俺が許さんッ!」

 ご近所の迷惑顧みず、大声で叫び続ける非常識人物。

 そんな人物、私はひとりしか知らない。

「馬鹿兄貴ッ!」

 夕日を背に、四角い黒ぶちメガネを光らせて立つ人物は私の実兄青山優貴矢(あおやま ゆきや)に他ならなかった。

 ……悔しいけど、馬鹿兄貴の登場に安心している自分がいた。

「って、どうして塀の上から登場するのよ? さては、さっきから登場するタイミングを計っていたんでしょ!」

 安心したら早速愚痴をこぼす自分がいた。

「そこの懲りない愚か者3人組よ!」

「私の指摘は無視なの?」

 馬鹿兄貴は不良たちをバシッと指差す。どうやら私の指摘は図星だったらしい。

「高校生にもなってランドセルを背負うどうしようもなく恥ずかしい妹に、その手に持っている油性マジックで額に『米』と書き社会的生命を抹殺するつもりだったのだろう!」

「へっ?」

 思わず間の抜けた声が出てしまう。

 それから不良達をよく見ると、確かに手に手に油性マジックを持っていた。

「ヘッ。よくぞ俺達の意図を見抜いたな。伊達にメガネを掛けちゃいないようだな」

 私の右腕を掴んでいる不良がニヤリと笑う。

「何しろ俺はメガネだからな。メガネに掛かれば貴様らの意図ぐらいお見通しよ」

 馬鹿兄貴も不良にニヤリと笑い返した。えっ?

「あの、私って、もっと女の子的な意味でピンチだったんじゃ?」

「誰がお前みたいなチンチクリンのツルペタに手なんか出すか」

「自意識過剰なんだよ、バ〜カ」

 何でだろう? 私は今、とても理不尽な怒りに駆られている。

「だが、貴様らの足りない脳みそでは『米』ではなく『木』と書くのが関の山だろう!」

「フッ、そいつはどうかな?」

 私の左腕を掴んでいる不良がズボンのポケットからノートの切れ端を取り出す。

「俺達は前もって漢字の書き取りをしていたんだ。今なら『肉』だって書けるぜ!」

 見ればその紙には汚い字が幾つも書き殴られていた。

 ついでに言えば『肉』じゃなくて『内』という字が幾つも並んでいる。

「貴様らの様な無知を恥じない存在が学習とはな……」

 馬鹿兄貴は思案顔で顔を僅かに伏せながらメガネを鈍く光らせる。

「腑に落ちん所はあるがまあいい! 高校生にもなってランドセルを背負うような恥ずかしい妹を更に社会的に抹殺しようとした罪、断じて許せん! この正義のメガネが成敗してくれるッ!」

「恥ずかしい妹って言うな!」

 馬鹿兄貴は私の抗議を無視して2m以上の高さの塀から一気に飛び降りる。

 小さな私と違い、身長182cmという大柄な兄貴が夕日を背にして颯爽と大地に立つ。

 その光景は頼もしくもあり、腹立たしくもある。

「この間やられた借りは返させてもらうぜ」

「実力差も省みずに怨念のみを糧に再び挑んで来る愚か者共め!」

 不良達は私から手を離してそれぞれボクシングの様なファイティングポーズを取る。喧嘩慣れしていそうなだけあって、みんなそれなりに強そう。しかも以前馬鹿兄貴に負けたせいなのか迂闊に仕掛けたりせずにその動きを警戒している。

「先手必勝という言葉すら知らぬ愚か者共よ」

 でも、馬鹿兄貴はそんな不良達を見ても少しも動じなかった。それどころか小ばかにするような笑みを浮かべてメガネのフレームを右手で弄っている。

「行くぞっ、必殺ッ、メガネェッサイクロ〜ンッ!」

 馬鹿兄貴が大声で必殺技らしき名を叫ぶ。

 ちなみに馬鹿兄貴は私の記憶によれば格闘技の類を習ったことはない。

「お前ら、奴のトリッキーな攻撃に攻撃に備えろ! 耐え切ったら反撃だッ!」

「「おうっ!」」

 3人組はその場から動かず防御の姿勢をとり続けている。

 そして、攻撃は起きた。

 

 ……上から。

 

「グハッ!?」「ドバッ!」「ベヘッ!?」

 上から降って来た新聞紙やら雑誌の束やら穴の開いた鍋やらの大量のゴミに不良達はあっという間に押し潰された。

「周囲のことがまるで見えておらぬ愚か者共よ。メガネに楯突こうとは100年早い」

 馬鹿兄貴は気絶した不良達に近づいて行く。そして落ちていた油性マジックで『愚』の文字を額に書き込んでいく。

「これで、ヴィクトリーだッ!」

 字を書き終えた馬鹿兄貴はとても満足そうな顔をしていた。

「うん?」

 と思っていたら急に何やらまた思案顔をし始める。

「こんな奴らがサングラスを持っているだと? まさか、この件は奴の差し金か? いや、そんな筈は……」

 1人で劇画調のシリアス顔になりながら、何か理解不明なことを呟き続ける馬鹿兄貴。

 何はともあれ、私はこの馬鹿兄貴のおかげで危機を乗り切ることができたのだった。

 

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「で、いつ、こんなの仕掛けたの?」

 不良達を埋め尽くしているゴミの山を指で突付きながら尋ねる。

「何も俺は、雪花を助ける演出の為だけに塀に登っていた訳ではない」

 見れば、電信柱にはロープが吊るされており、その先端が丁度不良達が立っていた真上に位置していた。

 どうやら、意味不明な必殺技名を唱えている間に吊ってあったゴミを落としたらしい。つまり、必殺技とやらは単なるフェイク、と。

「まあ、とにかく助けてくれたのは事実なんだし、ありが……」

 幾ら腹の立つ馬鹿兄貴とはいえ、助けてもらったお礼は述べないといけない。

 その程度の礼儀も忘れた人間になってはいけない。だから、「ありがとう」と言おうとした瞬間だった。

 馬鹿兄貴は突然私に背を向け、両手を大きく横に広げた。えっ?

「ご観覧のみな様。ご覧の様に知波に蔓延る悪はこの俺、青山優貴矢が成敗しましたっ! 俺がいる限り、知波の町は安全です! 知波の頼れる町内会長代行、そして知波学園生徒会長でもある青山優貴矢をよろしくッ!」

 いつの間にかできていた人だかりから馬鹿兄貴に向かって拍手喝さいが送られる。

 どうやら、兄貴が大声で叫び続けていた為に人が集まって来ていたらしい。全然気が付かなかった。

「雪花ちゃんッ! 大丈夫だった!? ごめんなさい、雪花ちゃんをひとりにして」

 人だかりの中からレースクイーンの格好のままのお姉さんが駆け出して兄貴の脇を通り過ぎる。そして、私を正面からギュッと抱きしめた。

「私は何ともないよ、お姉さん。それより抱きしめる力を少し弱くして欲しいような?」

 むしろお姉さんの豊かな胸のせいで窒息しそうな今の方が大丈夫じゃないです。

「ハッハッハ。マイ・ラブリーシスターの危機はこの俺、知波生徒町内会長青山優貴矢が救出しましたよ、水穂さん」

 いや、私は今確実に命の危機に瀕しているから。

 そして今、馬鹿兄貴の悪い病気が再発したような?

「ハッハッハ。いやぁ、それにしても水穂さんのレースクイーンコスプレはよく似合いますな。俺も一生懸命に衣装を準備した甲斐があったというものです」

「このコスプレ装束を用意したのは馬鹿兄貴なの!?」

 飯田のおじいちゃんが言っていたその道に詳しい人って兄貴のことだったのか。

 ……最低っ!

「じゃあ、私のこの恥ずかしい小学生衣装を用意したのも馬鹿兄貴の仕業なのね!」

「いや、そのランドセルとリコーダーと通学帽を用意したのは水穂さんだぞ」

「へっ?」

 大きな胸に挟まれながら目だけを上に向けてみる。

「だって、雪花ちゃんの愛らしい小学生姿がもう1度見たかったのだもの♪」

 いつも以上ににこやかな笑みを浮かべたお姉さんの綺麗な顔があった。

 ……大好きなお姉さんが準備してくれたのだから私は満足です。ううっ。悲しくないのに涙が出ちゃう。女の子だから。

 って、そろそろ本気で息が詰まってしまいそう。

「おい、姉貴。雪花をさっさと放せ。苦しがっているだろうが」

 弟くんがやって来てお姉さんから私を引き剥がそうとする。た、助かる……。

「ハッハッハ。弟くんよ、水穂さんとマイ・ラブリーシスターの麗しのひと時を邪魔するなんて野暮な真似はするものじゃないさ」

 野暮なのは馬鹿兄貴の方。私、このままじゃ意識が……。

「プハッ。酸素が、美味しい……」

 意識が白く飛び掛けた所で弟くんがようやくお姉さんから私を引き離してくれた。感謝感謝って……えっ?

「ドサクサに紛れてどこを触っているのよ!?」

 弟くんが背後から両手を回していたのは……

「どこって、腹だろ?」

「胸よ、失礼ね!」

「まっ平らだから腹だと思ってた。スマン」

「もっと失礼だよ!」

 乙女のプライド、色々な意味でズタズタだよ……。

「ハッハッハ。弟くんよ、君がマイ・ラブリーシスターを愛しているのは分かるが、雪花と付き合いたくばまずは俺を倒していくがよい」

「「誰が愛しているか(いるのよ)っ!」」

 あっ、頭が、痛い……。

「ここにおられる他の方々にも告げておく。マイ・ラブリーシスター雪花を世界で一番愛しているのはこの俺、青山優貴矢だッ! アイ・ラヴ・ユーッ、雪花ぁッ!」

「だから他人様の前で、誤解を受けるような発言をするなぁ〜ッ!」

 大声で馬鹿兄貴の発言を否定する。

「ハッハッハ。雪花も俺を一番愛していることはよく分かっているぞ。照れるな照れるな」

「誰が照れているかぁ〜ッ!」

 ここで説明しておかなくちゃいけない。

 私が馬鹿兄貴を嫌う本当の理由。

 それは馬鹿兄貴が凄いシスコンであること。そしてシスコン馬鹿兄貴のせいで、私まで重度のブラコンであると誤解を受けてしまうこと。

 そのせいで高校入学以来、ううん、中学入学以来どれだけ酷い目に遭ってきたことか。

「さあ、雪花っ! 兄妹仲良く家に帰ろうじゃないか」

 馴れ馴れしく腰に手を回して来る馬鹿兄貴。

 それを見て、人だかりの山からヒソヒソ声が聞こえ始める。詳しく聞かなくても話の内容は推測できる。また私という人間が誤解されているに違いない。

 私は、こんな馬鹿兄貴のことなんか全然好きじゃないってのに!

「本当に本当に本当に、いい加減にしてよねっ! 馬鹿兄貴ッ!」

 暮れなずむ夕日の中、私の大声が知波の町に木霊するのだった……。

 

 

 

 兄や姉が同じ学校に通っている場合には、プラスになる場合、関係がない場合、マイナスになる3つのケースの他にもうひとつパターンがありそうだ。

 それは、プラスにもマイナスにもなる場合。

 私は今日、馬鹿兄貴のせいで迷惑を掛けられ、馬鹿兄貴のおかげで助けられ、馬鹿兄貴のせいでまた迷惑を掛けられた。

 馬鹿兄貴がいると、良いことも起きるし悪いことも起きる。圧倒的に悪いことが多いけれどね……。

 

 

約15,000文字(原稿用紙表記 48枚)

 

 

説明
Tinamiでの投稿初作品となります。
軽めのオリジナル学園物です。
よろしければお付き合い下さい。
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