虚界の叙事詩 Ep#.08「交錯」-2
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「何だ?何が起こったんだか訳がわからねえ」

 

 浩が言った。『SVO』の新たに合流した隆文、浩、絵倫を加えた8人は、隆文が設置した無線

の傍受装置のスピーカーから聞こえる声に聞き入っていた。隆文は、傍受していた無線が向こ

うで切られたのを確認すると、その装置を切った。

 

「でも、随分と向こうではまずい事になっているようね」

 

 と、絵倫。

 

「うーむ、これで奴らの動きは分かったな。無線に出ていた国防長官の女は、捜索させている

兵を待機させると言っていた。奴らの動きが止まっている今、標的を捕らえるチャンスだ」

 

 隆文は、無線の傍受に使っていたコンピュータデッキを、手早く黒い鞄に詰めながら言った。

その作業が終わると、彼はメンバー達の方を振り向く。

 

「で、これからどうするの?」

 

 香奈は話を切り出そうとした。

 

「決まっている。『ゼロ』さんとやらを捕まえに再び森の奥へ行く。『帝国軍』よりも先に目的を遂

げる」

 

 自信ありげな隆文。

 

「それで、捕まえた後は?」

 

 沙恵は鋭く指摘した。

 

「そいつを車にでも乗せて、いち早くこっから脱出する。それでもって、頃合いを見て原長官に

連絡だ」

 

「連絡?連絡って、原長官は一切の連絡を絶つと言っていたが?」

 

 と、太一は沙恵に変わって更に指摘する。

 

「俺だけは、特別に連絡先を教えてもらったんだ。だが、連絡していいのは『ゼロ』を捕まえた

時だけだそうだ」

 

「じゃあ、逃走車の確保も必要か」

 

 今まで黙っていた登も口を挟む。

 

「2班に分けて、行動する?」

 

 絵倫が提案した。

 

「そうだな、『ゼロ』とやらを捕まえる班と、逃走車を確保する班とに。無線機があるから、お互

いに連絡を取り合う事もできる」

 

 隆文は鞄から、手に収まるくらいの無線機を取り出した。それは、音だけでなく映像も伝わる

ものだ。

 

「『ゼロ』を捕まえにいくのは、俺と絵倫と、太一、あとは沙恵でいいだろう。もう一つ、逃走車の

確保は、残りの香奈、井原、西沢、登に頼む。この無線機の一つは井原に渡して置こう。もう

一つは俺が持っている。そしてさらに、この付近の地図もある。『帝国軍』のコンピュータから仕

入れた奴だ。これがあれば、どこに車があるのか分かる。これも渡しておく」

 

 一博の手には無線機が渡された。

 

「あー、つまり先輩、おれが逃走車を手に入れる班のリーダーって事か?」

 

 心配そうな声で一博が言った。

 

「そういう事だな」

 

 別に深い意味も無い事のように隆文は答えた。

 

「先輩、おれに任せてもらっても、何か心配だぜ」

 

 一博の姿は例のごとく自信が無かった。しかし、隆文は彼の肩を叩き、他のメンバーから少

し離かた所に彼を連れて行く。

 

「なあ井原、俺はお前を買っているんだ。せっかくでかい体しているんだからよ、もっと堂々とし

ていろって。お前見たいにがたいのいい奴は、ちょうど西沢見たいな態度をとっても、何の不思

議もない。他の仲間にいいところを見せる機会を、俺は与えてやったのさ」

 

「そ、そうか?」

 

「そうだ。じゃ、任せた」

 

 隆文と一博が元の位置に戻ってくる。

 

「よーし、行動開始だ。また、任務を達成したら落ち合おう」

 

 そして、8人の『SVO』のメンバー達は、隆文、太一、絵倫、沙恵と、一博、香奈、浩、登の2グ

ループに分かれて行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 森の中には西日が差し込み、夕暮れが近い事を告げている。虫達の鳴き声は相変わらずだ

ったが、空気はだんだんと涼しくなっていた。それは、森の中を行く3人の『ユリウス帝国兵』達

にとっては都合がいいだろう。彼ら(一人は女性)の先頭を行く舞は、熱帯気候の暑い中、防弾

スーツとヘルメットを目深く被っている部下達を少し同情していたからだ。

 

 舞は、右手に赤い輝きを放つ片刃の剣を持ったまま、周囲を警戒しつつ進んでいる。彼女が

目指している目的と遭遇したであろうα班や、β班が通信を絶ったと思われる地点はそれほど

遠くはない。だが、森の雰囲気はさっきから変わらない。その場所に近付いてい

 

 るという実感は沸いてはこなかった。

 

 しかし舞は、無意識の内にため息とも言える息をつき、自分の護衛でついて来ている兵士達

の方を振り向いた。

 

「ここから先は私一人で行きます。あなた達は本部に戻った方がいい」

 

 しかし、女性である兵士は冷静に答えた。

 

「私達は、命をかけてあなたの護衛をするように命令されています。それに背く事はできませ

ん」

 

 それは、『帝国軍』はおろか、軍隊と名のつく所では当然の答えだった。

 

「そう。そうですね」

 

 舞はそう言って、再び前方を向いた。兵士達は任務の為ならば、全力を尽くす覚悟はできて

いる。それは舞自身が一番知っている事だし、止めさせる事は彼女には実際にはできたが、

できなかった。一度与えた命令をころころ変えるのは忍びない。それにまだ、完全な危機が迫

っているわけではない。

 

 それに自分は国防長官。彼らには、それを死守する義務もある。いくら舞が武器を持ってい

て、常人離れした実力を持っているとしても、彼女を守る事は、彼らの義務だった。

 

 それから十数分も変わらぬ森の中を歩いただろうか、いい加減同じ光景にも、兵士達はおろ

か、舞すらも飽き始めてきた時、先頭を行く彼女はずっと歩き続けていた足を、ふと止めた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 女性の兵士が尋ねてくる。舞は彼女の方を少しも振り返らないままに、独り一言のように答え

た。

 

「人の気配がする」

 

 舞は周囲の森を見回した。彼女は、自分達以外にも、この辺りに誰かがいる気配を感じてい

た。木々の間から差し込む夕日と虫達の鳴き声の中に、舞は感じていた。彼女の護衛の兵士

達は気付いていないようだが、彼女には分かっていた。自分達の周囲に誰かがいるのだ。

 

 と、突然、舞は剣を抜き放ち、一つの木の方へと駆け出した。

 

 光の軌跡と残像を残して、兵士達には見えないようなスピードで、彼女はその木の、今まで死

角で目に見えなかった場所へと、剣の刃先を向けた。

 

「そこを動かないで!」

 

 舞が剣を向けた先にいたのは、一人の女性だった。木の影に隠れている。

 

 青い服を着て、このような場所にふさわしくない姿と風貌だった。見るからに『NK』の人種の

若い女性だ。

 

 舞はこの女と面識は無い。だが、正体はすぐに分かった。

 

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 沙恵は思わず動揺した。突然、猛烈なスピードでやって来た女に、彼女は剣を突き付けられ

ていた。なぜ、気配を消し、慎重に移動しながら、この国防長官の女とその部下達を追跡して

きたというのに、それが見破られてしまったのか。何か物音でも立てたのか。

 

「こんな所にあなたのような『NK』の人がいるなんて、あなたの正体はもう分かっています」

 

 沙恵は苦い顔をした。しかし、

 

「じゃあ、こんな銃でもない武器で脅しなんかしたって意味が無い事ぐらい、分かっているんじゃ

あないのかな?」

 

 と、言い放つ。そして剣を向けている相手と、がっちりと目線を合わした。隙があれば、いつで

も腰にかかっている武器を抜く用意はできている。

 

 だが相手、この浅香舞とか言う『帝国軍』の国防長官は隙を見せて来ない。剣を向けている

体勢には、決して隙が無かった。

 

「国防長官殿!」

 

 と、突然、どこからか聞こえてくる声。自分を呼ぶ声に、舞はチラリと目を動かした。

 

 瞳の動きを見逃さない。隙が、ほんのわずかな隙がそこにはできた。沙恵は斬りつけようと

武器の刃を左右に振った。だが、それは空を斬るだけで空振りしてしまう。沙恵は、思わずそ

の場でバランスを崩してしまった。

 

 そして彼女は、腹に思い切り強烈な痛みが走るのを感じた。鈍くて思い衝撃が、腹部に叩き

付けられた。

 

 沙恵は声を上げ、目をつぶって歯を強く噛み合わせると、腹を押さえて地面に膝をついた。

息が切れて、視界が一気に霞んだ。と、目の前にいたはずの舞がいつの間にか横に立ってい

る。彼女は剣を逆手に、柄の方を沙恵に向けて立っていた。それで殴ったのだ。

 

「まさか、ここにあなた一人で来たわけじゃあないでしょう。どこかにまだ仲間がいるはずです。

そう、少なくともあと3人というところですか」

 

 舞はすでに倒した気で周囲を伺っている。沙恵は腹の痛みで立ち上がれない。苦しい声を出

して、地面に膝をつくことしかできなかった。硬そうな剣の柄で、無防備な部分をとても強く殴ら

れたのだ。沙恵は、気絶しそうでしない、そんな朦朧とした状態を味わう。口からは血が一筋垂

れていく。

 

「ち、力が入らない」

 

 腹の痛みを押さえる能力を使う事もできなかった。そういえば香奈は言っていた。『ユリウス

帝国』の《検疫隔離施設》でこの女と戦った時に惨敗したのは、彼女が『能力』を封じる『力』を

持っていたからだと。だとしたら、彼女はもうこの女とまともに張り合う事はできない、戦う事は

できなかった。

 

「沙恵、あんた立ち上がらない方がいいわ、口から血が垂れているんだったら、相当内臓を痛

めている」

 

 離れた所には絵倫が立っていた。彼女は、沙恵の様子に見兼ねて、隠していた姿を現した。

 

「あなたもこの人の仲間、どうやってここに潜り込んで来たのだとか、そう言った事はどうでもい

いですが、あなた達も私達と同じ目的を持っている、そう思って間違いないようですね?そうで

なければ、あなた達のように、上からの命令でしか動かない人間がこんな所に来るはずが無

い」

 

 舞はそう言ってきた。しかし絵倫は沙恵の方を見ていた。彼女は苦しそうに腹を押さえて、地

面にもう片方の手をついている。その様子ではしばらく立ち上がれない。

 

「さあ、どうかしらね?」

 

 絵倫は鎖の鞭を抜いて構えた。

 

「あなたの事はよく知っています。絵倫さん。昨日、部下からの報告を聞きましてね…。確か、

空気や風だとかを操る『能力』を持つ人でしたね? その手に持っている鞭は牽制程度に使う

…」

 

 舞の言葉に鼻を鳴らす絵倫。

 

 間髪入れず彼女は、勢い良く鞭を舞の方に向けて放った。長い鞭は離れた場所にいる彼女

に到達する。だが、彼女の姿は鞭が捕らえようとする直前に消えていた。

 

「そこねッ?」

 

 絵倫はさっと後ろを振り返る。そして、舞が放ってきた剣の柄による攻撃をかわした。

 

「よく分かりましたね?」

 

「風の流れとかを感じれば、どんなに素早くっても動きが分かるのよ」

 

 さっと絵倫は舞と間合いを広げる。

 

「でも、私は殺そうと思えばいつでもあなたを殺せます。だけれども、それはしません。なざな

ら、私は無用な殺しは避けたいし、人が死ぬのなんて見たくない」

 

 舞は静かに言ってくる。しかし絵倫は、舞の方に目を見開くと言い放った。

 

「ええ、そう?でも、あなたが殺す気が無くても、わたしは、あなたがそこに立ち塞がるだったら

殺す気だわ!」

 

 刃のような空気が舞に向かって放たれた。しかし、舞はそれに向かって走り出す、彼女は持

っている剣を一閃させて、その空気を切り裂いて粉々にした。

 

 同時に、絵倫が放った鎖の鞭。だが、向かってくる舞にそれが到達するよりも前に、絵倫の

鞭は空中にはじき飛ばされた。

 

 舞は、どうやったのか、目にも留まらない素早い動きで鞭を奪い取り、それを捨てさせたの

だ。

 

 次いで絵倫にやって来たのは首筋への、鈍い、まるでハンマーで殴られたかのような痛みだ

った。彼女の目の焦点は、一瞬にして外れた。

 

「あなただって私には勝てませんよ」

 

 背後から舞の声が聞こえる。絵倫は意識が飛んで行きそうだった。しかし彼女は、それを無

理に踏みとどまって言い放った。

 

「こ、こんなくらいでわたしを気絶させようだなんて、ふ、ふん。随分甘い考えだわね」

 

 絵倫は強がった。

 

 そして、彼女は空中に散っていた空気の刃の破片を操り、それを空中で軌道変更させて弾

丸のように放ち、舞の足を切り裂かせた。

 

「ほーら、足元気をつけなくっちゃね」

 

 だが、足を鋭く切り裂かれたというのに、舞は顔色を少しも変えなかった。ほんの少しも。

 

「なるほど、空中で粉々にした空気を、離れた位置からでも操れるのですね?」

 

 舞の方を向く絵倫。彼女はくらくらする体を無理に立ち上がらせて、さらに空気の刃を発射し

た。

 

 だが、そんなものなど何という事は無いという表情で、彼女は剣を一閃させて、迫って来る残

り空気の刃を切り裂いた。

 

 次の瞬間、絵倫は、背後に舞がいる事に気が付いた。

 

「あなたの『力』は、立派ですよ。でも、まだまだ甘いですね」

 

 絵倫の首筋には手のひらが置かれる。そして彼女の手のひらからは、痒れるような、焼け付

くような感覚が広がった。

 

 それは、あっという間に光へと成り代わっていった。激しく弾けながら閃光を放ち、一気に絵

倫の体に流れて来る。

 

 絵倫は、全身を流れる激痛に声を上げた。

 

 だが、そんな痛みに苦しむのもほんの一瞬だった。首の後ろを殴られた時とは違って、この

全身を流れる光は、一瞬にして絵倫の意識を失わせてしまった。

 

 そのような様子を、少し離れた所から沙恵は見ていた、今では腹を押さえたままほとんど動く

事ができず、ぶり返し続ける痛みに、彼女は顔を歪ませていた。

 

 どうする事もできない。

 

 その頃ようやく、離れた場所にいた舞の部下達は姿を見せたのだった。

 

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 隆文と太一は森の中を進んでいた。絵倫と沙恵とは別れ、お互いに連絡を取り合いながら、

例の国防長官の動きを読み、2人はその先回りをするつもりだった。

 

 そして、『帝国軍』よりも先に『ゼロ』という者を捕らえる。そのつもりだった。だが、隆文が持っ

た無線機は、数分前からずっと妙な雑音を出すだけで、絵倫達とも連絡がとれない状態だっ

た。

 

「こりゃあ、まずいな」

 

 隆文は、事態に対してそう言った。

 

 太一は彼よりも先を歩いている。何かを常に警戒しながら、まるで地図でも持っているかのよ

うに、何の迷いもせずに森の中を進んでいた。

 

「太一、標的は近いと思うか?」

 

「ああ、多分な」

 

 その問いに、太一は曖昧に答えた。多分、彼自身にも細かい事は分からないのだろう。しか

し、2人は感じていた。この森の中を漂ってくる、不気味で重々しくて、堪えがたい雰囲気。それ

が肌で感じられる。五感で感じるというものではないが、勘のようなものとは違う、はっきりと意

識できる感覚だ。

 

「だが、絵倫達と連絡が取れないというのは、やはりやばいな。例の国防長官とかも追ってい

るらしいが、そいつらの動向が分からない」。

 

 と、言った時、そこで隆文は、太一が突然立ち止まって、やってきた方向を真剣な表情で見

つめているのを知った。

 

「どうした?何かあるのか?」

 

 隆文も太一と同じ方向を見る。すると、彼もその方向から何かがやって来ているのを直感し

た。だが、さっきまで感じていた重々しい不気味な雰囲気ではない。何か別の気配が迫ってき

ていた。

 

「おいッ!避けろッ!」

 

 太一が叫ぶ。

 

 そして、突然の突風のような衝撃が2人を襲った。隆文と太一はとっさに別々の方向にそれ

を避け、それぞれ地面に転がる。

 

 隆文はすぐに顔を上げた。そこには、一人の人間が立っていた。

 

「あなた達が、あの2人の仲間か。よく見れば、そちらにいるあなたは2日前に隔離施設の方で

会いましたね」

 

 それは、『ユリウス帝国』の国防長官だった。

 

「その顔は、見た顔だな。まさか、いや、あんたが浅香 舞か?じゃあ、あの2人ってのは絵倫

と沙恵の事か?」

 

 舞は隆文の方を向いて来る。

 

「ええ、その通り。名前までは知りませんでしたけど」

 

「じゃあ、あの2人はやられちまったって事だな」

 

 隆文は冷静に、機関銃の安全装置を外した。カチリという軽い音がする。

 

「その通り、でも殺してはいません」

 

 舞の方は、赤い片刃の剣を軽く持っているだけだった。

 

「そいつぁ安心した…、だが生きているんなら、お前を退けて、部下にでも捕まっているんだろう

2人を助け出せばいいだけの話さ。『能力者』の2人を倒したって事は、あんたも『能力者』なん

だろ?どうだ、これくらい避けられるのか?」

 

 そして引き金を弾いて、舞に向けて銃弾を発射した。

 

 舞は、迫って来る弾丸を前にしても、眉一つ動かす様子はなかった。代わりに、持っていた赤

い剣を、残像を残すほどのスピードで一閃させた。

 

 彼女に迫っている弾丸が、次々とそれによって切断され、軌道を大きく外していった。目の前

で機関銃の銃口を向けられているのにも関わらず、舞の体に弾が当たる事はなかった。剣を

高速回転させる事によって生み出される、さながらバリアーだった。

 

 だが、彼女の背後に太一が現れる。彼は、舞へと警棒を振り下ろそうとした。

 

「太一には、次に俺がやって欲しい事が分かるようだな?」

 

 隆文は呟いた。しかし舞は、太一が警棒を振り下ろすのよりも速く、しかも迫ってくる弾丸を

弾きながら、彼の警棒を宙に舞わせた。それをどうやったのか、あまりに速過ぎて隆文には見

る事ができなかった。だが、確かに舞は太一の武器を弾き飛ばした。

 

 と隆文は、鋼弾を弾くのに舞が使った剣が、光をこちらに向けて放出して来ているのを知っ

た。

 

 彼はとっさに、横に転がってそれを避けた。光はレーザーのような形状となって、隆文のすぐ

横を通り過ぎる。

 

 隆文は顔を上げる。舞は太一に向けて剣を振っている。目にも留まらぬようなスピードで、彼

女は剣を横に、縦に、斜めに振り、太一を斬りつけようとする。しかし、太一の方も残像を残す

ようなスピードでそれを避けていた。だが、彼は武器を失っていたからそれを避ける事しかでき

ない。

 

 機関銃を持ち上げ、再びそれを舞に向ける隆文。そして彼は、剣を振る舞に銃弾を発射し

た、が、舞はそれを知っていたかのように、背を向けたまま突然宙に飛び上がった。

 

 弾丸は飛び去って行く。次の瞬間隆文は、後頭部に鈍い衝撃が走るのを感じた。飛び上がっ

た舞が、自分の背後に着地すると同時に、頭を蹴って来たのだ。

 

 続いてやって来る、何かが体の周りにまとわりついて来るような感覚。隆文は蹴りによろめき

ながら、黄色い輝きが自分を包み込んでいくのを知った。そして光が体を完全に包んでしまう

と、まるで鉛でも背負っているかのような疲労感がやって来た。

 

 隆文は思わず膝をついてしまう。この感覚は、感じた事もないようなもの。だが、これが何か

は、すぐに直感できた。

 

「これが、これが西沢が言っていた、『力』を封印するだとかいうあんたの『能力』か、今日、走り

回っていた疲労が、一気にやってきたっていう感じだ」

 

 舞は、何も言わずに立っている。

 

「だが、あんた。俺達がこのくらいでへこたれる事がないって事ぐらいは、分かっているよな?」

 

 その時、突然舞の右肩から血が飛んだ。彼女は患わず顔をしかめ、背後を振り向いた。

 

「さっき俺が放った弾丸は、『能力』を封じられる事は無いよな? 『力』を封じられたのは俺だ

け、離れた所にいる弾丸は、俺が予定していた通りの軌道に乗って、あんたを攻撃するという

わけだ」

 

 隆文は『能力』を封じられるよりも前に、数発の弾丸を、舞を狙う軌道に乗せていた。機関銃

から発射される弾全てを意のままに操るのは、その数が多過ぎて隆文には無理だったけれど

も、それがほんの2、3発ならば彼自身の『能力』で操れた。

 

 それが、弾丸操作『能力』の基本だった。

 

 しかし舞は、

 

「あなたができたのはこの程度の事、ですか?」

 

 何事も無かったかのようにそう言った。

 

 背後からは太一が奇襲しようと迫っている。隆文はその方向を見ないようにしながら、舞の注

意を引こうとした。

 

「後ろから迫っている事は分かります」

 

 振り向きざまに剣を振る舞。太一はそれを跳躍して避けた。いや、避けたかどうかすら、跳躍

したかどうか、今の『力』を失った隆文の目では、何も見る事ができなかった。全てが一瞬の内

に過ぎた。

 

 隆文は機関銃でそれを援護しようとした。引き金を引くと、いつもは見えている弾丸の姿が見

えない。だがその先にいる舞は、残像を残し、まるで彼女が幾人もいるような動きでそれをか

わした。

 

 『能力』を封印されると、いつもとは何もかもが違う。これがいつも他人から見られている自分

なのかと、隆文は痛感した。

 

 全てが連続して過ぎていった。ちょうど、映画のフィルムの高速の動きを肉眼では自覚できな

いほどに。跳躍して避けた太一、彼は頭上にあった木の枝に捕まり、舞の斬撃をよける。彼女

の剣の軌道には、眩しいばかりの光が輝いた。閃光が白く輝く。舞が剣を振り切ってしまうと、

太一は木を手から放し飛び下りながら警棒を振り下ろした。

 

 だが舞は、

 

「今、剣で斬ろうとしたのはあなたではない。ちゃんと剣の軌跡を見ていましたか? 私が斬っ

たのは後ろの木です」

 

 そう言い、太一の警棒を避けた。

 

 直後、彼の背後にあった大木が、彼の方に倒れて来る。舞は、一刀だけで、太い木の枝を切

断してしまったのだ。

 

 太一はそれを避けようとした。しかし飛び下りてきた分だけ、動きを制限されていた。

 

 音を立てて大木は、彼の背中の上に落ちてきた。

 

「太一ッ!」

 

 大木の地響きと共に、それは崩れて来た。力なく太一はその下敷きになった。大木には舞が

切り裂いた際に放った光が熱を持っていたのか、火がついていた。

 

「まあ、前の時よりは長く持ちましたね」

 

 舞が勝ち誇って言った。大木の下敷きになってしまった太一は、何とか動いて這い出ようとし

ている。木について火が、彼の元へと迫っていた。早くしないと焼かれてしまうが、

 

「ああ…、まだ自分は戦える。そう思っているのならばそれは間違いです。私の『能力』光の放

射を伴う『力』はそれだけでも攻撃になるし、『能力』を封じられるパワーでもある。この木を斬り

倒した時に、すでにこの木の内部へと伝えてある。だからこの木にあなたが触れる事によって

それは伝わり、あなたの『能力』は封印されるという事です。それが、私の持つ『力』の正体」

 

 そう舞が言っても、太一は木の下から這い出ようとしていた。彼は頭から血を流している。

 

「それでもまだ立ち上がってくるのか。あなた方の執念のようなものには感服しますね。さす

が、あの原長官が認めているだけはある」

 

 舞は言った。だがその時、空気の微妙な変化でも感じたのか、彼女は迫ってくるものの方を

振り向こうとする、しかし、少し遅れた。

 

 いくら彼女が弾丸よりも速いスピードで動けたとしても、それは防げなかった。舞は顔を背

け、衝撃によろけた。

 

「スパナだぜ。コウモリは小さな小石でも感知して避けて飛べるが、お前はそうはいかなかった

ようだな」

 

 額を手で押さえ、舞は向いて来る。血が滴っていた。投げたスパナは額を切ったらしい。

 

 最初に向いた時の表情からして、彼女は怒りに燃えているのかとも、隆文は思った。だが実

は、そうではないようだった。段々と口元が歪んで、舞は微笑し始めた。少しずつ声が漏れ始

めた。

 

「全く、あなた方には頭が上がりませんね。ここまでしてあげてもまだ立ち上がって来る。任務

を果たそうとする熱意も素晴らしいが、かなり負けず嫌いのようですね」

 

 隆文は鼻を鳴らして見せた。

 

「じゃあ、そんな負けん気さえも消え失せてしまうようなところを、見せてあげなければなりませ

んね」

 

 舞が言い、木の下から這い出ようとする太一に背を向け、もう彼の事など構わないという態

度で、隆文の方を向いて来た。再び剣の構えに移行してくる。

 

 彼女はそのまま制止したままだった。隆文は、この隙にと機関銃を向け、引き金を引こうとし

た。

 

 しかしその時、隆文は思いとどまった。銃口の先にいる彼女の体が、白く輝き出したのだ。

 

 それは、段々と剣の方に集まっていった。白い輝きが剣に纏わりついていく。

 

 嫌な予感を隆文は感じた。その場から逃げようとしたが、『能力』を封じられていては、相手

の方が何手も早い。舞は、光を纏った剣を持ったまま一歩踏み込み、それを隆文に向かって

振り下ろした。

 

 光。まるで剣に拘束されていた光が、一気に解放されたかのように解き放たれた。熱気さえ

もが撒き散らされ、白色の先行が隆文の元に迫る。逃れようとしたが、全く間に合わない。猛ス

ピードでやって来た。しかしその炎は、隆文の周りで円を描き、彼の体に襲い掛かる事はなか

った。

 

「ど、どうした。襲って来ないのか?」

 

「襲おうと思えば襲えます。だけど、私はあなたを殺す気はない。ただ捕らえるのが目的です」

 

 光の先に舞が揺らぐ。彼女はその光と同じ色のエネルギー体を纏っていたままだ。白色の閃

光が輝いている。

 

「ほう、そいつあ。あんたは随分と、お人好しだな」

 

「でも、あなたはその場から一歩も出られない。私の部下が『力』を使えない今のあなた達を取

り囲んでしまうまでは」

 

 そう言うと、舞は指を鳴らして見せた。すると、彼女の背後で燃えている太一の上に乗ってい

た木の炎が、一瞬でかき消えた。

 

「国家の敵の命を助けるのか?俺として見れば、仲間が助かって越したことはないが」

 

 太一に火に焼かれた様子が無い事から隆文は言う。

 

「何度も言っているでしょう?殺す気は無いって」

 

「そんなで、よく『ユリウス帝国』の国防長官が勤まるものだ」

 

「あなたのその減らない口が、軍法裁判まで続くでしょうか?」

 

 舞がそう言った時、ようやく遠くの方から彼女の部下達の姿が見えて来るのだった。

 

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 隆文は後ろ手に手錠をかけられ、それには電子ロックが油断無く掛けられた。両腕は背中

側にあり、全く何の抵抗もできない。武器や、鞄に入っている道具も没収され、連行する『ユリ

ウス帝国兵』の手にある。

 

 木の下から引きずり出された太一も同じようにされてしまう。彼は木の下敷きになったもの

の、大した怪我を負っていない。どうやら、当たり所が良かったらしい。だがそれでも、隆文と

同じように手錠をかけられる事に変わりは無かったし、兵士達の扱いも乱暴だった。

 

 テロリスト。国家への脅威となる者の扱い。

 

 2人に手錠をかけた『ユリウス帝国兵』を率いている、浅香舞。彼女は、たった今激しい戦い

をしたばかりなのにも関わらず、まるで何事も無かったかのように周囲を見回し、様子を伺って

いた。目にも留まらない速さで空を切っていた、あの刀も鞘に収められ、彼女の腰にベルトと共

に吊ってある。

 

「国防長官。お怪我は?」

 

 彼女に遅れて追い付いて来た『ユリウス帝国兵』が、舞に向かって尋ねていた。

 

「大した事はありません。私の事より、彼らを見張りなさい。それに、まだ彼らの仲間が他にい

るかもしれません」

 

「どうか、我々の側を離れないようお願いします」

 

 離れた所で、『ユリウス帝国』の言葉で交わされるやり取りを、隆文はしっかりと聞き取ってい

た。浅香舞は、さっきまで自分達と『NK』の言葉で不自由なくやり取りしていたが、今は別の言

語を操っている。

 

 舞に見張られている内は従うしか無かった。『SVO』にとっては、たった今向けられている機

関銃の銃口よりも、自分達を上回る『力』を持つ人間の方が警戒すべきだ。

 

「この者達は、あなた方全員で連れて行きなさい」

 

 そんな彼女は、さっそくとばかりに兵士達に指示を与える。

 

「お言葉ですが、国防長官。護衛も無しに、この場所にいるのは危険です」

 

「そうお思いですか? 私はそうは思いませんが。あなた達がそうおっしゃるのならば、私の護

衛を一人残し、残りは彼らを本部まで連行していきなさい。私は、探さなければならない者があ

りますから」

 

 それは自分達が追っている『ゼロ』とかいう奴だな、と隆文はこっそり思う。

 

「了解」

 

 少しの間も置かず、兵士は答えていた。

 

「気をつけて連行して行きなさい。彼らはただのテロリストとは違います。くれぐれも、今度こそ

は逃さないようにしなさい。そして聞き出すのです。まだ他にも仲間がいないかと」

 

 鋭く指示を出す舞。

 

「了解」

 

 兵士達はそのように答え、舞の方には護衛を一人だけ付かせ、隆文と太一にそれぞれ一人

ずつが背後に付いたまま、移動をし始めた。

 

 後ろ手に手錠をはめられていて、しかも銃を背中に突きつけられている。更には、あの国防

長官によって、肝心の『力』までをも封じられていては、今は兵士達に従うしか無かった。

 

 国防長官達と別れ、森の中を歩かされていく太一と隆文。木の根が張り、草の茂っている道

の無い場所を、とにかく歩かされる。虫の鳴く音だけがうるさく聞え、熱帯地方特有の蒸し暑い

空気が立ち込める。

 

 10分ほど歩かされた2人。蒸し暑い熱気、30℃を超える温度と高い湿度で、彼らは汗を流

していた。

 

 そして、『力』を封じられた事により、さっきの数分の戦いの疲労も体にやって来ている。常人

ならば、出すことの出来ない身体能力で戦った事、更には突然『力』を絶たれた事による、その

リバウンドも凄まじい。体中の筋肉が、錆び付いた金属のように疲労し、今にも壊れていきそう

だった。

 

 隆文達が、森の中に別の人影を見つける事ができたのは、脚が棒のようになって来た頃だ

った。

 

 それは、二人と同じように後ろ手に手錠をはめられ、銃を突きつけられて連行されていく、絵

倫と沙恵だった。

 

 舞が言っていたから隆文達も知っていた事だが、2人も捕らえられてしまっていた。あの国防

長官が相手では、彼女達も無理があったのだろう。

 

 まだこの場にいる『SVO』の8人全員が捕らえられたわけではないにしろ、こうなってしまって

は任務を遂行する事は難しい。

 

 絵倫達に太一と隆文は追い付く。『SVO』の4人は、囚われの身となったお互いの姿を、それ

ぞれ見合うのだった。

 

「何?あんた達も捕まっちゃったの?」

 

 いらいらしているかのような声で、絵倫は隆文に言っていた。

 

「ああ、悪いな」

 

「まさか、とは思っていたけれども」

 

 4人共々、その場から連行されていく。もはや何の抵抗もできない状態。

 

「もしかして、万事休すってのはこの事?」

 

 息を切らせながら沙恵が言っていた。4人とも、何かしら怪我を負い、戦いがあった事を物語

る。

 

「いや、まだ終わっていない」

 

 太一は誰にも聞えないような声で呟いたが、隆文と絵倫、そして沙恵は、諦め、または開き

直りの表情を浮かべた。今のままではどうしようもない。このまま本部に連行されていくだけ。

舞によって封じられた『力』が、一体どのくらいで取り戻せるというのか。

 

 彼らはまだ目的地にすら辿り着いていないのに。

 

 もっと速く歩くようにと言う事なのか、銃身で隆文は背中を強く押される。しかし、彼がそうされ

た時だった。

 

 太一の背後で、電子音が響いた。周りでうるさく鳴いている虫達の鳴声に混じって、その音は

響いていた。

 

 それは、手錠のロックが外れる音だった。

 

 太一は、そのまま振り向きざまに、手錠の硬い部分で、自分の背後にいた兵士の頭を強打

する。そして怯んだ兵士から、機関銃を奪い取った。

 

「太一ッ!」

 

 太一の行動は素早かった。彼は、いかなる電子ロックでも解除できる、小型のアダプターを

持っていた。それを今も持って来ていたようだ。だが、どうやってコートの内ポケットから取り出

したのかは分からない。

 

 しかし、幾ら太一の行動が素早かったと言っても、彼の動きは『力』を封印されたまま。普通

の人間が、ただ機敏に動いただけに変わりは無い。

 

 太一は、機関銃を持ち、その銃口を自分が殴り倒した兵士の方へと向けた。

 

「おいおい、本気かよ」

 

「ああ、本気だ」

 

 そう静かに答える彼の目は、仲間を解放しなければ撃つと言っている。そのような脅しに、

『ユリウス帝国兵』が屈するとも思えない。この状況、危険な賭け。

 

 『ユリウス帝国兵』は、隆文達の方にも銃口を向けている。人質になっている人数で言った

ら、太一は明らかに不利。それに、隆文の鞄は兵士が持っているから、解除アダプターも彼し

か持っていない。

 

 だが、わざと時間をかけていると考える事もできた。あの国防長官と戦ってから、10分が経

つ。太一は四人の中で、唯一、数日前に舞と直接戦っていた。彼女が自分達に施した効果

が、いつ切れるのかを、彼は知っている。その時が来るのを待っているのか。

 

 太一が無言のままに銃口を向けているものだから、そこには重々しい空気が流れていた。

『ユリウス帝国兵』達も、その雰囲気を感じ取っているのか、口を開こうとはしない。

 

 だが、その空気の中で、隆文は、突如、背中に氷を差し込まれたかのような、激しい悪寒の

ようなものを感じた。

 

 背中に銃を向けられて、今にも発砲されそうだからなのか。違う。

 

 気配は、上空からやって来ていた。この場に流れていた、重々しい気配を微塵に掻き消して

しまうほどの、激しい衝撃が襲ってきていた。

 

 それは目に見えるようなものではない。肌で感じるもの。周りの空気がそう感じさせるもの。

 

 隆文は上空を見上げた。

 

「あ、あれは!」

 

 彼は思わず声を漏らす。

 

 隆文が見上げた目線の先の方向。そこには、紫色の光が浮かんでいた。強い紫色の光が、

上空で輝いている。10メートルほどの高さの位置だ。

 

 彼が声を上げて上空を見上げたものだから、その場にいた皆が、同じ方向を見上げる。

 

「あれは、『ゼロ』だッ!」

 

 『ユリウス帝国兵』の一人が声を上げた。

 

「な、何!あれが、あれが『ゼロ』だと?あの光が?」

 

 彼にしては珍しく太一は、驚愕の声を上げた。

 

 上空に浮かぶ紫色の光を放つ物体、それは、森の中の方に向かって、まっしぐらに降下して

来ていた。

 

 まるでミサイルを思わせるほどの勢い。凄まじい迫力。

 

「な、何かやばいッ!伏せろッ!」

 

 隆文は皆に呼びかけた。彼は手錠をされたまま、自分の意思よりも先に、太一によって、そ

のまま身を伏せさせられた。

 

 彼の動きは、目も留まらぬようなスピード。彼の肉体に『力』が戻りつつある。危機感に体が

そうさせているのか。

 

 沙恵と絵倫も、身を寄せ合うようにその場に伏せた。

 

 太一は隆文の体に身を覆わせ、さらにはそこにバリアを張った。彼の体から溢れるようにエ

ネルギー体が放出されていた。

 

 『ユリウス帝国兵』達が、そんな彼らを制止しようとする間もなく、紫色の光は地面へと激突す

る。その衝撃だったのか、爆発が起こった。

 

 何かが弾けるような爆発だった。紫色の光の中に押し固められていた、一気にエネルギーが

解放されたかのように。爆風と閃光と共に爆発が起こる。

 

 それは森の中で輝き、木々を一気になぎ倒し、爆炎を振り巻かせた。

 

 バリアごしにもそれが分かる。激しい爆発の爆風が森で沸き起こっていた。それが全てを破

壊してしまうまで、隆文は身を伏せ続けた。

 

 やがてそれが収まってくると、隆文は太一から、解除アダプターを渡され、後ろ手にしていた

手錠を外した。

 

 そして、まだ警戒を怠らないまま、隆文は伏せていた身を起こした。

 

 森の中に、一つの空き地が出来上がっている。木々が粉々になぎ倒され、今の一回の爆発

で空き地が出来上がってしまったのだ。所々にまだ燃えている木の破片が転がっていた。焼け

焦げた匂い、沸き起こった砂埃の匂いが立ち込める。

 

「隆文ッ!」

 

 絵倫が呼びかけてきた。そう遠くない場所に沙恵も一緒にいる。2人は無事だ。

 

 距離は10メートルほど離れていた。隆文は彼女達2人の方に向けて、解除アダプターを投

げ渡した。

 

 絵倫の脇の位置にそれは到達する。正しい位置だった。これで彼女達2人の手錠が外れれ

ば、それで良い。

 

 『ユリウス帝国兵』達はどうなったのか、自分達『SVO』の4人は今の爆発を免れたかもしれ

ないが、兵士達はどうなったのだろう。

 

 良く見ると、彼らは辺りに倒れていた。煙の上がる人間の体が、正確に4体、近くに転がるよ

うに倒れていた。

 

 彼らは今の爆発に対処する間も無かったようだ。かなりの爆発だった。車の2、3台や、大型

トラックでさえも粉々に吹き飛んでしまいそうな爆発だったのだから、至近距離にいた彼らは、

『力』も使う事ができない。今の爆発に巻き込まれれば、助からないだろう。

 

「絵倫、沙恵、大丈夫だろう?今すぐこの場から脱出するぞ!」

 

 隆文は彼女達呼びかける。だが、

 

「ええ、そうしたいの。でも、それも難しいかもしれないわ!」

 

 絵倫の方からそのように言葉が戻ってきた。

 

 隆文は、爆発で沸き起こった煙と、砂埃の先から、光が迫ってきている事を知った。それは

紫色の光だった。

 

 薙ぎ倒された木々の中心の方から迫ってきている。しかもその紫色の光は、ただ光を放って

いるのではなく、蠢き、まるで渦でも起こっているかのようだった。

 

 そして、その光の中には、一人の人間の男がいた。紫色の光は、彼に衣服のように包みか

かり、それが絶えず流れを作っている。

 

 紫色の光は、確かに強い光を放っていた。だが、それだけではない。この光には、すさまじい

圧迫感にも近いような、圧倒されるものがあった。隆文はそれを面と向かった時に直に感じて

いた。

 

 目の前にいる男は、ただの光を放っているのではない。

 

 この光は、『力』だ。それが周囲を圧倒するかのような空気、背中に氷を入れられたかのよう

な寒気、そして重い空気に押し潰されてしまいそうな気配を作り出している。

 

「こいつが、俺達が捜していたって言う『ゼロ』か」

 

 思わず太一はそう呟いていた。

 

「そう考えて間違いないみたいね」

 

「だったとして、一体、どうすればいいのか。感じているか?この凄まじい圧迫感をよ。とんでも

ないぐらいのものだ。これは、『力』なのか?まるで嵐の中にいるかのようだ」

 

「ええ、感じているわよ。痛いくらいにね。動きたくても、思うように『力』が出せないくらいなの」

 

 目の前に現れた男は、蠢くようなエネルギーを纏っている。中にいる男は、どことなく虚ろな

目つきをし、やや猫背気味で隆文の方を見つめていた。放っているエネルギー体のようなもの

で、強い圧迫感を回りに与えていたが、中にいる男は、警戒を緩めてしまいそうなほど、弱々し

い姿だった。

 

 だが、隆文達の姿を見ると、その男は、少し笑みを浮かべたようだった。その姿とは、不自然

な様子の笑みだ。

 

-5ページ-

 

 『SVO』の4人が、ただ彼の姿を見つめることしかできないでいると、その男、『ゼロ』が纏っ

ているエネルギー体は、奇妙な動きを表し出した。蠢くような波動はさらにそれを増し、彼を回

り込む渦のスピードも増す。

 

 そして、更に変化を表したのは、彼の体の方ではなく、彼が起こした爆発によって殺害され

た、『ユリウス帝国兵』の方だった。

 

 4人の息絶えた体から、エネルギーのような姿が現れる。そして、それは4人が見つめている

男の方へと集まっていった。

 

 エネルギーが集まっていくにつれ、男の纏っているエネルギーはさらにその蠢きの激しさを増

し、光を強めた。

 

 そしてその色はだんだんと、紫色から青色へと変化をし出した。エネルギー体の色が変化を

していくにつれ、中にいる人間も、次第に変化を表した。

 

 蠢く波動に、中の男は、全身を震わせ、痙攣をし出す。そしてその体に奇妙な模様が現れ出

した。

 

 その模様は、幾何学的な模様を表しながら、男の体に広がっていった。更には、中途半端に

肩に垂れていた男の髪が、異様な程伸びていき、エネルギーの波動に大きく舞った。

 

 爪は、鷹の爪のように異様に伸び出す。そして、体には人の体には現れないはずの、体毛が

現れ出した。

 

 最後に、まだ人の色を残した青白さだった男の体は、周囲に纏っているエネルギー体の色に

合わせ、真の青い色へと染まり上がった。

 

 細身とも言える姿であった男の体も、変貌の後には、どことなく筋肉質な姿に成り代わってい

る。

 

 彼はただ、姿を変えただけではないし、体に現れるエネルギー体の色を変えたわけでもな

い。その体から溢れ出すかのような『力』は、『SVO』の4人のそれを圧倒し、目に見えるほど

のエネルギー体の突然な変化は、集中せずとも肌で感じられるほどだった。

 

「こんな奴が、こんな奴が、原長官が俺達に捜させた『ゼロ』だとォ。こんな、一体、何なんだ?

こいつは?こんな奴が、つい数日前まで、人知れずにいたのか!」

 

 隆文は驚愕をそのまま口にしていた。

 

 だが、目の前に立ちはだかったその男の、向こう側にいる絵倫達の方に目をやると、

 

「絵倫、『力』は戻っているはずだ。だから、逃げる事はできる」

 

 幾分、冷静な判断と口調で、彼はそのように言った。

 

 その隆文の言葉に、絵倫が隆文の方を振り向く。

 

「に、逃げるって言うの?目の前に目的がいるって言うのに?」

 

 絵倫がそう言うものの、隆文は彼女の方に緊張と、真剣さを持った眼差しを向ける。

 

「ああ、確かに目的は目の前にいる。だが、こんなのを、一体どうしろってんだ。感じないか?

太一。こいつから強い『力』があふれ出して来るのをよ。こいつが纏っているエネルギーが言っ

ているぜ。戦うなってな」

 

「それは、俺も感じているが、こんなに目的が近くにいるって言うのに、逃げるって言うのか?」

 

 と、太一。彼は落ち着いているかのようだが、いつもは冷静なはずの顔がどこか引きつって

いる。

 

「ちッ、だが、無謀っていう感じだぜ」

 

 任務の事を感考えようが、隆文は尻込みした。目の前にいる男は、隆文達の方へと目線を

合わせて来ている。

 

 目の前にいる男が、元は人間だったと言う事は、その姿形からして分かるが、あまりに人間

離れした姿だった。外見も、そして感じられるものも。

 

 『ゼロ』という男は、隆文達の方に、ゆっくりと右の手の平を向けて来た。

 

「な、何をする気だ?」

 

 自分達が、逃げようとしないから、何かをしようと言うつもりだ。思わずどもりながら、隆文は

『ゼロ』に向かって言い放つ。だが、彼の方は何も答えようとしない。

 

 隆文は機関銃を構え、彼の背後にいる太一も同じように、警棒を構える。

 

 それに合わせるかのようにし、『ゼロ』の右手の平には、彼が纏っている青い色の光が集中

し、更に蠢きを増す。

 

 そして太一と隆文が何かをするよりも前に、そのエネルギー体は形となって、彼ら2人の方向

へと放たれた。

 

 拳大ほどの大きさの青い光の塊が、隆文達の方へと迫る。2人はそれに反応し、かわそうと

した。だが、その塊は、弾丸ほどのスピードで2人を追跡する。そして、彼らの側にまで接近す

ると、塊は大きく2人に向かって広がった。

 

 まるで虫を取る網であるかのような動きだった。光の塊は、まるで網のように2人を捕らえよ

うと広がり、彼らを包み込んでしまった。

 

「隆文ッ!太一ッ!」

 

 絵倫は叫んだ。青い色の光に包み込まれた2人。

 

 だが、2人は無事だった。しかし、彼ら2人の周りを、まるで水泡のようになった光の殻が包

み込んでいる。太一と隆文は、まるで大きな水泡に包み込まれたかのようになっていた。

 

「な、何だこれは?」

 

 隆文は自分達を包み込んだ光の球体を、内側から触りながら言った。それを触ることで、痛

いとか熱い、冷たいだとか言ったような感覚は無い。しかし、手は光を突き抜けては行かなか

った。

 

「分からない。だが、まずい」

 

 と、太一。彼と隆文は、光で作られた殻の中に閉じ込められていた。

 

「こりゃあ、大変だぜ。おい、絵倫ッ。ここから離れろッ!お前達だけじゃあ危険だッ!」

 

 隆文は叫ぶ。しかし、殻に閉じ込められてしまった事で、太一と隆文は外界から完全にシャッ

トアウト。外側へは声が届いていないようだった。

 

 この殻は、さながら牢獄だろう。

 

 『ゼロ』は、そんな2人の事などまるで無視するかのように、体の向きを、絵倫と沙恵の方に

向けた。

 

 

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―Ep#.09 『プロジェクト・ゼロ』―

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Ep#.08「交錯」の続きです。
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