少女の航跡 第1章「後世の旅人」8節「抜け道」 |
私達は城から脱出した十数人に人々を引き連れ、中庭から城壁内部の塔へと入り込み、そ
のまま地下へと向かった。塔の中の螺旋階段を、カテリーナを先頭にして駆け下り、そして地
下の倉庫らしき場所にまで辿り着く。
早速カテリーナは、持って来ていた塔の入り口にあった松明で奥をかざしてみていた。私も一
緒にその場所を覗き込んだ。
一見、何も無いかのような倉庫だった。打ち捨てられてしまったかのような木箱が幾つもそこ
には置かれ、変哲もない倉庫だった。
しかし、フレアーは何かを思い出したように、私達を押しのいて、倉庫の奥へと向かい、煉瓦
造りの壁をまさぐり始める。そして、
「あった!」
と叫ぶ。そして一つの煉瓦、彼女の背の高さでも十分に手に届くほどの場所にあるそれを奥
へと押し込んだ。
すると、何かが外れたかのような音が倉庫に響き渡り、やがて、重々しい音と共に、倉庫の
壁の一箇所が、奥へと開いていった。
通路というよりは洞窟のようなものが通じている。ここが抜け道であるようだ。
「奥が深そうだ」
そう言うとカテリーナは、持ってきていた松明を奥の方へとかざした。かなりの深さがあるよう
だ。彼女が松明をかざしても、出口などは全く見ることができない。
すでに倉庫には私達以外にも、多くの人々が逃げ込んできていた。
「時間が無い。行こう」
カテリーナは率先して先頭で行動する。ここが抜け道だというならば、街の外にまで繋がって
いるというのだろうか。
私も、カテリーナ、そしてロベルトに続いて、壁に開いた穴へと潜り込んだ。高さはあまり高く
ない。背の高いロベルトの頭のすぐ上くらいに天井がある。そして横幅は、人一人がやっと通
れる程度だった。
「この街ができた時に作られたらしいんだけど、まだ一度も使われていないみたいで…」
フレアーの言うように、長年使われていない道らしく、かなりかび臭く、埃っぽい。壁もごつご
つしていて、岩などが剥き出しだった。
私達はそこを走っていく。道はしばらくの間下り坂になっていた。城は、街の中でも最も高い
場所にあったから当然だ。しかしやがて道が平坦になったり、また登ったりをして、時々不安に
させられる。
「この道、どこに通じているの?」
私の背後に続いてきているフレアーに、私は尋ねる。
「さあ、あたしにも良く分かんない」
子供じみた声で彼女は答えて来た。
「どこに続いているのかも分からない道に、私達を招待したのか?」
カテリーナが皮肉めいた声で言ってきた。
「でも、とにかく、安全な場所まで抜けられる道なんだって! だから大丈夫だって。王様から
聞いたんだよ!」
フレアーが言い返してきた。王の名が出てきた事で私は少し安心する。
だが、間髪入れず、天井が揺るぎ、重々しい音が通路の内部を揺るがした。ついでに天井か
ら何か小石や塵も降ってくる。
思わず悲鳴を上げて、私は足を止めた。さらに背後から付いてきている人達も声を上げる。
そんな私の腕をロベルトが掴んで来た。
「大丈夫だ。しかし、急がないと危険だ」
「は、はい…」
私はよろめきながらも何とか体勢を立て直し、すぐにロベルト達の後を追った。カテリーナ達
は、とにかく走っていっている。
再び大地を揺るがす地震が起こり、地下通路は激しく揺れる。天井からは塵が降ってくる。
地下通路を走って行く私達にも危機が迫って来ている。そう感じると、私の心は焦り、走る脚
も急ぐ。
まるで、蛇のようにうねった道が私達の前に延々と繋がっている。どこまで続いているのか、
と思いたくなるような長い道だ。
カテリーナの照らす松明だけが頼りだ。つまり私の周りはほとんど真っ暗で、時々照らし出さ
れるロベルトの大きな背中が、辿っていく道の便りだ。
何度も地響きのようなものが襲ってくる。その度に、地下通路が崩れてしまうのではないかと
思われ、後ろの人々からも悲鳴が上がった。
やがて、地下のカビ臭い匂いがどんどん消えていくのが感じられた。冷たい空気が流れて来
ている。
突然、抜け道の地下通路は終わっていた。どれだけ走って来ただろうか。おそらく10分か、
それ以上は走った事だろう。後ろから着いてきている人々は城の兵士達だけではない、女中
や召使も多くいた。その人達にとっては、全力で走った10分間だった事だろう。
カテリーナは松明を持ったまま、辺りを見回している。
ここは街の中ではなかった。山にある森の中だった。抜け道の出口はさながら井戸か、洞穴
のような場所にまで通じていたのだった。
夜も完全に更けてしまった時刻のはず、しかし妙に明るい。
私は街の方を振り向いた。オレンジ色の光が、街の方から照らされている。だから明るいの
だ。
「わああ、そんなッ!」
フレアーが、ところどころ炎が昇っている《リベルタ・ドール》の方を振り向いて叫んだ。
「ど、どうしよう!」
彼女は半ば混乱したかのようにそう叫ぶ。私達よりも後から抜け道を抜けてきた人々も同様
だった。思わず叫び、衝撃を受けている。
その時、カテリーナは叫んだ。
「隠れろッ!」
近くに大型の櫓が迫ってきていた。それは木々をなぎ倒しながら、街の方へと進んでいる。
思わず見上げてしまうほどの高さのある櫓だった。《リベルタ・ドール》の城壁もかなり高かっ
たが、それすらも乗り越えられてしまいそうなほどの高さの櫓だ。そこには目立つように大きく、
Dという字が描かれている。『ディオクレアヌ革命軍』の差し金である証拠だった。
その大型の櫓の中には、大勢のゴブリン兵達が構えていた。少なくともその櫓の中だけで、2
00体のゴブリンが構えている。
そんな数の兵が《リベルタ・ドール》の城下町に直接乗り込まれたら、一たまりもないだろう。
「どうにかしてよ!」
櫓は去っていく。後には、なぎ倒された木々の所に立って、フレアーは慌てふためいていて、
カテリーナに叫びかける。
「私にだってどうしようもない」
彼女がそう答えた時だった。
《リベルタ・ドール》の街の上空から、何やら巨大な影が現れる。それはこちらの方へとかなり
のスピードでやって来た。
影は2つ。その一つ一つが、家一つを覆ってしまうほど大きいものだった。グリフォンではな
い。それよりも更に大きい。
コウモリのような翼を広げ、体躯は大きい、まるでトカゲのような姿をしている。それが、燃え
上がっている街の炎の灯かりに照らされながら、こちらの方へと大きく羽ばたき、迫ってきてい
た。
それはドラゴンだった。
私の周りにいる人々も唖然として見ていた。ドラゴンなど、この辺りで見かけるような生き物で
はない。いや、人間が行く事のできる場所になど、絶対に現れない生き物のはずだった。
そして、その凶暴さから皆に恐れられていた。
ドラゴンがこちらの方へと迫ってくる。私達は、とっさに隠れようとしたが、とても間に合わな
い。
しかし、こちらへ向かって来る直前で、向かう方向を変えたので、見つかるような心配は無か
った。
だがドラゴンが方向を変えたお陰で、私達はそれに乗っている人の影を見る事ができた。
そこには、さっきカテリーナが戦った、赤い女騎士と同じような姿の人物と、エドガー王が乗っ
ていた。
「ああっ! 王様ッ!」
フレアーはその王の姿を見て叫んでいた。
「ど、どうにかしてよォ!」
彼女は私達に向かってそう叫んでくるが、私にはどうしようもできない事だった。カテリーナ
も、去っていくドラゴンの方を向きながら、
「私達だけではどうしようもない」
と答える事しかできなかった。
「そ、そんな…」
しかし、カテリーナは、この場所へ避難して来た者達の方を振り向いて言った。
「確かに、今の私達にはどうしようもない。だが、この国に迫っている危機を乗り越えるため
に、私は呼ばれたんだ」
決意を固めたような声で彼女は言った。
「じゃ…、じゃあ…」
「エドガー王は、私達が必ず救い出す」
カテリーナは力強くそう言うのだった。
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9.魔法使いの事情
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ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。 都市から脱出する事ができた一行。しかしながら…。 |
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