短編 お前にだけは馬鹿と呼ばれたくない
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「どうやらお前と決着をつけなければならない時が来たようだな、村林知則(むらばやし とものり)ッ!」

「それはこっちの台詞だ、森木秀人(もりき しゅうと)ッ!」

 

 男には戦わなければならない時がある。

 そう言ったのは誰だっただろう?

 …………確か、エジソンだった気がする。

 電話を発明したぐらいの凄い人なのだから、格言ぐらい残してもおかしくはない。

 流石はヨーロッパを征服して皇帝になった発明王なだけはある。

 すげぇぜ、マルコポーロ・エジソンッ!

 

 まあ、それはともかく俺、森木秀人は男として宿命のライバルとケリを付けねばならない状況にいた。

 全ては愛の為に!

 全ては愛する、美樹雅子(みき みやこ)の為にッ!

 

 

 

お前にだけは馬鹿と呼ばれたくない

 

 

 

「私の為に争うのはやめてよ、森木くん、村林くんッ!」

 放課後、俺達以外もう誰もいない教室に美樹の悲痛な叫びが響き渡る。

 俺と村林が美樹を巡って争っていることは彼女もよく理解している。

 心中穏やかでいられないのは当然のことだろう。

 いや、下衆な言い方をすれば、美樹は俺達の戦いの賞品にされているのも同じ。

 だから怒りだしても仕方ない。

 それでも俺達は美樹に不快な思いをさせてでも戦いを止める訳にはいかなかった。

「止めないでくれ、美樹ッ! この馬鹿とは今日こそ雌雄を決するんだっ!」

「そうだ。そこの馬鹿とは今こそ白黒付けないといけないんだっ!」

 愛する女を賭けた真剣勝負で逃げ出すなんて、男のすることじゃない!

「2人がすっごく馬鹿なのはよく分かっているから、もうやめてっ!」

 ……ちょっと、傷ついた。村林も俯いて辛そうに目を閉じている。

「森木くんも村林くんもすごく馬鹿で、女子の間じゃ猿扱い、ううん、ミジンコ扱いされているぐらいの知能の持ち主だってことは私が一番よく分かっているからもうやめてっ!」

 ……かなり、傷ついた。村林も今にも泣き出しそうだ。

 女子の俺を見る目が冷たいとは思っていたが、まさかミジンコ扱いだったとは。

 やべえ、喉の奥になんかグッとこみ上げてきた。

「とにかく2人ともこの学年を、ううん、学校を、県を、国を、世界を代表する馬鹿だからって、これ以上馬鹿な真似はしないでよっ!」

「「お前にだけは馬鹿と呼ばれたくな〜いっ!」」

 ……村林と声が揃ってしまった。2人とも目から青春の汗が流れ出して止まらない所もシンクロしてしまっている。

「ひど〜いっ! 幾ら私が森木くんと村林くんと合わせて三馬鹿トリオとよばれているからって。私には、紅一点っていう別称もあるんだよ!」

「「紅一点は頭の良さとは何の関連もねえよ!」」

 ……また、村林と声が揃ってしまった。

「じゃあ、紅一点ってどんな意味なの?」

 美樹が首をかしげながら質問する。その仕草がちょっと可愛い。でも、答えに窮する。

「え〜とぉ、紅一点っていうのは、確か……紅、紅……紅白歌合戦で……」

 村林の顔を横目で覗き込みながら解答権をトスする。村林の顔が引きつった。

「そ、そう。紅白歌合戦で紅チームに1点入れる。つまり、女性万歳って意味だ、よ、ぜ」

 俺達の答えはそんなに間違っていない……筈。多分、あるいは、おそらく……。

「そうなんだぁ」

 大げさに首を振ってうなづいてみせる美樹。

 俺達3人の頭の程度なんてそんなものだ。

 

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 俺と村林と美樹は全員クラスが違う。俺達3人は今年この高校に入った1年生なので一緒のクラスになったこともない。中学も3人ともバラバラで入学前に互いに面識はなかった。

 なのに3人がつるんでいるのは俺達が追試・補習の常連だから。いや、むしろ俺達以外追試・補習を受けている奴なんかいない。

 だから俺達は自然と顔馴染みになっていった。

 そして俺と村林は美樹に恋をした。

 これは、必然という名の運命だったのかもしれない。

 

 美樹は成績が俺達よりも悪い。要は、学年最下位のぶっちぎりの馬鹿。

 でも、底抜けに明るくて、気持ちの良い笑顔が印象的で、一緒にいると楽しく、温かい気持ちになれる。

 だから俺は、きっと村林も、そんな美樹を好きになったのだと思う。

 そんな美樹を誰か他の奴に、馬鹿しか取り柄がない村林に譲ることなんかできない。

 そうだ、俺は絶対にこの勝負に負けられないんだ!

「村林ッ! 今日の追試で点数が悪かった方が美樹を諦める。良いな?」

「森木こそ、試験を受けてからやっぱなしってのはなしだぜ?」

 お互いの顔付近に向かって拳を伸ばし合う。

 馬鹿とレッテルを貼られ続けている俺達にとって試験の点数勝負は最高の決闘方法の筈。

「えっ? 殴り合って決めるんじゃないの?」

 何か、とてもガッカリした声が美樹から聞こえた。

「だって、女を巡っての決闘といえば夕日の川原で殴り合いじゃないの?」

 美樹はボクサーの真似をしてパンチを繰り出している。その仕草が可愛い。でも、再び答えに窮する。

「いや、だって、ほらっ、暴力って良くないだろ? それに、近所に川原ないし」

 村林の顔を横目で覗き込みながら解答権を再びトスする。村林の顔が再び引きつった。

「そうそうそう。暴力は何も生まないさ。だから、ここは平和的に解決を……」

 俺達の答えはそんなに間違っていない……筈。多分、あるいは、おそらく……。

 だって、殴られたら体が痛いし、殴ったら心が痛いし……。

「…………この、草食系男子達が。面白くな〜い」

「「争わないでと言いつつ、暴力を勧めるなぁ〜っ!」」

 ……またまた、声が揃ってしまった。

 大げさに溜め息を吐いてみせる美樹を見るとこっちが悲しくなる。

「そもそも私、どっちが勝っても付き合うつもりはないよ」

 そして美樹が眩しいばかりの笑顔で放った一言。それはあまりにも衝撃的だった。

「何でだ!? やっぱり俺達が馬鹿だからか? 全教科赤点の馬鹿だからか?」

「ミジンコ頭と恋愛は無理ってか?」

「まあ、それもあるけれど」

「「あるのかよっ!」」

 ……またまたまた、声が揃ってしまう。

「一番の原因は……」

「「原因は?」」

「私にはもう彼氏がいるもん♪」

「「それを最初に言えぇ〜っ!」」

 ……もう、声が揃うのは気にしないことにしよう。俺達は、もっと大きな衝撃に打ちのめされていたのだから。

 

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 ああ、人生って無情。

 でも、それでもまだ美樹を諦められない自分がいる……だって青春だから。初恋だから。

「あ、相手は誰なんだっ?」

「お、俺達の知っている奴なのか?」

 未練たらたらに美樹の彼氏について尋ねてみる。

 美樹は明るいキャラクターが魅力とはいえ、この学年を、学校を、県を、国を、世界を代表する馬鹿だ。

 正直、頭の悪い俺達でさえ話していてその馬鹿さに疲れることも多い。

 そんな美樹と付き合おうという物好きは一体誰なんだ?

「私の彼氏はね…………生徒会長の木林(きばやし)先輩だよ♪」

「「何か理不尽だぁ〜っ!」」

 両手を頬に当ててキャッと恥ずかしがる美樹に渾身のツッコミを入れる。

 平常心でなんかいられなかった。

「木林会長といえば、この学校を代表する秀才で成績はいつもトップじゃないか!」

「美樹、お前、何か会長の弱みでも握って脅したのか!? 脅したんだろ!」

 インテリメガネで、かつ、教師のような貫禄さえ漂わせる木林会長の姿が脳裏に思い浮かぶ。

 その横に並んで立つのがこの学校を代表する馬鹿な女の子。

 ……正直、全く彼氏彼女に思えません。不釣合いも良い所です。

 そんな漫画みたいなことが現実に起こりえるのか!? 起こって良いのか?

「先輩、女の子はちょっと馬鹿なぐらいが可愛いよって。きゃあ〜恥ずかしい〜っ♪」

「「そんな恥ずかしい台詞、リアルで語る高校生は何か理不尽だぁ〜っ!」」

 ……木林会長もどこかおかしいっぽいです。まあ、こんな美樹に惚れている俺達が言えることではないのですが。

「だけど、生徒会長の彼女が赤点ばっかりじゃまずいだろう?」

「そうだ。下手すりゃ、というかこのままなら確実に留年するぞ?」

 俺達の状況はかなり末期的。2学期末の試験が駄目なら、学年末試験を待たずして留年は決定してしまうぐらいにマズイ。

 先輩もさぞ、渋い顔をしていることだろう。そんな先輩の渋い顔を見たくない美樹も苦悩しているに違いない。

「別に、留年になっても良いよ」

 ところが美樹はケロッとしていた。

「だって、将来は先輩に食べさせてもらえば良いんだし♪ 私、専業主婦になるつもりだから成績とかどうでも良いかな?」

 美樹はニッコリと笑う。

「お料理と家事もろもろ、子供の世話は得意なんだよって先輩には何度も言ってあるし♪」

「「この女、意外と計算高い〜っ!」」

 急に美樹が俺達よりも遥かに大人の女に見えて来た。いつも通りの表情なのに……。

「森木くんや村林くんと結婚したら、食べるものにも一生困りそうだし♪」

「「反論できねぇっ!」」

 涙が、止まりません。

 美樹さんは成績が悪いですが、男に関してはどこまでも計算を働かせています。

 もしかすると美樹さんはとても賢いのかもしれません。

「愛ってお金じゃ買えないって言うよね。でも人間ってお金も愛も両方欲しいよね♪」

「「この女、やっぱり計算高い〜っ!」」

 恋した女性の意外な一面を知った瞬間。

 俺達はほんの少しだけ大人になった気がした。

「だから、ごめんね、2人とも」

「「グッバイ。俺達の青春っ!」」

 村林と肩を抱き合いながら泣く。

 

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「君達、追試前に何をやっているんだ?」

 青春の涙に浸っていると扉が開き、メガネを掛けたスラッとした体格の男が入って来た。

「先輩〜♪」

 美樹が男に元気良く手を振ってみせる。

「生徒会長が何でこの教室に?」

 村林の言うとおり、入って来た男は生徒会長の木林先輩だった。即ち、美樹の彼氏。

「何でって、それは君達の試験監督を今回も先生達に頼まれたからだよ」

「ああ、なるほど」

 会長に言われて納得する。

 そう言えば、俺達の追試の監督はいつも生徒会長が担当していた。

「まったく、毎回毎回君達3人の試験監督。おかげで君達とはすごく顔なじみになってしまったじゃないか。困るよ、本当に」

「「ああ、なんだ。そういうことか」」

 俺と村林と美樹と会長は全員クラスが違う。会長は学年が違うし、俺達3人は今年この高校に入った1年生なので一緒のクラスになったこともない。中学も4人ともバラバラで入学前に互いに面識はなかった。

 なのに4人がつるんでいるのは俺達が追試・補習の常連で、会長が試験監督だから。いや、むしろ俺達以外追試・補習を受けている奴なんかいない。会長以外に試験監督をやれる生徒もいない。

 だから俺達は自然と顔馴染みになっていった。

 そして俺と村林と会長は美樹に恋をした。

 これは、必然という名の運命だったのかもしれない。

 ただ、それだけのこと。

「会長も俺達と変わらないっすね。馬鹿っすよ」

 何か急に心が晴れ晴れとしてきた。隣を見ると村林も澄んだ瞳で会長を見ている。

「ほんと、馬鹿っすよ。ミジンコ頭っすよ」

 同じ空間で時を過ごし同じ女に恋をした。

 だから俺達は仲間。

 村林も会長も俺の大切な仲間。つまり、同類。要は会長も馬鹿ってことだ。

「君達にだけは馬鹿と呼ばれたくな〜い!」

 追試用の試験用紙を掲げながら顔を真っ赤にして怒る会長。その会長の頭を撫でながら宥める美樹。

 そんな2人を俺と村林は笑顔で見守っていた。

 グッバイ、俺の初恋……。

 

 

 了

 

 

説明
馬鹿をテーマにしたお馬鹿な短編作品です。
気分転換にどうぞ。
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コメント
個人的に会長も十分馬鹿だと思うなぁ。オチは面白いですし、先に続けようと思えばできるというのもいいですね。(tk)
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