天使舞い降りぬ日々…(完結編)
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「お世話になりました」

 

舞が手首を切って病院に運ばれてから1週間が経った。

一時、意識不明の重体だった為、体調はまだ万全とは言い難いが、輸血により体力が戻った事ともう自殺の心配はないという判断から、舞は退院する事となった。

 

 

「北川さん。もうご主人を悲しませるような事はしてはいけませんよ」

「はい」

「大丈夫です。目を覚ました時に涙を流して、もう二度としないと約束してくれました」

 

会計を済ませた北川と舞は、見送りに来てくれた看護師にそう返した。

 

「お子さん…、今度は…」

「大丈夫です。次こそは望めると信じてますから…」

 

舞を傷付けまいと、申し訳なさそうに言葉を濁す看護師に対し、舞は優しい笑顔で返す。

その表情と言葉は穏やかながらも、生き生きとしていて力強さが感じられた。

 

「ではお大事に」

「ありがとうございました」

 

看護師に深々と会釈した2人は自宅に戻るべく、病院の玄関をくぐった。

 

 

「さあ、戻りますか…。我が家に」

「はちみつくまさん」

 

 

「さあ着いたぞ」

 

2人が住むマンションに到着したのは夕方だった。ちょうど日が沈みかけていて、街灯も点いていたものの辺りは薄暗かった。

 

 

「また…、ただいまって言えるんだね…」

「ああ、お前が病院に運ばれた時には、もう聞けなくなるかもって覚悟してたけど、本当に良かったよ…」

「ごめんなさい」

「良いよ。だけど、もう二度としないでくれよ」

「はちみつくまさん」

 

北川と舞はそんな会話を交わしながら、2人の住む部屋へと歩みを進めていった。

 

程なくして部屋に着き、掛かっていた鍵を開けて玄関のドアを開ける。

 

「「ただいま〜」」

 

2人揃って“ただいま”と口にしたところで、北川はふとした異変に気が付く。

出掛ける際に閉めておいたはずのベランダの窓が開いているのか、部屋に風が入る音が聞こえてきたのだ。

 

「あれ?おかしいな…、出掛ける時にはちゃんと閉めてきたはずなんだけど…」

 

戸締りの点検を怠ったはずはなかったが、不始末をしてしまったと感じた北川はバツが悪くなる。

 

 

“この感じ……、まさか…”

 

一方、舞は何か胸騒ぎを覚えたのか、ハッとして玄関の電気を点けるなり、すぐ窓の開いている部屋へと向かった。

 

「おい、もしかして泥棒なのか!?」

「ぽんぽこたぬきさん!!」

「じゃあ…!?」

「潤も来て!すぐ分かると思うから…」

 

舞の反応を見る限りではどうやら心当たりがある様だが、泥棒ではないとしたら一体何者なのか?

隣に住む相沢家の誰かじゃないかとも一瞬北川は考えたが、玄関にそれらしき靴はなかったし、第一合鍵もなくそんな事をやったら直ちに警察沙汰になるだろう。

 

泥棒以外に心当たりのない北川は頭の上にハテナマークを浮かべながらも舞の後を追うのだった。

 

 

舞は胸騒ぎのする部屋の前に着くと、ドアを開け、電気を点ける。

 

「おい舞!一体誰なんだ…?」

 

一瞬遅れて部屋に着いた北川が、そう言ったところで異変の正体を目の当たりにするのだった。

 

 

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部屋の中には舞達に背を向けて正座をしている女の子がいた。

背格好からしておそらく6〜7歳くらいの子供で、髪の毛は背中まで伸びており、そして頭にはウサギの耳のカチューシャがあった。

 

 

「舞…、この子は一体…?」

「私は“まい”……」

 

正座をしていた“まい”と名乗る女の子は、ゆっくりと立ち上がると後ろの北川と舞の方に体を向けた。

バツが悪いのか、顔は俯き(うつむき)がちだったが、その面立ちは舞に似ている。

 

「“まい”って…。舞と同じ名前じゃないか!?それに初めて会った時の君とそっくりだ…。一体どうなってるんだ…?」

 

目の前の状況を把握しきれず、混乱した様子の北川はたまらずに舞の方に目をやった。

 

 

「この子は私が20年前…、初めて祐一と会った時に生み出した魔物なの」

「魔物……?そう言えば初めて会った時から君は魔物の話をしてたし、10年前に相沢が転入した時に魔物の件で騒動になってたよな。

 けど、確かあの時の魔物と和解したと口にしてたから、もう解決したはずだろう?それが何でまた…」

 

魔物という聞き覚えのある単語に、北川は当時の記憶を辿りながら状況を整理しながら言葉を発した。

 

思い返せば舞と出会った17年前の冬の日、あの日の彼女は“魔女”呼ばわりされた上に“魔女狩り”と称して雪玉をぶつけられていたし、

その翌日は、現れなかったものの魔物を見せたいと会ったばかりの自分を麦畑に誘ってくれた。

そして相沢が転入してきた10年前、魔物騒動により舞は退学の危機に陥った他、誕生日のお祝いに来てくれた佐祐理を彼女の力で傷付けた。

 

 

「確かに祐一のおかげで舞は私を受け入れてくれた。それはとても嬉しかったの。けどね……」

 

“まい”は俯きながら言葉を発した。彼女の中の激情を必死に抑えようとしているのか、その声は震えている。

 

「舞はその日から私を意識してくれなくなったの。もちろん、この力のせいで舞が苛められていた事もあったし、

 何より祐一や佐祐理を傷付けてしまったから、他の人を安心させる為には仕方なかった事なのは分かってるよ…。

 だから舞の中の力が何かのはずみで暴走しないように、私もなるべく眠って力が表に出ないように気を付けたの…。だけど……」

「“まい”…?」

 

慟哭の気持ちを抑えきれずにいるのか、“まい”の声と体の震えが徐々に顕著になっていく。

やがて感情を抑えられず、大声で泣きながら思いの丈を発した。

 

 

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「だけど肝心の舞は私を忘れて潤と結婚して、幸せに暮らしてその上子供まで授かって……!!

 嬉しかったけど、私を忘れて子供を産もうとしてた舞が憎らしかった…!!子供の方に愛情を注ごうとしてる舞なんて認めたくなかった…!!

 だから舞を困らせて、私の事を思い出してもらう為に、お腹の中の子供にちょっとちょっかい出してやったの…!!」

「何だって…!?」

 

“まい”の告白に北川の表情が凍りつく。

 

「もちろん、お腹の中の子供を殺すつもりなんてなかったわ…。ちょっと舞を困らせるだけのつもりだったから、

 子供が死ぬギリギリまでちょっかい出して、舞が涙を流したら、それで終わりにしたんだよ…。

 だけど、子供はそのせいで死んじゃった…。殺すつもりなんてなかったのに…、なのにあっけなく……!」

「………〜〜〜〜〜〜!!」

 

“まい”の告白に北川は無意識のうちに拳を強く握っていた。怒りからか、その握り拳は震えている。

 

「殺すつもりなんてなかったから、私は舞の知らないところでずっと後悔してた…。

 けど舞がまた子供を授かったって分かった時に、憎しみの気持ちもまた湧き上がってた…。

 力加減さえ間違えなければ死なないと思ってたから、あの日またちょっかい出して……。

 その次の時も“今度は大丈夫だよね”って思って、ちょっかい出したらまたあっけなく……」

 

 

“パァン…!!”

「……!!?」

 

“まい”の告白に北川はたまらず、“まい”の頬に平手打ちした。左頬に平手打ちされた“まい”は、叩かれた頬を押さえながらうずくまる。

 

「潤…!」

「殺すつもりなんてないとか、ちょっかい出したら死んだとか…、よくそんな事が平気で言えるな…!?」

 

うずくまる“まい”を見下ろしながら北川は怒りの言葉をぶつける。

 

「どんな事情があってそんな事したかは知らないけど、君のせいで舞がどれだけ苦しんだのか分かってるのか!?」

「分かってるわよ…、どれだけとんでもない事したのかって…。けど舞だって私の事…」

「まだ他人のせいにする気か!!?」

「止めて!!潤!!」

 

再度平手打ちしようとした北川を、舞は身を挺して(ていして)止めた。

 

「舞…」

「もう十分この子は反省してる…。私が生み出した子だから、その気持ちも痛いほど分かるの…。だからもう止めて…」

「分かった…」

 

舞の必死の懇願を受け入れ、北川はかざしていた掌をゆっくりと収めた。

 

 

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「寂しかったんだよね…?“まい”。だからそんな事を…」

「……、はちみつくまさん…」

 

舞は優しい笑顔で“まい”をそっと抱きしめてあげるのだった。

 

「あの時の祐一を引き止める為に魔物として作ったあなたを受け入れないで、ずっと独りぼっちにさせてて…。

 そしてあの時はあなたの気持ちにも気付かずに傷付けて、佐祐理も傷付けさせて…。本当にごめんね…」

「私の方こそ…、私のせいで悲しい思いをさせて本当にごめんね…」

 

舞の優しい抱擁に安心したのか、“まい”の気持ちもいくらか落ち着いてきた。しばらくして“まい”の体をゆっくりと解放し、頭にそっと手を置いた。

 

あたかも幼稚園の子供に接する保母の様に、そして我が子を愛する母親の様に…。

 

 

「ぽんぽこたぬきさん、もう良いの…。

 けどね、潤にも謝ってくれるかな?潤も私と同じくらい辛い(つらい)気持ちだったから…」

 

舞の説得に“はちみつくまさん”と返事をすると立ち上がり、“まい”は北川の方に体を向ける。

そして伏し目がちではあったが、北川に謝罪の言葉を発する。

 

「ごめんなさい…、潤…」

「もう良いんだ。君の気持ちは十分に伝わったよ。俺の方こそ何も知らずに叩いてごめんな」

 

先ほどの舞と“まい”のやり取りを見ていて、北川の心に“まい”の気持ちが伝わって感じ、それと共に北川の中の怒りも治まっていた。

治まると同時に北川は我が子を抱きしめる父親の様に、舞と同じ優しい笑顔で“まい”を抱きしめていた。

 

「本当に後悔してなかったら、俺達の前に現れるなんて事してなかっただろうからね。そうだろう?」

「はちみつくまさん…。本当は舞が自殺を考える前にすれば良かったと思ってたんだけど、なかなか勇気が出なくて…」

「打ち明けてくれただけでも十分だよ。けど、もう2度とこんな事はしないと約束してくれるかい?」

「はちみつ…、くまさん…」

「良し!よく言ってくれた!」

 

“まい”の言葉に北川が嬉しそうに“まい”の頭を撫でてやる。それが嬉しかったのか、“まい”の顔にも笑みが戻る。

 

 

と、その時、“まい”のお腹から“グゥ〜…”と鳴る音が聞こえてきた。

 

「お腹がすいたのかい?」

「はちみつ…、くまさん…」

 

お腹の音を北川に聞かれた事に“まい”が恥ずかしそうに顔を赤らめ、それに釣られて舞も“私も”と言った。

 

「よし!俺が晩ご飯を作ってあげるよ。牛丼が良いかい?」

「「はちみつくまさん!」」

「じゃあ決まりだな!楽しみに待っててくれよ」

 

2人のリクエストに北川はどっこいしょと立ち上がると、そのまま台所へと向かっていく。

 

 

「おまちどおさま!!」

 

しばらくして北川が湯気の立つ牛丼を持って2人の待つ食卓に運ぶ。それを見るなり2人の目がキラキラと輝いた。

 

「出来たてほやほやの美味しい牛丼だよ。熱いうちに召し上がれ」

「いただきます」

 

食事前の挨拶を済ませると、各々ひと口目を“パクッ”と口に入れた。

 

「美味しい!」

「だろっ?なんたって自慢のレシピの1つだもんな!」

 

北川の牛丼の出来に舌鼓を打つ舞。“まい”もその美味しさからつい口の中にかき込んでいく。

 

「こら、“まい”。もっとゆっくり、しっかり噛んで食べなさい」

「あ〜、口にご飯粒がついてる。拭いてあげるからじっとしてて…」

 

そんなこんなで北川達の夕食はあっという間に過ぎていくのだった。

いつかこの輪の中に入りたいと長い間ずっと望んできた事だったので、この団欒の瞬間が“まい”にとってたまらなく嬉しかった。

 

 

夕食後、北川からのメールで相沢家の3人も“まい”に会いに来た。

舞の3度の流産の原因を聞かされた時は驚きを隠せない様子だったが、事情を聞いて祐一も佐祐理も“まい”を許し、

そして“まい”と話をしたり遊んだり、そして祐美乃に触れさせてあげたりと、あっという間に楽しく充実した時間は過ぎていった。

 

 

相沢家の3人が自室へと戻っていった後、“まい”がウトウトとし始めたので、舞が退院したばかりだということもあり、布団を敷いて寝る事にした。

北川と舞、そして真ん中に“まい”という、いわゆる“川”の字になって各々が1つの布団に入る。

 

「おやすみ…、舞。“まい”」

「おやすみ…」

「おやすみなさい…、舞。潤」

 

北川と舞は“まい”にキスすると、布団の中に潜り込み、しばらくして眠りに就いた。

 

 

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夜も更けて日付が変わる頃、それまで寝息を立てていた“まい”が2人を起こさない様にそっと布団を抜け出した。

そして眠っている2人にそれぞれ口づけする。

 

「舞…、潤…。お腹の中の赤ちゃんを殺して本当にごめんなさい…。そしてさっきは本当に楽しかった…。今日の事は決して忘れない…」

 

そう呟いた“まい”の瞳からは一滴の涙が頬を伝って流れ落ちてゆく。

 

「本当はもっと2人のそばにいたかった…。けどね…、私がした事は潤や舞が許してくれても許される事じゃないし、何より謝ったら帰らなきゃいけないんだ……」

 

そう言うと“まい”は窓をそっと開け、ベランダに出た。そして静かに瞳を閉じる。

 

「さようなら…。舞…、潤…。だけどきっと、またいつか……」

 

 

午前3時頃、目を覚ました北川と舞は“まい”がいなくなっている事に気付く。部屋にはおらず、舞の中にも戻っている様子はなかった。

“まい”を探す中で、2人共に“まい”が別れの挨拶を告げる夢を見ていた事が分かった。

 

「潤、もしかして…」

「ああ、“まい”は…」

 

そう言うと、2人はベランダに出て外の景色を眺める。

 

「潤…、今度こそ大丈夫かな…?」

「ああ…、今度こそきっと大丈夫だ…。“まい”がきっと俺達の為に何かしてくれるさ…」

 

雲ひとつない満月の夜空を見上げながら、舞は北川にそっと寄り添い、不安な表情を見せる舞を北川は優しく包み込んであげるのだった。

 

 

しばらくして舞は4度目の妊娠し、“まい”と出会って1年後、無事に男の子を出産した。

 

「でかした!!舞!」

「はちみつくまさん」

 

命名する際は祐一と佐祐理の“祐”を使った名前を考えていたが、それでは露骨過ぎるという事で、“祐”に似た漢字を使い、“佑(たすく)”と名付けられた。

 

 

 

「佑(たすく)。生まれてきてくれてありがとう…」

“そして“まい”…。見守っててくれてありがとう…。これからも私達をよろしくね”

 

 

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以前書いてたSSを読んで続きを楽しみにしてくださってた方、最近になって初めて読んでくださった方と色々いらっしゃると思いますが、

当時の構想そのままに6年ぶりに続きを執筆してみましたが、いかがでしたでしょうか!?

 

“まい”が泣きながら真実を打ち明けるシーン、北川がビンタするシーン、家族の様に団欒を楽しむシーンと当時は書いてみたいと思ってましたが、

色々とおかしな部分が出そうで書こうか書くまいか迷っていました(後編で終わってもしっくり来てたので)。

 

補足をしておきますと、舞が手首を切って意識不明だった時に“まい”は自分のした事がどれだけとんでもない事かを今まで以上に後悔し、

舞の体を抜け出して舞に力を与えた神様の元に報告・相談しに行き、真実を話すように言われました。

 

そして嫉妬から舞を、そして赤ん坊を傷付けてしまった罰として、神様の元で罪を償いながら舞達を見守る様に命令され、

舞の元を離れる事になりましたが、舞の妊娠を機に、舞達に気付かれぬ様にお腹の中の赤ん坊を外と中から見守っていき、

そして出産してからその力はリセットされ、舞の子供として新たな人生を歩む事を許されました。

 

難しく解釈するとそんな感じですが(苦笑)、実を言うと舞に謝って楽しく過ごした後に消えて、舞の子供として生まれ変わるってのをやりたかっただけです。

 

ともかく、これにて“天使舞い降りぬ日々…”はハッピーエンドで終了!!

 

説明
http://www.tinami.com/view/180215 の続編で、6年振りに続きを執筆しました。
退院した舞達の前に現れた意外な人物。その人物が明かす真相とは…?
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Kanon 北川潤 川澄舞 

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