真・恋姫?無双 悠久の追憶・第二一話 〜〜月夜の語らい〜〜
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第二十一話 〜〜月夜の語らい〜〜

 

 

袁紹軍の兵士からの呼びかけから数分後、予定通り袁紹軍の天幕で軍議が開かれることになった。

 

それほど広くもない天幕のなかに木製の机といすを並べただけの簡素な会場。

 

机の上には、洛陽とその周辺を現した地図が広げられていて、それを囲むように諸侯たちは座っている。

 

その中にはもちろん一刀もいるが、その隣に桃香の姿は無かった。

 

当然のことながら、桃香は自分も参加すると言って聞かなかったし、愛紗たちも桃香は参加させるべきだと言ったのだが、一刀は一人で行くと言って押し切った。

 

ただでさえ精神的に辛いであろう桃香に、これ以上負担をかけたくなかったからだ。

 

 

集まった面々の表情は、ただ黙って目を閉じているもの、つまらなそうにだらけているものとさまざまだ。

 

そんな中、上座に座っていたこの連合軍の火付け役、袁紹が一人立ち上がって口を開いた。

 

 「さぁて、まずは皆さん。 この度はこの私の提案に賛同して集まってくださったことを感謝いたしますわ。」

 

その表情はどこか誇らしげで、いかにも自分の下に良く集まってくれたといわんばかりの堂々とした態度だ。

 

 「まず、私がこの連合軍を結成しようと思い立ったいきさつからお話して・・・・」

 

 「そんな事はいいから、早く話を進めてくれないかしら?」

 

 「なっ・・・・・・?」

 

袁紹の言葉をさえぎったのは、集まったときから不機嫌そうな顔をしていた雪蓮だった。

 

頬づえをついて、横目で袁紹を睨む。

 

 「孫策さん・・・・・・今何かおっしゃいまして?」

 

 「聞こえなかったかしら? あんたのつまらないおしゃべりなんて興味ないから、早く本題に入ってほしいって言ったの。」

 

 「お、おい雪蓮・・・・・」

 

軍議が始まる前からまともに話もできない空気になってしまっては元も子もない。

 

不機嫌そうに眉を吊り上げる雪を、隣に座っていた一刀は焦って諌める。

 

 「私も孫策に賛成だわ。」

 

 「曹操っ・・・・・」

 

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雪蓮を諌めたそばから、次は向かいに座っていた曹操が言った。

 

彼女も雪蓮ほどではないが、袁紹の話を黙って聞いている気はないのだろう。

 

 「この連合軍の目的なんて、ここにいる全員が承知のはずよ。 所詮この戦いが終われば敵に戻るだけ・・・・・・・だったら無駄なおしゃべりなど必要ないと思うのだけれど。」

 

 「わ、私には、この連合軍を召集した責任があります! 軍議の前にしっかりと私の考えを・・・・・・」

 

 「まぁ落ち着け本初。」

 

 「な、伯桂さんまで・・・・・・」

 

 「曹操の言うとおり、この連合軍の意味を理解していないやつなんてここにはいないだろう? まずは冷静にならないと、勝てる戦いも勝てなくなるぞ。」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 

さすがの袁紹も、三人がかりでこられては返す言葉がないらしい。

 

 「・・・・分かりましたわ。 私としたことが少々熱くなってしまいました。 まぁ、伯桂さんになだめられたのはちょっと納得いきませんけど。」

 

 「ほっとけ!」

 

 

 「はぁ〜〜・・・・・・」

 

これでようやくスタートラインに立ったと、一刀は大きくため息をついた。

 

さっきの曹操と雪蓮のやりとりといい、今日は本当に心身ともに疲れる日だ。

 

 「では本題に入ります。」

 

落ち付いた様子の袁紹は、仕切りなおすように“コホン”と咳払いをして話し始めた。

 

 「みなさんご承知の通り、私たちは一刻も早く洛陽へ向かい董卓を討たねばなりません。 ここから洛陽まで、普通に進軍して約三日というところですが・・・・・そう簡単にはいきませんわ。」

 

そう言って、袁紹は机の上に広げられた地図の上、二つの場所を指さした。

 

 「・・・・・虎牢関、それに水関ね。」

 

示された場所を見て、曹操が怪訝そうに言う。

 

 「ええ。 洛陽に行くには、この二つの関所を通る以外にありません。 ですがどちらにもまず間違いなく・・・・・・・」

 

 「まぁ、敵がいるでしょうね。」

 

今度は雪蓮だ。

 

特に地図地図にも目を向けず、めんどくさそうに言った。

 

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 「じゃあ、この二か所ではほとんど攻城戦になるってわけか。」

 

攻城戦で勝つには、通常の約三倍の兵力が必要だとされている。

 

それだけでも十分な負担になるが、しかしこの戦いの問題はこれだけではなかった。

 

 「まぁただの攻城戦なら、数で勝ってるこちらが有利なのだけれどね。 この二つの関所には、地形的な問題があるのよ。 見てみなさい。」

 

 「え?」

 

今度は曹操が袁紹に変わって、地図を指さす。

 

 「虎牢関と水関の周辺は、左右を崖で挟まれていてそれほど広くない。 つまりは・・・・・・」

 

 「あ・・・・・兵士達が広がれない。」

 

 「そう。 この広さでは、軍を展開するには全然足りない。 せっかく集めた連合軍も、一度に正面から当たれる兵数はせいぜい敵と同数・・・・・・それどころか、攻城戦である以上こちらが不利とさえ言えるわね。」

 

 「そんな・・・・・・・・」

 

こと戦争において、地形が戦況に大きく影響することは一刀も重々承知だ。

 

しかし、ただ道が狭いというだけで、これほどの兵力もほとんど意味をなさなくなるという事実はやはり大きい。

 

 「ご心配なく。 その件に関しては私に考えがありますわ。」

 

 「な・・・本当か?」

 

曹操の話を黙って聞いていた袁紹は、待ち構えたように胸を張る。

 

 「あら。 あなたみたいな戦術とは無縁の人間にどんな策があるのか、ぜひ聞いてみたいわね。」

 

 「簡単なことですわ。 相手が中にこもっているなら、外に出せばよろしいのです。」

 

 「・・・・・・・は?」

 

 「ですから、いずれかの軍が虎牢関へ突撃して敵を挑発し、その後後退して敵を外へとおびき出す訳です。」

 

 「「「・・・・・・・はぁ〜。」」」

 

曹操、雪蓮、そして公孫賛の三人が一斉にため息を吐いた。

 

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 「な、何ですの!? 私何かおかしなことを言いまして?」

 

 「本初、お前なぁ・・・・・」

 

 「まったく、期待して損したわ。」

 

 「そうね。 まぁ袁家の女なんかに対して期待もしていなかったけれど・・・・・」

 

 「だから何なんですの!? 言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」

 

 「はぁ〜。 だったら言わせてもらうけれど、そんな策は、この場にいる全員が考え付いていたわ。」

 

 「えぇ!?」

 

 「問題は、その先陣をどの軍がやるのかということよ。」

 

 「あ・・・・・・・・・」

 

そこまでは考えていなかったというように、曹操の言葉で袁紹は固まった。

 

 「敵の要塞に真っ正面から突っ込んで、無事でいられるわけがない。 第一、敵がこちらの挑発に乗ってこなければ、そもそもこの策は成立せずにただの無駄死に・・・・・・そんな危険な役を、一体どこの軍が買って出るというのかしら?」

 

 「それは・・・・・・・」

 

 「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 

そこで、その場にいた全員が下を向いて黙ってしまった。

 

無理も無い。

 

ここに集まったどの諸侯も、自軍に大きな被害が出ると分かっている役を引き受ようなどとは思わない。

 

もしこの戦いで董卓を倒したとしても、その後に他の諸侯に隙をつかれてやられると言う危険もある。

 

 

だが実際問題、今この状況で使える策はこれしかないのも事実。

 

それが分かっているからこそ、誰も口を開くことができないのだ。

 

・・・・・・ただ一人を除いては。

 

 「・・・・・・・・・・なら、俺たちがやる。」

 

 「えっ・・・・・・・・・・・」

 

 「一刀っ・・・・・・・・・」

 

下を向いていた諸侯たちが顔を上げ、一斉に声の主である一刀の顔を見る。

 

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 「その作戦しかないっていうんなら、先陣は俺たちが行くよ」

 

 「ちょっと一刀、意味が分かってて言っているの!?」

 

今まで特に話題に興味も持っていなかった雪蓮が、声を荒げる。

 

一刀の向かいに座る曹操も、声には出さないものの何か言いたげな表情。

 

 「分かってるよ雪蓮。 でも、誰かがやらなきゃこの戦いは勝てないかもしれないんだろ?」

 

 「だけど、あなたの軍じゃ・・・・・・」

 

 「良いじゃありませんか、北郷さんにお任せすれば。」

 

 「!・・・・・・・袁紹。」

 

 「せっかく本人がやると言ってくれているのですもの。 それに、聞くところによると北郷さんの軍には優秀な人材が大勢いるようですし・・・・・・ねぇ、北郷さん?」

 

さっきまで言葉に詰まっていたのが嘘のように、袁紹は嬉しそうに言う。

 

だが一刀も、もちろん考えなしにこんな無茶な提案をしたわけではない。

 

 「ああ。 だけど一つだけ条件・・・・・・・というか、みんなに頼みがあるんだ。」

 

 「頼み?」

 

 「皆の軍から少しずつでいい。 兵を俺に貸してくれ。」

 

 「な・・・・いきなり何を言い出すんですのあなたは!?」

 

 「皆分かってると思うけど、ここに集まった中で俺たちは兵力では一番少ない。 だからこのまま敵に突っ込んだとしても挑発するどころか返り討ちだ。 俺たちに任せてくれるっていうんなら、そのための力を貸して欲しい。」

 

 「そんなこと・・・・・・・・」

 

 「私は一刀の提案に乗るわ。」

 

 「曹操さん!?」

 

 「曹操・・・・・・いいのか?」

 

 「フフ。 別に、自身の軍が先陣を切ることを考えれば、貴方の策に乗った方が被害が少なくて済むと思っただけよ。」

 

気がつけば曹操は腕を組んで、その顔にはいつもの余裕が戻っていた。

 

 「その変わり、自分でやると言ったからには失敗は許されないわよ。 それが“あなたなりのやり方”なのでしょう?」

 

 「・・・・・ああ、ありがとう。」

 

 「私も賛成よ。 一刀になら、私の大切な兵たちを預けてあげるわ。」

 

 「私も異論は無い。 だが北郷、無理はするなよ。」

 

 「雪蓮・・・・・伯珪さんも、ありがとう。」

 

二人も曹操に続いて、快く承諾してくれた。

 

残るはあと一人・・・・・・・

 

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 「・・・・・・で、お前はどうするんだ本初?」

 

 「え・・・・?」

 

 「他の三人は一刀の案に賛成のようだけど、この連合の代表たるアンタはどうなのかしら?」

 

 「わ、私は・・・・・・・」

 

 「あら、名門の袁家には兵隊もたくさんいるのでしょう? 百や二百貸したところで、痛くもかゆくもないのではないかしら?」

 

 「ぐっ・・・・・・・・・・わ、わかりましたわよもう! 貸せばいいのでしょう貸せば!」

 

 「だそうよ、一刀。」

 

 「ああ、ありがとう袁紹。」

 

 「も、もういいですわ! 作戦も決まったことですし、軍議はこれで終了とします。 出発は明日の朝、いいですわね!」

 

こちらの返事も待たずに、それだけ言って袁紹はバツが悪そうな様子で天幕を後にした。

 

残された四人はそれを見送って、やれやれとため息を吐く。

 

 「はぁ〜、疲れた。 じゃあ私も戻るわ。 明日は頑張ってね、一刀。」

 

 「私も戻るとしよう。 じゃあな北郷。」

 

 「ああ、明日はよろしくな。」

 

雪蓮は眠そうに眼をこすりながら、公孫賛は軽く手を振ってそれぞれの陣へと戻って行った。

 

 「さて、私ももう行くけれど、明日は期待しているわよ一刀。」

 

 「ああ。 なぁ、曹操・・・・・・・」

 

 「あら、何かしら?」

 

 「さっきはありがとう、袁紹を説得してくれて。」

 

説得というより半ば強引に押し切った形ではあったが、とどめになったのは曹操の一言だったはずだ。

 

 「別に礼を言われることではないわ。 さっきも言ったけれど、そうした方が私に利があると考えただけよ。」

 

 「そっか。」

 

 「そんな事よりも一刀、私も一つ聞いておきたいのだけれど・・・・・」

 

 「え・・・・何を?」

 

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 「先ほどのアレ・・・・・もしかしてあなた、最初から狙っていたのではなくて?」

 

 「え?」

 

 「先陣を引き受けたのも兵を借りたのも、全て貴方の作戦だったのではないか・・・・・と聞いているのよ。」

 

 「はは、まさか。 俺にそんな深い考えがあるわけないだろ?」

 

 「フフ・・・・・そう。 まぁ、そういうことにしておくわ。」

 

曹操は細く笑って、一刀に背を向ける。

 

 「それじゃあ、明日はお互い頑張りましょう。 この戦いの間だけは、味方なのだしね。」

 

『この戦いの間だけは・・・・・』その言葉の意味を考えつつも、一刀は去って行く曹操の背中を見送った。

 

 

 「はぁ〜・・・・・・・さすがは曹操。 全部お見通しってわけか。」

 

曹操の姿が見えなくなったのを確認して、一人大きくため息を吐く。

 

そう、さっきはああ言ったが、この展開は全て一刀の・・・・・・もとい、朱里と雛里の作戦だ。

 

虎牢関と水関周辺の地形のことも、その為に囮を使っての策が必要になることも全て朱里と雛里は知っていた。

 

もしあそこでどの軍が先陣をきるかということで言い合いになったなら、最終的に一番力のない一刀たちが役を押し付けられる可能性が高い。

 

そうなってからでは、兵を貸してもらうとういう提案も受け入れてもらいづらくなる。

 

適当なタイミングで自分から先陣の役を引き受け、なおかつ兵を貸してもらう条件を出すこと。

 

それが一刀たちのこの軍議での狙いだった。

 

まぁそれも曹操・・・・・・もしかしたら雪蓮もだったかもしれないが、見事に見透かされていたようだ。

 

 「まぁ何にしても、これで準備は整ったか・・・・・・・」

 

―――――――――あとは明日・・・・・・・・全力で戦うだけだ。

 

 「さて、俺もそろそろ戻・・・・・・」

 

 “ポツ”

 

 「?」

 

天幕に戻ろうと歩き出すと、頭に小さなつめたい感触が落ちて来た。

 

 「雨か・・・・・」

 

見上げると、空の青色はほとんど隠れ、くすんだ雲がかかっていた。

 

前に差しだした手のひらを、一つ二つと雨粒が濡らす。

 

考えてみれば、あまり雨の降らないこの地域で雨に濡れるのは随分と久しぶだ。

 

 「止むかな・・・・・明日までに。」

 

突然降りだしたこの雨が何かの予兆でないことを祈りながら、一刀は自分の天幕へと戻って行った――――――――――――――――――――――――――――

 

 

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――――――――夜。

 

一刀は天幕の中に設置された簡素な寝台に寝そべって、天井を見上げていた。

 

 「・・・・・・眠れない。」

 

おそらくもう十回近くは、この言葉を呟いただろう。

 

寝台に入ったのは一時間以上前。

 

それから何度まぶたを閉じても、今までに無いほどの緊張と不安が、一刀を簡単には眠りにつかせてくれなかった。

 

あの軍議の後、仲間たちを集めて結果を報告した。

 

作戦通りの展開になったと皆喜んではくれたが、それが一刀には辛かった。

 

いくら他軍から兵を借りれると言っても、先陣を切る彼女達が危険である事は変わらない・・・・・・それが、大きな不安の一つ。

 

そしてもう一つ・・・・・・例の夢での会話の事。

 

 

――――――――――『お前は・・・・・彼女を救うんだろう?』――――――――――――

 

 

この世界へ来てから、もう何度も頭をよぎったその言葉。

 

結局何も分からないまま、ついにここまで来てしまった。

 

もし今すぐに眠ることができたなら、もう一度あの声に会って答えを聞けるかもしれない。

 

しかし眠りについてしまったら、すぐに朝になってしまうのが怖かった。

 

 「少し夜風にでも当たるか・・・・・・」

 

このままこうしていても、いろいろな事が頭を巡っていつまでも眠れそうにない。

 

少しでも気分転換になればと、一刀は寝台から降りて天幕を出た。

 

 

 

 

 「よかった・・・・止んだみたいだな。」

 

一刀の祈りが天に通じたのか、夕方降りだした雨はもう止んでいた。

 

空を覆っていた黒い雲はどこかへ過ぎ去り、今は待ちわびていたかのようにたくさんの星が広がっている。

 

そのなかでもひときわ大きく・・・・・半分ほどかけた月が、きれいに黒い海に浮かんでいた。

 

 「はは、出てみて正解だったかな・・・・・」

 

この星空を眺めているだけでも、今まで感じていた緊張や不安が、少しだけ安らいでいく気がした。

 

ひとしきり星空を見渡し、ふと視線を降ろす。

 

すると視線の先・・・・ちょうど食糧や資材が置いてある場所に、人影を見つけた。

 

 「ん? あれって・・・・・・」

 

積んである資材の箱に腰掛けて、その人影は空を見上げているようだ。

 

この暗闇の中で一刀がすぐにそれに気づいたのは、その背中がおおよそ周囲の黒に不釣り合いなほど、白く美しかったからだ。

 

まるでさっき見た月のように、黒い海の中に浮かび上がる小さな白い背中。

 

誰なのかは一目で分かった。

 

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 「雪。」

 

 「はわっ!?」

 

大正解。

 

突然後ろから名前を呼ばれた雪は相当驚いた様子で、椅子代わりにしていた木箱から転げ落ちそうな勢いだ。

 

・・・・というか、今の驚き方は彼女じゃなくて彼女の先生の台詞だろうと、少し笑ってしまった。

 

少し前の雷の時といい、この子は本質的に怖がりなんじゃないかと思う。

 

 「な、なんだご主人様か・・・・脅かさないでよもぉ〜!」

 

 「ああ、悪い。 まさかそんなに驚くとは思ってなかったから。」

 

声の主が一刀だと分かると、雪はホッとした様子で体勢を立て直す。

 

 「となり、座っていいか?」

 

 「あ、えっと・・・・・・・」

 

返事も聞かぬまま雪の隣に腰を下ろすと、雪は少し戸惑った様子でそそくさとスペースを空けてくれた。

 

ただの固い木箱だが、これがけっこう丁度良い高さなので、なかなか良いベンチ代わりだ。

 

 「何やってたんだ? こんな時間に。」

 

 「ん〜、ちょっと寝れなかったから星でも見よっかなって。 ご主人様は?」

 

 「まぁ、俺も似たようなもんかな。」

 

 『そっか。』と短く言って、雪は空へと視線を戻す。

 

 「星・・・・・綺麗だな。」

 

 「うん、そうだね。」

 

 「俺が元いた世界じゃ、こんなに星は見えなかったな。」

 

 「え、そうなの?」

 

 「ああ。 周りを山みたいな建物に囲まれて、夜でも昼間みたいに明るいんだ。」

 

 「え〜、夜なのににそんなに明るいわけないじゃん。 ご主人様、私が知らないからって嘘言ってるでしょ!?」

 

 「嘘じゃないって。 他にも、この世界にはないものがたくさんあるんだぞ。」

 

 「へぇ〜。 あ! じゃあさ、じゃあさ、せっかくだからもっと聞かせてよ。 天の国の話!」

 

 「っ・・・・・・・・・」

 

不覚にも“ドキッ”っとしてしまった。

 

雪はまるで童話を聞きたがる子供のように、一刀の方に身を乗り出してきた。

 

触れるほどの距離まで近づいた彼女の顔。

 

その青い瞳には空の星の明かりがちりばめられて、まるでそこに小さな空があるようだった。

 

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 「?・・・・・どうかした?」

 

 「あ・・・・いや、別に・・・・・・・」

 

逃げるように、一刀は視線を外す。

 

まさか雪の顔に見とれていたなんて、口が裂けても言えない。

 

 「えっと・・・・・何の話だっけ?」

 

 「もぉ〜! だから、天の国の話しだってば!」

 

 「あ、ああ・・・・・そうっだったな。 そうだなぁ〜、たとえば・・・・・・」

 

 

 

それからしばらくの間、二人は星を見るのも時間が経つのも忘れて、天の国の話をした。

 

一刀が何か話すたびに、雪はいちいち驚いたり、喜んだり。

 

逆に一刀の方は、雪が笑顔を見せる度にその笑顔に目を奪われそうになった。

 

本当に、戦いの前とは思えないほどのゆったりとした時間。

 

けれどこの夜が明ければ、皆を危険な戦場へと送り出さなければならない。

 

叶うなら、このまま朝日なんて昇らなければいいと、少しだけ本気で思う。

 

そして隣で笑顔を浮かべる雪も、同じような想いがあってほしい・・・・・なんて事を願うのは、自分のわがままなのだろうか。

 

そんな事を考えながら、一刀はこの尊い時間を精一杯楽しんでいた。

 

 

 

もうどれくらい時間が経っただろう・・・・・・・

 

二人の話も、少しずつ終わりに近づいていた。

 

 「ふ〜ん。 天の国には面白い物がたくさんあるんだね。」

 

 「ああ。 でも、この世界の方が良いって思うところもたくさんあるよ。」

 

 「でもいいなぁ〜、私も天の国に行ってみたい。 あ、そうだ! ねぇご主人様、いつか私も連れてってよ、天の国に。」

 

 「え?」

 

 「だって楽しそうなんだもん♪ ね、いいでしょ? あ、もちろん朱里先生たちも一緒にね。」

 

 「・・・・・・・・・・・・・」

 

 「ご主人様?」

 

 「・・・・・・・ああ、そうだな。 いつか皆で、行けたらいいな。」

 

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冗談のような話だけれど、心からそう思う。

 

いつかこの戦いが終わって、皆がゆっくりと暮らせる時がきたなら、その時は・・・・・・

 

 「よし! それじゃあ約束ね♪」

 

 「ああ、約束だ。 だからその為に明日の戦いは、絶対に勝たないとな。」

 

 「ぁ・・・・・・・・・・・・・」

 

 「雪・・・・・・・?」

 

 「・・・・・・・・うん。 頑張らないとね・・・・・・・」

 

今まで笑顔だったはずなのに、戦いの話が出たとたん雪は元気なくうつむいてしまう。

 

 「あのさ、ご主人様・・・・・・」

 

 「ん?」

 

 「・・・・・・ううん、何でもない。 気にしないで。」

 

そう言って顔を上げ、また元通りに笑おうとする。

 

しかしその笑顔は、どこかぎこちなかった。

 

 

 「・・・・・・・怖いのか?」

 

 「え・・・・・・・・・・・・?」

 

なんでそんな事を聞いたのかと言われれば、“なんとなくそんな気がしたから”としか言えない。

 

雪が何を言おうとしたのかは分からないけれど、どこかで自分と同じような不安を抱え得ているのではないかと、一刀には思えた。

 

 「ごめんな。 怖くないわけないよな・・・・・・戦いなんだから。」

 

いや・・・・・・・本当は、雪を見つけた時から気付いていたはずだった。

 

分かっていながら、雪の口からその言葉を聞くのが怖かった。

 

彼女の不安を知ったところで、自分には何もできないことが分かっているから。

 

しかし雪は、一刀の言葉に対して静かに首を振った。

 

 「ううん・・・・違うよ、ご主人様。」

 

 「え?」

 

 「戦うのが怖いんじゃないの。 そりゃ、全然怖くないってい言ったらウソになるけど、でも私たちはそのために来たんだもん。 私が怖いのはね、私自身・・・・・・・」

 

 「っ・・・・・・・・・・・・・・・」

 

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雪のその言葉が何を意味しているのか、一刀にはすぐに分かった。

 

忘れることなどできるはずもない・・・・・・・雪が来たばかりの頃、翠と戦った時の事。

 

 

―――――――『・・・・・・・・・・・・・ボクが・・・・・・・・・殺してあげる。』―――――――――――

 

 

・・・・・・・雪白の鬼人。

 

恐ろしい程に強く、悲しい程に冷血な・・・・・・・雪のもう一つの姿。

 

 「明日の戦いでもし自分を抑えられなくなったら、またアレが出ちゃうかもしれない。 そしたら、私はまた・・・・・・・・」

 

『私はまた、仲間を傷つけるかもしれない・・・・・・』

 

雪はそう続けようとして、言葉を詰まらせた。

 

今まで朱里や雛里を除けば、仲間と呼べる存在など居なかった雪だ。

 

だからこそ、今いる仲間の大切さを誰よりも分かっている。

 

そんな彼女にとって自分の手で仲間を傷つけると言うことは、自分が傷つくよりもずっと辛いことなのだ。

 

 「もしそんなことになったらって思うと、どうしても怖いんだ。」

 

 「雪・・・・・・・・・・」

 

 「はは・・・・・・ごめんね、ご主人様。 戦おうって言ったのは私なのに、情けないよねこんなの・・・・・」

 

 

 「そんなこと無いよ。」

 

 「え・・・・?」

 

 「情けないなんて・・・・全然そんなことない。 雪は自分としっかり向き合って、戦おうとしてるじゃないか。 ここに来るまでウジウジしてた俺なんかより、ずっと強いよ。」

 

 「ご主人様・・・・・・・」

 

 「雪ならきっと大丈夫。 それにもし雪が自分に負けそうになっても、きっと皆が助けてくれるよ。」

 

絶対に傷つけたくない。

 

雪がそうして仲間を大切に思っているのと同じくらい、皆も雪の事を大切に思っている。

 

それは、もちろん一刀も同じ事。

 

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 「だけどな雪。 それでも・・・・・もし本当にそれでもダメなら、その時は・・・・・・」

 

この言葉だけはしっかりと伝えたいから、真っ直ぐに雪の目を見つめて。

 

 

 「その時は俺が、絶対に雪を助けてみせる。」

 

 「え・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

その時、暗がりの中で雪の顔がほんの少しだけ赤くなったように見えた。

 

しかし・・・・・・・・

 

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・“クス”」

 

 「?」

 

別に冗談を言ったつもりはなかったのだが、雪の口から突然小さな笑い声が漏れた。

 

 「えっと・・・・・何かおかしなこと言ったかな?」

 

 「クスクス。 だって、『俺が助けて見せる〜』って・・・・・ご主人様、私よりずっと弱いのに本気でそんな事言うんだもん。」

 

 「う゛・・・・・・・・」

 

言われてみれば、確かにその通りだ。

 

自分の力なんて、雪や他の仲間たちに比べれば微々たるものでしかない。

 

なんて無責任な事を言ってしまったのかと今になってすこし後悔した。

 

 「・・・・・でも、ありがとう。」

 

 「え?」

 

 「嬉しかったよ。 ご主人様が、私の事そんなに思ってくれてるんだって分かって。」

 

 「あ・・・・・いや、その・・・・・・・」

 

まさか、雪がそんな風に言ってくれるなんて思ってもみなかった。

 

“ガリガリ”と頭をかいて、今度は一刀が顔を赤くする。

 

 「ん〜? どうしたのかな〜、そんなに顔赤くしちゃって。」

 

 「な・・・・・何でもない!」

 

この子は絶対に分かっててやっているんだ。

 

さっきまでの思いつめていた顔はどこへ行ったのか。

 

必死に目をそらそうとする一刀の顔を、雪は“ニヤニヤ”と笑いながら覗き込む。

 

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 「あはは、じょーだんだってば。 でも、ご主人様のおかげで元気が出たのは本当だよ。」

 

今度はからかうような笑い方ではなく、静かな優しい微笑み。

 

 「おかげで、明日は頑張れそうな気がするよ。」

 

 「雪・・・・・・・」

 

なぜだろう・・・・・・・

 

そう言った雪の表情は、今まで見たどのそれよりも優しく、柔らかく、美しく・・・・・そして愛おしく見えた。

 

それが、夜空から降り注ぐ月の光のせいなのかは分からないけれど。

 

ただただ、とにかく本当にきれいで・・・・・・・気がついたら一刀は、雪を抱き寄せようと両手を伸ばしていた。

 

まるで自分の意思に関係なく、引き寄せられるように彼女に近づいていく。

 

そしてゆっくりと、その両手が白い肩に触れる・・・・・・

 

・・・・・・かと思ったが。

 

 

 “ガチンッ!”

 

 

 「うおぉっ!?」

 

間一髪だ。

 

今まで一刀の手が伸びていた位置に、雪のするどい歯が光る。

 

 「ちょっと待て! 何もここでそれはないだろ!?」

 

 「あ、ごめん! つい・・・・・・・」

 

 「いや、ついって・・・・・・」

 

雪のこの半殺人的な照れ隠しを、これほど恨めしく思ったことは無い。

 

空を噛んだ雪の歯は、まるで金属のような豪快な音を立てて、さっきまでの甘い雰囲気を一瞬で噛み切った。

 

今の歯の音から察するに、もしよけていなかったら指の数本は持っていかれていたかもしれない。

 

・・・・・・それはマジでシャレにならない。

 

 「う゛〜・・・・だってご主人様が急に触ろうとするから・・・・・・」

 

 「急にって、お前なぁ・・・・・そんなんで好きな人ができた時どうするんだよ?」

 

 「なっ・・・・す、好きな人なんていないもんっ!」

 

眉をつり上げて、雪の白い顔が真っ赤になる。

 

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 「別に今いるなんて言ってないだろ? これから先できた時に・・・・・・」

 

 「いいの! ご主人様には関係ないんだからっ!」

 

 「あ〜、はいはい。 分かったよ。」

 

雪の権幕に押されて、一刀は少し呆れたように視線を外して空を見上げる。

 

せっかく雪との良い雰囲気が台無しになってしまって、少し落胆した表情を雪に気づかれないように。

 

雪はと言えば顔を赤くしたままうつむいて、両手を“ギュッ”と握る。

 

「私の・・・・・・好きな人は・・・・・・・・」

 

一刀には聞こえないように小さく呟いて、“チラッ”と隣に座る彼の様子をうかがう。

 

そして握りしめた右手をほどいて、ゆっくりと手を伸ばす。

 

その先にあるのは、一刀の左手。

 

彼の視線が空に向いていることを確認しながら、彼女の白い手は一刀の手へと近づいていく。

 

そしてついに、雪の手が一刀の手に重なる・・・・・・・

 

 

「さてと。」

 

「っ!?・・・・・・・・・・・」

 

・・・・・かと思った矢先。

 

あとほんの少しで手が触れようとしたところで、一刀は腰かけていた木箱から立ち上がってしまった。

 

雪はあわてて、のばしていた手をひっこめた。

 

さっきまで赤かった顔を、更に赤くして再びうつむく。

 

 「ん?・・・・・・・どうかしたのか雪?」

 

 「な、何でもないよ・・・・・・何でも・・・・・・・」

 

 「?・・・・・そうか。 俺はそろそろ戻るけど、雪はどうする?」

 

 「わ、私はもう少しここにいるから、先に戻ってて。」

 

 「わかった。 ・・・・・ありがとうな、雪。」

 

 「え・・・・・・?」

 

 「雪と話せたおかげで、少し楽になったよ。 明日・・・・頑張ろうな。」

 

 「う、うん・・・・・・おやすみ、ご主人様。」

 

 「ああ、おやすみ。 カゼ、ひかないようにな。」

 

そう言いながら軽く手を振って、一刀は天幕の方へと歩いて行く。

 

月に照らされた一刀の背中を見送りながら、雪は彼に届かなかった右手を“キュッ”と握りしめた。

 

 

 

 

 「・・・・・・・・・ばか。」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

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え〜、まぁ今回初めて挿絵なんてものに挑戦してみたわけですが・・・・・・

 

申し訳ありません、私の画力ではこの程度が限界でした 汗

 

どうか温かい目で見守っていただきたいと思いますww

 

さて、次回はいよいよ虎牢関での戦いになります。

 

そしてついに一刀の身にある転機が・・・・・

 

どうぞお楽しみにノシ

 

 

説明
二一話目です。

注:この話は、作者の勝手な都合により一部原作と設定が異なる部分がありますがご了承ください 汗

なお、誤字脱字等ありましたらどんどん指摘してやってくださいノシ
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コメント
砂のお城さん=そんな種馬も、きっと次回は活躍しますよww(jes)
namenekoさん=ありがとうございます。 オリキャラを褒められるのはうれしいですねww(jes)
中原さん=ありがとうございます。 次回またお付き合いくださいノシ(jes)
Djトクさん=指摘感謝です! すぐに訂正しておきます!(jes)
雪かわいいな更新楽しみにしてます(VVV計画の被験者)
更新楽しみに待っています!!(中原)
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真・恋姫?無双 悠久の追憶 一刀 曹操 雪蓮  

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