黎明遊泳-1
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 宇宙空間から見れば、ゆっくりと回転しているように見えるシリンダーの形をした巨大な物体

は、人類が作りだしてきたどのような物体よりも上から3番目に大きい。月と地球の重力が丁度

打ち消し合い、無重力下にあるその地点に設けられたその巨大な施設は、人類の新たな生活拠

点である、“コロニー”の一つであり、その巨大なシリンダー状の物体の中には、一つにつき数百

万人の人々が生活をしていた。

 

 新関東コロニーと名付けられたそのコロニーは、直径が7km、そして全長が30kmという巨大

なものであり、100年近くかかって建造された巨大コロニーの一つだった。人類が創設したコロ

ニーの中で最大規模であるものは、ディスカバリーコロニーで、これは多国籍のコロニーになる。

米、仏、露、日の各国の協力で、人類史上初めて作られた、巨大コロニー群のひとつだった。

 

 居住を目的としたコロニーは、2番目に作られたアルテミスコロニーで、このコロニーの国籍は

フランスとなっている。日本国籍の新関東コロニーは3番目に新しく、西暦3200年代から人々が

地球から移住し始めていた。

 

 その新関東コロニーの北部、と言ってもこの概念は正しくない。北や南といった方角を指し示す

概念は、地球だからこそ通用するものであり、宇宙空間に浮かんでいるコロニーには北も南も存

在しない。

 

 だが人類の、それも一般人が移住してくるには、北、南という概念は、地球時代からある絶対

的な概念であり、不可欠だった。だから形式的に、新関東コロニーの北は、コロニーが推進し、

航行する際の頭の方角と決められている。

 

 その北口にやって来た、日本国籍の宇宙船、ひめじ号はセンセーショナルに迎えられた。

 

 コロニーの北部と南部、そして円筒型シリンダーの幾つかのポイントには、大型の宇宙船が入

って来られるほどのサイズのエアロックが幾つもあり、ひめじ号は北部の非旅行者用のエアロッ

クから侵入し着艦した。

 

 すぐさまエアロックは閉じられ、ひめじ号の船長である北野艦長は、宇宙船が無事にコロニー

の到着した事よりも、ある事を気にかけていた。

 

「彼は無事か?」

 

 コックピットから奥の方の一室へと向かう艦長。彼は漂って移動していた。人の生活するコロニ

ーの中に入ったとはいえ、人々はコロニーの円筒の内側の重力圏で生活している。コロニーの円

筒の中心軸付近のこのエアロック内は無重力状態になっており、酸素がエアロックに満たされて

きても、宇宙空間と何ら変わりなかった。

 

「無事ですよ。とても彼が1500歳以上には思えないほどです」

 

 医務室にいた米国人の女性医師がそのように顔を覗かせてきた。

 

「やれやれ、正直言うと、死んでしまっていても良いと思ったんですけどね」

 

 そのように言ったのは、コックピットから顔を覗かせた宇宙船パイロットで、彼はかなり抑揚の

激しい日本語でそう言って来た。

 

「おいおい、そう言う事を言うもんじゃあないぞ。彼は歴史に名が残る人物になる。是非とも西暦2

000年代の話を聞かせて欲しいものじゃあないか」

 

 北野艦長はそのように言いながら、医務室から内部へと顔を覗かせた。

 

 するとそこには寝台に横たわる、顔面も肉体も蒼白の姿になった人物が横たわっていた。身長

は180cmほどあるが、全身がやせ細っており、正直、ミイラと形容しても良い様な有様になって

いる。

 

 だが、彼に取り付けられた一本の光ファイバーから送られてくる情報には、まだ彼が生きている

事ができるだけのものを持っている事が表されていた。

 

 北野艦長は、自分の目の前に彼自身の持つ端末から発せられている光学画面、中空に展開

する画面を眼で追いながら、同時に無線機で宇宙船の外、コロニーのエアロックの監視員に伝え

た。

 

「こちら、ひめじ号。どうやら、1500年前の時代からのお客様を保護した模様。すぐに医療機関

の手配をお願いしたい」

 

 

 

 

 

 

 

 私が目覚めた時、どこかの病院の寝台の上にいた。

 

 どこの病院かは分からない。あまりにも殺風景な姿過ぎていて、私にはこの場所こそが天国な

のではないかと思えてしまうほどだった。だが、私の腕やら脚やら体に光った管が伸び、頭にも

何かが取り付けられている辺り、天国では無い、病院だ。

 

 何故私が病院にいるのか。私の記憶をたどってみるが上手くいかない。私は確か結婚してい

て、子供が2人いる。年齢は42歳。2009年にスペースシャトルのパイロットになった。

 

 私がそこまで思った時、突然、私のいる、多分病室であろう部屋の扉が開かれ、そこから看護

師の姿をした女性が入って来た。

 

 私は薄眼を開けて、まだ体を動かせないでいたから、彼女は私の眼が覚めている事には気が

付かなかったようだ。

 

 看護師の女性はアジア系だった。そして多分日本人だろう。私はぴくりと指を動かしてみた。す

るとその日本人看護師は驚いたように私の眼を見た。

 

(先生!大変です!眼が覚めた見たいですよ!)

 

 何と言ったのか私には分からなかった。その看護師が叫んだのは私の知っている言葉、英語、

フランス語、スペイン語のどれでも無かったからだ。多分、日本語だったんだろう。

 

 私は一体今、どこにいるのだ?

 

 その答えにすぐに答えてくれる者が現れるまでは、しばらくの時間を有した。お陰で私は若干、

パニック状態に襲われていた。

 

 やがて医師らしき人物が現れて、どうやら病院のベッドの上に横たわっている私に話しかけてく

る。

 

 もしかして、私は何かの事故で植物状態になっているのではないのか、そう思ってしまった。だ

が、まるで錆び付いた機械を動かすかのように体が軋み、動く事さえも苦痛に近かったが、私は

指や脚を動かす事ができた。

 

「落ちついて下さい。落ち着いて。あなたは、ずっと意識を失っていて、体も弱っています。でも安

心して下さい。必ず体力は回復しますし、体も動かせるようになります」

 

 そう言って来たのは、またしても日本人の中年の男の医師だった。ただ私にも分かるように、片

言ではあるが英語で話してきてくれる。それは助かったが、やはり私は自分がどこにいるかが分

からない。

 

 この病室には窓が無く、病室の外の世界が分からなかった。ここは日本なのか。

 

 私の最後の記憶が曖昧だ。妻と、息子たちの顔は思い出せる。しかし、最後に私は何をしてい

たのか思いだせない。

 

「い、いったいここはどこだ?それに、私はどれだけ意識を失っていたんだ?」

 

 私のパニックは続いていた。ここは得体の知れない世界であるかのように思えたからだ。

 

 だが、頭に徐々に記憶が戻ってくる。その記憶は断片的であり、まるで靄の向こう側に霞んでい

るかのようだった。

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 最後に覚えている日の出来事だ。私は、妻と息子達に、おでかけの挨拶とキスをした。その日

は私にとっても特別な日だった。

 

 自分の車で、ケープカナべラルにあるケネディ宇宙センターに行った。私がスペースシャトルの

乗組員として乗るべきスペースシャトルが、そこで発射を待ち構えていたからだ。

 

 私はパイロットではあったが、スペースシャトルを飛ばして宇宙で活動をするというプロジェクト

は縮小傾向にあり、私も数えるほどしか宇宙での活動はしていなかった。

 

 宇宙での活動。そうだった。私は建設中の国際協力スペースコロニーの、ドッキング作業の船

外活動をすべく、宇宙に飛び立ったのだ。

 

 スペースシャトルの打ち上げ、活動、クルーとの人間関係、そして、予定もすべて順調だったは

ずだ。

 

 だが、その宇宙空間にあったスペースシャトルの中での出来事から先の記憶が無い。一体、ど

うしてしまったのか。

 

「私は、どうなったのだ?シャトルで事故があったのか?私は?クルーは無事なのか?」

 

 私は医師の腕を掴んだ。だが、その私の腕は痩せており、宇宙に出るために鍛えていた私の

体とは思えないほど弱っているようだった。その腕で、思わずとっさに取ってしまった行動。何の

悪意も無い医師には悪いが、彼は、私が掴んだ腕を、私が掴んでいる力よりも優しく掴み、まる

で私を落ち着かせるように言って来た。

 

「落ちついて下さい。あなたの名前は、デイビット・マルコムさんでよろしいですね?」

 

 医師はそのように言って来た。そうだ。私は自分の名前さえも忘れかけていた。デイビット・マル

コム。それが私の名前だった。

 

 医師は続けてくる。

 

「まず驚かないで聞いて下さい。あなたが事故に遭われたのは、記録によれば2011年の事。で

すが現在は、西暦3511年です。そしてここは、日本領土の新関東スペースコロニーの内部で、

あなたは火星−木星間の小惑星帯に向かっていた宇宙船に、宇宙空間を漂っているところを発

見されました。

 

 一昔前の概念で言えば、すでにあなたは死亡していましたが、現代の技術で蘇生する事ができ

ました。驚くべき回復力ですよ。あなたが発見されてから1年が経ちます」

 

 私は、医師の言葉を、言葉の羅列としては認識できたが、意味としては理解できなかった。

 

 まず整理しようと思った。西暦3511年。何かの間違いではないか?この日本人医師は言葉を

間違えていないか。

 

 私は何かの事故に遭い、意識をずっと失っていた。その失っていた期間が1年であれば、1年

も、数千年も判別する事は出来ない。その間の時間の感覚が無いからだ。

 

 私のパニックは収まって来ていたが、逆に茫然とした放心状態に襲われた。

 

 医師は私の手をゆっくりと離し、私の姿勢を元に戻した。

 

「信じられないかもしれませんね。私達の時代でも、1500年も宇宙空間をさまよっていた人物な

んていません。私も信じられませんよ。でも、21世紀に生きていた方がこの時代に来るなんて。

私は出会えて光栄ですよ」

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 まずは落ちつくため、一つずつ整理して思いだそう。

 

 私は子供のころから、宇宙に憧れていた。アポロ11号が月面着陸を成功させた時代から、す

でに何十年も経ち、宇宙開拓という人類の一種の野望は、スペースシャトルという低コストの時代

になり、人類はむしろ宇宙に出る事よりも、情報技術を積極的に発達させていた。

 

 一家に一台コンピュータ。インターネットに接続。携帯端末の発達。人類は宇宙開拓よりも、

今、目の前にある便利さを追求していた時代だったが、私はそんな時代にありながらも、宇宙に

憧れていた。

 

 人類が今いる地球は、人の大きさから比べれば巨大ではあるが、太陽系は、銀河系、そして宇

宙は果てしなく広い。そこには、まるで冒険心をくすぐるような出来事が沢山ある。太陽。幻想的

な色彩を持つガス状惑星、星雲、スーパーノヴァと言われる超新星爆発、そして全てを呑み込む

時空の穴、ブラックホールでさえも、私にとってはコンピュータゲームのダンジョンの一つであるか

のように、冒険心を誘われた。

 

 もし宇宙の全てを知る事ができるのであったら、私は喜んでブラックホールに飛び込んで行くだ

ろう。

 

 そう妻に話した時には、私のあまりの子供じみた姿に呆れかえられたものだ。だが、子供に

は、パパにはブラックホールの先の世界を写真で撮って来て欲しい。とさえ言われた。

 

 結婚し子供もいた時、私はすでにスペースシャトルのパイロットになっていた。しかし現実での宇

宙の世界というのは、もっぱら人工衛星を飛ばしたり、望遠鏡で空を見るだけで、私の望んでい

た、冒険が薄れていくような気がした。

 

 私は、2011年に国際協力コロニーの建設に携わる事になった。子供の頃に読んだ小説に

は、すでに人類は木星にまで行っていたと言うのに。人類はまだ地球の重力に囚われていた。

 

 実際、人工衛星一つを飛ばすだけでも、相当に金のかかるプロジェクトになる。有人による宇

宙飛行は、もはや金がかかるだけの時代遅れのものでしかなかったのだ。

 

 だが、国際協力コロニーの建設は依然として続けられていた。幾ら時代遅れのプロジェクトであ

ったとしても、私はそれに参加する事で、人生に無くてはならない、何かを見つける事ができる気

がしたのだ。

 

 事故はそこで起こったと教えられた。

 

 もはや時代は命がけの宇宙飛行であったアポロ時代では無く、スペースシャトルで起こる宇宙

での人身事故など、無いに等しかった。

 

 私にどのような災難が降りかかったのか、その記憶が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 私は無機質な病室であろう場所に、1週間以上は監禁されていた。厳密に言うと、監禁させて

いたわけではない。私は体を動かせなかったのだ。誰も私を監禁するつもりなど無かっただろう。

 

 しかしこの病室には、本当に何も無い。ただ真っ白な部屋であり、そこには汚れの一点さえも無

いかのようだった。

 

 その部屋の片隅に私が横たわるベッドがあるだけで、この部屋が病室であるのかさえも疑わし

くなってくる。

 

 ここには普通の病院の病室にはあるはずの、モニターや計器類が一切無いのだ。ただ、光ファ

イバーのようなものが点滴のように繋がれているだけで、他には一切機器がない。光ファイバー

も、ベッドの下にある、箱に繋がれているだけでしかない。ファイバーの中には何かオレンジ色の

光が見える。時折訪れる医師達の姿もすっきりしており、私は注射の一本さえも打たれる事が無

かった。

 

 だが、それが逆に退屈過ぎた。私は1年間意識不明だったと言うが、1週間、体も動かさないで

いると、本当に退屈で仕方が無い。注射の一本ほどが逆に欲しいくらいだ。

 

 とにかく、今、自分が置かれている状況を理解しようとするだけで精一杯だったのだ。私の前に

現れる医師達は、口を揃えて、現在は西暦3511年だと言う。私は、おそらく彼らにとってはうん

ざりするくらい、その質問を繰り返していた事だろう。

 

 だが一度眠りにつき、目が覚めれば、自分が置かれている状況が全く理解できていない以上、

その質問を繰り返さなければ、私は自分が本当に1500年後の世界にいるという事を夢であると

いう以外に思えなかった。

 

 それだけ私の身には突飛な出来事が起きていたのだ。

 

 私が目覚めてから1週間が立ち、私はようやく体を起こす事ができるようになった。

 

 そして医師にまたしても同じ質問をしようとしたが、彼はそれよりも早く言ってくる。

 

「あなたの体の中に入っていましたナノマシンが、ようやく、筋肉や骨格を元通りに修復したようで

す。もう、体を起こす事もできるでしょう」

 

 訛りのある英語だったが、私は一つの単語に注目した。

 

「ナノマシン?」

 

「ええ、損傷したり衰弱したりした人体を修復する事のできる、現代の医療技術の一つです。あな

たの場合、衰弱が激しかったので、修復には時間がかかりましたが、もう大分改善されてきてい

ますよ」

 

 そのように言うなり、医師は、自分の手元に、何やら小さな棒のようなものを取り出し、そこから

突然、画面のようなものを引き出した。

 

 棒は、私の知っているペンライトくらいの大きさのもので、それは、その画面の端の部分を構成

し、医師は2つに引き出すようにして、そこに画面を出現させた。多分光学の技術だろう。そこに

は何かのデータが並んでいる。

 

 その画面を見ただけでも、私にとっては信じられない思いだった。私の知っている世界では、電

子画面は、液晶やプラズマディスプレイに表示させるのがやっとで、何も無い空間に表示させる

事は、まだできなかったからだ。

 

 だが医師は、私にとってその技術が驚くべきものである事を、まるで理解できないらしく、当たり

前のものであるかのように扱い、私の前に、次々と新しい画面を展開した。

 

 日本語が交じった画面もあったが、大半は私にも理解できる英語で描かれている画面で、どう

やらこの私の治療記録を見せてくれているらしい。

 

 画面は10ほど、私の手元に出現した。医師は、ペンライトのようなものから、指で直接その画

面を引き出し、私の前に並べた。

 

 それは実態が無い、光だけでできた画面らしい、私が試しに、まだ動きがおぼついていない手

でその画面に触れると、それは透過した。水面に触れているかのようであるが、感触は全くない。

全て光でできているからだろう。

 

 まだ手が震えている。それはあたかも老人のようだ。

 

 しかし私のその震えは、自分の筋肉がまだ完全に回復していないという事よりも、自分の差し

出された未知のものに対しての、敬いにも近い畏れだった。

 

 宇宙飛行士としての職業柄、私は世界にある最新の技術を扱い、それに通じてきたつもりだっ

たが、私の目の前にある技術はそれを超えようとしていた。

 

「筋肉がまだ回復していない。まるで老人のようだ」

 

 私はそのように答えた。それは目の前に並べられたカルテの情報ではなく、私が実感として感

じたものだ。データよりも何よりも、私自身の肉体の事は、私自身が何よりも理解できる。

 

「ええ、それは長い時間、それは、想像もつかないくらいに長い時間ですが、あなたは宇宙空間

にいたわけですからね。もちろん無重力の世界です。それに死んでいたわけですから、筋肉も本

来は死んだ姿だったのです。

 

 ですが、あなたは宇宙空間のごく低温の世界にいました。皮膚などはダメージを受けたかもし

れませんが、脳の組織などは保存されたのです。もちろん、それでも数百年前の技術では死者で

したがね。

 

 あなたの蘇生ができると判明してからと言うもの、筋肉も別のものに交換しました。皮膚も相当

に損傷していましたので、大分交換していますが、生前のあなたの顔に大分近いはずですよ」

 

 そのように医師は丁寧に英語を使って説明してくれた。筋肉が交換された?皮膚も?理解でき

ない。彼の言葉の通りだとすれば、私の今ある顔は、私自身が生まれて持ったものではなく、別

のものであると言う事になる。移植されたという事だろうか?

 

 目覚めてからと言うもの、まだ自分で鏡を見ていないから分からなかった。だが、体の全ての部

分が自分のものとして実感がある。私の意識が無いうちに交換されていても、それを認識できな

いほどのものだ。

 

「訳が分からない。私が1500年後の世界にいると言われても、それが、私には理解できないの

だ。まだ実感としてわかない。秘密の実験施設で、実験されたと言われればそうとも思えてしま

う」

 

 すると医師は私の手を握ってきた。

 

「ゆっくりです。ゆっくりで構いません。まだこの世界の情報を一気に流し込まれても、あなたがパ

ニックになってしまうでしょうから、今日はこれくらいにしておきましょう」

 

 と、医師はそう告げるなり部屋から出ていってしまった。

 

 この日にあった事は、それだけの出来事だった。

 

 医師は、私の顔を鏡でも見せてくれなかった。

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 夜だったと思う。未来でも、ここが秘密の実験施設であったとしても、夜も遅くなれば照明が落と

されるはずだ。私のいる病室も照明が落とされ、私は眠りの中に落ちていた。

 

 だが、何者かの気配を感じ、私は目を開けた。部屋の照明が落とされ、真っ暗闇だというのに、

誰かの気配を感じる。ほんのわずかだったが、機械の音も聞こえた。

 

 ここが未来であろうと、コロニーであろうと、断りなく闇の中でこそこそと何かをしている人間によ

い感情は抱けない。私は目を開けた。

 

 次に軽い機械音がした時、その何者かは、私が目を開けている事に気がついたようだった。私

は思わず声を上げた。

 

「誰だ!何をしている!」

 

 私はその何者かの腕を掴んだ。細い腕だ。多分、女だろう。

 

(あ、あらあ、ばれちゃいました?)

 

 そう言われても日本語だったので私には理解できなかった。

 

「ここで何をしている!」

 

 私が語気を強めてそう言った時、突然、私の病室の照明が点けられ、目がくらんだが、その場

の状況は分かった。

 

 一人、若い女が何かを持ち、私の病室に忍び込んでいたのだ。女が持っているものが何である

かは私にもすぐに分かった。

 

 それは、私もよく知っているものだ。私の時代で言う携帯電話のようにも見えるが、女が行って

いた行為は携帯電話での通話ではなく、恐らく写真を撮っていたのだろう。カメラはどんなに時代

が進んでも形状はあまり変わらないらしい。

 

 だが私が知っているカメラに比べて、幾分もスマートでシンプルな構造になっているようにも思え

た。しかしカメラの事など、今の私にとってはどうでもいい事だ。

 

(あの、ええっと、デイビット・マルコムさん。いきなりですいませんが、あなたの、ピクチャを何枚

か撮って、それと、取材もしたいんですよ。ほら、1500年も昔の人の取材なんて、滅多にできな

いもので)

 

 その女は記者か何かなのだろうか、いきなり言葉を並べ立ててきたが、私には彼女が何を言っ

ているか分からない。しかも眠っているところへ、無断で入って来て勝手に写真を撮ったのだ。失

礼この上ない。

 

「言っている言葉が分からない。さっさと帰ってくれ!迷惑だ!」

 

 私はそのように言い放った。この女が私の言葉を理解できたかは分からない。だが私がそう言

い放った時、部屋の扉が開かれ、私の知っている医師が姿を見せた。

 

(サイトウさん!また来たんですか!迷惑もはなはだしい!今、この人はとてもデリケートな状態

にあるんですよ?分かりませんか?あなたは、重病人の写真を勝手に撮って雑誌に載せてい

る!それを恥ずかしいと思いませんか?)

 

 医師は日本語でそのように言っていた。彼が何を言っているのかは分からないが、この記者ら

しき女を避難している言葉である事は明らかだった。

 

 だが、女は照れ隠しのような笑いを見せるなり、

 

(あら、すいません。でも、いい写真を撮らせてもらえましたよ。取材はまた今度って事で。1500

年前の話、聴かせて下さいね)

 

(いいからあなたは早く帰って!また警察に捕まって、点数を下げられたら追放ですよ!)

 

 医師がそう言うと、女は出て行ってしまった。

 

 やれやれ、とんだ眠りの遮断だ。迷惑もいいところだ。日本人にもあんなしつこい記者がいるの

かと私は思う。

 

「すみませんね。あの記者はしつこくあなたの事を嗅ぎまわっている。もう1年も前、あなたが見つ

かってからずっとですよ。もっと警備を厳しくするように言っておきますので、あなたは安心してお

いてください。

 

 まあ、心配ありません。あんな事をしているようじゃあ、もうすぐ追放されるだけだ」

 

「追放?」

 

 私が医師のその言葉が気にかかっていると、彼は私を落ち着かせるように言って来た。

 

「まあ細かい事は、一つ一つ覚えていけば良いですから。今はゆっくり休んで下さい」

 

 医師はそう言って、私をベッドに横たわらせてくれたが、もういい加減、私にとって休むというの

は退屈になってきた。

 

 何しろ、彼らの言葉によれば、私は1500年も宇宙空間で休み、重力下でも1年間休んでいた

のだから無理はない。

 

 

 

 

 

 

 

 新関東コロニーは来月で設立200周年であるらしい。天気は晴れ。天候はコロニー政府の気

象庁が管理をしているらしく、100%完全に決められている。スポーツは全てドーム会場で行わ

れている為、中止になる事は一切ない。

 

 特に目立ったような事件も無い。この新関東コロニーは私の時代よりもずっと平和であるかの

ように思えた。

 

 私が今、病室に置かれた車椅子に座って読んでいるのは新聞だった。新聞と言っても、私の時

代にある新聞とは似ても似つかない。それを看護師から渡された時は、私はただのペンのような

ものにしか見えていなかった。だが違う。そのペンの中から紙を引っ張りだすようにして光学画面

を引き出せるようになっている。

 

 引き出す事ができる画面は自由に選べてかさばらない程度の大きさに調節できる。そこには、

新関東コロニーが発行している新聞が掲載されている。

 

 在日外国人、この関東コロニーの場合でも、日本領土となっている為そう呼ばれるらしい。在日

外国人向けに発行されている英字新聞があるのは助かった。

 

 この病室で意識を取り戻してから一カ月。いい加減、読み物でも無いと飽きてしまう。

 

 そろそろ外界との接触をしても良い頃だと、歩けるようになってから病院が手配してくれた私の

心理カウンセラーは言って来た。

 

 外界との接触と言えば、私の病室には、数週間前とは違う点がある。新聞が渡されるようにな

ったというのもその一つなのだが、壁の一部が解放されている。正確に言うと、それは解放され

ているわけではなく壁のままなのだが、外側からは見えないように透明に透過できるようになって

おり、窓のサイズを自由に選ぶ事ができるようになっていたのだ。

 

 解放された壁からは外の景色を望む事ができるようになっていた。病院の敷地内を望む事が

でき、遠くには住宅地や街並みを見る事ができる。

 

 そこから見る事ができる光景は、私が生活してきた世界と、それほど変わっていないようにも見

えた。天高くそびえる高層ビルも無いし、最新のテクノロジーを使った乗り物の姿も見えない。だ

がそれは私が勝手に想像していた未来の世界でしか無い。

 

 渡された新聞には、西暦3511年3月15日としっかりと表示されている。それは作られた日付

でも無く、まやかしでもない。わたしの前に突きつけられた、現実としての日付だった。

 

 毎日、新聞は自動的にダウンロードがする事ができるようになっているらしく、毎日、その時間

は進んでいき、新聞の内容も変わっていった。

 

 これが手の込んだ陰謀だとも考えにくい。私は秘密の実験室に閉じ込められたなどという妄想

はもう止める事にしよう。

 

 私は確かに西暦3511年の世界にやって来てしまっていたのだ。それを受け入れなければなら

ない。

 

「そろそろ、外に出て見ませんか?」

 

 という、英語を話す事ができる顔見知りになった看護師の誘いに誘われて、私は意識を取り戻

してから33日目に、ようやく病院の外に出た。

 

 車椅子は自動で動く。センサーで障害物を感知して動くらしく、私がいちいち操作をしなくても、

人を避け、障害物や段差もきちんと避けるようになっていた。

 

 ずっと私に付き添っている女性の看護師が私を先導し、殺風景ではあるが清涼感の溢れる病

院内を進んで行く。この病院は薬品臭くもなく、あの病院特有の、緊張を誘うような雰囲気も無

い。

 

「空調管理が進んでいるようだな?」

 

 私は看護師にそう尋ねた。

 

「人間にとって、不快だったり、有害な臭いは、全て除去して、電力に変える事ができるシステム

があります。病院だけじゃあなくって、すでに一般家庭、いえいえ、コロニー全てに設置されている

ものですよ。あなたの時代の数十年後にはすでに発明されたシステムです」

 

 女性の看護師は私に丁寧な英語でそう説明してきた。

 

「臭いを電力に変えるだって?驚きだな。私達の時代では、まだ車はガソリンで走っていたぞ」

 

 私は頼もしいものを言うかのようにそう言った。そうした余裕を見せられるのも、私が1500年

後の世界にやって来たという実感が、ようやく湧いてきたからだ。

 

 私は病院の外の庭園に出た。庭園というと、周りが日本人ばかりだから、いつか写真で見た事

があるような、日本的な庭園を期待していたがそうではないようだ。そこに展開しているのは、芝

生に覆われた米国にもあった公園のような場所で、私と同じく車椅子に乗った病院の患者や看

護師がうろうろとしていた。

 

 まず気がついたのは、この病院にいるのは日系人だけではないという事だ。私と同じような白

人や黒人も見かけたし、ヒスパニック系人種もいるようだった。日本は日系人しかいないと思って

いたのだが、かなり色々な人種が混じっている。

 

 それでいながら、飛び交っている言葉がほとんど日本語であったりする。お陰で私には言葉が

ほとんど分からない。

 

 白人の女性とすれ違った。彼女は老婆で、私と同じように全自動の車椅子に乗っていた。看護

師がついている。

 

(どうも、こんにちは)

 

 とにこやかに笑みを浮かべながら挨拶をしてきたが、日本語でそう言って来た。さすがに一カ月

以上もこの病院にいればそのくらいの挨拶の言葉は分かったので、

 

(コンニチハ)

 

 と日本語で答えてみたが、相手に言葉の意味が通じたかどうかは分からない。

 

「あらあら、もしかして、英語の方が良かったかしら?」

 

 とそのおばあさんは私に英語で言って来た。どうやらバイリンガルであるらしい。

 

「すみませんね。まだこの病院に来て1カ月程度でして。日本語は挨拶ぐらいしか分からんので

す」

 

 私は少し恥ずかしい様な気持でそう答えた。

 

「もう少し暮していれば、きっと慣れますよ」

 

 おばあさんは、私に優しくそう言ってくれた。

 

 そのおばあさんとは別れ、私達は、病院の敷地内に設けられた池を望む事ができる場所にい

た。池はきちんと管理され、浄化システムも働いているらしく、水底を見る事ができるほど綺麗な

水だった。

 

「随分と、移民が多いようだが」

 

 私はその池を望みながら、先ほどの白人のおばあさんの事を思い出して言っていた。

 

「コロニー時代前から多いんですよ。あなたの時代はどうだったか知りませんが、日本人は移民

に対して寛容なんです。日本語は難しいという人も多いのですが、移民二世はかなり達者で、もう

立派な日本人ですよ。

 

 一応、コロニー内は物価は高いですが、平和で暮らしやすいですし、日本国内外問わず、地球

からの移民も多いんです。ただ審査がありましてね。それをパスしないとコロニーでは暮らせない

のです」

 

 審査という言葉に私は反応した。私はそんな審査のようなものを受けてなどいない。

 

「私は、ここにいて良いのかね?」

 

 看護師の方を振り返り、私は尋ねた。

 

「あなたは特別ですから。ですが、アメリカのコロンビアコロニーに移れるかどうかはまだ分かりま

せん。あちらの方が審査が厳しいんです。コロニー黎明期にテロ事件が多くありまして、特に危険

サインが出ている人はコロニーに入る事もできないんですよ」

 

 やれやれ、テロ事件はこの時代にも相変わらず起こっているのか。私が見た新聞を見る限り、

頻発しているわけではないようだが、私のいた時代に比べると、この時代のアメリカはより入国が

厳しくなっているようだ。

 

「あなたがよろしければ、コロンビアコロニーに戻れるようにと、先生が移民局に問い合わせてく

れる事になっているそうです。あなたは今、何と言いますか、どこの国にも属していない事になっ

ているので。死亡証明も出されていて、言葉が悪くてすみませんが、あなたは死んだ人とされてい

ましたから」

 

 だが、看護師の丁寧な口調でそう言われても、私は全く不快に思う事は無かった。逆に今、私

は凄い体験をしているのだという事が、実感として湧いてくる。

 

「なるほど、死んだ人、か」

 

 苦笑しながら私はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 私は1500年前に死んだ人間にされた。スペースシャトルの事故で、宇宙空間に放逐された人

間を、21世紀の人間の一体誰が生きていたなどと思えるだろう。実際、私の生命は21世紀の

考え方では死んだのだ。

 

 だが、この36世紀の判断では違い、私は想像もつかないような医療技術で蘇生させられた。

余計なお世話とは思わない。私は新たに生を受けられたのだ。死んでしまっては今の私の経験

は存在しない。

 

 それはあたかも夢物語の様だと私はしばらく思っていた。自分が宙に浮いており、もしやここ

は、36世紀の世界ではなく天国ではないのか、そうとさえ思えるほどだった。

 

 しかしながら、やはりこの世界は現実に存在するものであり、私は現実に生きているのだと思

わせるような出来事が起こるようになっていた。

 

 新聞を見れば、私の事が書かれるようになっていた。写真は撮られていないものの、新関東コ

ロニーで、1500年間死んでいた私が蘇生させられ、更に順調に回復している経過がいちいち掲

載されていた。

 

 21世紀の人間、現代に蘇る。と新聞で特集を組まれているほどだった。どうやらこの時代で

も、私のように1500年間も死んでいて蘇生させられた例は初めてであるらしい。

 

 新聞記者や、中には出版社もしつこく病院に押し掛けてきているらしい。だが、今の私には刺激

が強いという事で、記者も出版社も、医師が門前払いにしているとの事だ。

 

 それに私自身、記者の取材も、本を書くつもりも今のところなかった。断ってくれた方が助かる。

しばらくは、この夢見心地にいたい。

 

 とは言え、やはり現実に引き戻す存在は、否応なしにやってくるものだ。

 

「マルコムさん。あなたがコロンビアコロニーに入るためには、あなたにまずその資格があるかど

うかを判断される事になります。まず重要なのは、あなたが危険人物で無いかどうか

 

 という事です。元々はNASAの所属だそうですが、その証明はどこにもありません。あなたは死

んだ事になっています。つまり、今のあなたは無職です。無職では、アメリカのコロニー領土に入

る事もできません。そういう法律がありまして」

 

 私が外に車椅子で出る事ができるようになってから1週間ほどした頃、やって来たのは、アメリ

カコロンビアコロニー帰化局の人間だった。

 

 私は相変わらず病室の中にいる。体を支える脚の筋肉が完全に修復されていないため、まだ

車椅子での生活を余儀なくされている。

 

 医師が言うには、ナノマシンによって、もう少しで歩けるように体が修復されると言うが、今は来

客は病室で迎えるしか無かった。だから私は病人の格好をしたままだ。病人の格好と言うもの

は、この時代でも変わらないらしい。

 

 反してやって来た帰化局の人間は、黒いスーツの白人で、どうやら政府の人間というのは、こ

の時代になってもその姿を変えたくは無いらしい。ただ持ってきた書類は全て電子パットの中に

収められていて、技術だけは発達しているようだった。

 

 私は今、この時代にやって来たという事をようやく受け入れ出したというのに、早くも今後の生

活の事について考えなければならなくなってしまったのだ。

 

 いきなり1500年後の世界にやって来てしまったかと思えば、今度は、そこでの居住権を得な

ければならないとは。

 

 私にアメリカ領土であるコロンビアコロニーに移住させるため、この男はわざわざコロニー間移

動シャトルに乗ってやって来たようだ。

 

「まるで移民扱いだな。私はアメリカ国籍を持つアメリカ国民ですらなくなってしまったのか?」

 

 私は移民帰化局の人間にそう尋ねた。

 

「ええ、あなたは死亡した事になっています。このような事は前例がありませんので、保険も住民

票も存在していない。あなたはどこの国にも属していない事になっています。ですが、あなた本人

は生きています」

 

「では、どうすればいい?」

 

 私は、ベッドサイドにあったコップから水を飲みつつそう尋ねた。コップは、紙でもなくガラスでも

無く、常に無菌状態になる材質でできていて、いちいち洗ったり使い捨てたりしなくて済むようにな

っている。私達の時代の言葉で言えば、何ともエコロジーだ。

 

「特例ですので、手続きに時間がかかります。コロンビアコロニーに入るためには、新しい職業を

得なければなりません。危険人物で無い事も証明でき、英語も話せなければなりません。この時

代での一般常識もテストされます」

 

 並べたてられる言葉。どことなく不快感がある。スペースシャトルの宇宙飛行士になるに比べれ

ば、彼が持ちかけてくる居住権を得るという事は、幾分も簡単な話なのだろう。だが、今の私はと

ても不快な気分にさせられる。

 

 この感情はどこからやってくるのか。私はスペースシャトルの船外活動もできるし、宇宙空間に

シャトルを飛ばす事もできる宇宙飛行士のこの私が、一般常識程度でなぜ不快に感じる。

 

 ここは、私の知っているどの世界よりも遠い果てだ。21世紀のアメリカから見れば、アフリカの

砂漠よりも、チベットの山奥よりも遠い世界にいる。

 

 そこでの常識を学ぶ事に抵抗を感じるのか。

 

「いかがなさいますか?コロンビアコロニーに移るには」

 

 帰化局の人間が私に向かってそう言いかけた時だった。

 

「いい、いい。もっと私には時間が必要だ。想像してみてくれ、私は21世紀の人間なんだ。いきな

りそんな話を持ってこられても困る事くらい想像してみてくれ。私は、君が持っているその電子パ

ットやらのものもとてつもないものに見える。洗剤をつけて洗わなくても良いコップや衣服など、想

像した事も無かった。石器を使っていたような原始人がここにいる。そう思ってくれ。

 

 常識を学ぶなら、一つずつ学んでいくさ。すまないが、コロンビアコロニーとやらに移るのだった

ら、まだこの病院にいた方がましだ。帰ってくれないか」

 

 帰化局の人間には悪かったかもしれないが、私はたまらない不快感を彼に吐露してしまってい

た。

 

 だが、彼はそんな私の態度など手慣れているらしく、

 

「失礼いたしました。この話はまた後日しましょう。それと、あなたがもしこの“時代”にもっと慣れ

を得たいのでしたら、私の友人に、良い話を持って来させましょう」

 

「良い話だって?」

 

 私はベッドから身を乗り出してそう尋ねた。

 

「それは、この新関東コロニーでしばらく、ホームステイする事ですよ。コロンビアコロニーであな

たの帰化が許可されるまで、このコロニーの一般家庭で暮らす事です。新関東コロニーでは、あ

なたは危険人物とはされていないとの事ですから、留学生としてホームステイする事ができます。

一般常識も学べますし、この時代にも慣れる事ができます」

 

 最初は帰化局の人間が言って来た言葉が理解できなかったが、やがて私は頭を抱え出した。

 

 留学生。やれやれ、この年でそんな事をするとは。

-5ページ-

「このナノマシンを毎日飲むように忘れないでください。ああ、ナノマシンと言っても、薬みたいなも

のですから。人体では1日程度で溶けてしまいます。断って置きますが、あなたの体はまだ完全

な状態ではありません。骨格や筋肉が完全ではないので、杖を使って歩かなければなりません。

日常生活に幾らか支障があるかもしれませんが」

 

 退院の際、医師は私にそのように丁寧に説明してくれた。この二カ月の間、いや、私が意識を

取り戻すまでを含めれば、一年と二カ月の間、ずっと彼は私に親身になって世話をしてくれたの

だから、その感謝を篭めた日本式の礼を私もした。

 

 私に与えられたカプセル状のものは、21世紀の人間が見たら、ただの薬にしか見えないだろ

う。実際、それはカプセルに入れられたもので、中には有機物でできているというナノマシンが入

っている。

 

 ナノマシンの原理については医師に説明を受け、その資料も貰ったが、私には理解しがたい部

分も多かった。この時代の技術が進歩し過ぎている。理解できたのはナノマシンが有機物ででき

ているという事と、飲む種類によって、体に作用する効果が異なっていると言う点だった。ナノマシ

ンはそれぞれ役割を果たすべく体の場所に向かい、そこを治癒する事ができる。基本的な考え

方は薬と同じだ。

 

 私の筋肉や血管などに作用し、それを健全な状態に戻す事ができてしまうというのだ。私のい

た21世紀には不治の病であった、進行した癌や脳腫瘍も、ナノマシンが解決してくれるのだとい

うから驚く。

 

 しかもナノマシンは体に無害な有機物で出来ている為、副作用が全く無い。放射線治療も薬物

治療も必要無いと言う訳だ。

 

 ほぼ崩壊していた私の肉体を元通りにできているだけでも凄いというものだ。

 

 更に私には電子パットに保存されたある資料も渡された。これは私がしばらく滞在する場所の

資料だ。

 

 それは新関東コロニーの住宅地にあるある家庭の情報で、つまり私は1500年前からのホー

ムステイをする留学生として、そこにしばらく滞在する事になる。アメリカのコロンビアコロニーか

ら来た帰化局の男には、手続きまで半年はかかると言われたので、とりあえず、ホームステイす

るのは半年という事になった。

 

 候補者は大勢いた。21世紀からの人間が、一般家庭に滞在するという事で、この新関東コロ

ニーから大勢のホームステイ先の家庭が募られた。

 

 コロニーは宇宙空間内に人間が作った、閉鎖された空間でしかないが、それぞれのコロニーに

は、およそ数百万人が暮らしている。

 

 新関東コロニーは日本領土だが、コロンビアコロニーのアメリカ領土、その他、ロシア、中国、

その昔、EUに加盟していたヨーロッパ連合の連合コロニー、オーストラリア、更にはアフリカ大陸

初の南アフリカからも10年以内にコロニーが打ち上げられると、新聞には載っていた。

 

 だが案の定、私はこの新関東コロニーのみならず、世界中で相当の話題の人物となっているら

しい。それはコロニーが打ち上げられる事よりもずっと凄まじい出来事であるかのように描かれ

ていた。

 

 マスコミが騒ぎたて、世間もそれに便乗するという姿は1500年経っても変わらないのか。いい

加減に、溢れんばかりのお見舞いの品や花束も見飽きたし、食べきれない菓子や、貰っても仕

方が無い程の花束は、皆、病院にいる他の患者に配ってしまった。

 

 私を受け入れると言うホームステイ先も、ほとんどが、好奇の目的で応募してきた者達ばかりだ

ろう。当初は百を超える過程から受け入れがあったが、私についたホームステイ担当官によっ

て、その受け入れ先の数は、最終的には10にまで絞られた。

 

 さて私は、その中でも比較的、住みやすい住宅地にあり、家族全員が英語を話す事ができる家

庭を選んだ。と言っても、この新関東コロニーでは大分英語教育が進んでいるらしく、私が日本

語を話せなくてもそれほど困らないらしい。

 

 私のホームステイ先は、カワシマ家に決まった。3人家庭で、夫婦と17歳になる娘がいる家庭

だ。できればもっと平凡な家庭を選びたかったが、父親がカワシマ・テクニックスという会社の社

長だった。しかしながら、送られてきた資料の家の外観と、新関東コロニーでも最も住みやすいと

いう、高級住宅地、“サクラカワバタ住宅地”という地域の桜並木の写真が私は気に入った。

 

 これが、コロニーの中なのか、と思えるほどに美しい姿は、昔に見た日本の四季の写真を彷彿

とさせる。

 

 私はそれらの資料を持ち、今では杖をつくくらいに回復した足を踏みしめながら、病院から退院

しようとしたが参った。

 

 私の退院の日は既にマスコミに漏れていたらしく、病院の前には大勢の報道関係者が押し掛け

てきていたのだ。

 

 病院を杖をつきながら出ていくなり、いきなりマスコミがどっと押し寄せてきた。

 

(デイビットさん!この時代の感想は?あなたの世界と比べての御感想は?)

 

(奇跡の生還を果たしたパイロットとして一言!)

 

「カワシマ・テクニックスの社長宅迎えられたのは、何故ですか?理由は?」

 

(デイビットさん、何か一言!)

 

 自分が有名人である事を痛感した。これだったら、スペースシャトルのパイロットだった時の方

が遥かに無名だった。記者は日本人が圧倒的に多かったが、中にはわざわざ別のコロニーや、

地球からやってきた記者までいるようだった。

 

 だから所々知っている言葉が聞き取れたが、そもそも私は彼らの日本語が理解できない事を

分かっているのだろうか?

 

 病院の敷地は、警備体制が敷かれており、私の通り道を警備員が用意しておき、マスコミは入

って来れないようになっていたから助かった。だが、洪水のような記者達の言葉と、彼らがカメラ

を向けてくるのは不愉快極まりない。

 

 私は好んで1500年後の世界で生き返ったのではない。あれは事故であり、今だかつてだれも

経験した事が無いような偶然なのだ。

 

 やがて私を迎えてくれる、一台の車があった。この時代の車のデザインの事は良く分からない。

流線形の姿が使われており、清涼感があり、全く汚れもない車だ。黒塗りの車で、窓ガラスは外

側からは見る事ができないようになっている。この時代の車のデザインの事については分からな

かった私だが、これが高級車であるだろうと言う事は私にも見て取れた。

 

 その高級車の前に立つ、上品そうな服を来た人物が、私に向かって日本式の礼をすると、車の

扉は自動で開いた。

 

「デイビット・マルコムさん?」

 

 車の中に杖と、手持ちの大した事の無い荷物と共に入るなり、車の中にいた男が私に言って来

た。顔に覚えはある。典型的な日本人の中年の男の顔をしているから、どんな顔も同じに見えて

しまうのだが、さすがに滞在先の家庭の主の顔は、資料を何度も見て覚えている。

 

(カワシマ・シンジさんですね?)

 

 私はあえて日本語で言った。酷い発音だったと思うが、そうした方が日本人の礼儀に沿うと思っ

たからだ。

 

(はい、私がカワシマ・シンジ。あなたの受け入れ先である家の主です)

 

 と彼はそう言って来た。すると車はほとんど音も振動も立てずに動き出した。向かい合わせにな

った座席の向かい側にカワシマ・シンジは座っているが、その先に運転席と言うものが無い。そ

のまま正面のフロントガラスに繋がっている。

 

 この時代に合った物の考え方をしなければ。多分、車は全自動で、目的地をインプットしておけ

ば自動的に連れていってくれる。そういうシステムなのだろう。ましてコロニー内は区画整理され

ているから、車も迷うことなく連れていってくれるに違いない。そう。この車は一種のロボットなの

だ。そう考えよう。私は、安心して乗っていればいいのだ。

 

「英語で話した方が宜しいですかな?私は、コロニー内外で、取引先と飛び回っていましてね。仕

事は旧世代エネルギー開発です。シャンパンやワインなどがありますよ、飲んでは如何です?」

 

 シンジはそのように言いつつ、この車の中に設置されている冷蔵庫をスイッチで開けた。この車

はリムジンも同然だ。シャンパンボトルやワインが、私も良く知る姿で小型冷蔵庫の中に保管さ

れている。

 

「いえ、結構。医者に当分酒は控えるように言われていますから」

 

 私もシンジに従い、英語で話すようにした。その方が遥かに楽だ。日本語は表現が多彩過ぎて

私にも難しい。

 

「それは失礼を。客人は、最大限にもてなすのが日本式の礼儀でしてね。それはもうあなたのい

た時代から変わっていないのです。例え、地に足を付けている場所が、地面の上ではなく、コロニ

ーになったとしてもね」

 

 それはごもっともな事だ。礼儀正しく振る舞ってくれた方が、私としては嬉しい。さっきの病院で

は散々な目に遭った。マスコミが大挙して押しかけてきていて、彼らは私を少しも落ち着かせてく

れない。

 

 車の中は適度な室温に保たれており、ほのかに何かが薫る。心地の良い匂いが漂っている。

それは不快には感じられない。

 

「あなたの時代という言葉は、不適切ですかな?」

 

 シンジが私に向かってそう言って来た。

 

「と、申しますと?」

 

 私は少し戸惑いつつもそう答えた。

 

「黒人、白人、そして外人。世の中には変わらず差別用語が沢山ある。あなたの場合は、過去の

時代の人間と言って、現在から差別をする事。そうなのではないかと思ってしまいましてね」

 

 シンジはそう言って私を気遣う。なるほど、確かに過去の時代の人間という言葉は良い印象は

無い。私は気にならないが、差別用語として使おうとすれば使える。

 

「いえ、特には。気にしませんが」

 

 私はそう言うのだった。

 

「そうですか。だが、新聞はやたらとあなたの事を、過去の時代からの使者とか、21世紀からの

使者とかを書き立てている。私はそれを読むたびに歯がゆい思いをしていたものだ。私はあなた

を、普通の客人としてもてなしますが、分からない事があったら何でも言って欲しい。遠慮はせず

にね」

 

 シンジは丁寧な口調でそう言って来た。丁寧な言葉を使いなれているようだったが、どこか、本

心からでは無いような印象もある。彼は会社の社長だそうだから、社交辞令というものに慣れて

いるのかもしれない。

 

 英語での礼儀というものもわきまえているようだ。

 

 車の景色はどんどん進んで行く。スピードは時速60kmくらいだろうか。何台もの色とりどりの

車とすれ違う。広い道路に出ているらしい。緑が広がっており、遠くには山の景色が見えた。

 

 どこかで見た事がある山だ。確か、富士山という日本で一番有名な山の写真を、景色の写真集

で見た事がある。あれに良く似ている山が見えた。

 

「新富士山ですよ。このコロニーの中に人の手で作られた。人工の山です。地球にある本物に似

てはいるが、冬になるときちんと雪化粧をする。良く出来ていますが、実態は地下に発電所を作

る計画がある」

 

 私が、その山に見とれているとシンジはそう解説して来た。

 

「何もかも、私の知らない事ばかりだ。まだ、自分が巨大なコロニーにいるという事が分かりませ

ん。それに、今が1500年後だという事についても」

 

 そのように私が言うと、シンジは顔色を変えて言って来た。

 

「私は正直、あなたを受け入れる事に対しては積極的では無かった。この際ですから、初めにこ

の事をはっきり言っておきましょう。正直、私は家にいる事が少ない。典型的な仕事人間という奴

で、今日もあなたを迎えに行くために、無理した予定を立ててしまった。

 

 あなたが家にくるのは構わないのですが、あなたのホームステイを誰よりも推したのは、私の娘

でしてね。何というか、思春期の子供というのは、親に反発するくせに、新しいものが好きで、好

奇心が旺盛と言うのか」

 

 シンジはそう言ってくる。私は彼の顔色の変化に気づいていた。

 

「それは、思春期の子供と言うのは、皆そんなものでしょう。私の家は、まだ子供が小さいときに

私がこちらに来てしまったので、思春期にあの子達がどう過ごしたかは分かりませんが」

 

 私の脳裏に、自分の子供たちの顔が浮かんだ。上の長男が10歳、下の次男が5歳になった

時、私は宇宙空間を漂う羽目になった。彼らは幸せに成長し、立派な大人になったのだろうか。

 

 彼らは生きてはいない。妻もそうだ。私の子孫がどうなったのかも知らない。私は勝手に1500

年の時を旅してしまった。

 

 彼らを残してきた事が、悔んでならない。シンジの話で、私は余計に家族の事を思い出してしま

うのだった。

 

 だが、どうやっても1500年の時を取り戻す事は出来ない。それは過ぎ去った過去の出来事な

のだから。

-6ページ-

「ようこそ、よくおいで下さいました。カワシマ家に」

 

 私がホームステイする事になった、カワシマ家とは、落ちついた作りの中にある規模の多き家

だった。この家には、日本らしさはほぼ無い。完全に私にとっては未知の世界だ。アメリカ的でも

なく、ヨーロッパ的でも、アジア的でもない。

 

 流線形の形をした本棟が特徴的で、真っ白な壁と、大きな窓がある事が印象的だ。さながら美

術館のようなたたずまいをしている。汚れも染みもどこにも無く、常に清潔さが保たれているよう

だった。

 

 カワシマ家では使用人を5人ほど雇っているらしい。いかにもベテランという様相の使用人が、

まるでホテルマンであるかのように私を出迎えた。だが彼らは妙に態度も丁寧過ぎ、そして顔も

整い過ぎているような気がした。

 

 そんな中、少しぶっきらぼうな顔をして私を迎えた、一人の少女がいた。すぐに分かった。彼女

がカワシマ・シンジの娘だ。

 

「ほら、あなたもきちんと挨拶して」

 

 シンジの妻である、ミドリがそのように言い、娘はしぶしぶと言った様子で私に頭を下げた。

 

(カワシマ・ハルカです。よろしくお願いします)

 

 と言ってハルカは日本語で言って、私に頭を下げた。日本式の礼だ。だが彼女はまるで人見知

りをするかのように、ちらちらと私の方を見ながらの挨拶で完全に頭を下げてはいない。だが私

はきちんと礼をした。

 

 私が、シンジの娘のハルカを見てまず驚いたのが、彼女の髪の色だった。真夏のフロリダにい

そうな若い娘がしている、露出のある格好、へそ出しキャミソールと、短パンを穿いているくらいな

らまだしも、髪を緑色に染めている。

 

 だが、違和感のある染め方では無く、元来から緑色の髪の色をしているかのような染め方だ。

 

(ヨロシク、オネガイシマス)

 

 せっかくなので、私は日本語でそう挨拶をするのだった。それに対してシンジの妻はちらりとほ

ほ笑んだ。だが後ろにいる使用人達はまるで笑おうとしない。

 

「家の中を案内しますわ。広い家なので迷われるでしょう。あなたのお部屋も用意しました。なる

べく私たちと交流を持つようにと言われていますので、食事は一緒です。主人は忙しくて、あまり

家にいませんが、私や、使用人たちはいます。どうぞ、自由に使って下さい」

 

「ああ、はい」

 

 シンジの妻であるミドリも英語が堪能であるようだ。彼女らも英語を使うとは意外だった。ここは

コロニーであり外国領土。何よりも言葉の壁があるだろうと私は覚悟さえしていたのだが。

 

「使用人の人達も、英語ができますか? 私もしばらくホームステイする身としては、多少は日本

語も学ぼうと思って来た。せっかくの機会ですし」

 

 流線形の窓ガラスがはめ込まれ、庭が見渡せる小高い丘の上。そんな廊下を私は杖をついて

歩きながら、私はミドリと、背後からついてくる使用人2人を見まわしながら言った。使用人は2人

とも日本人らしい女性で結構若い。20代くらいの年だ。

 

「使用人達も英語はできます。日本語も話せますし、うちは、外国からのお客も多いですから、中

国語も、フランス語も、確か、アラビア語も入っていらしたかしら?」

 

 と言って、ミドリは、私の背後にいる使用人に尋ねた。若い方の黒髪の使用人が答えてくる。

 

「はい、奥様。20言語が登録されています」

 

 そのように私達ににっこりとほほ笑みながら答えてきた。わざわざ私の為に英語を使ってそう言

ってきてくれている。日本的な美人とはこういう事を言うのか、落ちついた顔立ちが綺麗だった。

 

 しかし、入っている。登録されている。という表現が不思議だ。それは一体、どういう事なのだろ

う?

 

 私は疑問の眼で使用人達の方を見るのだった。彼女達のどことなく不自然な印象から私は、あ

る答えを見つけ出した。

 

「こんな事を言って、おかしく思ったら申し訳ありませんが、もしかして彼女達は、人間じゃあな

い?」

 

「あら?21世紀では、まだ、ロボットはそれほど一般的ではありませんでしたか?」

 

 ミドリはそう言って来た。

 

「あ、ああ、彼女達は、ロボットなんですか。ああ、なるほど」

 

 そう言われても私はとても信じられない思いだった。確かに人間に比べれば、どこか機械的に

作られた態度が、ロボットらしいと言えば、使用人たちはロボットのようにも見える。しかし、かなり

自然にカワシマ家に溶け込んでいる。

 

 私は、自分の生きていた時代で開発された、二足歩行型ロボットや、ロボットの出てくる映画を

思いだしていた。それはロボットと人間の差が明確だった。あれとは違う。かなり彼女達は人間的

にできている。

 

「彼女達には、悪いかもしれないが、あの皮膚の下は、つまりは金属とか機械でできているという

事になるんですか?」

 

 私は思わず興奮してミドリに尋ねた。ここまで精巧に作られているロボットを見て、戸惑いつつ

も、好奇を隠せなかった。

 

「いえ、頭の部分以外はほとんど人間と変わりません。確か、ほとんど有機物で作られているんじ

ゃあなかったかしら?ただ人間よりも頑丈にできていますけれども。そうそう、人間との区別は、

首の後ろに、接続盤がついているかどうかで判断して下さいね。失礼しました。そこまで知らない

とは知りませんでしたので」

 

 ミドリが頭を下げながら私にそう言って来た。

 

「いや、いいんです。分からない事だらけで。ただ、ほとんど人間の姿をしたロボットを見れただ

け、私は感動だ」

 

 そう、ここは1500年後の世界。だが、私はここで生活していかなければならない。1500年後

の世界だからと言って、いつまでも戸惑っているわけにはいかない。早く慣れなければならなかっ

た。

 

「マルコムさん。こちらがあなたのお部屋です」

 

 と言って、ミドリは一つの扉の前までやって来ていた。両開きの扉になっているその扉は音も立

てずに両側に開いた。

 

 そこには、どことなく無機質な印象を持ちながらも、落ちついた雰囲気の部屋が広がっている。

悪くない。日本人の家庭にホームステイするわけだから、もっと、私が想像する和風とされる部屋

も期待していたが、今は時代が違う。

 

「細かい事は、使用人から好きにお聞きになられて。彼女達は嫌がらず何でもこなしますので。

戸惑う事も多いかもしれませんが、まあ、じきになれるでしょう。夜に眠って、食事をして、お風呂

に入るという習慣は、21世紀からある事だと思いますから」

 

「いろいろとありがとうございます」

 

 そう言って、ミドリは私に当てられた客室から出ていった。

 

 ベッドがあり、絨毯があり、ソファー、椅子、本棚。そして部屋の中にはバスルームさえもある。

高級ホテル並みの設備だ。カワシマ家は相当に裕福なのだろう。

 

 まだとても落ち着いた気持ちにはなれない。ベッドの中に横になる事はできないだろう。私は持

っていた杖を置いて、部屋の中央に置かれたソファーに座った。杖を使って歩くなどした事が無い

し、私の筋肉も骨格も完全ではないと言うから、結構疲れる。

 

「君達も、座ったら?」

 

 そう言って、部屋の入り口付近に立っていた、使用人のロボットたちにそう言った。

 

「では、失礼します」

 

 そう言って、髪の色が桜色の方の女性のロボットが頭を下げて、部屋のソファーに二人の使用

人が座った。私は待ちきれないと言わんばかりに、質問を始めた。

 

「私の事はすでに聴かされていると思うが、何と言ったら良いのか。君達ほど人間に近い、つま

り、21世紀の人間にとっては、ロボットか人間かの区別もつかないような存在を、私は知らない。

ロボットというのは、私にとっては君達の差別用語になるかと思うのだがね。名前はある?そちら

で呼んだ方が良いだろう」

 

「いえ決して」

 

「私たちの事をロボットと呼んでも構いません」

 

 二人のロボット達は口々にそう言って来た。まるで人間がするかのような態度と口調が発せら

れる。

 

「名前くらいはあるんだろう?おっと、製造番号を並べられても分からないからな。この家での呼

び名とかはあるんだろうと思う」

 

「私は、サクラと呼ばれています。食事の用意が担当です」

 

 と、実際に髪の色が桜色の方が言って来た。

 

「私は、ヒマワリと呼ばれています。清掃などが担当です」

 

 そう言って来たのはオレンジ色の髪をした方だった。髪の色が植物の色になっているらしい事

は、日本語を勉強した後で知るのだった。

 

「ああ、そうかい。じゃあ、次は」

 

「マルコム様。私たちに質問をするのも良いですが、なるべくならば、このカワシマ家の方々に質

問をされた方が、人同士の交流ができるかと思われます。特にお嬢様からはそのように命令され

ています」

 

「お嬢様って、さっきの?名前は?」

 

 あの緑色の髪をした少女の顔を私は思い浮かべる。

 

「ハルカお嬢様です。あなたをこの家へホームステイするように、強くご主人様に薦めたのは、ハ

ルカお嬢様です。なるべくあなたが、お嬢様と会話をするような環境を作るようにと、お嬢様から

強く命令されています」

 

 命令とは随分強い言葉を使うものだな、と私は思う。そんなに大切な事なのだろうか。私はサク

ラという使用人ロボットの眼を見て思う。

 

「じゃあそのハルカお嬢様について、知っておきたいね。話すよりも前に」

 

 私がそう尋ねると、ヒマワリの方が話してきた。

 

「ハルカお嬢様は、現在17歳です。私立新富士大学付属第3高等学校の3年生の高校生になり

ます。大きな声では言えませんが、成績はあまり良い方ではありませんが、ご主人様が幼いころ

から英語教育をなさって来ているので、英語は話す事ができます。趣味はネットチャットです。理

由は分かりませんが、環境やエネルギー開発に興味がおありで、環境問題を論議するチャットに

よく出入りされています。

 

 お友達の方は私共は知りません。好きな食べ物はパイナップルです。納豆がお嫌いです。担当

している使用人はアジサイです」

-7ページ-

 昨日はよく眠る事が出来なかった。1年以上いた病院から、また環境が変わったせいもあるだ

ろう。ベッドは寝心地がよく出来ていたし、この家は静かだったから眠る事ができる環境は整って

いたのだが。

 

 だが、カワシマ家にある、人工で作られ成分調整さえできると言う温泉は気に入った。体が芯か

ら温まる温泉は、私は経験した事が無いものだった。日本人が露天風呂というものを好む理由

がよく分かる。それはこの時代になっても変わらないらしい。全て人工で作られたものであって

も、今の私には関係の無い事だ。

 

 その後に振る舞われた酒も、私は気に入った。こちらはわざわざ地球の日本で作られた酒であ

るらしい。コロニー内で地球産の酒を買うと、高級なものでは3倍の値段がするらしいが、カワシ

マ・シンジは酒好きらしく、そのような酒がカワシマ家には常備されているようだ。

 

 いつか、一緒に酒を飲みながら21世紀の話を聞かせて欲しいという、シンジの言伝を、私はヒ

マワリから聞かされた。

 

 酒は日本のものだったが、朝食は完全な洋食だ。私は箸が使えないし、米がそれほど好きで

はない上、納豆という発酵食品が、得体の知れないものにしか見えなかったから、食事担当のサ

クラには、洋食を頼んだが、すると食卓に並んだのは全て洋食だった。

 

(ご主人様は、本日も遅くなるそうです。次世代エネルギー開発の件で、エネルギー開発庁の方と

お会いになるそうで)

 

 この家で最も年長らしい使用人、それでも30歳くらいにしか見えないが、カエデが食事中のミド

リに言っていた。

 

(ああ、そう。分かったわ)

 

(ちぇっ)

 

 ミドリがそう言った時、随分とわざとらしく誰かが舌打ちをした。それは私の耳にもはっきりと聞

こえるほど、大きく放たれた舌打ちだった。

 

(こら、ハルカ。お客様がいる中で、失礼な態度を取らないの)

 

 日本語はまだ分からない言葉が多かったが、それがハルカに向けられた叱責だという事は私

にも理解できた。

 

「ごめんなさいね。マルコムさん。この子は、時々、他人の前でも失礼な態度を取る事があるの」

 

 ミドリはそう言って来たが、私は別にかまわない。

 

「いや、構わないんですよ」

 

 と答えて、私はちらりとハルカの方を見た。この緑色の髪色をした少女が、私をこの家にホーム

ステイするように強く勧めたと言うが、私がこの家に来てからと言うもの、一度も彼女とは会話を

していない。

 

 ハルカの方も私を見ようともせず、目線をそらしたままだ。

 

(わたし、失礼な態度なんてとってないもん)

 

 と、彼女は小声で何やら独り言のように言っていた。

 

 それからしばらくしても、私達は黙々と食事を続けるだけで、ろくに会話をしなかった。せっかく

ホームステイという形でこの家に来る事ができたのだから、もっと会話ができても良かったと思っ

たのだが。

 

 朝食が終わり、使用人のロボット達が黙々と食事の片づけをしている中、私達は居間のソファ

ーの上にいた。

 

「では、マルコムさんは、結婚していらっしゃって、お子さんがお二人いらっしゃったのですね?」

 

 朝食後、私はミドリと共にソファーを向かい合わせにして座り、間のテーブルには、日本茶と菓

子、茶菓子と言う奴だ。それが並べられていた。

 

 私はスペースシャトルの乗組員ではあったが、それ以前に父親でもあった。ミドリは普通の主婦

であり、私のスペースシャトルの乗組員としての姿よりも、家庭的な姿の方に興味があるようだ。

 

「ええ、ですが、それがとても遠い昔の出来ごとに感じられる。遠い世界に彼らを置き去りにして、

自分だけ別の世界にやって来てしまったような。そんな感じがしてならない。心のどこかでは、何

かしらの手段を使って、彼らの所へ戻る事ができるような、そんな気さえする」

 

 そう言いつつ、私は日本茶を口にした。こんなものを飲んだのは初めてだ。紅茶とは全く違う。

ほろ苦い味が広がった。

 

「マルコムさんは、当時のスペースシャトルの乗組員でいらしたんでしょう。さぞかし、頭の良いお

子さんだったのではないでしょうか?」

 

 ミドリが笑顔と共にそう言って来た。お世辞でも言いたいのだろうか。

 

「いや、それほどでは。通わせていた学校も普通だし、別に極端に頭が良くもありませんよ。むし

ろ空想家でね。うちの息子達は、私の影響からか、SF映画が好きだった。分かりますか?宇宙

とか宇宙船が出てくる映画ですよ。そういうものばかり見ている子供です」

 

 私は自分の子供たちの事を思い出しながら、ミドリにそう答えていた。こうして子供達の事を思

い出していると、やはり彼らにまた会いたいという気持ちに襲われてしまう。私の日本茶を飲むペ

ースも止まっていた。

 

「でも、夢もあって良い子たちじゃあないですか。それに引きかえ、家のハルカと言ったら、最近で

はあまり学校にも行っていなくて、これからどうするのという感じですわ。もう家でコンピュータをい

じってばかりで」

 

 と、ミドリが言った時だった。

 

(わたし、学校なんか行ってもつまんないんだもん)

 

 そのようなハルカの声が私の後ろから聞こえてきた。そこでは私達から離れた場所のテーブル

で、何やら光学画面を並べて、そこで何かの操作をしているハルカの姿があった。私達の方をち

らちらと見ていつつも、さっきから同じような操作を繰り返している。

 

 私が見た限り、彼女の顔は何とも退屈そうな顔をしていた。

 

「一日中、ああしているかと思ったら、次の日はどこかに出かけていたりと、あの年頃の子は良く

分かりませんわ」

 

 そのようにミドリは言って来たが、ハルカはやはりちらちらとこちらを伺って来ている。もしや、私

と何かを話したいのではないかと思った。

 

だったら、私に向かって話をしてくれば良いものを。何か恥ずかしい事でもあるのだろうか。

 

「私を、この家にホームステイするように強く勧めたのは、娘さんだと聞きました」

 

 私はそのようにミドリへと言った。

 

「ええ、そうらしいですわね。だったら、もっと話せばいいのにと思いませんか?あの子の相手をし

てやってくださいな」

 

 ミドリがそう言って来たので、私は座っていたソファーから腰を上げた。そして、どうやら恥ずか

しがって話しを切りだせないでいるらしいハルカの方へと、ゆっくりと歩みを進めて行った。

 

 ハルカは私から目線を外して、テーブルの上に並べられた光学画面に、ひっきりなしに何かを

打ちこんでいる。

 

 キーボードさえも光学画面化されているらしく、ハルカの手は空間上に浮かんでいるボードの上

を動いていた。

 

「君、学校は?」

 

 私はなるべく相手を怖がらせないようにそう尋ねたつもりだった。するとハルカは何かを不満そ

うな顔をしながら私に答えてくる。

 

「あんな所に行ってもつまんないんだもん」

 

 ハルカは不機嫌そうにそう言って来た。英語を話す事ができるというのは本当らしい。しかも訛

りも無い、自然な英語を話してきた。

 

 私が知っている日本人の話す英語というものは、もっと訛りが強い。元いた時代での私の職場

には、日本人の職員がいたから、その人物の英語を聴いていて知っている。

 

「じゃあ、君のお友達はコンピュータなのかな?この時代の子は皆、そうなの?」

 

 私はハルカの座っているテーブルの向かいに座ってそう尋ねた。ハルカは相変わらず私から目

線をそらしている。

 

「そういう子もいるし、そうじゃない子もいる」

 

 ハルカはそう言うなり、またしきりにキーボードを打ちこんで画面に文字を並べたが、彼女が並

べた文字は日本語であったので私には分からない。

 

「君が何をしているか、教えてくれないかい?私は、コンピュータというものは知っているけれど

も、君が使っているようなものは知らない。私から見ると、結構、凄いものを使っているように思え

るんだけれども」

 

「チャットというやつよよ。あたしと同じ、暇人と会話をしているの」

 

 ハルカはそのように言って来た。チャットならば私も知っている。この時代にも姿は変わっても

存在しているらしい。

 

 ただ私の知っているものとは大分違う。私の知っているチャットとは、画面に字を並べてインタ

ーネットを介し、会話をするというものだった。

 

 だが、ハルカが前にしている光学画面をみると、3Dの画面がひっきりなしに動いており、文字

は文字で別のウィンドウに表示されている。

 

 どうやら彼女は今、チャットに繋がっている仲間達と卓を囲んでおり、そこで会話をしているらし

かった。

 

「これが君?」

 

 私は指を伸ばして、画面に表示されている、何やらバークラブのような場所にいる、大人びた女

性のグラフィックを指差した。髪の色がハルカと同じ緑色をしているのですぐに分かった。だが、

グラフィックに現れている女性はハルカよりもずっと髪が長く、大人の姿だ。16歳だというハルカ

よりも10歳は大人だろう。

 

「そう、あたし。ネットクイーンのハルカ嬢」

 

「なるほど、ネットワーク上の空間を自由に設定でき、そこに別の自分を存在させる事ができるわ

けだ。ただの文字だけのチャットより面白い」

 

 “ネットクイーンのハルカ嬢”のグラフィックは、しきりに、シャンパングラスのようなものから酒ら

しきものを飲んでいる。だがそれはあくまで、ハルカ本人ではなく、架空の彼女でしかない。グラフ

ィックは繊細でリアリティがあり、大人と化したハルカが、本当にそこにいるかのようだったけれど

も、それは多分、ハルカの憧れの存在でしかないのだ。

 

「何のチャットだい?チャットをするからには何かテーマがあるんだろう?同じくらいの年頃の子と

話をするとか」

 

「エネルギー問題」

 

 私の言葉を遮るようにしてハルカがそう言葉を発した。彼女の目線はしきりに光学画面の立体

3Dの中に注がれている。

 

「そうした環境問題に関心があるの?君は?」

 

「そうあたしが言っていると、皆が寄ってくるから、面白くて」

 

 ハルカの言っている事はどういう事だろう?環境問題は今この時代において、ハルカくらいの年

齢の子の話題の一つなのだろうか。

 

 そう言えばハルカの父親、シンジはエネルギー関連の企業の社長だと言う。だから娘が同じよ

うに環境問題に関心があるという事だろうか。しかし15歳くらいの年の子が、そうしたものに関心

があるのは不思議だ。この時代の子は何もかもが違うのだろうか。

 

 私からハルカの姿を見る限り、ファッションなどに関心がある、典型的な子供にしか見えない。

ちょうど、私が知っている時代の若者たちと同じようなものだ。だから彼女の姿を見ても、環境問

題に関心があるなどと少しも思えない。

 

 私がじろじろとハルカの方を見ていると、また彼女は突然口を開いた。

 

「学校の先生に言われているの。おじさんを、授業に連れていって話をさせてくれれば、今までの

欠席を全部ちゃらにしてくれるって」

 

 おじさんと言うのはどうやら私の事らしい。そんな風に呼ばれるのは、21世紀の時代にも無か

った。ハルカは目線を私の方に向けずに話をして来るものだから、誰の事を言っているのか分か

りづらい。

 

「それってどういう事だい?学校で高校生相手に21世紀の話をして欲しいってことかい?」

 

「まあ、そんな所」

 

 ハルカの思惑が読めてきたような気がした。もしかして、ハルカは自分の学校での欠席を帳消

しにする為に私のホームステイを推したのではないだろうか。

 

 私は想像してみる。36世紀の高校生達に、21世紀からやって来た私が授業をするのだ。この

時代の子供達がどんな事に関心を持っているのか分からない。彼らにとっては、とてつもないほ

どの旧時代になる、スペースシャトルの技術を教えたとしてもつまらないだろうか。

 

 だがそんな事を今の私にするような度胸は無い。例えスペースシャトルの乗組員になる事が出

来た私であっても、今いる場所は世界が違いすぎた。

 

「私はむしろ、教えるよりも、教えられたいよ。まだ分からない事が多すぎる。正直、町に出る事さ

え怖いくらいだ」

 

 私はありのままの気持ちを言ってみた。ハルカにとってみれば、私が学校で話しをする事くらい

は、簡単な事だと思っているようだ。

 

「そんなの、出歩かなくてもネットで探せば勉強できるよ。キーボードくらい分かるんでしょ?おじさ

んの時代の事、調べたよ。コンピュータ黎明期ってやつ」

 

「黎明期?その割には随分発達したと思う。画面を指で動かせる携帯電話があったくらいなんだ

ぞ?」

 

 私は強がってそのように言ったんだが、

 

「iPhoneに、新幹線はE5。ウィンドウズ。ロボットが二足歩行を初めた時代。でもまだ、人類は地

球の重力に縛られていて、宇宙にはほとんど出ていない。おじさんの時代の事は何でも調べた

よ。ネットを調べれば何でも載っているもん。インターネットができた時代から先の情報は、何でも

調べられるの。その頃の人達のブログまで残っている」

 

 1500年前はこの時代からしてみれば遠い昔のはず。私のいた時代から1500年も昔と言え

ば、アメリカ大陸は発見されておらず、東ローマ帝国が西洋の中心だったような時代だ。そんな

昔の頃の文化など、私のいた21世紀ではほとんど手に入らない。

 

 だがハルカはそれを知っている。今だにインターネットにそんなものが残っているのか。ウィンド

ウズやiPhoneは私達の時代ではセンセーショナルなものだったが、個人のブログまで今だに残さ

れているとは。

 

「だが、そこまで知っているんじゃあ、何も私が出て行っていちいち授業なんかする必要は、無い

んじゃあないのか」

 

 私は遥かにそう言った。すると彼女は、

 

「先生が言うには、実際に生きていた人の生の声を聴く事はとても大切なんだって。だから、おじ

さんにはお願いしたいんだってさ」

 

 ハルカにそう言われてしまい、私はしばし考える。確かに、1500年前の人間からの話というも

のは、私も聴いてみたいと思う。

 

 その欲求は、あの病院にまで押しかけて来た人々が示していた。あの記者達は私にストーカー

のようにしつこく付きまとい、私からインタビューを聴こうとしている。彼らは世間の欲求によって

突き動かされている。誰しもが、1500年前の話を私から聴きたがっている。それはデータなどの

情報として残されているものではなく、あくまで私が生きた時代のものとして聴きたがっているの

だ。

 

「私の出席日数の為と言う訳じゃあないけれども、わたしもおじさんの時代の話を聴いてみたいと

思う」

 

 ハルカはその言葉を言うと、チャットをしている光学画面のキーボードから手を離した。

 

「まあ、その事に関しては、一度、移民局の私の担当と連絡を取って、やっていいかどうか話しを

聞いておくよ。答えはそれからにしてくれ。何しろ、私は君達に教えるという事よりも、教えられる

事の方がずっと多いんだからね」

 

 この時の会話で満足できたのは、ようやくハルカと私が会話をまともにする事が出来たと言う点

だった。

 

 どうやら彼女ともっとコミュニケーションが取れるようになるには、もう少し時間がかかりそうであ

る。

-8ページ-

 私がハルカの学校の教室に招かれたのは、1週間後の事だった。ハルカの担任の教師は、私

をすぐにでも教室の前に立たせたかったらしく、すぐにでも来て欲しいと言って来たが、有名人に

なってしまっている私は、無闇に外出すれば人目につき、またマスコミにも騒がれる。

 

 私の保護観察官であるという、コロンビアコロニーの移民局の担当に電話で話をして、判断を

仰いだ。

 

 彼は渋っていた。どうやら、この新関東コロニーだけではなく、コロンビアコロニーにおいても、

私の存在はマスコミが騒ぎたてているらしく、当分は外出しない方が良いと言って来た。

 

 だが私は、学校と言っても広い講堂で講演会のようなものを開く訳ではなく、あくまで一つの教

室で高校生たちに話をするだけだから、と言って、何とか彼を納得させた。

 

 しかし万事の対策はしておく。ハルカの担任の教師には、その事をなるべく外部に漏らさないよ

うに言い、一回の授業だけ、ハルカのクラスのみで話しをするという事で折を付けた。

 

 とはいえ、どうやらそういった話は簡単に外部に漏れてしまうようである。どうやらマスコミが騒

いでいて取材を仰いでいると学校側から連絡があったので、当日、ハルカの学校には、彼女と同

じ車で使用人に連れていってもらい、こっそりと門をくぐった。

 

 そして、私は36世紀のコロニーの中にある高校で授業をする事になった。

 

 教師になりたいと思っていた時期が一時期あった。だがまさか、1500年後のコロニー内の高

校で授業をしようなどと想像した事は無い。

 

 私の夢の一つは、予想外の形でかなって叶ってしまったようだ。

 

 

説明
初めて描いてみた超未来におけるSF小説になります。
コロニーで人類が暮らす時代とはどうなるのか、私なりの解釈とドラマを描きます。
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オリジナル 短編 SF 

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