真・恋姫†無双 〜天ハ誰ト在ルベキ〜 第捌話(上) ギシン
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「帰りたい」

 今は丁度正午くらいだろうか。

 前を見れば人、人、人。後ろを見ても人、人、人。

 しかも全く動きだす様子はないので、自分も動くことは出来ない。

 そんなに多くの人が密集したところに立っていれば暑苦しくて、流石に体力は奪われていく。

 自分が望んでここに居る訳ではないのだから、帰りたいと思っても仕方ないだろう。

 それに帰りたいと思うのは他にも理由がある。

 ここに居る人のみんな(俺以外)は女の子もしくは恋人同士なのだ。

 長い行列の中、その甘ったるい空間に男一人でいるこの気持ちは諸兄には分かってもらえると思う。

「ねぇねぇ、この後どうする〜?」

「そうだなぁ・・・・・・」

 勘弁してくれ。空気的にも、周りの視線的にも限界が近い。

 俺が逆の立場でもそう思うし。

 なんでこんなとこに男一人でいるの? あいつ何してんだ・・・・・・、って。

 そうだよなぁ、やっぱり街一番のお菓子屋の新作を買うために男一人はおかしいよなぁ。

 別に俺だって来たかった訳じゃないさ。というか、今日は久々の休日を満喫するつもりだったのに・・・・・・。

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「昨日まで、政務で部屋に籠りきりだったからな。今日は街の方にでも行ってみようかな」

 ずっと椅子に座っていたから、腰が固まって痛かった。

 思い切り背伸びをしたら、やばめな音がバキバキ鳴っていた。中国なんだから、整体とか鍼とかないのだろうか。

 窓を開けて、太陽の光を浴びる。くは〜、気持ちいい。外に出るのにこの天気は最高だな。

 軽く体を動かして部屋から出る。朝飯は何にしようかな。

 そんなことを考えて歩いていると、沙和が向こうから歩いてきた。

「隊長・・・・・・」

 明らかに元気がない。いつもなら「隊長〜、おはよ〜なの〜」とか言ってくるのに。

「? どうした沙和。深刻な顔して?」

 流石にこんな状態の沙和に声をかけないではいられない。

「隊長、お願いがあるの・・・・・・」

「なんだ? 今日は仕事もないから、大体のことは出来るぞ」

 まぁ、やることといっても街に行くくらいだし、沙和の願いを聞く方が断然大事だしな。

 しかし、沙和の悩み事って何だろうか? ここまで悩むことに俺が出来ることはあるのだろうか。

「ほんとに頼んでもいいの?」

 心なしか顔色も悪い。相当思いつめているようだ。

「ああ、何でも言ってみろよ」

 もし、過去の俺に一言言ってやれるのなら、ここでさっさと街に行くにしろ、何にしろ、動くべきだ、と伝えてあげたい。

 こんな沙和を置いて何処に行く気だ、と思われるかもしれないが、そんな気持ちは一瞬にして吹き飛ぶから。

 そして、沙和は笑顔で口を開いた。

「良かったの〜。なら、街に行って今日発売の新作のお菓子を買ってきてほしいの」

「は?」

 そりゃそうだ。開いた口がふさがらないよな。そして、二の句もつげないさ。

「凄い人気で開店前から並ばないと買えないから、どうしようか困ってたの。凪ちゃんに言っても「私たちは明日警邏担当だろ。お菓子を買いに行くから休ませてくれ、なんて通るはずがないだろう」って言われちゃったの。真桜ちゃんはからくりの見本市に、焔耶ちゃんは虎狩りに行っちゃってるし、風ちゃんは政務が忙しそうだし諦めてたの。でも、隊長が行ってくれるなら問題ないの〜」

「いや、沙和っ」

 そして、肩すかしをされて気が抜けた状況で、上機嫌の沙和の話についていけるはずもなく・・・・・・。

「でも一人三個までしか買えないから隊長の分はないから、何か好きなもの買ってきても良いの。じゃ、警邏に行ってくるの〜」

 言いたいことだけ言って走り去る沙和に追いつけるはずもなく・・・・・・。

「おい、ちょっと待てって・・・・・・、行っちまったよ。はぁ」

 行ってしまった後に、どう考えてもおかしいでしょ。しかも俺の分無いのかよ。

 好きなもの買っても良いの、とか言ってたけど、代金すらもらってないから自腹だし。

 とか考えても、時既に遅しな状況な訳で。

「はぁ、やれやれ」

 その時の俺に出来ることは盛大に溜め息をついて、起きた時とは違う気分で街に向かうことだけだった。

 さっきまでさんさんと射していた太陽は雲に覆われていた。

 

 ただ残念なことに、こんな回想をしても全く列の動く気配が無いことに、また溜め息をつく俺だった。

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「やっと買えた・・・・・・」

 店を出て、大きく息を吐く。

 店内は人でごった返していたけど、なんとか任務を達成することが出来た。

 ここで反抗して、買わないという手段に出れない自分が少し情けないけど。

「さて、これからどうしようかな」

 せっかく街に出たんだから、これだけで帰るのはもったいなさすぎる。

 どうせ、沙和もまだ警邏中だし。時間には余裕があるしね。

「すぐに帰るのもあれだし、ってどうしたんだ?」

 行きつけの飯店に飯でも食いに行こうかと思っていたら、さっきのお菓子屋の前で異様な氣を発している人がいる。

 何だ、あの威圧感は。稟や風に会った時の凪みたいな氣じゃないかよ。

 あんなのがこんなとこで暴走したら、うちの街が崩壊しちゃうって!

 と、とにかく話を聞いてみて、そこからだな。

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「くそぅ、新作の菓子を一個しか買えなかった」

 盛大に地面に跪く姉者。反応がいちいち大きいのが、また可愛い。

「まぁまぁ、姉者。一個だけでも買えて良かったじゃないか」

 しかし、街の往来でこれだけやるのは流石に不味い。

 どちらかと言うと、今の姉者に絡まざるを得ない街の警邏隊が、だが。

「それは違うぞ、秋蘭! 一つだけ買えても意味がないではないか!!」

 そんな私の気も知らず、姉者はどんどん怒りを激しくしてゆく。

 ひとまず、姉者を宥めなくてはな。七星餓狼をこんなところで振り回されても困る。

「まぁ、それはそうなのだがな」

 ふむ、今回はどんなことをしようと言うのだろうか。

「ええい、店主に掛け合って、せめてあと二個作らせるっ!」

 三個しか買えないのに、無理に二個作らせて最大数買おうとしているのになぜ「せめてあと二個」なのだろうか?

 このままこの先の行動を見てみたい気もするが、下手すれば店主を殺してしまいかねん。

「おいおい、それでは限定で発売していた意味がないであろうに。姉者、ここは他の物で良しとすべきでは?」

 だが、姉者のことだ。どうせ「い・や・だ!!」とでも言うのだろう。

「い・や・だ!!」

 姉者・・・・・・。やはり言ってきた。あぁ、姉者はかわいいなぁ。

 とは言え、いつまでも騒ぐ訳にもいかんな。ここの人に迷惑をかけることは避けねばならん。

「姉者・・・・・・」

 さて、何と言って姉者を説得すべきか。

「あの」

 若者が声をかけてきた。姉者はあの状態だから、私が対応しようとするが、

「何だ、今は忙しいのだ、話しかけるな!!」

 っと、先に姉者が反応してしまったようだ。

 しかし、あの状態の姉者の氣を浴びて平然としているとはこの男なかなかのものだな。

「すまない、少し機嫌が悪いようでな。それで何の用だ?」

 とにかく、話は聞かねばなるまい。恐らくはこちらに責任があろう。

「立ち聞きしたようで心持ち悪いのですけど、聞いたところあのお店の限定の菓子を買えなかったようで」

 姉者、大声で騒ぎ過ぎだ。尤も、やめさせるつもりはないが。

「あぁ、騒いでしまって迷惑をかけたな。すぐにどかせるつもりだ」

 とは言ったものの、今の姉者をどうにかするのは骨が折れそうだ。

「いえ、そうじゃなくてですね・・・・・・」

 青年はやんわりと否定してきた。ふむ、では一体何の用なのだろうか。

「む? 何だ?」

「もし、よろしければ自分の買った物で良ければ、差し上げますけれども?」

 こいつ、何を考えている?

 単なるお人好しとも考えられるが、逆にも捉えられる。

 しかもこのお誂え向きすぎる状況を鑑みれば、素直にこの話を受けて良いものだろうか。

「・・・・・・、お主も長く並んで買ったのであろう?」

 相手は一般人の可能性もある。すぐに事を荒立てることもあるまい。

 こやつが一般人で無かったとしたら、何が目的なのだ。

 今日家に来られる方を狙って、まず私たちの排除か? しかし、今日の来訪は公的なものではない。姉者との間で交わした約束だから、誰かに漏れる心配は無いはずなのだが・・・・・・。

 ともかく、こやつの話を聞いてみよう。

「いや、そうなんですけどね。実は、かくかくしかじか」

「かくかくうまうま。それは災難だったな」

 ふむ、まぁ、何と言うか、気持ちは分からんでもない。

 流石に嘘では無いのかも知れんが、どうも状況が合いすぎている。単なる偶然であれば良いのだが。

「そこであなた達を見て、あんなに悔しがっているのなら、もらっていただいた方が良いかなって思いまして。そのまま持って帰るのもなんとなく癪ですし」

 彼の買った物をそのままもらってしまうのは忍びない気もする。 

「なるほど。だが」

「気にしないで下さいよ。自分の街ですから、いつでも買いに行けますし。最悪、自分が店主に頼めば持ってきてくれますから」

 申し訳ないが断ろうしたが、彼に遮られてしまった。

 む?

 自分の街? 持ってきてくれる? 一般人にしては何か物言いがおかしい。

 白く輝く服、姉者の氣にも耐えうる胆力、もしや・・・・・・。

「お主、名前は?」

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side 一刀

「くそぅ、新作の菓子を一個しか買えなかった」

 赤い服の長髪の女性が、この世の終わりの様な感じでへこんでいた。

 声はかなりでかかったけど。

「まぁまぁ、姉者。一個だけでも買えて良かったじゃないか」

 それを宥める青い服の女の人。右の顔半分は前髪に覆われていて窺うことは出来ない。

 その言葉に反応したのか、長髪の女性が勢いよく立ちあがった。

「それは違うぞ、秋蘭! 一つだけ買えても意味がないではないか!!」

 相当機嫌が悪いみたいだ。正直関わり合いにはなりたくないけど、ねぇ。

 話を聞く限りじゃ、多分この新作の菓子を買いに来ての問題だと思うんだけど。

「まぁ、それはそうなのだがな」

「ええい、店主に掛け合って、せめてあと二個作らせるっ!」

 なんか不穏な空気になってないか? 今までの経験上、この流れはろくなことにならない気がする。

「おいおい、それでは店が限定で発売していた意味がないだろうに。姉者、ここは他の物で良しとすべきでは?」

 おぉ、良い感じの説得が入ったぞ。これでいける、

「い・や・だ!!」

 わけないですよね。なんでかは分からないけど、絶対に否定される様な気がしたよ。

「姉者・・・・・・」

 会話が途切れたし、話しかけるならここしかないかな。

「あの」

「何だ、今は忙しいのだ、話しかけるな!!」

 うおっ、恐っ。なんかすげぇ形相で睨まれたよ。

 武器を構えられてあの氣を当てられたらたら、失神してたかも。

「すまない、少し機嫌が悪いようでな。それで何の用だ?」

 青い服の女性が長髪の女性と俺の間にすっと入って来た。

「立ち聞きしたようで心持ち悪いのですけど、聞いたところあのお店の限定の菓子を買えなかったようで」

 とりあえず、話を切り出してみる。

「あぁ、騒いでしまって迷惑をかけた。すぐにどかせるつもりだ」

 申し訳ないというか、呆れているというか、何とも言えない表情をしている。

 こんなことが日常茶飯事なのかもしれない。

「いえ、そうじゃなくてですね・・・・・・」

「む? 何だ?」

 恐らく、騒いでいたことを咎められると思ったのだろう。

 それを否定されたので、俺が何が言いたいのか不思議に思っているようだ。

「もし、よろしければ自分の買った物で良ければ、差し上げますけれども?」

 俺の言葉に、眉をひそめる女性。

「・・・・・・、お主も長く並んで買ったのであろう?」

 確かにその疑問はもっともだ。

 実際に並んでいた人なら、せっかく買えた品を差し出すなんてありえないと思うもんなぁ。

「いや、そうなんですけどね。実は、かくかくしかじか」

「かくかくうまうま。それは災難だったな」

 苦笑しながら、ねぎらってくれた。

 あぁ、やっぱり納得できない俺が普通なんだよね?

 沙和のあれは理不尽だって思って間違いないんだよね?

「そこであなた達を見て、あんなに悔しがっているのなら、もらっていただいた方が良いかなって思いまして。そのまま持って帰るのもなんとなく癪ですし」

 この俺のつらい想いの一部でも沙和に感じてもらいたい。

 だから俺は心を鬼にして、このお菓子を必要としている人に差し上げるんだ。

 べっ、別に、沙和に対する復讐とかそういうんじゃないんだからねっ///

「なるほど。だが」

 それでも、遠慮してるようだ。

 実際、俺とか沙和はいつでも買いにこれるし、この街を治める人間としても折角うちの街に来てくれたんだから、笑顔で帰ってもらいたい。

「気にしないで下さいよ。自分の街ですから、いつでも買いに行けますし。最悪、自分が店主に頼めば持ってきてくれますから」

 ためらわないでもらってもらうつもりが、俺が喋った後、怪訝な表情に変わってしまった。

 なんか変なこと言ったかな、俺?

 そんなことを考えていると、唐突にこんなことを聞かれた。

「お主、名前は?」

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 確かに、自己紹介がまだだった。

 いつまでも名乗らないんじゃ、むこうも不審に思うよなぁ。

「名ですか? 北郷一刀といいます」

 名乗ってから、手を差し出す。

 握り返されるかと思いきや、きちんとした敬礼をされてしまった。

「やはり、ここの太守様でありましたか。今までの非礼、平に御容赦を」

 あれ、まだここの太守とは言ってなかったんだけど。俺の名前って広まってるのかね?

 だけど、目の前でいつまでも礼を取られていては気まずい。

 この街の人にしてもらったこともないし、してもらいたいとも思わないし。

「へっ? そ、そんなかしこまらないでよ。今は単なる一人の町人だよ」

 公的な場なら勿論必要だと思うけど、こんなとこでそんなものは使って欲しくない。

「そうでしょうか?」

「とにかく、さっきまでの口調で良いからさ。逆にこっちが気を使っちゃうから」

 俺より明らかに威厳がありそうな人に敬語を使われるのは心が落ち着かない。

「分かりました。では、先程の様にさせて頂きます」

「うん、お願い。それでもらってくれるかな?」

「ならば、お言葉に甘えさせていただこう。姉者の暴走にも少々てこずっていたしな」

 姉者、なんだ。てっきりこっちの人が姉だと思ってたよ、俺。

「良かった」

 ま、ともあれもらってもらえて良かった。

 これで、沙和へのささやかな復讐が果たせたっ!!

 初めて沙和に勝った気がする。せこいだの小さいだの言われようと関係ない。

 あぁ、今までの俺の苦労が報われた・・・・・・。

「だが」

 その一言で、感涙にむせび泣こうとしていたところを現実に戻された。

「だが?」

 え? 俺は何かしなきゃいけないの?

 物をあげるのってそんなに敷居が高いことだっけ?

「感謝の印として、我が家に招待させていただこう」

「流石にそれは悪いんじゃ」

 お菓子をあげただけで、そこまでしてもらっては申し訳ない。

 恩着せがましいことをしたと思ってしまうのは、俺の加害妄想だろうか。

「しかし、な。逆に何もしなかったとあっては夏侯家の名折れというものだ」

「か、こう、け?」

 名? 姓? 字? ってか。今のは名前?

「ん? あぁすまない、自己紹介が遅れたな。私の名は夏侯妙才。姉者は元譲、夏侯元譲だ」

 えぇぇ!? まさかこんなところで、こんなすごい人たちに出会えるとは!

 だって、夏侯惇と夏侯淵だよ!? 曹操の黎明期から仕え、長きにわたって曹操を支え続けた武人だよ!? 魏の武将でいちばん有名と言っても過言じゃないよ!?

「あ、あぁ、よろしく」

 内心の動揺を抑えて、なんとか言葉を発する。

 でも、声は震えて上手く声を出せたか自身は無いけど。

「では、姉者をなだめたら、向かうとしようか」

「俺はもう行くことが決まってるんだ・・・・・・」

 どうやら、俺に拒否権はないらしい。

 まぁ、いつもこんな感じだから、特に焦ることは無いんだけどね。

 よく考えてみると、この考え方が身についたことは良いことなのか悪いことなのか・・・・・・。

「女の誘いくらい、すっと受け止めてみせろ。それが男の甲斐性というものだ」

 そう言うと、妙才さんは、悪戯っぽく笑った。

「そうかなぁ・・・・・・」

 見上げると、もう青空が広がっていた。

説明
お久しぶりです、と言っても覚えておられますでしょうか?
前回の投稿からすごく間が空いてしまって申し訳ありません・・・・・・
今回は8話の前編ということでこの後に後編が続きます
頑張ってこれからも書いていくので、よろしくお願いします
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コメント
>>ZEROさん もしかして読める展開だったらどうしようかと思っていましたが、そう言っていただけてホッとしてますw(桜花)
これはたしかに意外ですね。春蘭よ、無茶を通そうとするなよ。(ZERO&ファルサ)
>>namenekoさん 自分の場合、秋蘭は俺のよm・・・、いや霞も良いな、待てよ風も・・・となって結局一人に絞りきれなくなる駄目人間ですwww(桜花)
>>新羅さん ですよね。春蘭は愛される良いキャラだと思います(桜花)
秋蘭はほんとにいい女だ嫁に欲しいぞこのヤローーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(VVV計画の被験者)
姉者かわいいよ。姉者(森羅)
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