虚界の叙事詩 Ep#.09「プロジェクト・ゼロ」-2
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ヘン・ガップライ・シティ近郊 チャオ公国

 

γ0057年11月21日

 

午後6時38分

 

 

 

 西の空に日が沈んでいこうとしている。橙色に染まった太陽が、遠くに見える小高い丘の向こ

うへと沈んで行こうとしていた。

 

 『SVO』の8人は、《チャオ公国》の国道沿いの線路を走る貨物列車に乗っていた。『帝国軍』

の進駐地帯からは脱出し、今は近郊の街、《ヘン・ガップライ・シティ》へと向かっている。『帝国

軍』のトラックは、途中の操作場に隠して乗り捨てておいた。

 

 鉄道は、帝国軍進駐地帯から伸びてきた道を横道とする形で合流し、そのまま《チャオ公国》

を南北に縦断する主要幹線となっている。国営の鉄道線路、それも未だに電化されていない

線路で、50両はある長い貨物車両を牽引しているのは、古びた機関車だった。

 

 ディーゼル機関車に牽引された貨物列車。その趣は、線路という概念すら無くしてしまった先

進国からすれば古めかしい。何の為に、そんなローテクを使うのか、とさえ言われる。

 

 だが、この国では、未だに何もかもがローテクだ。リニアや立体映像が縦横無尽になってい

るのは『帝国』や『NK』を初めとする先進国だけで、実際には世界は発展途上国の方が多い。

 

 《チャオ公国》は、発展途上の中でもまだ良い方で、食糧危機や環境汚染も控えめ。他の国

に頼る必要は無かった。

 

 8人がこっそり乗り込んだ貨物車両のコンテナも、一体何年使っているか分からないほどの

車両で、揺れもひどい。鍵すら掛かっていなくて、彼らは簡単に忍び込む事ができた。だが、内

戦やテロの脅威が少ないだけでも、この国はましな方だ。

 

 発展を極めた社会との格差。それはローテクとハイテクの間をさ迷う。

 

 あれから、まだ一時間ほどしか経っていない。あの、人の姿をした、人でない存在と、『SVO』

が戦ってからは。

 

 あの戦いに参加した、太一、隆文、絵倫、沙恵の4人は、それぞれが酷い怪我をしていた。

 

 その中でも酷い怪我だった沙恵。それでいて最も高い治癒能力を持っている彼女が復帰し

た事で、一行の怪我の治療は促進される。

 

 沙恵自身の体の治癒にも時間がかかった。感電した体の火傷、そして切り裂かれた腕。仲

間達の応急処置を済ませると、彼女は、薄暗いコンテナ車の奥で、荷物を頭に敷いて横になっ

てしまった。

 

「絵倫…、大丈夫かよ…」

 

 隆文はしきりに絵倫を気遣っている。

 

「あんたこそ、大した怪我よ…」

 

今にも倒れるんじゃあないかという絵倫の声。彼女は肩からの流血が酷い。彼女自身も自己

の治癒能力を活性化させてはいたが、それでも怪我は酷かった。

 

 出血と、あの『ゼロ』によって、『力』を吸収された事が原因だ。

 

 揺れる貨物車両の中、8人は荷物同士の隙間に、身を寄せ合うようにして潜んでいた。入っ

て来た錆びたスライド扉はほとんど閉め、隙間から外の様子を太一が伺う。

 

 彼も怪我をしていたが、絵倫や沙恵に比べたら軽傷だ。だが、他のメンバーにその役を譲っ

ても良いくらいに疲労しているはずだった。

 

 そうであっても、その役を買って出ていた。

 

 小さな隙間から差し込むスリットの光だけが、車両の中での光源。

 

「登は、大丈夫か…? 確か、乗り物酔いが…」

 

 隆文が心配した。車両は貨物で、元々この地方の線路はろくに整備されていない。揺れは凄

まじい。

 

「登は、寝ちまったよ先輩。確か、朝3時か4時起きだったってなあ…」

 

 浩が答えていた。登は、沙恵と同じように、列車の荷物を頭に敷いて眠っている。

 

「それで、よォ…。あんたらの言うその『ゼロ』ってのは、結局何だったんだ…?」

 

 隆文達に対する質問は、彼らの怪我の酷さから、敬遠されていたが、傷が治りかけてきた

今、ようやく肝心の質問が始める。

 

 それは浩によって切り出された。

 

「…、さあ、何が何だか、さっぱりわからなかったぜ…」

 

 浩の方を見ようともせず、隆文は言っていた。

 

「…、直接出会ったって言うのに、分からなかったってのかい…?」

 

 と、浩。

 

「ただ分かった事って言うのは、あの存在が、わたし達の手に負えないくらいの『力』を持ってい

たって事だわね…」

 

 傷の応急処置も終わり、休んで寝ていたと思われていた絵倫が、隆文の代わりに答えてい

た。

 

「具体的にどのくらいの『力』なの…?」

 

 太一の側にいた香奈が尋ねた。

 

「少なくとも、あの『帝国』の国防長官の『力』は遥かに上回っていたな…」

 

 思い出すかのように言ったのは太一だった。

 

「あの国防長官の『力』を…?」

 

 そう言われて、香奈は思い出していた。『帝国』の《隔離施設》で直接戦った、国防長官。あの

『力』だけでも、想像を絶するものだ。しかもそれを上回る『力』など、更に想像を超える。ただ

恐怖でしかない。

 

「ああ、何であんなのがいて、しかも何で隔離なんかされていたんだ…」

 

 再び、考え込んでしまったかのような素振りで、隆文が呟いた。

 

「とんでもない『力』の持ち主だからこそ、《検疫隔離施設》に隔離されていたんでしょう…? 火

を見るよりも明らか」

 

 そう絵倫が彼に指摘した。

 

「おいおいおい、それじゃあよォ…。『帝国』は、とんでもないくらいにヤバイ存在を、あの《隔離

施設》から逃がしちまったって事なのかい…」

 

 貨物列車のうるさい車輪の音に、小さな音がかき消される中で、浩の声だけが、妙なほどに

うるさかった。

 

「しかも、それをわたし達が追っているって事よ。『帝国軍』がやっきになって探している理由は

分かったけれども、何で、原長官までもわたし達に彼を捜させるのか、それは分からないわ

…」

 

 怪我をしている絵倫だったが、彼女は鋭い分析を絶やさなかった。しっかりと的を射ている。

 

「ああ、さっぱり分からないな…」

 

 隆文は、そのように答えるしかないのであった。

 

「そ、それでよォ…。『ゼロ』って奴は、隔離施設を吹っ飛ばした。それでいて、あんたら4人が

かりでも逃げるのが精一杯だった。一体、そんなのをどうやって捕まえるって言うんだよ」

 

 浩がわめき立てた。彼はどうしようも無い事態になると、すぐに冷静さを失い、わめき立てる

か悪態を付く。

 

「さあ…?」

 

 いつもはそんな彼を戒めようとする絵倫も、怪我をしている今となっては、そんな気力も無い

のか、そう呟く事しかしなかった。

 

「ちッ…、しかし、原長官は、最後にとんでもない任務を残していってくれたぜ…! 大体、そい

つ、人間なのかよ…!」

 

 狭いコンテナの中で彼が動くと、余計スペースが取られ、恥にいる香奈は、壁が無かったらと

うに外に放り出されている所だった。

 

「ああ、最初見た時は、人間だった」

 

「紫色の光を纏った、人間よ…。『帝国軍』は紫色の光を探していた。それはやはり『ゼロ』の事

ね…」

 

 隆文と絵倫が、そのように口々に言うと、浩はますますわけが分からなくなったらしい。

 

「人間だぁ…? オレが見たあの光は、宙に浮いていやがったぜ…! それでも人間だったい

うのかよ…!」

 

「俺達を非難するような口ぶりはよしてくれ…」

 

 わめく浩に、隆文がこっそりと言った。

 

「あの時は、つまり、その、何て言うのかしら…? 変身していたみたいだわ…」

 

「ったく…。変身かよ…。怪物映画なんかじゃあねえんだぞ…」

 

 半分、やる気を無くしたかのような浩の声。

 

「結局、これからどうするの?」

 

 そんな彼の声を遮るかのように、香奈は話を切り出した。

 

「《ヘン・ガップライ・シティ》に向かうわ。とりあえず、わたし達はぼろぼろだから、そこで体制を

立て直すの。あのままの状態で、『帝国軍』の進駐地帯にいる『ゼロ』を追い続けても何もでき

ないままだわ」

 

 香奈には絵倫が答えてきた。

 

「そして、俺達はまだ『ゼロ』の事について、ほとんど何も知らない」

 

 隆文が言った。

 

「どうしたの、香奈?」

 

 絵倫が香奈に尋ねてきた。香奈はさっきからずっと、寒気のようなものを感じていた。それが

顔に出ていたのかもしれない。

 

「いえ…、あたしはまだ、その『ゼロ』っていう存在と、直接出くわしたわけではないんだけれど

も…。一つ言うならば、あたしは感じている。とてつもない不安というのかな…、これから待ち受

けているものが、何か、果てしなく強大で、あたし達は、とんでもない歯車に巻き込まれちゃっ

たんじゃあないかって…。あの『力』を感じた時に、そう思ったの…」

 

 寝ている登と沙恵を除いて、コンテナ内にいる皆が香奈の方を向いてきていた。彼らの表情

から真意が伺えず、香奈は戸惑う。

 

「こんな事を言うあたしって、おかしいかな…?」

 

「そんな事ないわ…。皆同じように感じている。あの存在が、まるでわたし達を追ってきている

かのようにね。ずっと付きまとわれて拭い去ることのできないような不安…」

 

「おいおい、あいつが追ってきているなんて、怖い事言うなよ…」

 

 暗い冗談を制止するかのように隆文が言った。しかし、絵倫はそんな彼を半分無視したらし

い。

 

「ただ、香奈…。あなたは、わたしよりも敏感だったようね…。直接出くわしたわけでもないの

に、あの存在を強く感じる事ができているなんてね」

 

「そ、そうかな…?」

 

 絵倫の意外な言葉に、香奈は少し戸惑うのだった。

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帝国軍進駐本部

 

午後6時47分

 

 

 

 熱帯林の中に切り開かれた空き地にある、コンクリート作りの建物だ。『帝国』の兵士達が警

戒に当たる様は、さながら要塞のようであった。

 

 そこに、一台のトラックに乗ってやって来る、白いスーツ姿の、『NK』人の女。兵士達がもの

ものしい姿で歩き回る場所では目立つが、今となっては不思議な姿ではない。

 

 本部へと戻った舞は、自分の知らない間に起こっていた事態に、責任と憤怒を感じざるを得

なかった。

 

 こんなに早く、しかも何の成果も上げずに戻ってくる自分が不甲斐無い。

 

 たった今、救護用の車に乗せられ、負傷した兵士が次々と搬送されて来ている。その人数

は、すでに10名を超えていた。全員死亡。その原因は舞自身もよく知っていた。

 

 自分の行動が間違っていたのか。『ゼロ』を捕らえる為に、自ら動いた事自体が間違ってい

たのか。

 

 あの、巨大な爆発音を、舞はすぐ近くで聞いていたはずだ。それなのに。

 

 それなのに、あの存在は、舞が駆けつけた時にはすでに姿を消していた。爆発が起こったで

あろう場所には、大きなクレーターが残り、生き絶えた4人の兵士だけがいた。『SVO』の4

人、捕らえたはずのあの4人の姿もが、その場から消えうせていた。

 

 これ以上の失態は無い。またしても、『SVO』と『ゼロ』を取り逃した。あの時、自分一人だけ

が『ゼロ』を捜しに森の奥へと行かなければ。

 

 もはや自分で自分が許せなかった。

 

「死者数は11名。他のチームとの連絡は取れております」

 

 トラックは停まり、そこから降りた舞に、状況を把握した兵士が報告しに来る。だが舞の頭に

は、『ゼロ』や『SVO』の事が一杯だった。

 

「周辺の警備を強化致しましょうか…?」

 

「いえ、いえ。その必要はありません」

 

 舞はふっと我に返ったように、その兵士に言った。

 

「ですが、逃亡した者の捜索は…?」

 

「すでに、この地帯にはいないでしょう…。両者とも、捜索範囲を広げなければなりません。しか

し、我が軍の動きが活発化するとなると、『ジュール帝国』も黙ってはいないでしょう…」

 

 舞は心の中にある怒りを、表には出さず、無理矢理押し殺すかのようにしていた。

 

 その事もある。ここは『帝国』本土ではなく、あくまで外国。『帝国軍』が活動できているとはい

え、大国、『ジュール帝国』との緊張は続いたまま。下手な指令は国際関係をも逆なでし危うく

する。

 

「では、どうするのですか?」

 

 その質問に関して、舞が頭を回転させようとした時、

 

「国防長官殿。『帝国』本土より参ったという、ジョン・ポールという男を待たせております」

 

 本部建物の方から、兵士の一人が舞に言ってきた。彼女は高速で回転させていた思考を中

断し、そちらの方を振り向く。すかさず彼女は答えた。

 

「分かりました。全ての兵は、そのまま周辺の捜索を。但し目立った活動はさせないようにしな

さい。30分以内に新しい作戦を練り直し、命令を下します」

 

「了解」

 

 報告してきた兵士は、舞に向かって敬礼した。

 

 舞は、黒服の護衛官を一人引き連れ、本部建物の方へと入っていく。それは熱帯林の中の

空き地に建った、50年以上前の建物だ。コンクリート造りでところどころひび割れ、変色したり

して痛んでいる。だが建て替えるとかそう言った話は無い。

 

 この場所は、あくまで『ジュール帝国』と対抗できる『帝国』を繕う為の場所。戦場ではない。し

かし、万が一『ジュール帝国』と戦争する事になったら、ここは最前線になるだろうか。

 

 一応、地下には要人シェルターもある。

 

 だが、舞に宛がわれた部屋は、建物の南側の作戦指令本部にほど近い部屋だ。彼女は黒

服の護衛官と共にそこへと向かっていた。『ゼロ』を取り逃したという、不完全燃焼の怒りは心

の中に無理矢理しまい込んだまま、これからどうしたら良いのか、結論付ける事もできない。

 

 彼女は古めかしいエレベーターに乗って、司令部のある階までやって来る。そして、慌しく兵

士達が掛けて行く廊下を、敬礼されながら歩いていき、自分の部屋の前まで来ると、その扉を

開けた。

 

 舞は入った瞬間、驚いたが、すぐにいつもながらの落ち着いた態度へと戻った。

 

「よォ…、随分と騒がしいじゃあ、ないか…」

 

 自分の机の椅子に、別の人間が座っている。国防長官に対し、高圧的な態度。しかも誰かを

部屋に入れて良いなど、舞は言った覚えが無い。

 

 護衛官が警戒を見せるよりも前に、舞は制止した。

 

「この男がジョン・ポールです。あなたは部屋の外で待っていなさい。5分で向かいます」

 

「それでは…」

 

 舞に答え、彼女の護衛官は部屋の外で待ち受ける。ただ扉のすぐ外にいるというだけで、何

か音がしたらすぐに駆け付けるという事だ。

 

 舞は後ろ手に扉を閉めた。

 

「よく、ここに来て下さいました。あなたが来てくれると、とても心強いですから」

 

 彼女は目の前で椅子に座っている男にそう言った。

 

 ジョンという男。彼は、とても軍の建物にいる者とは思えない姿をしていた。彼は『帝国』の男

ではある。顔立ち、金髪に白い肌、そして長身。180センチは超している事が示していた。スマ

ートながらも筋肉質な体をしており、肉体的特長を差し置いて何より目立つのは、つばの広い

帽子を被っている事だった。

 

 国防長官を前にする態度としては、かなり無礼であろう。余裕さえも感じられるほどの不敵な

眼差し。それは相手に隙を見せないほどのものがある。彼の椅子に座る姿は、あくまでも隙だ

らけだというのに。

 

 だが舞は、相手の態度にも動じなかった。

 

「心強い…、心強い、ねえ…? 我らが国防長官に、そう言っていただけると、オレとしましても

光栄の限りだぜ…」

 

 ジョンは不敵な笑みのまま、そのように言う。彼は、舞が座るべきうすに腰掛けたままだが、

彼女は気にもしていない様子だった。

 

「それでジョン。あなたをここに呼び寄せたのは他でもなく…」

 

 そんな彼女が話を切り出そうとすると、

 

「あ、ああ。いいいい。形式ばった口調は、よ…。いつものようにただ頼んでくれれば、いいって

だけよ。面倒な書類も、手続きも何もかもいらねえ。ただ口だけの応答でいいんだ」

 

 ジョンは椅子から立ち上がり、舞の方を制止するかのように言うのだった。

 

「そうですか…」

 

 ジョンの言った事。舞にとってはそれこそが仕事であるようなものであるから、むしろ難しいと

いうものだ。

 

 舞は切り直した。

 

「では…、単刀直入に言いましょう。あなたに頼みたい事は一つ。『SVO』という8人のメンバー

の捜索です」

 

 舞とジョンは立ったまま顔を合わせていた。距離は近い。

 

「へえ…、『NK』からの差し金連中だな。オレだって知っているぜ。相当な『能力者』だって話だ

が、オレにその連中を捜して欲しい…か?」

 

「ええ。そしてあなたがすべき事は、逮捕です」

 

「始末、じゃあないのかい?」

 

 半分笑ったようにジョンは言った。

 

「私がそんな野蛮で残酷な事を言ったりすると思いますか?」

 

 しかし、舞は少し感情が逆撫でされたような気分を味わう。自分の立場が周りにどう見られて

いるというのか。『帝国』政府はとかく、汚い事をしていると思われがちだ。余計に舞は気に入

っていない。彼女の性格がそうさせる。

 

「いいや。たった8人の捜索の為に、お前が裏の手を使うなんて思ってもみなかったぜ。とこと

ん追い詰めてひっ捕らえるってのは、うちの軍の得意技だし、何よりお前がいる。なのに、オレ

にわざわざ頼んでくれるとは」

 

「彼らには、実力だけでは計り知れない、行動力と、目に見えないような何かがあります。です

から、たとえ捕まえることができたとしても、活路を見出し、すぐに脱出されてしまう…。もちろ

ん、今まで私達は、そのような組織さえもを逮捕して来ました。しかし、今はそれどころではない

のです。彼らに構っていられるような状態ではない」

 

 舞は、部屋を歩き回りながらジョンに説明した。締め切った部屋。外では慌しく熱帯林の捜索

が行われている。

 

 ヘリが上空から監視し、絶えず無線連絡の電波が飛ぶ。舞は窓から、森林の上空を旋回し

ているヘリコプターを見ていた。

 

「『ゼロ』だな…? そうだろう?」

 

 ヘリの音に混じって、ジョンの言葉が聞えて来る。

 

「何もかもお見通し、ですか?」

 

 窓からジョンの方を振り返る舞。

 

「今じゃあ、そこら辺の新聞記者でさえ知っている名前だぜ」

 

「でも、あなたはその危険性が分かっているでしょう?」

 

「いや、全然だ。ただ、お前の顔を見れば、手に負えない奴だってのは分かっている。お前が

そいつに責任転嫁して、言い逃れをしているようにも見えねえ」

 

「ええ、手に負えません。ですが、だからこそ捕らえなくてはなりません、何としても。『SVO』の

メンバーについても同様です。あの存在の捜索の邪魔になるのならば、どんな連中だろうと排

除しないと…」

 

 窓の外を再び振り向き、舞は真剣な眼で言った。

 

 いつも冷静でいられるはずの彼女だが、今は焦っている。その焦りを自分でも止める事がで

きない。

 

 心が緊張し、頭が高速で回転するのを止められない事が、自分でも良く分かる。

 

「なあ、マイ…。無理するんじゃあ、ねえぜ…。お前は実際、病み上がりの体なはずだ。お前は

数日前に病院に担ぎ込まれたってな。しかも相当な重症だったって」

 

「私にとってはあの程度の傷、大した事は…」

 

 気遣うジョンの方を振り向こうとする舞だったが、彼はいつの間にか彼女の側に立っており、

振り向いてきた舞の手をいきなり握った。

 

「オレは、お前に無茶をして欲しく無いってだけなんだぜ…、マイ。ただ、気丈な国防長官って

言う姿は好きだからな。お前がオレに頼むんなら、喜んで引き受ける。たとえどんなに汚い仕

事だってな。それに、オレにはお前にしてやれる事もあるんだぜ…」

 

 さっきまでは不敵なまでの笑み。しかし、今は舞を真剣に見つめるジョン。

 

「どんな事ですか…?」

 

 そうは言うものの、舞はそれがいつものジョンの文句だという事を知っていた。

 

 ジョンの方だったか、舞の方だったか、2人でさえそれは分からないが、2人はその場で口付

けしていた。

 

 ヘリの音が遠くで聞こえてくる中。部屋の中は静寂に包まれ、自分達の世界の中だけで口づ

けする2人。

 

 お互いの唇を離したとしても、2人は、お互いの目線を合わせたまま、じっと目を合わせたま

まだった。

 

「辛くなったら、いつでも言いな…。どこでもオレが駆けつけてやるぜ…」

 

 ジョンは頼もしい口ぶりを気取り、舞と目線を合わせてそう言った。

 

「それは、有難いですね…。ですが、そうだったら、こんな所でぐずぐずしている場合じゃあない

んじゃないですか?」

 

 2人は目と目が触れ合うくらい近くで会話していた。

 

「おっとォ、そいつぁいけねえな。国防長官のご命令とあらば、オレはさっさと、『SVO』とかいう

奴らを捜しに行かないとな」

 

 ジョンは舞から距離を取る。手はそれが届かなくなるまでは離そうとしなかったが。

 

「それでは、よろしくお願いしますね。可能な限り早く、彼らを捕らえてください。そうすれば私の

面目も立ちます」

 

「ああ、分かったぜ…」

 

 ジョンは名残惜しいのにも仕方なく、舞のいる部屋から出て行った。彼は最後にもう一度だけ

舞と視線を合わせた後に、相槌のようなものをかわしていた。

 

 ジョンが出て行ってしまった後、舞は机の側に立ち、少しの間、何も考えられないような心あ

らずといった状態のまま、虚空を見つめる。遠くからヘリの音が聞こえてきているのだが、まる

でそれが遠くから聞えてきているかのような気がしてならない。いや、そんな気さえも感じなかっ

ただろう。

 

 ただ、ジョンと交わした口付けだけを思い出していた。さっきの、自分の犯した失敗に対する

怒りがすでに収まっているのを感じる。

 

 まさかさっきのジョンとの行為を、誰かに見られていないか。だがここは軍事施設。外には護

衛官が見張りに付いているし、彼らは絶対に中を覗いたりなどしない。そのような心配は皆無

だ。

 

 舞が思いを巡らせている所、部屋中に突然、ブザー音が鳴り響いた。

 

 それには取り立てて驚くような事もせず、舞は、机の上にあるインターホンの通話スイッチを

押した。

 

「はい」

 

 すると、スピーカーの向こうから声が聞えてくる。

 

「国防長官殿。会議の準備ができました」

 

「今すぐそちらに向かいます」

 

 舞はそこに一呼吸だけを入れて答える。

 

「分かりました。お待ちしております」

 

 通話はオフになった。舞は、まるで白昼夢だった事を今はしばし忘れ、すぐに部屋を後にし

た。

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ヘン・ガップライ・シティ外れ

 

γ0057年11月22日

 

午前6時25分

 

 

 

 一夜が明けた。《ヘン・ガップライ・シティ》は、夜の雑踏から相反し、今では清々しい、新鮮な

空気が流れている。

 

 まるで、長かったような、短かったような、そのどちらでもあるかのような夜だった。慌しく過ぎ

去った夜を振り返る。

 

 《ヘン・ガップライ・シティ》の外れでは、まだ人々が完全に起き出してきておらず、夜のような

雑踏は無い。しかし、慌しく店の準備をする者達や、乗り物を走らせ、どこかへと向かおうとす

る者がいる。

 

 自分達もそうだった。

 

 宿の主人同士が持っている、裏社会のネットワーク。8人はそれを利用した。別の宿の主人

と顔見知りならば、それだけで事は十分。あとは金だけ。それに関しては問題は無い。難しい

事は無しだ。

 

 今は、この《ヘン・ガップライ・シティ》内の安宿の前の通りに全員がいた。こちらの方の宿も、

宿なのかどうか、よく分からないような建物、プレハブ小屋を大きくしただけのよう。8人はその

前で完全に警戒を解く様子は無く、周囲に警戒を払う姿は相変わらず。

 

「先輩。『帝国軍』に動きがあったってな?」

 

 浩が尋ねていた。彼の目の前には白い軽トラックが置いてあり、彼はそれに乗り込もうとして

いる。

 

「ああ…。昨日行った進駐地帯での警備が緩くなっている。つまり、あの周辺にはもう『ゼロ』さ

んはいないって事だ。奴らもそれを知っている」

 

 隆文が、手に入れた情報を告げている。それは、彼がいつも持ち歩いている情報機器を使

い、ネットワークから手に入れた情報であり、または、噂話として流れたものを聞いたというも

のでもある。

 

「だが、別の情報もある。紫色の光が、この街の北の方で目撃されたって話がな。この宿の主

人が手に入れた情報だぜ…。まだオフレコ。どこの情報機関にも流れていない情報だ」

 

 そう言って、隆文はトラックの荷台へと乗り込んだ。

 

「紫色の光…?」

 

 沙恵が言った。

 

「ああ…、最後に俺達が見た時は、紫ってよりも青い色をしていたって言うのにな? また紫に

なっちまったってのか…。とにかく紫色の光ってのは『ゼロ』だからよ…」

 

 そう隆文が、想像したかのように言っていると、

 

「何か、色が『力』と関係あるのかもね…」

 

 隆文の背後からやって来ていた絵倫が言った。うっすらと朝日がかかっている彼女の顔は、

まだ起きたばかりのせいか、幾分かやつれているようだが、ふらつき、今にも倒れそうだった

昨日とは違い、しっかりとした足取りで立っていた。

 

「大丈夫? 絵倫…?」

 

 と、香奈は尋ねたが、

 

「ええ、大丈夫」

 

 それだけはっきりと答え、絵倫はトラックの荷台へと乗り込んだ。

 

 一行が乗り込もうとしているのは、どこにでもあるようなありきたりな軽トラックだ。白い色、薄

汚れている。何年も前に作られた、電気起動ではなく、ガソリン燃料で走るというもの。宿の主

人が持っていたものだ。隆文が大金を積んだので、快諾してトラックを貸してくれた。というより

も、売ってくれたのだ。

 

 それは、隆文の持っていた金ではなく、『NK』の防衛庁の秘密口座から出されている公費な

わけで、彼が金を払うのにためらう事はしない。

 

 朝早く、誰も気付かない内に出て行ってしまうというのが、『SVO』では当たり前だ。しかし、昨

日の疲労度、失った『力』からして、それは無理な注文だっただろう。

 

 朝6時に起きただけでも、無理をし過ぎと言うもの。あれほど過剰に『力』を使ったのならば、

一週間ほどの休養が必要なはず。

 

 そうであっても、『SVO』は『ゼロ』を追う。『力』があるのも任務の為。『力』の代償は任務の成

功として払う。

 

「運転は、僕がする。55号線を北に向かえばいいのかい?」

 

 登はすでに運転席に座っていた。いつでも向かえるといった状態で、エンジンはかけていない

が、キーは差し込まれ、アクセルには足がかかっている。運転席へとまぶしいばかりの朝日が

入り込んできていた。

 

「ああ…、今の所は北でいい…。だがな、いつ別の方向で目撃情報とかが入るか分からないか

らよ。その時はまた道を変えるとしよう。臨機応変にな…」

 

「分かった…」

 

 隆文の注文には登はすぐ答えた。

 

 彼はキーを回し、車のエンジンをかける。『NK』にいては、聞くことも出来ない、ガソリン燃料

自動車のエンジンがかかる時のうるさい音。そして、激しく車体を揺り動かす振動。

 

 すでに助手席にいる一博は、古典的なエンジンにとても興味津々の様子だったが、荷台の方

にいる浩は、揺れる状態が気に食わない様子。香奈にとっては、うるさい音が少し嫌だった。

 

 何しろ『NK』では規制がかかり、ガソリンで動くエンジンのものは、一切動いていないのだか

ら。だが、世界的に見ても二酸化炭素排出量が完全に減った訳ではない。発展途上国ではま

だガソリンが使われ、二酸化炭素が出され続けている。今、8人が乗っている車のように。

 

 エンジンがかかった事で、まだトラックに乗らず、周囲を伺っていた、香奈と沙恵、そして太一

も荷台の方へと乗り込んだ。

 

「じゃあ出発だ。お前なら大丈夫だと思うけれどな、登。急いでいるとはいえよ、安全運転で頼

むぜ…」

 

 隆文がそう言ったのを合図に、『SVO』の一行を乗せたトラックは走り始めた。

 

 浩に運転させると、事故を起こされる。それは、たまったものじゃあないという考えが、隆文に

はあったのかもしれない。

 

 登は安全運転をするが、乗り物に酔いやすい。だが運転に集中していればそんな事はない

そうだ。だったら彼が適任だろう。

 

 建物と建物の間にある通りを、北の方へと向け発進するトラック。ややうるさいばかりのエン

ジン音を鳴り響かせながら、砂埃を上げ、トラックは発進した。

 

 道の先には、もうこの街の終点が見えている。その先は荒野。日が昇り始めたばかりの朝。

雑踏の少ない空気に包まれ、トラックは走り去っていった。

 

 直後、それの後を追うかのようにして、スムーズなエンジン音と共に一台のバイクが疾走して

行った。

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チャオ公国 国道55号線

 

7:31 A.M.

 

 

 

 

 

 

 

 雲行きが怪しくなって来ている。早朝は眩しいばかりの光が差し込む天候だったというのに、

今は違う。それは地方が北部に変わり、流れる空気も変わったからだ。

 

 遠くに見える山脈には雲がかかり、霧も立ちこめてきている。光景も朝と比べれば暗い。蒸し

暑いばかりの空気を覆い隠していくように、ひんやりとした空気が辺りに流れ始めていた。

 

 景色が灰色に染まる。国道の先の視野が狭くなってくる。霧はこちらにまでかかって来ている

ようだ。

 

 先を行っているトラックとは一定の距離を保ちながら、ジョン・ポールはバイクを走らせてい

た。

 

 昨日は見つけられなかったが、今朝、動き出す所を見つければ良い。徹夜で部下を市内中

に張らせた甲斐はあった。目立つ所には身を隠さない。それだけは分かる。『SVO』の組織の

立場を考えれば、潜伏するであろう場所は大体見当が付く。《ヘン・ガップライ・シティ》に潜伏し

たというのも当たりだ。

 

 唸るエンジンの振動を感じながら、ジョンはバイクを疾走させる。曇り空の午前の空気。ひん

やりとした空気を切り裂き、荒野の中のハイウェイを疾走する。その影は今の所一つしか見え

ない。

 

 街から離れてしまうと、ここの風景は何も無くなる。家々も非常にまばらで、道路を走る車も

少なくなる。

 

 ここから先、『チャオ公国』の北部は、ごつごつした岩場や荒野、そして、険しい山が続く山岳

地帯。『SVO』の8人はさらに北へ向かっている。

 

 そして、『帝国軍』が探している『ゼロ』も。

 

 しかし、ジョンの目的はその存在には無い。目的が無ければ関わりを持たないのが当然。

 

『SVO』の乗ったトラックと、近付き過ぎてきたかもしれない。北部に向かう車が少ないとあって

は、追跡も目くらましが無くなる。この先には山岳地帯しか無く、大規模な都市も無い。

 

 ジョンは前触れも無しに、大型のバイクのハンドルを動かし、ハイウェイの路肩にバイクを止

めた。

 

 つばの広い帽子は被ったままだ。着ている服装も同じ。元々体に密着するような服装だか

ら、バイクに乗る分に問題にはならない。

 

そして、はいているズボンのポケットに、ねじ込むように入れていた携帯電話を取り出した。

 

 彼はバイクにまたがったまま、携帯電話を開き、通話ボタンを押す。

 

 携帯電話の表示には、マイと出された。『NK』人の名前。だが、ジョンにとっては特定の人物

の名前。

 

 少しの呼び出し音の後、ディスプレイには、国防長官の浅香舞が顔を見せた。

 

「おう。舞。オレだ」

 

「何をしていたんですか?」

 

 唐突な舞の言葉にジョンはたじろいだ。挨拶も無しに、舞がこのように鋭い口調を見せてくる

事など、まず無い事。それも攻撃的な口調だ。

 

「何…、何だと…。オレは、捜査を…」

 

「もう彼らを見つけたのでしょう? でしたら、さっさと捕らえるという事をなぜしないのです?」

 

 舞のイラついている態度に、ジョンは面食らう。テレビ電話にしているから、彼女の表情まで

も伺え、空間の画面からより一層その態度は伝わってくる。

 

「奴らは8人もいるんだぜ…! あの『ゼロ』に遭遇していたから、人数が減ったとか、そんな事

はちっとも無かった! それに、たった2人の時ですら、軍の一個中隊でも歯が立たねえような

相手、返り討ちに遭うだろうよ…!」

 

「あなたが怖気づくなんて、珍しいですね?」

 

 舞が挑発的な態度を見せる。いつもの舞とは言い難い姿だ。

 

「怖気づいているんじゃあねえ。オレは確実に仕事を成功させたいだけだ! 8人全員がおそ

らく『能力者』だってんなら、そいつらを一度に相手にする気はオレにはないぜ。その為には、

奴らの戦力をまず分断する必要がある」

 

 舞は目線を外してくる。まるで、間違ったことを言った事を後悔しているかのような表情だ。

 

「…、とにかく、彼らを一刻も早く捕らえて下さい。そうでなくては、本来の私達の目的に支障が

出るのです」

 

 ジョンは、そのように言ってくる舞の姿から、察しが付いていた。普段、焦るような姿を見せる

事の無い舞が、はっきりと見て取れるほどに苛立っている。滅多に無い、いや、今までにそん

な事があっただろうか。

 

「…、議会の奴らがお前を焦らせているんだな…? そうだろう…?」

 

「ええ、そうかもしれません…。確かに私は今、議会や党の中で非常に危うい立場に立ってい

ます。ただでは済まないでしょう…。ですが、今はそんな事を言っている場合ではない。何とし

てでもあの存在を捕らえなければならないのです。あの存在が、これ以上北へと行く前に

…!」

 

「北は、『ユディト』か…。戦争に飛び火するかもな…」

 

 ジョンは舞を憐れむ声を漏らす。彼女の立たされている立場を考えれば、どんなに苛立ち、

焦っても仕方ないだろう。

 

「あの存在がそこまで到達し、もし事を起こしたならば、《ユディト》の武装勢力を刺激する事に

なります。今でさえ泥沼の状態だと言うのに…。それに、我々が動くという事は、『ジュール帝

国』をも刺激する事になります…。それだけは絶対に避けなければなりません…!」

 

「お前は、戦争になる事を恐れているのか…? お前が追っている奴が引き金で、『ジュール

帝国』との関係が悪化して、戦争になるかもって…? それが一番心配なのか?」

 

 舞はジョンのその問いかけに、言葉を切る。

 

「それもあるでしょう…。ですが、それよりも危険な事が、私には起こる気がしてならないので

す。絶対に起こってはならない事。それがここ数日の間に立て続けに起こってしまっているので

す…、このまま行けば事態は更に悪化します」

 

「そ、そうか…」

 

「ええ、そうなのです。ですから、あなたもさっさと『SVO』の者達を捕らえて下さい。実際、あな

たにかかっているというものですよ」

 

 彼女はさっさと話を切ろうとしているかのよう。だが、もうジョンはそれに対して面食らう事もし

なかったし、苛立つ素振りも見せなかった。

 

「ああ…、分かったぜ…、心配するな…」

 

 ジョンが、その後、オレに任せておけと言うよりも前に、舞は通話を切ってしまった。いつも必

ず挨拶をする彼女と接すジョン。彼としては、最後に言いたい言葉を言えないのが残念だ。

 

 ただ通話が終わった後の画面を、ジョンはぼうっと眺めるだけ。そこには通話終了という文字

と一緒に、通話時間が表示されている。

 

 ジョンの、後悔にも似た思いの後にやって来たのは、舞が言っていた言葉の意味だった。

 

戦争よりも危険な事。

 

 舞は言っていた。どんな事だと言うのか。まだ、舞はジョンに、『ゼロ』の事について詳しく話し

てはいない。

 

 『ユディト』では、『帝国』へのテロ攻撃報復によって長引く戦争。『ジュール帝国』は北半球の

大国。それを巻き込んだ戦争が起こったとして、それよりも危険な事態とは一体何か。

 

 舞は嘘はつかない上に、誇張表現もほとんど使わない。ありのままの事実を、万人が共通に

感じる価値観で話す。戦争よりも危険だと彼女が言うならば、それは万人が認める危険さのは

ず。

 

 想像したくも無い。ただそれは彼女の仕事だ。舞ならば絶対に何とかする事ができるだろう。

 

ジョンは携帯電話を閉じた。丁度そこへ、エンジンを鳴らし、ジョンの部下達が乗った車が走っ

て来る。

 

「隊長。報告は済みましたか?」

 

 助手席にいる男が言ってくる。荷台に乗った者達。全員が『帝国』の人間。トラックの荷台は

目立たない柄の幌で隠され、遠目には正体がバレない。

 

「ああ、済んだぜ…」

 

 ジョンは部下達の方は見ず、ハイウェイの北の方を見つめたまま答えた。

 

「国防長官は何かおっしゃっていましたか?」

 

「いいや、大した事は言ってないぜ…。ただ、さっさと任務を済ませろってな…」

 

 それだけ呟くと、ジョンはバイクのエンジンをふかした。

 

そして、部下達の顔も見る事をせず、一気に加速をし、ハイウェイの果てへと走り去るのだっ

た。

 

 北の視界には、霧の中に山脈が広がっていた。

 

 

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―Ep#.10 『帝国の追跡者』―

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Ep#.09の「プロジェクト・ゼロ」の続きです。
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