機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol19 |
SEED Spiritual PHASE-78 怒りのままに暴れ出す
一歩下がり、ようやく落ち着いたラクスをヘルベルト達へと促す。何となく言い訳を考えてしまうが何を口から漏らそうとも自分の拘禁は疑いないのだから意味などない。
「クロフォードさん」
溜息に次いで吐き出されたラクス・クラインの呼びかけに彼は身を固くした。
「明日、十四時に執務室へいらしてください」
「…………………………は?」
「ではヘルベルトさん。すぐにでも評議会に出なくてはなりませんので、お送り願えますか?」
生返事でなく敬礼まで返すヘルベルト。彼の視線はこちらを向かない。クロは困惑し、焦燥し、思わずラクスへ手を伸ばしかけた。
「――ちょっ、待てっ……待ってください!」
「命じましたよ」
振り返った最高評議会議長。その表情に、先程までの泣く女は微塵も残っていなかった。クロは圧倒され、心に刻みつけられる。明日の二時? 執務室? オレがエライ人の領域に足を踏み入れるだと? 茫然自失の間にもクロ自身もドムトルーパー≠フ中に収められていた。その後数時間の事情聴衆に自分の裏側以外を包み隠さず話して解放され……そして再び呆然とする。
「………ティニ」
〈――はい。おや、まだ到着していないのですか? 問題ですね〉
「いや、ラクス・クラインにご招待あずかっちまった……」
事の次第を簡潔に伝えると予想通り彼女から返ってきたのは溜息だった。
〈何を自分の所属をばらすようなことを……解りました。今からそこにルインデスティニー≠送りますので――〉
「待て待て待て! せめてエヴィデンス≠ノ会わないと」
〈なら今すぐお願いします。猶予は二十時間程度しかないわけですから今すぐここへ向かってください〉
震えた端末を取り出し開けば議事堂に赤点、そして現在地ではなく宇宙港からそこへ向かうための少しばかり複雑なルートが表示されている。
〈いえ……少し調べましょうか。ラクス・クラインが貴方を騙して何かを敷いている可能性も高いかと〉
一方的に通信を切られて静かになる。クロは立ちすくんだ。自分の不甲斐なさにも辟易する。しかし立ちすくんだのは――なぜだろう。ティニの不安が杞憂だと思えたからだ。ラクス・クラインが自分を売るようなマネをしないと確信してしまった。
「……まぁだ信じてぇのかよ? 去年手酷く裏切られたって言うのにな……」
もしかしたらを自分の望む方にばかりシフトさせるこの心にうんざりする。自失から立ち直るまでに数秒を要し、更に逡巡して時を浪費したクロは、端末に表示された道筋をなぞることにした。ティニの調査が徒労に終われば自分は目的地に向かう。もしプラント≠逃げ出すにしても仲間からの誘導が得られるまではすることがない。どちらにせよ、何もしないよりなぞった方が有意義だろう。
〈クロ。ザフトにあなたの素性は広まっていません。流石は平和を愛する歌姫様――と賞賛したいところですが、何を考えているのか解らないのは不気味です〉
「お前がそれを言うかよ……。まぁ、すまない。んで了解した。このまま指定ポイントへ向かう」
先程までの戦争の余韻がこちらを覆い隠してくれた。誰に見咎められるでもなく議事堂に入り込む。周囲を見回す不審者さながらに侵入していくが立ち塞がる者も頭を下げる者も現れない。毎度毎度思うことだがターミナル≠ヘどうやって人払いをしているのか。
気づけば羽鯨の化石。もう議事堂の最奥とさえ言える場所だった。足音を忍ばせて視線を投げれば――成る程扉の前にだけは二人のザフト兵が見られる。あの奥にラクスはいるのか――クロが思索の海に爪先浸したとき、その声は背後から聞こえた。
「来たか……うむ。クロフォード、君だね。話は聞いている。着いてきたまえ」
紫紺の軍服。国防の支配階級……。思い浮かべたクロはその顔に見覚えのある事に気づき、場所も立場もわきまえず叫んでいた。
「なっ…? あなた、シュライバー国防委員長!?」
彼は短く吐息した・
「ふ……もうそんな肩書きは残っておらんよ」
タカオ・シュライバーと言えば先年までザフト軍のトップに君臨していた男ではないか。対等レベルはフェイスと評議員だけなどという重鎮が何を間違ってこんなことをしているのだろうか。
「……委員長、いえ、あなたが、案内人なのですか?」
世界に根を張るターミナル=Bその価値を疑う意味を今更ながらに愚かしく思った。頂点にまで昇り詰めた男にも心に隙間があり、全てを集約した裏世界はそれを埋める何某かを必ず有している。そして、埋められた存在は容易く堕ちる。自分も、そうなのだろう。思い浮かべるのは恐ろしかったが……なんとか折り合うことはできる。
「私も、詳しいわけではない。以前の評議員だった折に漏れ出た噂のようなものを耳にしただけが……とにかくついてきなさい」
それでも、彼を補完された敗残者と認識してもやはり驚愕は取り除けない。彼に追従することには異論はなく、妙に格式張った歩き方に気づけぬままエヴィデンス01≠フ前を横切った。数人、すれ違う。だが紫紺と緑の制服を見咎め声をかけるものは絶無。そのまま一度も通ったことのない通路を着いていく。しばし行くとシュライバーが両開きの扉で立ち止まる。扉に貼り付けられたパネルに瞬間的な個人情報を読み取らせ、開ける。
(……アプリリウス市立図書館?)
国家に従事する輩専用の智の宝庫があるようなないような噂は聞いていた。が、首都という概念から遠く離れて暮らしている自分にはそんな場所は本で読んだ幻想とも同義であった。そこに足を踏み入れればどうなるのか? 世界が広がったのかも知れない。が、クロは希望ではなく、失望を憶えた。扉を開き、踏み行った先は何の変哲もない――蔵書の数なら変哲どころではすまないが――書棚の群だった。
右を見ればウエハース。隙間なくびっしりと決められた分類に沿って並ぶ紙束を収めた木製構造物すなわち書棚が連なり小さき者達を圧倒している。脚立に頼らなければ取り出せない道具というものは使用者に対して何か思うことはないのだろうか。
左を見れば無数に並んだ丸いテーブル。砂糖に群がる蟻の如くコーディネイターでありながら視力障害を起こした人間達が座高に倍する本の塔を築き上げ、見下ろされながらもただひたすらページを繰っている。
彼らは――、クロの目からすると目次から目的のページを探すため内容をとばしているよーにしか見えないが、あの女の子なんかは延々延々めくりまくってるところを見ると……視野が広くて理解力が高いとかのいわゆる一つの速読って奴なんだろう。
(コーディネイターには本を読んで暇を潰すって概念ねーのかよ……)
「では、私はこれで」
彼らの所作にもくらくらくるが、タカオが情報源としての役割を終えたことなんぞに思い巡らすともっとくらくら来る。これだけの人を飲み込みながらも静寂を崩さない図書館という異世界で人目も人耳も憚らずヒミツノイリグチじみたものを探せと言うのか? くらくらに耐えきれなくなったクロは取り敢えず人耳だけ憚ると、体内のナノマシンに黒い感情をたっぷり乗せた。
「お、おい……まさかここの本のどれか一個をなんかすると隠し扉…みたいなオモシロスギルものを探せってんじゃねーだろーな?」
〈いえ。ここからは誘導しますから、壁にでも突き当たったら反論してください〉
――仕掛けといえるほどのものはなかった。だが、ティニの誘導と伝えられたパスコードがなかったら自分が迷い込むこともなかっただろう。
図書館の光源も多少は抑えられた空間だったがここは闇に多少の色を付けたような世界だった。壁には電子部品でも埋め込んであるのか時折光が流れて闇に飲まれていく……。
奥からの鳴動は、空調ファンの音? 想像するしかできない重低音は脅威をもたらす未知を連想させる。
「なんだよここは……」
ティニに問いかけたつもりだったが、返事はない。妙な光より、更に寂寞感を漂わせるのはこの広さだった。道幅はそれなり、しかし天井は凄まじく高い。振り返ればもう入り口は見えない。
「どれだけ歩かせる気だよ」
これもティニへの愚痴だったのだが、今度は返答があった。しかし少女の声ではなくもっと遙かに重く響く音。
「シーゲル? それともパトリックか? 全くいつまで待たせたと思っておるのだ……」
「!?」
思わず身構える。右手は反射的に左袖を探り、ビームサーベルを取り出させていた。――と、光源が増える。断続的に。クロを導くように流れていく光は無数の電子機器だった。墓標を思わせるサーバ機の群れ……だがその構造に興味を持つより先に最奥に現れた巨躯がクロの意識を飲み込んだ。
「なんっ……!」
「むぅ? 誰だお前は」
重苦しく、鼓膜以上に腹に響くその声は流暢に流れ、聞き取りにくさはない。故に目の前の存在が言葉を発したとは信じられないものがある。
「こ……! これがエヴィデンス!?」
怖れながらも躙り寄る。眼前に聳える存在は……確かに羽の生えた鯨だった。但し哺乳類と言うよりも甲虫を思わせる表皮が顔に張り付いており、友好的に思えない。鳥類とは異なる翼手状の翼も、暖かみを感じさせない。それはまさに人外。言語を操る人外を人の心は拒絶し恐怖する。
巨躯は器用に目元を歪め、疑問の表情を形作ってみせるとこちらに鼻先を近づけてくる。気づけば右翼の付け根にティニが頭に付けていたような機械の輪が引っかかっているのが見て取れた。その異形を脳裏のティニと照らし合わせ、照合しきれず混乱する。呼吸も忘れている内に脳裏の少女が声を発した。
〈はい。済みませんがクロ、仲介していただけますか?〉
「あ、お、おう」
眼前のエヴィデンス≠ヘ訝しげにこちらを睨め付けてきた。『人間』に同じことをされたらガン飛ばして喧嘩に持ち込む根性くらいは持ち合わせているが、やはり巨体と言うのは十二分な威圧感を醸し出す。
「何と言うか……伝言だ。ティニセルと言って、通じるか?」
「ティニセル……ほほぅ。奴の使徒かお前は。んん? お前は、俗に言うナチュラルか?」
「そうだ。では――」
「少し待て人間。儂はお前達と話し合うつもりはない」
「……? オレが、ナチュラルだと何か問題があるのか?」
「人類という枠組みに言葉をかける価値などないと言っているのだ。端末はお前達を次世代に進むべき進化を遂げた存在と報告してきたが、儂は未だにそうは思えん。シーゲルは、パトリックはどうした? 奴らは今何をしているのだ」
理由は解らないが何やら怒っている様子。クロは困惑以上何もできず、目の前の巨体から目を反らすと脳裏の遠くへ問いかけた。
「ティニ…なんだ端末が報告とかって? それに、アタマが一世代前のザフトで固まってるみたいだが、大丈夫か?」
〈あぁ……クロには話していませんでしたか。ジョージ・グレンはご存じですか?〉
どこからその名が出てきたのかは解らないが。
「あぁ。ファーストコーディネイターって奴だろ。自作宇宙船で木星に行って、コーディネイター製造法を広めたっていう」
〈世界にはそう伝えられていますね。確かにコーディネイターの製造法を『伝えた』のが彼です。では彼はどうやってコーディネイターになったのでしょうか?〉
「……ん? 彼の親に相当する、研究者がいたんじゃないのか?」
〈いいえ。彼は私達が木星から送った端末なんです。正確には先に進化させた人類を模したもの……まぁ、調整者(コーディネイター)ではありますね〉
ティニの話は常識を覆すという点ではにわかに信じられないものだったが、そこまで異端視されるべきものではないように思えた。
C.E.紀元前10頃、エヴィデンス£Bは地球人種をできうる限り現状に受け入れられる形で進化させた因子を地球に放ったらしい。それはジョージ・グレンと呼ばれ、当時まだそう呼ばれてはいなかったナチュラル達の価値を調べ続けていたのだという。
C.E.15、木星に還った(・・・)ジョージ・グレンは潜んでいたエヴィデンス£Bに伝えたという。「地球人種は次世代に進むべき文明を持っています」。その報告を受けたエヴィデンス£Bが許可したことにより強制進化法――つまりコーディネイター製造法が広められたのだという。
(C.E.22だったか……? 最初のコーディネイターは化石状のエヴィデンス01≠持ってきた……。なんなんだアレは?)
話を聞く限り、この一族は人類よりも長命であると推測できる。屍を持ってくる理由は? ヒトがまだ異生物を受け入れられないほど稚拙だという判断なら、地球外生命を示すことさえ時期尚早とも思えるが……。
疑問を撹拌させる間にもエヴィデンス02≠ヘ怒りとしか思えない鼻息を漏らしている。その異形――見つめているうちにも胸中に虞れが去来する。
(ティニも実体はこんなか。こいつらは……人間をどうしたいってんだ?)
「失礼だが、エヴィデンス=Aと呼べばいいか?」
「貴様に話すことなどない」
「じゃあティニと話してくれ。オレはただの通信機と思って貰って構わない」
表情豊かな人外を見据えるのはなかなか度胸が必要だった。そして相手の態度を鑑みれば自分の問いなど後回しにせざるを得ない。クロは薄く目を閉じると脳裏に響くであろう彼女の言葉を待った。
〈喋るよりこっちの方が早そうですか…。クロ。通信を直してください〉
「はぁ? なんだよ直せって……。いや、エヴィデンス≠ソょっと待ってくれ。ティニが――」
〈あなた経由で話すのは効率が悪そうですから。彼の性格から推測するに、まだしも修理時間待った方がロスが少なそうです。なんのためにそれを渡したと思ってました?〉
思い至って左手甲に触れる。そう言えば注射器(シリンジ)渡された。常時身につけているソリドゥス・フルゴール≠ノ収めていなければここまで来て忘れ物を取りに帰る羽目に陥るところだった。クロは大きく吐息しながらウェアラブルキーボードを操作し取り出す。
「オレは通信修復のためにこんな潜入やらされたのか……」
色々承伏しかねる思いはあるものの、必要ならばやるしかない。片手で打てるペン型シリンジを構え、多少、いやかなり怯みつつエヴィデンス02≠ノ近づいた。説明したところで反撃してきそうに思えるが通信用ナノマシンのことは知っているのか抵抗なく打ち込めた。
「お前は……、人をこのままにしていいと思っているのか?」
直ぐさまティニの反論が脳裏に浮かんだが、眼前の巨体は一向に話し始めない。デカいだけあってナノマシンの巡りが悪いのか? 焦慮を感じたクロは取り敢えず仲介することにした。
「わたしはヒトをまとめる術を手にしました。それでもあなたの考えは変わりませんか? と言っている」
「変わらん。儂は嫉妬などと言うくだらん理由で端末を撃ち殺したお前らに群生命体としての価値などないと思っておる」
「……良いところと悪いところがあるとは考えられませんか? と言っている」
「考えられん。だからこそパトリックはナチュラルの殲滅などを言い出したのだろう。それもまた身勝手な話だ。自らを差し出したくないが故の人身御供よ」
エヴィデンス02≠ヘそこまでまくし立てると器用に舌打ちを漏らした。苛立たしさが頂点に達したか、巨大生物は大きく仰け反り天に向かって一声吠える。
「そもそもシーゲルとパトリックはどうした!? 奴らの価値は、この社会には意味を成さなかったのか!?」
クロは相手の意味不明な苛立ちに眉根を寄せた。ティニに小声で尋ねて見るもけんもほろろの回答しか来ない。
「その件は通信可能になるまで待てと。…………ここまで多様化した世界を白紙に戻すと? それは問題です。 と言っている」
「確かにな。だが――こいつらは協調するって気がなさ過ぎる。いずれ全てを食い尽くすような気がする。とても知的生命体とは思えぬ。こいつらとウィルスの何が違う? そして我らにそこまで多様化したウィルスを、制御できるか?」
……ウィルス。手元から薬液の流れる音は聞こえなくなったが……忘却させられる。人を下に見るこいつらは、我々を貶めてストレスの解消でもしたいのか?
(いや……何かに必死だ。少なくとも、ティニは)
害した気分は早々平常に戻ってはくれないが、こいつらは違う。ただの気晴らしに話し合ってるのではないと感じる。
「あなたが問題にしているのは彼らの管理でしょう? ならばそれを完璧に制御できれば問題なくなるんだと思うんですけど、とか言ってる」
「ふん。わざわざ進化させて……その結果はどうだ? 一気に虐殺する意識を抑えてより長く効率的に破壊し合える技術ばかり伸ばしおる」
「あの……いやティニもちょっと待て。あんたら、なにを話し合ってるんだよ?」
エヴィデンス≠フ目が丸くなった。恐らくティニも馬鹿にするような表情をしているのだろう。羞恥に表情が歪もうが疑問を残した不快感よりは幾らかマシだ。
「進化についてだ。お前達が取り得る可能性についてだ」
提示された解答は羞恥を混乱に変えただけだった。
「いや、お前らなんなんだよ? 宇宙人か? 結局はティニ、お前も地球圏を植民地にしたくてオレみたいなのを使ってるってのか?」
問いかけた瞬間殺意を向けられるかとも思ったが、目の前のエヴィデンス≠ヘ丸めた眼球を収めるとこちらに鼻息を吹きかけてきた。何か考えるような仕草を見せたが沈黙はそう長くはなかった。
「お前達の言葉では……シードマスター≠ネどと呼んでいたように記憶している。我らが進化求めるは、それ故だ」
薬剤の抜けきったシリンジの針を収め本体をケースに仕舞い込みながらエヴィデンス02≠睨み付ける。
「……シード、マスター=H」
『なんだ……要ともあろう者が、知らぬのか』
聞き覚えのない単語にクロは困惑した。疑問を答えに変えるべく再び口を開き駆けるが更に疑問が降り注ぎ彼の言葉を封じ込めた。いきなり聞こえた電子的な声に思わず身構える。だが、緊張よりも新たな困惑が襲いかかってきた。電気的なノイズが混じっていたものの、この声……聞き覚えがある。
『シードマスター≠ニは、地球に生命の因子をもたらし、進化の道筋を定めてきた存在のことだ。ある学者は、ウィルスは生物などではなく進化を促進させるための因子にすぎないと嘯く者もいる。突然変異などをもたらすものと言うことだ』
そう語りながらぼんやりと浮かび上がった長い金髪を垂らした赤服。その姿はクロの記憶の中にあった。
「お前……ラウ・ル・クルーゼ!?」
〈クルーゼさん。あなたが通信システム丁寧に扱ってくれればこんな面倒必要なかったのですが〉
『すまんなエヴィデンス=B私も封じられていたのだ。彼とお前を繋げようと幾らか苦心したのだがねェ』
〈あなたの都合など関係ありません。お陰で彼の知識は二年前で止まっているではありませんか。02、一通り歴史送りますから憶えてください〉
クロは意を決してクルーゼと呼ばれた男に触れた。肩を掴むつもりだったその掌は――通り抜ける。クルーゼがこちらを見、嗤った。
『気が済んだかな? 何も知らない要』
「映像か。あんたは、今度はどこで何を企んでるんだか……」
様子の変化はないが、目を懲らせばエヴィデンス02≠フ腕(?)に絡んだリングが幾つかのLEDを明滅させていた。クロは通ってきた通路を想い出す。光ファイバーらしきケーブルの埋め込まれた通路……。ティニからの情報がエヴィデンス02≠ヨと流れ込んでいると言うことか。しばし、ほんのしばし駆動音だけが空間を支配した。その支配を破ったのは巨大生物の嘆息だった。
02がまず引き出したものは、気にしていたシーゲル・クラインとパトリック・ザラの詳細だった。絶望するには事足りた。二人は既に死んでいる。だが希望もあった。ラクス・クラインとアスラン・ザラ。二つの中心は次世代に受け継がれている。しかし今度は落胆した。二つを掛け合わせれば手に入るであろう究極は……叶わない。互いが別のお相手を見つけてしまっている。
「何をしているのだ……! 二人は、次世代に我々を伝えられずに死んでしまったというのか……っ!?」
瞼を閉じ、閉ざされた天を仰いでも03は容赦なく情報を流し込んでくる。だが閉め出す必要はなかった。エヴィデンス02≠ノとっても印象的なものは幾つもある。
近しい人の名を呼びながら惑星環境崩壊規模の質量を落とす向こう傷のある緑の兵士。
強制労働を高みから見下ろし、彼らが逃亡を企てた際には呼び止める間すら惜しんで銃弾で切り刻んだ白の兵士。
大量虐殺兵器を引き連れ都市毎数え切れない尊いものを奪いきった黒の兵士。
保身のため、悪と断定しながらもそれを匿った平和の国の兵士。
ありがとう。そしてさようならだ。
全ての虐殺が終わるまで、コペルニクス≠ノ到着しながら動こうとしなかった今の支配者達――
それらの姿を脳裏に収めたエヴィデンス02≠ヘ再び重い嘆息を零した。
「やはり……反省の欠片もないな。失望を、禁じ得ない。結局は、こんな…「己」の至上主義……」
更に、溜息。
「結局二年見なくても考えは変わらなかった。これから先何年見ようとやはり変わらないと、儂は確信する」
その声に言い知れぬ怒気が籠もる。だがクロは怯えを見せなかった。
「…そうして、お前らとオレらが殺し合うのか? 存在の性質が問題ならもうちょっと弄くろうと言う努力はしないのか。お前らは進化を操る存在なんだろう。次も考えず壊すことこそ無意味だろうが」
「高々数十年程度しか生きぬ者がまだ儂に待てというか。儂は今まで待ってきたのだ。もう慈悲など尽きたわ」
「ティニの話も聞かないつもりか? オレ達は、その性質を――心を強制的に変えられる。あんたの言う悲劇を、駆逐できる!」
羽鯨の目元が歪んだ。しかしすぐにかぶりを振る。
「信じられんな。よしんばそれができたとして誰に施す権限がある? お前達にヒトを管理する資格や資質が備わっているというのか? 今のクラインがお前に取って代わるだけだ。無意味なのだ。専制君主が滅びる例などもう充分に見せられてきたわ!」
怒りが――消沈した。クロはエヴィデンス02≠ヨの反論を思いつけなくなってしまった。彼は今、洗脳を語った。問われたのは洗脳する者の心。もし自分が施す側に立つのなら…自分の意にそぐわないからと究極の善人を都合の良い小悪党に変えないかと言われれば絶対有り得ないとは言い切れない。言い切ったら――そう自分は第二のラクス・クラインと、キラ・ヤマトとなるのだろう。
「なら、あんたにはその価値があるのか? シードマスター」
それでもクロのどこかは怒りを再燃させた。
すぐさまクロのどこかはしまったと思った。
エヴィデンス02%ヒき付けられたザフトの制式拳銃は揺れることなく額をポイントしている。通じるはずのない殺人凶器はそれでも言葉より雄弁に彼の心を示してくれた。
「自分は神にも等しい存在だから玩具の箱庭を苛立ちで潰すっていうのか。目的も知れない奴に滅ぼされて、これが天命だとか思えるほどオレ達はできちゃいねぇんだよ」
被造物の反乱を、その神にも等しいバケモノはどう捉えてくれたものか。どこかに怯懦が見えないか、照準器越しの眼球は何も見通せやしなかった。
「その武器も、扱う技術も、連なる体も我らが与えたやったものだ。進化させてやった恩も忘れ儂に弓引くか……。だから利己主義だというのだ!」
「そうして望むように進化させて……やっぱり地球を植民地にするってんだな? 悪いな。反論するくらいには進化させていただいたんだよオレ達は」
〈…………そうですね。植民地……当初は似たような目的だったかも知れませんね〉
淋しげなティニの声にクロは睨み付けるべきエヴィデンス02≠忘れた。その02の目もティニの言葉に何を思ったかほんの少し前まで激昂の色を見せていた瞳を冷たくしている。激しくかぶりを振った巨大生物。周囲の筐体がなぎ倒されそうにも思えた。そして動きを止めた02の目には再び朱が灯っていた。
「貴様!」
〈何を安い矜持に縋っているのですか……。私達は、もう遙か以前から彼らを支配する高位者ではなく助けを求める漂流者だとそろそろ理解して頂きたいものです〉
羽鯨が激昂する。周囲が激震した。しかしその怒号を掻き消すほどの耳障りな高嗤いが轟いた。
『はははははははは! 見たか要よ。これが神の姿だ。祈るモノさえいないこの世界、お前は何に縋る?』
「……さっきからなんなんだ要って……。それにクルーゼ。二年も前に死んだはずのあんたが、何故ターミナル≠ニ関係してるんだよ?」
『要とはお前だ。ルインデスティニー≠ネくしてエヴィデンス°、の企みも無意味だ。結局は暴力で我を通すだけよ。虚しくはないか? そんな要は』
「それしか言えないからお前はS級戦犯なんだよ。オレは、人間の欠点だけを引っこ抜いてやる」
『フ……。それが殺すより惨い仕打ちだと、お前は考えないか?』
「…………思うときもあるな。だが、希望はある。『絶滅』よりはな」
嗤う闇の男を闇色を名乗る男が睨め上げる。クロの苛立ちは双方に向かい純化できずに濁っていく。存在価値に絶望する人間と失敗作に辟易する神。こんな奴らに良いようにされるために生かされるなど……。こいつも、同じなのか? それを問いただそうとエヴィデンス02≠睨み上げたクロだったが――
「こいつらに種を司ることなどできない! 破壊し、再生させるべきなのだ!」
怒りを抱えていたはずのクロも容易に怯む。巨大生物の思考回路など推測するだけ無駄だろう。その脳裏でどんな葛藤があったかなど知らない。そんなクロでも想像力を使わずに解らされた。コミュニケーションに失敗した知的生物は概して凶暴になる。
「貴様にはわからんのだ!」
怒りなど精神性の放棄に他ならない堕落した行為だ。それでも、神の怒りという言葉は存在する。クロは舌打ちのヒマすら与えられず、祈るべき神すら与えられず、世界に対して罵倒を漏らす。
羽鯨が、暴れ出した。
SEED Spiritual PHASE-79 怒れる神を放置する
振り上げられた羽。
骨格の浮き出た哺乳類型翼手は棍棒のような威力を床面に刻み込んだ。すんでの所でバックステップしたクロは思う。蝿の気持ちがよく分かる。
「てめぇ!」
制式拳銃を左手に流しながらビームサーベルを引き抜き解き放つ。狙いも定めず乱射してもその巨体故どこかに着弾するが、装甲じみた表皮はその弾丸をくわえ込み、体内にまで通さない。.45ACP弾一発の威力で自動車に跳ねられる程の衝撃があると聞いたことがあるが、こいつは車の激突をも受け止めるというのだろうか。その想像がより以上の恐怖に化ける。巨体に似合わぬ挙動による急接近にクロは思わず飛び上がった。ギリギリ掲げられたソリドゥス・フルゴール≠ェ衝撃の大部分を緩衝してくれたはずだが宙に浮いたクロの体は幾つかのコンピュータを薙ぎ倒し闇の彼方へ吹き飛ばされた。
『迷ったかエヴィデンス=B……全く。彼は純粋だったというのに余計なことをしてくれたものだな』
〈通信が壊れたというのはやはり嘘ですか〉
『すまんなエヴィデンス=B彼の考えがあまりに私に都合が良かったものでな』
〈あなたは協力する気がまるでないようですね。身の程をわきまえて欲しいものです。ジエンド≠封じられたらただの屍に過ぎない分際なんですから……〉
『お前も彼のように悟るべきだ。クロフォード・カナーバなどという名も無き存在には無理だ。世界に思い知らせることは。私でなければ世界は答えぬ』
〈要呼ばわりしながらその話を全く聞いていないようですね。「希望はある。絶滅よりは」だそうですから〉
『戯れ言だ。弱い自分を認めたくないが故の現実逃避に聞こえるがね』
〈例えそうでも、彼の言葉にはまだ可能性がありますから〉
「ティニ! 説得できねぇのかよっ!?」
返事はない。そして何度も呼びかけるような余裕はない。眼前の巨大生物は怒りのまま――もしかしたら同族の説得にも耳を貸せないほどの激情に流されて迫ってくるのかも知れない。その翼手が振り抜かれる度に機械と言わず柱と言わず屹立する何かが薙ぎ払われる。先程の一撃はビームシールドの緩衝能力に助けられ、何とか骨にダメージを貰うところまでは避けられたがあの一撃を何度も受ければその限りではないだろう。生身で受ければ引き千切られるかもしれない。
「ったく! 意外と野蛮なんだな神ってのは!」
蛇行しつつも部屋の広さは知れたもの。やがて通路に差し掛かる。スペースは極端に狭くなるが――辛うじてエヴィデンス02≠燻まるスペースなのかその巨体がねじ込まれてくる。
(おいおいおいおいこんなモノが外に出たらすげェ騒ぎになる!)
そう思っても逃げることはやめられるわけがない。狭くなり、翼手を振り回す余裕はなくなっただろうがこの質量に挽き潰されればそれこそ骨も残らない。
「死ぬべきなのだ! お前らは!」
「黙れ!」
押し遣られた腕を無理矢理ねじ込ませてきた。怒りを吐いたエヴィデンス02≠ノ怒りを吐き返したクロは、全身を引き寄せようとしている翼手に飛びかかりビームサーベルを喰らい込ませる。ヒトと同じ赤い血を迸らせながら異星生物は甲高い悲鳴を上げた。その隙の飛び退り、距離を稼ぐもこれでは直(じき)に出口が見える。奴が、世に出る。
「――どうするよ!?」
迷いは迷走するまでもなく先程までとは異なる悲鳴に遮られた。驚き振り返るクロの視界が閃光に包まれている。そしてエヴィデンス02≠ェ閃光の奥で侵攻を止めていた。
「ちっ! ならばさっさとクラインの後継者を連れてこい!」
電磁バリアの類だろうか。非物質的な障壁が、エヴィデンス02≠フ前進を阻んでいる。ティニと話しているのか、障壁に足止めされた巨大生物は怒りのままにバリアを引き千切るような真似はせず、歩を止めて呻いている。
〈クロ!〉
が、クロが足を止めたその時、巨大生物の呻きが祈りじみた詞に変わった。と、背後で破壊されたコンピュータから漏れていた電撃が収束され、一条の稲光となってクロへ降り注いだ。
ティニからの警告が一刻でも遅れていたらビームシールドの展開も間に合わず、黒焦げにされていたかもしれない。冷や汗を瞼から追い出すと、憎々しげにこちらを睨む魔物の姿が見て取れる。相手は障壁を通り抜けられないのか、それとも通り抜けたくない理由でもあるのか、怒りを抱えながらも足を止めていた。
「理解できねぇことを色々してくれる…流石に高次生物だな……本っっ当お前ら、なに考えてんだかわからねぇよ……」
人心地ついたクロが呟く。落ち着きが、思考する余裕を与えてくれた。
(ティニと02……、シーゲルとパトリックがヒトの上に立つ特性をとか言ってたな。確かに第一世代コーディネイターは制作者が意図して造るわけだから、予定した特定機能の付加とかできるだろうが……)
思い返す。C.E.71時点で定められていた婚姻統制では、アスランとラクスが婚約者であるとされていた。クラインとザラはヒトを導くべく定められた存在だったと言うのならば、あれは単なる出生率低下に歯止めをかける目的ではなく、王の力を持つコーディネイターを生み出す目的があったのかも知れない。全知ならぬ自分に疑問は尽きないが、それを答えられる存在がいる。眼前と、脳裏に。
「ティニ、アスランとラクスは――」
〈クロ、それよりもまずは離脱を。彼があなたを睨んでる内は落ち着いて話もできません〉
……人を、ではなく人類を殺したがる存在が、人の代表など程遠い無力者を睨み付けている。
「……確かに、嫌われたみたいだしな。ナノマシンさえ入れれば任務完了と考えていいのか?」
〈そうですね。あとはあなたがいない方が話しやすいかと考えます〉
怒れる神を放置する。神を無視できるのも人間の所行なのだろう。
蒼天に黒点が現れ四方に弾けて人型を落とす。
当初の予定ではこの黒点は地球圏汎統合国家オーブ首都ヤラファス島上空に咲く――いや、この中身を積んだ輸送機こそがヤラファス上空に現れる予定だったのだが、クロは今、中東付近の空に弾き出されていた。
「地上への派兵か……。統合国家の協力ってことだよなぁ」
受け取ったデータを閉じながらクロはオーブを思い描く――つもりになりながら自分が傷つけてきたいくつもの存在を思い描いてきた。倭国の首都、ケアンズの軍事演習場、シアトルのビル街…世界遺産を貫いたことも人の犇めく街路を踏みつぶしたこともある。
(そんなとこ転戦するわけか……オレはどーすりゃいいんだろーなー…)
もうザクウォーリア≠ノも慣れた。階級制度がないためか、それとも組織自体がシンプルなのか、各種手続きは簡単だったように思える。ファントムペイン≠ノ放り込まれた際は各種手続きは全て人任せだったが、その待たされ時間たるもの凄まじかった。利用される道具の身ではその間くつろげるわけもなし、ぶっきらぼうに受領結果やら出撃先を命じられ後は生き残るかどうかほったらかし。それと比べればこちらの軍は下々にも優しいように感じる。だがそれでも、ストレスの差が見つけられないのは何故だろうか。
〈目標はあの施設の接収だ。PMCとは協力するんだから、しっかりシグナルを確認しろ。機種の先入観にハマって同士討ちすんな!〉
「……了解」
〈健闘を祈るぜ。ザフトのために!〉
〈ザフトのために!〉
「ザフトのために」
久しぶりのフレーズを口にし昂揚は感じられた。ザクウォーリア≠フモノアイを通し、急迫する戦場を見つめながら、クロの意識は別の世界を見つめていた。
十三時五十四分。指定された時間の五分前に到着することが礼儀だと考える。何人かの怪訝な視線を擦り抜け、最高評議会議長の執務室へ踏み込んだクロフォードは無数の紙を彼女の前にばらまいた。ディアナに『赤道』と揶揄されたハンガーマップの変遷、そしてその結果の写真達。
風船のように腹をふくらせ、枯れ木のような手足をばたつかせる子供の映像。
骨格に皮のみを張り付かせ、折り重なる集団を飛び交う蝿が埋め尽くしている画像。
破滅に晒された無限の眼球が紙面を通して悲哀と怨嗟を投げかけてくる。投げ捨てたクロは、未だ指先から嫌悪の気配を外せずにいる。彼女はどうなのか。これを、直視できるか?
餓鬼地獄を神聖であるべき女王の眼前に突き付ける。それは――確かに下卑た快感を伴った。自らを恥じようと、時に心は、蔑むことを、悦ぶ。
以前、これを見せつけられて吐き気に苛まれたクロは、ティニの問われた。自らの正義を、疑っているかと。今度はクロがラクスに問う。彼女の正義の価値を。
「データで持ってきた方が嵩張らなかったがな。見たくない現実ってのをキー一発で閉じて貰っちゃあ困るんだよ」
地面に叩き付けた封筒の音に一人のSPが僅かな反応を見せた。あの時の生き残りか。そんな奴でもなければこの場に同席はさせないだろう。少なくともラクス・クラインは誠実ではあると思う。
どうしても見ざるを得ない凄惨がラクスの瞼を硬くしたが、彼女は視線を固定したまま、動けずにいた。世界平和のため自分は時に全知を望んだ……。もしもそれを得てしまったら……これを見続けることに耐えられるのか。
(……耐えなければ、ならないというのに…!)
「統合国家は統一を急ぎすぎている。その結果の格差から何が生まれるか、あんたは理解しているか! 皆が平和を望み、自分はそれを実践しているのにオレのような酷い奴が生まれるのはどうしてだとか言いたいんだったら、オレはあなたに失望する」
クロは更に毒を取り出した。崇拝対象に無礼を働く緑に対し、黒服がはっきりと激怒の兆候を見せていたがラクスの制止に姿勢を正した。肉の壁以上の役には立たない存在でも感心してしまうところはある。そんな観察に飽きたクロは手にした毒を執務机に提出した。貧困層の懇願を見ずに済ませて私腹を肥やす富裕層。
「世界はここまで歪んでいる。あなたはそれを、統制している気になっているだけだ。ヤキン・ドゥーエ≠ノせよメサイア≠ノせよ……なんであぁも立て続けに『大戦』が起きたか、あなたは本当に理解しているのか!? 全てにあなたの言葉が関係しているというのに」
ラクス・クラインは自分を叱責するために、クロフォードに思い知らせ、悔い改めさせるためにここに呼んだはずだ。だがクロはそれを唯々諾々と受ける気にはなれず、その場を自分のために利用した。それが正しいのか、迷ってはいる。
世界規模のテロを行った身として自分の心の平安を守るため、彼女に対して言えはしないがクロは胸中で語尾を付け足した「――まぁ、オレも人のことは言えないが……」
「……あなたの仰ることも、一理あると思います」
最高評議会議長の声には震えがなく、クロは飲まれそうになる自分の脆弱さに怒りを覚える。
「ですが、あなたはご自分の行いになんの疑問も感じないのですか?」
「感じては……いるよ。それでもオレは、あなたに言わせて貰う。こんなオレみたいなのを出す世界に、なんの疑問も感じないのか?」
真っ向からぶつかり合う二つの視線が信じられないほど長い時間絡み合う。周囲に細々と控える護衛役達は何かあれば――何かなくとも彼を捕縛する心づもりだったのだが、議長はそれを望んでいるようには思えず……動けない。そして崇拝者は――信じられない結論を口にした。――
「あれが、オレに悔い改めることを要求してるって意味なら――筋違いだ。お前はオレを――」
クロはスラッシュウィザード≠纏ったザクウォーリア≠ノ巨大戦斧を引き抜かせ、僚機の砲撃にいぶり出されてきたウィンダム≠袈裟切りに引き裂いた。両肩のMMI‐M826ハイドラ<rームガトリングガンをフルオートでばらまきながら旋回し、近寄ってきたミサイルの雨と近寄ろうとした敵機を切り刻む。仲間――仮の仲間からの賞賛に痛みを感じながら味方を演じ、人を殺す。
〈やるじゃないのクロフォードさんよ。全くスラッシュウィザード≠ネんて珍品よく使うなぁ〉
ディアッカ隊長様の問いに応える。あのときバスター≠選んだ結果砲撃職人になってしまった彼には近接戦闘というものが理解しづらいのか、それとも汎用機を調整した中途半端な格闘機に対する偏見か。
「グフイグナイテッド≠ヘ赤じゃないと使わせてくれない。オレは差別や偏見に勝てないんだー」
〈そう言うもんかね!〉
気勢と共にバスター≠ェ火を噴く。ライフルでの狙撃とガンランチャーでの迎撃を同時処理するコーディネイターの能力にはやはり驚嘆を禁じ得ない。
敵はもう総崩れになっている。ターゲットは旧ロゴス≠フ資本を掻き集めてできた軍事産業だと聞いている。統合国家の要請を受けたプラント≠ヘテロ組織・反統合国家勢力の撲滅に協力することとなった。
(あぁ、しかも場合によっちゃあターミナル≠ぶっ潰す片棒も担ぐわけか……)
統合国家が戦力を出すべきこの事態なのだが、「手が足りない」に拍車をかけている事実がある。あちらさんは今も隠蔽工作に余念がない事実で、クロもティニからの通信で知ったことだが、アスラン・ザラがオーブから脱走したらしい。それが統合国家からの離反を意味するのかどうかまでは判然としないが、殺し損ねたカガリ・ユラ・アスハは彼の捜索に手を大きく裂いているらしい。
補充兵的な意味合いで、今各地にザフトの軍隊がばらまかれている。クロが配属されたのはディアッカ小隊。ジュール分隊とも言うべき彼らはこの地域に叩き落とされたわけだが、他のザフト軍の面々も地球のどこかで自分と似たような人殺しをしてるはずである。
〈ごくろーさまーザフトさん。あとはあたしの方で接収するわ。本体と合流するんでしょ? こっちは任されるから〉
これが、統合国家が戦力補充のために雇った傭兵会社の……社員なのか? ガキの声じゃないか。元連合モビルスーツパイロットの退役軍人辺りを想像していたクロはその声色から思い描かれる性別と年齢に困惑した。だがその声の出所――レイダー≠ヘ砂煙に濁った天空を軽やかに駆けると迎撃全てを無駄玉に変え、機銃弾とゲロビームを降らせて行く。彼女に統率されるウィンダム≠フ部隊も奇妙なほど完璧な統制と、意外なほどの反射速度を見せつけてくれた。ナチュラルの部隊ではないのか?
〈ありがとよ。じゃあお二人さんは俺と来てくれ。オーブに向かうが、途中攻撃目標なんて出てきたら針路変更するだろうから準備だけはしておいてくれよ〉
クロは彼らをもう少し観察したかったが小隊長には了解を返す。
そしてオーブに直行――となるはずもなく、新たな攻撃目標を伝えられ、戦場に放り出される。それを何度か繰り返していくと――
抱いていた懸念が現実になった。ヤラファス島に向かう道すがら、続いて撲滅目標に設定されたのはターミナル≠セった。こちらは相手を普通のオフィスを隠れ蓑にしたテロ集団と決めつけているが、真実はどうなんだろう?
ターミナル≠ェ裏世界を牛耳っていると言ってもその利用者全てが正規軍を圧倒できる訳ではない。
(ウチでもルインデスティニー∴鼡@が全てだった。アレに全てをつぎ込んでたからゴビ砂漠に攻め入られたときはろくな迎撃行動もとれずに敗走したわけだしな……)
寄せ集めMSでの慎ましやかな抵抗に、クロはビームアックスMA‐MRファルクスG7£@き込んだ。ターミナル≠フ性質上、自分は彼らを頼ったかも知れない。そして今、その恩を仇で返したかのも知れない。彼らが抵抗する理由は自分たちに有利な独占を奪い取られるが為かも知れない。だがもしかしたら、親しいモノを養う唯一の手段として仕方なくヤクザを演じているのかも知れない。ろくな死に方ができないとわかっていても、今死ぬわけには行かなくて。
「思い知れラクス・クライン。これが世界なんだよ!」
――ラクス・クラインは人払いをした。護衛として控えている黒服達が非難じみた不服の声を上げるが、彼女は構わず己を貫く。
「わたくしは、大丈夫ですから」
そう言われては彼らも何も言えなかったのだろう。立つ瀬の無くなった護衛達が退き、執務室に静寂が、そして沈黙が訪れる。
「…………? なんのつもりだ?」
「貴方には本心を話していただきたいのです。貴方は……ただのスパイなどではないのでしょう?」
彼女に自分はカガリ・ユラ・アスハに危害を加えた犯罪者、と認識されているはずだ。ラクスは微笑をこちらに向けてきた。
「組織を嫌悪。――わたくしに話しかけてきた、黒のデスティニー≠フパイロット」
自分の迂闊を当てこすっているわけではあるまい。寧ろキラの横やりで流れてしまったあの問答を意図して浮上させてくれたのだろう。そう思っても、前述の邪推は心にわだかまる。恥を抱えたクロフォードは歪んだ笑みを彼女に向けながら自らに言い聞かせた。むしろ余計な煩悶がなくなり気が楽になったとさえ考えられる。
「そうだな。オレは世界を壊した張本人だ」
ラクスは目元に憎悪を浮かべなかった。顎の下で組んだ指先を蠢かすことなく変わらぬ抑揚を言葉に乗せてくる。
「貴方の仰っていた、『組織』と……そして『自由』が持つ負の側面を教えてくれましたね。わたくしも、そこは感じていたところです」
「なら、何故手を打たない? それができる立場にいる上位者が」
「上位者……ですか」
何を嗤う?
「自分を蔑む必要はありません。あなたの手段を認めるわけにはいきませんが、あなたの意見には価値があると思いますから」
音は何とか押し留められたがクロの両手がデスクの縁に落とされた。
「償えなんて脅迫するつもりはないがな。あんたがオレの価値をゼロにしたんだよ。ちっ……こんなくだらねぇことからも争いってのは起こる。あんたがデュランダルを引きずり落としてもうどれだけ経った? デスティニープラン≠フ代替案は欠片でも出せてるのか?」
世界の支配者が目を伏せた。クロには、それが許せなかった。
「ヤキン・ドゥーエ≠フあなたに、オレは銃を向けてた。戦後、それを恥じたよ。結果を出せなくても『どうしたら争いを止められるか』を必至で考えてたって聞いたから。んでメサイア≠ナも、オレはあなたに銃を向けた。今度は恥じなかった。あなたの停戦勧告を聞いて、救難信号の花火を見ながら……あんたを殺せる力を望んだよ。なぜだか解るか?」
ラクス・クラインの視線が再び自分を貫いても心は揺れなかった。
「昨年まで戦いを忌避して、キラ・ヤマトのために地位を全て捨てて……。象徴だったはずの平和の歌姫が、他者の意見を暴力で抑圧することを是とした自分勝手に堕ちたからだよ」
「……あなたはデスティニープラン≠推奨するというのですか? 自由のない管理され尽くした世界に――」
「デスティニープラン≠ノ関しては、違う。あんなものただの遺伝子差別だ。適正チェックがあるだけで封建社会とほとんどかわらねぇよ。で、自由のない世界が気にくわないって話は後にしろ。オレは、あんたが最初に提示した戦わない世界について話してるんだ」
「ですが!」
「自由とは、責任を伴う恐ろしいものだと言ったはずだ! 極論になるが、あんたの理論では法の必要性が無視される。性悪説をとるわけじゃねえが、規律は、制限すべきものはあるだろう!」
「支配を望むのですか? 今あなたが新たな未来を見据える……それは希望ではないのですか?」
「美辞麗句をやめろとは言わねえよ。オレがここに立ってるのは、自分と周囲がラクス・クラインと言う存在に支配されなかったからとも考えられるしな。だが、それをあんたが許すのか?」
ラクスはクロフォードを見つめ続けた。彼も言い尽くしたか、弾ませた息を悔いるように髪をかき上げている。あの時と同じだ。彼の言葉に圧迫感を憶える。それは、脅迫されているから? 論破されたから? どれも違うように感じる。最高評議会議長、いやそれ以前に議長の娘だった頃からそのどちらにも馴染みはあったが、この圧迫感じみた感覚はどれとも違うように思える。
「解りました」
何がだ、とは問えない。感情に任せて言い放ってしまったことに後悔はなく、むしろ望んでいたことだが……今後を考えると鬱に沈み込む。何を言おうと戯れ言だ。投獄されるのは間違いない。その覚悟があったからこそ彼女の言葉は彼の心を貫いた。
「あなたの自由になさって下さい」
「――――――――はぁ?」
絶対有り得ない特赦じみた放置を示す言葉が聞こえたような気がする。
絶対有り得ない、脳内で都合良く変換されたと思しき言葉を追い出すため、彼女にもの問いたげな視線を投げるも、あろう事かピンクの歌姫様は微笑みを返してくる。
「お、オレは、キラ・ヤマトを殺す気すらあるんだぞ? 今も、いわば間諜だ。それを……なんの対処もなしに放置するってぇのかっ!?」
「あなた方の暴力的な介入に対しては断固抵抗させていただきます。が、あなたが導く未来が正しくないとも、わたくしには言い切れませんから」
本気かっ!?
「あなたが、我々を破滅させる存在ならば、あなたが先年目にしたようにわたくし達は武力蜂起も辞さない。しかしあなたが我々を導くものだというのならば…………わたくしはあなたに従いましょう。それを見定める時間を、与えたいと考えますが」
本気だ……。
(なに考えてやがる……。理解が及ばない…。オレは、こいつに……)
「………わかった。あなたが認めるというのならば、この立場をせいぜい利用させて貰う」
声に険を乗せるつもりだったが、震えしか出てこなかった。掌で目元を押さえたクロは、自分が下位者であることを思い知らされたような気がした。これはもう、自分に判断できる世界ではないのかも知れない。
「あぁ、オレ達のエヴィデンス≠ヘ貴方に会いたがっている。どこかで会談でも出来ると良いんだがな」
テロリストと国家元首的存在が会談など……不可能と断じながらも、クロはそれを心の底から望んだ。それを経てからでなければ判断を下す自信など得られそうもない。
SEED Spiritual PHASE-80 不躾な問い
クロフォードの見上げる先には補充用のモビルスーツが幾つか見受けられた。自分の機体も壊れたらこのどれかと交換するのだろうか。そんなことを考えながら倉庫の壁に背を預ける。
(……こう言うときは、煙草とか吸って時間潰すべきなんだろうけどな)
クロフォードは嫌煙家である。ナチュラルの一般的な成人年齢の遙か下の頃、悪い友人と興味本位で喫煙したとき、一人盛大に咳き込み馬鹿にされまくってキレて暴れて以来――毒の煙が漏れる草には金輪際触るものかと心に決めている。
「こんばんは。ここ、良いですか?」
真昼の、そして遊ぶには些か不適切な場所に不思議な挨拶が届く。声のした方を振り返ると左右で髪を跳ねさせたラフなスタイルの女がいる。
「死刑制度に対して、あなたの意見はありますか」
「あなたがクロね」
「あんたが情報提供者か。…こーゆう合い言葉って、誰が考えるんだ?」
合い言葉を聞くなり顔を伏せ、互いが倉庫に背を預けたため彼女がどんな顔をしているのかまでは伺えなかった。だが、その栗色の髪と、その容姿に見覚えがあるような気がする。データで見ただけだろうか? この女、アークエンジェル≠ニ関係していなかったか?
「端末出して。まず、これから送るわ」
赤外線だかなんだかで情報が転送されてくる。Nジャマー下でも作動する貴重な通信方法ではあるが……直進しかしないレーザー通信の類をクロは毛嫌いしていた。ズラして送信に失敗したことが多々ある。振戦まで行かなくとも少しばかり手が震えてズレたことがある。顔も見ずに想像で受光部を合わせるなど、無理だ。
一度の失敗を経て頂戴できたデータは、現状のザフトとブレイドオブバード≠フ駐留地点や兵力規模だった。引き寄せてスクロールを繰り返せば端末地図は世界を一周した。拡大すれば世界一周にもっと時間がかかるのだろうか。
「統合国家がブレイドオブバード≠雇ったって事実は、やっぱりないわ。あちらさんのでっち上げ。それでもオーブは黙認してる感じね」
「ザフト軍(オレ達)が来たんだ。その黙認利用も潮時だな」
「あのPMCは旧リッターグループの奴らなんだって」
「……リッター? あの、ロゴス≠フエルウィン・リッター傘下ってことなのか?」
「そ。で、あなたの方は、いいの?」
言外に立場がヤバくないかと聞いているのだろう。この制服からすれば心配されて当然かも知れないが。
「そりゃいいわけねーが……」
悩むような表情を見せ、緑の制服を撫でた。無垢とも思える衣擦れの音が心に爪を立てる。しかし
「オレの立ち位置は『ここ』なわけだし」
「……お願いね。ジャンク屋は大喜びしてるから約束違えると報復くるわよ」
頷く。ターミナル≠フ端末がその気配に気づいたかどうかは解らないが、彼女はそろそろいなくなっただろうとクロは振り返り――気配もなく全く動かずにいた彼女の姿に面食らう。
「ぅ――おぉ…。じ、じゃあオレは――」
手を振ろうとしたが、彼女の目はこちらを見返してきた。
「あなた、アスラン・ザラと戦ったことある?」
不躾な問いに目を見張る。誰か、オレのコードネーム以上をこの端末に伝えたのかと訝って。
「――あるが、何故だ?」
見つめ返せば直ぐさま視線は反らされた。
「もしかして、仲間だったこととかある?」
「ない」
……あるのかもしれない。即答したが。だが友好的に話したことなどないのは事実。彼女が何を求めているのか不鮮明だが、相手はその回答を問いかける隙すら与えてくれなかった。
「流石にアレを墜とせって依頼は……無理か……」
制服差別か。彼女はこちらをチラ見するなり直ぐさま背を向け手を振って歩き出した。「なんなんだ…」とぼやきつつもクロはターミナル£[末としての任務に着手する。
「ターミナル≠焉Aちょっと拙い状況かもね……。私はアスラン・ザラを守る気なんてないんだけど……そうね。私の立ち位置もここなわけだし」
堂々とターミナル≠ニ口にした彼女に驚愕を禁じ得なかったが、まぁあちらのミスはあちらで処理して貰うだけだ。クロは幾つかの隠蔽工作を終わらせると小隊の仲間と合流した。
一時間後、ザフトの所有していたモビルスーツが爆破された。周囲の被害は微々たるモノだがモビルスーツが綺麗に中破。これが基地内、格納庫(ハンガー)での出来事なら頭を抱えながらもリペアは可能だっただろう。だが、こと戦場となると話が変わってくる。戦場で兵器が壊れるとどうなるか――それは兵器ではなくジャンクになる。所有権が、ザフト軍からジャンク屋ギルドに移ってしまうのだ。
「おいおい……管理どーなってたんだよ……」
頭を抱えるディアッカ小隊長。流石にクロフォードも彼の目を見ることはできなかった。
「まぁ、仕方ない。もうちょいでオーブだ。イザークと合流すれば、戦力に関しては何とかなるだろ」
呻く自分に恥辱を感じる。今オレのしていることはなんだ? 連合資本のPMCと協力し、ザフトとして古巣(ターミナル)を潰して回っている。恩知らずという域ではない。それに『今ザフトとして戦えている』ことすなわちラクス・クラインに守られていることに他ならない。
(くそ……間違ってんのかなんて考えながら戦場で生き残れるわけねぇだろ!)
自分を卑下しながらも、生き残るだけの理由はある。
(そんなもの、誰にだってある)
――やがて鎮圧は完了した。ザクウォーリア≠フ性能と、ヤキン・ドゥーエ≠ニメサイア≠潜り抜けたザフト唯一の黒服戦士の実力に乗っかっているだけだがこれが鎮圧作業でなく戦争であったのなら、この限りではないのかも知れない。
……………。
そんな彼らでもやはりいつ命を落とすかもわからない、神経を盛大に磨り減らす生活を繰り返すのは限界というものがあるのだろう。オーブに近づくにつれ、ザフトの小隊はいくつか合流したりもしていた……そしてクロは、気づけば歓楽街にいた。
(…………)
ティニどれだけ監視されているかも解らないこのナノマシンが入っていなければ、理性で嫌悪しているとは言え羽を伸ばさなかったと言えば嘘になっただろうが……むしろ本能部分を第三者に晒すなど拷問ではないか……。
「クロフォードさんよ。ここからは単独行動ってことで、良いよな?」
「まぁ、オレは構わんが……いいのか隊長殿。あんたの友人たるフェイスにばれたらシバき上げられないか?」
「だからこそこんな時しかチャンスがないんじゃないかよ〜。なんだよ結構固いんだな。ま、まさか男色ってんじゃないよな?」
大袈裟に驚いてみせるディアッカから目を反らし、部下の分際で「言ってろ」と漏らしてやる。気のいい小隊長は快笑を残してネオンの海に消えていった。クロフォードとしても、このどれかに入ればいいのだろうが……コールガールと目を合わせる根性はなかなか起きなかった。
「ティニ」
〈はい。クロ、今どこですか?〉
「歓楽街……」
〈あらあらまぁまぁ。そんなところに女の子を呼びつけるつもりですか。とっても問題です〉
「離れるわけにはいかないんだよ……オレの立場も考えてくれよ……」
〈ルナさんに伝えて……はたしてその『わけ』というものを理解してもらえるかは疑問です。ではあちらと連絡とって、またお伝えしますのでお待ち下さい〉
そして半刻も過ぎた頃、挨拶もなしに背後から声がかけられた。
「クロ変態……」
「………………お前の感性からその単語を定義すると……一人以上の子供を持つ人間は皆変態になる」
言い訳じみていると思いつつも沈黙はできなかった。振り返ればつなぎと帽子で土色一色になったルナマリアがいた。カモフラージュと言う奴だろうが、ピンクなネオンのこの空間、作業着姿は浮いているとしか言いようがない。
「ル…お前その格好…」
「お願い言わないで。こんなとこだと思わないで着たんだから」
取り敢えず場所を変えることにした。ここを離れるわけには行かなくても、同僚全部どーせしっかり遊んでいる。二、三時間は余裕があるようにも思える。こういう場所で路地裏などに入ると別のトラブルが起こりそうだが聞き耳をこそ怖れたクロは暗がりにルナマリアを連れ込んだ。常に武器をぶら下げ、荒事に自信のある軍人でもなければこれは暴挙か。そうだとすれば世界の治安を司るべき統合国家にもまた突き付ける文句が増えてしまう。
「ザフトはこのままオーブに向かって、指令を受けることになってる。確定、ってわけじゃないが、多分アスラン・ザラが帰ってくるまでロゴス♀ヨ係やターミナル≠フ潰しを続けると思う」
「あぁ、その辺はちょっと聞いてるわ。なんかPMCが協力してるってことだけど、ティニの話だと統合国家が否定してるって」
「そうか。一応その辺の話はここに来るまでに端末から引き出してる。もらったデータ見ると暴れてるのは世界規模だ。手広くやってるらしい。…確かにGATの……レイダー≠ゥ…。あんなもん使ってる時点で儲ける気はねーなーと思ってたが……。統合国家から税金吸い上げてねえとすると……やっぱりあのPMCは怪しいんだな?」
ルナマリアが一瞬目を丸くし、次いで意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「ターミナル≠ゥらの情報では、アレロゴス≠復活させようとかしてる組織みたいよ。なんかウチとかテロ組織みたいなのを狙ってるように見せかけて、ロゴス℃綜Y持ってるとことか狙って、密かに接収してるとか」
(オレより物知ってるのが楽しいのかこの女は……)
「ああ! 警察機構も潰してるって言ってた。放置すると、危ないみたいよ」
ティニからの受け売りだろうなどとは言わない方がいいのだろう。
「統合国家は? PMCを雇ったって裏情報はないのか?」
「あー。うん。否定してるって言ってた。あれ? 端末の誰かから聞いてんじゃなかったの?」
「だから『裏』情報。単一情報じゃ信用できねぇよあの国は。アスハ家が否定しててもロンド家がプロトアストレイ¢「ってモビルスーツの研究してたなんて話があったじゃねえか」
煮え切らない態度を見せたルナマリアを放置してナノマシンでティニに問いかける。結局彼女の情報が正しかったとわかると信じてやれなかったことが少しばかり後ろめたいがせめて情報の確実性くらいは確保しておかないと命や計画の確実性が損なわれては目も当てられない。
「クロ……なに? 小型の通信機とかもらったの?」
「違うよ。体内に通信機になるナノマシン入れられたんだ」
耳奥を覗かれても機械など見えない。いきなり独語を始めたクロを不審に思ったルナマリアも納得がいったようだが……同時に顔をしかめてもいた。
「なにそれ…大丈夫なの?」
「気持ち悪い。が、便利なことは認めるな。大丈夫ってんならお前の方こそ戦力どうなんだ? ルイ……オレの機体は、誰か書き換えて使ってるのか?」
「いいえ。誰もそれは考えてないみたいよ。それこそあんたが死んだってことにならない限りはパイロット固定でしょ」
万が一ルインデスティニー≠ェ敵の手に落ちたことを鑑み、パイロット認証は異常と言うほど厳重にしてあるとノストラビッチは言っていた。シンが望んだ際に直ぐさま書き換えられなかったのはそこにも原因がある。だが、不可能なわけではない。
「それに、世界に喧嘩売ってるわけじゃないから、ノワール≠ナ充分よ。それに――わたしは気に入らないんだけど――あなたがくれたお仲間がいて、むしろ潤ってるくらい」
「……オレが、あげた?」
怪訝に眉間を固めると、ルナマリアがこちらの端末に何かを転送してきた。目を通し、驚愕する。被洗脳者で組み立てた軍隊だと?
(……アフリカ共同体の……。オレが放置した場所だな。成る程ティニはこんな風に結果出したわけか)
言わば「殺処分」目前になっていた存在に、「戦士」という存在価値を与え、意義を得た彼らが恩返しと立場安定の両面から支えることによって忠に満ちた兵団を得る――。
「オレの妄想をここまで形にしたわけか」
クロの口元だけに微笑みが浮かんだが、それを目にしたルナマリアは満足か、卑下か、起因するものを推し量れずにいた。
「ティニに言えばリアルタイムな戦力見られると思うし、戦果もそぉ恥じ入るものじゃないよ。この間もそのPMCらしき軍団を半分以下の兵力でやれたしね」
送られてきた内容に彼女の言葉を裏付けるデータがあった。あくまでテキストオンリーだが要点と数字だけ読めば結果の凄まじさが理解できる。重い浮かぶ情景はなくとも理解ができれば充分だった。
「……更に、月にも、か。プラント≠ノ対抗できねぇかこれ?」
冗談と受け取りルナマリアは笑ったが、クロは笑うことなく言葉を継いだ。
「ルインデスティニー≠フ情報、シンに書き換えてくれ」
「……え?」
「だってあいつの方が強ェだろ……」
胸中では当然のことを言ったと思っているが心のどこかでおかしな事を言っている自覚がある。そのため視線は知らず知らずのうちにルナマリアから逃げていた。
「クロ、どうかした?」
「……別に。ただ――」
「ただ?」
年下の小娘に話す事柄なのか? クロにはどうにも踏ん切りが付かなかったが、彼女の性格からして、じゃあ放っておくと言うことはあり得なさそうに思える。予見が口を開かせた。
「役目が終わっちまったよーな気がしてな……」
「ナニそれ?」
堂々と話していいことなのか……。
「ティニに言われた羽鯨との接触は終わったわけだし、潜り込んでる意味も終わったしな」
神話のような名前が出てきた。彼は何をしていたのかとルナマリアは訝ったがクロの様子にはそれ以上に吐き出したい何かが感じられた。
「それにでしばらく転戦して思ったんだよ。オレは、高性能機にべったり頼ってただけなんだって」
「……うん」
ルナマリアは返答に困った。彼のような目をどこかで見たことがあるような気がする。
「んで……オレはその高性能機を使ってすら……最強の敵には勝てなかった」
「……それは、別にこてんぱんにやられたわけじゃないんでしょ?」
「ザクウォーリア≠ノ慣れるだけで必死だったよーな奴が要でいいのかよ? シンは、それこそキラ・ヤマトに匹敵するよう調整されてるんだろ。ならあいつにアレを任せればうまくいくんじゃないか?」
ルナマリアの心には…当然としてクロよりもシンに裂くべき割合が大きい。彼の言い分はもっともだと思えた。が、彼は知らないようだが――シンは今ターミナル≠ノはいない。
「……ティニに、言ったの?」
「いや」
「言っちゃダメだと思う」
「…………どうしてだ?」
シンに任せれば、彼はフリーダム≠下すだろう。それはメサイア攻防戦≠フ果てに敗残者となった自分達にとっては願ってもない結末とさえ感じられる。それでも、ルナマリアは彼を止めた。……なぜだろう。彼の目が、彼の暗さが、見知ったものと同じように感じられたからか?。
「クロ…、あの時のレイと同じ感じがする」
「レイ? ……お前達とミネルバ≠ノいた、レイ・ザ・バレルのことか? デュランダルのスパイだったとか言う」
「そう言う言い方はやめて。……まぁわたしも一時は思ったけど」
シンを、殺戮機械に造り替えようとしている。そう感じた時期もあった。確かアスランが対ロゴス%ッ盟軍から離反した辺りか……。今考えれば、それはデュランダルが、最高決戦兵器として造り上げたシン・アスカを使い始めた時期だったのか?
「レイは、自分にできない、自分じゃ見られないと決めつけてた未来のために自分自身を捨ててた……。わたし、あの頃のレイ、嫌だったな」
ルナマリアの心など解らない。クロは回顧を始めた彼女を見つめたが、その内側まで見透かせない。だが――レイの哀れな末路はターミナル≠通じて知っている。自分は、それと同じだと? だとすれば……結末を想像するのは流石に恐ろしい。
「オレが、その嫌だった奴と同じだと?」
「うーん……旨く言えないけど、あの時のレイはやばかったから。自分の命より与えられた使命のが大事って感じで……」
それが悪いことだとは……クロには思い切れず。だが、その男がシンに行った仕打ちと彼自身の結末が幸せなものとはどうしても思えず――
「任務に命かけてるのは、軍人なら当然とも思うがな。自分の思いと違うからって最高司令官の命令無視して脱走するどっかのお坊ちゃんよりマシだろ。シンなら――」
アスランよりは持ち上げようと思っていたクロだが、幾つかの情報が脳裏を疾る。
上官の指示をこの一言で一蹴したという。「文句を言うなら誰だって!」
敵軍兵士を機密満載のミネルバ≠ノ放り込んだ。無許可で。「そんなもんは後で取る!」
国家元首を目の前にして国家滅亡を叫んだこともあるらしい。「今度はおれが滅ぼしてやる! こんな国!」
全部データで見ただけだが、彼の性格を思い返すとなにやら現場がまざまざと思い描けるようで、彼を信頼しようとしていたクロは…なんだか泣きたくなった。
「……………まぁ一応だが……一つの軍に従う人間ではあるだろ」
ルナマリアは彼の少し長い沈黙に別の過去を回想して無駄に頷いてしまった。対してクロは保留することで心の平穏を保とうと考えたが……。ぼそりと呟かれた彼女の言葉が必要以上に鼓膜に突き刺さる。
「シン、今こっちにいないのよ」
クロの重苦しさに耐えかねたルナマリアは隠そうかどうしようか迷っていた腹の内を吐き出すことを選んでいた。
「なに?」
「アプリリウス≠フ後、なんかどこかの組織に下っていったって聞いてる」
「……本気か……なんだよそれ……っ!」
クロが壁に目をやり斜め下を睨み付けながら一人で何かを怒り始めた。ルナマリアは独り言かと訝ったが、思い至る。ナノマシンでの通信か。ティニに問いただしている所なのだろう。
やがてクロが人目も憚らず絶叫した。何人か通行人が路地裏を掠め見たが関わりたくないと思ったか、一瞥以上は送ってこない。自分も異常者扱いされたように思えてルナマリアは更に泣きたくなった。
「あぁっ! どういう組織だ…!」
「……そろそろわたしも行くわ」
申し送るべき何某かが叫んだせいでどこかに行った気がするが、ティニを介してターミナル≠利用すれば後回しでもなんとかなるだろう。
クロは首を横に振ってルナマリアを追い払うと何事もなかったかのように――歓楽街へ戻った。
自分は何をすればいい? 取り敢えず遊べと言うのか?
プラント≠攻めた際、キラを、デスティニー≠用いて圧倒していたシンを見た。本当に、自分が操る資格があるのか? ルインデスティニー≠。
任務は、順調だ。ディアッカ小隊と接触のあった友軍は死傷者を出さずに戦力だけを落とされている。いつの間にかモビルスーツの所有権をジャンク屋に取られて。だがもっと効率的に戦力を落とせと言うのならば戦闘中、事故に見せかけると言う方法もあった。それを選ばなかったのは――同僚殺しを忌避したせいである。だが誰も、生き残れて喜びはしなかった。戦えなくて、嘆いていた。
ネオンにまみれて星の瞬かない、深い夜空に溜息を投げる。
(オレのしたことは、キラ・ヤマトと同じなんじゃないか?)
「カルーアミルク、お願いします」
気づいたら何となくカウンターの片隅で酒を飲んでいた。
(………いかん。頭が腐ってるな……。オレはオレの思うことをする。それでいいじゃねーか)
怨敵と意見が合うようなことがあったからって、何だというのだ。バケモノの横にいたクルーゼもどきに一々嫌味を言われたから何だというのか。言い聞かせれば、自分自身にも世界に対しても失笑が漏らせた。ターミナル≠ノ取り込まれた敗残兵。ルインデスティニー≠ノ寄生し、偽りの平和を駆逐した世界の敵。オレはそんな存在でいられる。それ以上、求めることすら贅沢だ
「サービスです。あまり思い詰めませんように」
「ありがとう……オレ、そんなにヤバイ顔してましたか?」
「この席に一人で来られる方は、大抵そんな顔をされています」
それでも……確かに、残っている。平穏に浸れば安心する心が。古巣と呼ぶべきなのか――ザフト軍籍を得た数ヶ月は……確かに取り戻せた思い出だった。
シェイカーを操り始めたバーテンダーに微笑みを返しながら出されたカルーアミルクと名前の解らないチーズがのせられたクラッカーに指を伸ばす。菓子の欠ける音に彩りを添えた鋭く液体の操られる音にしばし聞き入る。心を無にすれば、楽ではあった。全く……自分も洗脳して貰った方がいいのかも知れない。
「……む? クロフォードではないか?」
『クロ』でいる間は見知らぬ誰かに名前を呼ばれれば全身に警戒が走るがクロフォードでいる間はその限りではない。クロフォードには懐かしむべき過去があり、狙われるべき価値があるほど著名ではない。
「ん?」
心に従いだらけた心地のまま振り返れば顔の中央に大きな傷のある歳を経た男が目に入った。
「……あれ? サトーさんですか?」
「やはりクロフォードか。こんなところで何をしている」
そう言えば彼もヤキン・ドゥーエ∴ネ降MIAではなかったか? 声をかけてきたのは以前ザフト軍で共に戦ったこともあるサトーと、彼に話しかける見知らぬ青年だった。
「サトーさんの知り合いですか?」
「ザフトにいた男だ。外してくれないかナチュラル」
男は鼻白んだ様子だったが手を挙げて笑顔を見せると店から出て行った。サトーは特に断りもなく隣の席に腰を下ろした。
クロも、その行為自体には特になにも思わなかったが、内心では面食らっていた。クロフォードとしての記憶からは第二次ヤキン・ドゥーエ戦役=Aクロとしての情報からはブレイク・ザ・ワールド寸前。サトーは死んだものと考えられていたからだ。
知らないことなど存在しないはずのターミナルサーバ≠烽スかが知れている。誰かが既に知っていることしか知らないのみならず、こちらがが知ろうとしないことは引き出せないというわけだ。
「今、何してるんですかサトーさんは」
サトーとはそこまで親しいわけではないが、彼は同僚だったアランと親しかったらしい。そのアランはボアズ≠ェ核攻撃を受けた際帰らぬ人となっているが、サトーとはアランに紹介されて何度か話したことはある。
「久しいな。お前こそ何をしているのだ?」
彼は、いわゆる『ザラ派』と呼ばれるナチュラル完全排斥主義を掲げる派閥にいたと記憶している。あの頃の自分も少なくとも地球連合軍だけは何を差し置いてもぶっ潰すべきだと考えていたため、彼には同調した……様な覚えがある。
「今もザフトですよ」
耳障りの良かった裏側の曲(BGM)が、派手なものに変わっている。クロは顔をしかめたが、直ぐさま安心もした。低く野太いサトーの声は空気に溶ける音をまっすぐ貫きこちらの耳にまで届いてくれる。
「そうか……お前も、クライン派か……」
む、とクロは僅かに眉を曲げた。届いたジンベースを口元に運ぶ男に、不快感を向けその休息に水を差してやる。
「クライン派であったことなど一度たりともありません。派閥に与した記憶もありませんが、意地でもくっつけるなら穏健派、ですかね」
(そう言えば……姉さんとラクス・クラインが戦場に停戦勧告流してるとき、このおっさん怒ってたらしいな)
一気に飲み干されたグラスがカウンターを鋭く叩く。サトーの呪詛は視線を伴わず、虚空に染みてこちらに届く。
「どちらに差がある? 核を平然と撃ち、支配を当然とするナチュラル共に何故こちらが譲歩する必要がある!? クロフォード、お前はナチュラルが許せなくて軍に志願したのではないのか?」
サトーの言い分は過激ではあるが、意見を言う生物として当然のことを言っているとも取れる。許せない悪。それを悔い改めさせも討ち滅ぼしもせずに譲歩するなどはっきりとした正義の敗北である。暴力的高圧的な存在全てが我を通せる世界には秩序など無く、そこで倫理は軽視される。自分勝手を力で押さえつけることは法治の下には必要悪なのだ。
「残念ながらオレがザフト軍に志願したのは『周りがそうだから』ってな惰性です。後は、義姉のヒモになるのが耐えられなかったってのもありますが」
「ふん。事なかれ主義か。だからクライン派は脆弱だというのだ」
この間アタマが四年前で凝り固まっていた奴と会ったばかりだが、もしかして、彼もか?
「だからクライン派じゃありませんって。穏健です。サトーさん昨年のクライン派がやってたことわかってい言ってます? 隠密行動と裏工作で政権奪取したようなのを穏健とか事なかれとは呼びたくありませんね」
「……む、そうなのか?」
「何なんですか? オレもそうそう機嫌が良くはないんで。愚痴零したいんならさっきの同僚さんにでもお願いします」
「いや、待て。そう言うつもりではないのだ…」
席を立ち代金をまさぐると彼はらしくもなく慌てた様子で引き留めてきた。何なんだよ、と口の中だけで零したクロは仕方なく席に戻る。
「貴方に誤解があるようなので言っときますが、オレはアスハとクラインを認めてはいないんですよ。まぁ、シーゲル・クラインの頃はクライン派扱いされても怒らなかったでしょうがね」
「すまん……小言を言うつもりではなかったのだ。だが本音が聞けたのは、嬉しく思う」
サトーの意図が分からず、クロは座り直しながら眉を顰めた。彼の横顔を盗み見る。嬉しく思う、は嘘ではないようだが。
「どういう意味ですか?」
「単刀直入に言おう。己とともに来ないか?」
「なぜ?」
相手にも自分にも考える暇を造りたくなくてクロは直ぐさま問い返した。
「お前が今も同じ心を持っていたからだ」
「同じ心…………。悪い奴を悪いと思う心、とでも言うつもりですか? それは――」
少し躊躇う。続きを突き付けるのは。
「――それは正義ではなく、ただの自分勝手だと思いますよ」
彼は予想通り激怒の兆候を見せた。しかしそれを言葉にすることなく直ぐさま憤怒を覆い隠して見せた。クロが訝る。それに気づくこともなく刃に変えた言葉を心に突き刺してきた。
「だが、その自分勝手を通した黒のデスティニー≠ェ、世界を変えたぞ!」
刃が捻られ傷口に空気を入れられた。クロは息を飲み思わずサトーを見つめてしまう。強面の男はグラスをぶら下げたまま、顔を動かさず目だけで睨んできた。
「クロフォード、あの機体はザフトなのか?」
「……っ、そんな訳ないでしょう。アレはアプリリウス≠襲っていたんですよ。んで、自爆したんでしょう?」
「己の所属している組織からの情報だが、その自爆が誤情報だとも聞いている。こちらのソースはかなり信頼が置けるのでな。もしアレがザフトにあるというのなら――」
……ソースに信頼が置けるだと? その程度でか。
「――そして、また地球滅亡規模のテロをやるわけですか。コロニーの破片を、ルインデスティニー≠ノ代えて」
絶叫したかったが理性は残っていた。彼の耳元で毒を囁くに留めておく。どちらにせよ、その効果は絶大だった。
「!?」
「それが何になるって言うんですか? アランの供養? あいつが喜んでるかどーか、あなたにはわかると? あんたのエゴから起こした行為でどれだけの人が死んだと思ってる? 連合に開戦の口実を与え、あんたの守るべきコーディネイターが核攻撃の危機にさらされたことをどう思う?」
「……!」
「自分は傷ついたんだー。だからって相手に痛みを押しつけることで平等になろう――なんて莫迦な考えだね。人間は記憶は出来ても今しか感じられない生き物だ。過去の百億の死よりも今の数千の死の方がリアルで痛がるんだよ」
「…」
「つまりだ。理解してるか? あんたと同じ、思い知らせてやるって考えで平等追求すれば、堂々巡りになるんだよ。敵の反省なんか信じるんじゃねえ」
「な、ナチュラルが反省するなど思っては――」
「だったらアレはあんたが溜飲下げる為だけに落とされたんだな。ボコられた奴が反省も後悔もしないなら…怒るだけ。復讐されるのは覚悟してるってんだ。すげーな」
叫べないことがもどかしかったがこの男からの反論は、ない。それだけでも溜飲は下がった。
「安心して下さい。知ってたからって上に報告するような真似はしませんよ」
呟いてからしまったと思う。ザフトの上層部が知らないというのに自分がその事実に通じている、など自分が何か別の存在に関わっていると暴露しているようなものではないか。クロは今度こそ席を立つと苛立ちを吐き出した。
「そんな考えじゃあなにも変わらない。オレはもっと、致命的なものを突き付ける……!」
鋭く細められていたサトーの目が見開いていた。クロはその目に聞こえよがしの溜息を吐きかけると酒場を後にした。
説明 | ||
エヴィデンス。地球外生命体の「証拠品」。羽鯨と揶揄されるその化石が何を意味するのか語られることなく大戦(ものがたり)は幕を下ろした。ファーストコーディネイターが木星より持ち帰ったというエヴィデンス。人より上位の存在か?それは神なのか? エヴィデンスの存在理由とコーディネイターの作成価値をオリジナルの許可も取らずに規定暴露。言語道断と罵るが良い! 78〜80話掲載 |
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はい作者連投は恥の証とて答え合わせの時間です。―とは言え書きたいことがげに増えたのでニュースレターとして号外。興味持ってしまったお方どうぞいらっしゃいませ(黒帽子) 更なる年齢回答ありがとー。では待ってくれコメ無ければ明日にでも解答を。ココロ的な部分を読み取ってもらえると嬉しいです。我が脳で神の思考をと考えるとタダの傲慢人間思考。ラクス「様」は神に近いと感じてしまう。生種の頃は人らしさもあったのに。クロが憎み切れてないのはそこを記憶しててのことなわけですが…。さてどーなりますやら。(黒帽子) シンの少し上ってイメージなので二十歳前後かなって思ってました。以下は感想。79話読んでエヴィデンスよりラクスの方がよっぽど人外めいて見えました。あと人型のティニより羽鯨のがよっぽど人に近い考え方してるのも皮肉ですよね。(さむ) 更に年齢回答どうもです。ちなみにエヴィデンスが自分を指していったカタカナ用語はオリジナルじゃないですぞ。アンビリバボーかなんかでやってたものです。ネット検索で出るんではないでしょか(黒帽子) 「ルインデスティニー≠フ情報、シンに書き換えてくれ」のところを見た瞬間、部屋で小躍りをしてしまった。ぜひとも書き変えてください!!そしてルインデスティニーを駆るシンを見せてください!!(シン) 鯨かぁ〜。今テレビで、鯨は神様の影と思っている国があると言っていた。だからエヴィデンスは人類に対して絶望を感じているなどと言っているんだな。クロは20代前半のイメージがあるなぁ。戦争を通じて、人間の表裏を知っているという風に感じた。(シン) おぉ長いニュースレター書いてる間に年齢回答一つありがたし。「作れるから作った」的なクルーゼのクローンとSコーディ論が公式かも知れませんが、1stコーディ誕生秘話が我が中ではこんな感じになりました。そーすると羽鯨と繋がるモノですから(黒帽子) 25歳前後って所かな?なんだか皆より年上のイメージがありますし。(東方武神) ・・・なんだかすげぇ理由でコーディネイターが創られたんですね。それはともかく、クロの言う『致命的』なものって何なんでしょう?そこんところを気にしつつ次回を楽しみにしときましょうかね。(東方武神) 今回の読み直してて思ったことですが…クロが色んな年代の人と喋ってますが、それに対する態度、どんな風に感じるもんでしょ? みなさんクロを幾つくらいと想像してます? 一話時点から誕生年だけは設定してあったわけですが(黒帽子) |
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