バカ兄貴がこんなに可愛いわけがない
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「兄貴ー? いるー?」

 ノックもせずに入ってくるのはやめて欲しいと何度言えばうちの妹は分かるのだろうか。

 珍しく勉強していたから良いものの、これがもしもあんなことをしている最中だったりしたらどうすると言うのか。一方的に目撃されて、「キモい」と言われるのは俺なんだから世界ってのは不条理だ。

 被害者はこっちなのに。

「なんだ。珍しく勉強してたんだ」

「珍しくて悪かったな。で、なんの用だ?」

「これ、飲んでみて」

 一本の缶ジュースが差し出された。

「なんだこれ?」

「〇〇に貰った」

 ラベルには、「ウルトラダイエットペプシ納豆味〜幼女になりたい方専用〜」と書いてある。

「ふざけんなッ! 怪しすぎる通り越しておかしいだろッ!」

「まあまあぐいっと」

「いかねえよ! ビールか!」

「ペプシが道を間違っちゃうなんてことはよくあることじゃない」

「どんな間違い方したらこんなことになるの!?」

「仕方ないなあ」

 桐乃が、目の前でカシュッと缶を開けた。途端、納豆の匂いがぷんと部屋に漂った。

「うわ……くさっ……」

 言いながら、どっぽどっぽと持ってきていたコップに怪しいペプシを注いでいく。

 うわあ……、ペプシバオバブ味を彷彿とさせる色だな。でも色はそれよりももっと濃い紅茶とかに近い。そしてこの匂い。自分が水戸市に迷いこんだのかと錯覚するかのようなこの匂い。

「はい、どうぞ」

 桐乃は並々とコップに注がれた「ウルトラダイエットペプシ納豆味〜幼女になりたい方専用〜」を、満面の笑みで差し出してきた。

「え!? 何が!?」

「いや、飲んでよ」

「嫌だよ! ついでに言うとさっきの「仕方ないなあ」の意味もわかんねえよ!」

 ぐいぐいとこっちにコップを押し付けてくる妹。

 なんでこんな得体のしれないもん飲まなきゃいけないんだ。しかもなんか「幼女になりたい方専用」とか如何わしいこと書いてあるけど、俺幼女になりたくないし。

「べ、別に幼女になんかなりたくないんだからねっ!」

「兄貴、それ拒否できてないから」

 なに、そうなのか!?

「の、飲ませるなよ?絶対に飲ませるなよ?」

「だから拒否できてないって」

 拒否してるじゃん! 思い切り拒否してるじゃん!

「お、俺このペプシ飲まずに済んだら真奈美と結婚するんだ!」

「この数行の間にいくつ死亡フラグを立てる気よ」

 嫌だ!納豆臭がする液体とか絶対に飲みたくない!

 開発者出てこい! 今すぐぶん殴ってやる!

「兄貴」

 桐乃が、にやりと笑った。

「絶対大丈夫だよ」

 どくんと、心臓が跳ねた。

 やめろ、CCさくら世代にその言葉を言っちゃならねえ。やめろ、……やめてくれ!

 

「そんな覚悟で大丈夫か?」

 

 止めを刺された。

 その台詞に抗う術は存在しない。

 よりによって、それかよ……。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 俺は桐乃の手から茶色い炭酸水を受けとると、ぐいっと一気に飲み干した。

 

 …………うえええ、マジで納豆の味がする。

 気持ち悪っ…………。

 …………ヤバい吐く。

「兄貴? 大丈夫?」

 ……お前さっき絶対大丈夫って言ったじゃん嘘つき…………。

 俺は立ち上がり、胃袋がひっくり返りそうになるのを懸命に堪えながらよろよろと部屋を出た。

「やばい、吐く」

「え、兄貴!?」

 階段を転がり落ちるようにかけ降りてトイレに駆け込むと、便器に向かって突っ伏した。もう動けねえ。

 身体中を気持ちの悪い何かがぐるぐると這うような気がした。

 目が回り、三百六十度、七百二十度、千八十度…………わけわからん。

 どくんと体が波打った。

 俺は、目を閉じた。

 瞼の裏側が、回っていた。

 くるくると、ぐるぐると。

 

 やけに身体が重たくて、やけに頭が重かった。

 目を開くと、綺麗な便器が出迎えてくれた。

 あの気持ち悪さで吐かなかったなんて、俺はなんて意志の強い男だろう。

 まだ少し、気持ち悪さは胸の少し下あたりに残っていた。唾液が口内に絡みついて呼吸を邪魔している気がする。粘り強い液体に満たされたような脳内をすっきりさせようとして、大きく息を吸った。そのまま、声を出す。乾いた喉を震わせる。

「あー……気持ち、悪……?」

 おかしい。

「え?」

 声が、高い。

「なん、……え?」

 喉元に持ち上げようとした手を見て、戦慄が走った。ぞわりと身体中の神経に何かおぞましいものが走った。ぞくぞくと、身体の表皮が脈打ったかのようだった。

「なんだ、これ……」

 なんだ、これ。

 なんだこれ。

 なんだこれなんだこれなんだこれ。

 声が高い。手が小さい。指が細い。腕が細い。やたら肌が白くてよくよく見たら全身がやけに華奢で、今まで着ていた服がやたらぶかぶかで大きくて重たくて正直言って大きすぎて、……頭が重たい。首筋がくすぐったい。

 なんだこれ。

 なんだこれ。

「な、な、な、え、なん、……えっ、……えええ」

「兄貴! 兄貴! 大丈夫!?」

 トイレの外から桐乃の声が聞こえた。

 振り向こうとして、……ばさりと。

 黒い長髪が、眼に入った。

 ……誰のだ。誰のだ。この長くて黒くてくすぐったい髪は一体誰のものだ。誰の、どこから生えている。

 自分の頭から、生えていた。

 高坂京介高校二年生の頭から、少女のような艶々とした黒髪が生えている。

 

 脳裏に浮かんだ文字は、ピンク色のファンキーなフォント。

 すなわち、

 

 〜幼女になりたい方専用〜

 

 まさか。

 目をごしごしとこすった。

 頬をつねって、痛みに顔をしかめた。その間も背後からどんどんと扉を叩く音が聞こえる。今まで気が付かなかったのは、頭が覚醒していなかったからと、未だに頭が動転しているせいかもしれない。動悸が収まらない。収まる気配すらない。

 よろよろと後ずさり、振り返り、恐る恐るトイレの鍵を外した。猛烈な吐き気で意識を失いそうになりながらもトイレの鍵だけはしっかりかけたあたり、人間の習慣というのは侮れない。

「おい、桐乃……」

 高くて、やたら可愛い声だった。

 ゆっくりと扉が開き、桐乃が扉の隙間から中を覗き込んでくる。

「兄貴大丈夫……?」

 ばたんと、目の前で扉が閉まった。

 すーはーすーはーと扉の外で深呼吸する音が聞こえた。よしそうだ、桐乃、落ち着いてもう一度俺を見ろ。そして全部が幻だと教えてくれ。夢か何かだと思わせてくれ。

 再び、扉が開いた。今度は、やや潔く開いた。

「……兄、貴?」

「お、おう…………」

 

 ぱちぱちと目を瞬かせて桐乃は俺を見た。俺は、じりじりと胸中で大きくなってゆく焦燥感に苛まれながらも俺を舐めるように見る桐乃の言葉をじっと待った。

「え、マジで?」

「マジ、らしい」

「うっそ……」

 桐乃は俺の頬をつねった。……自分のをやれよ。

「あ、柔らかーい」

 ふにふにと頬を触り始め、

「じゃねえ! 何が「柔らかーい」だ! ふざけんじゃねえぞ! 桐乃、お前一体どうするつもりだ! なんだよこれは! 誰が幼女になりたいって言った!」

「あ、ちょっと声が加藤 英美里さんに似てる」

「誰だよ!」

「ちょっと「誰かと思ったら阿良々々木さんじゃないですか」って言ってみて」

「なんで俺が化物語の某幼女のモノマネをしなきゃならねえんだ!」

「なんで知ってんのよ……」

 

 いや、落ち着け俺。そうだ、落ち着くんだ。

「これ、どうする気だよ……。親父が見たら卒倒するぞ……」

「……可愛いからおっけーってことで」

「良くね――――――――――!!」

「え、っていうか冗談抜きで可愛いよ、兄貴。ええええ、うっそー、バカ兄貴の癖に…………」

「おい、今俺をバカって言ったか。バカって言ったのか。おいどうすんだよこれおい」

 

「あ、兄貴……」

 

 桐乃が、俺の小さくて細い肩を掴んだ。

 ちくしょう、妹に見下ろされる日が来るとは思わなかったぜ……。

「明日、服買いに行かない?」

「戻す方法考えろよ!!」

 なんで頬がちょっと赤いんだよ! 呼吸荒いよ! 今までで一番妹のことを気持ち悪いと思ったよ!

「だって、妹だよ!? 兄貴、妹ができたのに興奮せずにいられる!?」

「妹はお前だよ!!」

「大丈夫大丈夫。そのうち戻れるって。それよりこの状況を楽しむしかないでしょ」

 

 もうこいつ駄目だ――――!

 誰か助けて下さいお願いします!!

 

 

 …………俺、元に戻れたら真奈美と結婚するんだ。

 

説明
『バカ兄貴がこんなに可愛いわけがない』(http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=14941274)に触発されて書いたはいいものの導入部で力尽きました。
pixivにもアップしてます(http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=117563)
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タグ
俺の妹がこんなに可愛いわけがない 桐乃 京介 

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