真・恋姫無双 EP.53 処刑編(1) |
ギョウの街外れにある荒れ地に、公開処刑の準備が整えられた。この歴史的場面を目撃しようと、多くの人々が集まって来る。そしてそれを目当てに、商魂たくましい人々が出店を開いた。そんな街の様子だけを見るなら、まるで楽しげな祭りのようでもあった。
しかしどこか張り詰めた空気が、異様な雰囲気を作り出している。警備を行っているのが、オークたちというのもあるだろう。誰もが他者との距離感を計りながら、これからの国を憂いているようだった。
「ここで別れよう」
大通りの手前で馬車を降りた北郷一刀が、手綱を握る人和に言う。
「十分気をつけて。もしも危ないと思ったら、俺たちのことはいいから逃げるんだ」
「はい。一刀さんたちも、お気を付けて」
「がんばってね、一刀」
「待ってるからねー」
天和と地和も顔を覗かせて、一刀に手を振る。恋と霞が馬車を降りて一刀の横に並び、張三姉妹の乗った馬車を見送った。
「処刑まで時間はあまりない……合流場所に急ごう」
「うん……」
「了解や」
三人は頷き合い、人混みの中に紛れてゆく。
街には武器の持ち込みが禁じられており、三人はまったくの丸腰だった。桂花の手筈により、これから武器の入手に向かう予定なのだ。いつもの使い慣れた得物ではないのが不安だったが、贅沢は言えないだろう。
(何よりも、貂蝉と卑弥呼の助力が頼めないのが痛いなあ)
武器ではないと言い張ることも可能だろうが、今はあまり目立つような行動はしたくはない。敵はこちらが来ることを承知しているだろうが、それでも居場所が知れるのはもっと後にしたかったのだ。
何進は腹立たしげに、持っていた杯を放り投げた。壁にぶつかって砕ける音に、居並ぶ兵士たちがビクッと身を震わせる。
「コンナ時マデ、クソ忌々シイ連中ダ!」
処刑を待つ控え室の何進に届けられた報告は、曹操の公開処刑を発表してから一週間、休む暇もないほど頻発している反抗勢力による襲撃だった。人数は少数で、被害も実はそれほど大きくはない。正直、処刑を目前にした今は無視してもよいくらいの出来事なのだが、たった一つ、どうしても我慢できないことがあったのだ。
「アノ高笑イガ、イツマデモ、イツマデモ頭ニ残ッテイヤガル……クソッ!」
たった一度だけ、何進も襲撃場所に立ち会ったことがあった。その時に聞いた高笑いが、報告を聞く度に蘇るのである。
実はまだ、何進たちには知られてはいないのだが、その高笑いの正体は反抗勢力に加わっている袁紹だった。長安を旅立った袁紹、顔良、文醜の三人は、河北で活動をしている反抗勢力に合流し、持ち前の強運を思う存分に発揮して活躍していたのである。
思うように活動できないでいた反抗勢力は、最初、捨て駒のつもりで袁紹たちを雇ったのだ。ところが、失敗続きの作戦が成功に転じていったのである。
「ここを襲うとよろしいですわ」
袁紹がそう言うと、必ず成功した。逆に――。
「ここは止めた方がよろしくてよ」
そういう場所に攻め入ると、必ず失敗した。
袁紹の言葉を聞き入れるようになった反抗勢力は、顔良の戦術や文醜の戦力なども加わって、まさに破竹の勢いだった。そしてその後押しをするように、何進軍が襲われたら困りそうな場所の情報を流したのが桂花だったのである。
桂花は、袁紹が反抗勢力に加わっていることを知っていたわけではない。ただ単純に、あちこちで暴れてくれれば兵力の分散にもなるし、何よりも精神的ダメージを何進軍に与えることができるだろうと思っただけだった。
動いてさえくれれば、どう動こうとも構わなかった。しかし桂花の予想以上の成果を反抗勢力は上げ、何進を苛つかせてくれたのである。
「スグニ出ルゾ! 用意シロ!」
バンッと机を叩いて、何進が立ち上がる。だがすぐに、十常侍の男が止めに入った。
「何を考えている。処刑はもうすぐ……北郷一刀が来るかも知れないのだ」
「構ウモノカ! モシモ無事ニ救出デキタナラ、再ビ攻メテ今度コソ皆殺シニシテヤル!」
「勝手なこと言うな! お前は我らの言うとおりに動いていれば良いのだ」
十常侍の言葉に、何進は歯を剥いて睨み付ける。
「オレニ指図スルナ……オ前ラモ、殺スゾ?」
「……」
黙り込む十常侍に、何進は鼻を鳴らして部下に声を掛けた。
「オ前ラ、オレガ出カケテイル間、コイツノ手伝イヲシテイロ」
「ハッ!」
「コレデイイダロ? 処刑グライ、テメエラデヤレ」
そう言い捨てると、何進は反抗勢力の討伐に出かけて行った。
「ふんっ! 所詮はオークか……まあ、いい。おい、ではお前!」
「……」
「曹操たちを牢から前室に連れて行け」
十常侍がそうオークの兵士二人に指示するが、兵士たちは動こうとしない。それどころか、侮蔑を込めた眼差しで十常侍を見ている。
「さっさとしろ!」
「……チッ」
舌打ちをしながらも、何進にも言われているためオークの兵士二人は、仕方なさそうに部屋を出て行く。それを見送り、十常侍も最終確認を行うために控え室を出た。
石の壁に囲まれた薄暗い小さな部屋で、華琳たちは身を寄せ合って座っていた。その両手足は鎖で繋がれ、自由に動くことは出来ない。
「春蘭、秋蘭」
出入り口の鉄の扉をじっと見ている二人に、華琳は声を掛けた。
「いかがなさいましたか、華琳様?」
秋蘭が腰を浮かせて応える。
「二人に、お願いがあるの」
「お願い……ですか?」
「何でも言ってください、華琳様!」
意図を計りかねて困惑する秋蘭と、何も考えずに素直に応じる春蘭を見て、華琳は笑みを浮かべて頷いた。
「私を……家族を見捨てて一人だけ生き残った卑怯者なんていう、不名誉な呼称で指を指されるような人間にしないでちょうだい」
「――!」
「華琳様……」
思わず春蘭と秋蘭は、息を呑んで互いの顔を見合わせてしまう。
「やっぱりね……」
「……知っていらしたのですか?」
「二人の顔を見て、すぐにわかったわ。何か企んでいるんだなってね」
溜息を漏らした華琳は、身を乗り出して二人の手を取った。
「ありがとう……私を助けようとしてくれた、その気持ちはうれしいわ。もしも私たちがただの主従関係ならば、その好意をありがたく受け入れたかも知れない。でも、初めて会った時に言ったはずよ。私の家族になりなさいって、ね。その言葉に、嘘はない」
「……」
「もう一度、二人に言うわ。私の、家族になりなさい。共に生き、そして共に死にましょう。胸を張って、堂々とね」
春蘭と秋蘭の目からは、自然と涙が零れた。握る手は強く結ばれ、その心には一片の悔いも迷いもない。これから処刑されるとは思えぬほど、三人の顔は明るく清々しいものだった。