虚界の叙事詩 Ep#.10「帝国の追跡者」-2
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 再び剣よりの突きを繰り出してきたジョン。その突きには、巨大なスクリューを思わせる衝撃

波が生み出される。

 

「ほらほら、どうした!」

 

 空気が切り裂かれた。隆文と絵倫は、地面に転がりながらそれを避ける。ジョンは剣を振り

回し、2人を追い立てる。

 

「大した実力じゃあない!無茶苦茶やっているようには見えるけれども、強いのは確かだわ」

 

 絵倫が、ジョンの動きを見て呟いている。残像がはっくりと残るほどの凄まじいスピード。そし

てそこにはうっすらと、煙のような軌跡が残っていた。

 

「そうかい!そう言ってもらって、光栄だぜ!」

 

 ジョンは剣を斬り上げた。

 

 しかしそれは絵倫から離れた位置での出来事。彼の剣は空間を斬り裂いただけ。そう思わ

れたが、切れた空間が、一瞬歪んだかのように隆文には見えた。

 

 衝撃波が空気の刃となって、絵倫に襲い掛かる。

 

 絵倫の右脚が切り裂かれる。血が宙に舞った。

 

「え、絵倫!」

 

 隆文が叫ぶ。絵倫は深々と脚を斬り裂かれたものの、うめくような声を上げただけ。かなり痛

いのであろうのに、無理して声を上げない。

 

 ただ、睨むようにジョンという男と目線を合わせるだけ。怪我をしたというのに、まるで刃のよ

うに突き刺す視線だ。

 

 あんな眼で絵倫に睨まれたら、体が凍り付いてしまうなと隆文は思った。

 

 脚を切り裂かれ、激しい出血をしているが、それでも絵倫はその場から立ち上がろうとする。

 

「その脚では立たねえ方がいいぜ。下手に動くと二度と脚が治らなくなるからよ」

 

 ジョンは、絵倫に向かってそう言った。隆文の方には背を向けている。

 

 隙があり過ぎる。隆文は背を向けているジョンに向かって何か攻撃をできないかと、様子を

探る。

 

 腰のベルトに身に付けている手榴弾に手を伸ばした。

 

 ジョンと距離を取らねば、爆発に巻き添えになる。だが、彼はすぐ側に立っていた。しかも背

を向けたままで。

 

「手榴弾でオレを狙っている。だが、距離が近すぎるのは残念だな」

 

 背を向けたままだというのに、ジョンには隆文の行動が分かるらしい。彼はそのように言った

直後に、背後を振り向いた。

 

「ああ、そうだな。距離が近すぎるのは、確かに残念だぜ」

 

 後ろを向いていたのに気付いている。隆文は少し驚いたが平静さを装った。

 

 隆文は転がったままの姿勢からゆっくりと立ち上がる。但し、目線はジョンとしっかり合わせ

たまま、警戒を怠らない。

 

 隆文が立ち上がり、ジョンと彼はしっかりと間近で対峙する形となった。

 

 隆文の方がジョンよりも幾分か身長が低い。しかしそうであっても、隆文は気押しされない。

 

「この至近距離!主力武器を失ったお前には圧倒的に不利だぜ」

 

 ジョンは特に構えようともしない。ただ手に剣を持っているだけだ。

 

「そうかよ。だが、お前は俺達について、どれだけ知っているっていうんだ?」

 

 母国語ではない『ユリウス帝国』の言葉だが、隆文は迫力を込めたつもりだ。

 

「ああ、知っているぜ。虫みてえに、幾ら捕まえようとしても素早く逃げる奴らって事だろ?」

 

 挑発的にジョンは言う。

 

「いいや、違うぜ。お前一人じゃあ勝てない相手だって事さ」

 

 ジョンはその隆文の言葉にニヤリとした。そして、そのままの表情で、隆文に向かって剣の突

きを繰り出してくる。

 

 かなりの至近距離だったが、隆文は攻撃する事を読んでいた。それを避ける事ができる。

 

 衝撃波が、スクリューのように体を掠める。避けたものの、その衝撃波だけで、服が切り裂か

れる。彼の服の左腕はズタズタに切り裂かれる。

 

「あなた一人で戦うなんて、随分と無謀な事するわね、隆文…!」

 

 絵倫がそう呟いている。彼女は切り裂かれた右脚を押さえたまま、立ち上がる事が出来ない

様子だ。皮膚の部分は黒ずみが広がっている。それが広がる事はなかったけれども、痛みは

あるようだ。

 

 再び地面に転がった隆文だが、今度は一人だ。

 

 そんな隆文に対して、剣の刃を向けてくるジョン。禍々しい刃の形状が、喉元へと付きたてら

れる。

 

「止めときな。あんたじゃあ無理っぽいぜ」

 

 隆文はさっと立ち上がり、ジョンから間合いを離そうとする。しかし、それを更に速いスピード

で彼は追い立て始めた。

 

「ほらほらよォ。お前はただ地面を転がり回っている事しかできねえのかい?それだけ、なの

かァ?」

 

 追い立てられる隆文は必死。そんなジョンの言葉など聞えてやしない。

 

 やがて隆文は、ジョンのバイクのすぐ側にまでやって来る。背後からは、彼自身が、猛スピー

ドで迫って来ていた。

 

 絵倫は少し離れた場所にいて、とても彼を助けられるような距離ではない。

 

 隆文は、ジョンのバイクにあったマシンガンを手に取る。そして素早く安全装置を外し、彼の

方へと銃口を向けた。

 

 一方ジョンは、持っている剣を、川原の地面へと走らせた。すると、小石が剣によって次々と

弾かれ、散弾のように隆文へと襲い掛かる。

 

 それらの小石を避ける事もできない隆文。体の至る所に石を食らった隆文は、再び地面へと

転がった。

 

「ほらよォ!」

 

 掛け声と共に、ジョンが目の前へと迫った。

 

 しかし、そんな彼へと、一つの黒い塊が投げ付けられた。

 

 それはピンの抜かれた手榴弾だった。

 

「何だ?これは?」

 

 だが動じる事の無いジョン。手榴弾はすでに爆発寸前だったが、それよりも素早く、彼の目の

前を刃が通り過ぎる。

 

 隆文の投げた手榴弾が、ジョンの剣によって真っ二つに斬り裂かれる。剣によって弾かれる

事もなかった。ただ真っ二つに斬り裂かれただけだ。

 

 そして、それにより手榴弾が爆発するような事もない。火薬だけが散った。

 

「手榴弾と来たか。だがよォ。オレにとっちゃあそんなものは、玩具にしか過ぎないんだぜ」

 

「ああ、そう。一瞬で、内部の火薬を劣化させてしまう事もできるのか」

 

 再び隆文は、ベルトに付いていた黒い塊をジョンの方に向かって投げ付けようとした。

 

「何度やっても無駄だって分かってんだろうが!」

 

 ジョンは言い放ち、再び隆文の放ったものを剣で切り裂いた。再び真っ二つに切り裂かれる

塊。

 

 やはり爆発するような事もない。

 

「ほらよ。諦めてもらうぜ。その程度じゃあ、オレも戦うのが飽きてきちまった。もっと刺激的な

のを期待してたんだがよ!」

 

 ジョンは言い放った。しかし、たった今切り裂かれた塊からは、もうもうと白い煙がわき起こ

る。

 

「発煙筒か。少しはアジな真似をしてくれるじゃあねえか!だが、いい加減小細工を止めてもら

おうか」

 

 白い煙は、隆文とジョンの間にもうもうと沸き起こる。だんだんと二人の間を包み込んでいく。

あっと言う間に、火事が起きた時の煙のように、発煙筒の煙は2人の視界を覆った。

 

「発煙筒の煙の中なら、オレの剣が外れるとでも思ったのか?だが、この至近距離。眼が見え

なくたって外さねえ!」

 

「ああ、そう?」

 

 しかし、ジョンの表情がだんだんと変わっていく。隆文はそれを見ていた。白い煙がジョンの

顔に触れる。彼は顔をしかめる。

 

「な、何だ?」

 

 続いて彼は眼を瞑った。そして、白い煙を振り払おうとする。

 

「何をしやがった。てめえ!こ、こりゃあ」

 

 ジョンは声を上げる。彼は、自分の眼に襲い掛かってきた、傷口に塩を塗り込むかのような

刺激的な感覚を味わっている。

 

 その感覚には眼を閉じ、地面に膝をつくしかない。

 

「これは、発煙筒じゃあない!催涙弾だ!てめえ!」

 

「俺達だって馬鹿じゃあないんだ。すぐに分かるぜ。あんたにゃあ、手榴弾は無駄だって事を

よ。あんたは、手榴弾の火薬は劣化させる事ができるようだが、催涙弾の煙はどうかな?霧み

たいに広がるものを劣化させ、それを止める事はできなさそうだ」

 

 煙の中で隆文の声が響いていた。

 

「な、何だと!だが、あんな至近距離で催涙弾を使ったら、てめえだってただじゃあ済まないは

ず!」

 

 しかし、ジョンは、バイクのエンジン音を聞いていた。しかもその音は離れていこうとしている。

 

「オ、オレのバイク!て、てめら!」

 

 催涙弾の煙の中から抜けた隆文は、その眼にゴーグルをかけている。彼自身がいつも首か

らかけていたものだ。

 

 バイクに跨った隆文は、絵倫の側までそれを走らせ、彼女の体をバイクへと跨らせた。

 

「次からは、バイクのキーぐらいちゃんと抜いて置いてくれよ。これじゃあこのバイクで逃げて下

さいって言っているようなものだぜ」

 

 隆文のその言葉を最後に、やがてバイクのエンジン音はフェードアウトするかのように消え去

った。

 

 ジョンは、視界を開けない眼をかばいながら、催涙弾の煙の中を彷徨う。

 

「な、何だと、てめえら!てめえら!」

 

 ジョンは催涙弾に涙しながら、激しく悪態をつく事しかできなかった。

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「糞、がッ!」

 

 やっとの思いで崖の上まで登って来たジョンは、目の前に見える光景に、思わず吐き捨て

た。

 

 『SVO』のメンバー連を襲撃した部下が、一人残らず倒されている。そして肝心の『SVO』の

メンバーは一人残らず姿を消していた。催涙弾の影響で、まだ霞んで痺れる目で、ジョンはそ

れらを見ていた。

 

 辺りはどんどん暗くなっていく。部下達が乗っていたトラックはパンクしているし、乗ってきたバ

イクもそこには無い。このままでは奴らの追跡ができなくなってしまう。

 

 これは自分の責任だ。とんだ大失態だ。思わずジョンは、ずっとむき出しのまま持って来てい

た大剣を、トラックの運転席の扉に叩き付ける。大きな音と共に扉はひしゃげ、パーツが飛び

散り、一気に錆びてぼろぼろになった。

 

 俺に任せろと言ったマイには何と言えばいいか。彼女の事だ。おそらくまた厳しく言われて、

嫌われる。いや、クビになるかもしれない。

 

 だが、『SVO』の奴ら全員が、一台のバイクで逃げられるわけがない。ここは車の通りも少な

い。おそらく別行動を取りながら、バイクに乗った奴が車の調達、といったところだろう。という

事は、まだどこぞやに残りの奴らがいるはずだ。

 

 ジョンは急いで行動を開始しようとした。報告や、倒れている部下達の事は、今度こそ『SV

O』の奴らを捕らえ、舞に電話を入れた時に言えばいい。

 

 そう思って暗くなっていく崖上の道を進もうとした。

 

 その時突然、上着に入れた携帯電話のバイブレータが、勢い良く震え始めた。ジョンは急い

で電話を取り出す。着信は国際衛星中継。舞からだった。画面がその名を示している。どう言

うべきか、戸惑いながらもジョンは通話ボタンを押す。

 

 現れた立体画面に舞の姿が映った。昼間に電話した時と、姿は変わらない。

 

「ああ、俺だ」

 

 声はひどく困惑している。

 

「ジョン、『SVO』の方はどうなりましたか?」

 

 いきなりの本題に、さらにジョンは戸惑う。言い訳を考えるよりも前にこれだ。彼女が急ぎた

いのも良く分かるが。

 

「それは、だな、何と言うか」

 

「取り逃がしたのですね?」

 

 舞の声はとても冷たく聞こえた。

 

「弁解するつもりはねえ、左遷でも解雇でも好きにしてくれ。全ては俺の不覚だからな」

 

 ジョンは諦めた。しかし、電話の先の舞の答えは、予想を大きく反するものだった。

 

「彼らはそのまま泳がせておきなさい。もうこれ以上、追う必要はない」

 

 その言葉にジョンは面食らった。

 

「何だって?」

 

「今すぐに本国へ戻ってきなさい。負傷した部下の事なら、そこに救急隊を送りますから、部下

達の事は心配なく」

 

 画面に映っている舞は、とても普通の様子を見せている。ジョンの様子から部下達の事まで

察している。だがジョンは、

 

「な、何だと!今すぐに帰って来いだと!納得いかねえぜ!クビにする気がねえんなら、今すぐ

にも俺は奴らを追うぜ!」

 

「納得いく、いかないの問題ではありません。そんな事を言っているのではなく、これは命令な

のですよ?ジョン」

 

「お前の命令とは思えねえな?」

 

「これは皇帝陛下直々の命令です。あなたはこれ以上、『SVO』という組織のメンバーを追って

はならない」

 

「お前がそんな命令に従うなんて、ちょっと信じられねえな。あれだけやっきになって探していた

奴らだぜ」

 

 電話の先の舞は表情を変えない。

 

「私や皇帝陛下が探しているのは『ゼロ』の方です」

 

「『SVO』の奴らもな」

 

 ジョンは言い、舞はすました表情を見せる。

 

「今すぐに帰還しなさい。あなたに言えるのはそれだけです」

 

 そして彼女は突然通話を切った。ジョンの方の画面には、中央に今の通話時間だけが示さ

れていた。

 

 ジョンは舌打ちすると、少し時間を置いてから携帯電話の画面を切って、上着のポケットにし

まった。

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メルセデスセクター NK国

 

5:12 P.M.

 

11月23日

 

 

 

 

 

 

 

 隆作は、マンションの窓のカーテンから『NK』の街並みを眺めていたが、すぐにカーテンを閉

めた。そして彼はふうっと重いため息をつく。頭が重くなり、浮き足立ったような気持ちの彼は

思う。

 

 もう、この街を普通に歩く事はできないな。街に戻る事は、もうできないだろう。

 

 防衛庁長官。人生を賭け、成し得た地位を捨て、今は指名手配犯。人生の角度を180度変

えた隆作は、『NK』の街が、遠い彼方にあるように見えている。

 

 隆作はゆっくりとソファーに座った。ここは、自分が過去に世話をしてやった後輩の政治家、

島崎議員の自宅で、ここだけが、唯一隆作が安心していられる所。彼は自分を匿ってくれてい

る。

 

 ソファーは座り心地が良い。もはや、隆作は防衛庁長官の時代に着ていた、ブランド物のス

ーツを着ていない。一般市民が外をランニングする時のような、ジャージを着ている。その生地

がソファーに擦れる音を、隆作は聞いていた。

 

 彼はずっと『SVO』からの連絡を待っている。ポケットの中に仕舞い込んだ携帯電話がバイ

ブレータで震えるのをずっと待っている。この時の為だけに、匿名で手に入れたものだ。

 

 この番号は『SVO』リーダーの隆文だけに教えた。メンバー達でさえ、番号は知らない。そし

てこれは『ゼロ』を発見、そして捕獲した時だけ、連絡を許可している。

 

 『ゼロ』を見つけ、捕獲する。これだけが、今、隆作が人生の目的としているものだ。ここに匿

っている、島崎さえも知らない。彼はそもそも『ゼロ』という存在さえ知らない。

 

 その為だけに、防衛庁長官という地位を捨てる。隆作は議員にしては珍しく結婚していなかっ

たから、家庭を失うという事を考えなくて良かったのは幸運だ。しかしそれでも、その地位を自

ら捨て、犯罪者となるのは、愚かだと思われるだろう。隆作自身も、少なからずそう思ってい

た。

 

 だが、それだけの価値がある行為だという事を、隆作は理解していた。正しい行為だったと

彼は思う。だからこそ、思い切った行動に出られた。

 

 全ての答えは『SVO』のメンバー達が出す。彼らの出す答え次第で、全ては決まる。隆作

は、それだけ彼らの事を信頼していた。

 

 と、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。

 

 一瞬、隆作は警戒心を高めるが、扉を開けるという行為に警戒心が無い。この部屋の住人

が開けようとする音だった。

 

 ここの所、警戒心を高め過ぎているな、と隆作は思った。いつ、警察がここに踏み込んでくる

か分からない。

 

 隆作のいるリビングルームの扉が開いた。

 

「原長官。ただいま帰りました」

 

 島崎が隆作の前に姿を見せた。

 

「今日は、どうだった?」

 

 運動もしていないのに、声が疲れている。精神的に参って来ているのだろうか?

 

「ええ、お答えしましょう」

 

「では、始めてくれ。新聞を読んで、大体の事は知っているが」

 

 そう島崎に答える隆作だったが、内心では、島崎が説明し終えるまで、少しも落ち着けなかっ

た。

 

「長官は、私の家に来る新聞を読んでいらっしゃる。ですから、私のこれから言う事と、同じ内

容をすでに知っていらっしゃるでしょうね。ですが、それはマスコミが知った事だけ、つまりごく

一部だけという事です。私はもっと多くの情報を仕入れて来ました。それでは、ですが今朝、防

衛庁の新しい長官が就任しました」

 

「それは、もちろん知っている。随分、早い行動だと私は思ったがね」

 

「ええ、まるで、あなたがこうなる事を、誰か知っていたかのようですね」

 

「私を蹴落としたいと思っている連中は、結構いたからかな?」

 

 自分で言った冗談にしては笑えない、隆作は少し後悔する。

 

「ともかくですが、新しい防衛庁長官は、就任してほとんど間も置かず、『SVO』とあなたの逮捕

の仕事、そして、『ユリウス帝国』側への謝罪に取り掛かりました」

 

「それは、特に『SVO』の逮捕の事に関しては私も知らなかったな」

 

「『SVO』の事に関しては、公式には防衛庁も認めていないそうです。それどころか、『ユリウス

帝国』さえもその存在を信じていないそうで。彼らはあなたが裏で働かせた、テロリストという事

にされています」

 

「それは、そうだな。『SVO』はだね。詳しくは言えないが、防衛庁の組織じゃあないんだ。非公

式なのだからね、言うならば私の私設チームなのだ。彼らの活動予算は防衛庁から出してい

るが、それは接待費を出すようにして出している。もちろん、巧妙に工作はしていた。何しろ、

首相さえも知らないぐらいなのでね」

 

「首相もその事に遺憾だったようです。議員として信用していたあなたが、勝手な行動に出たと

言って。『SVO』の事に関しては、あなたの秘書が証言したそうです」

 

「仕方無いな、どっちみち、政府の内部には、私の居場所は無くなったというわけだ。いや、こ

の社会に、と言ったほうがよいだろうな」

 

 言葉の最後の辺りには、隆作は自分の気持ちを込めた。島崎ならば、少しくらいは心の内を

話せる事ができる。

 

「ですが、あなたの事を信頼している者も多くいる」

 

 島崎は、隆作と目線を合わせてそう言った。

 

「君や、『SVO』のメンバー達か。だがな、それはいつまで続くか、だ」

 

 それも、隆作の本心だ。心の中で、ずっと思っている事が、島崎の前だけで話す事ができて

いる。

 

「どういう事でしょう?」

 

「少し教えておいた方がいいかな?こういう事だ。時が来たとき、その時とは、『SVO』が全て

の真実を知った時なのだが、君も、『SVO』のメンバー達も、私を信用しなくなるだろうな」

 

 島崎は表情を変えなかった。

 

「そんな事はありません。私はこれからも長官を信用し続けます」

 

 隆作は彼から目線を外し、ソファーから立ち上がった。その行為に特に意味は無い。島崎の

前にいにくかった。

 

「そうあって欲しいものだがね」

 

 少しの間、隆作は、その場でどうして良いか迷ったが、

 

「君も、私を匿っているという点では私と同罪という事になる。くれぐれも気をつけたまえ」

 

 結局、いつも言っている事しか口に出せずにいた。

-4ページ-

11:55 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 携帯電話が震えた。島崎はそれを手に取った。表示には、音声だけの通話と現れている。

 

 それを見た時、彼は、誰からの通話かすぐに分かった。電話番号さえも非表示だったが、そ

れでも分かる。

 

 彼はとても戸惑い、電話をそのままにしてしまおうかとさえ思った。だが、彼は仕方なさそうに

その通話ボタンを押し、電話を耳に近づけた。そして、なるべく平常心を装って電話先に答え

る。

 

「はい」

 

 電話の相手は、数秒間沈黙だった。いたずら電話かと思えるほどの沈黙が続いたが、島崎

は電話を切らずにいた。

 

 電話を持つ手に汗が滲む。心臓が高鳴ってきて、彼はその音を耳で聞く。思わず傍の窓枠

に掴まった。

 

「様子はどうだ?」

 

 電話の先から言葉が返ってきた。とても静かで低い男の声。それが島崎の耳に囁きかける。

島崎は驚き、思わず声を出しそうにさえなる。

 

 彼はそれを無理矢理押さえ込み、

 

「も、もうこんな事をするのは、止めてくれ」

 

 とても小さな声で答える。隆作に聞かれるのはまずい。彼は今寝室で寝ている。そこからは

離れていたが。

 

「君にそのような事を言う権利は無い。大体、他人の事なんかより、自分の事を心配したらどう

だね?」

 

 電話の先から返事が戻ってくる度、島崎の手は震えた。

 

「も、もうこんな事をし続けてなんかいられないんだ」

 

 必死に答えた。返事はすぐに戻ってくる。

 

「ほう。では、君が長年築き上げてきた立場というものはどうするのだね? 君の将来はどうな

のだね?」

 

 島崎はどう答えようか焦った。下手に答えれば、言葉の裏を掴まれ、相手のペースに持って

いかれる。

 

「は、原長官は、自分の立場さえも犠牲にして、自らの信念を貫き通そうとしている。それが分

かったんだ」

 

 寝室で寝ているであろう隆作の方を見ながら答える島崎。その答えには自信があった。たと

え何と言われようと、本当にそう思っていたからだ。

 

「なぜ、彼が正しいと言えるのだね?何を基準にそう考えるのだね?君は分かっていない。彼

のした事は、君の将来を犠牲にしてまで守られるべき事ではない」

 

 だが、島崎の答えは決まっている。

 

「お前なんかに何が分かる!」

 

 隆作に聞こえそうなくらいの彼の声。しかし、それは寝室までは届かなかったらしい。

 

「君はどこまで知っている? 君の家で匿われている人間が、どのような考えを持っているか知

っているのかね? いや、知らないだろう。もし知っていたら、君の考えは大きく変わっているだ

ろうからね」

 

「な、何だっていいんだ。私はもう、長官を裏切る事に耐えられないんだ」

 

 電話機を持つ手に力が篭っている。それを握りつぶしてしまいそうなほどに。

 

「君にして欲しい事は、とても簡単な事なのだよ、島崎君。ただ、元防衛庁長官が、なぜあんな

事をしたのか、聞き出して欲しいだけだし、彼の下で動いていた組織がどこにいて、どのような

者達なのか、それもね」

 

 島崎は何も答えなかった。心臓が高鳴って手が震え、口から言葉がとても出てこれないの

だ。

 

「それこそが、この国の安全に繋がるのだよ。元長官はそれを崩そうとしたんだ。彼は、この国

を危険にさらしたのだ」

 

「私は原長官を信頼しているし、これからもそうするつもりだ」

 

 必死に島崎は言った。それは隆作にも言った事だった。だが、電話の先の男は、どうも苦笑

しているらしい。島崎の癪に触った。

 

「まあいい、君は我々の言った通りの事をして欲しいんだ。分かるだろう?」

 

「だ、駄目だ。もう我慢できないんだ。限界なんだ」

 

 島崎は訴える。だが、次の瞬間、電話は切れていた。

 

 彼は携帯電話を握り締めたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中に一人の男が座っている。彼は、傍のテーブルに置いてあった電話機の通話スイ

ッチをオフにした。

 

 彼は無言のまま、目の前に映し出されている、光が空間に作り出している画面を見ていた。

 

 画面には、寝室が映っていた。どこかのマンションの寝室。そのベッドに横たわっている一人

の男。

 

 それは原隆作だった。

 

 隆作の姿を見ながら、その画面を見ている男は静かに呟く。

 

「確かに、そろそろ限界だな」

 

 

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―Ep#.11 『起動』―

説明
巨大国家の陰謀から発端し、世界を揺るがす大きな存在が登場。その存在を追跡していく事になる組織が活躍します。
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