white crow:1
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「white crow/case1:きえないゆき」

  答えのない問い、伝えたかった言葉。あの時、どうして私は残ってしまったんだろう。。

 雪は嫌い。大切なあの人を、連れて行ってしまったから。クリスマスは嫌い。果たせなかったあの約束を思い出してしまうから。

 舞い上がる雪、雪にしみこむ赤い花びら。

 彼はいってしまった。私のせいで。

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 その日はいつも以上に憂鬱だった。

 髪はまとまらないし、寒いし、私の気持ちとは裏腹にあたりはクリスマス一色。道行く人々はアベックばかりで、まるで二人の世界はそこしかないように通り過ぎていく。

 少し苦い缶コーヒーを飲みながら公園のベンチに座っていると、突如携帯のバイブが鳴り響いた。

「あー、もしもし。先日面接にいらっしゃった桐生 真月さんの携帯でしょうか?このたびわが社の面接に来ていただいてありがとうございました。で、面接の結果なのですが…今回は御縁がなかっ… …」

 ブツッ。

 社会人のマナーとして、向こうが受話器を切る前に電話をこちらから一方的に切る、なんてあり得ないことなのだけど。今の私は正直大人のルールだのマナーだのは頭になかった。

「はあ…一体これで何件目よ…。」

 携帯電話を壁に叩きつけたくなる衝動をグッとこらえた。こういうとき、気持ちに負けそうになる。

「どーしてこうも立て続けに断られちゃうかなあ…」

 白いため息は空に消えていく。暗い気持ちはコーヒーと一緒に飲みほして、街の中へと歩きだした。

 

 

 桐生 真月29歳、独身。今年のクリスマスに予定はなし。現在無職……大学は上の中の出で、最近仕事を失ったばかり。ただ今面接落ち記録爆裂更新中…だなんて、笑えない。

 子供のころに両親を亡くし、引き取られた親戚も亡くしてからというもの、これまでの人生にいいことは何一つない。

 身長172センチ、…昔からこの身長のせいで、何をするにも目立ってしまってしょうがなかった。よく、背の高い女性がうらやましいなどと言う女性もいるが、少なくとも私にとっては今まで一度たりともいい思いをしたことがない。

 大学時代から人付き合いが苦手で、いつも下を向いていたせいもあって、妙なあだ名がついた。

 「マジでツキのない女と書いてマツキちゃん。」

 それでも、理解してくれた人だっていたし、今では飲食業界の中でも名の知れた会社も立ち上げた。でも…私はその会社を辞めた。そうするしかなかったから。

人ごみの合間を縫ってすすんでいくと、色とりどりのライトで照らしだされたショーウィンドウがきらきらと眩しく光る。白いドレスをまとった澄まし顔のマネキンたちは幸せそうなほほえみを浮かべている。そして、それを見つめる幸せそうなカップル達。

 それに対し、自分の顔の貧相なこと。三つ編みできっちりまとめた髪はほつれかけているし、眼鏡の下の少し寝不足気味の眼にはクマが出来かかっている。恨めしい気持ちでマネキンを横目で見て、回れ右をする。

  ひゅうっ、と冷たい一陣の風が吹くと、冷たい風が余計に身にしみた。ふと、ショーウインドウに写る空に何か白いものが見えた。

  ビルの合間をひゅるりとすり抜けながら飛ぶその鳥は白く、あまり大きくはない。

 (夜に飛ぶ鳥なんて珍しい…)

 だんだん近づいてきたその鳥は、頭の先から足の先まで真っ白く、雪のようだった。目で追いかけていると、その鳥はまるで風景に溶け込むように裏の路地の方に消えていった。

 「あ、待って!」

  私はそれだけつぶやくと、足はもうその路地の方へ走り出して行った。

 …今から思えば、この時なんで駆け出したのかわからない。ただ、見失わないように…まるで吸い寄せられるようにその鳥を追いかけていたのだ。

 全速力とまでいかないが、足の早さをなるべく緩めないように、私はその鳥を必死に追いかけた。

 

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 「はぁ、はぁ…」

  人通りは多くはないが、まったくいないわけではない。道行く人はみんな何事かとこちらをうかがう視線が痛い。

 正直このトシでの全速力は無理があったかもしれない。肩で息をしながら壁にもたれかかる。

 やっとの思いでたどり着いた先に、鳥の姿はもうなかった。その代り、先ほどの鳥とは対照的に頭の色から足の先まで真っ黒な青年に出くわした。

  年齢は…20代半ばくらいで、私よりは下の年齢だろうか。

 パンプスの私よりもやや大きい程度なので、身長は高いほうかもしれない。顔だけで言うならその辺にいる女の子たちにアンケートを取ったら10人中全員が「美形」と答えるであろう。整った顔立ちで、影がつきそうなくらいまつ毛が長い。目が覚めるほどのイケメンぶりだった。先ほどの彼氏付きの女の子も、電話を耳に当てている女性も手を止めてこの青年に見とれている。

 

 「… 何?」

 いや、別にあなたに用があるわけではないのだけど。

 そう言おうとしたが、息が荒過ぎて言葉にならなかった。

 「…ごめんなさい。…ってきゃぁ?!」

  息を整えて気を緩めた瞬間、凍った路面に座り込んでしまう。…今の季節は冬。そりゃぁ路面も凍っててもおかしくない。そんなことも忘れてしまう位夢中で走っていたのだった。

 情けないやら恥ずかしいやらで顔を上げずにいると、不意に目の前に白く広い手が差し伸べられた。

 「…あ、ありがとうございます…。」

  手にすがりつきながら立ち上がる。穴があったら入りたい、というのはこういうときに使うものか。妙に感心しながら立ち上がると、突如バキャッ!ともぺキッともいえる不吉な音がした。

 「…ん?」

 恐る恐る足元を見る。正確に言うと、私のと言うよりも彼の足もとだ。すると

 「… …あ」

 一瞬の沈黙。彼の靴の下には、見るも無残に粉々に砕け散った眼鏡の残骸が散らばっていた。

 「!!!…ッめ、眼鏡…」

 「げ…うわ、申し訳ない。弁償する…」そう言って、青年は真っ青になりながらため息をつきながらあたりの破片を拾ってくれた。

 「あー…いいです、いいです。気にしないで。それ、ほとんどダテですから。」

  なんだかこちらの方が申し訳なくなってしまう。

 「ダテ…?」不思議そうに訊き返す青年に笑顔で答える。

 「そう。私、裸眼でもほとんど支障がないんです。眼鏡は…なんていうかただの飾りですから。」

  事実、私は視力は悪くはない。ただ、眼鏡をかけて下を向いていればそれだけ他人とかかわることはなかった。無意味なこととわかっていても、そうしないとやっていけなかったところもある。

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 「…変わってるんだな。」一通り破片を拾い集め、それをハンカチにくるめながら青年は感心したようにつぶやく。

 「…ええ。それじゃ。」

  今度は転ばないようにゆっくり回れ右をしてその場を立ち去ろうとすると、声が追いすがる。

 「まちなよ、お姉さん。そのまま帰る気?ひどい格好。」

  ムッとして振り向くと、確かに。先ほどの転倒でストッキングは伝線しているし、まとめた髪の毛もほどけている。

 「平気。…というわけにはいかないか。」

 「こっち、ここまっすぐ進んだら俺の働いている店があるから、髪だけでもなおすといい。」

 (ホスト…とかいう夜の仕事の割には無愛想で、どうもそういう香りがしない。かといってナンパでもあるまいし。)一応一通り頭を巡らせて考えてはみたけれど、結局答えは浮かびあがらなかったので考えること自体無駄なような気がした。結論はとりあえず害がなさそうだからいいか。である。

 「…わかった。」

 路地裏を進んでいくと袋小路になった行き止まりにぽつんと一軒の建物が見えた。赤茶色のレンガ造りの建物で、どうやら一階は半地下で小さな階段ある。上は三階まであるらしく上から下まで三つほど黒い枠の装飾の窓があるが、どの階にも灯りはない。壁にはツタがはびこり、一目で年季の入ってる建物だとわかる。

 中心部よりはだいぶ離れているせいかネオンの明かりは届いていないようで、あたりはうす暗かった。夜に見るその光景は非常に雰囲気があり、都市伝説のひとつやふたつありそうだ。

「うわ…レトロっていうか、なんていうか…」

 青年は半地下になっている階段を降り、ドアを開けて中へ入っていく。

 中は意外に広く、全部で15畳くらいはあるんじゃなかろうか。何もない空間にあるのはシーリングライトに照らされたカウンターのみと、年季が入ったようなラベルのボトルがずらりと棚に並んでいる。

 「あ、お帰り。ハルト!…ってお客さん?ずいぶんとひどい格好!」

 人懐っこい笑顔の割にひどい言われようだが、その笑顔はまさに天使。…年は多分私より大分下かもしれない。金髪のレイヤーカットでカラーコンタクトなのか天然なのか分からないが青い目をしていた。ハルトと呼ばれた私の目の前にいる青年とは全く対照的で同じ黒服でもなぜかこちらの方は本当にホストとか夜のお仕事をしている人間に見える。

 「一応な。近くのコンビニでストッキング買ってこい。」 

 「りょうか〜い。おねえさん、Lでいいよね?」

 「え?!いやいいです!自分で買うから…」

  私が何か言うよりも早く、その青年は店の中から消えいていた。

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 「何か飲むか?まあ、作れるのは限られているけど」

  今の時期はクリスマス。恋人から家族同士まで楽しむ季節。もちろんどこの飲食店も満杯…のはずなのだが、この店には客の姿が見当たらない。これだけ雰囲気のいい店ならすぐに予約で埋まりそうなものだけど。

 「…この店、営業してるの?お客さん見当たらないけど…」

 「残念ながらまだ開店準備中。今はちょうどマスターも出かけてていない。」

  そう言いながらもハルトと呼ばれた青年はなれた手つきでシェイカーをふるう。あっという間に赤と緑の二層のカクテルが出来上がった。

 「綺麗。赤と緑なのはクリスマスだから?」 

 「…そんなところ。この時期に一人で鴉と追いかけっこしてるような奴にはぴったりのクリスマスプレゼントだろう。」

 「それどういう意味よ。…それにしても鴉?…もしかしてさっきの白い鳥は鴉なの?」ムッとするより先に、そっちの方が気になった。

 「そう。…なるほど、あれが見えるってことは…あんたがマツキさんか。」

 「?!どうして私の名前…」

 「やれやれ、突然降ってくるんだもんなー。」

  突如カランカランとべルの音が店中に響き渡る。それと同時に何とものほほんとした、のんきな声が聞こえた。後ろを振り返ると、そこには多分どこかの外人の血が混ざっているのだろうか、綺麗なプラチナの髪の女性のようにきれいな顔の男性が現れた。

 「お帰り、秀兄。」

 「ただいま。…おや、いらっしゃいませ。」

  紙袋を抱えた彼は、そう言って私の方に歩み寄る。吸い込まれそうな紺碧の瞳に見つめられると、何やら強烈なプレッシャーを感じる。…なるほど、これがイケメンオーラと言うやつだろうか。

  「はじめまして、この店のマスターをしています、真柴秀晴と言います。」

 「ど、どうも…お お構いなく…」

  なるべく目を見ないようにそれだけ答えると、カクテルの方に神経を集中させる。一口飲みこむと、甘酸っぱいリキュールがぱぁっと喉いっぱいにひろがっていく。

 「あ、おいしい…」

 「オリジナルカクテルは弟の方が上手なんです。…お待ちしていましたよ。桐生真月さん」

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  せっかく飲み込んだカクテルを危うく戻しそうになる。

 「な、なんで私の名前…」

「すみません、驚かせてしまいましたね。…実は今日あなたがこの店に来ることは必然だったんですよ。すでに予約を承っていましたから。」

 「で、でもここは開店営業前なんでしょう?!私、この店に来たのだって初めてよ。何かの間違いじゃない?」

  訳がわからない。私は彼らにだまされているんだろうか?信じられない気持ちと、どこかしら恐怖を感じてしまう。帰るべきか否や、とりあえず席を立つ。

 「えーと…、本日22時来店予定、桐生真月さん。依頼人は…宮坂友哉。」

 「!!!」

 突然背後から聞きなれた名前が聞こえる。茫然と立ち尽くす私に、にっこりと微笑みかけた。「はい、ストッキング。」手渡されたビニール袋を握る手に力が入る。

 「どう・・して。だって、彼は…もう一年前に亡くなってるのよ…?」

  力をなくして椅子に座り込む。

 「当店では、予約をされたお客様に少し変わった特別なサービスをご用意してます。…桐生様には、宮坂様から預かったものがございますので、お渡ししますね。」

 

 そう言うとマスターは、紙袋の中から紅色の綺麗なバラの模様のキャンドルを取り出し、優雅な手つきで灯をともす。

 ともされた灯はゆらゆらと揺らめき、私の周りに暖かい灯がつつみこむ。

 (綺麗な灯…)

 しばらく、揺らめく灯を見つめていると、あいている隣の席に一人の男性が座った。

 「すいませんソルティー・ドックをひとつください。あ、塩は抜いて。」

 懐かしい声。お決まりの一言。

 「!!」

 「どうしたの、マツキ。怖い顔して。」

  そう言ってろうそくの灯りの向こうでほほ笑むのは、懐かしい顔。

 「ゆう…や…くん」

 「髪…伸びたね。僕は短い方が好きなんだけどな。」

 「あ…の。髪は…」

  言葉にならない。何か言わなきゃ、と思うのに伝えられない。言葉より先に涙があふれてくる。

 「…きれなくて。」

 「……うん。」

 「時間がたって…どんどん時間がたって…だんだんあなたの声が遠くなるの。…声も、気持ちも、全部忘れてしまう…。どうして、いなくなっちゃったの?私が…あなたの代わりに死ねばよかった!」

  一年前の今日。…彼は死んでしまった。私のせいで。

  

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 『うわ、すごい雪。マツキ、運転僕が替わるよ。』

 『大丈夫!これくらいへーき!心配し過ぎだよ、友哉。昨日新店舗のメニューつくりでほとんど寝てないんでしょ?私の方が睡眠時間多いんだから、あんまり無理しないで。』

 『…そうはいってもな。マツキだって昨日もおとといも大して寝てないだろう?』

 『念願の都心出店だよ? 休んでられないよ。いまはちょうど山場なんだから』

 

  原因は私の運転ミス。車は大破、私は無傷だったのに対し、彼は即死だった。…私をかばってくれたのだ。

 「私を待ってる人はもう誰もいない。家族もみんな死んでしまったもの。でもあなたは違う!あなたほど、人に愛されていた人を私は知らない!!」

 「マツキ…」

  宮坂友哉と言う人間は、とても人に好かれていた。彼の周りには自然と人が集まって、いつも中心にいる。お人好しで、素直でやさしくて。いつも下を向いていた私を明るい所に引っ張って行ってくれた。

 「何で…!私なんかが生き残ってしまったの…!?」

  何度叫んでも、何度問いかけても答えは返ってこない。けれど、私は自分で自分を殺すわけにはいかなかった。だって、彼が命をかけてつなげてくれたこの命。こんなに大切なものを、どうして殺せるというのか。

  泣きわめく私に、そっと抱きしめてくれる。

 「真月。君のその問いに、僕は答えるよ。時間はあまりないから、よく聞いて。」

  抱きしめた腕に力がこもる。

 「うん…」

 「僕は君を生かすために命を託した。だから、君は生き続けてほしい。僕の分まで…だから、これが最後のクリスマスプレゼント。」

  そっと私を突き放すと、彼は私に金色の光を手渡した。

  受け取った瞬間、私の体の中が熱くなる。

 「友哉!」

 

 ―君に出会えたことが僕の最大の幸運だった。…さよなら、真月。―

 

 「ゆッ…」

  伸ばした手は彼に触れることなく、空をつかむ。ハッと我に帰ると、私はカウンターに一人座っていた。…もちろん、隣の席は空席。でも、時間がたって氷が解けた塩なしのソルティードックが置いてあった。

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 頭がぼーっとしていると、私の目の前に水の入ったコップがそっと置かれた。カウンターの向こうには、あの超絶イケメンのマスターがにっこりとほほ笑んでいる。そして、その隣で仏頂面のハルトがグラスを拭いていて、横を向くと毒舌青年はモップで床を磨いていた。

 「…しかと、宮坂様からの預かり物は受け取ってくださったようですね。」

 「…預かり物?」一口でグラスの水を飲み干すと、深く息をつく。

 「私が宮坂様からお預かりしたものは…あの方がこれからの人生で頂くはずだった幸運、です。」

 「幸運…」

  ふと、身体の中に流れ込んだ金色の光のことを思い出した。

 「…じゃあ、あれは夢なんかじゃ…ないのね。」

  幸運、だって。笑っちゃう。…でも、お人好しの友哉らしいな、と思う。

 「私にあげる位なら、その幸運を自分を生かすためにつかえばよかったのに。…それだけでも幸せだったのにな。」

 「桐生様。…幸せの価値は人それぞれです。あなたにとっての幸せは、これから探して、必ず見つけてさしあげてください。それが、宮坂様へのお返しになるんではないかと。…そう、思います。」

  仏頂面のハルト青年は、無言で真っ白いカクテルをわたしのまえに差し出す。

 「ホワイト・クロウ。この店のオリジナルカクテル。」

 「…ホワイト・クロウ。白鴉、か。」

 「外は雪がすごい降ってるよー?12時も過ぎたし、ホワイトメリークリスマス!だね〜」

  子供みたいにはしゃぐ毒舌青年。まっさらな笑顔でこちらに手を振る。

 「ところで、リクルートスーツ着用の桐生さん。就職活動は順調ですか?」

  即席であろう生ハムのおつまみをそっとカウンターに何気なく置く。

 「…残念ながら、仕事に自信はあるんだけど辣腕過ぎてどこも雇ってくれないわ。」

  ため息交じりに一息ついて、ホワイト・クロウをそっと口に流し込む。甘いくせにさっぱりしていて割とアルコール度数は高めのようだ。飲みやすいけれど、飲みすぎると自分が酒に負けてしまいそうだった。

 「う。きついわね、コレ結構…。おいしいけど。」

 「それでしたら、うちの店で働いてみませんか?…これでも老若男女愛されるようなバーを目指しているんですけど…。いかんせん経営とか客がどうこうとか、まったくの初心者でして。」

 「でも、ここって普通のバーじゃないでしょ?さっきみたいな不思議体験全員にさせるつもり?」

  もう細かいところは突っ込む必要もない。このバーは死んだ人と(なぜか)話すことが出来て、不思議な体験ができる場所なんだと、割り切る方が簡単な気がする。

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 「…う―ーん。先ほどのようなケースは本当にまれでして。本当に特別な予約をされた方じゃないと起こらないことなんですよねぇ。」

 「ついでに言うと、予約をするのは俺たちじゃなくて、俺たちはただの仲介人。」

  二人そろってうんうんと何やらうなづいていた。

 「つまり、さらりと事情に通じていて、けど無駄に多くを聞かず、仕事もできるような人材を求めてるってことだね!」

  人差し指をピン、と立てて毒舌青年はずけずけと言いたい放題だ。

 「従業員はあなたたち三人でおしまいなの?」

 「はい。私は長男の秀晴。黒髪が二男の春十、一番下が慧です。…う〜ん、時給…と言うよりは月々の儲けを山分け、でどうですか?」

 「…なるほど。売上を作んなきゃ運命共同体ってことね。…いいでしょう。そういのも面白いかも。」

 「では、商談成立で。よろしいですか?真月さん」

  差し出された秀晴の手と、固く握手を交わす。 「… 俺は真柴春十。一応バーテンダー。」

 「はいは〜い!僕は末っ子の真柴慧でーっす!やったぁ♪マツキちゃんよろしくね!」

 元気のよい声とともに、残りの二人の手も重なる。

 「ええ。よろしくお願いします。… お手柔らかにね」

  

  私は晴れ晴れとした気持ちで三人と向かい合う。

  …これは、私の彼らに対する精一杯のお礼のつもり。ずっと閉じていた扉を開いて、また歩き出す勇気を持つきっかけを作ってくれたのだから。

 ふと、子供のころに母親に言われたことを思い出した。

 (大切な思い出も、大切な気持ちも心の中にある限り色あせることはない。)

  友哉の記憶も、想いもやさしさも、私はすべてを託された。ならば、その想いに応えるのが私のこれから生きていくうえでの糧になるんだと思う。

「一緒に、作っていこう。未来を。」

  友哉の声が、どこかから聞こえたような気がした。さあ、まずは髪を切らないと。ここから、私の新たな一歩が始まる。

 この店にやってきて、働くことになる。それも、彼がくれた幸運のおかげ…なのかもしれないな。

 

 

 

 

 case:1 きえないゆき                                           終

 

説明
そこは、果たせなかった約束、なくしたもの、もう二度と会えない人に逢うことができる不思議なバー。
 今回ご予約のお客様は「不運な女」。クリスマスの夜、彼女が渡された最後のプレゼントとは?
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