機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol21
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SEED Spiritual PHASE-84 心が通じる者達の暴力

 

 ここ数日、アスラン・ザラへの協力ばかりしている。確定情報を主として、彼が望むなら不確定な裏情報も提供した。結果、彼は幾つかのターミナル℃{設を鎮圧し、存在を統合国家から隠したまま今の今までスカンジナビアの兵士として働いている。働かせてあげている。その結果、こう言われた。

「あぁ。M‐SK2。お前もうここ来るな」

 背筋が冷たくなった。

「な、なんでよ?」

「自分の胸に聞いてみろよ。こっちは前に警告したぞ」

「ち、ち、ちょっと待ってよっ!」

 肩を掴み、無理矢理引き寄せると彼は唸りながら肩を思いっきり払ってきた。勢いに蹈鞴を踏み、目を白黒させるミリアリアは冷たい目で睨め付けられた。息を飲む間もなく辛辣な言葉が投げかけられる。

「アスラン・ザラのイヌが……!」

 絶望する。だから彼を受け入れるのは危険だと言ったのだ。そしてそれをありのまま国王へと伝えたら――

「あぁハウさんですか? この間お暇を……まぁ平たく言うと、やめられましたよ」

「そんな、どうしてですか!?」

「知りませんよぉ。はいはいこちらも忙しいんですから、ご用がなければお引き取りを〜」

 掃除婦は愛想も何もなく箒とちり取りと掃除機を巧みに操り、部屋から埃を駆逐していく。完全に人の気配がなくならされた豪華な部屋で、アスランは一人立ちすくむ。彼女が自分を鬱陶しそうに見上げていったがそんなものは気にはならない。

「み、ミリアリアは、どこへ行ったんだ!?」

 彼女に依存していたアスランは頭の中が真っ白になった。問いに解が必ずもたらされるとは限らない。

 

 

 

 ――そろそろ推進剤も酸素も限界だ。予定通りに。

「こちら特務隊フェイス所属のソート・ロスト。救援を請う。こちら――」

 プラント@フ宙で救難信号を出し、同じ言葉を連呼すること約十分。応える声と迎えの機体がほぼ同時にやってきた。

〈ソート! 無事だったんだね? よかった……〉

 迎えの機体、その先陣に度肝を抜かれるが、主からの情報を鑑みればそれも頷ける。ストライクフリーダム=B自分はかつてアレに追従していたらしいのだから。

「感謝す……します。何とか戻れました」

 同調する言葉を吐こうとすると、脳を締め付けるほどの嫌悪感が喉元から這い上がってきた。が、飲み下さなければならない。プラント≠ヨ侵入したいのだからこんなところで敵を作って良いわけがない。

 ほとんど動かなくなったジン≠ヘストライクフリーダム£シ々に運んで頂いた。作り笑いを浮かべながら一言二言。生還パーティなどが忙しくてできないことを謝る相手を適当にしながら明日の予定を告げられた。しかし最高評議会議長との面会などはどうでもいい。他人に決められた予定までの余暇で自分の定めた予定をこなさなければならないのだ。笑顔達と分かれ、表情を消したソートは脳裏に浮かび上がる地図で現在位置を確認し、すぐさま行動を開始した。

 

 

 その小一時間後、ソートはザフト統合設計局のデータ管理室にいた。既に夜間受付が顔を出す状態で正規の手続きを踏むことなく、何人か殺害して踏み込んだ結果、ロックをかけた隔壁を叩かれ、命令口調を投げつけられることとなった。

「ちっ……流石に早いな」

 扉を叩き、叫ぶ声に無視を決め込んでいると何重にもなった扉に差し込まれたレーザートーチの先端が見せつけられる。溶断面はゆっくりと、だが確実にその面積を広めていく。

「もう少しだよ……! 保てよ!」

 ひたすら操作と改竄を繰り返すソートの周囲には打ち倒されたコーディネイターの骸が転がっている。たかが頭脳労働者では戦闘用に造り上げられた自分を害することなどできなかった。そんな彼の前に立ち塞がったのは――電子頭脳の戯れ言だった。

「ソート! 開けるんだ!」

 その声が、煩わしい! キーが踊る音ももう聞き飽きた。プログレスバーが八十パーセントを超えた。しかし扉の耐久限界もそこまでだった。灼熱する溶断面を見せる扉がこちら側へ轟音と共に倒れ込み、小銃を構えたザフト兵が雪崩れ込んでくる。その指揮を執っているのは最強の怨敵だった。

「キラ・ヤマト」

 ソートから漏れた怨嗟の声にキラは拳銃を構えながら愕然と立ちすくんだ。

 憎々しげ、そうとしか表現しようのない視線。キラはむしろ怯むことができなかった。恐怖し、戦慄している場合ではない。ただ、信じられない。

「ソート、一体どうしたんだ!」

「どうしただと? おれはお前を破滅させるために生きてるんだよ!」

 転送完了まで機器を撃たせるわけにはいかない。だがここが管制の中枢なのだから奴らの銃器も脅し以上の意味はないだろう。精密機器は傷一つで全てが駄目になる可能性も高い。

「ソート!」

 そこまで脳裏で閃かせたソートは彼の一喝を小煩い戯れ言と断じた。ターゲッティングする敵兵共からまだしも近い奴に当たりを付けると中腰の体勢から一気に彼我の距離をゼロにしてみせる。

(所詮はフツーのコーディネイターだ!)

 銃口の直線上を想像する。思い描いた殺意の線の、隙間を計算し尽くし走り抜ける。虚を突かれ、不利なステージに放り込まれた敵からの発砲はなく、近接戦闘に持ち込ませる隙すら与えずその銃口を平手で跳ね上げる。銃口が完全に上を向く前に腕の骨に銃身を引っかけ半回転させる。その勢いは円を描いて増大し、所持者を体ごと一回転させた。

 新たな銃口が首筋を狙って突き込まれるのをソートの触覚が受け取った。倒れた敵から奪い取った小銃の銃把でその突きを流しつつ倒れた男の頸骨に膝関節を絡め込み体重をかけて潰す。呻き、そして口から泡。殺せたかは解らないが兵士が一人確実に動けなくなる。

「貴様!」

 流した銃口を再度絡め、奪い取りながら収まっている銃を反転させ、引き金を指にかけ、惚けたその顔に発砲する。念のためレバーを弄り、セミオートに切り替えておく。取り囲む奴らの殺気が倍加した。銃弾の嵐を予感し、固くなる身体に口から取り込んだ吸気を行き渡らせる――

「やめるんだっ! ソートも、みんなもっ!」

 軍神の絶叫はザフト共の指を完全に凍り付かせたらしい。中には小銃の銃口まで上を向かせる兵士もいた。

「まず教えてくれ。ソートは、ここに閉じこもって何をしてたんだっ!?」

 泣きそうなその顔に嘲笑を覚える。真摯な瞳のその奧でとてつもなく自分勝手な算段を並べていると言うことを、知っている。ソートはそんな男達から視線を離すと、先程操作を終えた端末モニタに流した。

 プログレスバーはとっくの昔に完了値にまで達していたらしい。ソートはほくそ笑むと――その機器へと銃撃を叩き込んだ。皆が跳ね上がる気配に快感を覚えながら振り返り、得意げに嗤いかけながら小銃を捨ててやる。金属よりも合成樹脂の割合が高いライフルは床に当たると意外に軽い音を立てる。

「応えてやるよ。あんたが調節したストライクフリーダム≠フOSを頂戴した、以上だ」

 諸手を広げ、突き付ける。

「おれの役目は終わった。さあ、殺せよ。いつもみたいに――お前以外の手でな!」

 

 

 キラは部下達に制止の命令を出し、それ以後それ以上何もできなくなっていた。愕然とする以外に何ができるというんだ? ソートは……自分に心酔していた。それを少しばかりは疎ましく思ったこともあるが、だからといって嫌って欲しいと思ったことなど一度もない。

(いや、そんな僕の考えなんて、関係ない)

 信じられないとしか言いようのない、豹変。自分の代わりに地上へと降りてくれた彼が――

 

「あなたには余計な心配などして欲しくはありません。ラクス・クラインの守護者として、求められる場所で全力を尽くしてください」

 

 なぜっ!?

〈――その疑問には、〉

 心を読まれた動揺が魂を揺さぶる。声の出所を焦燥にまみれて視線を振れば――その先にいきなり呻き出すモニタがある。

〈私がお答えしましょうか〉

「あ…! 羽の、女の、子……!」

 ややして名前が思い起こされる。数ヶ月前のテレビ報道など忘却の彼方だが指名手配対象として覚え込んだ記憶が浮かび上がる。ティニセル・エヴィデンス03がそこにいた。

〈ウチの技術陣が機体強化に困っていまして。モビルスーツのソフトウェアに関してはあなたの右に出るものはないと判断し、このような措置を執らせて頂きました。ご了承下さい〉

 り、了承だと? モニタに映る少女を歓喜に満ち満ちたで仰ぎ見ながら最敬礼をを返すかつての友人……そんなものを目の当たりにしながら何をどう納得しろというのか。

「何を言ってるんだっ!? っていうか、どう言う事なんだっ!」

 通信を送ってきた少女はまるで予想外の質問だとばかりに小首をかしげた。

〈はい、どう…とは?〉

「う……あ、こ、このことだっ!」

 名前を呼ぶ気にはなれなかった。

「この人は、どうして!?」

〈はい…あなたの質問はとてもとても抽象的で問題ですが、私なりに理解した範囲で答えますと、その人は間違いなくあなたの知り合いで、アパラチアではあなたの敵討ちの為ウチの要を追い回していた特務隊フェイス所属のソート・ロストさんその人です。整形したこちらのスパイとかではありませんのであしからず〉

「あ、あしからずって…」

 信じたくなくても信じそうになる。目の前で神に拝謁する宗教家を演じる彼は、確かにソート・ロストのコードやパスを用いてここまで侵入したのだ。だとすれば今度こそ理解できない疑問にぶち当たる。キラは舌の上で言葉にならない意識を転がしたがどうしても喉や唇に痞える。

「じゃあ、何でソートは!? ひ、人質でもとったのか!?」

 キラ自身も彼の様子からそんなわけはないと思い知らされるが…ならば何を問えというのか?

〈試験中の技術で思考を操作してます。あなたを心酔していたその方向が、私に向かい、こちらを憎悪していた方向があなた方に向けられている――そんな状態です〉

「そんな馬鹿な! ソート! お願いだ、目を覚まして! 君は操られてるんだよっ!」

 表層的に洗脳されようと彼の本心はまだ生きている。キラはそう信じて叫び続けた。銃を構えていた部下達もこぞって説得を始める。だが何度も繰り返される悲痛な言葉に答えたのは宗教家ではなく神の方だった。

〈あの……どうも地球圏の方は精神と言うものが神聖不可侵と考えたがるようですね。誰が決めたか知りませんが〉

「っ! あなたはぁっ!」

 怒りの言葉も化け物には涼風に過ぎないのか。

〈脳死した者は栄養補給と人工心肺で生き続けるでしょうが、現代医学をもってしても脳の復活までは有り得ませんね。再生治療ができるようになるまでは腕がもげたら皮膚が盛り上がって治療終了ではなかったのではないでしょうか〉

「あなたは…ヒトの心を弄んで、なんとも思わないのかっ!」

〈心も同じか、それより脆弱なのではありませんか? 数言の悪口で慰めを必要とし、数十言の悪口で薬に頼ることになる。数百言にもさらされれば飛び降り自殺。このどこが神聖不可侵なんでしょう。

 ――まぁこれは私というよりこの発案者の信条ですが〉

「答えろ! なんとも思わないのか!?」

 キラは力の限り絶叫した。淡々と、冷徹に侵されざるべき領域にまで土足で踏み込むエヴィデンスの精神がどうしても許せない……!

〈――これで救われた方もおられますけど。まぁ彼に関しては望まない形で書き換えたので少々良心は痛みますか。ですが先年あなたが無職から軍神へと大躍進する為に行ったことと比べて、これが別段悪魔の所業とは思いません――あ、解析終わりました。ソートさんお疲れ様です。ご無事の帰還をお祈りしています〉

「了解しました。何が何でも帰還します!」

〈では軍神さん、クラインの後継者さんにもよろしく。えー、エヴィデンス03が是非会いたがっていたとお伝え願います〉

「な!? 待――」

 通信は痕跡も残さず途切れ、ソートがこちらに向き直り微笑みかけてくる。だがキラにはそれに笑顔を返すことがどうしてもできない。キラは、ただただ嘆いた。どうして世界は皆を悲しませるよう動いていくのかと。

 

 

 

 ケインは数日前、N/Aの情報を得てモーガン・シュバリエと邂逅していた。同じ空間認識能力を持つ異能者……。その出会いに、ケインは希望を持っていた。

「チャールズ・ケイン。そうか……あんたはあのメビウス・ゼロ&泊烽フ生き残りなのか。なんだそのラテン語混じりの名は? コードネームか?」

「ええ。過去とは決別ってのですね。――そう言えばあなたはゼロ部隊壊滅の後に検査を受けたと聞いていますが」

「あぁ。あの時はフラガ少佐が受け取れなかったガンバレルパック≠ェ余ってな。上じゃああのクソ忙しいときに無駄なもの出してちゃぶっ殺されると慌てて適正検査をして……まぁ真っ先に俺が引っかかったってわけだ」

 C.E.71 ザフトの防衛用軍事衛星ボアズ≠ェ地球連合軍が繰り出した核武装メビウス≠ノ消滅させられた際、このモーガン操るガンバレルダガー≠ニストライクダガー≠フ一団がその防衛網を殲滅し、核攻撃(ピースメーカー)隊の血路を開いたという。

 その際、彼はガンバレルダガー£P機でジン<nイマニューバ1型六機を圧倒したと言う。

「我々はよりよく世界を導ける。より広い視野で物事を見られる私達こそが新たな種だとは考えませんか?」

 

 

〈いい加減にできませんか? そうですかできませんか〉

 ティニセル・エヴィデンス03からの通信は煩わしいの一言。故に彼は黙殺した。黙殺しながら操る。自らのと繋がる、世界終末させる力を。

〈解りました。前に言ったはずですよね。借り物の力で神を気取るのはこれくらいにして貰います〉

 奴の声は常に絶対だったそれは認める。それでも彼には諦める理由にはならなかった。エヴィデンスからの介入が来る。借り物のジエンド≠フ所有権を主張する声が。

 それでも意識は閃き続ける。侵入することだけを繰り返しダミーを投げることなど思いつかず無様に足跡を残しながらただただ核心へと走り続ける。

〈――くっ!〉

 そして勝った。生まれて初めて奴を下した。エヴィデンスの呻き声など他の誰も聞いたことはないだろう。

『残念だったなエヴィデンス! ターミナルサーバ≠ノ繋がる者同士、我らに差など無いのだよ!』

 とは言えパスコードの書き換えは本当に紙一重だった。奴の性能と奴を囲むであろう量子コンピュータの存在を考えればこの防壁もいつ突破されるか解らず、変えたコードもいつ読み取られるかわからない。それでも勝利は彼の心に高揚と、正義を与えていた。

『わたしにも……許せないものはあるのだよ!』

 エヴィデンスが息を飲む気配が感じられた。ジエンド≠ヘ搭乗者のはやる心を飲み込んだか爆発的な加速音を置き去りにし、瞬く間にアイスランド島へと辿り着いた。

 ――いる。

『……愚かな。世界はここまで朽ちたか!』

 感じられる。ターミナル≠謔闊き出され、脳裏に閃くデータに目を通す必要などない。わたし(ラウ)が絶望し、分身(レイ)が悲嘆に暮れたその存在を、反省の欠片も見せず『量産』するとは……。ラウはあまりの憤怒で神経回路全てが焼き切れそうだった。苦痛を感じる。なればこそ、嗤う。

『ははははははははは!! ぅあはははははははははぁ!! これが答えだ! 全てのっ!』

 ZGMF‐666STジエンド≠ヘ搭乗者の意志を受けGDU-X7にビームスパイクを吐き出させると眼下のデストロイ≠ヨと叩き付ける。超高出力の閃光短刀を形成するこの機動兵器は陽電子リフレクターを苦もなく貫通する。光膜に加えてチャージの終わった砲身部分を貫かれたデストロイ≠ェ胸部から火を噴きながら仰向けに倒れていった。それ程の破壊に晒されながらも完全相転移(トルーズフェイズシフト)を施されたGDU-X7は傷一つ無く戻ってくる。

 半数の驚愕と半数の憎悪を感じ取れば全ての視線がジエンド≠見上げた。神に至る至福が背筋を駆け上るもこの感覚が愚かだというのは身に染みている。終局を唱いながら、かつての自分はキラ・ヤマトに貫かれた。

〈なに? 援軍か!?〉

〈上よ! N/A、あれの所属は?〉

〈――な、し、所属は、不明です! どういうことでしょうか……。ボクの権限では、詳細は把握できません!〉

 通信機を解することなくラウの脳裏には周囲の悲鳴が届いていた。彼はその半数を嘲笑し、その半数を憎悪する。ジエンド≠ヘこちらを捉えたデストロイ≠ヨと飛び寄りながらバックパックの砲塔、GDU-X5を全て解き放った。その全てが周囲を漂う蚊蜻蛉共を狙い定め、余すところ無くバイタルエリアを貫く。ドラグーン£Bに有象無象を殺させながら母機は巨大兵器に肉薄していた。両足側面より引き抜かれ、連結されたMA-M80Sデファイアント改<rームジャベリンを敵機頭部へと突き立てた。渾身の力を込めて振り抜けば背部カバー装甲が盛大に引き裂ける。デストロイ≠ヘ自分を巻き込むことも厭わずシュトゥルムファウスト≠放ってくるがラウの反応速度はそれを遙かに先んじた。ジャベリンを振り抜くなり掲げられた右足がパージされ、空を駆ける砲身となって飛来した五指を狙い定める。空飛ぶ掌は陽電子リフレクターを展開していたが脚が回り込む方が早かった。撃ち出されたエネルギー光に貫かれた腕が浮力と攻撃力を失い落下する。続けて二斬。リフレクター発生装置の故障した巨大兵器へ大口径のビームライフルが突き付けられた。

『わたしが全て殺してやる。それがせめてもの慈悲だ』

 何故生み出された? そしてなぜ幸せなど知らずにいる? わたしのように! 流せぬ血の涙を持て余しながらラウ・ル・クルーゼの心は泣き叫び、同胞である存在を刈り続ける。

 

 

 ――

「我々はよりよく世界を導ける。より広い視野で物事を見られる私達こそが新たな種だとは考えませんか?」

「ほう。この感覚が、はっきりと世界を見通せるとでも」

 ケインはこの邂逅がもたらす結果に期待していた。しかし言葉を並べ、彼に先を行く者の存在意義を伝えるも返されたのはモーガンの掌のみだった。

「待て。生憎俺はこんな力が世界の変革に役立つとは思えんのだがな」

「……なぜ? コーディネイターのように人為的ではなく、宇宙という真空間に対応した能力です。これをあなたは……進化とは考えられませんか? 今はまだ小さな力かも知れませんがこれがきっかけで未来に――」

 再度突き出される掌。

「悪いが協力はできん。探せばいるかもしれんが、空間認識能力者は後何人いると考えてんだ? ナチュラルの一割程度で世界征服でもしたいのか? 俺達の力が、人類の希望だとでも? ハッ! 戦争利用されることしかないこの力に何を期待してる?」

 あとは、嘲笑だった。

 

 

 そしてまた、負の感情を振りかけてくる。ケインはプロヴィデンス≠振り仰がせたが天空に聳えるその姿は、絶望でしかなかった。手元を確かめる。ラウ・ル・クルーゼを追尾するためのシグナルは、間違いなくアレを指している。ケインは通信機を弄り回したが流石にレジェンド<chキにだけ繋がるような幸運は――

『滅びろ! お前らなど、この世の中に必要ない!』

 ――あり得ない。だが通信機か脳裏か、不可思議なノイズが感じられたのは確かだった。クルーゼの声が、先ほどまでとは異なるトーンで聞こえた。疑問を、持つ余裕などない。ケインは、叫んだ。

「ラウ・ル・クルーゼェっ!」

〈ケイン・メ・タンゲレか!〉

 応えた声には――憎悪があった。憎悪しかなかった。

 あの時撃ち込んだサインが、敵意を持って返ってきた。駄目だ。どうしようもなく駄目だ。言葉を労している時間など無い。プロヴィデンス≠ナ来たのは致命的に駄目だった。この間使っていたカスタムウィンダム≠フ方がまだしも『軽い分逃げられる』可能性があったのではないか。レジェンド≠フ放つビームライフルに辛うじてシールドを差し込むも大口径の閃光はほんの二、三発で表面に煙を棚引かせる。

〈全く……! 空間認識能力者と言うのは愚か者ばかりか! 貴様もこのようなことに関与していようとはな!〉

 寒空に、黒い花が咲く。

 ケインは額から脳髄へと駆け抜ける感覚に圧されるまま、操縦桿を操った。飛ばせない砲塔をビームの檻が掠めていく。ケインは専用ビームライフルユーディキウム≠突き付け放つも牽制以上は、放てない。

「待てクルーゼ! 私達が、争う謂われはない! 私達はこんなことをするべきではない! 先に進んだ存在であるからこそ――」

『先に進んだだと!? 全く解っていないようだなケイン・メ・タンゲレ! その進んだ者がただ奪い合うばかりのこの世界に何を示せた!?』

 駄目だ。クルーゼを名乗る男は、私にとっての悪魔だった。

「くそっ……!」

 クルーゼの怒りは感じられていた。言葉を交わすまでもない。この感覚が伝えてくる。彼の怒りを。

 這々の体で閃光の檻から抜け出す間にも、怒りが次々とクローン兵士を屠っていく。砲塔を投げ四肢すら飛ばして武器とするあの魔神にかける言葉が見つからない。言葉がないのならば――後は暴力に訴えるしかない。プロヴィデンス≠ェ大型ビームライフルの銃口に彼の姿を重ねる

「くそっ!」

 言葉などと言う不器用な道具を用いずとも心が通じる存在同士が……伝えられるモノを暴力しか持ち得ないだと? モーガンの言いたかったのはこれか? 認められずケインはただただ毒づき続けた。

『そうだよケイン・メ・タンゲレ。人とは所詮、その程度のモノだ!』

「ら、ラウ・ル・クルーゼ!」

〈お、おい! おい! ケイン、何だこい――〉

 爆発音。

〈っ! くそっ!くそくそくそ――〉

 立て続けの爆発音。

 オルガとシャニの悲鳴と共にウィンダム≠フ大多数が一斉に動きを止めた。その隙に飛来したドラグーン≠ェ動かない的を的確に射抜きこちら戦力を激減させていく。偶然かも知れない……。だがケインには奴が『リーダー』と言う弱点を『見抜いた』ように感じて……怖気が走った。

「くそっ!」

 飛ばせない砲塔から八方に閃光を放ちながらレジェンド≠狙う。だが敵はその全てが見えていたかのように並列したビームの隙間を泳ぎ切っている。そこに別方向からのビームが混じり、サーベルが飛んでも奴には掠りもしなかった。

〈ケインさん、援護を〉

 N/Aのブリッツ≠ェレジェンド≠牽制する。更にジュリのバスター≠熈アークエンジェル≠ヨの攻撃を断念しレジェンド≠ヨの攻撃を開始した。一瞬の逡巡、だが雑談や会議をしている時間など有り得ない。ケインは独断した。

「オルガとシャニは統合国家に集中しろ! こいつは私達でやる!」

 飛べない機体をもどかしく思いながら砲塔の全てでレジェンド≠狙う。エールストライカー≠増設したブリッツ≠ニバスター≠ヘ中空を漂いながらレジェンド≠ヨの攻撃を開始した。バスター≠ェ全てのミサイルポッドを開放し黒の機体を包み込む。敵機は後退しながら無数の砲塔を放ち、CIWSも混ぜ込んでその全てを迎撃するが暗殺者の如く忍び寄ったブリッツ≠ェその背後に回っていた。ミラージュコロイドの解凍異音に気づいたときには既にその胴部へとグレイプニール≠ェ噛み込んでいる。

 胴部を拘束されながらも、引き寄せられるより速く敵機は右脚部を分離し重粒子砲でブリッツ≠捉えた。同時に左腕もパージし握り込んだビームジャベリンでアンカーワイヤーを引き毟る。

 そのまま分離したブレードマニピュレータがブリッツ≠ノ肉薄した。瞬く間に仲間が一人死ぬ――続いてジュリが蜂の巣にされ、自分は奴の嘲笑に浸されながら項垂れる。地虫に過ぎない自分が、神を見上げて?

 ――未来が視えた。だがそんなモノを未来とは認めたくなかった。自分は嘲られるために生を受け、嘲られるためだけに生き残ったのかと思うと目も眩む怒りに呪われた。絶望ではなく怒り。ケインはまだ諦める気にはなれなかった。

「お――ぉあああああああああぁっ!」

 絶叫と共に意識をプロヴィデンス≠ノ投げかける。脳髄をパルスが焦がした。妨害電波より一歩先に想像が、形になる。プロヴィデンス≠ェ背面より無数の砲塔を射出した。

 いきなりブリッツ≠フ前に割り込んだ砲塔が狙い澄ました光を放つ。一閃は敵の装甲に阻まれたものの一閃がビーム刃の根本に直撃した。両端から吐き出されていた刃が一方から煙を放つようになる。

『なに!?』

 ケインは閃光に混じる頭痛に片目を閉じながらも口の端を笑みの形に歪ませた。

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SEED Spiritual PHASE-85

 

 エルウィン・リッター

 アダム・バーミリヤー

 グラハム・ネレイス

 セレスティン・グロード

 ダンカン・ルイス・モッケンバーグ

 ラリー・マクウィリアムズ

 ルクス・コーラー

 ブルーノ・アズラエル。

「うむ。一人の欠席もない再会を嬉しく思う。……生き残った者が、と付けた方がよいかな?」

 通信装置にそう語りかけるブルーノをいくつもの作り笑いが追従した。全てはモニタ越し、彼が座する場所はスタンフォード特別刑務所であることに変わりはないが、この集いは大きな変革を伴っていると感じていた。

〈いよいよロゴス≠フ復活か。いやいや……もう秘密結社でもなんでもなくなってしまったが〉

〈良い。未だ世界から『裏側』の消えていない現状こそが、デュランダルの言葉が妄言であったことの証明であろう〉

 ここに放り込まれて以来ここに映る誰とも面と向かって会えたことはない。半数以上は同じ刑務所に収監されているはずであり、それを証明するように何人かのバックは白い無機質が広がっている。

〈お前は言ったな。「わしらにデュランダルが取って代わるだけじゃ」などと〉

 嗤いが追従する。それに首肯した。

〈……はっ! 変わらない世界どころかより恐ろしい世界になってしまったな〉

 一人の何気ない言葉に雑談はなりを潜めた。

〈――世界から成長が奪われている〉

 恰も示し合わせたかのように一様に頷く。

〈このままでは世界が滅ぶ。停滞は容易に退化へと変わる。未曾有の危機を乗り越えるには指導者が必要だ。独裁でなければまとめられない世界というものがある〉

〈クラインの中には、平和は戦争までの準備期間などという言葉はありえんのだろうな〉

〈左様。全ての民が暴徒と化した世界で平和を唱おうともそれは指導者ではない。餌食だ〉

「我々は、この世界に必要なものだ」

 誰かが投機の動きを示すグラフを表示させ指先で叩いている。

〈勝手に動いてしまった株だのなんだのは予想範囲をかなり下回っているが、補填はできる。その案がこれだ〉

〈風評支配は絶望的か。まぁ元通り裏側に潜めればこんなモノは気にするに値しない〉

〈資本の回収は順調。幾つかオーブに盗られた現在、あまりアテにならん数字だが、回収率は六十を超えたともでているな〉

〈ブルーノさんあなたのファントムペイン=A最後に詰めを誤らぬようお願いしますぞ〉

 笑む。髭に覆われた口元が裂けるほど歪むのを止められなかった。

「もう来ておる。もうすぐ、大手を振って歩けるぞ」

 

 

 

「殺してやるわ……。フフ…殺してやるわ」

 ステラはライラの声をまた聞いた。一人になると時折そう呟くことがある。ステラは生まれたときからライラのそれを聞き続けていた

 だからわかる。ライラの「殺してやる」に少し暖かみが混じったことが。

「ライラ。準備できたよ」

〈――っあ…ごめん呆けてた。あたしもいいわ。ライラ・ロアノーク、レイダー<eイク・オフ! ステラとシンもついてきて〉

 今までライラは笑うことを自分に課していたように感じる。だが今の彼女はどうか? 心から笑えているのではないか?

〈了解。じゃあステラ、おれが先に出る。シン・アスカ、デスティニー″sきます!〉

 彼の、せいか? かぞくと言う概念はそんなにも大切か? 自分には、あるか?

「わかった。いく」

 黒い巨体の最奥で、ステラは先行する鴉によく似たシルエットを追った。

 

 

 

「早く着きすぎたかな」

〈そうですね〉

 ティニに言われるがまま、出所の解らない戦艦や輸送機に頼っての世界旅行はやがて北米大陸に辿り着いた。ルナマリアがストライクノワール≠物陰に潜ませながら見やる先にはスタンフォード特別刑務所がある。

 ルナマリア達は現在敵部隊からはほぼ補足不可能な遠距離にいる。

〈ルナマリアさん、射線、取れました〉

「了解よ」

 携帯したら機動力ガタ落ちの追加バッテリーでリニアガンの威力を跳ね上げる。各所に散らばった仲間と情報を交わし、散発的な長距離射撃で数を減らしていく。他の場所でもゲイツR♂ス機かが同じ方法で電圧強化したポルクスW≠用い、狙撃を試みているはずだ。リニアガン・レールキャノンは火薬を使わない。電気抵抗による発熱を抑えていれば熱紋センサーを眩ませることができる。が、

〈流石にこの戦力でアレを攻撃するのは……奇襲にも限界はあります〉

「解っているわよ。でもできるだけ戦力削っておけってのがティニの指示なんだから」

 ティニが攻撃目標に掲げたのは、刑務所をぐるりと囲む警護部隊――ではない。そこに大戦力で襲いかかった雪崩の如き部隊であった。無数のスローターダガー≠ノ囲まれたデストロイ≠ェ防壁代わりのモビルスーツ部隊など無いかのように悠々踏破していく、。その一団を狙い撃っている。

 カメラの望遠倍率を上げれば他の機体も見受けられる。鉄球をぶん回すよく分からない機体が超高速で敵陣に接近し、機関砲をばらまいて一撃離脱していく。

 ルナマリアは次の指示を受け、亜高速の質量弾でスローターダガー≠フ一機を狙い撃つ。時折外れる。それでも敵に本来以上の被害を与えてはいるし、あまり他方面からの被害が多すぎてはこちらの存在を看過されるおそれもあるだろう。仲間……と言うか部下と言うべきか? 彼らがそれを理解しているかは疑問が残るが。

(ザフトがこっちに戦力向けるまで、どれくらい減らせたら合格かわからないってのもね――)

 情報操作はクロが行うと聞いている。現状がどうなのかティニに問い合わせてみようか迷う内に次弾のチャージが完了し、索敵班からの移動命令だの攻撃許可だのが耳に届く。

 メインカメラをスコープ仕様に切り替え最大望遠で獲物を選ぶ。

 ――そのフレーム端に虹色の光が見えた。

「!」

 慌てて最大望遠にしたカメラを振れば予想以上にフレームがぶれて舌打ちする。微調整の完了したカメラはルナマリアの心臓をわしづかみにした。

「デスティニー=c…あれ、シン!?」

〈ルナマリアさん、出てはダメです〉

 思わず機体を浮かしかけたのだろう。ストライクノワール≠フ肩口をゲイツ≠ェ掴んできた。

「っ……わかってる!」

 ティニに照会させようと通信機に指が伸びるが、制御された兵士達に急かされ断念する。スローターダガー≠一機撃墜したが心が晴れるはずもなかった。

「クロ……早くしてよっ!」

 ザフトが来なければ、自分に自由は在りそうもない。

 

 

「気分悪ィわ……。あたし達がPMCの雇い主だってぇのに」

 統合国家は肥大化して世界征服に乗り出したPMCブレイドオブバード≠殲滅するため派兵している。だが、実質その指揮を執っているライラの認識はあくまで情報収集のためにブレイドオブバード≠雇っているに過ぎない。この限りのない兵士とモビルスーツは自分の懐から出している。……実際は自分の懐に繋がっている権力者の懐だが。

 だが気分は悪くとも、それが隠れ蓑として破格の価値をを意味していれば怒る筋合いもない。ライラ操るレイダー≠ェ放った鉄球に叩き潰された敵の兵力は、涙が出るほど慎ましやかなものだった。

〈ライラ、なんか怒ってる?〉

「いーや。無駄口なしに撃って撃って」

〈ライラ! おれに続け。道を空けてやる!〉

「指揮官どっちよあんたー!」

 デストロイ≠ニデスティニー≠ニ言う超弩級の大火力に晒されてはこの程度の防衛部隊など無いも等しかった。

 究極の監獄が丸裸になる。ライラは砲と鉄球で対面する者を薙ぎ払いながら笑いが止まらずにいた。

 二十門ものプラズマ砲が全方位に吐き出されるネフェルテム503≠ェ巧みに砲身を歪め多角的に襲いかかる防衛部隊を根刮ぎにしていく。

 零れた敵にも逃げ場はない。振り仰げば大剣を掲げた蝶がある。凄まじい瞬発力を見せるデスティニー≠ェあらゆる空間を支配し抵抗も逃亡も許さずに分断していく。

「アウル、クロト、もう平気でしょ。ここは任せるわ」

〈了解〜〉

〈ぇあああああああああ! 抹! 殺!!〉

 片方の返事がかなり不安だが、スローターダガー≠フ群れは的確に敵を葬っていく。

「シン、ステラ。着いてきて。降りるわよ」

〈…おれはこいつら黙らせてるよ〉

〈……ステラも、撃つ〉

 こいつらはこのまた子供じみた……。

「二人はこっちに来るの! 役割あんだからっ!」

 声に、喜色が混じることまでは止められなかった。レイダー≠フ目にはスタンフォード特別刑務所がある。

 

 

 クロは思った。グゥル≠ヘ遅い。自己の感覚にルインデスティニー≠ェ残っていれば一般的な高機動モビルスーツですら遅いと感じかねないのだからこの思いに苛立っても仕方がない。だが艦の直護衛に専従してしまったガナーザクウォーリア≠ノは問題のない制限ではある。

「おし! もう一発!」

 味方の壁が比較的薄い場所を探し当て、オルトロス≠叩き込む。ブレる照準を持て余しながら敵の中心部を狙う必要などない。自分の仕事は威嚇で充分。そんな距離から見つめていてもJOSH‐Wの制圧は時間の問題のように思えた。通信機が全て止まっていることを確認し、クロはおもむろに声を出した。

「そろそろいいかな。ティニ。さっきの情報、フツヌシ≠ノでも送信してくれ。オレの後ろにある空母」

〈はぁ。結局一兵卒では情報提供の手段はありませんか。了解しました〉

 ティニの生返事からしばらく置くとフツヌシ≠ゥら全軍に通信が入った。

〈PMCの別働隊をカリフォルニア州スタンフォード特別刑務所で確認。戦力規模からあちらこそが本隊である可能性が高いとの報告が入りました〉

 最近距離で真っ先に反応したのはディアッカ分隊長だった。クロのサブモニタにも彼の顔が表示される。

〈なんだよおいおい、確定情報なの? イザーク、どうする? 軍を分けるか?〉

 マーズとヘルベルトのモニタも灯る。次いで現れたイザークが一瞬の逡巡を振り捨てディアッカに指示を飛ばした。

〈ぐぅ……仕方ないっ!〉

 イザークの言葉は予想できる。クロは彼の早口に自分の希望を混ぜ込んだ。

「了解。ジュール隊長、オレ達、行きましょうか?」

 イザークは逡巡を見せなかった。

〈ああ。ディアッカ! お前の隊はスタンフォードに向かえ。こちらは俺が引き受ける!〉

〈おいおい分けちまって大丈夫かよ……〉

〈かまわん! 情報の真偽はわからんが。この基地が陽動だった場合後回しには出来ん!〉

 ディアッカこそが逡巡を見せたが……結果にクロはほくそ笑む。

〈わかったよ。小隊各機俺に続け! エルブルス≠ヘこれより俺の指揮下に入り、カリフォルニア州スタンフォードへ向かう!〉

 クロはボズゴロフ級の一機に集まるモビルスーツ隊に自機を混ぜ込んだ。

「了解。カナーバ機、エルブルス≠ヨ着艦する」

 

 

 イザークの指先が小刻みに揺れた。フリーダム≠ェ両肩の砲身を展開し、構えたライフルと共に三条の破壊光を解き放つ。幾つもの敵機が光に飲まれ煙たなびかせて落下していくが数刻後には数機以上が空に上がっている。

「くそっ!」

 圧倒している。そう思ったクロの判断は明らかに間違っていた。量の面では圧倒するはずの国際軍がこの基地においては五分以上に持ち込まれている。

「ガナー隊はモビルスーツよりも拠点攻撃を優先させろ! こいつらは俺がぁあっ!」

 操縦桿に挟まれたマルチロックオンシステムが迫り上がる。一気にモニタ上全ての敵位置座標を計算したシステム画面をバイザーに写し込みながら、イザークの目には動揺が走っていた。

 三十近い一団の七割をロックオンし、誤差を手動で修正しながら五つの砲の中から最適な空間制圧範囲を持つ選択し、撃つ。

 フリーダム≠ェ滞空しながら全ての砲門を展開し、敵機雲霞へ照射する。

 閃光と化して装甲片をまき散らしたのは期待値のまた七割程度だった。曇り空に一瞬で晴れ間を見せるこの戦果だが、イザークは甲高い怒号を漏らして敵の射線軸から自機を離した。同じ機体で、命中率十割近くを目の当たりにしたことがある。それ故の怒号だった。悔しいが、マルチロックオンシステムはイザークの手には余っていた。ここに乗る人間がイザーク・ジュールではなくキラ・ヤマトであったのなら――基地への射線軸は遙かに容易に取れ、今頃JOSH‐Wは壊滅していたのではないか? いや、伝説が神話と化すほどの獅子奮迅の活躍を見せるフリーダム≠ヘ……単機で基地を制圧していたのではないか?

「バカな! 俺は……俺がフェイスだぁっ!」

 ガナーザク≠フオルトロス≠フ一斉掃射が基地の表層を盛大に削り墜とした。所々に点在する機動砲システムへとバラエーナ=Aクスィフィアス=Aルプス≠撃ち込み沈黙させるとまたも湧き上がったウィンダム≠フ編隊へフルバーストをかける。爆発していく敵機と敵機が放ったミサイル、その煙幕から羽ある人型が飛び込んでくる。さらなる放射はシステムに待ったをかけられた。酷使したレールガンが熱を持ってしまっている。放熱とチャージロスを考えれば射撃を狙う前に近接戦闘へ持ち込まれる。

「こんな奴にぃぃいぃっ!」

 ライフルを突きつけたままラケルタ<rームサーベルを抜き放つ。ライフルの射線から急制動で逃れたウィンダム≠ヘ辛うじてシールドでサーベルを受け止めていた。

 もしかしたら新型であるジェットストライカー≠フ方がC.E.71製のフリーダム≠謔闌率的な制空能力を有しているのかも知れない。しかし出力の差はいかんともしがたい。ウィンダム≠ェ光刃を受け止めたA52攻盾タイプEよりMK438/B2連装多目的ミサイルヴュルガーSA10≠連射したときに白い機体はそこにはない。一瞬で側面に回った白の腕と赤の光刃が細身の人型を胴から一刀両断して葬った。

「ちっ!」

〈隊長さんよ。こりゃ捌ききれねぇぜ。バスター≠竄チちまったのは拙かったんじゃないか?〉

 ああ拙かったとも! 多数のミサイルでモビルスーツ隊を牽制し、基地の防壁を一撃で貫通するバスター≠ェ控えていたのならもう少しやりようもあった。それを艦砲で補うつもりだったが、いつも後ろにいるのはナスカ級戦艦だという慣習ができあがっていたイザークにはオーブ製空母の火力不足を嘆く他にやりようがない。睨んだ先では地表を這いずるドムトルーパー≠ェいるが、大気圏内空中戦に対応していないあの機体では大した戦果を上げられないのは自明だ。空を飛ぶか、精密射撃を行う、人が鳥を落とすのに必要な要素があの機体にはない。近接装備に偏っていても大空を縦横に駆けられるグフイグナイテッド&泊烽フ方が遙かに有用性が高い。

 見切りを付けて見上げれば数刻前と何ら変わらない敵機の雲霞が再生されている。フリーダム≠ェ墜とされるとは微塵も思わないが、このまま脇をすり抜けるような奴が増えていけば後衛がどうなるかは保証がない。統合国家、ザフトの連合軍旗艦がどことも知れぬ馬の骨に沈められたなどと報道されたら……世界に与える衝撃は予想も付かない。そのときまたあの黒いデスティニー≠フような存在が現れれば……軟弱で無能な政権を打倒するための英雄と祭り上げられる可能性は高い。不安定な世界に生まれるとてつもない波を抑えられるか? 想像に弱気になる。イザークは犬歯を出して唸った。

「そんな、そんなことがあってたまるかぁぁっ!」

 全砲門を展開して解き放つ! 雲霞に穴。再生前に更に放とうとチャージロスに苛つく。その苛ついている間に――

 雲霞が更に穴を開けた。

「な、なんだっ!?」

 距離を詰めてきていたウィンダム°、ですら振り返る。その間にも雲霞に穴。続けて基地にも爆光が閃いた。

〈増援?〉

〈いや、待て照会する――あれ、スカンジナビア王国軍じゃないか?〉

 ヘルベルトがどこからか引き出したデータが転送され、同時にライブラリが増援のデータを再度モニタに表していく。AMF‐101、MBF‐M1、GAT‐02L2、MVF‐M11C、ZGMF‐X23S……混成気味の部隊編成も気にはなるがそれらを全て忘却させる存在が最後に映し出されていた。

 ZGMF‐X19A。

「ジャスティス≠セと」

〈こちらスカンジナビア王国軍特別遊撃隊所属アスラン・ザラだ。オーブ軍、これより助勢する〉

「アスラン貴様ぁっ! どこへ行っていたっ!?」

 即座に投げられてきた周波数を投げ返す。驚愕が返ってきた。

〈な、イザークか?〉

 トリミングしたサブカメラの望遠で赤の機体を捉え、そちらへと飛翔する。無限とも思えるPMCのモビルスーツを蹴散らし、こちらと挟撃する形で現れた一団を率いているのは間違いなくインフィニットジャスティス=B

 増援による兵力の倍加もさることながら挟撃による照準の混乱に敵は盛大に浮き足立った。射角範囲外からの攻撃が先ほどまでの比ではなくなり、何条ものビームに対応しきれず砕け散っていくものが増加した。明らかに、目に見えて。

 更に敵陣中央に切り込んでいるアスランの存在が崩れた士気に拍車をかける。イザークも口を噤むしかない。自分は明らかに安堵している。

「くっ……話は後だ! まずはこいつらを片付けるぅっ!」

〈了解した。気をつけろよイザーク〉

「気安く呼ぶな脱走兵がああっ!」

 笑みを浮かべて叫び、そして一抹の不安に襲われる。以前似たような形で彼が現れたとき、彼は民間人だった。だが今は、脱走兵か。

(……それは統合国家が決めることだ)

 フリーダム≠ェ火を放ちジャスティス≠ェ切り崩す。そして周囲からの津波の如き集中砲火。無限と思われた軍勢がいとも簡単に減じていく。

〈俺がターミナル≠ゥら得た情報だ。この蹶起の首謀者はライラ・ロアノーク、ロゴス≠フ私兵だ。PMCの反乱なんかじゃない。そいつはスタンフォード特別刑務所に拘留されたロゴス♀イ部の指示で動いているらしい〉

「なんだと!? じゃああっちこそ本命か! こちらにもスタンフォードに別働隊がいるとの情報が入っている。こんな奴らに構ってる場合ではないっ!」

 流れを掴んだ連合軍は瞬く間にJOSH‐Wの制圧を開始した。空戦部隊を引きつけながらも地に降り立ち内部へ進入していくグフイグナイテッド≠竍アストレイ≠フ姿が確認できる。

 浮き足だったウィンダム≠真下から突き上げられた榴弾が撃砕する。下方に注意を向けたものを正面からの高エネルギー砲が貫通する。新たに出撃し、数を増やそうとも包囲されたその劣勢は覆し難いものだった。JOSH‐Wを取り囲む円はその半径を狭めていき、明らかにこちらに向けられる火線が減少していく。

〈もう大丈夫だな〉

 戦いが疑いようもないほどこちらに傾いた頃、アスランから通信が入った。

〈――すまないが戦線を離脱する。後は、頼む〉

 恐らくフリーダム≠ノだけ絞られた通信だったのだろう。脱走兵の処断方法が幾つか脳裏をかすめたイザークはその言葉に無言で頷こうとした。だが、それは自分の心にある何かが許さなかった。

「待て貴様ぁ!」

 ジャスティス≠フ背中が震えた、ように見えた。

「いつまで逃げるつもりだ。降りろアスラン!」

〈……だが――〉

「降りろぅっ!」

〈――っ〉

 逃げるそぶりを見せたのなら掴みかかってやろうとすら思っていたが、彼も観念したかジャスティス≠ェ降下を始めた。主戦場からは少しばかり離れたこの位置には後衛の放つ赤光が見え隠れする程度。流れ弾を避けるためか遮蔽物の隙間に降り立つアスランを追い、間近にフリーダム≠着地させる。そしてコクピットハッチを開放し、自身を迫り上がらせた。声が届くかも微妙な距離だがそれならば通信すればよいだけのこと。ヘルメットは外さず機体首下で両腕を組むとややして紅い機体の中からアスランが姿を現した。

「アスランか」

「……ああ」

「援護感謝する。だがお前は何をやっているっ?」

 彼は言い訳を避けた。視線を下方に投げながら唇を噛む様が見える。いつもいつも自分一人で抱え込むその性根にイザークはあっさり激昂させられた。全く人をイライラさせるのが旨い奴だ!

「スカンジナビア王国を頼ったか。自分が正しいと考えるのは結構だがな。ならば迷惑をかけても問題ないと言うことにはならんぞ。脱走兵っ!」

「……俺は、べつにそんなつもりじゃ…」

 恐らく口には出来ない葛藤があるのだろう。説明しきれない、だが捨て去れない胸中が。彼の中の正義がオーブでは通用しなかった。だがそれが本当に排斥されるものなのかはわからない。奴は、それでも俺たちを、オーブを助けようとした。その意気まで含めて頭ごなしに叱責し、反省させようとはイザークは思えずにいた。

「アスラン、テロの撲滅がしたいか? それが出来れば満足か」

「そうじゃない……。ただ」

 ならばこそ言う。仲間の居場所を作ってやるのも戦友の努め。どれだけイライラさせられようとも切り捨てるべき敵とは到底思えなかった。

「戻ってこい!」

 息を飲む気配だけは伝わった来た。

「オーブが気に食わないというのなら、ザフトに戻れ。面倒なことは俺が何とかしてやる!」

 バイザー越しでも彼の虚を突かれた表情が見えたような気がする。逡巡ばかりが彼から漏れるがそれでも黙り込むことだけはしなかった。

「そこまで甘えられないだろう。俺は……何度も……」

 全てを裏切ってきたとでも言うつもりか? ザフトでも、オーブでも、銃殺当然のことをしてきたと? 内面を読み取ったイザークは彼の逡巡を一笑に付した。

「それを言うのなら俺も以前に軍法会議で死んでた身だ。その上罪から救ってくれたデュランダル議長をも裏切っている。自分だけが悲劇の咎人面をするな」

 イザークは困ったような微笑みを見せた。彼の申し出は有り難いどころか破格だ。それでも受け入れられない理由がある。アスランの脳裏には今も白い寝台の上で昏々と眠り続けているカガリの顔が映し出されてしまう。所属まで彼女の元を離れてしまうのはどうにも薄情に思え、踏み出せずにいた。

「――っ…………少し、考えさせてくれ」

「よし。だがこのまま戻ることは許さん。戦闘終了まで俺の指揮下に入れ」

「うっ……」

「昔の約束通り、俺の部下にしてやるっ! 一兵士として余計なことは考えず、自分の内側を見つめることができるぞ!」

 イザークの意地悪げな微笑みにアスランも自然と苦笑が漏れた。折れるしかない。

「わかったよ。だがスカンジナビア王国軍まで指揮下に入れと言い出すなよ。あくまで俺一人の問題だ」

「当たり前だ。そちらへの連絡をさっさと終わらせろ。終わったらお前もディアッカを追ってくれ」

 遠目にイザークが端末を操作する様が見える。ややして自分の端末が何かを受け取った。取り出し見やればディアッカ・エルスマン率いる分隊の機体識別シグナルとメンバーのデータだった。表示された一部隊分の名簿に眼を通すなり彼の表情が険しくなる。

「これは――っ!」

 思わず上げてしまった声。イザークが怪訝な表情も意識できない。凝視するパーソナルデータ、を展開する。

「く、クロフォード・カナーバだと!? イザーク! この男が今ディアッカの隊にいるのか!?」

「なんだ、アスラン。クロフォードがどうかしたのか?」

 個人情報の詳細が表示され、現れた顔写真に驚愕したアスランは全力でイザークを呼び止めていた。

「これは、このカナーバと言う兵士は――黒いデスティニー≠フパイロットだ!」

 以前ミリアリア、そしてメイリンから受け取ったデータがある。数ヶ月も前に自分の正義を揺るがしたテロリスト、そんな奴が、目の前にいるというのか!

 

 

 

 命をすり減らす退屈に変化が訪れた。

「あれ、ザフト軍? 統合国家、こっちに気付いたの?」

 スタンフォードを蹂躙するデストロイ≠操る一団への狙撃がおざなりになる。望遠モードの狙撃用モニタには特別刑務所へ接近する機影が確認できる。これでシンを追いかけるための混乱が手に入る! ルナマリアは口には出さずに興奮していた。

〈そのようです〉

 だが、その言葉を鵜呑みにするのは躊躇われた。スタンフォードを目指していると思しき機影は三つ。ザフトが気付いて軍を差し向けたにしてはあまりにお粗末ではないか? リニアガンから火の手が上がらず洗脳兵達から苦情が来る。慌てて引き絞ろうとしたトリガーは別口からの通信に遮られた。

〈ルナさん。任務変更です。クロです〉

「は? ティニ、何よ?」

 問うている間にも拡大されたモニタに映るザクウォーリア≠ェマーキングされる。先頭を突っ切る突撃兵かと思っていたら、後方のバスター=Aドムトルーパー≠ゥら攻撃を受けている。

〈助けてあげてください〉

「えっ!? あれがクロってこと! バレたの!?」

〈はい。問題です〉

 舌打ち零して追加バッテリーをパージする。身軽になったストライクノワール≠ヘリニアガン二門をウィングに収納し、呼び寄せたトレーラーからビームライフルを二丁受け取る。

「クロなのね? じゃあアレ出してもいいでしょ? わたし一人じゃコレは抑えきれないよ」

〈許可します。デストロイ≠ノだけは近寄らせなければどうせ無傷です〉

 ルナマリアはクロ以上にスタンフォード特別刑務所を注視する。刑務所を見つめながら、彼女は心を躍らせていた。それを止め、戦闘に集中しようとしても、それは困難な作業だった。

 

 

 クロは思った。グゥル≠ヘ遅い。自己の感覚にルインデスティニー≠ェ残っていれば一般的な高機動モビルスーツですら遅いと感じかねないのだからこの思いに苛立っても仕方がない。だが無数の機動兵器に囲まれては命の保証さえ得られない。この状況で仕方がないなどとは言いたくはない。

〈戻れクロフォード! お前の立場が悪くなるだけだっ!〉

 誰が自分を捜し当てたか。もしくは誰が情報を漏らしたか。対象への憎悪は拭いがたいがそもそも憎悪すること自体が間違いだとも思う。皆を騙し続けてここにいるのは紛れもなく自分。これは身から出た錆なのだから。

 モニタに表された機体はディアッカGAT‐X103APのとマーズのZGMF‐XX09Tの二機だった。エルブルス≠ノはまだまだ艦載機があったはずだが人海戦術を頼みにせず、二人だけで追い縋ってくる。こちらを確保、拘束が目的ならば人手を減らす意味はない。二人がそこに頭が回らなかったなどと言うことはないはずだ。ならば何故二人だけで追うような選択をしたのか?

 理由は簡単。気心の知れた者ならば説得できると信じているからだ。騙すコツと殺すコツは、相手の心を知らずに、そして考えずにいることだ。戦いは相手の心を理解したら負けるのだとかつての教官も言っていた。

「甘いよ。ほんっっとーになっ!」

 叫ぶとズキリと心臓が痛んだ。――だとしたら、自分は兵士にも諜報員にも向かない人間なのだろう。ついでに言えば追跡者達もだ。自分に信じられるに足る価値などないと言い聞かせようとも痛みは引かなかった。リアモニタに距離を保つバスター≠ニ一気に距離を詰めてくるドムトルーパー≠フ機影が見える。遅いグゥル≠ナ引き離すのは不可能だと判断し、クロは反転した。

〈待てお前――!〉

 腰溜に構えたオルトロス≠地走する機体目掛けて撃ち放つ。牽制ではなく直撃コースに驚愕したマーズが足を止め、ビームシールドでそれを受け止めたのを確認し、再度逃走に全力を振り向ける。だが、流石にザフトのエースクラスからそれで逃げられる程甘くはなかった。ディアッカの放った狙い澄ました一撃が振り返るその瞬間に長射程砲の砲身を飲み込んでいった。

〈いい加減にしろ!〉

「悪いな隊長殿。あんた達はオレのためを思って説得しようとしてるんだろうが……その「いい加減」にして、オレに得があるとは思えないんでね」

 戦闘開始時心に決めた言葉を繰り返す。まずは、生き残る。それだけだ。

〈クロフォードっ!〉

 ガンランチャーとライフルとビームガンに機体を振られながらただただ前に進む道ばかりを模索している最中、ディアッカの叫びに心の何かが我に返る。

 何で生き残らなければならないんだろうか?

 信じてくれた人を裏切り、影でその戦力を爆破して、機体を盗んで脱走してまで何故生きる?

「……ちっ」

 世界を変えるためだ。腐った世界を切り崩すため生き残らなければならない。

 

 ――「ルインデスティニー≠フ情報、シンに書き換えてくれ」

 

 生き残ることが、世界に対して最大の影響をもたらすことになるのか? 世界には『自分以上』が幾らでもいるはず。目の届く範囲にさえ何人かいる。ルナマリアに全てを押しつけここで墜ちようともそれ程ティニは困らないのではないか。

 

 ――『気が済んだかな? 何も知らない要』

 

 科学者でもない自分が世界の変革を提言した。――それは裏を返せば誰かがいずれ思いついたと言うこと。人より優れたシードマスター≠名乗るエヴィデンス共なら、自分などいなくともいずれ思い当たっていたとも考えられる。そして彼らには、実行できるだけの存在感がある。

 凄まじい衝撃がガナーウィザード≠貫いていった。咄嗟の姿勢制御に息を飲むも現実以上に精神世界が地獄を見せ続ける。価値の見えない命がクロの脳裏を揺さぶった。続けて被弾。今度貫かれたのはサブフライトユニットか。ブレイズウィザード≠熾tけていないザクウォーリア≠ノは墜落は不可避だった。

「……なに妄想してんだか」

 被弾。戦闘不能。墜落していく。だがクロは周囲のモニタよりもサバイバルキットの中身をチェックする方に腐心する。ディアッカとマーズ、この二人とはここ数ヶ月同じ釜の飯を食う仲であった。彼らに、そんな存在を問答無用で殺すことなどできない。その確信は、詰まるところ彼らの心を利用すると言うこと。

(オレが、生き残るために)

 ホルスターに収まった制式拳銃を奧へ押し遣りターミナル≠謔闔揩ソ出されたビームハンドガンを引き出し身につける。腕のスーツを引き剥がし、手首のウェアラブルコンピュータとビームソード発振機を確かめる。

〈クロフォード! いい加減投降しろ〉

「悪いな分隊長殿、マーズさん。あんた達にオレは撃てない……」

〈クロフォード!〉

「オレは、最悪の裏切り者だ。何故そんな奴に気を遣う? オレがあんた達と話したこともなかったら、もっと躊躇わないんじゃないか?」

 独白に、意味など求めない。身支度を完了したクロは再度操縦桿に手を置いた。これをどう動かそうとも一瞬後の地面との激突は避けられないが――腰元キャニスターポッドに収まるZR11Q閃光弾には触れられる。残された左のマニピュレータを腰元に伸ばすと上空のモビルスーツ部隊が一斉に銃口を向けてきた。モニタ越しの威圧感にクロは思いっきり怯んだが……それだけだ。彼らには自分を拘束することはできても殺害することはできない。それは――図らずも自分が彼らの心を利用した結果だ。クロは操縦桿に手先を引っかけたままハッチを開放し、シートから離れた。彼らに申し訳ない気持ちはある。それでも、

〈クロフォードっ!〉

 それでも閃光弾を起動させた。遮光処理を下ろしたバイザーの奧できつく目を閉じ機体から躍り出る。走り出す。この戦闘が始まった時から心に刻んでいる。生き残るために。

 ――だが、走り続けて意識が真っ白になると再び心に忍び寄るものがある。生き残るために? 生き残らねばならない理由など、オレにあるのか……?

 

 ――「ティニに言われた羽鯨との接触は終わったわけだし、潜り込んでる意味も終わったしな」

 ――『フ……。それが殺すより惨い仕打ちだと、お前は考えないか?』

〈クロ! クロなの? 応答しなさいよ!〉

 

 強引に心に蓋をする。息を止めるように、胸に力を込めるように、心を閉ざす。あぁ、今考えるべきことではない。

〈ちょっとっ!? これは機械も何もなくても通信できるんじゃなかったの!? クロぉっ!〉

「う ルナマリアか?」

 心の中の声とナノマシン通信がの差がわからなかった。ごちゃ混ぜになった意識の中で、クロは心を空白にしても聞こえる声を確かめる。聞き覚えがある。間違いなくルナマリアだ。

〈よ、よかった……。援護するから、ちょっと頼み聞いてもらっていい?〉

 樹影に体を滑り込ませながら通信元を探し、振り仰ぐ。そしてクロは驚愕するしかなかった。ルナマリアの機体ともう一機がディアッカとマーズへの攻撃を始める。そのもう一機…何をどうしようとも見間違えるはずがない!

「ルイン……デスティニー=c!」

 何かに絶望させられたような気がする。

〈あの刑務所に向かってるのよね?〉

「あ、ああ。そうだ」

 任務としてはそうだろうか? ザフトの軍事力をこのPMCの制圧目的地とぶつけられれば自分はどこに行っても構わないような気もする。

〈じゃあわたしからも頼まれて。あそこにシンがいるみたいなの! デスティニー′ゥたのよ!〉

 何を言っているのかはよくわからないが何をさせたいのかは痛いほどわかる。彼女の心に苦笑するのとは裏腹に、目的を与えられて楽になる心を感じていた。そうルナマリアから任された任務を終わらせてから好きなだけ悩めばいいだけのこと。

「了解だ。オレが連れてきたザフトの戦力はティニに転送しておく。参考にしてくれ」

 クロは蟻ほどのこちらなど気にもしなくなった同僚達に背を向け走る。そしてスタンフォード特別刑務所へとワイヤーを放った。

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SEED Spiritual PHASE-86 怨みと恩との折衷案

 

 Vz.93。ユーラシア連邦製のサブマシンガン。携帯性と制圧力を両立した殺戮兵器で感覚的にはマシンピストルに近い。当然CQB(近接戦闘)対応であり威圧力まで加味すればこのような閉所では最適の銃器ではなかろうか。

「殺してOK」

 意外と気の抜ける連続音に続き空薬莢が愛想のない色をした地面で踊る。続いて赤の割合が異常に増えた人型が壁を伝ってずるずるくずおれた。

「止まれ! 動くな!」

 警備兵が大挙して押し寄せてくるのもこれで三度目か。彼らの表情に隠そうとしても漏れ出る悲壮感が見て取れた。凶悪犯罪者の収容所、脱走を許すくらいなら建造物ごと自爆するような仕掛けがあるとかないとか聞いたかもしれない。

 だが彼らがフリーズを叫ぶ間にこちらの銃口はファイアを終えている。クロトとアウルに慈悲など無い。それどころか嬉々として人を殺す。最初の掃射で二名。その動揺から脱しても制圧は止まらない。クロトの絶叫が敵の意識を引き寄せる中、腰を沈めたアウルが突撃した。同時にシンも逆へ意識を向けている。大振りのナイフを手にライラの背後へ迫っていた男の武器をシンの銃把が叩き落とす。コーディネイター一級軍人のあまりに高速な挙動に虚をつかれている内にその銃把が今度は眉間と首筋に叩き込まれる。最後に見たのはクッション材もリノリウムもない床。うめき声と共に沈黙する。

 その間にアウルは敵陣まっただ中に飛び込んでいた。前はもとより後ろにすら目があるかのように二丁構えたVz.93を振り回し、警備兵を薙ぎ払う。ボディアーマーで威力を殺し、尚も挑みかかる相手もいたが、アウルの足払いの方が早い。無様に倒れ込む男の背へクロトの嘲笑と銃弾が浴びせられた。

「……っ」

 シンは逆流しかけた胃液を持て余した。自分も軍人である。極論を承知で言ってしまえば敵と決めた人間を殺すことが仕事である。だが、虐殺を容認することに抵抗を覚える。何故なのだろうか……シンは解答の模索を避けた。

 ここに侵入したのはライラ、自分、ステラ、そしてクロトとアウルが二人ずつ。

 今の戦闘で、高笑し敵の意識を一身に集めたクロトが一人死んでいる。が、誰も気にしようとはしていない。寧ろ最もこの男との関係が薄い自分が動揺しているのはどういうわけなのだろうか。

「シン! 遅れないで」

「あ、あぁ、悪ぃ……」

 事前に入手していたマップと何度か足を運んだライラの土地勘が迷うことなく自分達と目的地を繋いでいる。幾度かの戦闘を経て、ライラが命じ、アウルの開けた扉の先には司令室のような光景が広がっていた。特別刑務所のモビルスーツ管制か。機材に張り付いていた人間が動揺全開でこちらに振り返ってくる。管制はあっという間に占拠され、子供数人に縛り上げられ命令される。

「ここの警備兵は後どれくらいかな?」

 優しい脅迫で望む者を引き出す。それに抵抗した者でさえ外のモビルスーツ勢力を引き合いに出すと殊の外簡単に堕ちた。認証キーを引き出し、網膜だか指紋だかを得るため一人拘束して連れ出すのを、シンはなにもせずに見つめていた。

「ロゴス♀J放か……」

 ステラが睨んできた。いや、睨められているのとは微妙に異なっているように思えたが、どちらにせよシンは目を反らす。だが気まずさに浸り込む時間など無かった。部屋の外から聞こえる誰何の声と銃撃音にシンは壁に張り付き外を窺った。

「あ〜れェ? 警備兵に包囲とかさせた? 寿命縮んじゃうよおっちゃん!」

「ち、違う! 私はなにもっ!」

 頭蓋の剔れるような音がするほど銃口をねじ込まれた男が涙ながらに弁明するがライラ自身も今彼を殺す気などないだろう。包囲したいのにあの銃声――不意打ちを目論むなら騒ぎ立てるのは逆効果だ。

「……静かになったぞ」

「ちょっと俺が見てくるよ」

「おれも行く」

 扉に手をかけたアウル。少し逡巡しながらもシンは彼のカバーに回った。

 部屋を出る。離れていく銃撃音が聞こえた。

「……俺ら以外の侵入者とか? わけわかんねーな」

 アウルの軽口に応えることはせずカッティングパイ。シンの視界には往路復路共に危険は見受けられない。

「こっちはクリアだ」

「ん……こっちもだね。ライラ! 出てきてもいいぜ」

「うい。ごくろーさん」

 シンはマユの表情を盗み見ながら視線と並べた銃身を進行方向へ移動させる。アウルもそれに倣い、残ったアウルとクロトが気怠げに短機関銃で肩を叩く。刹那、その声が心臓を背中から貫いた。

「動くなシン・アスカ!」

 凍り付く。手を挙げることもできずに凍り付く。眼球だけで姿を求めるが、見えない。驚愕が冷めると苛立ちがやってきた。気配を読めなかったことに舌打ちを零す。だが自分一人が封じられたことにより相手も自らを封じたことに気づけないか?

 アウルとクロトが全く同時に銃口を流した。引き絞ればフルオート、逃げる隙など在るはずもない。瞬きの後には目の前に血にまみれた蜂の巣が転がる――はずだった。

「なんだよそれ!? キッタネェなァ!」

 しかし予測は裏切られる。シンも振り返り突きつけた銃口の先には、無数の銃声を散らすことなく飲み込んだ光の壁が佇んでいた。声を聞いても誰だか気づけなかった。が、シンは追跡者の名を呻いていた。

「……! クロ、アンタか?」

 全く迷わない異常な男がそこにいる。

 シンは苛立ちと、それ以上の羨望をもって光膜に滲んだ緑の人型を睨み据えた。まろび出る罪悪感を押し隠し、胸中で呻く。お前の「強さ」はいったい何なんだ!?

 

 

「お前も止まれ。ライラ・ロアノーク…だな? 画像データ以上にガキそのものじゃねーか。そんなので指揮官つとまるのか?」

 こちらは一人だ。気付かれる前に一人二人殺しておいた方が有利だったはずだ。だがキラ・ヤマトと唯一戦える男の腑抜けぶりを見せつけられたクロの頭からは一瞬計画性が焼き切れてしまっていた。

 待つ女もいる。

 世界を変える力がある。

 そんな男が私欲に走るテロリストでいいのか!?

「はん! こぉぉんないい女捕まえて失礼な奴ね。どこがガキだか言ってもらおうじゃないの」

 言葉は吐いて少しは冷静をかき集められる。……爪先から頭頂まで視線で舐め回してもまるで時間がかからない。データを知らなければ少年兵の類と当たりを付けたところだ。こんなのに用はない。取りあえずクロはコンプレックスになりそうな部位を思い浮かべ真っ先に該当したところを突きつけてやる

「特に胸」

『ぶっ殺す!』

 何故かシンまで異口同音にキレていた。飛んできた銃弾はビームシールドで弾ける。

「お前達は先に行け! こいつはおれが!」

「…………へん。こんな緑に構ってる場合じゃないもんね。頼んだわよシン! もぉこれでもかってくらいボコボコにして!」

 クロは――行かせるに任せた。頼まれているのはシンの身柄だけだ。ファントムペイン≠フ残骸が何をしようと知ったことではない。女子供が見えなくなってクロはシールドを解除した。

「ルナマリアが待ってる。何が目的でこんなトコにいるのかは知らねぇが、いつまでも遊んでんじゃねえ。帰るぞ」

 ――間はあった。

「………………駄目だ。おれは……帰らないっ!」

 だが迷いはなかった。

 いきなり放たれた銃弾がヘルメットを掠め、クロは慌ててシールドを展開した。続く連打は飲み込むものの冷や汗が消えない。怒りを再燃させられないままクロは叫んだ。

「なにしやがる!? おま! ルナマリアが待ってるっつってんだろーが!」

 彼が彼女を思う気持ちがその程度だったのか? だとしたらルナマリアが憐れすぎるがそうではないはずだ。こいつはメサイア≠ワでの戦いを、彼女を守るためにと戦えたのではなかったのか?

「悪い……クロ、でもおれはここにいる。あいつを守らなきゃいけないんだ!」

 その目に以前のザフトで見たような迷いは見受けられない。真摯な、真摯すぎる紅い瞳がビームの盾さえ貫き心を打つ。

(本気か?)

 唾液を嚥下して思い至る。思い至るなり背筋を冷たさが撫でていった。

「ぐっ…! 服従遺伝子か…っ! お前は兵士としてサイアクだな」

 銃口を向ける。シンの瞳は涙を流すかも知れない。それはクロの期待だったのだろうか? 彼は首を横に振り、期待を粉微塵に打ち砕いた。

「違う……ごめんクロ。これは、おれの意志だ」

「なんだ……と…? 今のお前に、オレを撃つ理由があるってぇのか?」

 オレを撃つ理由などどうでもいい。「あるに決まっている」だろうとも構わない。だが、オレを撃つ理由はそのままルナマリアへの裏切りに直結する。幾らこのでかいガキが底なしのアホであろうともそこまでわからないとは思えない。考えられない。

「シン! トチ狂ってんじゃねェ! そいつらにろくな思想なんてねぇだろ!? ただ破壊を楽しんでるような奴らだぞ! 何が平和かわからねぇ程脳が膿んだか!?」

 力の限り絶叫するが絶叫の返答すら返ってこない。怒りが彼の根本かと思っていたのに……なんだこの気持ちの悪さは!

「わかってる……おれだって馬鹿なことしてるって自覚はあるっ! でも、もうステラを、マユを、二度と失いたくないんだぁああっ!」

 後は乱射だった。もう言葉など通じない。弾切れを待つまで、クロは途方に暮れた。

 

 

 

 分厚い強化防弾ガラスを横目に歩いたのは、そう言えば初めてかも知れない。面会のための部屋――もう二度と訪れることはないだろう。感慨深いモノがあるかも知れない。

 拘束された男の部位と記憶を利用し、脱出不可能の牢獄へ入り込む。鍵代わりの人間を拘束したアウル、もう一人のアウル、ライラ、ステラ、クロトがもう周囲をはばかることもなく無機質な世界へと踏み込んだ。

「来たか」

 その老人は面白くもなさそうに呟くと手元に灯っていた電子ペーパーをしまい込んだ。モニタ越し、あるいは強化ガラス越しにしか久しく見ていなかった老人が今は鉄格子を隔てて、居る。彼の吐く息がここまで届き、自分が吸い込んだかのような錯覚がライラにどうしようもない微嗤みを浮かべさせる。

「やっほーじーさん」

「遅かったな」

「そりゃーね。本当だったら絶対出られないとこなんだから。「待つ」で済んだだけ土下座して感謝してよ」

「やれやれ……。その「待つ」の間にどれだけ世界が腐ったことやら。ジブリール自慢のファントムペイン≠ェ聞いて呆れるな」

 ブルーノ・アズラエル。ぶっきらぼうを通したいつもりなのだろうが目の前にぶら下げられた希望に尻尾振る様子が見え見えだ。ライラは顎をしゃくり鍵を開けさせると皆を下がらせ近づいた。

 鍵の開く、金属の擦れ合う耳障りな音が一瞬だけ響く。ブルーノにとってその音は自由への門が開いたファンファーレにでも聞こえているのだろうか。

 脇に立っていたステラはライラの顔を見上げていた。

 ライラはそのファンファーレに、不協和音を紛れ込ませる。撃鉄が起きる音と頭蓋と金属のぶつかる音がブルーノの歓喜をその形のまま凍り付かせた。

「改めて。やっほーじーさん。あたしはこの時をあんた以上に待ってたわ」

「……なぜだ」

 その声から動揺は読み取れないが、怯えていないわけがない。ライラはその厚い面の皮に思い切り銃口を差し込んでやる。もぉゴリゴリ音がするほど。

「それが聞けることがすごいわね。あたしはあんたらのお陰でこーゆう汚れた女になったって知ってくれてたつもりだったけど」

 口が裂けるほど笑うつもりだった。喉の奥から絞り出した甲高い声をこの老人の鉄面皮に塗りたくってやるつもりだった。が、実際あふれ出したのは瞼を浸食する熱さの方。声に力が入らない。思い起こされたのはオーブの、オノゴロ島の、荒れた山道、自分を引く母の手、転げ落ちる、携帯電話!

 青空を我が物顔で跋扈する大鴉の上の巨人、閃光撒く翼ある巨人――気付いた時、兄は目の前から跡形もなくなっていた。父や母は? 不安に思う時間だけを与えられ、引きちぎれた惨殺死体の写真を見せつけられ、これが両親だと一方的に告知された。

 何かあたしが大それた事をしたか!? 神の逆鱗に触れるような悪魔の実験でも担ったか!?

「もしかして、今の今まであたしが何でムルタさんに連れられてきたとか知らなかったの?」

 地獄には裁判官がいると聞く。ならば自分が責められるべき理由だけは教えてもらえるのだろう。

 ならば、あたしの放り出された世界はどこだ? そんな地獄にもなれない半端な最悪に連れ込んだのは、こいつだ。こいつと、それに連なる利己組織だ。だからあたしは、そんなものを、汚れた力で薙ぎ払う!

「ぐ…!わ、わしはただ、ムルタの玩具と……し、出自など知らん!」

 そんなわけないとライラは鼻で笑った。ムルタ・アズラエルが戯れに助けてしまった、調べてみたらコーディネイターだった存在を憂さ晴らしのために飼ってたのを、彼自身も見ていたはずだ。そんな存在に興味がなかった? 程度の低い嘘でよくも今まで生き延びてきたものだ。憐れすら覚える。

 ムルタはこの老人を、毛嫌いしているように見せながらも頼りにしていた節があった。――

「この間、メンデル≠ゥら洗脳実験の結果独占するため名簿リスト見せてくれたことあったよね?」

 ブルーノは答えない。忘れているのかも知れない。

「あそこにねー、実は何とあたしのお兄ちゃんの名前があったの。ムルタさんだったら、絶対あたしに見せなかったとか思うけど、どぉ?」

 ――だから自分も好きになろうと努力したが、無理だった。この爺は結局自分のことしか考えていない。政治に携わる存在など、信じるに値しない下劣な存在だ。パパやママを殺した理由にも利己以上はなにもない。もしかしたら意味すらないかも知れない。怒りが呼び起こす目眩を、マユは甘受した。

 今、この瞬間、二度と感じずに済むようになる。

「まぁ、死の商人な秘密結社の構成員に親切心とかあるって思うほどお人好しじゃないけど……。じーさんにとって……あたしはただの兵器だったってわけねっ!」

 がん! 鈍い打撃音がとても遠くで聞こえたような気がしたが間違いだった。何のことはない、彼らからもらった鋼鉄の義手が老人の鼻面を殴打した異音だった。

「ムルタさんはまだしも! あたしのこと色々わかっててくれたなァ!」

 取り敢えず皆は、それを静かに見届ける。

「アンタおじーちゃんだったんでしょ!? なんであの人を戦地へ行かせたのよっ!」

 腕を折られた老人が人構成物より確実に固いもので蹂躙される様に何を言えばいいのか取り敢えず保留しながら。

「殺してやるから! アンタさえいなければ! あたしは、あたしはぁあっ!」

 心に是非を問われることなどない。どちらかと言えば『こういうこと』が美徳と教えられ、否、造られているのだから。

「悪いって思うんなら! 痛いって泣くんなら! あたしの時間! 返してよっ! アンタ達に! 持って行かれた! 元のあたしをさぁっ!」

 ――「殺してやるわ……。フフ…殺してやるわ」――

 ステラはライラの声をまた聞いた。一人になると時折そう呟くことがあった。ステラは生まれたときからライラのそれを聞き続けていた 殺したい対象は、自分を利用される殺人者という最下層民に叩き落としたブルーコスモスの中枢。それも物心付いたとき彼女の愚痴で知らされた。

「ひ…!? やめ…、ごぐぁ!?」

 暴力を与えることには慣れてても受けることには慣れていない。むしろ、長年いたぶり搾取することしかできなかった老人に痛みに対する堪え性などあるはずもない。数度の打撃は彼の表皮をあっさりと粉微塵にした。

 殴り疲れたと言うよりも叫び疲れたと言った感で拳の弾幕がいきなり静まる。威厳など、かなぐり捨てざるを得ない老人は血を撒きながらかさかさと後ずさると、拘束された両腕を力一杯振り上げながら魂の籠もった絶叫を絞り出した。

「わ、わしは! お前のぁっ! 命を助けた! のだぞ!ぉっ?」

「助けてくれたのはムルタさんの方。兵器としか見なかったくせによく言うわ」

「あ…!あいつは…お前を虐待していたじゃろぉがっ!?」

「そこから救ってくれたのもムルタさんの方。じーさんの言葉が原因だったとしてもね」

 すらすら出てくるライラの言葉に感心しながら、ステラは静かに両目を細くした。

「あぁ……ぁああ…わしを、わしを殺すのか? お前の復讐のために…世界を見捨てるのか! わしを殺すと言うことはっ! そう言うことなんじゃぞぉおっ!」

 勘違いした爺が何かを言っている。彼が世界屈指の大富豪だろうと一時期世界を支配していたのだろうとそんなことは関係がない。世界という冷たいシステムは万民を無視して無自覚に流れていく。自分が世界と言い張るためにはこの老人でさえ何かが決定的に足りない。

「滅びても良いわよあたしが不幸にしかなれない世界なんて。それに、そんなシステムの事なんてマジでどーでもいいの。あたしは、あたしの全部を奪ってったアタマに来る奴の何もかもを奪ってやりたいのよ。わかるでしょ? 理屈とかじゃないの。アンタの教えてくれた価値観と同じ。てめーが快感なら他どーなろーといいのよ。むしろ他人の不幸を味わえた方が気持ちいいってのかもね?」

 ブルーノの表情筋がこの上もない恐怖を表すため盛大に引きつろうとする。ライラは一歩を踏み出した。しゃりしゃりと不気味な金属音を立て凶器の右手が拳を造る。ステラは数秒後に鼓膜に届くであろう鈍い破壊音を想像し、細めていた両目を閉じた。

「あ……ああぁ! お前のような、お前のような小娘に何故わしが殺されなければならないのかっ!? 死に損ないの裏切り者が! よくもおめおめと!」

「死に損ないだからこそ? 言ったはずだよ。力がないのが悔しかったって。やっぱり聞いてなかったっけ?」

 彼女は笑ってなどいない。それなのに甲高い哄笑が聞こえたような気がした。

「あんた達がオーブに難癖付けて戦争なんか仕掛けなかったらあたしの両親は死なずに済んだのよねー。あたしもこんな手必要だなんて思わなかったのよねー……」

 足音が、消えた。悲鳴の代わりか、がちがちがちがちと歯の鳴る音がうるさいほどに聞こえてくる。そして、足音が止まった。ステラは更に強く瞼を締め上げたが…………………来るべきはずの音が聞こえない。殺意が、巻き散らかされない……。

「………?」

 こわごわと片眼だけをゆっくり開けたステラは今まさに振り上げられようとしているライラの右手を見つけてしまった。

「家族の仇! ロゴス=I 死んで、詫びてぇっ!」

 ステラは目を見開いた。だが怨嗟の絶叫とは裏腹に振り下ろされた拳はこの上もなく弱い。やがてその指先が叩けば折れそうな老人の首筋に巻き付けられるも、やはり込められる力は、弱い。愛撫ほども込められない力、そんなものに支えられる殺意に意味はない。全くない。

 ステラは目を見開いたまま、弾かれるように視線を落とした、ライラがくずおれていく。憎むべきはずの存在に、むしろ縋り付くようにして……。泣いている。嗚咽を漏らすほど弱くはないとしても、立場を保てるほど強くもない。そんな彼女にアウルとクロトは何をするでもなく無関心を投げかけ続けていたが、ステラだけは一つ頷いてしまう自分を止められなかった。

 ブルーノは惚けた表情のままずるずると崩れていく。しかしライラはそんな様子にすら気づけず、ただただ涙が流れ落ちるに任せていた。

「絶対許せない……なのに、殺すなんて、できない……。じーさんとの、楽しかった思い出も、確かに覚えているから」

 ――殺してやるわ。

 それが本心だったとステラは思っている。だからこそ、今、出撃前に感じた暖かみの意味がわかったような気がした。

「…………かぞく……」

 その概念を、ステラは知らない。が、こうも思う。シン――ライラにとってのおにいさんとやらである彼が帰ってこなかったら、ライラはこのじいさんを殴り殺していただろうか?

「はぁ――っと! しけ込んでる場合じゃないわね」

 ステラの煩悶など知るよしもなく唐突に気勢を吐いたライラは唐突に立ち上がると唐突な命令を出した。乱暴に涙を拭いはしたが、赤く泣き腫らした目元が上に立つために大切なものを消してしまっている。それでも彼女は、外面だけでも指揮官であろうとした。

「アウル、クロト、このじじーを拘束して。他のロゴス♀イ部共にアンタら一生塀の中ってのを思いっきり思い知らせてやるのよっ!」

 これが彼女の復讐――と恩義への折衷案なのか。ステラは取り敢えず、じいさんを抱え上げる二人の後ろをとてとてついて行こうとしたが、ライラのつぶやきが足を止めさせた。

「ムルタさん……。アンタの帰る場所、あたしが壊しちゃったよ…」

 全く。みんな世話が焼ける。ステラは空など見えない天井を見上げる友人的上官殿へと歩み寄ると、その服の裾を二度ほど引っ張った。

「ん、なに?」

「にんむ、終わった。早く帰ろ」

 髪の毛にぽんぽんと掌が載せられた。

「そうね」

 その声の質は今まで聞いた覚えがないように思える。ステラは我知らず、笑みが零れていた。

説明
 アスラン・ザラは正義を行う。だが国家からの逃亡者である彼が正義を貫くため、犠牲となる者達は存在する。ラウは自分の嘆きなどものともせずに流れる世界に唾棄する思いを味わう。そしてクロは思う。「オレに価値はあるのか?」
 人など惑星に生かされる小単位。寧ろいない方が星のため。自らの存在すらそう定義する生き物達に価値などあるのか。
 心同士のぶつかる…争い。その一つの結末が。
84〜86話掲載。帰る場所、あたしが奪います。
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コメント
21巻は中心がFP組なんでクロが追い出されようがイザークが死にかけよーが前回解答本気クルーゼが出ようがマユたん万歳。実は最初「レイダー、で出るわ!」だったのがテイク・オフ化したのはルイスのせいです。00のアレはアスラン・ザラの「出る」を超えた名言。(黒帽子)
うおぁ…読解力というか想像力というか、意外と読み取ってくれまして感謝。ライラの所行、シンは悩みつつも全面肯定するでしょうがそれはクロもキラも認めない。…正義が腐ってるよ世の中ー(黒帽子)
もし、ライラがあのまま殺してしまったら、ルイスのように精神崩壊しただろうか?今回の一件で一つの目的を果たしたライラたちはこの後、どのような道を進むだろうか。(シン)
今回の一件でライラだった彼女がマユに戻れる、ってわけでもないんですよね……。生き残って復讐するのに必要だったモノが、それが終わった途端、足枷になるわけで。しかも彼女の場合、かつて自分が不幸になった事件を自らの手で再現までしてる。不憫ではあるけど、安易に許されるものなのかな。(さむ)
よかった伝わって…。あのシーン、ワンピースのよーな熱さ、よりもヘルシングのような焦燥感、で泣ける形にしたかったんですが…読み直したときどぉもしっくり来ない…〆切り無視して書き直すべきかとか作者が言ったら終わり…。心や記憶の負ばっか書いてるが、全否定しなくても、が彼女に表して欲しかったわけです(黒帽子)
許したくないし、殺したいほどの感情を持っていたとしても、それを阻むのは・・・心に残る『記憶』。それを思う暖かい感情に幼いステラは気付いた、か。ふむ、もし彼女が今マユやシンと同年代だったら親友か或いは『家族』のような存在となっていたのやもしれぬ。 (東方武神)
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