真恋姫無双二次創作 〜蒼穹の御遣い〜 第参話 後篇
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ガコン、と重苦しい機械音と共に次弾が装填された。

 

こちらへと向けられた鋼の砲口。

 

鼓膜を震わせる歯車の軋みに釣られ、得物を握る手を強めた。

 

大地をしかと踏みしめ、胴を捻りながら双碗を振りかぶる。

 

呼吸を整え、拳打を放つ為に拳を引くように、体重を僅か後方に移動させ、

 

そして、弾丸は放たれた。

 

風を裂きながら描くのは、低く鋭い放物線。

 

視認したと同時、引かせた体重を戻しながら、遠心力と共に得物を振り回す。

 

 

 

次の瞬間、小気味好い打撃音だけを残して、白球は紅夕陽の中へと舞い上がっていった。

 

 

 

深い緑のフェンスに四方を囲まれ、更に同系統色の網で小さく区切られた空間。

 

衝撃吸収板のすぐ下には、独特の形状をした五角形の白い板きれ。

 

その真向かい、丁度18.44メートル先にはひたすら白球を飛ばし続ける無骨な絡繰。

 

前者がホームベース、後者がピッチングマシンなのは最早言うまでもないだろう。

 

屋外のバッティングセンター、そのバッターボックスの一つ。

 

そこに、及川は立っていた。

 

スーツの上着と鞄は傍らにYシャツの袖を捲り上げ、裾は完全にスラックスの外に。

 

ネクタイを緩め僅かに開けた胸元は、荒くなる呼吸で小さな上下運動を繰り返す。

 

凹みや傷だらけの安物バット。

 

何度振り回したかは、もう忘れた。

 

最初から数える気も無かった。

 

札を崩し、硬貨を使い、増減を繰り返す財布の重さ。

 

会社に戻る気も失せ、

 

かといって何をする訳でもなく、

 

ただ脳裏に、胸中に、留まり続けるマイナスの感情を、100円玉と引き換えに吐き出される白球にぶつけ続けていた。

 

潰すように。

 

砕くように。

 

それでも、無為に疲労が積み重なるだけで、さして消えてはくれなかった。

 

ふいにゴトリ、と本塁を鈍く叩くバットの先。

 

力無く腕を垂れるその正面を通り過ぎる白球。

 

速度、威力、そのエネルギーを悉く相殺され、重力に従って地面を小さく跳ねる音。

 

それが終わりの報せだった。

 

「今ので、最後か……」

 

稼働を止めたピッチングマシン。

 

振り返れば、硬貨投入口の傍らに表示された、デジタル表記の『0』。

 

バットをスタンドに放り込み、上着と鞄を拾い上げ、自販機でペットボトルの緑茶を購入すると、ベンチにどさりと腰を落とした。

 

背凭れに完全に体重を預け、栓を開けて口に含む。

 

渇く喉は一先ずそれで治まっても、

 

「ふぅ……」

 

仰いだ先は無機質な天井。

 

普段は滅多に使わない筋肉まで長時間使用したせいだろう、何倍にも身体が重く感じられる。

 

他にも多からず見受けられる利用者は、ほぼ全員がこちらを気にしているようだった。

 

無理もないだろう。

 

スーツ姿の大の大人が、恐らく殆どの人間が勤務中であろうこんな時間に一人、こんな場所でぼぉっとしているのだから。

 

さて、

 

「そろそろ、時間やな……」

 

呟き、普段であれば怠惰に溺れるであろう身体を持ち上げる。

 

開いた携帯の待受けは、友人の勤務時間が終了間近である事を知らせていた。

 

移動時間を含めれば、そろそろ出て丁度いいくらいだろう。

 

「上着は……ええか。そんな寒ないし」

 

むしろ火照った身体には心地良い。

 

長い間このままでは流石に不健康だが、まぁ暫くは構わないだろう。

 

「行こか……」

 

小さく溢して、及川はバッティングセンターを後にする。

 

とある決意を、レンズ越しの瞳の奥に秘めて。

 

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見慣れた街並。

 

聞き慣れた喧噪。

 

嗅ぎ慣れた香り。

 

歩き慣れた道。

 

やがて見えて来た赤い暖簾を、ここ数年で何度見ただろう。

 

職場の図書館からさほど離れていない、有名な某居酒屋のチェーン店。

 

明確な理由は特に無いが、二人で飲む時は決まってこの店だった。

 

暖簾を潜り、幾つもの『いらっしゃいませ』を聞きながら、アイツを探す。

 

「お一人様ですか?」

 

「あ、いえ。もう一人が来てる筈なので」

 

尋ねて来る店員に断りを入れつつ巡らす視線は、やがて座敷の一つに目的の人影を見つける。

 

近付いて靴を脱ぎ、向かいに腰を落として初めて自分に気付いたらしく、及川はゆっくりとこちらを向いた。

 

「なんやかずピー、遅かったやんけ」

 

「……お前、もう出来あがってないか?結構前から飲んでただろ」

 

苦笑と共に見下ろすテーブルの上には既に何杯も空のジョッキが並んでおり、その表情も完全に紅潮している。

 

吐く息もアルコールの匂いを帯びているし、声のトーンも少々酔っ払いのそれへと変わり始めていた。

 

「ええやんけ、ワイが何を飲み食いしようが。割り勘とちゃうんやし」

 

「そりゃまぁ、そうだけどさ」

 

苦笑と共にメニューを開き、呼び出しボタンで店員を呼び出す。

 

「えっと、御飯セットと秋刀魚の塩焼き、冷奴と塩キャベツで」

 

「……何やねん、そのメニュー」

 

「何か問題あるか?」

 

「大有りや!!折角居酒屋来といてなんやねん、その超ヘルスィーな品揃え!!もっと身体に悪い高脂質、がーっと食わんかい!!っつかそもそもアルコール飲まんのかい!!」

 

「いいだろ別に、俺が何を飲み食いしようと。あ、セットの漬物は胡瓜の浅漬けで。及川は何か追加するか?」

 

「焼き鳥!!ネギ間3本、つくね2本、鶏皮2本!!あと中ジョッキ!!」

 

「まだ飲むのかよ……」

 

流石に酔っ払いは見慣れているのだろう、店員は特に動じる事も無く注文を確認している。

 

その間も及川はテーブルに並ぶ揚げ物や粉物を口に運びながら次々にビールを流し込んでいた。

 

なんて事の無い、いつも通りの風景。

 

……まぁ、ここ最近はめっきりだったので、かなり久々ではあるのだが。

 

唯一普段と違う所と言えば、弱冠絡み上戸の傾向があるコイツが、今日は延々と愚痴を溢したりしていない事だろうか。

 

そんないつものコイツの姿がほんの少しだけ、沈んでいた気分が軽くしてくれた気がして、

 

「……あの、すみません」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「やっぱり、俺も中ジョッキ追加で」

 

「お」

 

「……まぁ、折角居酒屋に来てるんだしな。少しだけだぞ?」

 

やおら嬉しそうにこちらを見る及川を見て、一刀は苦笑を溢すのであった。

 

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「うぁぁ、あったまふらふらする……」

 

「だから言っただろ、飲み過ぎだって」

 

真赤な顔で完全に自分に寄りかかる及川に呆れ混じりにそう言いながら、俺は街灯がぼんやりと足下を照らす夜道を歩いていた。

 

あの後、結局及川は更に8杯の中ジョッキを空にし、糸が切れたようにぐったりとし始めてた。

 

俺も釣られて少々飲み過ぎて、多少気分が高揚してはいるものの、コイツのように足下が覚束ない程ではない。

 

故に俺が肩を貸し、コイツのアパートまで送り届けている最中という訳だ。

 

間も無く初夏を迎えようという時機ではあるが、流石に夜も更けるとそれなりの寒さになる。

 

アルコールが入っている今の状態ですらそう感じられるのだ。

 

放っておいては風邪でもひきかねない。

 

「大丈夫か?」

 

「…………」

 

「……おい、及川?」

 

「……やば、吐く」

 

「ちょ、おいマジかっ!?」

 

「う、おぅ」

 

「ちょ、もう少し我慢しろ!!直ぐそこに公園あるから、吐くならせめてそこのトイレにしとけ!!」

 

「うぷ(片手で口を塞ぎながら辛うじて頷く)」

 

で、数分後。

 

「ほれ、水」

 

「ん、サンキュ」

 

「で、どうだ?」

 

「あぁ……吐いたら、大分楽んなったわ」

 

「ったく。だから程々にしとけって言っただろ」

 

住宅街の中、切り取られたような空間にぽつんと存在している小さな公園に、二人はいた。

 

一刀は苦笑を浮かべながら、ベンチにぐったりと身体を預ける及川にペットボトルのミネラルウォーターを差し出すと、少し間をおいてその隣に腰を落とす。

 

「ばてた身体は酔いやすい言うんはホンマなんやな。反省」

 

「ばてた?お前がか?そんなに大変だったのか、今日の仕事先」

 

「……まぁな。んなとこや」

 

コイツにしては珍しくはぐらかすような言葉。

 

気にはなったが、何故か気が引けて止めておいた。

 

「で、具合の方はどうなんだ?」

 

「大分ましにはな。もうちょい休んだら、俺ん家までぐらいなら歩けそうや」

 

「そうか……」

 

微笑を浮かべ、自分も買ってきた緑茶の封を開けて口に含み、嚥下する。

 

以降、言葉は発さない。

 

いつもそうだった。

 

及川は割と饒舌な方ではあるし、こうして二人で飲み食いする事はよくあったが、何も四六時中喋っている訳ではない。

 

むしろ、こういった無言の時間の方が長かった。

 

しかし、やはり違和感や嫌悪感は一切無くて、

 

そんな時間を、なんだかんだで俺は気に入っていた。

 

やがて5分程立った頃だろうか、及川はふいに立ち上がり、しっかりとした足取りで少し離れると煙草を咥えた。

 

背中をこちらに向けている為、表情は読めず、ジッポライターの炎が一瞬、その輪郭を真紅に染める。

 

そして、

 

「かずピー」

 

「……ん?」

 

 

 

――――――行けや。

 

 

 

それは、徐に告げられた。

 

 

 

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「…………は?」

 

呆然。

 

唖然。

 

茫然。

 

混然。

 

言葉を失い、身体は固まり、最後の言葉だけが脳内で何度も再生されていた。

 

及川は知っている。

 

俺が何で苦悩しているのかも。

 

その期限が目前に迫っている事も。

 

『行けや』

 

今、コイツはそう言った。

 

 

 

それは、つまり。

 

 

 

「……ちょっと待てよ」

 

身体から急速に熱が引いていく。

 

立ち上がり、ペットボトルを握る掌が自然と強まった。

 

そんな俺に、

 

「何を迷っとんねん。選択肢なんて、一つしかないやろ」

 

淡々と告げる声にはまるで抑揚が無くて、

 

普段のコイツからは欠片も想像できなくて、

 

「……俺に、全部忘れろってのか?」

 

距離を詰め、肩を掴んでこちらを向かせる。

 

俯いていたから、表情は読めなくて、

 

「ああ。早よ行ってまえや。時間、無いんやろ」

 

あまりにあっけない言葉。

 

ゆっくりとこちらを見上げる表情は、

 

 

 

何処か仮面のようにすら思えるような、無表情だった。

 

 

 

「……なんでだよ?」

 

疑問符が俺を埋め尽くしていく。

 

脳を締め付けとぐろを巻く蛇のように。

 

肺腑が縮こまったように竦み、呼吸が乱れる。

 

肩を掴んでいた手を力無く落ち、混乱の極みに達した思考回路はその機能を手放す寸前だった。

 

「俺は、俺は、」

 

俺は、お前の事を、

 

「忘れたない、か?華琳ちゃん達の事も、自分の事も……ワイの事も」

 

「っ、あぁ、そうだ。忘れたくない」

 

「なんでや?」

 

「なんで、って」

 

思い返す。

 

今までの時間を。

 

何もかもが信じられなくて、

 

何もかもが嫌になって、

 

何もかもを放棄したくて、

 

そんな時に、コイツは、

 

 

「俺に、話しかけてくれただろ」

 

 

嘘だ、と、

 

出鱈目だ、と、

 

皆が吐き捨てて、

 

皆が否定して、

 

そんな話を、コイツは、

 

 

「俺を、信じてくれただろ」

 

 

恩も売らず。

 

見返りも求めず。

 

妥協もせず。

 

 

「俺が、どれだけ救われたと思ってる?」

 

 

冗談染みた言葉に、

 

無意識の内に支えられていた。

 

そんなふざけたような言葉が、

 

日々を生きる糧になっていた。

 

 

「お前は、俺の―――――」

 

 

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―――――『親友』、なんだぞ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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最初にそう言い出したのはコイツの方からだった。

 

最初は欠片も信じられなかった。

 

今までの連中と同じように心の何処かで、俺を嗤っているのだろうと。

 

真面目に受け止める振りをして、俺を信じてはいないのだろうと。

 

それでも、何度でもコイツは俺の病室にやって来て、

 

今日は何があっただの、

 

今日は誰がどうしただの、

 

取り留めのない話ばかりで、

 

まるで普通の友人に対する態度のようで、

 

しつこいと突き放しても止めようとはしなくて、

 

それがいつの間にか『当然』になってきて、

 

それに居心地の良さを感じ始めていてる自分に気が付いて、

 

『ワイはかずピーの親友やからなっ!!』

 

必要無いと思っていた。

 

俺一人だけでも知っていれば。

 

俺一人だけでも信じていれば。

 

薄っぺらいと思った。

 

態度があまりに軽薄で、

 

以前から調子のいい奴だったから。

 

だが、違った。

 

そんな言動の裏には、辻褄の通る何かが確かにあって、

 

俺の中だけだった『真実』を、コイツは共有してくれたのだ。

 

だからこそ、それを忘れろというコイツの言葉が信じられなかった。

 

いや、正確には、信じたくなかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

再び漂う、しかし先程までとは明らかに違う静寂。

 

あまりにも重苦しく、あまりにもいたたまれない。

 

そして、

 

 

「……なぁ、かずピー」

 

 

怯み、挫けてしまいそうな沈黙の後、

 

 

「この7年間、自分がどないやったか、知っとるか?」

 

 

及川はゆっくりと、固く閉ざしていた口を開いた。

 

 

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「7年前。帰って来てから、ワイはかずピーのホンマに笑っとる顔、見た覚えあらへんで」

 

煙草を吐き捨て踏み躙り、

 

「ワイが言うとるんは表情だけやない、ホンマに『心から』っちゅう意味やで!!顔は笑っとっても、心は笑ってへんかった!!」

 

砕けそうなほどに歯を食いしばり、

 

「7年やぞ!?7年間ずっと、何処に行こうが、何をしようが、誰といようが、いっつもそうやった!!気付いとらんとでも思っとったんか!?」

 

気圧され空き始めた距離を瞬時に詰められ、

 

「ワイは悔しかった!!ワイがどんだけ笑わそう思ても、いっつも心ここにあらずで、いっつもどっか遠くを見とって、それがもどかしゅうてもどかしゅうて堪らんかった!!」

 

締め上げるように胸倉を掴まれ、

 

「行きたかったんちゃうんかい!?逢いたかったんちゃうんかい!?ほんなら行けばええんとちゃうんかい!!ワイの事なんざ、どうでもええやんけ!!」

 

叩きつけるような、殴りかかるような、普段の彼とは寸分たりとも結び付かない、荒々しい声で、

 

 

 

「『ワイを忘れたない』そんな理由でここに残って、ずっと偽モンの笑顔見せられて、ワイが喜ぶ思うんかい!!」

 

それは、楔のように突き刺さった。

 

 

 

「そんなん嬉しないわ!!ワイのせいや言うとるんも同然やんか!!何も嬉しないわ!!何も、嬉しないわ……」

 

最早、微動だにすら出来なかった。

 

「記憶失うんが怖いんやろ!!そんだけやろ!!それをワイのせいにすんなや!!世の中そんな甘ないんじゃボケェ!!」

 

言葉を発することすら忘れていた。

 

ただ一つ、胸中を占めていたのは、

 

 

 

親友の憤怒の形相が、何処か泣き顔のように見えた事だった。

 

 

 

突如、胸元は解放され、左腕を引っ張られる。

 

袖を捲られ、現れるのは真白の包帯。

 

「何の為に、この傷負ったんや……?」

 

その下には未だに時折疼きを感じる、斑点状の赫い痕。

 

「何の為に、自分を磨いとったんや……?」

 

その度に、思い出すのは、

 

 

 

「何の為に強なったんや、北郷一刀っ!!」

 

 

 

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月下。

 

水音。

 

排除。

 

世界。

 

消去。

 

視界。

 

人影。

 

背中。

 

覇王。

 

少女。

 

そして、

 

 

 

―――――『一刀っ』

 

 

 

巡る心象。

 

響く幻聴。

 

蘇る記憶。

 

滲む視界。

 

 

 

そうだ、俺は――――――

 

 

 

なぜ。

 

なんで。

 

どうして。

 

どうなって。

 

こんなに大切なのに。

 

こんなに大切だったのに。

 

こんなに簡単なのに。

 

こんなに簡単だったのに。

 

こんなに単純なのに。

 

こんなに単純だったのに。

 

こんなにも、

 

こんなにも俺は、

 

 

 

「俺は、君に逢いたかったんだ……華琳」

 

 

 

「気付くんが、遅いっちゅうねん…………」

 

離された左腕。

 

地に着く両膝。

 

その傷を包帯を上から抑えて、

 

閉じた瞼の隙間から零れる雫。

 

頭上から再び、煙草の灯る音がした。

 

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どれほど経ったのだろう。

 

五分程度なのか。

 

三十分以上なのか。

 

天井はその漆黒を色濃くするのみで、時の移ろいを読む事は出来ない。

 

ベンチに腰掛けるその隣で、親友はそんな空を見上げながら、ベンチの肘掛に寄りかかって紫煙を昇らせていた。

 

「……及川」

 

「あん?」

 

『ごめん』

 

そう言い掛けて、止めた。

 

謝罪ではなく、

 

自分が言うべきなのは、

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

言い残し、立ち上がる。

 

返事はない。

 

きっとないだろうから。

 

そのまま振り返らず、公園を出ようとして、

 

「……かずピー」

 

「……何だ?」

 

「ん」

 

突如放られる何か。

 

受け取ったそれは、容易に掌に収まってしまう小さな箱型の着火装置。

 

ジッポライター。

 

漆黒の中に白銀の焔が刻まれた、愛煙家の必需品。

 

「持ってけ。餞別や」

 

表情は読めない。

 

彼がこちらを向かないから、というのもある、

 

だが、何処となく、今の彼の表情を読んではならないと思っている自分がいた。

 

「……あぁ。有難く、受け取っておくよ」

 

「……おぅ」

 

故に、全てを呑みこんだ。

 

餞別を返すのは野暮というものだ。

 

 

 

 

 

それに、恐らくこれが今生の―――――

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

交わす言葉はない。

 

 

その必要が無い。

 

 

長い沈黙。

 

 

しかし、不満や不自然さはない。

 

 

更けた夜空に停る雲の切れ間に、

 

 

西へと落ちる月が優しい輝きを放っていた。

 

 

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あらぁん、ご主人様お帰りなさい、遅かったわねぇん?

 

 

―――――あぁ、うん。まぁ……色々あってさ。

 

 

……いい顔になったわねん。決められたのかしらん?

 

 

―――――あぁ。俺は、華琳の元に『帰りたい』

 

 

……本当にいいのねん?

 

 

―――――あぁ。……ただ、あともう少しだけ、待って欲しい。

 

 

あら、どうしてかしらん?

 

 

 

 

―――――最後にもう一人、会っておきたい人がいるんだ。

 

 

 

 

(続)

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後書きです、ハイ。

 

更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。

 

徹夜明けなので意識が朦朧としております(及川の関西弁とか、おかしかったら御免なさい)。

 

故に大した事も書けそうにありません。

 

なので、要点だけ纏めますね。

 

現在の俺⇒(((( ;T∀T)))アヒャヒャヒャヒャ

 

 

 

導き出した答え、いかがでしたでしょうか?

 

一刀が情けないだろうと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、人ってそんなに強くないものだと思うのです。

 

例えば、断崖絶壁の端に立たされ、それを背後から突き飛ばされる。

 

よく刑事もののドラマなんかで見ますが、ああいった窮境に追い込まれると、人間は冷静な判断力を失うそうです。

 

少々例えが遠くなってしまっているかもですが、要はそういう事。

 

遺伝子学的にも、精神的な強さは女性の方が強いそうです。

 

月日に想いを押し流され、突如迫られた選択。

 

居場所か。

 

記憶か。

 

もし貴方だったら、どちらを選びますか?

 

 

 

 

 

…………モ○ハンが面白過ぎるのもいけないんだ(ボソリ)

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「……行ったか」

 

呟きは煙に混じり、虚空へと消えてゆく。

 

「ふぅ、やれやれ。これでやっと肩の荷が下りたなぁ」

 

言葉とは裏腹に、表情は決して優れてはない。

 

むしろ、

 

「…………」

 

どんな暮らしをしていても、生きていればそれなりに辛い目には遭うものである。

 

その大小の評価を下せるのは渦中の本人だけであり、それを推し量る定規も人それぞれである為、結果的に言えば他人が他人の苦難を理解する事は不可能である。

 

自らの行動が他人に及ぼす影響など、それこそ心中を盗み見るような真似が出来ない限り、知る由もない。

 

なのに、

 

「アイツの事、悪ぅ言えんわな……」

 

先程の自分はこう言ったのだ。

 

『これだけしてやってるのに、お前は何故笑わないんだ?』と。

 

なんと恩着せがましいことだろうか。

 

彼がどれほど悩み、どれほど苦しんでいたかなど、彼自身にしか解らないというのに。

 

目標が無かった。

 

特に目指したいものも、なりたいものも。

 

ただ一時の快楽の為に、日々を無為に過ごしていた学生時代。

 

そんな夏のある日、友人が変貌を遂げていた。

 

今でもはっきりと覚えている。

 

まるで戦場でも駆け抜けてきたかのようなボロボロの制服。

 

纏う空気も何処か凛として『生まれ変わった』というのはこういう事なのか、と思った。

 

周囲にとってはそれが異端であったとしても、

 

「ワイは、それに憧れたんや……」

 

羨ましかった。

 

理由がなんであれ、

 

言動がなんであれ、

 

自分を高める事に必死で、

 

日々を懸命に生きていて、

 

それが、とても眩しかったのだ。

 

そんな彼の傍にいる事で、自分もそうなれるような気がしていたのだ。

 

「笑える話やんな……んな訳あらへんっちゅうのに」

 

事実、彼はずっと悩み、苦しんでいた。

 

届かないと解りながらも、延々と手を伸ばし続けていた。

 

その度に打ちひしがれ、

 

それでも止めようとはしない。

 

そんな彼に『親友』という立場を半ば強引に押し付け、

 

彼の傍に居る事で満足を得ようとし、

 

あまつさえ、彼の苦悩を増やしてしまうという結果を齎してしまったというのに。

 

見上げた先、電灯の光に飛来する蛾の群れ。

 

彼等は元々、夜の月明かりを頼りに飛んでいるという。

 

月を自分に対して同じ位置に見ながら飛ぶ、というのが彼等の習性らしい。

 

ところが、人間がそこかしこに光源となる光を作ってしまい、その光を頼りに飛んでしまう為、その周りを延々と回りながら光に近寄っていってしまうそうだ。

 

人工の光を月だと思い込み、やがてその光が偽物だと知った時、彼等もまた同じように負の感情を抱くのだろうか。

 

なのに、

 

「『俺がどれだけ救われたと思う?』か……」

 

先程の彼はこう言ったのだ。

 

『そんな自分に救われたのだ』と。

 

学校を卒業し更に広い社会での生活が始まって、

 

他人の御機嫌伺いを繰り返して、

 

愛想笑いで頭を下げるのが当然で、

 

勤務成績を伸ばす事が全てで、

 

何時しか逃避の為だったアルコールやニコチンにも強くなって、

 

それでも、自分が立ち止まらずにいられたのは、

 

 

「ワイが救っとったんやない……」

 

 

そんな彼を知っていたから。

 

 

「ワイの方が救われとったんや……」

 

 

そんな彼を見て来たから。

 

 

「礼を言わなアカンのはワイの方なんや……」

 

 

ずっと力を分けてくれて、

 

 

ずっと心を支えてくれて、

 

 

「ありがとうな、一刀……」

 

 

虚しく落ちた、煙草の燃え滓。

 

 

砂粒のような儚い炎は、降り注ぐ雨粒で沈下された。

 

 

しかし、空に星々を遮るような雨雲は一つとして無く、

 

 

閑散たる住宅街の小さな公園は、一人の男の感情を隠す最後の仮面となったのであった。

 

 

 

説明
投稿45作品目になりました。
拙い文章ですが、少しでも楽しんでいただけだら、これ幸い。
いつもの様に、どんな些細な事でも、例え一言だけでもコメントしてくれると尚嬉しいです。
では、どうぞ。
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コメント
nanoさん、コメント有難う御座います。どうぞ、思う存分泣いてやって下さい。(峠崎丈二)
及川がいい奴すぎて泣けてくる (´;ω;`)(nano)
無双さん、コメント有難う御座います。及川の苦悩、そして決意。彼はきっとふざけているように見えて、心の中では誰よりも考えているような、そんな奴だと俺は思うのです。そしてこういう時、自分の願望ではなく、他人の願望を後押しできる奴だと思ったのです。(峠崎丈二)
及川・・お前・・(;−;)なんてイイやつなんだ。(無双)
O-kawaさん、コメント有難うございます。『春恋』は未プレイなんですが、彼は公式で唯一(?)の一刀の友人ですからね。どういうキャラかは知ってましたけど、結構俺流に補正が加わっています。気になった人はどうぞ『春恋?乙女』をチェック。(峠崎丈二)
及川ぁぁぁぁぁぁぁ!真ではリストラされたけど良いキャラだよなぁ・・・。(O-kawa)
永賛さん、コメント有難うございます。最初はそれを考えなくもなかったんですけどね、それでは一種の依存になってしまうような、そんな気がするんです。それでは結局、二人は本当の意味で『親友』にはなれなかったのでは、と思うのですよ。(峠崎丈二)
及川ー!!(マジ泣) ifで一緒にいくのもアリなんじゃとか思ってしまいました。(永賛)
うたまるさん、コメント有難うございます。それは大丈夫です。なんたってあの漢女がいますからwwww(峠崎丈二)
とうとう、あの世界へ行くんですね。 これで実は行けないなんて事になったら、呪いのコメントを残してあげましょう(ぉぃぉぃw(うたまる)
きのすけさん、コメント有難うございます。実は、彼の出番はこれで終わりでは―――――(峠崎丈二)
scotchさん、コメント有難うございます。どうぞ つ[ティッシュ](峠崎丈二)
森羅さん、コメント有難うございます。気付けばこんなにカッコよくなってましたwwww(峠崎丈二)
ZEROさん、コメント有難うございます。前述の通り、かなり俺流の要素が加わっているのですが、そう言っていただけると非常に嬉しいです。人は弱く、しかしだからこそ強くなれる。今更ながら、彼もまた第一歩を踏み出したのです。(峠崎丈二)
この及川には幸せになってほしいなぁ(きの)
及川・・・(´;ω;`)(scotch)
及川・・・漢だぜ!!(森羅)
及川がかっこいい!背中で語れみたいな感じがしますね。 どっちも本当に大切なら悩むのは当然だと思います。次も楽しみにしています。(ZERO&ファルサ)
↓の続き)ミネラルウォーター×1、緑茶×1です。解りにくくてスミマセン……orz(峠崎丈二)
砂のお城さん、コメント有難うございます。自分の得意な(?)書き方なので、導入はいつもこういう風に書く事が多いですね。及川はかなり俺流になってますが、彼女達が一刀に生き方を教えてくれたように、一刀もまた彼に生き方を教えていた、という感じですかね。いつも感覚的に書くので、どうも説明不足になりがちですが、お分かり頂けたかなぁ、と。(峠崎丈二)
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