真・恋姫無双 魏F その3
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真・恋姫†無双 魏Future

 

 

 

 

§1/曹魏の娘(後編)

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 風と咲が中庭を通りかかる。と、そこには数人の姿があった。

 

 色違いのチャイナ服を着た長身の女性が2人と、まだ少女と言っても通りそうな女の子が1人。

 

 長い黒髪をオールバックにした赤いチャイナ服の女性が、魏最強の武人である夏侯惇――春蘭。

 

 喪った左目を覆う蝶の眼帯はさりげなくマイナーチェンジが施されている。

 

 そして、その隣に立つ水色の髪の女性が、春蘭の妹、夏侯淵――秋蘭だ。

 

 右目は前髪で隠されていて、姉と同じ濃赤の瞳は片方しか見ることができない。

 

 最後の1人は、王の親衛隊長である許緒――季衣。

 

 桃色の髪をショートに切り揃え、額を出すように前髪を青いカチューシャで留めている。

 

 ホットパンツとノースリーブシャツという服も相まって、見るものに非常に活発な印象を与えた。

 

 この3人がここで何をしているのかと言うと――

 

 秋蘭と季衣を従え、春蘭は掌サイズの球体――鞠をお手玉している。

 

 数は……動きが早すぎて数えられないが、結構多い。

 

 色取り取りの鞠が空中を舞う様は、中々壮観だった。

 

「よしっ。季衣、それを追加だ!」

 

「わかりました、春蘭様!」

 

 季衣が、両手に持っていた鞠を新たに2つ、春蘭の手元に投げ込む。

 

「よっ、ほっ、とっ」

 

 一瞬挙動が乱れるものの、春蘭は増えた鞠を見事に加えてくるくる回す。

 

 武将と言うよりは大道芸人のような姿だ。

 

 実はこれ、一刀の置き土産である。

 

 一刀は、自らが消えるのではないかと思ってから、自分の知識をできるだけこの世界に残そうとした。

 

 それは、社会制度や政策、料理や文化など多岐にわたったが、中には特定の個人に向けられたものもあった。

 

 例えば、霞に残されたものには、天の国における旅客職業――ツアー旅行などが説明されていた。

 

 そして、『戦いが無くなったら道化になる』と言っていた春蘭には、一刀の知る道化師についての情報が書かれていたのだった。

 

 内容は、頭を使うことが苦手な春蘭には、意図的に笑いを取るような芝居は難しいだろうということで、クラウン、あるいはピエロではなく、ジャグラーと呼ばれるものだ。

 

 春蘭がやっているのは、基本的なトスジャグリングという技である。

 

 咲と風が近づいていくと、最初に秋蘭がそれに気がついた。

 

「お帰りなさいませ、咲様」

 

「咲様、おかえりなさーい」

 

「ただいまです、夏侯淵様、許緒姉様」

 

 季衣を交えて挨拶を交わすが、鞠の動きに集中しているのか、春蘭はそれに気づかない。

 

「姉者、咲様だ」

 

「うん? あ、咲様!」

 

 春蘭に促されてようやく気づいた春蘭が、隻眼を瞬く。

 

「いかがですか! この鞠さばきは!」

 

「相変わらず凄いです! 一体、いくつ投げているですか?」

 

「それはっ……それは、えーと……季衣、いくつだ?」

 

「え? ボクも数えてないですよ」

 

「何!? それでは咲様に教えて差し上げられないではないか!?」

 

「落ち着け姉者。10個だ」

 

「おお、助かったぞ秋蘭! 咲様、10個だそうです」

 

「わ、10個も。前より増えてないですか?」

 

「実はですねー、春蘭ちゃんは3日ほど前に2桁回せるようになったんですよ」

 

「その通りだ、風!」

 

 自慢げに胸を張る春蘭。

 

「そうだ、姉者。私たちに新しい技を見せてくれるのだろう?

 華琳様の前に、咲様にも見ていただいたらどうだ?」

 

「それはいい考えだな、秋蘭! どうでしょう、咲様」

 

「あ、見てみたいです!」

 

「わかりました!」

 

 春蘭は勢い良く頷き、鞠を手元に回収する。

 

「よし、季衣、私の助手をしてくれ」

 

「助手、ですか? いいですよー」

 

 手招きする春蘭に、季衣がてくてくと近寄る。

 

「まずは、これを」

 

 春蘭が取り出したのは、1つの赤い果実。

 

 それと、季衣の頭の上に乗せる。

 

「林檎、か。姉者、一体何をするつもりだ?」

 

「うむ、先日華琳様に数を増やすだけでは芸がないとお叱りを受けたのは秋蘭も知っているだろう」

 

「あぁ。2桁投げられるようになったと自慢しに言ったときだったな。

 当てが外れて涙目の姉者は実にかわ……いや、それで?」

 

「私は一刀の残していった『めも』を探し、華琳様に楽しんでいただくための新しい技をみつけたのだ。

 短剣投擲と言って、人の頭の上に乗せた林檎に短剣を投げて突き刺す、という技だ!」

 

「え……」

 

 春蘭の説明を聞いて、季衣が顔を引きつらせる。

 

「もしかして、ボクが投げられるんですか……?」

 

「そうだぞ」

 

 当然のように頷く春蘭。

 

「だが、短剣を探していたら、桂花に『使い慣れないものは危ないから止めなさい』と止められてな。

 だから、これを使うことにした」

 

 そう言って、取り出したのは春蘭愛用の大剣、七星餓狼。

 

「これをこう、振って、林檎だけを切るのだ」

 

 剣を振る真似をしながら、春蘭が言う。

 

「あの、春蘭様……練習とか、しました?」

 

「あっはっは、私が何年これを使っていると思っている。練習などしなくても問題ないだろう!」

 

「問題ありますよ! 春蘭様、いっつも一刀両断じゃないですか!」

 

「季衣の言うことも一理あるな。姉者、取り合えず一度、素振りをしてみてはどうだ?」

 

「まぁ、秋蘭がそう言うなら」

 

 春蘭はしぶしぶ頷き、季衣の横を刃が通るように七星餓狼を構える。

 

「では行くぞ! はぁぁぁぁぁぁっ!」

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 大上段から七星餓狼が振り落とされ、ぴたりと止められる。

 

 その場所は、林檎を明らかに通り過ぎていた。

 

「季衣ちゃんの頭が真っ二つになるところでしたね」

 

「姉者……」

 

「春蘭様……」

 

「夏侯惇様……」

 

「あ、あれ?」

 

 4人にじとーっとした目で見られ、春蘭が首を捻る。

 

「い、いや、今のは練習だ。本番は上手く行くはずだ!」

 

「む、無理ですよぅ!」

 

 七星餓狼を持ち上げる春蘭から、季衣が逃げ出す。

 

「待てい!」

 

「ボク死んじゃうよ!? 流琉ー! 助けてー!」

 

 追いかける春蘭から、親友の名前を呼びながら必死に逃げる季衣。

 

 それでも頭の上の林檎を落とさない辺り、かなりのバランス感覚だ。

 

「……ふむ」

 

 何事か考えていた秋蘭は、1つ頷き、

 

「姉者、少し待て」

 

 言うが早いか、秋蘭は愛用の弓を取り出して矢を番える。

 

「季衣、動くなよ」

 

「え……秋蘭さ――」

 

 ヒュン!

 

 鋭く風を切る音が響き、季衣の頭の上にあった林檎を、秋蘭の放った矢が射落とす。

 

「こんなものか」

 

 と、秋蘭。

 

 季衣は、青くなって地面に座り込んだ。

 

「季衣! どうして私からは逃げるくせに秋蘭の矢は避けんのだ!」

 

「えぇ!? ボクが怒られるの!?

 逃げる暇なんて無かったですよ! それに、秋蘭様は魏一の弓の名手じゃないですか!」

 

「姉者、そういうことだ」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「姉者がやろうとした技は、私の領分ということだ。

 それに、華琳様は弓も使われる。撃ち落しても別に驚かれはしないさ」

 

「な、なるほど……」

 

「姉者にはもっと、姉者向きの技があるはずだろう」

 

「そうか! よし、もう一度一刀のめもを探すぞ!」

 

 そう言って、春蘭は城の中に走りこんでいく。

 

「あ、待ってください、春蘭様ぁ!」

 

 その後を、季衣が追いかけていった。

 

「上手いこと誤魔化しましたねー」

 

「いつの間にか、弓の技の話に摩り替えられていたですよ」

 

「放っておくと、さすがに季衣が危険だったので。お騒がせしました」

 

 秋蘭が咲に頭を下げる。

 

「いえ、許緒姉様が無事でよかったですよ」

 

「でも、あの2人だけだと心許ないですねぇ。

 次は人体切断だ! とか言い出しかねませんし。

 秋蘭ちゃん、悪いですけどお目付け役を頼めませんか?」

 

「……そうだな。私も行くとしよう」

 

「よろしくお願いしますです」

 

「御意」

 

 秋蘭は一礼すると、先に行った2人を追いかけていった。

 

「いやぁ、嬢ちゃん。大変な目に遭ったな」

 

「そうですね、宝ャ君。でも、私はこういう賑やかなの好きですよ」

 

「……相変わらず、ナチュラルに宝ャに返事をなさいますね」

 

「なちゅらる?」

 

「天の国の言葉で、普通に、という意味だそうです。お兄さんに教わりました」

 

「父様に? 程c様、他には何か知らないですか?」

 

「そうですねー、天国語には数え役萬☆姉妹が詳しいんですけど、今は蜀で大陸横断ツアーの真っ最中ですからねぇ。

 他に風が知ってるのは――」

 

 そんな話をしながら、2人は城の中へと入って行った。

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「あー! 咲様、発見なの!」

 

「おー、おったおった!」

 

 廊下を歩いていると、慌しく走ってくる女性が2人。

 

 1人は于禁――沙和。一応都の警備隊の小隊長だが、それ以上に天国事業――一刀が残したメモに基づく様々な事業――の服飾局長として活発に活動している。

 

 自他共に認める魏のファッションリーダーであり、朝と夜では髪型や服装が変わっているほどである。

 

 今は、明るい茶色の髪を頭の上に結い上げるたり巻いたりして、盛り髪というスタイルを作っていた。

 

 若草色の瞳にかかる大きな丸眼鏡がチャームポイントである。

 

 そして、その後ろに続くのは同じく警備隊小隊長兼天国事業技術開発局長の李典――真桜――だ。

 

 薄紫色の髪は無造作に後ろで2つに束ねられ、拡大鏡を並べたゴーグルを額にかけている。

 

 ベルトには無数に工具がぶら下がっていて、ぶつかってガシャガシャと音を立てていた。

 

「そういうわけで、咲様は借りていくの!」

 

「大将の命令やから心配せんでええでー」

 

「わ、わわわ、あわわぁぁぁぁぁ」

 

 沙和と真桜が咲の手を取り、そのまま走って行く。

 

 2人は咲を連れて嵐のように去って行き、廊下には風一人が残されていた。

 

「ふむ、これは風が職務放棄をしたことになるのでしょうか?

 ですが、真桜ちゃんが華琳様のご命令と言っていたのですから、大丈夫と思うべきでしょうか」

 

 呟いてみる風だが、当然返事はない。

 

「……ぐぅ」

 

「寝るな!」

 

「おおっ。誰もいないかと思いきや、稟ちゃんがいるではないですか」

 

「いるではないですか、ではありません。風を探していたんです」

 

 呆れた口調でそう言い、青い目にかかる細い眼鏡の位置を直したのは、魏の軍師である郭嘉――稟。

 

「おや、何かありましたか?」

 

「何をとぼけたことを言っているんです。あるに決まっているでしょう!」

 

 やれやれと首を振ると、こげ茶色の髪がさらさらと揺れた。

 

「会場設営の仕事を抜け出して、何をしていたんですか」

 

「ちょっと息抜きをしようとしただけだったんですけど、桂花ちゃんに用事を頼まれてしまいましたので」

 

「用事? 全く、桂花にも困ったものです。

 仕事がある風に、そんなことを押し付けるとは」

 

「まぁ、風も説明しませんでしたから。

 それに稟ちゃん、その用事というのは咲様を部屋までお送りすることだったんですよ?」

 

「え? 咲様を」

 

「はい。良かったですねー、稟ちゃん。

 そんなこと、なんて、もしも華琳様に聞かれていたらお仕置きでしたよ。

 華琳様、あれで結構咲様には甘いですからねぇ」

 

「お、お仕置き……華琳様が、私に、お、おしおきをっ」

 

 鼻を押さえて、ふらりとよろめく稟。

 

 体質なのか、鼻血を出しやすい性質なのである。

 

 が、ここ8年で多少は改善されたのか、一筋の血が滴るだけで耐え切った。

 

 昔はアーチを描くほどに吹き出していたのだから、大した進歩だ。

 

 余談だが、念願叶って華琳と夜を共にすることもできたらしい。

 

「はい稟ちゃん、ふきふきしましょうねー」

 

 紙を取り出した風が、稟の血を拭き取る。

 

「すみません、風」

 

「いえいえ、それは言わないお約束ですよ。では、風はこれで」

 

「待ちなさい」

 

 踵を返した風の肩を、稟ががっしりと掴む。

 

「設営はまだ残っています。いえ、これからが本番と言ってもいいでしょう。さぁ、行きますよ」

 

「あーれー」

 

 風は、稟の手によって後ろ向きに引きずられながらどこかへ連行されて行くのだった。

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 一方、沙和たちに連れ去られた咲はと言うと。

 

「咲様、ついたで」

 

「ここ、私の部屋ですよ?」

 

 咲が連れてこられたのは、自分の部屋だった。

 

 しかし、部屋のど真ん中に、見覚えの無い巨大な木箱がある。

 

(この箱は……?)

 

「咲様、ちょっと頼みごとしてええか?」

 

「あ、はいです。何ですか?」

 

 真桜に声をかけられ、箱から意識を移す。

 

「服脱いで欲しいんやけど」

 

「………………はい?」

 

 と、耳を疑う咲。

 

「だーかーらー、服を脱いで欲しいの」

 

 沙和に言い直された。が、内容は変わっていない。

 

「ど、どうして脱ぐんですか!?」

 

「あ、それを説明するのを忘れてたの」

 

 沙和はぽんと手を打つと、箱に歩み寄り、その蓋を開いた。

 

「じゃーん」

 

 中から出てきたのは、大量の服だった。

 

 夏侯姉妹のようなチャイナ服から洋風のドレスにゴスロリ服、和服まである。

 

 サイズは小さく、子供用だ。

 

「わぁ、どうしたんですか。こんなに沢山」

 

 やっぱり女の子。沢山の衣装に、咲が目を輝かせる。

 

「いやー、華琳様に頼まれて沙和と一緒に作ったんやけどな」

 

「母様にですか?」

 

「そうや。今日までに仕上げて欲しいって言われたんや。

 でも、この前作った全自動裁縫機のおかげで思たより作業が進んでな。作りすぎてもうたんや」

 

「真桜ちゃん、あれはまだ全然全自動じゃないの」

 

「まぁそうやけどな、でも効率はあがったやろ?」

 

「それは確かにそうなの。

 って、そんなことはどうでも良くて、だから、どれが咲様に一番似合うか決めに来たの」

 

「そうだったんですか。わざわざありがとうです」

 

「かまへんよ。何か作るんは楽しいしな。咲様のもんならなおさらやし」

 

「そういうことなの。

 だから咲様、服を脱いで欲しいの」

 

「そういうことなら、わかったです」

 

 咲は頷いて、服に手をかけた。

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 咲が沙和たちに着せ替えられている頃――

 

 城内のある部屋で、2人の女性が向き合っていた。

 

 机の前に立っているのが、桂花。

 

 そして、机を挟んだ反対側で椅子に座っている女性こそ、この国の王。

 

 曹操――華琳――である。

 

 真っ直ぐに背中に流された艶やかな金髪に蒼玉の瞳。

 

 身長は立ち上がれば桂花より少し高いが、開いた服の胸元に見える部分は、悲しいかな、それほど成長を見せていないようだった。

 

 よく言えばスレンダーな美女。悪く言えば貧乳である。

 

 桂花が貧乳たちを集めた組織を作り上げる外史というものが存在するかもしれないが、この世界では無縁の話なのだった。

 

 閑話休題。

 

 ここは華琳の部屋。そして、2人の間の机には、1枚の紙が置かれていた。

 

 その紙には、漢字が2文字書かれている。

 

「本当に、よろしいのですか?」

 

 紙を見下ろして、喜びと困惑の混ざった複雑な顔で桂花が問いかける。

 

「ええ。これでいいのよ」

 

「ですが、華琳様の華の方が……」

 

「私は、桂花の花を使いたいのよ。あなたにはその権利があるわ。

 彼女はみんなにとっても娘同然の存在なんだし、おかしくも無いでしょう」

 

「しかし――」

 

「くどいわよ、桂花」

 

「……申し訳、ございません」

 

 華琳は王にして主君。

 

 強く出られると、桂花には是非も無い。

 

「あ、いえ……」

 

 華琳にもそんな方法で受け入れさせるつもりはなく、わずかにばつの悪そうな表情を浮かべた。

 

 その表情はすぐに隠され、華琳は、桂花の目を真っ直ぐに見て話し始める。

 

「桂花。私は、あなたに感謝しているの。

 一刀がいなくなってしまった後、あの忙しい状況でこの国が回っていたのはあなたのおかげだわ」

 

「そうですね。あの頃の私は、あの男が嫌いで、いなくなったことを喜んでさえいましたから」

 

 苦笑を浮かべて、桂花が頷く。

 

「それに、あなたが希望を教えてくれたから、私は――私たちは立ち直ることができた」

 

「私が言わずとも、華琳様は気づかれたはずです。と言いますか、気づかない方が無理です。

 それに、それがなかったとしても、華琳様なら立ち直られたと思います」

 

「そうね。そうかもしれないわ」

 

 頷く華琳。

 

 だが、桂花の言葉が正しかろうとそうでなかろうと、関係はないのだ。

 

「でも、あのときの私は、確かに桂花に助けられた。その後も、ずっと――。

 だから、私はそれに報いなければならない……報いたいのよ。

 お願いよ、桂花」

 

「う……」

 

 桂花は言葉に詰まった。

 

 大陸の覇王らしからぬ不安げな表情。

 

 夏侯姉妹も知らないであろう、自分と、おそらく一刀だけが知っている、華琳の一面。

 

「……わかりました。華琳様がそこまで仰るのなら」

 

「そう。ありがとう」

 

 ほっと息を吐く華琳。

 

 桂花は、いつもの華琳様もいいけど、こっちの華琳様も可愛らしい――などと思いながら華琳を見つめる。

 

 華琳は気恥ずかしそうな表情になり、

 

「な、何よ?」

 

「いえ、何も」

 

「そ、それなら話は終わりよ! 準備の監督でもしてきなさい!」

 

「わかりました、華琳様」

 

 桂花は華琳の前を辞し、扉へと向かう。

 

「ところで、桂花」

 

 桂花が退室しようとしたとき、華琳が、思いついたように声をかけた。

 

「何でしょうか?」

 

「あなた、あの頃は一刀が嫌いだったと言ったわよね? 今はどう思っているの?」

 

「な……っ」

 

 桂花は絶句。頬に見る間に血が上っていく。

 

「華琳様っ、ご存知のことをわざわざ聞かずとも!」

 

「いいじゃないの。ほら、言ってみなさいよ」

 

 心底楽しそうに、華琳が促す。

 

「う、うぅ〜」

 

 桂花は、涙目で唸り、

 

「わ、わかりました! 言えばいいんですね!?」

 

 やけになったように、そう言った。

 

 そして、消え入るような声で、ぼそぼそと、呟く。

 

「あいつは…………一刀は……大切な、人間です。

 いえ、認めたくなかっただけで、本当はもっと前から……」

 

 語尾は掠れるように消えてしまって聞き取れない。

 

 けれど、華琳は満足そうに微笑み、頷いたのだった。

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 太陽が沈み、夜が訪れる。

 

 咲は、真桜たちに言われ、自分の部屋で椅子に座っていた。

 

 咲が着ているのは、真っ白なドレス。

 

 素材はシルク――つまり絹だ。

 

 スカート丈は長く、ホルターネックになっていて胸元や背中は大きく露出している。

 

 袖は無いが、肘から手首までを装飾布が包んでいた。

 

 上衣だけを見ると、どことなく華琳のものと似た印象がある。

 

 トントン、と扉がノックされる。

 

「はい?」

 

 咲が扉に駆け寄って扉を開く。

 

 すると、そこには華琳が立っていた。

 

「母様?」

 

「迎えに着たわよ、咲」

 

「迎えに……?」

 

「行けばわかるわよ。ついて来なさい」

 

「あ、はいですっ」

 

 華琳は、さっさと廊下を歩き出す。

 

 状況はわからないまま、咲は、取り合えず華琳の後ろについて行った。

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 咲が連れて行かれたのは、王城の中枢である玉座の間だった。

 

 扉の前まで来ると、華琳は咲の後ろに下がる。

 

「咲。あなたが開けなさい」

 

「はいです」

 

 状況がわからず、もう流されてしまうことに決めた咲は、素直に頷いて扉に手をかける。

 

 そのとき、

 

「あー! ちょっと待ってください!」

 

 背後からそんな声がかかり、緑色の髪と琥珀色の瞳の少女が大急ぎで走ってくる。

 

「あ、典韋姉様です」

 

 と、振り向いた咲が呟く。

 

 元華琳の親衛隊で、今は台所を戦場にする天国事業料理局長、典韋――流琉――である。

 

 身に着けているのは、白と黒のシックな色合いのミニスカエプロンドレス。

 

 走る勢いで翻るスカートの裾から、スパッツに包まれた太股が見え隠れする。

 

 髪型は彼女の親友である季衣と同じだが、前髪を留めているカチューシャにはレースの飾りが付いている。

 

 また、季衣よりも少し髪が長く、見た目だけなら蜀の侍女長に少し似ている。

 

 流琉は、手に巨大な盆を抱えていて、その上には何故か料理が山盛りになっている。

 

 いかにも重そうなお盆を軽々と抱えている姿は、さすが元武官である。

 

「す、すみません、華琳様。これで最後ですから」

 

「危なかったわね……急ぎなさい」

 

「はい! 咲様、もうちょっとだけ待って下さいね」

 

 扉を開けて、流琉が中に入る。

 

 咲は、ついその隙間から中を覗こうとしたが、後ろにいた華琳が素早く目隠しをしたために、見ることはできなかった。

 

「母様、離して欲しいですよ」

 

「まだダメよ。もうすぐわかるから、待ってなさい」

 

「……はいです」

 

 中からはしばらく物音がしていたが、やがて、静かになる。

 

「華琳様、準備できました」

 

 部屋の中から、流琉の声。

 

 華琳は、目隠しをしていた手を離す。

 

「さぁ、もういいわよ」

 

 華琳に促され、咲は扉を押し開く。

 

 その瞬間――

 

 パンパンッと、連続して破裂音が響き、小さく切られた色紙が舞い散った。

 

「わわっ」

 

 声を上げて、目を瞬く咲。

 

 飾り立てられた玉座の間には大きな机が持ち込まれ、その上には沢山の料理や菓子が並べられて立食パーティの体裁をとっている。

 

 そんな部屋で咲を出迎えたのは、手に真桜特製クラッカーを持った重臣の面々だった。

 

 春蘭、秋蘭、桂花、季衣、流琉、凪、真桜、沙和、稟、風、霞。その全員が揃っている。

 

 彼女らを代表して桂花が前に進み出る。

 

「咲様、おめでとうございます」

 

「え、っと……?」

 

 どうして祝われているのかわからず、困惑する咲。

 

 答えは、華琳が教えてくれた。

 

「咲。今日は、あなたが生まれて7年が経つ日なのよ」

 

 平たく言えば、7歳の誕生日だ。

 

 華琳は、それを祝うためにこうして宴を準備したのだった。

 

「咲、こっちへ来なさい」

 

 咲を連れて、玉座の前に立つ華琳。

 

「さて、宴を始める前に、皆に伝えることがある。桂花」

 

「はい」

 

 桂花は、手に丸めた紙を持って、華琳のそばに立つ。

 

 それを確認して、華琳は再び話を始めた。

 

「咲は今日で7歳になった。それを祝し、今日のこの日――咲に、真名を与える」

 

「え――」

 

 目を丸くして、咲が華琳の顔を振り仰ぐ。

 

 そのことは知らされていなかったのか、咲の他にも、驚きを見せているものがいた。

 

 その中の1人、稟が疑問を呈した。

 

「しかし、華琳様。真名を、というのは、少し早いのではありませんか?」

 

 真名。その人物にとって最も神聖な名前。

 

 許可なく呼べば最悪殺されても仕方ないとされるほど大切にされているものだ。

 

 咲、という名は、真名ではなく、幼名――まだ物事の善し悪しがわからない幼い子供が、誰にでも真名を教えてしまうという事態を避けるために用いられる名前――だ。

 

 当然、いつかは真名を名乗ることになるのだが、7歳という年齢は、通例から言えば随分と早い。

 

「そうね。稟の言うことももっともよ。

 けれど、私は咲なら真名を預けるべき人間とそうでない人間を見分けられると判断したわ。

 この判断に、疑問がある者はいるかしら?」

 

 一同の顔を見回して問いかける華琳。

 

 そこに、名乗りを上げる者はいない。

 

 稟も、一般常識に比して早いと言っただけで、咲ならば問題ないだろうと思っていた。

 

「いないようね。それなら、真名を与えるわ。桂花」

 

「はい、華琳様。咲様、よろしいですか?」

 

「あ……うん」

 

 こくこくと、咲が何度も頷く。

 

 桂花は、巻いた紙を顔の高さに持ち上げ、そして、開いた。

 

 書かれていた文字は2文字。

 

 1字は『陽』。そして、もう1字は、『花』である。

 

「ようか――私の、真名……」

 

 咲が――いや、陽花が呟いた。

 

 そして、その目から、一筋の涙が零れ落ちる。

 

 涙は次々に溢れ、頬を濡らしていく。

 

「ど、どうしたのよ?」

 

 慌てて、華琳が声をかける。

 

「泣くほど嫌だったの?」

 

「ちが……ぐす、違うもん」

 

 華琳が聞くと、陽花はぶんぶんと首を振ってそれを否定する。

 

「それなら、どうして……?」

 

「私……嬉しいです」

 

「え?」

 

「みんなに、真名を預けてもらっても、ぐす、私には返す真名がなくて、」

 

 しゃくりあげ、言葉を詰まらせながら、陽花は己の心を明かす。

 

「だから、呼びたくても、ずっと呼べなかったです。

 でも、これで、やっと――」

 

 か細い泣き声を上げる陽花。

 

「あなた、そんな風に考えて……」

 

 呆然と、華琳が呟く。

 

 思いもよらない告白に、誰も口を開けなかった。

 

 この場にいる誰もが、一度は陽花に「真名で呼んでいいのに」という旨の発言をしたことがあった。

 

 それが、その度に陽花を傷つけていたと思うと、かける言葉がない。

 

 だが――

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「我が名は、夏侯惇!」

 

 と、その場の空気を粉々に、名乗りを上げた者がいた。

 

「真名は春蘭! これからは、真名でお呼び下さい!」

 

 どうだ、とばかりに得意げに胸を張る春蘭。

 

 おそらく、頭の中では「誰よりも早く真名を預けることができた!」とか喜んでいるのだろう。

 

 その場にいた全員が、呆れと、ある種の畏怖すら含んだ目で春蘭を見遣る。

 

「む、何だ? 私は何かおかしいことをしたか?」

 

 全員の視線を受けて、春蘭は首を捻る。

 

「ふふ、あはははっ。春蘭、あなたは本当に可愛いわね」

 

 と、華琳。

 

「あ、ありがとうございます?」

 

 不思議そうに、春蘭が答える。

 

「空気読めない馬鹿ってことよ」

 

 と、桂花。

 

「何だとぅ!?」

 

「褒めてるのよ。そうでしょ、秋蘭」

 

「そうだな。全く、さすがは姉者だ」

 

 話を振った桂花に、秋蘭はふっと笑みを浮かべる。

 

 そして、春蘭に続いて名乗りを上げた。

 

「私は、夏侯淵。真名は秋蘭。この名をどうか、お受け取りください」

 

 それに続くのは、かつて北郷隊と呼ばれた3人。

 

「自分は楽進。凪の真名と私の拳を、お預けします」

 

「私は沙和。あ、名前は于禁なの。沙和って呼んでくださいなの」

 

「ウチは李典。真名は真桜や。これからはそう呼んでな。

 次、姐さん行きます?」

 

「応! 張遼とはウチのことや! 霞でええで!」

 

「はい! じゃあ次ボク!

 ボクは許緒、真名は季衣です。えっと、よろしくお願いします!

 ほら、流琉も」

 

「わかってるわよ。

 咲様。私の名前は典韋。真名で流琉って呼んで下さい」

 

 そして、残りは、軍師の3人。

 

「日輪を支える風、程cです。気軽に風とお呼びくださいー」

 

「私は郭嘉。真名を稟と申します。今後は、そのように」

 

「荀ケ、真名は桂花と。

 真に名で呼び合えるときを、ずっと、お待ちしていました」

 

「言うまでも無いけれど、一応私も言っておこうかしら。

 私は曹操、真名は華琳よ。そう呼びなさい」

 

 こうして、全ての人間が真名を伝えた。

 

 陽花は、深く呼吸し、

 

「春蘭様――」

 

 言の葉を噛み締めるように、陽花は真名を口にした。

 

「秋蘭様」

 

「凪様」

 

「沙和様」

 

「真桜様」

 

「霞様」

 

「季衣姉様」

 

「流琉姉様」

 

「風様」

 

「稟様」

 

「桂花様」

 

 1人1人、その真名を呼ぶ。

 

 呼ばれた者は膝を付き、陽花に対して礼を取った。

 

「えっと、華琳――母様」

 

 微笑んで、華琳は頷く。

 

「私は――」

 

 玉座の間に、陽花の声が響く。

 

「姓は曹、名は沖。真名は、陽花。

 これからは、陽花と呼んで欲しいです」

 

『はっ』

 

 陽花の言葉に、将たちが返事を返す。

 

 曹沖――陽花。

 

 天の御使い――北郷一刀の血を引く、たった1人の娘である。

 

 そして、華琳が宣言する。

 

「それじゃあ、宴を始めましょうか」

 

 その夜の宴が、近年例を見ないほどに盛り上がったのは、言うまでも無いだろう。

-10ページ-

<あとがき>

 

 構成に失敗して、流琉の出番が少なくなってしまいました、すみません。truthです。

 

 3話目を投稿しました。

 

 まずはキャラの話。

 

 基本的に、ゲームで見た目が小さいキャラほど変化が大きくなっています。

 

 そういうわけで、夏侯姉妹とかはあんまり見た目に変化してません。

 

 あと、凪とか稟はファッションとかにこだわらなさそうなので、いじりませんでした。

 

 凪なんかはたまには沙和にいじられてるでしょうけど。

 

 一番の驚きポイントは、華琳様のクルクル無くしちゃったことですかね。

 

 私も結構悩んだんですが、華琳様はどんな格好でも美人だよ! と友人に背中を押されたのでストレートに。

 

 赤ん坊の頃の陽花が引っ張りまくるので仕方なく止めたという裏設定があります。

 

 今回出てきませんでしたけど、張三姉妹は髪型とか変えてない設定です。

 

 これは、数え役萬☆姉妹(アイドル)としての記号だからですね。

 

 メディアが発達した現代はともかく、情報網が未発達の時代ではあんまりコロコロ変えると観客が戸惑うかと思いまして。

 

 プライベートではその限りではないかもしれませんが。

 

 

 

 さて、今度は内容について。

 

 今回はいわば導入編。今作の主人公にして一刀の娘である陽花が登場しました。

 

 元になった人ですが、曹沖です。

 

 史実(正史)では曹操の第八子にあたり、非常な才能を持っていましたが、13歳で亡くなってしまったそうです。

 

 この作品中では元気な娘なので、夭逝したという話は影響しませんが。

 

 私は三国志に詳しくないので、基本的にゲーム内ででてくる情報だけで作品を作っていますが、この娘だけは例外になっています。

 

 幼名、というものがあるのかどうかわかりませんが、今回は勝手に作りました。

 

 別にわざわざ幼名なんて作らなくても字でいいじゃないかって気もするんですけど、どうも字はある程度成長してから持つものらしいので(広辞苑によると、成人後だそうです)。

 

 まぁ、一番の理由は、何だか物々しくなってあんまり可愛くなかったからですが。

 

 しかし、幼名があるとすると、実は名も決まってない可能性もあるんですが(例えば、牛若丸って名乗ってた頃は源義経なんて名前は無いわけで)、ややこしいのでそっちはあることに。

 

 作中では、幼い頃に真名の代わりに使われる名前、という扱いです。

 

 ついでに言うと、みんなが名乗るシーンで字まで言ってないのは、ゲーム中でほぼ使われないからです。

 

 武器名まで書いてある公式の人物紹介にも字は載ってないですし。

 

 それならまぁいいかということで。

 

 ちなみに、幼名の咲ですが、一刀の刀に対して鞘。その音をとって名づけられています。

 

 これからは陽花と呼ばれるので、もしかしたら2度と呼ばれないかもしれませんけど。

 

 ところで、璃々ちゃんの名前って、あれ、真名なんですかね? 姓名は黄敍なわけですけれども。

 

 

 

 さて、次からはようやく本編。陽花と魏の面々との交流話、要するに一刀と陽花を置き換えた拠点です。

 

 では、次回、魏Future §2/(タイトル未定) でお会いしましょう。

 

 

 

 

説明
3話目。前編の続きです。
作品の基本設定が明かされる回になります。
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コメント
よーぜふさん>残念ながら、§0で一刀の力では帰れないと確定してしまいましたので。あ、それと、無印の白装束とか漢女も出ません。(truth)
なんという便利な言葉・・・だから桂花もこんなに素直で、華琳さまも素直なんですね?可愛いから良いけどw 再開話ないんですか・・・それはちょっと寂しいです・・・(よーぜふ)
ptxさん>元の世界に帰った一刀の話は予定していますが、恋姫たちとの再開はちょっと……(truth)
poyyさん>デレ桂花ですね。その辺りの経緯も後々語ろうかと思っています。(truth)
おもしろかったです。やはりこの外史では一刀の登場は無しですかね?(ptx)
桂花がデレただと!?(poyy)
タグ
真・恋姫無双 魏アフター オリキャラ 

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