少女の航跡 第1章「後世の旅人」13節「王」 |
カテリーナ達がエドガー王を救出する為、辺境の大地の方へと馬を走らせている頃、エドガ
ー王は、人里離れた場所にある、城の牢獄の中に閉じ込められていた。
分厚い城壁が張り巡らされている、谷に聳え立つ大きな城砦。全ての侵入者を阻もうかとい
う程の、頑丈な造り。
彼は、一際高い搭の頂上にある牢獄に幽閉され、そこから一歩も出られずにいた。
あの《リベルタ・ドール》が襲撃された時、王は真っ先に捕らえられ、何とドラゴンに乗せられ
て、はるばるこの場所まで連れて来られたのだった。
エドガー王は、自分が閉じ込められているこの城の事を噂には聞いていた。だが、実際に存
在するとは、本気で信じてはいなかった。
自分が治めている『セルティオン』よりもさらに北西にあるという、西方文明が辿り着いていな
いほど山奥の地。
そこに建っているという、かつての魔法使い達が築き上げた城だ。
《ヘル・ブリッチ》というこの城は、底が見えない程の谷にかけられた橋の上に建っていた。
幽閉されている搭の窓から下を望めば、頭がくらくらしてきそうな程の高さ。谷の底は深淵の
奥にある。
そして、その谷から、時々、地鳴りのような音が響いてくる。自分をこの場所まで乗せてきた、
あのドラゴンがいるのだ。谷の中のどこかの横穴に隠れている。
エドガー王は、一緒に連れられてきた彼の従者達と共に助けを待っていた。もう5日にはなる
が、どんな早馬をもってしても、この辺境の大地に来るには一週間はかかる。それに、この城
のある谷にはドラゴンがいるのだ。
人の寄り付かなくなったこの城を、『ディオクレアヌ』は根城の一つとしたようだが、果たして、
あのドラゴンはどのように手なずけたのか。
『ディオクレアヌ』は知らない内に、じっと兵力を溜めていたらしい。ここ最近の軍の沈静化は
そのせいだったのか。
そして、王を捕らえるという暴挙。かなり大胆な手段に出たものだ。
だが、この搭の最上階の牢獄の中で、エドガー王は外に出ることができないという事を除け
ば、特に不自由をしていなかった。
食事も与えられているし、野蛮な賊者に捕らえられた時のように、酷い虐待を受けるような事
もない。
食事を与えたりするのは、あのゴブリン達だった。おそらく、『ディオクレアヌ』が手懐ける前ま
では、野蛮な種族だったゴブリンだろうが、エドガー王に食事を持ってくるゴブリン達は違う。
王に対して手を出したり、罵ったりするような事を彼らはしなかった。ただ黙々と仕事をし、戻
っていくのだった。
まるで、誰もそこにはいないかのように、ゴブリン達は王の事を、半ば無視するかのように食
事を持ってくるという事をこなしていった。
それは癪にはさわるかもしれないが、虐待されるよりかは遥かにましだった。
しかし、いくらそうとはいえゴブリン達も武器を持っている。しかも王は老齢だったから、無駄
な抵抗はしない方が良かった。
このゴブリン達を手懐けている者がいる。
『ディオクレアヌ』は、人質の扱いを心得ているな、と王は思った。
だが、5日間。ずっと、エドガー王はこの牢獄に閉じ込められ、一歩も外へと出れないでい
る。一体、あの《リベルタ・ドール》がどうなってしまったのか、何も分からなかった。
エドガー王のいる牢獄にやって来るのは、ゴブリン達ばかりで、『ディオクレアヌ』の姿は見ら
れない。
このままあの男は、王を閉じ込めたままどうするつもりなのか。
だが、一向に動きに変化が現れないと思っていた頃、エドワード王は、いつもとは違う音を耳
にしていた。
夜の出来事。窓から、空に浮かんでいる星の姿を、何をする事もない王が眺めていた時だ。
それは足音だった。捕らえられている牢獄の外から、足音が聞こえてくる。
外のおそらく搭の最上階へと登って来るのは階段で、その階段の床も牢獄と同じで、石畳で
できているらしい。そこを、金属のようなものが打ち付ける足音が聞こえてくる。ゴブリン達は裸
足だから、そのような物音などしない。王はすでにそれを知っていた。
ゴブリン以外の何者かが、初めて姿を現そうとしている。
牢獄の扉は開かれた。そこにまず姿を現したのは、いつも食事なりを持ってくるゴブリン達だ
った。いつもきっかりの時間に食事を王の元へと届けてくる。
そして、彼らが部屋の中へと入ってきた後、一人の女が、王の目の前にまでやって来た。
それは真っ赤な、目もくらみそうなほど赤い鎧を身に着けた女だった。さっきの金属の足音
は、この女の身につけている、鉄製のブーツのせいだ。
そして、髪も、瞳までも赤い女。まだ若い。20歳前後ぐらいにしか見えない若い女だった。
透き通るかのような風貌。その容姿はエルフのように美しかった。そしてエルフのように、さら
した顔には不思議な模様が浮かび上がっている。
真っ赤な鎧を全身に身に着けていた。胸当てが膨らみ、女物だという事を示している。肩当
てや腰当までも備え付けられ、『セルティオン』の精鋭騎士並みの装備だった。ただ、兜は被ら
ずに、顔をさらしている。武器に関しては、腰に吊るしたベルトの先に、長い剣が収まってい
た。
彼女は、王の目の前に立っている。ゴブリン達の中、ただ一人、その女はここへやって来て
いた。
女は、王と目線を合わせると口を開いた。
「気分はどうだ? エドガー王?」
冷たい口調で王に向かって言ってくる女。地声は透き通っているような声だが、まるで、感情
が何も篭っていない、そんな声だ。
「さあ、待遇は悪いとはいえんが、どこにも出れないのは辛いのう」
だが逆に王は、女に対していつもと代わらない包容のある声で答えていた。
「あんたには王を辞めてもらう。それをあんたが認めたら、ここから出してやる」
女は何の前触れも無く言い出した。彼女は、鋭い目つきで王を見下ろしていた。
「ほう…?」
普通ならば、遠まわしに言うような言葉だったが、この女は何も恐れないかのように、王に向
かってそう言うのだった。
「じゃが…、わしが王を辞めてしまったら、誰も王を務める者がいなくなるのう…」
「その心配なら必要ない。あんたが辞めた後、すぐに『ディオクレアヌ』様が即位するからさ」
女は変わらぬ口調でそう言った。答える事に躊躇をするような様子も見せない。
「あの者も大きく出たのう…」
「今までは序の口。これからが本番だ、と仰せさ」
エドガー王は、赤い鎧の女の方を見上げて言った。
「…じゃが、その者が王になりたいというのならば、まずわしと話をせねばならんのう。そうしな
ければ、誰も彼を王だとは認めないはずじゃよ?」
「認めるんだよ。何があろうと。あんたは捕らえられたんだ」
「今、『ディオクレアヌ』とやらはどこにおるのじゃ?」
「ここにはいない」
きっぱりと女は答えた。
「では、いつ戻ってくるのじゃ? 彼と話さねばならんからのう」
「5日後さ。それまでここにいてもらう」
そう女は言ってきた。王たるもの、あと5日も監禁されるなどという侮辱。怒りを露にせざるを
得ないが、エドガー王は相手の手には乗らない。
そもそも、感情を露にしてこの女と対峙するには歳を取り過ぎていた。
王が何も言ってこない事を確認すると、赤い鎧の女は、すぐに後ろを振り向いて、一緒に来
たゴブリン達とその場を後にしようとした。
「わしから一つ聞いても良いかね?」
女の去って行こうとする背中に、王は呼びかけた。
「何だ?」
女は振り向こうともしない。
「おぬしは一体、何者じゃね? 人の娘など、この軍にはいないとわしは聞いておったのじゃ
が?」
女は王の方を振り返った。
「私は人間なんかじゃあない」
「では何だと言うのじゃね?」
王の目の前にいる女は、エルフのように美しい容姿をしている。しかし、やはり赤い髪と、赤
い瞳はエルフとは違う。尖った耳からは羽毛のようなものさえ生えていた。人ではない事には
違いない。
エドガー王はありとあらゆる種族を知っているはずだったが、こんな種族は知らなかった。聞
いた事もない。
「そんな事、あんたにはどうだって良いんだよ」
少し怒ったかのように、その女は王に言ってきた。
「あんたはただ、五日後に戻っていらっしゃる『ディオクレアヌ』様に、王の座を受け渡せばいい
というだけさ」
そのように言い放つと、赤い鎧の女は、これ以上何も聞きたくないといった様子で、王のいる
牢獄から外へと出て行ってしまった。
重い音がすると、再び牢獄の扉は閉じられてしまった。
王は、どうする事もなく、牢獄の窓から外の星を見つめた。
誰かが必ず助けに来る。そう信じるしかなかった。それ以外に助かる方法が無かった。
自分自身も。自分の国も。
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14.侵食
説明 | ||
ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。都から連れ出されてしまった王は、どうなっていたのでしょうか? | ||
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