虚界の叙事詩 Ep#.11「起動」-1
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セントラルタワービル ユリウス帝国 首都特別行政区

 

γ0057年11月25日

 

12:18 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 今日の首都の天候も、頭痛がしてきそうなくらいの曇り空だった。灰色の雲が空から落ちて

きそうで、雨が降りそうなのに降って来ない。最近はそんな天候ばかりだ。砂漠地帯の乾燥し

ているはずの気候も、戦後の急激な都市開発の影響で破壊されてしまっている。今では異常

気象ばかりがやって来る。

 

 しかも、《セントラルタワービル》の高層階からその空を眺めれば、地上よりも近い位置に雲

があるせいか、余計に圧迫感がある。地平線の彼方まで広がるビル街の都市に、その雲は重

くのしかかっているように見られた。

 

 そして、舞の今の気分も、ちょうどそのような感じだ。

 

 彼女は多発する事件の弁明を続け、周囲からは非難される。だが何より、『ゼロ』を取り逃し

た事に対しての自分自身へのやるせなさが大きい。

 

 連日の議会での野党側からの非難、そして舞への責任の追及が頭の中に響き回る。更に

は、何も野党だけが舞を敵対視しているのではない、与党からも、特にフォード皇帝に反発す

る派閥からの攻撃もある。マスコミは『帝国軍』の無能さ、そして国防総省の対応の悪さを、ま

るで、今までたまっていたうっぷんを晴らすかのように指摘するし、世論も酷いものだ。

 

 今に始まった事ではない、しかし、『SVO』がこの『ユリウス帝国』に来てからの方が、溜まり

に溜まっていたものが破裂したかのような勢いを見せている。

 

 とは言え、舞にとってそのようなものは二の次。

 

 彼女には『ゼロ』を捕らえるという、最も重要な役割がある。彼女は地の果てまで『ゼロ』を追

い詰めていき、必ずや捕らえるつもりだ。その為に非公式のルートでまで捜索をさせている。

 

 同時に『SVO』のメンバー達もだ。彼らも『ゼロ』を捕らえようとしている。彼らの行動を読め

ばすぐに分かった。裏にいるのは、指名手配中の原長官。間違いない。それにただでさえ、彼

らのやり方を野放しにはできない。

 

 だから、非公式の秘密特殊部隊、ジョンの率いる部隊を派遣したが、それがいつの間にフォ

ード皇帝に漏れたのだろうか、言ってもいなかったのに、彼にジョン達を呼び戻すように命令さ

れた。

 

 理由は、『SVO』に『ゼロ』を捜索させる、という事だった。

 

 彼らの方が『ゼロ』に一番近づいている。彼らが『ゼロ』に最も接近した所を捕らえ、そこで一

緒に『ゼロ』もろとも捕らえてしまえばいいのだという。

 

 だが舞は、それに対して納得できなかった。外国のテロリスト同然の組織に『ゼロ』を捕らえさ

せるなど、言語道断だ。それに彼は、『帝国軍』がそこまで無能だとでも言うのだろうか。

 

 もちろん軍の兵士達に『ゼロ』を捕らえる事はできないだろう。だが、自分がいる。最後の詰

めの段階では自分自身で『ゼロ』を捕らえる。そのつもりだ。

 

 その為の手筈も、すでに舞は考えていた。

 

「こんにちは、国防長官」

 

 突然自分の名を呼ぶ女の声に、舞ははっとして顔を上げた。

 

 自分の座っているカフェのテーブルの前に立つのは、赤色の軍服を着て、黒い髪の色と、黒

い瞳を持つ女。歳は舞と同い年らしく、40代と言うところ。軍服姿で舞に凛々しく敬礼をしてき

ている。

 

 ミッシェル・ロックハート将軍だった。

 

「はい。こんにちはロックハート将軍」

 

 舞はただそう答えた。

 

「元気が、ありませんね。大丈夫、でしょうか?」

 

 ミッシェルは舞を気遣ってそう言った。

 

「そう見えますか?でも気になさらないで。私はいつものとおりですから。立っているのは何だ

から、座ってください」

 

「あ、はい」

 

 ミッシェルは舞と向かいの席に座った。

 

「軍の幹部会でわざわざこちらまで来ていたあなたを、突然呼び出してしまってすみませんでし

たね」

 

 面食らうミッシェル。

 

「いえ、とんでもございません。国防長官の呼び出しなら喜んで、世界の反対側でも向かいます

よ。それで、私に大事な用事とは一体何でしょう?」

 

 次いで彼女は質問をしてくる。テーブルにあるメニューの方をちらちら見ている。だが、それ

を手に取って見ようとはしない。だから舞は話を展開させた。

 

「あなたの管轄はどこまでです?」

 

 その舞の質問に、一瞬ミッシェルは戸惑ったようだったが、すぐに彼女は答えた。

 

「《ユリシーズ海軍基地》、及び、同空軍基地です」

 

 舞は息をついて、

 

「じゃあ、良かった。話を回りくどくする必要が無く、済みました」

 

「それで一体、私の管轄がどうかしたのでしょうか?」

 

 ミッシェルが怯えたような素振りを見せるので、舞は話を急いだ。

 

「管轄について聞いたのは、あなたが空軍基地にまで影響力を持っているか、どうかという事

です。さて、本題に入りますと、あなたは今、この世界が危機にさらされている事は知っていま

すね? 『ユディト』で反ユリウス勢力を排除し切れない事や、テロリストがいつどこでテロを起

こすか分からないといった事ではありません。もっと差し迫った問題です」

 

「はい、もちろんです」

 

 ミッシェルはすぐに答えた。

 

「それで、です。私はですね、あなたにある事を頼みたいのです。いえ、あなたがする事はとて

も簡単な事で、あなた自身がどこかに行ったりとか、どこで軍を指揮するとかそういった事では

ないのです。ただ、私を案内してくれればいいのです。それも、あなたの管轄内で」

 

 そう言ってもミッシェルには通じなかったらしく、彼女は首を傾げそうな表情をするばかりだっ

た。

 

「つまり。具体的に言って頂けませんか?」

 

 そうミッシェルは言った。舞は少し息を付く。彼女はこれから言いたい事をあまり大きな声で

言いたくはなかった。だから、ここまで遠回しに喋り、要点を外していたのだった。だが、それで

はあまりに遠回り過ぎたと舞は感じた。

 

「あなたの空軍基地の地下格納庫に眠っている、“あれ”を使わせても欲しいのです」

 

 舞の言葉に、ミッシェルは目を丸くした。それにより、余計に彼女の黒い瞳が強調される。

 

「あ、“あれ”をですか? でも“あれ”は」

 

「軍の最高指揮官、及び皇帝陛下の許可が無ければ使えません。正式にはフォード皇帝陛下

が『帝国軍』の最高指揮官ですから、彼の許可が無ければいけない、そう言いたいのでしょ

う?」

 

 慌てるミッシェルに対し、舞は普段通りの言葉で受け答えする。

 

「え、ええ」

 

 彼女は周囲の様子を見回していた。今の会話が聞かれたかもしれないと思っているらしい。

だが、彼女達の側には誰もいない。

 

「もちろん、無断で使いはしませんから、私はフォード皇帝陛下に話をしてみます。でも今の状

況からして十中八九、使用許可が下りるでしょうから、あらかじめあなたに言っておきたかった

のですよ」

 

「あなたの言う事に反論するつもりはありませんし、あなたがそう言うのならば、私は言われた

通りにします。ですがアサカ国防長官。あれがどれ程のものかは、もちろんご存知の上でそう

言っていらっしゃるのですよね?」

 

 ミッシェルが動揺するのを舞は当然の事のように予期していた。だから舞は数秒の間も置か

ずに彼女に対してうなずいた。

 

「分かりました。空軍基地の方に、私は準備しておくように伝えます」

 

 彼女はそう言い、席から立ち上がる。舞はそんな彼女の方を見上げながら最後に付け加え

た。

 

「一つ、言っておきますが、今、私が言った事は決して口外なさらないように。責任だとか何と

か、そう言った事は、全てが済んでからにしたいので」

 

「了解しました」

 

 敬礼と共に、若い軍の将軍はそこから立ち去っていった。

 

 残された舞は、カフェの窓際のテーブルに座り、その窓の外に見られる重くのしかかった雲を

見つめていた。

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ユリウス帝国上院議会 聖堂

 

1:27 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 大勢の挙手が上がった。ユリウス帝国議会の老齢の議長は、その中からまるで決まりきった

事のように一人の名を呼ぶ。

 

「フォン・ブラウン議員」

 

 その名が呼ばれる度に、与党議員の中からはため息をつくものが現れれば、黙ってその議

員の表情を見ている者もいる。舞は後者の方だったが、付け加えて、そのやり手の議員が自

分の対面に立つまで、自分の考えてきた言葉を頭の中で連呼するのだ。

 

 半ば白髪の混じった、その野党のやり手古株議員は、わざとらしくマイクのスイッチを切っ

て、自分の肉声で喋る。それも、300人収容の議会場の隅々まで、しかも頭の奥まで突き抜

けるかのような声で。

 

「アサカ国防長官。あなたとこうして向かい合うのは、一体何度目でしょうかね。その度に思う

のですが、あなたの言っている事はいつも、そう、あなたがそこに立つようになってからいつも

ですが、抽象的過ぎて意味が伝わってきませんのですよ。自分でもかなりそう思っていらっしゃ

るのではないでしょうか?」

 

 ブラウン議員は、自信を持った声でそう言った。まるで、自分が言っている事が全て正しい事

であると言いたげな自信。それが感じられる。喋っている事も、彼特有の、相手を挑発するよう

な言葉だ。

 

「私の説明が不十分でしょうか?しかし、言っている事は全て本当の事です」

 

 舞はそう答えるだけだ。彼女はこの場で何かのテクニックを使うわけでもないし、相手を挑発

したりもしない。ただ、事実を話すというだけだ。舞はそのやり方で今まで通してきていた。

 

「『ゼロ』ですか。良く分かりませんね?なぜ一人の人間の捜索というものに、そこまでの軍を

投入するのか、それも、『ユディト』ですよ?分かっていますか?あなた達が起こした戦争の混

乱が冷めない内に、またその国の国民の怒りを逆撫でするような事をあなたはする。しかも、

この期に及んで、国連に加盟し、同時に協力を求めるというのですか?なぜ、こんな時期に?

もっと早く加盟していれば良かったでしょう?私にはそう思えて仕方が無い」

 

 ブラウンの言う事は、少し間違っている。舞が国防長官に就任した頃には、『ユディト』の戦争

は終わっていた。ただ、まだかなり混乱している頃だった。だが彼や他の議員の目から見れ

ば、舞も、前国防長官と同類だと言いたいようだ。

 

「それは、私達の捜索しているものが、それ以上の危機を引き起こすというものだからです。そ

して、それは我が国の軍だけでは手に負えないかもしれない。だから国連に協力を求めるので

す」

 

 議会場がどよめいた。舞はそんな事など慣れきっている。

 

「また、ですか。いい加減にして下さいよ。戦争が起これば我が国の経済が回るとか、そんな

考えをあなた達はまだしているのですか?首都での反戦デモにもいい加減に目を向けて下さ

らないと」

 

 そんな事は舞は聞き飽きている。

 

「戦争の事と、今私が言いたい事は関係ありません!」

 

 強い口調で舞は言って見せたが、それが議員達の感情を逆撫でしたのか、野次やら何やら

で議会場は激しくどよめき、舞がそれ以上何を言っても、周りには聞き取られないようになって

いた。

 

「静粛になさってください」

 

 議長が注意を呼び掛ける。だが、会場が静まるには少し時間がかかった。

 

「国防長官。あなたは、数日前に軍事施設に侵入した、『SVO』という組織のメンバーと思われ

る者達を捕らえたと聞く。あれで自分の株が上がったとお思いで?だから、自分の意見が何で

も通るとか思っていらっしゃる?」

 

 意外な事を指摘されたと思った舞。

 

「ですが、あの侵入者、確か『NK』からのテロリストですよ。あなたはそれを一時だけ捕らえ

た。しかし、すぐに逃げられたじゃあないですか?それに、あなたはかなりの暴力的な行為をし

て見せた」

 

 すかさず舞は相手の言葉を遮って反論する。

 

「そうしなければ!軍の機密が、外部へ漏れ出す所でした!」

 

 議員は苦笑しながら答えた。

 

「機密、機密とは何ですか?隠さなければならないような事を、あなた達はまだしているのです

か?あなた達は、まだこの議会で、公式では公開できないような事を議論するおつもりで?い

い加減になすって下さい。あまりにも考え方が古いですよ。そう、この国の議会が公に公開さ

れないという事自体が、あまりに時代遅れです。

 

 まあ、それは今はいいとして。私が言いたいのは、あなたは暴力的行為で一時的に物事を解

決しようとするが、すぐに新たな危機を招く、そんな所でしょうか」

 

「確かに、今現在この世界では至る所で危機が起こっているのは事実です。ですから、私達は

それを解決しようと全力を尽くしているわけです」

 

 ブラウンはまだ苦笑しているらしい。舞は彼が、自分の誘い込んでいる場所にどんどん入り

込んできているのを楽しんでいるかのようだ。それこそまさに彼の手法だった。

 

「全力、全力ですか。確かにあなたは全力を尽くそうとしていらっしゃるようですね?今になっ

て、国連に加盟しようとするだけでなく、空軍基地にある、一体何を使うんですか?」

 

「は?」

 

 ブラウンの言った事が何を意味するのか、舞は一瞬分からなかった。だが、彼の次の言葉で

理解する。

 

「その、『ゼロ』とやらを捜索する為に、一体何を使うというのですか?」

 

 彼は一音一音を切り、はっきりと喋る。しかしそれは、自分とミッシェル・ロックハート将軍しか

知らない事のはずだった。しかも、あの時自分達の傍には誰もいなかった。

 

 だとしたら答えは一つしかない。

 

「まさか!盗聴していたのですか!?」

 

「質問に答えて下さい」

 

「裁判所の許可も無しに!?」

 

「質問に答えて下さい!」

 

 高圧的な言い方をしてくるブラウン議員。舞は彼を強く睨めつけていた。

 

「あなた達に言う事など、何もありません!」

 

 舞は、珍しく大きな、怒りの篭った声で眼前にいる大勢の議員に向かってそう言うのだった。

舞の珍しい怒りに、驚いた様子を見せる議員もいたが、中には反論してくるような者も多くい

た。

 

「まさか、『ユディト』の混乱を鎮圧するために、核兵器なんか使用する気じゃあないでしょうね

え?止めてくださいよ。もしそんな事をしたら、あなた達党が総辞職するだけじゃあ済まなくな

る」

 

 ブラウンは、後者の方だった。舞が怒ったのを逆に楽しみ、逆撫でしているかのようだった。

 

「でも、あなた達はどうせそうなって欲しいんでしょう?私達が総辞職する事だけを、あなた達

は望んでいる!以上です!もう何も喋る事はありません!」

 

 舞はそう言い放つと、その場を離れようとした。そんな彼女に向かって、何やら野次を飛ばし

てくるような連中がいたが、舞はそれを黙殺した。

 

「ふうう。逃げるんですか?やれやれだ。どうですか?フォード皇帝。あなたはこのような部下を

持って、何を得たいんです?ここに来て説明してください。我々を納得させてくださいよ、いい加

減に」

 

 舞はチラッとブラウンの方を振り返った。彼の目線はフォード皇帝の席の方に向かっている。

彼は高い位置にある席から、議員の方をじっと見つめていた。やがて彼はゆっくりと席を立ち

上がると、舞がさっきまで立っていた答弁台へ向かった。

 

「どうせ、全てあなたが命じているんでしょう?忠実な部下のご様子ですからねえ。何でしたっ

け、そう、『ゼロ』。そのような存在も、あなたが勝手に作り上げたんじゃあないんですか?」

 

 勝ち誇ったような声で喋る議員に、舞は振り返って反論したくなったが、そんな自分を無理に

封じ込めた。皇帝の方は、何も言わずに答弁台へと歩いている。やがて彼はマイクの前に立っ

た。

 

「今回のあの国防長官が『ユディト』へ軍を更に投入するのも、そこを支配する為だ。違います

か?国連に加盟してまでそんな事をするんですか、あなたは?」

 

 フォード皇帝は何も答えない。ただ黙ってブラウンの方を見つめているだけだ。

 

「事の起こりは全て、首都内で起こっている暴動やテロを抑えきれない、あなた方の無能さを

隠す為なんでしょう?だから、そんな意味の無い存在をでっち上げている。ですが、いいです

か?その暴動やテロ自体、あなた方が無闇に他国へ戦争を仕掛けたり、まともな政治をしない

からそうなるのだ」

 

 少し間を置いて、フォード皇帝は答えた。

 

「我々の話す事は全て真実だ。それに、あの国で起こった戦争は、意味の無いものではなく、

避けて通れないものだった」

 

 議会場がまた騒がしくなる。意味の無い言葉まで飛び交った。

 

「だからと言って、何かはしれませんが、ここで話せないようなものを使うのは止めて下さい

よ?いいですか?嘘を覆い隠すために、多くの人の命を犠牲にするなんていう事はね」

 

 皇帝はまた少し間を置いて、

 

「どうやら、ここでこれ以上話しても、何の意味も無いようだ」

 

 そう言うと、答弁台から離れて自分の席へと戻って行った。それを制止しようと多くの議員が

呼び掛けたが、ブラウンはただ勝ち誇った顔で皇帝の方を見ていた。

 

 会場が、これ以上ないという程に騒がしくなる。皆、皇帝がその場から逃げ出した、そのよう

な事を言い合い、騒ぎ続けた。

 

「静粛に!静粛になさって下さい!」

 

 議長は呼び掛けるが、騒ぎはしばらくの間収まらなかった。

 

 舞は、騒がしい議会場の中を自分の席へと戻っていく、フォード皇帝を見ていたが、彼は、ち

らっと舞の方を振り向き、うなずいた。

 

 舞にはそれが何を意味するのか、すぐに理解できた。

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「少し、理解に苦しみます。なぜ、あの方々は、あんなにも、この国だけでなく、世界に迫ってい

る危機に目を向けないのか。私達の責任ばっかり追求して来ていて、手段も選んでいないみた

いです」

 

 舞は、隣を歩くフォード皇帝にそう呟いた。それは彼女にとっては半ば独り言のようなもので

もある。

 

「この世界とは、そういうものだ。まだ若い君にとっては理解に苦しむのも仕方がないかもしれ

んが」

 

 2人は、議会会場の裏の通路を歩いていた。ここは資料室に通じている廊下で、周りからは

隔離されている。そのせいで、この《セントラルタワービル》内でも特に人の少ない場所で、壁も

床も天井も、かなり殺風景な造りだ。

 

「そうは言っても、危機が迫っているのは事実のはずです。私達はそれを何としてでも解決しな

ければなりません。そろそろ明かさなければならないのかもしれません。私達の隠して来た事

を全て」

 

 と舞が言うと、皇帝は彼女の前に立ち塞がって、彼女の歩くのを止めた。

 

「そんな事をしたところで、彼らが信じるとでも思うのかね?いや、逆に利用される。自分達の

いいように」

 

 フォード皇帝は、冷静な目で彼女を見下ろし、そう言って来た。舞は彼と目線を合わせるが、

彼の顔から読み取れる言葉は無い。

 

「信じて頂けるように説明するしかないです。今のままでは、この国は間違った方向へと行って

しまいます」

 

 毅然とした態度で舞は答えた。しかし、

 

「甘いな。それでは彼らに、我々を失脚させる為の絶好の材料を与える事になる。彼らでは今

のこの国を正常に動かす事は不可能だ。私にもな」

 

 きっぱりと言ってくる皇帝。だが、舞は相手との目線を外さず、自分の意思を持って答えた。

 

「このままでは『ゼロ』を野放しにしておく事になります。あなたは『SVO』の捜索を私に止めさ

せましたが、彼らの手に『ゼロ』がもし渡る事になったら!」

 

 そう舞が言いかけた時、フォード皇帝は彼女を制止した。

 

「何ですか?」

 

 舞は尋ねる。皇帝は、通路の先の方に目線をやっていた。そこからは、ほとんど音を立てず

に、ゴミ箱ほどの大きさの清掃ロボットがやって来る。

 

「ここでは、まずいな」

 

 そう皇帝は呟き、彼は通路を見回した。そして、その目線が一つの扉の前で止まると、彼は、

その扉を開けて中に滑り込むように入った。舞もそれに続く。

 

 扉の奥は古い資料などが仕舞ってあるらしい倉庫で、照明は無く、埃っぽい空気が漂ってい

る。

 

「一体、どうしたんですか?」

 

 暗闇の中で舞は尋ねた。

 

「会話を聞かれるとまずいんでね」

 

 近い場所に皇帝はいるようだ。彼の気配も舞は感じている。

 

「あれは清掃ロボットですよ、ただの」

 

「ああ、そうだ。だが、盗聴器や、小型カメラをセットする事など造作ない。今君も言っていただ

ろう?手段を選ばないって。どんな事にも注意しておくべきだ。そう、今後は、この建物の中だ

ろうと、カフェとか、公同然の場所で、重要な会話をするのは避けたまえ。例えその場で安全で

あると言う事が確認できたとしても、できる限りの用心をするのだ」

 

 闇の中で、フォード皇帝の声が威圧的に舞に響いた。彼女は、暗闇の中でうなずきながら答

える。

 

「分かりました」

 

「ああ、そうそう。君が、『ゼロ』を捕らえるために、空軍基地の中にあるものを、使っても、私と

しては一向に構わない。むしろそうして欲しい」

 

 舞は、暗闇の中でフォード皇帝がいるであろう場所を見上げた。

 

「陛下に確認を取るつもりでした」

 

「私は君のしようとする事は信頼している。実際、『ゼロ』を捕らえる事ができるのは、君しかい

ないわけだからね」

 

 舞は安心した。彼女にとっては皇帝に了解を得られるという事が、何よりも大事だったからで

ある。

 

「はい、以上でしょうか?話というのは」

 

「あと、一つ。そう、大事な事を伝えておかなくてはならないのだ」

 

 少しの間、皇帝は自分の懐から何かを取り出そうとしている。その物音が舞には聞えてい

た。

 

「何の事でしょうか?」

 

「これだ。これを君に渡しておこうと思っていてな」

 

 ロバートは何かを取り出したようだったが、倉庫の中は暗いので舞には何も見る事ができな

かった。

 

「一体、何でしょう?」

 

「これは、映像が記録されたディスクだ。記録されている映像は、あの『ゼロ』が隔離施設を脱

走した時、彼が隔離されていた部屋の外の監視カメラの映像なのだ。君も見ておく必要がある

と思った。おかしな所があるものでね」

 

「おかしな、所?」

 

 舞は少し緊張していた。あの場、あの時に『ゼロ』によって負わされた全身の傷が、再び感じ

られるかのようだった。あの場所の映像、あの場所の光景が、再び舞の脳裏に鮮明に蘇ってく

る。

 

「そう。あってはならないと言えばいいのだろうか。あの場所に、本来ならばいてはならない人

物が、その映像には写っている」

 

 舞の手に、ロバートからディスクが渡された。手に収まる程のディスクを舞は両手で感じる。

 

「その人物とは、一体誰なんでしょう?」

 

 舞はロバートがいるであろう方向を向く。渡されたディスクはスーツの中へと大切に仕舞っ

た。

 

「見れば、分かるさ。そうだな、そろそろ我々も議会に戻った方が良さそうだ。休み時間とはい

え、長く顔を見せないと不審がられる」

 

「はい。では、このディスクは自宅で見させて頂きます」

 

「出ていく時は、別々に出て行くとしよう。君が先だ」

 

「はい」

 

 そう答えた舞は、自分の方から先に倉庫の扉の外へと出て行った。

 

 倉庫の外は明るく、何も見えなかった内部から出てきた舞は、思わず目を瞑った。やがて目

が慣れてくると、平常心を保ったまま、怪しい素振りは見せずに議会場へと戻っていく。

 

 スーツの内ポケットに入れたディスクは、無いものと思うのだ。

 

 だが、舞の心には響いていた。映ってはならない人物。それが誰かという事を考えると、ディ

スクの存在が、それ自体の大きさよりも、より大きく感じられるのだった。

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ユリウス帝国首都4区

 

10:13 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 卓上に置かれた、緑色と透明な縁。その中に画面が流れる小さな透明板のついた、手に収

まるほどのディスクは、再生をする機能が既にディスク内に内蔵されたものが普及している。そ

のディスク一枚があるだけで、舞の前の空間に画面を作り出し、鮮明な映像を再生していた。

 

 画面のサイズは自由に調節ができ、今は舞がソファーの上からでも見やすい程度。彼女は

その中の映像に見入っていた。

 

 日付はあの日、『ゼロ』が《検疫隔離施設》から脱走した数日前。時刻も、ちょうど議会場が

停電したあの時間だ。あの時、舞はその場所にはいなかったが、このカメラはその時の映像を

映し出している。

 

 『皇帝』が渡したのは、防犯カメラの録画映像だった。それも《検疫隔離施設》のレベル7、つ

まり映し出されている映像は機密事項だ。

 

 舞はすでに何度も何度も、この映像の再生を繰り返させる。彼女はこの映像の重要さを感じ

ていた。

 

 皇帝が言っていた、映ってはならない人物。舞はそれが誰であるか、今では良く理解する事

ができていた。

 

 タイムカウンターが9時を回る。その時に『ゼロ』の隔離されている最高レベルの扉の前に現

れる2人の人物。その内一人を、舞は良く知っていた。彼女はそこで映像を止め、その人物の

顔をアップにする。

 

 顔付きは舞と同じイーストレッド系、『NK』人の顔。恐ろしげな表情と、何かをたくらんでいそう

な眼が、眼鏡の中に光る。

 

 近藤広政だった。

 

 あの日以来、行方不明になっている、『プロジェクト・ゼロ』の最高責任者にして、『NK』の著

名な学者。あの男が『ゼロ』が脱走したとき、あの場にいた。

 

 舞は映像を再び再生させる。空間の画面は動き出す。

 

 近藤は、自分の部下に操作パネルを操作させて、『ゼロ』の隔離されている扉を開いた。そし

て助手を先に部屋の中に入れている。

 

 タイムカウンターは9時2分を回った。その時、隔離施設内の照明は真っ赤に染まり、警報装

置が鳴り響く。

 

 『ゼロ』の隔離されている部屋の扉が開いた。そして中から飛び出るように外へと出て来たの

は、近藤だった。

 

 彼は、特に慌てた素振りも見せずに、そのまま隔離施設を歩き、そこから脱出していく。その

場にいた他の研究員は、何事かと彼の方向を見るのだが、彼はそそくさと隔離施設から脱け

出ていった。

 

 『ゼロ』を隔離している部屋の、最も頑丈な部分の扉は、近藤が出て行った事で開けっ放しに

なっている。近藤は、それを閉めていこうともしなかった。

 

 更に、近藤が部屋から出て行ったその1分もしない後、監視カメラの映像は途切れる。

 

 近藤が監視カメラをストップさせたのか? いや、それならばこの映像記録媒体も一緒に持

っていこうとするはずだ。もし、彼がこの映像を見られたくなかったのならば。カメラが停止した

のは別の原因だろう。

 

 舞は映像を止めた。空間の画面はノイズのまま停止する。

 

 彼女は自分の座っているソファーに深く身を埋めてため息をついた。ここ最近の疲れ、それ

を彼女は感じている。今日の夜こそゆっくりと休めそうだが、精神的な緊張が振り解けない。

 

 あの近藤は、明らかに故意に『ゼロ』を逃がしたとしか思えない。しかも、あの時、彼は議会

場にいたはずなのだ。

 

 舞があの日、『SVO』の4人を捕らえたその1時間ほど前、彼女は確かに彼を自分の目で見

ていた。その後、ヘリで施設へと向かった。ヘリでなければ、あの距離を短時間で移動できな

い。

 

 全部合わせたとしても、かかる時間は45分といったところだろうか。

 

 砂漠の中にある隔離施設まで行く事ができたのか。それに、近藤は著名な学者、今までに突

拍子も無い事で研究成果を上げている男。とっさの迅速な判断も得意なはず。我々よりも早く

行動に踏み切っていたならば。

 

 舞はまだ、彼が『ゼロ』を逃がした張本人だとは疑っていない。だから見落としていたのか。

自分達以外にもヘリで施設へと向かった記録が無いか、調べる必要がありそうだ。

 

 この映像からして、フォード皇帝が舞に言いたかったのは、あの日、『ゼロ』を逃がしたのは

近藤だと言いたい事に違いない。

 

 しかも、近藤はあの日以来、行方不明になっている。

 

 映像の後の惨事に巻き込まれたという様子も無い。彼が隔離施設から逃げていく所が、しっ

かりと記録されているのだ。彼の死亡も確認されていない。

 

 彼は、今もこの混乱を、どこかで見ているのだ。舞は確信した。

 

 何の為に?近藤は、このプロジェクトの最高責任者。『ゼロ』を脱走させるなどという事は、ど

れだけの危険を伴うか、良く知っているはずだ。

 

 脱走させる事で、彼が得られるものは何も無い。ただ、彼の責任が追求されるという事だけ

である。

 

 だが、舞は新たな使命を感じていた。

 

 近藤を捕らえねばならない。それに、彼はもしかしたら『ゼロ』について重要な何かを掴んだ

のかもしれない。

 

 そうでもなければ、『ゼロ』を逃がしたりなどしないはずだからだ。

 

 舞が考えに耽っていたその時、彼女の部屋のインターホンが鳴り響いた。

 

 こんな時間に誰が何の用事だろう? そう思いつつも、彼女はソファー横のスイッチを押す。

すると、彼女の前の空間に新たな画面が現れて、そこに部屋の扉前の映像が現われた。

 

 そこに映った人物を見て、彼女は思わず口にした。

 

「ジョンですか、一体こんな時間に何の用事です?」

 

 そっけない声で舞は言う。ジョンはその舞の口調に少し面食らったらしい。

 

「い、いや、ちょっとな」

 

「はっきりしてくれませんか? 私だって暇じゃあないんです」

 

 ジョンは画面の前で更にびっくりしたような表情を見せた。

 

「そう怒るなよ。もし邪魔なら帰るぜ。ただ、ほら、いいものを持ってきたんだ。どうかなと思って

よ」

 

 ジョンは、画面の中央部に紙包みを見せる。その形からしてアルコール類の様だ。

 

「じゃあ、入ってもいいですよ。ちょうど一段落したところですから」

 

 そう舞が言うと、ジョンは安心した顔を見せた。舞は再びソファー横のスイッチを押す。すると

玄関のロックは解除され、舞の前の映像に映っているジョンは舞の部屋の中へと入って来た。

その時までに舞は、フォード皇帝から授けられたディスクの映像を切り、それを自分のポケット

の中へと大事に仕舞っていた。

 

「こんばんは、ジョン」

 

 舞は、彼女のいるリビングルームにまで入って来た彼にそう言った。ジョンは半ば戸惑った様

子で、

 

「お、おう」

 

 と、挨拶になっていない返事で答えていた。

 

「その荷物をそこに置いて、そこにかけたらどうです?」

 

 リビングに入って、突っ立ったままのジョンに舞は言う。

 

「あ、ああ、分かったぜ」

 

 持っていた包みをテーブルの上に置き、ジョンはソファーに座った。

 

「それで、こんな時間に用事というのは、ただその包みの中身を私と一緒に飲みたいと、それ

だけの事ですか?」

 

「あ、ああ、それだけだって」

 

 舞の態度におどおどしているジョン。

 

「任務の事に不満があるから来たんじゃあないんですか?あなたは自分の仕事に誇りを持っ

ているらしいですから」

 

 ジョンは、ずっと被っていた帽子を脱ぎ、舞と目線を合わせた。

 

「ま、少なからずそうだったかもしれないな。確かに今でも不満かもしれないぜ。だが、オレは

ただ単にお前に文句を言いに来たんじゃあない。ただ、お前が今日も議会でとっちめられたっ

て話を聞いて、よ」

 

「どうやって?」

 

 その言葉には舞も反応する。

 

「そんなもんは、新聞読めば書いてあるぜ。もう、お前達の機密は機密じゃあなくなってきてい

るようだ」

 

「でしょうね」

 

 ため息をつきながら舞は答えた。

 

「ああ、政治の事とかはオレと話しても素人意見しか出ないだろうから、これぐらいにしておい

ていいか? ただ、お前が疲れているってのはオレにも良く分かる。どうやら議会で」

 

「私が怒ったという事ですか?恥ずかしい事をしてしまいました、思い出させないで頂けませ

ん?」

 

 ジョンの言葉を遮るように舞は言う。

 

「何も恥ずかしくなんかねえ。どうせブラウンって奴に挑発されたんだろ?オレだったらぶん殴

ってるとこだがな」

 

「まあ、その話はいいです。もう。ああいう場で冷静でいられなかったのは、やはり私に責任が

あるのです。せっかく飲み物を持ってきてくれたでしょう?グラスを2つ用意しなくてはなりませ

んね」

 

 と、舞がソファーから立ち上がろうとした時、ジョンはそれを制止した。

 

「ああ、いいって。オレがやる。お前は座ってろ」

 

 そう言って、彼は舞の代わりにキッチンへと行くのだった。

-5ページ-

「それであの日、『ゼロ』って奴が逃げたって事件の原因は、そのコンドウとかいう科学者が仕

組んだってのか?」

 

 ジョンはグラスに入った酒を飲みながら舞に言った。彼は数日前『チャオ公国』に舞自身が呼

び寄せていた。舞のみ、すぐに『ユリウス帝国』本土へと帰還していたが、ジョンは舞の『SVO』

のメンバーを捕らえると言う任務を引き継いだものの失敗。彼らを取り逃したまま『ユリウス帝

国』へと帰還してきていた。

 

 『SVO』のメンバーを引き続き泳がせ、彼らに『ゼロ』を見つけさせると言う『皇帝』の命令。舞

はそれに従い、ジョンを帰還させたのだ。

 

 3日前、別の国で出会っていた彼らは共に帰還し、彼と舞は今では同じソファーに座っている

のだった。

 

 舞は、ジョンが部屋に入って来た時よりは落ち着いていた。彼女は酒の入ったグラスを片手

にし、肩には彼の腕さえ回させてしまっている。

 

「どうでしょうか、彼はただあの場所にいただけなのかもしれません」

 

 目の前のテーブルに置かれたディスクの方を向いたまま、舞は呟いた。

 

「おいおいおい。あいつは1時間前までお前の目の付く所にいた。それが、45分後には、お前

が目を離した隙に、100キロも離れた隔離施設に行っていやがるんだぜ。それに、この映像

を見れば明らかだ。あいつが『ゼロ』って奴を逃がしたんだし、あいつはまだ生きているぜ」

 

 ジョンにもフォード皇帝から渡された映像を見せた舞。映像は機密事項だが、ジョンは、『ゼ

ロ』と『SVO』の存在を知っている以上、それに関われる立場にある。

 

「ですけれども、一体何の為に?それが今だに分からないのです。彼は世界的に有名な科学

者、それに『ゼロ』の危険性についても知っているのです」

 

 舞の態度はジョンと違って落ち着いている。ジョンは何も酒に酔っているわけではなく、いつも

そうなだけだが。

 

「良く分からねえな。一体、その『ゼロ』ってのはどのくらいヤバイ存在だってんだ?お前達がや

っきになって探している。しかもその存在は数日前まで、誰にも内緒だったってわけだ」

 

 舞はジョンの方を向き、彼と目線を合わせた。真剣な顔だ。

 

「な、何だってんだ?」

 

 戸惑うジョン。

 

「どのくらい危険かと聞きましたか?知らない方がいいでしょう」

 

「オレには怖いものなんか、なんだってないんだぜ」

 

 だが、そう言うジョンに対しても、舞の表情は真剣だった。

 

「では、こう言いましょう。あの存在は、人類が未だかつて遭遇した事のないほどに危険なもの

です」

 

 それだけ言うと、舞は再びジョンから目線を外して、グラスをテーブルの上に置いた。

 

「おいおい。怖いこと言うなよ、現実に起こっている事なんだぜ?それに、お前の言う通りなら、

核兵器なんかよりもヤバイってのか?」

 

「もうそれ以上は知らなくていいでしょう?実際、私がここにいて、あなたと話している場合なん

かじゃあないんです、本当は。私が2週間以上、休み無しで働ける人間だったら、ずっと彼を前

線で追っています」

 

 舞がそう言うと、ジョンは黙ってしまい、舞自身も黙ってしまうのだった。ジョンもグラスの中に

入った酒を、口元まで持っていく事ができなかった。

 

「なあ、おい。お前、空軍基地にある、何を使うってんだい?」

 

 数分の後、ジョンの方が先に切り出した。

 

「あなたの知らないものです」

 

「おう、そうかい。それ以上は言わなくていいぜ。『皇帝』に許可を求めたってな?結果はどうだ

ったんだ?」

 

「私の事を信頼しているから、私のしたい通りにしていいそうです」

 

 そう舞が言うと、ジョンは鼻を鳴らした。

 

「やれやれ、あの『皇帝』、本当に信頼できるのか?オレはいまいち信用がいかねえぜ。お前

はやけに持ち上げているようだがな」

 

 舞はジョンの方を向き、彼と目線を合わせる。

 

「あの人の事を悪く言うのならば、それはあなたが皇帝陛下の事を良く知らないという証拠です

ね」

 

 きっぱりと舞は言い切った。

 

「そんな風にな、あの『皇帝』の事になるとお前、やけに疑い深くなくなるんだ」

 

「もしかして、やきもちでも焼いているのですか?」

 

「さあな?」

 

 2人は目線を合わせたまま、少し黙ってしまった。ジョンは舞の肩に腕を回し少しばかりにや

けたような表情を彼女の方へ送っていた。

 

「お前、やっぱり疲れているみたいだぜ。ただ休むだけじゃあない、もっと他の事が必要みたい

だな?」

 

 そうジョンが言っても、舞はあまり表情を変えなかった。代わりに、酒を飲んでいたグラスを手

に取り、ソファーから立ち上がる。

 

「やっぱり、他の目的があって、ここに来たんでしょう?」

 

 立ち上がった舞は、ジョンの方を見下ろしながらそう言った。だが、彼女の顔は少し穏やかだ

った。

 

 舞がそう言う表情をしているからか、ジョンは軽い口調で答えた。

 

「まあな。その前によォ、お前もどうせそのつもりだからこんな時間にオレを中に入れたんだ

ろ?違うか?」

 

「どうでしょうね?」

 

 それだけ答えると、舞はキッチンへとグラスを持って行ってしまった。彼女が戻ってくるまで、

ジョンは深いため息をつき、ソファーに身を埋めていた。

 

「ただ、ちょっと自分一人ではなかなか決めかねた事がありましてね、相談相手が欲しかったと

いうのは本当の事です」

 

 舞はキッチンから戻ってきて、再びジョンの座っているソファーの隣に座った。

 

「じゃあ、相談に乗ってやるぜ」

 

 そう言うジョンに、舞は苦笑していた。

説明
巨大国家の陰謀から発端し、世界を揺るがす大きな存在が登場。今回は帝国側の人物達が描かれます。
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