真・恋姫無双 EP.57 機先編 |
明かりの消えた村を、真桜はひとり黙って眺めていた。その表情はどこか寂しげで、自嘲めいた笑みが浮かんでいる。
「本当にいいのか?」
背後から掛けられた声に、真桜は振り返らず頷く。
「仕方あらへん。これはウチの問題や」
「だが、村の者たちを守るためにしたことなのだろう?」
「せやけど――」
そう言って振り返った真桜は、声を掛けてきた女性――華雄を見て笑った。
「みんなに、嫌われてしもうたから……もう、村には居られへんよ」
「そうか……」
華雄は真桜の決意を感じ、それ以上は余計なことを言わなかった。
「それにな、どないな理由があろうとも、自分のした事は自分で責任とらなあかん。そうせな、ウチの気持ちがおさまらへんねん」
「損な性分だな。だが、そういう奴は嫌いじゃない」
「へへへ……おおきに。それよりも華雄姉さんは、これからどないするんや?」
「旅をして、世界を見て回るつもりだ。かつての自分を取り戻すことは出来ないだろうが、せっかくの新しい人生だ、思うままに生きてみるさ」
一度は死んだ華雄だったが、真桜があらゆる魔術書を読みあさって細胞から複製――いわゆるクローンを造り蘇らせたのだった。不思議な事に、日常生活を送るために必要な知識や、剣の扱い方などは誕生してすぐ思い出すことが出来たのだが、真名を含む個人的な思い出は一切失われていたのである。
「一緒に酒を呑みたかったんやけど……」
「お前は確か、『魏』に行くのだったな」
「そうや。戦いのあった場所に行って、自分のした事をしっかりと見て回ろう思ってる。絡繰り兵士の残骸があるかも知れんしな……」
「私は南の方に行く。どこかで会えたら、その時は酒を呑もう」
「わかった……ほな、行くわ」
「ああ。達者でな」
「華雄姉さんも」
見送りもない夜の闇の中、真桜と華雄はそれぞれの道を歩き始めた。
宮殿に子供の笑い声が響いた。廊下を歩いていた侍女が、思わず振り返るほど楽しげな声だ。側を走り抜けて行ったのは、ここの主の美羽だった。
「見つけたのじゃ!」
中庭の草むらから除く服の裾を掴んで、美羽が声を上げた。
「さすがは袁術様ですね〜、見つかってしまいましたか〜」
「うむ、さすが妾なのじゃ」
ごそごそと草むらから這い出て来た風が褒めると、美羽は嬉しそうに笑って胸を張った。二人は手を繋いで、近くの木陰に腰を下ろす。
「少し休みましょう」
「そうするかの……」
背格好が似ているため、仲良く肩を寄せ合って座る姿は姉妹のようにも見える微笑ましい光景だった。
(それにしても……)
隣で機嫌良く鼻歌を歌っている美羽を横目で見て、風は気づかれないように溜息を漏らす。
(色々な意味で予想外でしたね〜)
もともと、風には勝算のある作戦だった。運も味方したのだが、華佗の紹介で孫権に出会い、姉の孫策を経由して袁術の元にたどり着いた。噂を分析して袁術の子供っぽい性格を利用しようと考えていたのだが、まさか本当にただの子供だとは思わなかったのである。
(とりあえず仲良くなろうと宝ャを使ったのは良かったのですが、まさかここまで懐かれるとは思いもよりませんでした)
美羽に媚びへつらう者は多かったが、風のように接する者はいなかった。それが美羽には新鮮で、何よりも楽しかった。風ののんびりとした雰囲気もあったのだろう、もともと素直な美羽はすぐに風に心を開いてくれた。
風にとって美羽の懐きようは誤算だったが、それ以上に計算外だったのは軍の指揮権についてだった。美羽、あるいは側に控える張勲さえ説得できれば、援軍を送ることは可能だと思っていたのだ。しかし実際は、この二人に軍に対する権限はほとんどないとさえ言えるほどだった。
(ここまで政治的な結びつきしかないとは思いませんでしたね−。袁家の名前と、おそらく張勲さんの策謀あっての今の力ということなのでしょうか……)
軍の大半は、豪族たちの部下によって構成されている。つまり、張勲から各豪族に対して出兵依頼を出すことで、大軍を動かすことが出来るのだ。もしも豪族たちが断れば、それを強制する力は美羽たちにはない。
ちなみに、美羽たちの直属軍はわずか1万の私兵と、孫策たちのみである。
(合わせても2万に満たない援軍では、焼け石に水というところですか……)
美羽と遊びながら、風はさすがに内心で慌てていた。大軍を動かすには時間も掛かるが、曹操が攻められる前に行動を起こさなければ間に合わないのだ。そうこうしているうちに、曹操の公開処刑が実行され、無事に救出されたという報告がもたらされたのだが、ここでまた誤算が発生したのである。
(すぐに動くと思われた何進軍が、あれ以来、特に目立った行動を見せていません。不幸中の幸いではありますが、不気味ですねー)
曹操を救出後、再び何進軍が攻め込むだろうと考えての、風のこれまでの行動だった。結果的に間に合わなかったので、何も動きがないのならその方が良いのだが、風はこれがもっと大きな事件の前触れのような気がしてならない。
「何をそんなに難しい顔をしておるのじゃ?」
「おぉ……袁術様。風はそんな顔をしていましたか?」
「文官どものような顔じゃった」
珍しく考え事が顔にでたのか、風はいつもの眠そうな表情で誤魔化した。
「張勲さんが心配されます。そろそろ戻りましょうか?」
「……」
「どうかしましたか?」
「のう、風……。どうして、妾の真名を呼んではくれんのじゃ?」
突然、目を潤ませて服の裾をぎゅっと掴んだ美羽が、風を見て言った。
「妾は風を友達と思ったから、真名を許したのじゃぞ? それとも、そう思っていたのは妾だけじゃったのかえ?」
「……そんなことありませんよ、美羽様」
「風……」
「ちょっとだけ恥ずかしかったのです。風は照れ屋なので」
「そうか……安心したのじゃ」
ぽふっと胸に飛び込む美羽を撫でながら、風は自然と笑みがこぼれるのを感じた。
(張勲さんもこんな気持ちなんですかねー)
思惑とは違う展開ではあったが、この繋がりは無駄ではないだろう。暖かい気持ちを胸に、風は美羽のぬくもりを堪能していた。
寝台に横たわる冥琳のすぐ側で、雪蓮が心配そうにその寝顔を見ていた。妹の蓮華の紹介でやってきた華佗が、冥琳を見るなり顔色を変えて言ったのである。
「すぐに治療をしなければ、危険だぞ」
華佗の噂は聞いていたし、名医だという蓮華の言葉もあって治療を頼んだのだ。その代わりに頼まれたのが、程cを袁術と引き合わせるという事だった。
最初は「そんな暇はない」と頑なに拒んでいた冥琳だったが、雪蓮が強引に治療を受けさせて今に至る。華佗によれば、あのまま放っておいたらあと数年の命だったかも知れないとのことだった。
(冥琳……いつも、無理ばっかさせてたもんね)
きっとこれからも、冥琳は自分のために無理をするだろう。でもだからこそ、体は大切にしてもらいたい。
「……ん……雪蓮」
「あっ、目が覚めた?」
ゆっくりと体を起こす冥琳の背中に手を添えて、雪蓮は優しく微笑む。
「なんだかすごく、体が軽い……久しぶりに眠った気がする」
「そんなに寝不足だったの?」
「ふふ……やることは多いからな」
そう言いながら起き上がろうとする冥琳を、雪蓮は抑えつける。
「今日は1日、仕事はお休み!」
「そうも言ってられないだろう……」
「大丈夫。書類の片付けは、華佗と一緒に来た賈駆と陳宮、郭嘉の3人が終わらせてくれたわよ。特に見られて困るようなものはなかったし、構わないわよね?」
「……まったく」
「余計なことだったかしら?」
「いいや、助かったよ。ありがとう、雪蓮。それでその3人は?」
「一刀のところに行っちゃったわ。董卓ちゃんも一緒よ。残ったのは程cだけね。吸血鬼の郭嘉は無理だけど、賈駆と陳宮は欲しかったなあ」
「慢性的な人手不足だからな……まあ、今はあっちも忙しそうだから、仕方あるまい」
二人は互いの顔を見て、なんとなく笑った。『魏』の建国を知り、お互いに焦る気持ちがあったのだろう。
「こっちはこっちで、やれることを着実にやるしかないでしょ?」
「そうだな」
冥琳は再び横になり、雪蓮がその手を握る。やがて、冥琳が静かな寝息をたてはじめると、雪蓮はそっと手を離して部屋を出て行った。
説明 | ||
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 あけましておめでとうございます。今年も引き続き、応援してもらえればうれしいです。完結に向けて、がんばります。 |
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