真・恋姫無双 EP.58 天秤編 |
ぼんやりと外を眺める。何かを思うわけでもなく、考え事をしているわけでもない。ただ、青空を流れる雲を視界に捉え、無為な日々を過ごしていただけだった。それが、目覚めてからの北郷一刀の生活である。
寝台の上で半身を起こし、トイレに行く時以外はずっとそうしていた。右腕を失ったが、それ以外は特に問題はない。
「一刀、起きてる?」
呼びかけと共に部屋に入って来たのは、華琳だった。忙しい政務の合間に、こうして食事を運んだりと一刀の世話をしていたのだ。
「今日の食事は、流琉が作ったのよ」
そう言いながら華琳は、まだ湯気が立ち上る皿を寝台横の机に乗せた。
「……また、空を見ていたのね」
「……うん」
視線を合わせずに返事をする一刀に対し、華琳は少しだけ厳しい表情を浮かべた。
「いつまでそうして、逃げ続けるつもりなのかしら?」
「――!」
ビクッと震えて、一刀は華琳を見た。顔は青白く、目には怯えが浮かんでいる。
「一刀、あなたが私を助けに来たせいで右腕をなくし、敵の命を奪ったことに心を痛めていたのだとしても、私はあなたに申し訳ないとは思わないわ。ましてや、自分を責めてクヨクヨと落ち込んだりもしない」
「華琳……」
「もしもそんな事をしてしまったら、それはあなたの決意を軽んじるような気がするからよ」
「俺の……決意?」
「ええ」
大きく頷いた華琳は、椅子を引き寄せて腰をおろす。
優しい眼差しで一刀を見つめ、そっと腕に触れる。
「一刀は何かを守るために、自分が傷つくことを恐れない。迷いもなく、決断をしてしまう。でも本当に、それはしっかりと考えて出した答えなのかしら?」
「……」
「私を助けようと思ってくれた時、一刀はその先にあるものをしっかりと見ていたの?」
「先にあるもの……?」
一刀は答えを見つけるように、視線をさまよわせる。
「あなたが得るものと、失うものよ。守りたいと思う気持ちは尊いものだと思うけれど、その結果、あなた自身が何を得て、何を失うのか、その事をちゃんと考えた?」
「俺は……」
「まあ、衝動的に動いたんだろうということは、容易に想像できるけれど。でも結局、今のあなたはその見通しの甘さによって苦しんでいるわ」
華琳の厳しい言葉が、一刀の心に重く突き刺さる。
「他の人なら、あなたの背負った命の重さを、一緒に背負うと言うかも知れない。でも私は、そんな優しいことは言わないわ。あなたが殺した命は、あなただけが背負うものよ。それは私も同じ。痛みや苦しみを、本当に分かち合うことなんて出来はしない。でもだからこそ、何かを決意する時、覚悟しなければいけないんだわ」
一刀は、華琳の目を正面から受け止めた。
「俺……俺……初めてだったんだ」
「ええ……」
「悪い夢を見ているみたいでさ……目が覚めてからも、どこか現実感がなかった。でも夜になると、無性に怖くなって――」
「思い出すのね?」
「声が聞こえて……手に感触が蘇って、血の臭いがする……。振り払っても、振り払っても消えないんだよ……」
ゆっくりと左手を胸の前まで挙げた一刀は、その手をじっと見つめた。指先は微かに震え、それを抑えるようにぎゅっと握りしめる。
「仕方がないんだって、自分に言い聞かせる。でもさ、死んだ者にしてみたらそんな言葉、何の気休めにもならない。わかってるから、自問自答を繰り返して、答えが見つからなくて……」
「答えなんかないわよ。殺す理由があっても、殺されていい理由なんてない。殺された者は命を失う代わりに、殺した者はその事実を背負うだけ。どんな言葉を連ねても、答えにはならない。それが、命を奪うという行為なのよ」
しっかりと言葉を刻む込むように、華琳は一刀の腕を掴む手に力を込めた。
「何もするなとは、私には言えない。でもだからこそ何かを決断する時、もっとちゃんと考えて欲しいの。自分の行為によって背負うべきもののことをね」
「……うん……うん」
一刀には、華琳が厳しく言うことで自分を心配してくれているのだということが、腕を掴むその力からもよくわかった。だからしっかりと受け止めるように、何度も何度も頷く。
「まったく……世話が焼けるんだから」
「なんか……ごめん」
「いいわ。こうやって一刀を支えるのが、私の使命だって思っているから」
「使命って、大袈裟だな……ははっ」
「ふふ……元気が出たみたいね」
「……華琳、ありがとう」
一刀が素直に礼を口にすると、華琳はわずかに頬を染めて視線をそらした。
「別にいいわよ。だいたい、あなたに早く元気になってもらわないと困るんだから。春蘭と秋蘭も落ち着かないし、桂花なんかイライラして失敗ばかり。呂布と張遼なんか訓練中に一般兵に八つ当たりして、怪我人続出なのよ」
「ああ……」
恋や霞とも、ほとんど顔を合わせていなかったことを思い出し、一刀は苦笑を浮かべる。それに微笑んで、華琳は続けた。
「一刀……みんなが心配してくれて、あなたは幸せ者ね」
「へへへっ……」
照れたように笑う一刀の目から、大粒の涙が溢れてきた。必死に笑おうとするが、止めどなく溢れる涙で顔がくしゃくしゃになる。
それを見ないように、華琳は視線を外した。
「あなた自身がどう思っていようとも、皆はあなたを天の御遣いとして見ているわ。そんなあなたが人前で簡単に泣いたり弱音を吐けば、人々が自分の信じたものに不安を感じてしまう。北郷一刀という男はそれだけの存在なんだということを、肝に銘じておきなさい。でも今みたいに私しかいない時なら……その、好きなだけ泣いたり弱音を吐いても構わないから」
耳まで赤くして、華琳はそっぽを向いたまま言った。一刀の返事は聞こえなかったが、それからしばらく、小さな嗚咽だけが華琳の耳に届いていた。
人里離れた深い深い山奥にある小さな小屋に、二人の少女がいた。
「ねえ、朱里ちゃん……」
大きなとんがり帽子を目深にかぶった少女が、もう一人の少女に声を掛ける。机に向かって書き物をしていた少女が声に気づいて顔を上げ、自分を呼ぶ少女を見た。
「どうしたの、雛里ちゃん?」
雛里と呼ばれた少女は、もじもじとしながら不安そうに目を泳がせて、向かい合うように座った。
「あ、あのね……地脈が少し、乱れているみたいなの」
「地脈が? 天脈は問題なさそうだけれど……」
「それでね……水鏡先生の事、思い出して」
水鏡とは、二人の師であり親のような存在だった。外見こそ七十歳ほどの男性だったが、数百年以上も生きていると言われる仙人のような人物である。だが数年ほど前、世界の終焉を予期した言葉を二人に残し、その姿を消してしまったのだ。
「今まさに、この世界は大変な危機に直面している。この世界の『管理者』たるワシには、やらねばならない事があるのじゃ。しばらく留守にするが、心配するでない。じゃがもしも、ワシが戻らぬようなら天を、地を見るのじゃ。動くべき時を、決して見逃すでないぞ?」
それきり、行方がわからなかった。探しに行くことも考えたが、師の言葉に従って天脈と地脈を観察するようにしたのである。
「何か、不吉な予感がするの……」
「そっか……うん。私ももう少し詳しく天脈を調べてみるね。何かわかるかも知れない」
「うん……」
二人は互いに情報を確認し合い、再び自分のすべき仕事に戻ってゆく。朱里は天脈を、雛里は地脈を調べて、世界の本当の姿を紐解く。それが水鏡の行方にも繋がると信じて――。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 華琳なりの励まし方。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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