虚界の叙事詩 Ep#.13「グラウンド・ゼロ」-1
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帝国戦艦 リヴァイアサン下部

 

γ0057年11月27日

 

6:58 A.M.

 

 

 

 

 

「狭い通路ね…。一体どこに続いていると思う…?」

 

 狭い換気ダクトの通路を進みながら、4人の中の沙恵が尋ねた。周囲にはむき出しの機械

類やらパイプが通っていて、涼しい空気が流れている。そこを鉄骨の通路が走っていたが、通

路というには狭すぎる。腰を屈めてでしか歩けなかった。おそらく、メンテナンス用の通路なの

だろう。

 

 4人は、円柱型の吹き抜けを登り、破壊の箇所を追ってここへと入り込んでいた。

 

「先輩達からの連絡は無し、携帯も駄目なままだ。もし連絡が付いたならば、モニターにこの戦

艦の設計図を送ってもらう事もできたが…」

 

 無言のままの通信機を見つめ、前を進む登が言った。

 

「とは言っても、もともとこの戦艦自体、極秘に製造されたものらしいから、すぐに設計図を入

手する事は不可能だがな…」

 

 そう太一が言った時、どこかの回路がショートしたらしく、その火花が軽い爆発音と共に飛び

散った。

 

 それに怯んだ香奈が軽い悲鳴を上げる。

 

「機体の状態が不安定なようだ。簡単にショートしてしまう」

 

 太一は小走りのまま、ちらりと振り返って香奈の様子を気にした。

 

「そうだね、さっきからどうもおかしいよ。『ゼロ』っていうのが側にいるのとかもあるけれども、

やっぱり何かおかしい感じがするの」

 

 香奈は自分の感じている事を呟いた。

 

「それってどんな感じ?」

 

「何か…、この大きな戦艦自体が、強い『力』を発しているような、そんな感じを受けるんだよね

…」

 

 その言葉に、沙恵はどう答えたら良いか迷ってしまったようだった。

 

「それって具体的に…?」

 

「そう…、だね…。…、この戦艦自体から、以前から感じていた『ゼロ』っていうのと同じような

『力』を感じるんだよ…」

 

 香奈は皆に付いていきながらそう答えていた。それが、彼女が感じていた事を、ありのままに

あらわした言葉だった。

 

 誰も何も答えられない。どう答えたらいいのか分からない。そのような状態が少しの間続い

た。

 

「そこ…、不安定そうだから気をつけたほうがいい…」

 

 太一は香奈の言った事を気にしたのかしなかったのか、彼女の方を振り返って冷静に注意

を促した。

 

 香奈は自分の周りを見渡す。通路の所々から火花が飛び散り、また鉄骨の通路が嫌な音を

立て出した。

 

 それを知った時、彼女は姿勢を大きく崩した。彼女だけではない。同じブロックの通路にいた

全員が、体勢を崩す。

 

 換気口内の通路の鉄骨が、ショートした時の衝撃で外れかかっていたのだ。それが4人の体

重がかかった事で、今にも外れそうになっていた。

 

「まずい、落ちるッ!」

 

 登は叫び、何かに捕まろうとしたが、足場自体が崩れ落ちて行くのでどうしようもなかった。

 

 換気口の通路、そして換気口それ自体も崩れ、4人は落下する。

 

 換気口の下は、天井が高く、幅の広い大きな通路になっていた。

 

 香奈は、半ば体勢を崩しつつ地面に着地する。だが、突然の出来事でとっさに行動できなく

て、思わずその場に転げてしまった。残りの3人も次々に落ちてきて、何とか着地に成功する。

崩れてきた足場の鉄骨もその場に散乱した。

 

「痛い…、皆、大丈夫…?」

 

 香奈は仲間達に尋ねた。だが、皆着地に成功し、少なくとも香奈よりは無事な様子であった。

 

「ここはどこ…」

 

 沙恵が辺りを見回した。

 

「分からない…、だが、ここに『ゼロ』は来ていないようだ…」

 

 今の換気口の事故を除けば、この通路では何も起こっていないようだ。人さえもいない。ただ

通路を赤い色が染め上げている。

 

 登は誰もいない周囲に警戒を払う。だがその時、

 

「誰かが近づいてくるッ!」

 

 彼は一方の方向に身構えた。

 

「そこにいるのは何者だッ!」

 

 それは『帝国兵』の姿だった。4人に対し武器を構えてきている。

 

 今までこの戦艦に潜入してから、『SVO』の4人は死体以外の『帝国兵』とは遭遇していな

い。それは、この艦内で非常事態が起き、指揮系統が混乱しているからだとそう思っていた。

 

 だが4人は今、戦艦のかなり奥にまで潜入してきている。『帝国兵』と遭遇しても不思議では

無い。

 

 とはいえ、そこに『帝国兵』達に、まるで守られてでもいるようにして一緒にいる者の存在に

は、4人は驚いた。

 

「あの人は…!」

 

 香奈が思わず呟く。

 

「拘束しますか?」

 

 『帝国兵』の一人が、兵士達に守られている者に尋ねた。

 

「いえ、あなた達では無理です。私がやるしかないでしょう。管制室から情報が入ったらすぐに

伝えなさい」

 

 それは『帝国』の国防長官である、浅香舞だった。彼女は自分を守っている兵士達を押しの

け、自分が最も前に出る。

 

「し、しかし…」

 

「この非常時。余計な存在はすぐに排除していかなければ、本来の目的に支障が出ます。それ

とそう、彼らの扱いに関しては、私は誰よりも心得ているつもりですから、ご心配には及びませ

ん」

 

 そう言って彼女は、ずっと自分の腰に吊るしていた、赤く光る剣を抜いた。それは相変わらず

その輝きを保ち、非常灯の赤い光を輝きに変えて反射している。

 

「僕らだって、余計な争いはしたくないさ…。しかし、何よりも任務最優先だ」

 

 登が独り言のように呟く。

 

「でも、断固としてお互いが任務を優先するならば、ぶつからざるを得ないでしょう。それとも、

痛い目を見たくないから、大人しく降伏しますか? むしろその方がお互いにとってもいいでし

ょう」

 

 『SVO』の4人と一定の距離を保ちながら、舞は彼らに剣の刃先を向けて冷静に言う。その

鋭い視線はしっかりと4人の方を向いていた。

 

「こんな所までわざわざ警備の隙をかいくぐって来たのに…、そう簡単に捕まりたいと思う

…?」

 

 沙恵は強気になって言って見せたが、彼女の呼吸は荒くなって来ていた。舞に向かってすで

に身構えていたが、その姿勢もどこか硬い。それは沙恵が、舞の強さを身を持って知っている

から。

 

 香奈もそうだ、目の前にいる『帝国』の国防長官は只者ではない。自分達4人を相手にして

も、圧倒的な力で打ち勝って来ている。ただの『帝国兵』ならば、どんな新兵器でかかって来ら

れても立ち向かえる『SVO』だが、この舞だけは、まだ一度も退ける事ができていない。

 

「悪い事は言いません。私だってこんな事をしている時間は無い」

 

 舞は言い放ったが、『SVO』は誰一人として武器を捨てようとはしなかった。その気配さえ見

せない。

 

「…、僕らが引き付けておく。君達だけで『ゼロ』を探しに行くんだ…」

 

 登は、舞の方には聞えないくらいの声で香奈と沙恵に言った。

 

 彼女達は静かに頷き、舞の方から足を遠ざける。

 

 剣の刃先を4人の方へと向けながら、『帝国兵』達の見ている前で、ゆっくりと近づいてくる

舞。そして、香奈と沙恵は、太一や登よりも後ろ側に回り込む。

 

「仕方ありませんね…」

 

 舞は呟き、一気に間合いを詰めた。

 

 それが開戦の合図だった。舞は目にも留まらないスピードで、一気に登との間合いを詰め

る。

 

 登は、舞の最初の斬撃を、自分の武器である槍で防いだ。

 

 だが防いだとしても、舞の攻撃は、登の体を数メートル後退させるほど強烈なものだった。さ

らに衝撃波は鋭い刃となり、登の右頬を切り裂く。

 

「彼女の攻撃を絶対に受けないで! もし受けたら、『力』を封じられてしまうよ!」

 

 そう叫んだのは沙恵だった。

 

「ああ、分かっている! それよりも君達は早く行くんだ!」

 

 登がそう叫ぶのと同時に、舞の次なる攻撃が迫ってきた。登の体勢は舞の第一撃を受けた

衝撃で良い状態ではない。今の体勢では致命的な一撃を見舞う事になる。

 

 だが舞の次の攻撃は、太一によって防がれた。彼が登よりも前に出る事によって、舞の次の

斬撃は防がれる。

 

 舞の剣による攻撃は、軽やかで素早いもののように思えて、実際の攻撃力は相当のものが

ある。一博の大剣よりも攻撃力があるかもしれない。それは彼女が単純な力で剣を操っている

のではなく、『能力』で剣の攻撃力を増している事を意味していた。

 

 太一はその斬撃に、その場から弾き飛ばされた。

 

「無駄な抵抗は止めなさい…」

 

 舞は、太一が吹き飛ばされ、通路の壁に激突しても、次の攻撃をして来ようとはしない。まだ

太一と登との距離を保ったまま、その視線だけでも圧倒されそうな程の目で登と視線を合わせ

ている。

 

「…、今だ」

 

 登がそう言うと、香奈と沙恵は舞とは逆方向に走り出した。

 

「ほら、急いで」

 

 沙恵が香奈に呼び掛ける。

 

「そう簡単に逃がすと思いますか? この通路を遮断するように言いなさい!」

 

 兵士達の方に舞は言い放ち、登の方へと一気に間合いを詰める。

 

 踏み切りから攻撃まで、ほんの0.1秒すらもない。登は『SVO』一のスピードが自慢で、舞の

攻撃の速さには何とかついて行ける。だから自分の武器である槍によって防御の体制を取る

事はできた。

 

 だが、舞の攻撃力はその衝撃波だけでも、通路の壁面が破壊されてしまう程の威力がある。

登は防御をする事はできたが、その体は後ろに後退させられた。姿勢も大きく崩れ、思わず地

面に手を付く。

 

 元の体勢に戻り、再び舞の方へと向かっていく太一は、ちらっと沙恵と香奈の方を向く。彼女

達は全速力で自分達から遠ざかって行っていた。

 

 しかし、彼女達が20mほどは離れた時だろうか、赤い非常灯、鳴り響く警報の中に、新たな

警報が鳴り響き出した。

 

 そしてアナウンスが流れる。

 

「A−14通路で非常事態発生! 通路を遮断します!」

 

 そして、緊張した警戒音と共に、この大通路の上部から、頑丈そうなシャッターが幾つも降り

て来ていた。

 

 香奈と沙恵は急いだ。自分達の走って行く目の前の通路が、幾つものシャッターによって塞

がれようとしている。

 

 どこにも横道はない。シャッターが閉じる前に走り抜けなければならなかったが、とても間に

合うような距離ではなかった。

 

 香奈と沙恵は、一つのシャッターが閉じる直前、ぎりぎりのところを転がり込むようにしてすり

抜けた。

 

 だが、さらにその先でもう一つ先のシャッターが閉じられようとしていた。

 

 重い音と共に、分厚いシャッターが閉じられる。

 

「香奈、破壊できない?」

 

 大きくA−148と書かれたシャッターに向かって、沙恵と香奈は走っていく。沙恵は香奈に振

り向いて尋ねた。

 

 香奈は、走って行きながら、自分の手の平を向け、そこに『力』を集中。オレンジ色のエネル

ギー体を集め、それを何回かに分けて次々と解き放った。

 

 シャッターまでそのエネルギー体は飛んで行き、その場所で次々と爆発を起こした。一発一

発が手榴弾ほどの威力があったが、煙の先に見えるシャッターはびくともしていなかった。黒い

煤が付いただけである。

 

「駄目。全然ビクともしない」

 

 香奈は首を振って言った。

 

「じゃあどうしよう。閉じ込められたよ」

 

 沙恵は諦めたように言ったが、香奈は、自分のスカートの腰のポケットに手を突っ込んでい

た。彼女はそこから、カードキーのようなものを取り出した。

 

「それは…? もしかして…?」

 

「うん。通称、何でもロック解除キー」

 

 それは香奈が、たった今、隙を見て太一に渡された、彼のお得意道具の一つだ。

 

「それでこのシャッターを開けるって言うの?」

 

「どこかに操作盤があるはずだよ。そこで使えば開けられるって」

 

 2人はすぐさま操作盤を探し始めた。

 

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 太一は背中から激しくシャッターに叩きつけられた。そのまま地面に落下し、腹ばいになる。

だがそれでも武器である警棒だけは握り締めていた。

 

「そうやって時間稼ぎをするのですか? あの二人が私達よりも先に、この艦内に入り込んだ

あれを見つけるのを」

 

 舞が太一の目の前まで迫ってきて彼を見下ろしていた。

 

 太一の方は何も答えない。素早く立ち上がると、警棒を前に向けて彼女と対峙する。

 

「無駄な努力を。あなた達にあの存在を捕らえる事なんて絶対に不可能ですよ。知っているで

しょう?」

 

 太一はまだ舞の攻撃を直接受けていない。彼自身、舞の『力』の正体は知っている。その攻

撃を受ける事があるならば、自分の全『能力』は封じられてしまう。

 

 おそらく彼女は、対高能力者との戦いに対応する為に特別な訓練を受けたかしたのだろう。

もしくは生まれつきの才能で、それ故なのか。舞の経歴の細かい部分は、『SVO』の方にもあ

まり入ってきていない。

 

 とにかくまだ太一も登も自分の『力』をフルに使って戦う事ができている。だが彼ら2人がかり

でも、舞との実力の差はあまりにもありすぎた。

 

 太一は電流を纏わせた警棒を使い、舞を攻め立てる。彼は滅多に見せる事の無い、警棒で

の連撃を行っていた。それも、『高能力者』の使う全力疾走での連撃だ。残像を残し、音の速

度よりも速く、光のような彼の動きは凄まじかった。舞と共にやって来ていた『帝国兵』達には、

彼の動きは、あたかも彼が何人もいるかのように見えていた事だろう。

 

 だがそれでも舞は、彼の攻撃を全て受け流していた。

 

「速い。本当に速いですね、あなたの動きは。それでも私には全て見切れる」

 

 そう喋っている暇があるほどに、舞には余裕があったのだ。彼女の剣による防御のスピード

は、太一のそれを更に上回っていたからだ。

 

 登も、その中に加わった。彼も槍を突き出して舞に連撃を浴びせ出した。

 

 登の動きも太一に負けないくらいのものがある。いや、彼以上の速さだ。まるで光のような彼

の動きは、ライフルの弾よりも速い。

 

 そんな彼も、今では本気のスピードを出していた。普段ならば、そんな事をしなくても大抵の

相手に打ち勝ってしまう。しかし、太一の攻撃を楽々と見切れる舞には、本気を出さざるを得な

かった。

 

 太一と登は、『SVO』の中で1、2を争うスピードを発揮できる『能力者』だった。しかしそんな

2人がかりでも舞には一撃も浴びせられない。

 

 太一の警棒と、登の槍。両者の高速の連撃が重なり、舞を捕らえようとする。残像だけが幾

重も幾重も残り、さらにはうねるような風を切る音が鳴り響く。

 

 何十、何百という数の攻撃を太一と登は繰り出した事だろうか。それでも舞の体、いや服に

すら、かするような一撃は存在しなかった。

 

「時間の無駄ですね。あなた達と戦っている暇など私にはないッ!」

 

 舞は突然に言い放ち、自分の体を中心とし、一回転をしながら剣を一閃させた。その瞬間、

彼女の体が強い赤色に光り、同時に、剣からは猛烈な勢いで炎が吐き出される。

 

 飛び退るような間も無い。剣による斬撃は免れた太一と登だったが、炎と、それが吐き出さ

れる瞬間のエネルギーの衝撃波のようなもので吹き飛ばされた。

 

 舞が放ったエネルギー体は、空気中で化学反応を引き起こし、炎と爆発を起こす。

 

 吹き飛ばされた太一と登は、何とか受身を取りながら地面に着地した。

 

「大丈夫か、太一ッ?」

 

 登が太一を気遣う。だが太一は防熱さえもできるコートで炎の被害を免れていた。登の方が

上着を焦がされ、軽い火傷をも負っている。

 

「いつまで時間を稼ぐつもりです?」

 

 登の目の前までやって来た舞が、彼を見下ろして言った。

 

「可能な限りさ…」

 

 登は舞と目線を合わせてそう言う。手はしっかりと槍を握り締めていた。

 

 一瞬の間があった。赤い非常灯と警報音の鳴り響く中、両者は目線を合わし、対峙する。舞

は剣を軽く持っているだけ、登が槍で突きを繰り出せば、一瞬早く捉えられる。

 

 しかしそれでも、舞の方がさらに速いスピードで攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

 緊張が走っていた。だがその時、警報音の鳴り響く中に、一つのブザーのような音が鳴り響

いた。

 

「A−14ブロックのシャッターを解放します」

 

 アナウンスが鳴り響く。

 

 舞は何事かとシャッターの方を振り向いた。そこに隙ができた。

 

 太一と登の行動の方が素早い。

 

「待ちなさいッ!」

 

 上へと上がっていく重厚なシャッター。その開いた隙間の中に、まるで滑り込むようにして太

一と登は体をくぐらせる。

 

「追いなさいッ! 早くッ!」

 

 舞もすぐに彼らの後を追い出した。

 

 

 

 

 

「開いたッ! 急いでッ!」

 

 シャッター横の壁に備えられていた操作盤に、何でもロック解除キーなるものを差し込み、香

奈達は目の前に立ち塞がったシャッターを開けていた。

 

 ブザーが鳴り響き、重厚なシャッターが上へと開かれていく。

 

 腰の高さよりも上まで上がるのよりも早く、香奈はシャッターの下から身を潜らせ、沙恵もそ

れに続いていた。

 

 赤い色の非常灯に照らされた廊下を2人は再び走り出していた。

 

「太一達、大丈夫かな?」

 

 背後を振り返りながら香奈が言った。

 

「さあ、長くは持たないかもしれない…。ほとんど自殺行為だよ…」

 

 実際、沙恵は舞と一戦を交えた事がある。彼女の戦闘能力の高さは良く知っていたし、香奈

も同じだった。

 

「それと、あたし達の探しているあれは一体どこにいるって言うの」

 

 香奈が言った。

 

「何か、感じられないの…? ほら、あいつが近づくと、香奈、何か感じるって言っていたじゃあ

ない」

 

 走りながら沙恵が尋ねていた。

 

「そんな直感みたいなものを信じていいの?」

 

 香奈が言い返す。

 

「だって他に探しようがないじゃあない」

 

「でも、それって、沙恵だって感じられるはずだよ。あたし達皆、特別な『力』を発揮できるんだ

から。あれだけ強い『力』なら感じられるよ」

 

「そう? うーん、でも良く分からない…」

 

 沙恵がそう言った時だった。

 

「太一と登君だよ! 無事みたい」

 

 背後から開きかけのシャッターをくぐりながら、全速力で走ってくる太一と登の姿を見た香奈

が言った。

 

「大丈夫?」

 

「さあ、どうだろうね。とにかく急いだ方がよさそうだ。後ろからさっきの国防長官が追って来る」

 

 登が呼び掛け、4人は再び走り出した。

 

 赤い非常灯の照らしている通路。さっきから特に変化は無い。通路はずっと先の方まで伸び

ていて、先の方で大きな吹き抜けのような場所に繋がっているようだった。

 

「太一、このキーを返しておくよ」

 

 走りながら香奈は太一に解除キーを返していた。

 

 太一と登は、自分達の走る速さに合わせて走ってくれている。それは香奈には良く分かって

いた。本来ならば、任務を優先し、太一と登は自分達のスピードで走って行くべきなのだろう

が、彼らは先走る気持ちを抑え、自分と沙恵の速さに合わせて走ってくれている。

 

 それはなるだけ多い人数で、あの『ゼロ』に立ち向かうべきだから、と取る事もできるのだ

が。

 

「あなた達2人だけで先にいっちゃっていいよ。早く目的を果たしてッ!」

 

 沙恵も、もちろんその事に気付いていた。だが登は、

 

「いいや、皆で行かなければ駄目だ。君も話していただろう? 『ゼロ』というのは只者じゃあな

く、4人がかりでも逃げるのが精一杯だったって。だから僕ら2人で行っても駄目だ。なるだけ

多い人数でかからないと…!」

 

 背後をちらちら振り返りながら登は言う。さっきの国防長官、浅香舞が追って来ていないかと

気にしているのだ。

 

「でも、4人がかりでもまた相手にならないよ」

 

 沙恵が反論した。

 

「じゃあこの場であいつを見逃すって言うのかい? とにかくどうにかしなきゃあならないんだ」

 

 そう登が言った時だった。

 

「もうそこまで、観念しなさいッ!」

 

 いつの間に回りこんだのか、4人の目の前の通路には舞が立ち塞がった。4人に向かって赤

い色を放つ剣を構えている。

 

 彼女が立ち塞がったのは、通路が十字路で交差している場所。おそらく舞は、『SVO』とは別

の道を通って回り込んで来たのだ。

 

 『SVO』の4人は、一斉に彼女に向かって視線を合わせる。

 

「その気になれば、4人同時に息の根を仕留める事だってできる。今までそうしなかったのは、

そうする必要が無かっただけ。だけれどもこの状況。もはや他に選択肢は無い」

 

 舞は、礼儀正しいいつもの様子ではない、強い口調で言い放った。

 

 香奈は息を呑む。彼女の言っていることは本当だ。だが、自分達の目的の為には命をかけ

る事も覚悟している。

 

 強い緊張が流れた。

 

 だが数秒もした時、艦内に鈍く強い音、轟音が響き渡った。

 

 次いで、機体が激しく揺らぎ、通路が揺れる。舞を含めた5人は、突然の出来事で立っている

事ができず、床に転がった。それだけ激しい振動だった。

 

「一体、何が…?」

 

 香奈は頭をかかえて立ち上がった。が、機体は斜めに傾いたままだ。通路が横に傾斜してい

る。

 

「B−14ブロックで火災発生。繰り返します、B−14ブロックで火災発生!」

 

 アナウンスがけたたましく鳴り響いた。

 

「あいつだよ…!あいつが、迫ってきている!それを感じる…」

 

 香奈は直感し、思わず呟く。

 

 彼女は感じていた。以前にも感じている。そして今さっきまで感じていた気配を。それは、『ゼ

ロ』という存在が間近に迫った時に感じられる、文字通り彼の気配だ。

 

「…、あなたも感じる…?今の気配を…?」

 

 目の前にいた舞は、驚いたように香奈の方を見ていた。

 

「…? 何の事だか分からない」

 

 香奈は身構えて舞に言った。毅然とした態度で答える。決して相手に油断を見せるわけには

いかない。

 

「あなた達は、一体…、何者です…?なぜ、“私と同じように”、あの気配を感じられるのです?

 まさか、だからこそ、ここまであの存在に近付く事ができるのか…?」

 

 舞は剣こそ手に持っていたが、何かに驚いたような様子で、剣を構えるような様子は見せな

い。隙だらけと言ってもいい程だった。

 

 彼女の表情に、驚愕が表れている。

 

「私と同じように…?ってどういう事?あなたが何を言っているのか、良く分からない。でも、そ

こをどいてくれないって言うのなら、無理にでもあたし達は通らせてもらう。それだけ」

 

 強い口調で香奈は言い放った。そして、舞の方に身構えたまま、じりじりと距離を詰めていく。

 

「それ以上近づくと、容赦しません」

 

 しかし、舞の方もすぐに構えに移った。迫ってくる香奈に向かって剣を向け、隙の無い構えに

なる。

 

 一人迫っていく香奈。

 

「香奈、一人で立ち向かうなんて無茶だよッ!」

 

「そう思うなら、皆も来てよ」

 

「言ったでしょう?4人同時に倒す事もできるってッ!」

 

 香奈の言葉に、舞はいきり立つ。

 

「じゃあ、ハッタリじゃあないって見せてみたら?」

 

 強く出る香奈。彼女はしっかりと舞と目線を合わせてそう言っていた。

 

「断固として降伏しないというのですね…?」

 

 舞は、香奈の方へと今にも脚を踏み出そうとしていた。剣の刃先の先は香奈の方へと向いて

いた。

 

 香奈は強気にも、走り出そうと脚を踏み出した。同時に舞もそれを逃さずに動く。

 

 だが、その時だった。一発の重い銃声が響いた。

 

 舞は思わずその場で脚を止めた。

 

 そして、香奈の体は大きく飛ばされた。

 

 舞は銃声がした方向を振り向く。

 

 そこに立っていたのは、他ならぬ『帝国』の『皇帝』、ロベルトだった。彼は、硝煙が上がった

ままのショットガンの銃口を向け、その冷徹な視線を向けていた。

 

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 香奈の体は衝撃によって大きく飛ばされ、壁に強く叩きつけられた。そして、その場で地面へ

と崩れる。

 

 彼女は、ロベルトの放ったショットガンの散弾を思い切り体に受けていた。

 

「か…、香奈ッ!」

 

 沙恵は目の前の光景に思わず叫んで、真っ先に彼女の方に駆け寄ろうとする。香奈の方は

地面へと倒れるとぐったりしてしまっていた。

 

「こ…、皇帝陛下…、こんな所で一体何を…?」

 

 『皇帝』がこの場にいる事は、舞にとっても驚きの事だった。

 

「たった今、高威力原子砲の機能があいつの手に移った。原因は分からないが、分かっている

事は一つ。

 

 照準は『NK』の中心部に向けられたという事だ」

 

 重大な事を話すロベルトだったが、彼女は、落ち着いた表情をあからさまに崩し、ロベルトの

顔を驚いたように見つめているだけだった。

 

「さあ、君はさっさと自分の仕事をしろ。事の重要性は分かっただろう?」

 

 冷たい口調でロベルトは言い放つように言った。それは命令だった。だが、舞はたじろいだよ

うに、

 

「し、しかし…」

 

 と言葉を漏らし、その場から動こうとしない。

 

「さっさと行け。時間がある内にな」

 

 今度は強い口調で言ってくる。『SVO』の4人の方は、仲間が撃たれた事で、舞に立ち向かっ

ては来ようとはしていない。

 

 だが、始めは警戒しつつ、後ろへ引き下がるかのように動く舞。目の前にいる4人が、再び

攻撃をしかけてくるかもしれない。

 

 しかしそのような事はなかった。彼女は、『SVO』と距離を取ると、素早く行動を始める。

 

 ロベルトに言われたように真っ先に『ゼロ』を捜すため。しかも、高威力原子砲の照準が『N

K』に向いているとなれば、事態はより一層深刻。さらには、いつそれが発射されるかも分から

ない状況でもある。

 

「香奈ッ! 香奈ッ!」

 

 沙恵は、倒れた香奈の体を抱き起こし、必死に彼女の名前を呼ぶ。

 

 しかし、香奈は左脇腹にショットガンの弾を被弾し、大量に出血、また、飛び散った散弾が全

身に当たっていた。

 

「ああ…、そんな…」

 

 何とかまだ息はある。だが、普通なら致命傷だ。沙恵は、急いで香奈へと彼女の持ち前の治

癒の『力』を送った。

 

「頑張ってッ! 絶対に死なせたりしないからッ!」

 

 沙恵は必死に香奈へと呼び掛けていた。香奈は、薄目を開けているだけで、ほとんど意識が

無い。

 

 一方のロベルトの方は、ポンプアクション式のショットガンをリロードし、銃口を構えると4人の

方へと迫ってくる。

 

「アサカ君が『ゼロ』を捕らえるまでは、私がここでお前達を足止めしなくてはならなくなった。ど

うせお前達には『ゼロ』を止める事などできまい。無駄な抵抗をすると今のようになる、よく肝に

銘じておけ」

 

 感情の篭っていないような冷徹なロベルトの声。

 

「香奈、何とか言ってよォ!」

 

 沙恵の方は必死に香奈に呼び掛けるが、まともな返事は返って来ない。香奈の口から漏れ

て来るのは、一筋の血と、息切れしたように喘ぐ声だけだった。

 

「いいか、諦めるのなら今の内にしろ。今ならば命だけは助けてやるからな…」

 

 ロベルトの銃口は、沙恵の方に向けられている。彼女はあまりにも隙だらけで撃とうと思え

ば、いつでもロベルトには撃つことができただろう。

 

「手を煩わせるな…!」

 

 まるで死を宣告するかのようなロベルトの声、それと同時に、彼の持つショットガンから散弾

が放たれた。

 

 銃口から放たれた弾は、放射状に飛び散りながら、沙恵の方へと飛んでいく。沙恵は、銃弾

の音にロベルトの方を振り向いたが、とても間に合うような時間はない。

 

 しかし、彼女の方へと飛んで来る散弾の全ては、空中に現れたプラズマ形状の結界のような

ものによって受け止められた。

 

「諦めるなんて言葉は、僕らには無いのさ。もしあんたが僕らの前に立ち塞がるのならば、僕ら

はあんたを倒さなければならなくなる!」

 

 登がロベルトに向かって言った。彼はすでに相手の背後へと周り、槍を突き出そうとしてい

た。

 

 沙恵と香奈を包むバリアを張ったのは登ではなく、太一の方だった。彼が、電流バリアを空

中に張ったのだ。彼自身もロベルトの方へ向かって身構えている。

 

「ほう…?」

 

 登は、素早く槍をロベルトの方へと突き出す。正確にはロベルトへと突き出したのではなく、

彼の持っているショットガンの方だった。彼は武器を捨てさせるつもりだ。

 

 だが、ロベルトは彼の槍を軽々と避けた。

 

 槍を避けられる事を知った登は少し驚いた。普通ならば槍を突き出した事すら見る事ができ

ないはず。だが、すぐさまロベルトに向かって更なる攻撃を続けた。

 

 しかし、次々と繰り出される槍の攻撃を、ロベルトは相手との距離を引き離す事によって避け

続ける。

 

 ロベルトの動きは思ったより素早い。彼の動きは常人以上のものだ。おそらく彼も『高能力

者』だ。登は直感する。

 

『帝国』という一国の最高権力者が『高能力者』だというのも偶然な話だが、彼が元軍人だと考

えれば、無くも無い話。防衛庁が手に入れたデータではどうだったか。確か、彼がかつて、『帝

国軍』にいたという事しか書かれていなかった。

 

 『帝国』の『皇帝』が『高能力者』だという事は、公にはされていないらしい。

 

 登と、一定の距離を取ったロベルトは隙を作り、冷静に、ショットガンの引き金を引いた。

 

 鈍い銃声が聞えてくるよりも前に、登は、ロベルトの放つショットガン、そして彼自身の体が、

黒いエネルギー体のようなものに包まれるのを見ていた。赤い非常灯の光の中でもはっきりと

それは輝き、そして、黒い波動のようなものは、ショットガンの発射と共に、銃口から弾へと移

っていった。

 

 ショットガンから放たれた散弾の一つ一つに、その黒いエネルギー体が付随したまま放たれ

る。

 

 散弾のスピードは通常のショットガンと変わらない。つまり登にもその散弾を避けきるのは容

易な事。

 

 登は残像を残しながらロベルトの放った散弾を避け切り、再びロベルトの方へと向き直った。

 

「そんなショットガンの弾ぐらいで僕らに立ち向かえるとでも? それに今のあんたの動き、大し

たものでもなさそうだ。少し人間離れしている動きができるんで驚いたが…」

 

 ロベルトの背後には、さらに太一が構えた。

 

「そう思うか?」

 

 冷静な表情を崩さないままのロベルト。彼は太一が自分の背後にいる事に気付かないでい

るのか。だからこそ余裕なのだろうか。

 

 いやむしろ彼は、太一が背後にいる事は知っているが、彼に背後から奇襲されても、簡単に

阻止できるからこそ冷静でいられるという風だった。

 

「香奈を不意打ちで倒したからってつけあがるなよ。本当に降参すべきはあんたの方なんじゃ

あないのかッ」

 

 登は言い放ち、ロベルトの方へと向かっていこうとした。

 

 しかしその時、彼は自分の背後から何かが迫ってくるのを感じる。

 

「おいッ! 登ッ! 後ろだッ!」

 

 突然、叫びかけられる太一の声。

 

 警報が鳴り響いている中で、何か、うねるような音が背後から迫ってきている。

 

 登は背後を振り向いた。そこからは、さっき避けたはずのショットガンの散弾が、黒いエネル

ギー体を纏わせたまま迫ってきていた。

 

 ロベルトへと突進する構えだった登の体勢。散弾を全て避け切るには体の位置が間に合わ

ない。彼には槍を振り払う事しかできなかった。

 

 数発の散弾が、彼の槍によって弾かれていく。鈍い重みを登は感じた。普通のショットガンの

弾ならこんなに重くはない。まるで数十倍大きさの鉛弾を弾いたかのようだった。

 

 更に、二発の散弾が槍に弾かれずに登の左肩と、そして右脚を撃ち抜いた。

 

 登はその衝撃だけで地面に叩きつけられる。

 

「ただショットガンを撃つだけだと思っていたか。私はお前達の事を良く知っている。太刀打ちで

きないと思えばたった一人で来たりはしない」

 

 地面に倒れた登を見下ろしながらロベルトが言った。

 

 登は、倒れた体を起こそうとする。散弾が当たった場所は急所ではない。しかし、その痛み

はかなりあった。弾は貫通し、服に穴を開けている。出血も相当あった。

 

「そして、お前も…」

 

 ロベルトの背後から迫ってきている太一に、振り返ろうともせずにロベルトは言った。

 

 登の体を貫通した散弾。さらには登の槍によって弾かれた弾が、一斉に太一の方向に向か

い始めていた。

 

「全方向から弾が接近。お前に逃れる術は無い!」

 

 太一に向かっている、ロベルトのエネルギーによって一発一発が操られた散弾は、彼の前後

左右、更には上下からも迫っていた。一箇所の散弾を警棒で防御したとしても、全てを防御し

きる事はできない。

 

 だが、太一は冷静だった。

 

 プラズマを思わせる輝きの電流のバリアが、彼の周囲を覆う。散弾の弾はそこで食い止めら

れた。

 

 それはプラズマのように見えるだけで、実際は空気中に生み出された高磁体の膜。電気によ

って起こされているから、光り輝いて見える。

 

 そこで初めてロベルトは、背後の太一の方を振り向いた。

 

「おっと、バリアのような防御的な力も使えるのか…。思ったよりもお前は器用な奴だ。それに

以前、私を出し抜いた事もある…。頭も切れるはずだ」

 

 太一と目線を合わせ、ロベルトは呟く。

 

 太一は、バリアにエネルギーを帯びた散弾が受け止められるのを確認すると、すぐにまた、

ロベルトに向かって走り出した。

 

 バリアに受け止められていた方の弾も、すぐに太一の後を追う。だが太一の方が弾の追って

くるスピードよりも速い。散弾のスピードは、ロベルトの覆わせたエネルギー体のおかげで発射

時の速度を保ったままだが、それでも太一の方が速い。

 

「やはり、向かって来たか…」

 

 ロベルトは、まるで太一の行動をすでに知っていたかのように、彼へとショットガンの銃口を

向けた。

 

 再び、太一の方へと向けて、ショットガンの鈍い銃声が響き、散弾が飛び出した。

 

 黒い、まるで空間を歪めているかのような姿のエネルギーを帯びた散弾。それが太一に向か

って飛んでくる。

 

 太一は警棒を使ってその散弾を弾き、避けられるものは走ったまま避けた。だが、散弾の一

発一発に込められた強いエネルギーは、たとえ防御したとしても彼の体勢を大きく崩してしまっ

た。

 

「太一ッ!」

 

 太一の弾いた散弾、更には、バリアで受け止めた散弾が力を取り戻し、一斉に太一の方へと

向かい出した。

 

「いいや、大丈夫だ…、多分な…」

 

 太一はすぐさま新しいバリアをその場で張る。彼を中心として、球を描くように現れた電流の

火花を飛び散らす膜が、散弾の塊を防いだ。

 

 その様子を、ロベルトは鼻を鳴らしながら見ていた。

 

-4ページ-

 

「香奈、しっかりしてッ!」

 

 太一と登がロベルトと戦っている間、沙恵は必死に香奈の応急処置をしていた。本来なら致

命傷となってしまう重傷の香奈だったが、沙恵の持つ高い『治癒能力』によって、一命を取り止

めていた。

 

 だが、まだ香奈は意識が薄く、喘ぐような声しか出せない。

 

 ショットガンをかなりの至近距離から撃ち込まれた香奈は、大量の出血をしている。沙恵は

全身彼女の返り血で血だらけになりながら、とにかく持てる『力』を総動員して香奈の治癒に当

たっていた。

 

「絶対助かるって。あたしがついてる」

 

 沙恵がそう呼び掛けると、ようやく香奈は薄目を開けた。

 

「い、痛い」

 

 香奈はそう、聞き取れないくらいの声で呟く。

 

「大丈夫だって。あたしが治しているんだから、ね」

 

 香奈の左脇腹の被弾した傷は、沙恵が何とか痛みを抑えていられたが、散った散弾は、彼

女の全身に当たっていた。急所に当たっていないだけでも良かったが、傷は酷かった。

 

 

 

 

 

 

 

「国防長官が、奴を捜して捕らえるまでだ。私はそれまでお前達を食い止めていればいいとい

うわけだ」

 

 ロベルトは、目の前でバリアで散弾を防いでいる太一を見て、彼にそう言った。

 

「なるほど、そうか。だがあんたにそれまで俺達を抑えている事ができるかな」

 

 と、呟く太一。ロベルトの背後では、登が、脚と肩に強化された散弾の弾を被弾していたが、

何とか立ち上がり、ロベルトの背後に向かって身構えた。

 

「それはそうと、お前の『能力』でいつまで弾を受け止めている事ができるかな?」

 

 太一のバリアに食い止められている散弾の弾は、十数あったが、まだ空中を飛び交っている

ものが幾つかあった。その内の、2、3個が、すでにバリアの場所で止まっている弾に命中す

る。

 

 それにより、太一のバリアには深い亀裂が入った。

 

 更に、幾つもの散弾が、すでにバリアに受け止められている散弾に命中し、あっという間にバ

リアが崩壊する。

 

「そう、お前の一時しのぎで張っているバリアなど、簡単に破壊できるのさ」

 

 太一は、20数の、黒いエネルギーを持った弾にさらされた。彼には新たにバリアを張る余裕

が無く、全てを警棒で弾く事も、またそれらを避ける事もできない。

 

 だが太一は可能な限りの事をした。彼は自分の持てる身体『能力』を爆発させ、とてつもない

スピードで体を動かす。

 

 とにかく体の急所目掛けて飛んで来ている弾を警棒で弾き、可能な限りを避ける。警棒に鈍

い衝撃が走り、それだけでも大きな負担をかけた。

 

 約十の弾はそれで免れる。だが、残りの散弾が、次々と彼の体に命中した。彼の着ているコ

ートに黒いエネルギー体は、まるでねじ込むかのようにしわを寄せて突入する。

 

 太一は宙に飛ばされた。そして天井に激突した後、通路の床に叩きつけられる。

 

 太一の体からは硝煙が立ち上った。

 

「た、太一!」

 

 登は叫んだ。太一は始め、ぐったりしたように動かなかったが、やがてゆっくりと身を起こそう

とする。

 

 太一のコートは、防熱、防寒の特殊繊維としてだけではなく、防弾の役目も果たしていた。も

っとも、彼自身が多くの防御策を持っているので、コートが防弾の役目を果たす事は今までに

無かったわけだが。

 

 しかし太一はすぐに立つことはできない。しかもかなりのダメージを負っていた。

 

「たとえ高性能な防弾繊維だったとしても、私のエネルギーを帯びた弾のダメージは防げんさ」

 

 ロベルトは、強気に言った。

 

「そして、まだ弾はその力を失ってはいないぞ!」

 

 太一を攻撃した十発ほどの散弾が、旋回しながら再び彼の方へと戻って来ていた。太一はそ

れを傷ついた体で避けようとする。

 

 地面に転がりながら太一は弾の攻撃を避けた。まるで、矢の雨のように床へと降り注ぐ散

弾。そしてそれは床を貫通していった。

 

 弾の居場所を見失う。黒いエネルギーを纏った散弾は、床下へと入り込んでいった事で、太

一達の視界から消えてしまった。

 

「やろうと思えばこんな事だって出来る。お前はさっき、私など敵ではないと言っていたが、戦い

方によっては有利に持っていく事など、幾らでもできるんだよ」

 

 登を見下だすかのような視線で、ロベルトは言った。だが登の真剣な眼差しはしっかりとロベ

ルトを見据えている。

 

「じゃあ僕らにだって、勝機が回ってくる事はあるさ!」

 

 登はロベルトの方に向かって飛び出した。彼は右脚に散弾を貫通する負傷をしていたが、そ

れでも左脚だけで踏み切っている。さらに十分に登の動きは速い。

 

 しかしその時、登の足元の床が、まるで下側で爆発でも起こったかのように破裂。床板が宙

に舞い、電気系統の配線が飛び出して、更に中から黒いエネルギーを纏った散弾が三つ飛び

出してきた。

 

 登は、自分目掛けて下から突き上げるようにやって来た散弾を何とか避ける。床下に散弾が

徘徊している事は知っていたから、目の前にいる男に向かって飛び出すと同時に対処する事

も考えていた。

 

 3発の散弾は登をかすめ、彼の残像を通過して宙へと向かう。

 

「もうやめておけ。お前達が幾らやっても時間の問題だ」

 

 ロベルトは呟いた。

 

 登は地面に着地する。再びロベルトの方へと向かっていこうとするが、またも旋回して来た散

弾が、彼の方へと雨のように降ってくる。

 

 登はそれを再び残像を残すようにして避ける。だが、一発の散弾が彼の背中をかすめた。服

の背中の部分が切り裂かれる。

 

 散弾はそのまま通路の床下へと消えていった。

 

「体力を削られていくだけだろう?」

 

「そういうあんたこそ、これだけの散弾を全て操るには、相当の集中力を使っているんじゃあな

いのか?弾の動きがだんだん大雑把になってきている」

 

 太一の言葉に、ロベルトは反応を見せようとはしない。ただ冷静な目で彼の方を向いている。

 

「そう思うならばこれで終わりにしてやろうか?今、お前達の足元には、散弾が構えている。少

しでも動こうとすれば、一斉に襲い掛かる。全て避けられるなどと考えるなよ、少しでも動いた

ら、逃げ道が無いほどの弾が襲い掛かるぞ」

 

 彼の言葉に、ロベルトへ再び攻撃を仕掛けようとした登と太一は脚を止めた。

 

「そう、それが賢い手段だ」

 

 ロベルトはショットガンの銃口を向けたまま、ゆっくりと距離を詰めていく。

 

「国防長官が『ゼロ』を捕らえるまでだ。それまで君達は私が拘束している」

 

「あの人なら、『ゼロ』を捕らえられるって言うの?」

 

 必死に香奈を介抱していた沙恵は、ここで初めてロベルトに向かって口を出した。それだけ

『ゼロ』を捕らえられるという事は重要な事だった。

 

「さあな、少なくともお前達よりも可能性はあるさ」

 

「『ゼロ』を捕らえて、一体何をしようって言うの?」

 

 再び沙恵が声を上げて尋ねる。

 

「何も。ただ今まで通りにするだけだ。それが一番平和的な解決策さ。それよりも疑問を抱くべ

きなのは、なぜ自分達が『ゼロ』を捕らえなければならないかすら知らないという、お前達の方

なんじゃあないのか?」

 

 意外な事を言ってくるロベルトに、『SVO』の4人は少し驚く。太一や登は顔には出さなかった

が。

 

「何の事だ?」

 

「自分達が、ハラ長官に利用されているかもって考えた事はあるのかという事さ。お前達は、私

達が、『ゼロ』を何かに利用しようと思っているようだが、それは違う」

 

「原長官は自分を犠牲にしてまで、僕達を遣わせた」

 

「ああそうか。だがそれは私とて同じ事だ」

 

 登とロベルトは対峙する。『SVO』は一刻も早く『ゼロ』を捜しに行こうという気だったが、目の

前にロベルトが立ち塞がっていて進む事ができない。

 

 両者が黙ったまま数秒の時間が経った。警報が不快なまでに鳴り響き、赤い非常灯が点灯

している。両者の緊張感は高まった。とてもその場でじっとしていられないほどの、強い緊張感

だ。

 

 しかしその時、

 

 ロベルトの床下が、激しい爆音と共に爆発した。

 

 彼の体は天井まで持ち上げられ、爆発の衝撃で飛び散った床の破片にさらされる。

 

「今だ!」

 

 登は、太一と共にすぐに行動した。

 

 ロベルトの大柄な肉体が、床に落ちてくる。すぐ足元で爆発が起きたにもかかわらず、彼は

致命傷を負っていなかった。偶然ではなく、爆発はそれほど大きなものではなかったからだ。

 

「うぬ、ばかな。電気系統には散弾を触れさせないように注意したはずだが」

 

 ロベルトは、自分の操った散弾を床下にいかせた時に、爆発のきっかけを作ったかと思って

いる。

 

「いいや違う。俺はさっきあんたの散弾を食らった時に、自分の『力』を弾に纏わせたんだ。あ

んたの使った黒いエネルギーと共に、電流が散っている事に気付かなかったのか? やはり

集中力を消耗していたようだな」

 

 もうもうと上がる煙の中で、ロベルトは太一の声を聞いていた。彼は、致命傷ではなかった

が、爆風でかなりの手傷を負っていた。走って彼らを追跡できるような体ではない。

 

 だがそれでもロベルトは、走り去っていく『SVO』に向かって強い口調で言い放つのだった。

 

「お前たちだけで『ゼロ』を止めようと言うのか!まだお前達には分かっていないようだな?あ

いつは今では誰にも止められない存在になったんだ!」

 

 逃げ去る『SVO』の4人に向かって、ロベルトは大きな声で呼び掛けていた。

 

「幾らでも言っていればいい」

 

 さっきよりも離れていっている太一の声。

 

「知らないようだから言ってやろう!『ゼロ』はこの艦の高威力原子砲の機能を乗っ取った。そ

して砲台は今、『NK』に向いている。お前達の『NK』にだ!」

 

「何ッ!」

 

「原子砲の威力があれば、『NK』ほどの都市だったら、数十万人が一瞬で消滅する!」

 

「登君!」

 

 もうもうと煙が立ち込めている中でうずくまっている『皇帝』、登の気持ちは彼の言う言葉の方

へと行っていた。香奈を抱えて走っている沙恵よりも、彼の足は遅れていたし、注意もそれてい

た。

 

「食い止めるにはどうしたらいい?あんた達にそれができるのか?」

 

 ロベルトの方に向かって強い口調で登は言った。

 

「お前達には無理だ」

 

 呟くように彼は答える。

 

「ちゃんと答えろ!」

 

 登は先へと行くメンバー達を差し置き、ロベルトの方へと脚を踏み出しそうになる。

 

「できるとするならば、それは我が国の国防長官だけだろうな」

 

「登君、早くしないと!」

 

 沙恵が、さっさとその場から立ち去ろうとしない登に向かって呼び掛けた。

 

 登は、ロベルトから聞き出したい事がまだあった。だが彼の元にはすぐ『帝国兵』達がやって

来るだろう。登自身も怪我を負っていたし、これ以上無駄な戦いはできなかった。これから起こ

ることの為にも。

 

 彼はすぐさま仲間達の方へと向かった。

 

 変わらず警報はけたたましく鳴り響き、非常灯は緊張の色を灯していた。

 

 まるでこれから起ころうとしている危機を示しているかのように。

 

-5ページ-

 

NK メルセデスセクター

 

 

 

 

 

 

 

 昼下がりの『NK』国は、いつもと変わらない姿だった。最も高い位置に達そうとする太陽から

は、いつものように、秋の洋上の燦燦とした太陽が照りつけている。

 

 その明るい街中を、オフィスワーカーを初めとする様々な人間達が活動していた。公園で昼

食を取るもの、散歩をするもの。雑踏の少ないこの街ではいつも、近未来的な平和な姿が流

れている。

 

 世界の各地では紛争が起こり、今日も『帝国軍』が、混乱極まる『ユディト』に部隊を派遣する

など、緊張の耐えない世界。だがそれでも、この国の人々は平和でいられた。争い事など遠い

過去のような街並みに塗り替え、他の世界をまるで過去の世界に置き去りにしてしまったかの

ように。今までもこれからも、ずっとそうなのだと、この国の人々は思っているのだ。

 

 だから誰も、たった今この場所へ向けて、人類史上最大の被害を出す事のできる兵器が向

けられている事など、夢にでさえ思わなかっただろう。

 

 人々はいつもと変わらない生活を送っている。天気にも特別な変化は無いし、空を飛ぶ鳥が

それを感じ取っているわけでもない。

 

 しかしその予兆は、少しずつだが近づいてきている。

 

 一台の高級車が、街の真っ只中を疾走していく事もその一つだ。だが、それを運転している

のが、国際指名手配中の原隆作だったと知ったとしても、誰もこれから起こりうる事など誰にも

予測できなかっただろう。

 

 制限速度を大幅にオーバーする一台の暴走車により、一瞬にして『NK』の中心街、メルセデ

スセクターは緊張に包まれていた。

 

 原隆作の運転する車は、中心街を猛スピードで疾走して行き、そのまま別の人工島へと渡る

橋へと向かっていた。『NK』は中心部である《メルセデスセクター》を中心とし、主要な道路は

放射状に伸び、他の人工島を繋げていた。20km四方に渡り、『NK』の人工島の島々は広が

っている。

 

 アクセルを限界まで踏み込む。電気軌道のエンジンがうなり、高級車は加速しながら疾走し

ていった。

 

 もはや隆作にできる事はただ一つ、逃げるという事だけだ。そう、自分が可能な限り時間を

稼ぐ。それも『SVO』の為に。それだけが今の自分にできる事、すべき事だと、隆作は思ってい

た。

 

 後ろからは、サイレンを鳴らした警察の車が合流して来ていた。以前からだったが、もはや

自分は大犯罪者だ。

 

 これは映画やコンピュータゲームなどではない。現実に自分は逃走する犯罪者なのだ。

 

 人工島ごとにかけられている大きな橋の上、昼下がりの主要道路は、車の交通量が多い。

制限速度をオーバーしている隆作の車は、それを避けながら走らなければならなかった。

 

 自分の車よりも遅い速度で走っている車を、縫うようにして避けながら走っていく。ハンドルを

上手く切りながら走って行く。何度か車をかすってさえいた。鈍い音と振動が伝わってくる。

 

 隆作はスタントカーを運転できるわけではないし、そう、自分で運転するという事すら久しぶり

だったのだ。いつ、事故を起こすかわかったものではない。

 

 引き換え、後ろから追って来る警察の車は、手馴れたようにハンドルをさばき、自分を追って

来ていた。捕まるのも、やはり時間の問題だろう。

 

 隆作の車が橋を渡り切る。街の中心からは大分離れて来ていた。曲線形の建物群の間を抜

けて行く道路を、高級車は疾走した。

 

 目の前に見えてきたのは大きな交差点だった。大勢の車が信号待ちで停車している。隆作

の進行方向は赤信号になっていた。

 

 普通ならば停車しなくてはならない。しかし、隆作はここを走り抜けていかなければならない。

だが多くの車が停車していて、その間を通る事ができない。

 

 仕方なく、中央分離帯を乗り越え、対向車線へと車を滑り込ませた。

 

 交差点では、交差している大通りを大勢の車が走り抜けて行っている。

 

 やるしかなかった。赤信号の交差点を走り抜けるしかない。対向車線を疾走し、交差してい

る道路へと、隆作は車を突入させた。

 

 手が震えて緊張している。冷や汗さえかいていた。真横方向へと、車が次々と疾走して行っ

ている。

 

 その隙間を、隆作の乗った車は、まるで弾丸の間をすり抜ける『SVO』のメンバー達の特殊

能力のように走っていった。

 

 一台の車が真横からやって来る。アクセルをさらに踏んで車を加速、衝突よりも前に走りぬ

けようとしたが、丁度トランクの辺りに、クラクションを激しく鳴らしながら、思い切り激突され

た。

 

 隆作の車は、それによりまるで駒のように回転した。遠心力によって振り回されながらも、何

とかハンドルを切る。

 

 だが更に鳴るクラクションと共に、トランクに激突した車が、後ろから追突してきた。

 

 そしてその2台の車へと、今度は警察の車が正面から衝突した。

 

 隆作の車は再び加速し、元の車線へと戻ると、再び元通りのスピードで加速、そして疾走して

行った。

 

 

 

 

 

 

 

 隆作を追跡していく車の一台。サイレンを鳴らさず、他の車と同じスピードで走り続ける警察

の車。

 

 そこには、原隆作を指名手配し彼を全力で捜索、更には島崎議員と内通し、彼の動きまでを

も追っていた刑事2人が乗り込んでいた。

 

「容疑者は《エドモンセクター》内を依然逃走中。ロッテ通りを北方向へと向かっています」

 

「全力でかかれ。だがあいつは元はただの役人。時間の問題というやつだ。いずれ捕らえられ

る」

 

 無線から入った連絡。それに対し、慣れたような答え方で刑事は答えた。

 

 この世界的に見ても比較的治安の良い『NK』において、凶悪な犯罪はあまり起きない。だが

この刑事達は、容疑者の追跡調査、特に政府関係者の陰謀や、不正に関する調査のプロだ

った。

 

「あなたの協力には感謝しておりますよ、島崎議員。おかげで原隆作のみならず、彼が動かし

ていた裏組織まで判明した。これで『帝国』とも平和的に事が行く」

 

 無線に出なかった方の刑事は、島崎の表情は伺わず、ただ淡々と彼に言った。それは感謝

の意味があったが、本当にその言葉どおり感情があるのかどうかは、感情が篭っていないか

ら疑かがわしいものだ。

 

「え、ええ」

 

 島崎には、作り笑いをしながら相槌を打つ事しかできなかった。

 

「もし『帝国』側が、『NK』国自体の陰謀だと決め付けてきたならば、大変な事態になっていまし

た。報復による戦争だって考えられた。あの『帝国』と戦争になるかもしれなかったのですよ。し

かし、これが原隆作による独断の行動だったと判明して、我が国はその危機を回避できまし

た」

 

 刑事は感情の篭ってない声でそう言ったが、島崎にとっては複雑な気持ちだった。相手にも

表情でその事が伝わっていないだろうか。

 

 自分は、原長官を裏切ってしまった。

 

 確かに国の為だ。だがしかし、あの原長官が、国を裏切り、『帝国』へとテロを仕掛けるなど

何か意味があったはずだ。彼自身もそのように言っていた。自分のしている行動は、意味があ

ってしている行動だと。

 

 思い起こせば、彼の不正を暴くための捜査を手助けするきっかけとなったのは、目の前にい

る刑事の言った一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは、原隆作が、何でこのような行動に出たのか、聞かされてもいないのでしょう?違い

ますか?」

 

 そう、その通りだ。確かに自分はそんな事を聞かされていない。刑事はそれを知ると、隙を見

つけたかのようにどんどん続けた。

 

「その意味のある行動が、どんな意味だかも知らないのでしょう。もしかしたらその意味という

のは、『帝国』へとテロ攻撃を仕掛けるという、ただそれだけの意味なのかもしれないのです

よ?」

 

 島崎は混乱したが、心の中には信念が残っていた。原長官のする行動は、いつも正しかっ

た。

 

「もしこの事が『NK』自体の陰謀だと『帝国』が結論したならば、大変な事になりますよ。戦争だ

って考えられるんです。あなたの協力で、それが回避できる。大勢の犠牲を救う事ができるの

です」

 

 

 

 

 

 

 

 結局島崎は、自分が『NK』政府の議員であるという事の方を優先した。

 

 その事を思い出すと、島崎は思わず呟いていた。

 

「原長官、もうこんな事止めてください」

 

-6ページ-

 

 隆作は限界を感じ始めていた。

 

 もう追いつかれる。このままどこかに逃亡する事などとてもできない。自分は完全に包囲され

てしまっている。

 

 相変わらず車と車の間を縫うように走っているが、いずれは事故を起こすだろう。危険過ぎる

運転だ。

 

 さっき赤信号の十字路で距離を広げたパトカーが鳴らすサイレン、それがどんどん距離を縮

めて来ているのが分かる。

 

 と、隆作は別方向からもパトカーが迫ってきているのを知った。

 

 そう、前方から迫って来ていたのだ。

 

 自分は挟み撃ちに合っている。しかも近くに曲がり角などないく、逃げ込む事もできようにな

い。もはや逃げ場は無かった。

 

 パトカーが、前方からも後方からも迫ってきている。

 

 隆作の注意がそちらへと向かった時だった。一瞬の注意のそれが、隆作の乗った車を、前

方の一台の車へと追突させていた。

 

 隆作の乗った車はスピンする。さらにはそこへやって来たもう一台の車が、真横から激突し

て来た。

 

 エアバックが作動し、顔面が叩きつけられる。その衝撃に怯みながらも、隆作はハンドルを

切ろうとする。

 

 パトカーのサイレンが目前で聞えてきた。真横から激突して来た方の車は、パトカーだったの

だ。

 

 路肩の手すりにぶつかった車は、そのまま停止した。

 

 隆作は全身に痛みを感じたが、酷くはない。怪我はしていなかった。それを理解した隆作は、

エアバックを押しのけながら、転げるように車の外へと飛び出した。

 

 幾つもの点滅しているサイレン灯、更にはうるさいまでのサイレンが聞えて来ていた。ここは

デパートの前だ。何事かと行き交っていた人々がこちらの方を向いている。かなりの人々がこ

こにはいた。

 

「おとなしくしなさい。すでに包囲されています」

 

 拡声器から聞えてくる声。隆作は後ずさりしながら歩道へと入っていた。視界には、今まで自

分が乗ってきた、廃車置場にある車のようにくしゃくしゃに破壊された車と、十数台というパトカ

ーがあった。

 

 包囲されていると言ったが、まだ逃げ場はある。隆作の視線は、自分のすぐ背後にある地下

鉄駅入り口へと行っていた。

 

「無駄な抵抗は止めなさい!」

 

 だが、間髪入れず、隆作の足は地下鉄駅の方へと向かっていた。上手く地下鉄へと逃げ込

めば、何とかなるのではないのだろうか。彼は、階段を下へと駆け下りた。

 

「地下鉄の駅へ入った!」

 

「追え、追えーッ!」

 

 すぐに警官隊が駅にまで突入して来る。

 

 駆け下りていく隆作の姿を、何事かと駅にいた人々が見ていた。

 

 階段を駆け下りた隆作は、地下の駅構内、切符売り場の脇を疾走し、改札を通過しようとし

た。

 

 だが、彼のその行為は、自分の逮捕をほんの数秒遅らせただけだった。

 

 普段、あまり体を動かしてこなかった初老の隆作と、訓練された警官隊では、足の速さがあ

まりに違っていたのだ。

 

 彼は、あっという間に取り押さえられてしまうのだった。

 

 床へと叩きつけられた隆作は、大勢の警官達に囲まれ、乱暴に後ろ手に手錠をはめさせら

れる。彼が幾ら抵抗しようとしても無駄なあがきだった。

 

 隆作は諦めるしかなかった。もう、限界だ。

 

 彼が諦め、抵抗するのを止めた時、自分を取り囲んでいた警官達が道を開け、そこに2人の

スーツ姿の男が立つのが見えた。

 

「原隆作、あなたを国家反逆罪、その他の容疑で逮捕します」

 

 義務的な礼儀正しさが鼻に付く男だなと、隆作は思った。彼は逮捕状を掲げて自分に見せて

きている。

 

「は、原長官」

 

 その2人の警官の背後から、島崎が顔を覗かせているのを隆作は見た。彼は一緒に付いて

来たのか。

 

「島崎君、やはりか。やはり君だったんだな?そうか、私の行う事よりも、国の事を優先したん

だな?」

 

 隆作は後ろ手に手錠をはめられたまま立たされた。そして、島崎と同じ視線の高さになる。

 

「わ、私には、どうしたらいいのか、分かりませんでした」

 

 困惑したように島崎が言った。彼の表情には、罪悪感のようなものが篭っていた。それを見

て隆作は、彼の心情を悟る。

 

「そうか。だったら次からは、どちらにするか、自分ではっきりと決めてから行動するんだな」

 

 無理矢理歩かされながら、隆作は島崎に言っていた。

 

 打ちひしがれたように、島崎はその場に立ち尽くす。

 

 地下鉄の駅の出口の方へと、隆作は連れ出されていく。だがその時彼は妙な事に気が付い

た。

 

 地下鉄の出口。正午の明るい日光が、地下にまで差し込んできている。外ではパトカーのサ

イレンまでが鳴り響いたままだった。しかし、

 

 外が、急に静かになった。

 

 

説明
巨大国家の陰謀から発端し、異国の地へ。主人公達の必死の行動が始まります。
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オリジナル SF アクション 虚界の叙事詩 

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