少女の航跡 第1章「後世の旅人」15節「支配者」 |
《リベルタ・ドール》の城では、今、新たな者がその王座についていた。
革命軍を名乗り、大群を率い、この場所を勝ち取った彼は、とりあえずは満足し、玉座に付
いている。
ディオクレアヌ・オッティラ。騎士の家系に生まれた彼は、『フェティーネ騎士団』に入団できる
程の実力者だったが、彼は元々騎士という存在に疑問を抱いていた。
誰かに忠誠を尽くし、その為に命を懸ける。そして民の為には自らの身をも犠牲にし、戦場
に向かう事もある。
騎士になっておきながらも、ディオクレアヌは、名誉の為だけに危険に身をさらす事を嫌って
いた。それを外に態度として出すことはしなかったし、誰にも感づかれなかったが、彼は疑問と
反発を抱き続けた。
民の為、君主の為に、命を捧げてどうになる? 人はそれを名誉だというが、果たして名誉な
どとはいかなるものか?
そう考えると、彼は周りが腐り切った社会だという事を再認識するようになった。
戦乱の世は終わったが、相変わらず人々はくだらない事で争って死んでいる。同盟や和議な
どは形式ばったもので、裏では、相手をどう見返すかを策略練っている。
地位や名誉、そして富。人々が血眼になって求めるものは、いつまでも変わる事はない。
ディオクレアヌはそんなものの為に命を危険にさらす事を、くだらない事だと考え出し、ついに
は騎士という立場を、忠誠と共に捨てた。
そして自ら結成した、革命軍は、そんな世を終わらす為にある。
まずは『セルティオン』。戦力的には西域大陸の中でも弱い。だが、強国である『リキテインブ
ルグ』の同盟国でもある。そこから自分の支配下に置き、力を見せ付けるのだ。
だがディオクレアヌの精神は略奪にはない。あくまで革命。世を変える為に自分は動いてい
る。
だから《リベルタ・ドール》を攻めた時、街の破壊は最小限に収めた。自分が手に入れる街を
破壊する事などしない。
自分の部下は忠実に従えている。略奪などはさせない。そのような欲望など、今のディオクレ
アヌには無いのだ。
あるのは、完全なる地位。それは、民が認める括弧たる地位であり、祖先まで続いて行く不
動の王座にある。
この世を従える事さえできれば、理想の世が到来する。いや、させるつもりだった。
それは自分の為だけではない、この世界に生きる人々の為だ。
今は夜の刻。すでに日も落ちている。城下町では、革命軍の侵攻で寝付けない人々もいるだ
ろうが、ディオクレアヌもまだ寝るつもりは無い。
彼は、今の玉座という場所に浸っていたのだ。
城の外を見れば、世闇の中に巨大な『リヴァイアサン』が街の上空で佇んでいる。あれだけ
のものがあれば、誰も自分に反抗するつもりはおきないだろう。いざとなれば、あの伝説の中
にしかいなかったはずの巨大生命体をけしかける事ができるのだ。
ディオクレアヌは、身の回りにも警護をつけさせている。彼自身も元は騎士だから、愛用の剣
を吊るしている。それでも、王たるもの警備はつけさせるものだった。
それが、赤い鎧を身につけた女騎士達だった。
彼女達は、今もディオクレアヌのいる王室に物々しい姿で警戒に当たっている。革命軍の中
で、少人数の精鋭部隊として控えている彼女達は、『リヴァイアサン』と並ぶ革命軍の切り札
だ。
何よりも、ディオクレアヌは彼女達を気に入っていた。
野蛮なゴブリン達とは違う、神秘的な雰囲気さえもが彼女達には漂う。皆が、赤い鎧を身に
つけた姿は、そこに強さと美しさをかね揃えている。
そして、皆、同じ特徴を持っていた。真っ赤な髪と、赤い瞳は、エルフのような不思議な美しさ
がある。
見た目は割りと細身の者が多い彼女達だが、大型の武器を扱う。しかもその実力はかなり
のものがある。
まさに人間離れした強さと美しさを揃えた女達。自分の精鋭部隊として、すぐ側に置いておく
にしては、文句のつけようの無い女達だった。
そう、彼女達は人間ではないのだ。だからこそ、くだらない欲もない。くだらない精神もない。
ディオクレアヌが嫌うものはないのだ。真の忠義と誠実さが彼女達にはあった。
とりあえず、今のところ、身の回りは安全。ディオクレアヌはそう思っていた。
だがそこへ、王室へ響いてくる一人の女の声。
「ディオクレアヌ様にご報告です!」
王室の扉の外から響いてきた声だった。
「入れ」
ディオクレアヌがそのように言うと、扉は開かれた。
そこへやって来たのも、赤い鎧を身につけた女騎士。伝令だ。ディオクレアヌの周りにいる女
達よりはまだ若い。髪も短くしている。あどけなさが甲冑を身につけた姿とあいまって、不思議
な印象さえ受ける。
「報告とは何だ?」
「はっ。この《リベルタ・ドール城》より包囲直前に脱走しました者達の一行を追跡しておりました
ゴブリンとサイクロプスの部隊が、壊滅させられたとの情報が入りました。場所は、《アエネイス
城塞》の近辺」
声はあどけないながらも、その女は堂々とした口調でディオクレアヌに報告する。
「壊滅させられた? 一体、何者だ?」
「『リキテインブルグ』の『フェティーネ騎士団』一行」
「『リキテインブルグ』もいち早く事を聞きつけたのか。手が早いな。しかし、包囲直前に脱走で
きた者がいるのか?」
「はっ」
「なぜ、その者共を逃がしたのだ?」
落ち着いた口調でディオクレアヌは尋ねる。
「我らの部隊の一人が戦いを挑んだものの、たった一人に敗北させられてしまったとの事です」
「誰に、だ?」
「カテリーナ・フォルトゥーナなる女!」
「何? あの小娘か?」
そう口をついては出てきた。だが、ディオクレアヌはカテリーナの事は知っていた。『リキテイ
ンブルグ』の『フェティーネ騎士団』団長だから、という事だけではない。ディオクレアヌはカテリ
ーナの母が団長だった頃に、同騎士団にいた。だから知っている。
カテリーナは全くの他人ではない。自分がかつて仕えていた女の娘だ。
「その女、鬼神のごとき強さ故、我々にも太刀打ちできませんでした」
「取り逃したのか?」
「はっ。その戦いを挑んだ者は、たった今この場にお連れしております」
「よし、通せ」
ディオクレアヌがそう言うと、再び王室の扉が開かれた。
そこに現れたのは、同じように、赤い鎧を身につけた女だった。ただ兜は取り払って、長い髪
と顔が露になっている。
歳は、おそらく部隊の中でも真中か上に位置するほど。顔に浮き出た模様と、表情の少ない
冷たい顔は同じだ。
彼女はディオクレアヌの前までやって来ると、跪き、頭を垂れた。
「顔を上げよ。お前、名は何という?」
「ドラクロワの娘、ナジェーニカ」
それはこの地方の名ではない。だが、ディオクレアヌはすでに心得ていた。
「ナジェーニカ…、そうか、ナジェーニカよ。お前は、『フェティーネ騎士団』の団長の女と戦った
のだな?」
「はっ。仰せの通りです」
年端のある女だけあって、しっかりとした答えだった。
「そして取り逃した…」
「お恥ずかしい限りです。何なりと罰をお与えください。覚悟はできております」
「罰…、か…」
ディオクレアヌはそう呟くと、窓の外、街の上空にいる巨大な『リヴァイアサン』の方を見つめ
た。
その間、ナジェーニカはじっとディオクレアヌの方を見つめていた。
その表情に迷いはない。何も恐れる様子は無い。芯の引き締まった、りんとした表情のまま
だ。彼女は罰を受けようと、それを少しも恐れるような様子はないのだ。
「…、お前が戦った女、カテリーナ・フォルトゥーナはただの女ではない。お前が負けようと、そ
れはあってしかりの事だ…」
ナジェーニカは何も言わずに、ただディオクレアヌの方を見ていた。
「だが、その女によって、お前の誇りが傷つけられたのも、事実だ」
ディオクレアヌは、ナジェーニカの方を振り向いた。
「お前は、カテリーナとやらを始末する事はできるか?」
「はっ! もちろんの事!」
「よし、立ち上がれ、ドラクロワの娘、ナジェーニカ」
ナジェーニカは言われた通りにすっと立ち上がった。
ディオクレアヌは、目の前に立った、赤い鎧を身につけた女を見、君主を思わせる口調で言
った。
「私も、お前を打ち負かした女とは少々関わりがある。そして厄介な存在だという事も知ってい
る。お前が、その女を始末できるのならば、取り逃がした事は忘れよう」
「願ってもない事です」
「よし、行け。地の果てまでも追い詰め、お前の誇りを奪ったその女を始末しろ」
「はっ」
ナジェーニカは勇ましく答え、ただちにその場から立ち去った。
説明 | ||
ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。リベルタ・ドールを支配したディオクレアヌは一体―。 | ||
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