少女の航跡 第1章「後世の旅人」16節「アエネイス城塞」
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 巨大な蛇、ミドガルズオルムに襲われた場所から、さらに五キロほど山深く入った場所に、

《アエネイス城塞》と呼ばれる城塞が建っていた。

 

 相当に古い建物。一目見ただけでもそれが分かる。おそらく、《セルティオン》の王都が今の

場所に移る前からここに建っているのだろう。そうすると200年前にはなる。

 

 切り立った崖の間、そしてうっすらかかっている霧の中に建っているかのような城塞。あまり

に山深くにあって、人の気配がほとんどしない。風の流れる音しか周囲ではしていない。

 

 しかし、更に北の土地からやって来る侵入者を防ぐ拠点とあっては、いくら辺境にあろうと、

『セルティオン』にとっては重要な地点であった。

 

 この城塞は、城ではなく要塞であり、領主はいない。《セルティオン》の軍の拠点一つであり、

最高責任者は、辺境警備隊の隊長だった。一般人も住んではおらず、炊事や建物を管理する

者達が数名いる以外は、兵士だけだ。

 

 重厚な石造りの城壁。大きくはないが、頑丈な要塞としては立派な城塞の中に、私達一行は

案内される。内部の様子は、明かり窓も小さく、薄暗い洞窟か、牢獄にいるかのような気分だ

った。

 

 この辺境の土地にまでは、まだ《リベルタ・ドール》が襲撃され、王が連れ去られたよいう話は

届いていなかったようだ。王の側近であるフレアーから話された話に、辺境警備隊の者達はと

ても驚いた様子を見せる。

 

「何という事だ!」

 

「エドガー王が誘拐された!」

 

「革命軍は壊滅したんじゃあないのか!?」

 

「国の一大事だッ!」

 

 噂が一気に広がる中、フレアーは、自分達がなぜこの場所まで来たのかを、辺境警備隊長

に話す。

 

 あまり長くない休憩の後、城塞にいた兵士達のほとんどと、《フェティーネ騎士団》一行、そし

て私とロベルトとフレアーは、大広間に集められた。

 

 大広間とは言っても、そこはただ牢獄を広くしただけといった感じの広間で、ごつごつした石

の壁は露出し、ろうそくの明かりだけが灯って薄暗かった。

 

 そこに緊張した面持ちで、兵達が集められる。《セルティオン辺境警備隊》や《フェティーネ騎

士団》ばかりの中で、私やロバートなどの姿はとても浮いていた。

 

 特に、エドガー王救出を力説するフレアーなどは、子供のようにしか見えないから、更に異質

な存在だった。

 

「どうやら、これで集まったようだな…」

 

 警備団長、アベラードと言うらしい、50に手が届きそうな男が、そんな広間の中央に置かれ

たテーブルの前に立ち、厳めしい面持ちでそのように言った。

 

 だが、彼のすぐ側にいたルージェラは、

 

「いえいえ…、あと一人いますけれどもね。ちょっと綺麗好きなエルフなので、今お風呂をお借

りしておりますわ」

 

 そう言うのだった。

 

彼女はいつも胴に身につけていた鎧を脱いでいると、かなり露出の激しい格好になっている。

引き締まった女の体は、周りの視線を釘付けにしていた。

 

 そんな彼女は、クラリスの声を真似しながら、彼女の不在を告げていた。

 

「彼女には後から伝えておく」

 

 カテリーナが言った。そう言う彼女も甲冑は脱いで、大分地味な格好になっていた。

 

「そうか…、では、始めようか」

 

 地図の広げられたテーブルに手を突き、アベラード警備団長は場を始めた。

 

「でも、もう、どうすればいいのかは分かっているんだよ。王様は《ヘル・ブリッチ》城塞に閉じ込

められていて、あたし達はそこまで言って、あの人を救出すればいいの」

 

 と、まるで警備団長の言葉を遮るかのようにフレアーが場を仕切りだす。

 

「まだ、そう決まったわけじゃあありませんぞ…」

 

 彼女の足元にいたシルアが、恥ずかしそうに言っていた。

 

「そうは言っても、もう決まったようなものじゃない。王様は、ドラゴンに乗せられて、こっちの方

角へ連れられて行っちゃったんだよ」

 

 フレアーがそう言うと、周りの視線が一斉に彼女に集中した。

 

「今、何ておっしゃりました? フレアー様?」

 

 アベラード警備団長に言われ、まるで、何の事か分からないと言った様子で、フレアーは周

囲を見回した。

 

「ううん? 何の事? もしかしってあたしまだ、王様がドラゴンに連れられて行った事、言って

なかった?」

 

「ドラゴン!?」

 

「嘘だろ…」

 

「何たる事だ!」

 

 にわかにざわつく周囲。フレアーの態度はむしろおかしい程で、ドラゴンが現れたと言われれ

ば、信じられない出来事なのが当然なのだ。

 

「王が、ドラゴンに乗せられて連れ去られたですと…! そ、そんな事が…。では、『ディオクレ

アヌ』の奴は、ドラゴンまでをも味方に付けた…と?」

 

「そんな所さ…、ただ、完全に味方につけたというわけでもなさそうだけど…」

 

 カテリーナが呟いていた。周りはどよめいていて聞き取りにくかったが、側にいた私にはしっ

かりと聞こえていた。

 

「とにかく! 王様が連れ去られたっていうのに、ドラゴンぐらいでびびっていてどうするの!」

 

 フレアーが騎士達に言い放った。

 

 周りはだんだん沈んでくる。彼女はこの中で最も小さい体だったが、セルティオン王の側近な

のだ。身分は高い。

 

「しかし、フレアー様、ご覧下さい。我ら辺境警備隊は、あくまで外界からの敵を防ぐ為の監視

でここにいるのです。大規模な戦争をするほどの兵力はありません。たとえ、《フェティーネ騎

士団》が来られたとしても…」

 

「なーに? あんたびびってんの?」

 

 アベラード警備団長の言葉に、ルージェラが鋭く言った。

 

 彼は、そんな彼女の方を振り向いた。

 

 ルージェラの妖しいくらいの姿が、この場にふさわしくないと思ったのか、態度が大きくなる。

 

「私は、現実を言ったまでだ。こちらの兵力は所詮100程度。それで、『ディオクレアヌ革命軍』

の本拠地に乗り込むのだぞ。しかも向こうにはドラゴンもいる」

 

「だからって、助けにいかないの? この国の王様だよ」

 

 反対方向からフレアーが、彼を見上げて言った。

 

「しかし、無謀なものは、無謀なものだ。今、伝令を向かわせている。待っていれば、近隣の同

盟国からも助けが来るだろう」

 

「伝令って言うんなら、あたし達もすでに送ったよ。《リベルタ・ドール》からは警鐘の音が向かっ

たはずさ」

 

 そう言ったのはカテリーナだった。彼女は冷静な態度で答えている。

 

「だったら待っていれば…」

 

 そんな警備団長の姿勢に、ルージェラはやれやれと言った様子で首を振った。彼女はいても

たってもいられない、体がうずいているようだ。

 

 彼女の様子に気付いているのかはどうか分からないが、カテリーナは言った。

 

「もし、大きな兵力で攻めて言ったなら、向こうも本気で来るかもしれない。革命軍がどんな奥

の手を秘めているか分かったものじゃあない。それに、エドガー王をどうするかなんて事も分か

らない」

 

「あっちだって、大きな兵力で来るかもって事は覚悟しているはずだからねえ…。案外裏をかい

た方がいいかもよ」

 

 ルージェラが、カテリーナの言葉に付け加えた。

 

「じゃあ、どうするんだ」

 

 どうも彼女達の考えが理解できないと言った様子で、アベラードはカテリーナの方を振り向い

た。

 

「方法は、奇襲。相手に気付かれないようにして行けば、ドラゴンにも気付かれないかもしれな

い」

 

「この兵力で…、無謀だ…」

 

 あきれたかのようにアベラードは言った。

 

「あんた、さっきから随分とびびりっ放しじゃあない? 《フェティーネ騎士団》をなめてんの?」

 

 そんな彼を逆撫でするかのようなルージェラの事が。

 

「何を! これだから、まったく若い連中は…! 何も分かっちゃあいない!」

 

 今にも喧嘩になるかという場の雰囲気、だがそこへロベルトが割り入った。

 

「止めておけ」

 

 警備団長の前に立ち塞がった彼が、静かに言った。

 

「しかし、あんた…」

 

「私も、彼女達の意見に賛成する。それに、お前の言う応援はいつ来る? 一週間後か? 一

ヶ月後か? 1000を超える兵をこんなに山奥、更はもっと辺境の地にまですぐには送り込め

ないし、『ディオクレアヌ』もそれを阻止しようとするだろう。期待できない」

 

「なーるほど、もっともね」

 

 と、ルージェラ。

 

「じゃあ、ど、どうすれば…」

 

 アベラードは困惑している。

 

「だーから、さっきから言っているじゃあないの、あんた! あたし達が行けばいいだけの事じ

ゃあない!」

 

 フレアーの声が大広間に響くのだった。

 

「《ヘル・ブリッチ》と言う城までの道を教えて欲しい」

 

 カテリーナが言った。

 

「勝手に話を…」

 

「いいから、教えてあげなさい!」

 

 フレアーの声がまた響き渡った。

 

「…《ヘル・ブリッチ》があるという《インフェルノ峡谷》は、ここから270キロの場所にあります。

もちろんここより先の土地には人は住んでおりません。山を越え、高原を越えて、おそらく馬で

走っても5〜7日ほどの行程になるでしょう…」

 

 そんなフレアーの言葉に押され、渋々アベラードは言うのだった。

 

「じゃあ、明日出発だな?」

 

「えッ?」

 

 そう思わず口をついたのは私だった。

 

「ここにいくらいたって、ラチがあかない」

 

 と、カテリーナは言った。

 

「おい、いくらお前達だけで賛成できても、我々が賛成しなければ、行く事はできんぞ!」

 

 冷静さを見せているカテリーナに、アベラードは言う。

 

「じゃあ、賛成してくれればいいだけだろ。だけど、少人数で行くのが一番だと言ったからには、

意見が割れた時は、王を助けに行きたい者だけで行く。残った者は応援でも何でも来てから向

かえばいい」

 

「しかし…」

 

 と、警備団長は言ったが、

 

「もし私達が失敗したら、笑い話にでもすればいいさ」

 

 カテリーナは表情を変えずに言うのだった。

 

 

 

そんな事はあったが、翌日になって、《アエネイス城塞》の外には、エドワード王を救出すべく集

まった騎士達が、戦いに赴く為の準備を始めていた。

 

 私もここまで来てしまった。もちろん参加をする為、城塞の外で出発を待っていたのだ。今

は、フレアーやエドガー王に雇われている事を忘れてはいないし、エドガー王には、今までも世

話になって来ているのだ。

 

 そこには、カテリーナやクラリス、ルージェラに混じって、あのアベラードと言う警備団長もい

る。

 

「なーに? あんたも行くの?」

 

 と、その場にいる彼にルージェラは言っていた。

 

「私は、何も行かないとは言っておらん」

 

 彼はそう言って質問に答えていた。

 

 続々とそこには騎士達が集まってきていた。おそらく、100人以上は集まって来ているだろ

う。警備団長のアベラードも参加をするという事で、おそらくこの城塞のほぼ全ての騎士達が参

加をする。

 

 私もそうした。

 

 すでに戦いにいく支度はして来た。腰には剣を吊るしたし、左肩には防具を付けている。ただ

見送りにここに来た訳ではない。

 

 《アエネイス城塞》の警備兵達が身に付けている甲冑は、真っ黒で重厚なもので、とても重そ

うだ。兜まで被ったら、30キロ近くにはなるだろうか。

 

 そんな甲冑を身につけた兵士達に混じって、ここにはロベルトの姿もあった。

 

 彼は兵士の馬を借り、いつもと同じつばの広い帽子とマントという姿だ。

 

「あなたも行かれるのですか?」

 

 私はそんなロベルトに尋ねた。

 

「私は、この国に雇われの身だからな…。君もそうだろう?」

 

「ええ…」

 

「それに…、最低でも10日。このように辺境の土地で待っていなければならないからな…」

 

 静かな声で彼は言った。

 

「そうですか…」

 

「あなたの馬、これね!」

 

 そんな私とロバートの間に割り入って、ルージェラが私の目の前に馬を連れて来た。

 

 その馬とは、私が《リベルタ・ドール》に置いて来てしまった自分の馬の、1,5倍はあろかとい

う、騎士の馬だった。

 

「あんたには悪いけど、ここには騎士の乗る馬しかいないから…」

 

 カテリーナが私の方に近づいてきてそう言った。

 

 乗ろうとするだけ、更にはまたがっているだけでも体力を使ってしまいそうな馬に、私は跨っ

た。見るからに体が発達し馬力もかなりありそうだ。ただ、見知らぬ私を乗せても嫌がらない所

から、大分飼いならされてはいるようだ。

 

 私が馬に跨った頃、中庭には出発する全ての騎士が集まったらしい。警備団長のアベラード

が、中庭の門の前に馬で現れた。

 

 彼は自分の剣を上空へと掲げる。

 

「目指すは《ヘル・ブリッチ》! 山を越え、谷を越え! 最低でも5日の行程になる! そして、

エドガー王を救う!」

 

 警備団長がそのように騎士達に呼びかけると、歓声が上がった。百数十名の騎士達が、士

気を奮い立たせる。大地に地鳴りのように響き渡った。

 

「『フェティーネ騎士団』!」

 

 カテリーナが叫んだ。十数名の騎士達が声を上げる。

 

「行くぞッ!」

 

「おおーッ!」

 

 警備団長が呼びかけ、騎士達は掛け声と共に馬を駆け出した。

 

 100を超える馬達が一斉に駆け出す。地震のような衝撃が辺りに響き渡る。一斉に駆け出

した騎士達。私もカテリーナのすぐ横で馬を駆け出そうとする。

 

 だが、さすがは騎士の馬。突然の加速に私は、叫び声と共に後ろへ仰け反りそうになってし

まった。

 

 何とか体を元に戻すと、

 

「大丈夫…?」

 

 と、カテリーナは私を気遣ってくるが、

 

「ぜ…、全然平気!」

 

 そのように私は反射的に強がっているのだった。

 

 

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17.深き谷、谷の守り手

 

 

説明
ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。北の城塞、アエネイス城塞にやってきた一行は、ディオクレアヌの本拠地を目指しますが―。
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