少女の航跡 第1章「後世の旅人」17節「深き谷、谷の守り手 」
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「《ヘル・ブリッチ》が、あのドラゴンの棲家だって?」

 

 ルージェラがフレアーに尋ねていた。

 

「あの形と大きさをしたドラゴンは、確か、別名、『谷の守り手』って言われているドラゴンだよ。

自分達の棲家は決して変えないドラゴンだから、昔からドラゴンの住処だったって言う《インフェ

ルノ峡谷》で間違いないと思う。『ディオクレアヌ』はそこにある《ヘル・ブリッチ》を根城にすると

同時に、ドラゴンも手懐けたって考えると、自然かな? やっぱり間違いないよ」

 

 と言うフレアーの言葉に、私達は従った。だが、『ディオクレアヌ』が手懐けたと言って、誰が

信用、いや、想像できようか。だが、私達の目指す城塞のある《インフェルノ峡谷》が昔からドラ

ゴンの住処だと言う事は、皆が納得したようだ。

 

 そうして再び馬を駆り出した私達。今度は《アエネイス城塞》の警備隊も加わって、更なる辺

境の地を行く隊列は、100を超える大きな列となっていた。

 

 先頭を切っているのは、辺境警備団長のアベラード。そしてそれを並ぶようにしてカテリーナ

が走っている。私も慣れないながらそのすぐ後に付いていた。

 

 《ヘル・ブリッチ》なる城のある場所までは、おそらく5日かそれ以上はかかるとの事である。

エドガー王の安否が気遣われる中、一刻も早く着きたい。しかしどんなに急いでも、5日はかか

ってしまうのだ。

 

 《ヘル・ブリッチ》。名前からしても私達にとっては、馴染みの薄い古い言葉だ。今では文語

調、いや、使われなくなっているくらいの綴り方。私達の民族にとっては、Hの発音が苦手だ。

古語であるHの文字が先頭にある単語が今では無いからである。

 

 この城塞の名前を、はっきりと発音できるのは、フレアーとクラリスだけだった。二人とも、エ

ルフ語やルーンなどの古語に通じている。

 

 つまり、私達の文明の言葉が使われないような場所にある城、という事だった。

 

 辺境の地に脚を踏み入れていく私達。《セルティオン》でもどこの国にも属さないという、西域

諸国の北西の大地。

 

 そこは、剣のように切り立った山々が人の侵入を阻んでいた。

 

 《アエネイス城塞》から更に北の方に進んだ土地は、切り立った崖、そして、山道が続く。騎士

の馬を走らせながら、道と呼べないような場所を進んで行く。

 

 出発して一日目、幾つかの山を越え、切り立った崖の脇を横切り、私達は進んで行った。

 

 ただでさえ進みにくい道だったが、それでいて私達は、迫り来る敵にも警戒しなければならな

かった。

 

 『ディオクレアヌ革命軍』が《ヘル・ブリッチ城塞》にいる。だとするのならば、そこへ向かおうと

する者を阻止する何者かがいてもおかしくはない。

 

 常に警戒に当たりながら進んだ私達。夜は、交代制の見張りを置き、一刻もその油断は抜

からなかった。

 

 2日目、3日目と、連なっていく山々と崖を抜けていく。人の気配などまるでない。ノコギリの刃

を連ねたかのような山が延々と見えている。そんな場所を私達は移動していた。

 

 そう、果たして道が合っているのか、もしかしたら、辺境の土地に迷い込んでしまっているの

ではないか、私は不安にさらされていた。

 

「大丈夫。この方向で間違い無いの」

 

 フレアーはそう言い、正しい道を来ている事を告げていた。

 

 辺境の大地は、地図にはそう細かく書かれているわけではない。だが、フレアーには知識が

あった。

 

 夜になれば、夜空に輝いている星の位置を見る事で、その方角を読み取る事ができるそう

だ。

 

 星と星とが結び合う線の形。そして、一際大きく輝く星。それらをフレアーは正確に読み取っ

ていた。

 

 魔法使いの知識。彼女にはそれがある。私だって、まるっきり星の知識が無いわけじゃあな

いが、彼女の方が遥かに正確に星の位置を読み取ることができていた。

 

 《アエネイス城塞》の周辺は霧が立ち込めていたが、そこよりも更に北の方の大地は空気が

澄んでいる。夜は満天の星空が広がった。

 

 フレアーは微細な方角の調節もできるようだ。だから、私達は迷う事はなかった。

 

 昼間に関しては、エルフの血を受け継ぐクラリスの、自然の知識があり、正確な方向を知るこ

とができた。山に生える木の立ち方、草の生え方で方角が分かる。

 

 正しく進んでいけば、連なる山々の先には、高原が広がっているとの事だ。そしてその先に

は、《インフェルノ峡谷》と呼ばれる、大陸を横断している大地の裂け目。そこに《ヘル・ブリッ

チ》城塞はあった。

 

 《アエネイス城塞》を出発してから、3日目の午後。私達は険しい山道を抜け、その先にある

《アリーヴェ高原》に出た。

 

 文明の進出を阻む険しい山々を抜けた先の、ただ自然だけがある《アリーヴェ高原》。この先

に《ヘル・ブリッチ》はある。

 

 馬を翔らせる私達。3日目、4日目と、地平線の果てまで続くのであろうかという高原を進ん

だ。変わらず遠くには、険しい山、背の高い山が見える。私達が進んでいく道の傾斜も険しい。

 

 そして5日目になった。一体、いつになったら目的地に着くのだろうか、不安にさせられてしま

うくらいの距離を、私達は馬を走らせていた。

 

 100名を超える騎士達が、こんなに辺境、さらにその先にまでやって来るなどという事は、前

代未聞なのではないのだろうか。

 

 だが、今の今まで何のトラブルも起きなかった事は幸いだ。《ヘル・ブリッチ》が『ディオクレア

ヌ革命軍』の本拠地になっているのならば、そこに行くまでに、何らかの障害があっても不思議

ではないからだ。

 

 そうであって、何も起こらず、私達は、5日目の夕方、《インフェルノ峡谷》へと到着した。

 

 何も起こらなかったという事が、返って不自然な事のように。

 

 《インフェルノ峡谷》は、《アリーヴェ高原》の中に、まるでその大地を切り裂くかのようにあっ

た。

 

 谷自体は、《アリーヴェ高原》に現れた森で囲まれ、その中に谷がある。谷の先には、更に切

り立った山々が見えていた。《インフェルノ峡谷》は、大地をそのまま引き裂いてしまったかのよ

うに切り立った崖。奥深い谷。それが、大陸の端の方まで、本当に大地を裂いてしまっている。

その高さは、谷底を望む事ができない程。この谷底に落ちたならば、死ぬまで外に出る事はで

きないだろう。

 

 そして、私達は《インフェルノ峡谷》へと辿り着いたが、《ヘル・ブリッチ》という城がどこにある

かが分からない。

 

 フレアーの案内でここへと来た私達。峡谷は大陸を切り裂いており、どこかに目的の城があ

るといっても、峡谷に辿り着いただけでは意味を成さない。城が谷の反対側にあったら、ここか

らでは渡りようが無い。

 

 だが、響き渡っている重々しい音、それを聞けば、私達の辿り着いた場所は正しかったのだ

という事が理解できた。

 

「この音って…?」

 

 私達の目の前に現れた峡谷中に響き渡っている音があった。それは今にも地割れでも起こ

しそうな音だった。

 

 私はこの音の正体を知らない。だが、何と無く何の音かは理解できた。

 

「ドラゴンの鳴き声、だよ…」

 

 フレアーの言う通りなのだろう。この峡谷のどこか近くに、ドラゴンがいる。その息遣いが、谷

中に反響して響き渡っているのだ。

 

「…、この辺りのどこかに、《ヘル・ブリッチ》へと通じる入り口があるはずなんだよ…。確か、谷

の中へと降りていく事ができるって言う話…。聞いた事があるの。それで、城は、谷の中に建っ

ているはずなの」

 

 フレアーは集まっていた騎士達に説明していた。

 

「具体的な位置は分からないの?」

 

 ルージェラが尋ねた。

 

「それが、分かったら、探そうとなんてしないよ」

 

 フレアーがそのように言ってしまったので、私達は、高原の中の森で、峡谷へと降りていく入

り口を探し始めた。

 

 日がだんだんと落ちてきている。すでに日差しはオレンジ色の西日となり、木々の陰は大きく

手を伸ばしている。

 

 騎士達は手分けしてその入り口を探した。百を超える騎士達が、一斉に森の中を探索してい

く。これが日が落ちて夜になってしまったら、それを探し出すのは困難になってしまうだろう。

 

 一刻を争っている私達にとっては、早くその入り口を見つけたかった。

 

 私はカテリーナと共に探していた。辺境警備隊長のアベラードも一緒だった。

 

「ここには、『ディオクレアヌ』の奴らの気配など、何もしないな…」

 

 アベラードはそう呟いた。

 

「私達が間違っているのか、それとも…」

 

 カテリーナは、彼に答えたのではなく、独り言のようにそう言った。

 

「それとも…、何だ?」

 

 そのアベラードの問いに、カテリーナが答えるよりも前の事だった。

 

「おおーい、見つけたぞッ! 多分ここだッ!」

 

 誰かがすぐ近くから呼び掛けていた。私達は、一斉にその方向を注目した。大きな岩が森の

中に一つだけ、ぽつんとある場所。まるで地面にできたコブのよう。

 

 辺境警備隊の一人が、大きな岩の前で皆に呼び掛けていた。

 

 周辺にいた私達は、一斉にその岩の元へと集まっていく。人が数人は隠れてしまいそうな大

きさの岩がそこにはあった。そして、その岩に穴が開いている。大の大人一人がやっと通れる

くらいの穴だった。

 

 更に、奇妙な文字が、その穴の周りには彫り込まれていた。ちょうど、アーチを描くかのよう

に文字が彫られている。丁寧に刻み込まれた文字。いや、どんな道具を持ってしてもそんなに

正確に刻み込めないような字だ。苔むしている岩だったが、文字ははっきりと現れている。

 

 だが、私達には理解できない文字だった。

 

 この場所にいる騎士達が全て集まってくるまでには、そう長い時間はかからなかった。森中

に散らばって捜索していた騎士達が、一箇所に集まってくる。

 

 彼らが集まってくる間、私は、彫りこまれている文字の形を見ていたり、穴の奥の方を伺った

りしていた。

 

 深い穴だった。先の方を伺う事が出来ない。ただ、その奥から、深い地響きのような音が聞

こえてくる。岩に開いた穴が、笛の穴のような役割をしている。音は奥から届いてきていた。つ

まりこの穴は谷の方へと通じているという事か。

 

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「何て書いてあるの?」

 

この場所にやって来たルージェラが、同じくやって来たフレアーに尋ねていた。

 

「"この先、《ヘル・ブリッチ》あり。立ち入る事を禁ず。この警告を無視するならば、谷の守り手

が襲い掛かろう"だって…、ルーンで書かれているよ」

 

 穴の入り口に彫りこまれている文字を、すらすらと解読するフレアー。

 

「何の仕掛けも施していないとはな。無防備すぎやしないか?」

 

 アベラードが、穴を見ながら指摘した。

 

「何百年も前に捨てられた城なんだよ。そんなものだよ」

 

 フレアーが疑いも無く答えた。

 

「谷の守り手とは、ドラゴンの事ね? 立ち入る事を禁じるってのは…」

 

「ドラゴンが城への入り口を守っているというわけか。確かに、無防備と言ったのは間違いだ」

 

 アベラードが深刻な面持ちで言った。皮肉を言っているとは思えないような表情をしている。

 

「でもこの入り口じゃあ、馬の一頭も入れやしないよ。一人ずつやっと通れるくらい…」

 

 ルージェラが、穴の大きさを伺いながら言った。

 

「じゃあ、私が先に行って来よう」

 

 突然カテリーナが言い出した。

 

 その場にいた全員の注目が彼女の方へと向かう。

 

「あと2人くらい来て欲しいな」

 

 カテリーナの目線は、なぜか私に向けられているような気がした。

 

「ドラゴンがいるのかもしれないのだぞ。たった3人なんかで一体何ができるというのだ? 騎

士達には、この谷にあるという城を攻める、大事な役目があるのだ。このような小さな穴が入り

口だと言うならば、騎士達が全員通っていったならば、日が暮れてしまうだろう。城の入り口だ

ったら、もっと大きな入り口があるはずだ」

 

 アベラードが、鋭くカテリーナに指摘する。

 

「それだったら、騎士達じゃあなくっていい。私達が穴の中に入って、別の入り口を探してくる。

それだけ。探すだけ。その方が確実だろう?」

 

 カテリーナは、やはり私達の事を言いたいようだ。とりあえず、様子を見てくるだけ、何かが

起こったら、騎士達が後から来る。それだったら、私が参加しても良さそうだが、この穴の奥に

はドラゴンがいるかもしれなかった。

 

 そう考えると脚がすくんでしまう。

 

「では、私が行こうか…」

 

 銃を肩に担いだロベルトが、私よりも前に歩み出した。

 

「あんたが来てくれると心強い。あと一人…」

 

 と、カテリーナ。

 

「あ、あ、あたしは嫌だよ!」

 

 フレアーは慌てて手を振って遮った。

 

「誰もあんたの方、見てないって」

 

 ルージェラがそんな彼女をなだめている。

 

「わ、私も行きます」

 

 誰も行きたがらないし、カテリーナに反対のようだったので、残るは私しかいなかった。

 

「そう…、危険だって分かってる?」

 

「それは、もう…。言われなくても!」

 

 そうカテリーナに答えて、穴の中を覗き込む私。奥の方からは、地鳴りのような息遣いが聞え

てくる。それは、人間を圧倒する強大な存在を感じさせた。

 

「言っておくが、お前達がするのは、ただの偵察だ。騎士達が向かえる別の穴を見つけてくる

事、くれぐれも余計な事を起こすんじゃあないぞ」

 

 アベラードはさっさと行こうとしてしまうカテリーナに釘を刺した。

 

「様子を見てくるだけさ」

 

 カテリーナは、アベラードの言ったことを、軽くあしらうかのようにそれだけ言った。

 

「これぐらい持って行ってよ。中真っ暗みたいだから」

 

 フレアーの声と共に、カテリーナの目の前に、木の枝に灯された松明が渡される。いつの間

に彼女は火を起こして、それを点けたのだろう?

 

「あたしの魔法で点いた火は、そう簡単には消えないよ」

 

「…、ありがとう」

 

 軽く礼を言ったカテリーナは、私とロバートの方を振り向いて、何も言わないままに私達を促

す。そして、自分が真っ先に穴の中へと潜り込んで行った。

 

 私もそれに早速付いていこうとするが、

 

「ただ様子を見てくるだけだぞ!」

 

 アベラードの大きな声に私はびっくりする。

 

「は、はい…」

 

 だが彼の目線は私の方に向いていない。カテリーナに向けられた声だった。

 

 そんな後からの視線がある中、私とロベルトは、岩に開けられた穴の中に入って行くのだっ

た。

 

「そう言っても、あの子はいつもそれだけじゃ、済まさないのよね」

 

 最後にそんなクラリスの言葉が聞えてきていた。

 

 松明を手にしたカテリーナ、彼女はもう片方の手で、背中の剣をいつでも抜けるようにして、

先頭を進んでいく。

 

「この狭い入り口が、私達の目指している場所へ通じているんだとしたら、ここは正しい入り口

じゃあないな」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「あの警備団長が言った通りという事さ。城の入り口がこんなに狭かったら、物を運んだりでき

ない。だから、本道は多分別にあるんだろう」

 

 私の方を振り向きもせずに、カテリーナはどんどん進んでいった。

 

 穴は下の方向へと、階段を下りるかのようにして伸びていっている。ごつごつとした剥き出し

の岩、先の見えない暗闇。この場所が、本当に《ヘル・ブリッチ》という城にまで通じているの

か、疑いたくなってしまいそうだ。すぐ先で穴が終わっていても不思議ではない。それほど狭い

道だった。

 

 だがやがて、私達は、大きな通路に出た。

 

 地下に掘られた通路。私達が降りて来た道とは比べ物にならないほどに大きな通路が、横に

伸びている。

 

 カテリーナの言う通り、この現れた通路が本道だ。松明で照らされた壁は、煉瓦で固められ

た壁、そして馬車が二台同時に通れそうなほどの大きさの広い道だった。私達の降りて来た通

路は、横穴のように掘られていた。

 

「どうやらこの道が本道のようだ。どこから入れるのかは分からないが、とにかくどこかに通じ

ている。別の入り口にも、多分、谷の中にあるっていう城の方にも…」

 

 カテリーナがそう言った時だった。

 

 まるで、地震でも起きたかのような衝撃が、私達を襲った。

 

「いいや…、この場所はどこにも通じておらん…。なぜなら、お前達ちっぽけな人間の力では、

このわしをどかす事はできないからだ」

 

 私達は、その地鳴りのような声がしてきた方向を振り向く。

 

 そこには、通路の奥に暗闇が広がっていた。まるで何もその先を望む事ができないという程

の暗闇。地下に大きく開いた通路は、そこから先を全く望む事ができなかった。

 

 だが、その闇の中には間違いなく何かがいた。それも、とても大きな存在だ。重々しい息遣

い、強大で圧倒されそうな気配と空気がそこから漂ってきた。

 

 カテリーナは、ためらう事も無く、その方向に向け、松明の灯りを傾けた。

 

 少しずつ、露になっていくその姿、彼女の向けた松明の明かりが、コウモリの翼を何十倍にも

大きくしたかのような翼を照らし出す。

 

 松明の灯りが、その闇の中にいる者の全てを照らし出すよりも前に、その者は、私達に向か

って再び声を出した。

 

「愚かな人間共よ…、ここに何をしに来た?」

 

 

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18.太古の種族

 

説明
ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。ディオクレアヌのアジトと目される地にやってきた一行。しかしそこにはドラゴンが待ち構えているのでした。
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