少女の航跡 第1章「後世の旅人」18節「太古の種族」
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「愚かな者達よ、ここへと何しに来た?」

 

 そのドラゴンは、私達の前で喋り出した。私はドラゴンなど、会った事も無ければ、声を聞い

た事さえも無い。圧倒される強大な気配が私を襲う。それは、喋っただけでも地響きが起き、

地下通路が崩れてきそうな声、私はそんな迫力に怯えてしまった。しかも、このドラゴンは、私

達に対して敵意を示している。

 

 だがそんな中、松明を持ったカテリーナは一歩足を前に踏み出した。彼女には、目の前に見

える存在を恐れる様子は無い。

 

「『セルティオン』の王が、この先の城で捕らえられていると聞いた。私達は王を助けに来た。だ

から、ここを通してもらう」

 

 ドラゴンを前にしても、カテリーナの口調は変わる事が無かった。彼女は、目の前にいる強大

な存在を目の前にしても、動じている様子は微塵も見せない。

 

「愚かな人間の子よ。おっと、娘と言ったほうがいいのか? わしはここに来た者を先に通さな

い為にここにいる」

 

 そう言うドラゴンの姿を、カテリーナは松明で照らそうとした。その時、

 

「わしの姿を見ようとするな!」

 

 ドラゴンの、とてつもない声が地下通路を揺るがした。その衝撃でどこかの部分が崩れたらし

い。音が聞こえてきた。

 

「私は魔法使いの許可も得た。だからここを通して欲しい」

 

 カテリーナは、今の衝撃にも怯える様子は見せなかった。

 

「魔法使い…? 入り口にいた、あの小さな娘の事か? あんな者の許可など私は認めない。

王が捕らえられていると言ったな? だから何だと言うのだ? わしは人間がどうなろうと知っ

たことは無い」

 

 ドラゴンは、再び元の口調で喋る。だが、胸に響いてくるような声は変わることが無かった。

 

「どうしてもそこをどいてくれないのか?」

 

 カテリーナの声が静かになった。彼女はゆっくりと、手を背中の剣へと伸ばそうとしている。彼

女は、アベラードに止められたというのに、戦おうとしているのだ。

 

「どうしてもここをどかなければ、お前はわしを倒してでも、ここを通り抜けようと言うのか? 笑

わせるな。少し強いと思って、お前は自惚れているのではないのかな? 小さな人間の娘よ」

 

 ドラゴンは笑っているようだった。だが、カテリーナは相手の方を向いたまま、

 

「ああ、倒してでもここを抜けるよ」

 

 彼女は背中から剣を抜いた。

 

「恐れを知らないとは、勇気があるというよりも、愚かだな? それとも恐怖を教えて欲しいの

か?」

 

 と、ドラゴンは、ゆっくりとその状態を起こそうとしている。大地が揺れ、巨大な何かを引きず

るかのような音。私は思わず足を後ろへと後退させてしまった。

 

「だが、一つ聞いておきたい事がある」

 

 そう言いつつも、カテリーナは構えの姿勢に入って行った。

 

「何だ?」

 

「太古の偉大な種族と言われるドラゴンのあんたが、何で人間に従っているんだ?」

 

 その問いに、ドラゴンは少し沈黙した。

 

「わしは人間などには従わん」

 

「ここに来る者を通さない為にいると言っておきながら、『ディオクレアヌ』の奴らが、先の城にい

る事はなぜ見過ごしているんだ?」

 

 またドラゴンは少し沈黙する。それは、人間が答えられないような事を聞かれて、どう答えよう

か迷っているのと似ていた。顔は見えなくとも、間の取り方や、はっきりと聞える息遣いで分か

る。

 

「わしは、あんな者達に従っているのではない!」

 

 ドラゴンのその答え方には怒りが篭っていた。

 

「では、誰に従っている?」

 

「いい加減にしろ! 人間の小娘め! そんなに自分が詮索だと自惚れたいのか? わしがど

うあろうと、貴様達や、愚かな人間共をここから先に通さんのには変わらんのだ!」

 

 洞窟を揺るがす大声、私はますます怯えてしまうが、カテリーナは逆に相手へと迫っていく。

 

「あんたは私の事を自惚れているって言ったな? だが、それは自分の方なんじゃあないの

か?」

 

「ええい! もう貴様を殺す事に決めた! 謝っても遅い!」

 

 カテリーナのその言葉が、ドラゴンの堪忍袋の緒を切らせたらしい。咆哮が、地下通路に響

き渡った。

 

 ドラゴンはカテリーナに向かって、大きな口を開いた。彼女の手に持つ松明によって、鋭い牙

が照らされる。

 

「やってみるんだな。これはあんたが持ってな」

 

 私はカテリーナに松明を渡された。

 

「で、でも逃げたほうがいいんじゃあないの!?」

 

 私はそう言ったが、カテリーナは両手で剣を持ったまま、ドラゴンと対峙する姿勢を崩さない。

そして、ドラゴンの口は、今では自ら炎を振りまいている。口の中に、激しく燃え上がるような炎

が集まってきている。

 

「あんたは、私の後ろに下がっていな!」

 

 大きな声で言われたので、私はカテリーナの言った通りにした。ロベルトも同じようにした。

 

 その時だった。ドラゴンの口から、物凄い勢いで炎が吐き出されたのは。

 

 巨大な火柱が迫ってくるような迫力。地下通路の大きさほどもある炎の柱が、カテリーナの前

に迫った。

 

 だが彼女は、それをぎりぎりまで引き付けた。少しも怯える様子は見せない。

 

 そして彼女は、迫ってくる炎を切り裂くかのように、大剣を一閃させた。

 

 青い稲妻が剣から放たれた。炎に負けないような迫力の稲妻が、迫ってくる炎と激突した。

 

 衝撃波が洞窟を揺るがす。炎は、カテリーナの剣に帯びている稲妻に断ち切られ、彼女の目

の前で二つに分かれた。

 

 私達の左右を、物凄い勢いで炎が通過していく。傍を通り抜け、その熱風だけでも身が焼け

そうになってしまう。鉄をも溶かすぐらいの熱がある。

 

 炎が通り過ぎた。地下通路の入り口の方へとそれは行ってしまった。壁が揺れ、遠くから轟

音が響いて来る。

 

 カテリーナの目の前には、こちらを見ているドラゴンがいた。

 

 彼は呟いた。

 

「ほう…、少しはやるようだな?」

 

 カテリーナは、それに答えるかのように剣を構えて見せる。剣には稲妻が迸っているままだ。

 

「だが、わしをどかす事はできまい」

 

 ドラゴンは、少し上体を上げた。前足を、少し私達の方へと伸ばして来る。

 

 カテリーナは、それを開戦の合図と感じたらしい。剣をドラゴンの方へと向け、間合いを一気

に詰めた。

 

 稲妻を纏った剣が唸り、カテリーナは勢いよくドラゴンの前足に斬りかかっていた。流れるよ

うな動きと、光のような素早さ。剣はドラゴンの前足を捉えていた。

 

 だが、その足に生えている鱗が、彼女の攻撃を阻んだ。鉄と鉄とが激しくぶつかり合う音が

響き、剣は鱗に弾かれた。纏っていた稲妻さえも、散り散りに散らされてしまう。地下通路の闇

の中に、それが輝いた。

 

「剛なる力だけでは、わしの鱗に傷を付けることさえできんぞ?」

 

 ドラゴンは言い放ち、前足を上げる。そして、それを振り下ろすことで、足に付いている爪でカ

テリーナを引っ掻こうとした。爪は鷹の爪のように鋭く、三本ある一つ一つが、まるで鋭い刃の

ようだった。

 

 カテリーナはそれを剣で受けようとした。ドラゴンは上体を上げて、前足でカテリーナを踏み

潰そうとさえしていた。逃げようとすれば間に合わず、爪に切り裂かれる。

 

 だが、カテリーナは前足が剣に当たったその瞬間、その衝撃を横へと受け流した。ドラゴンの

前足はその位置を、体ひとつ分だけずらされ、体勢を崩される。

 

 その隙を、カテリーナは逃さなかった。大剣をそのまま突きの体勢へと変え、大砲のような勢

いで、ドラゴンの胸元に突きを食らわせた。

 

 剣には稲妻が纏っている。剣は頑丈な鱗に穴を開け、少しだったが、ドラゴンに突き刺さっ

た。そして、痛みが広がるように、そこから稲妻がドラゴンの体へと流れた。

 

 その攻撃は、ドラゴンに効いたらしい。痛みに苦しむ咆哮が通路の内部に、衝撃波のように

響き渡った。

 

「あんたが言いたかったのは、柔なる動きは、剛なる力に勝るという話か? 確かにそうさ。力

だけじゃああんたには勝てない」

 

 ドラゴンと間合いを離してカテリーナは言った。

 

 体勢を元に戻したドラゴン。カテリーナが与えた傷は、致命傷には程遠いものではあったが、

ドラゴンの逆鱗を買うには十分だった。彼は鼻息を荒立て、さっきよりも激しい勢いでこちらを

睨みつけていた。

 

「おのれ! たかが人間ごときめ! このわしに傷を付けるとは!」

 

 その咆哮のような声で、またも通路のどこかが崩れた。

 

 彼はそう言い放つと、ゆっくりとカテリーナから距離を取り始めた。

 

「こんな狭い場所でやられてたまるか! 来い! 小さな小娘! 貴様がわしに立ち向かう勇

気があるというのならば! 貴様が人間共の王を救うだけの勇気と力があるのならば! それ

をこのわしに見せてみろ!」

 

 ドラゴンは言い放つ。そして、後ろ足で通路の床を蹴り、地下通路の奥の方へと姿を消してい

った。それだけで地震が起こったかのように足元が揺れる。

 

「…、逃げた…、んじゃあないよね?」

 

 私は声が震えて自信が無かった。あれだけの迫力を見せられた後で、耳も遠くなってしまっ

ている。

 

「誘っているらしい。自分の得意な場所でこの私を始末したいらしい」

 

 カテリーナは答え、彼女はドラゴンの後を追い出した。その場には私とロベルトが残される。

 

「あの…、私達はどうしましょうか?」

 

 私はロベルトに尋ねた。

 

「彼女一人で大丈夫だと思うかね?」

 

 彼はそう答えた。そして、私はすぐに答えを出した。

 

「いいえ…、とても…!」

 

 そう言って、私はカテリーナの後を追い始めた。

 

 通路はしばらく続いた。直線の道で、あのドラゴンが通れる程の大きさの穴が掘られている。

 

 通路の大きさが変わらないまま、私達は地下の道を走り抜けた。何者とも出くわさないまま、

私達は出口へと達する。そこでカテリーナに追い付いた。

 

 彼女の目の前にはあのドラゴンがいた。そして、そのドラゴンが背にしているのが、魔法使い

の城、そして今は『ディオクレアヌ革命軍』が本拠地とした、《ヘル・ブリッチ》であった。

 

 私達は今、谷の中で谷の両側を渡している橋の上にいる。石でできているのだろうか、谷幅

の広い場所を渡している割には、その橋は頼りないほどに細く、橋げたも存在していないらし

い。さらに異様に思われたのは、その橋が、目の前に見えている巨大な城をも支えている存在

であったからだ。

 

 幾つもの塔を、無造作に組み合わせたかのような黒色の城が、谷の中の橋に立っている。

城壁に覆われたその大きさは、目の前に立てば、圧迫されてしまいそうなくらいの大きさ。   

《リベルタ・ドール》の城ほどの大きさがあった。そして所々から煙が吐かれ、何かが動いてい

る音も聞こえる。何者かがいるのは間違いない。

 

 この場所は、かなり昔から存在しているようでもあったが、橋にはどこもひび割れたり、壊れ

たりしている所が無い。

 

 ここはかつて、魔法使いの住む城だったと言うから、橋にしても何にしても、魔法が関わって

いるらしかった。

 

「さて、小娘。ここならお前をじっくりと料理してやれそうだ」

 

 橋の上で翼を広げているドラゴンが言った。ドラゴンは橋幅に勝るほどの体格があり、翼を広

げる事でさらにそれを大きく見せ、威嚇しているかのようだ。緑色の鱗を体表にびっしりと纏

い、鋭い爪、赤く光る瞳が見られる。ここでは闇の中で分からなかったドラゴンの姿が、はっき

りと見る事ができた。

 

「あいつらの見ている前で私を倒したいのか?」

 

 カテリーナは、ドラゴンの背後に聳える城を剣で示しながら言った。

 

 そこでは、城にいる何者か、多分、ゴブリンなどの亜人種が、ドラゴンの大地を揺るがすよう

な大声を聞きつけ、何事かと覗き観ていた。

 

「あんな者達の事など知った事か」

 

 城の方を振り向きもせずにドラゴンは答える。

 

「ああ、そう」

 

 そう答えるとカテリーナは、目の前のドラゴンに対して身構えた。

 

「お前は、全力を持って始末する。わしを怒らせた事を後悔するがいい!」

 

 ドラゴンは翼を大きく広げ、橋の上のカテリーナを威嚇している。だが、彼女は少しも怯む様

子を見せず、

 

「できれば、あんたと戦いたくなんかない。でも、そこをどかないと言うのなら、やるしかない」

 

 そう静かに、だが、力強く彼女は言うのだった。

 

「ほう。だがわしはお前を始末する! それだけだ!」

 

 ドラゴンは唸るような声を上げ、カテリーナに向かって急降下した。足の指に生えた爪が、彼

女へと素早く襲い掛かる。さっきの地下通路でのドラゴンの動きとは明らかに違っていた。広い

場所に移って、動きが素早くなっている。

 

 カテリーナはその動きを見切り、足の攻撃を横に避ける事でかわした。

 

 ドラゴンの足が地面に叩き付けられ、橋は地震のように激しく揺れる。このまま崩れてしまう

のかと思うほどであった。

 

 だが、橋は、ヒビが入るだけで崩れる事はなかった。ドラゴンの巨体が足を叩き付けても、橋

が地震でも起きたかのように揺れても、橋は崩れない。

 

 攻撃を横へと避けたカテリーナは、とっさに剣を振るい、ドラゴンの足に叩き付けた。

 

「小癪な! ちょこまかと!」

 

 何でも叩き斬ってしまいそうなカテリーナの大剣、そのカテリーナの攻撃は、硬い鱗に阻まれ

てまるで通じていない。

 

 だが、さっきは少しとはいえ、彼女の剣はドラゴンに刺さった。

 

「隙を見つけ、一点に集中しなければ駄目か…」

 

 ドラゴンに聞こえるぐらいの声でカテリーナは言った。それを聞きつけたドラゴンは、

 

「いいや、お前にそれはできん。なぜなら、お前がそんな小細工をするよりも前に、わしがお前

を倒してしまうからだ」

 

 その時、ドラゴンの尻尾が大きく振るわれるのを私は見た。それは、カテリーナへと、大木の

ように振るわれている。

 

「あ、危ない!」

 

 私は思わず叫んだ。カテリーナはそれに気づいていないらしい、尻尾は、彼女の背後から迫

ってきていたからだ。

 

 カテリーナは、尻尾の攻撃を思い切り受けた。彼女の体は、軽いもののように弾き飛ばさ

れ、橋の下へと落ちて行く。その先は、底が見えないほど深い崖だ。

 

 ドラゴンは、カテリーナを薙ぎ払った尾を橋に叩き付けながら言った。

 

「ふん。所詮は人間など、この程度のものよ」

 

 ドラゴンは勝ち誇って言った。

 

「ああ! どうして!? 気が付かなかったの!?」

 

 私は、橋の下に落ちていったカテリーナを、信じられないような気持ちで叫んだ。彼女の今ま

での戦いを見ていれば、ありえないようなミスだったからだ。彼女の落ちていった辺りに、慌て

て向かおうとする私。しかしそれをロベルトが止めた。

 

「いいや、気づいていたさ。相手を油断させるために、わざと攻撃を受けた」

 

 彼は冷静に答えた。

 

「どれ、あのいまいましい娘がどうなったか、確認しにでも行くか…」

 

 崖下を見下ろしたドラゴンがそう言った時だった。

 

 ドラゴンの背後、橋の下の方から、カテリーナの姿が、まるで飛び出すかのように現れた。彼

女はドラゴンに気づかれずに彼の背後を取る。

 

 彼女は無事だった。橋の下を回りこんできたのだろうか。ドラゴンに薙ぎ倒されながらそんな

事ができるとは、とにかく無事だという事だ。

 

 それでもカテリーナはドラゴンの攻撃を受けたのには違いない。彼女の鎧の胸甲、脇腹の部

分はヒビが入って砕けていたし、口からは血が垂れていた。だが、彼女の鋭い表情は変わらな

い。いつになく真剣で、ドラゴンを圧倒するかのように鋭い表情だ。

 

「確認したいならすればいいさ。だけどわざわざ下まで行く必要はない!」

 

 彼女は凄みを利かせた声でそう言った。

 

 すでに構えていた剣を、カテリーナはドラゴンに向け、まるで大砲のような勢いで突き出した。

事実、それだけの威力がその突きにはあっただろう。鋭く、かつ重い衝撃。稲妻の閃光が輝

き、それはドラゴンに突き刺さるのではなく、ドラゴンの巨体を打ち砕いた。

 

 ドラゴンは、痛みに咆哮し、剣に突かれた勢いで橋の下へと落ちて行こうとした。

 

 しかしその際、またしても尻尾が、今度はカテリーナの足を払った。体勢を崩した彼女自身

も、橋の下、崖の下へと落下する。

 

「カテリーナ!」

 

 私は叫ぶ。だが、橋の下まで追う事はできない。

 

 あのドラゴンと戦えるのは、カテリーナしかいないのだから。

 

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 両者は崖下へと一気に落下していく。眼下には、底が見えないほどの深淵が続いている。

 

 いつになったら地面に着くか、とても見当が着かない程の。

 

 落下しながらも、ドラゴンはカテリーナに激しい攻撃を仕掛けてきた。身が宙にあるような状

態では、翼を持つドラゴンの方が分は上だ。

 

 しかし、ドラゴンはかなりのダメージを受けている。背中の鱗が砕け、血が宙に舞っている。

落下しているカテリーナを掴もうとする動きは、さっきよりも鈍かった。

 

 自分を掴んで来ようとする足の爪を、カテリーナは剣で受け流す。さらにやって来た尻尾によ

る攻撃も、彼女は剣で防御し、逆にその時の反動を使って、自分の攻撃しやすい位置に移動

した。

 

 ドラゴンは、かっとカテリーナの方を振り向く。その口には、今にも破裂しそうな勢いで、炎が

渦巻いていた。

 

 ドラゴンは炎を、カテリーナに向かって吐いた。

 

 迫り来る炎、カテリーナはドラゴンの体を蹴り、空中で落下の軌道を変え、吐かれて来た、火

柱のような火球を避ける。

 

 目標を失った火球は、谷の崖へと飛んで行き、そこで爆発、崖の一部を崩壊させた。

 

 だが、カテリーナに恐怖は無かった。底の見えない深淵に落ちていく事に恐怖は感じていな

い。彼女の表情も、地上にいる時と変わらない。

 

 落下しながら、カテリーナはドラゴンへと剣を振り下ろす。ドラゴンも空中で体勢を変え、カテ

リーナの斬撃を足で弾こうとする。

 

 剣に纏っている電流が、ドラゴンの鱗に弾かれ、閃光が輝いた。その時の衝撃で、両者共に

体勢が崩れる。

 

 その時、カテリーナは谷の底が近づいてきている事を知った。

 

 ドラゴンは翼を使い、空中ですぐに体勢を立て直し、その尾を、まるで巨大な鉄槌のようにカ

テリーナに向かって振り下ろして来る。

 

 彼女はそれを避けようとするが、空中では身の動きが思うようには働かない。

 

 大木のような尾が彼女に叩きつけられた。カテリーナの鎧の肩当ての部分が砕け散る。だが

彼女は一向に怯まない。鎧は砕けても、肩までダメージは届いていない。

 

 砕けたプレートは破片となりつつも、稲妻の火花を放っていた。

 

 カテリーナは、自分に攻撃して来たドラゴンの尾を掴み、そのまま空中で体勢を立て直す。そ

して、今度はドラゴンの背中に馬乗りになる。

 

 それに気づいたドラゴンは、カテリーナを振り落とそうと激しく体を揺さぶる。だが、カテリーナ

はしっかりとドラゴンの体に足で掴まっていた。そして、両手で握った大剣を、力強くドラゴンの

背中へと振り下ろした。

 

 ドラゴンは悲鳴を上げた。深い谷の隅から隅にまでその雄たけびは響き、衝撃で崖のどこか

が崩れる。

 

 谷の底が目の前に一気に迫ってくる。ドラゴンは背中に剣を突き立てられ、体勢を立て直せ

ないまま、きりもみしつつ落ちていく。

 

 そして、やって来た、重い鉄槌を受けたかのような衝撃。カテリーナはまたがっていたドラゴン

から振り落とされ、谷底の地面に転がった。

 

 少しの時間の後、カテリーナはゆっくりと身を起こした。

 

 彼女は生きていた。谷の上を見上げれば、崖から漏れてくる光は線のようにしか見えない。

崖の底は夜のように真っ暗闇で、ほとんど光が差していなかった。

 

 そんな高さから落ちても、彼女は無事だった。唯一受けた怪我は、鎧の砕けた脇腹の部分に

ある。プレートは砕け、彼女は、動く度に、そこに鈍い痛みを感じていた。これはドラゴンにやら

れたもの。打身だけではなく、おそらく肋骨が2、3本は折れ、砕けているだろう。

 

 しかし、彼女はそんな痛みには屈しなかった。口から垂れていた血を拭い、脇腹を押さえつ

つも、倒れたドラゴンに近づいていく。

 

 ドラゴンの、地鳴りのような息吹が聞こえてきていた。目の前にいる存在はまだ生きている。

カテリーナの方に顔を向け、目を瞑っていたが、とにかく呼吸はしている。カテリーナは右手の

剣を握り締めた。

 

「…、どうしたのだ? わしにとどめを刺さないのか?」

 

 目を瞑ったままドラゴンは呟いた。声からして彼は弱っているようだったが、それでも声は、

地鳴りのようにカテリーナに響く。

 

「私は、言ったはず。私は王を助けに来ただけだと。あんたを殺しに来たんじゃあない」

 

 カテリーナの言葉に、ドラゴンは何かを考えたようだった。そして、少しの間の後、ドラゴンは

口を開く。

 

「お前は、本当に人間なのか…? お前のような娘の体では、わしの攻撃をまともに受ければ

ひとたまりもないはずだ。だが、お前は生きているだけでなく、わしをここまで弱らせてくれた

…」

 

 ドラゴンの顔を、カテリーナは見下ろしていた。2人の距離はかなり近い。カテリーナも、大剣

を振り下ろせば、いつでもドラゴンに止めを刺せただろう。だが、彼女はそれをしなかった。

 

「さあ…、時々、自分でも良くわからなくなるけど…。でも、とにかく私は人間だろう。耳が尖って

いるわけでもないし」

 

「…、エルフでもわしは倒せんし…、尾に軽々となぎ倒されているわ…」

 

「一つ言うなら…、私は、自分の鎧に稲妻のような力を纏わせる事ができて、それで、ただの鉄

板がかなりの防御力を持つ事ができるし、生半可な攻撃なら跳ね返す事もできるのさ。だが、

やはりあんたはドラゴンだ。脇腹に食らった時はさすがにこたえたよ」

 

「お前は、自分の身をなげうってでもわしを倒そうとした。怪我を負ってまで、そして、谷の底に

共に身を落としてまでわしを退けようとした。それも全て、王を救いたいがためなのか…?」

 

 カテリーナは表情を変えなかった。だが、少し言葉を探したような間の後に、

 

「ああ、その通りさ」

 

 そう答え、カテリーナは谷の上を見上げた。切り立った崖が、遥か高くまで聳え立っている。と

ても上までは上がれそうもない。さっきまでいた橋など、その姿さえ望む事はできなかった。

 

「だが、こうなってしまってはどうする? 王が捕らわれている城は、数百メートル、いや、千メ

ートル以上は上なのだ。崖をよじ登るか? 何日かかるかわからんし、いくらお前でも、途中で

力尽きるぞ」

 

「やってみなければわからない。それか、どこかにある崖上への道を探す」

 

 カテリーナは崖上の様子を伺いながら、どこかへと歩いて行こうとするが、

 

「西へ1000キロ行けば、山へと上がる。東へ1500キロで海に出るな。そんな距離を歩くのか?」

 

 ドラゴンの言葉に彼の方を振り返った。

 

「それ以外に方法が無い。だが時間がかかり過ぎる。ここでは仲間の助けも得られそうにな

い。じゃあなければ…」

 

「ん? どうするというのだ?」

 

「あんたに連れて行ってもらう」

 

 カテリーナの言葉にドラゴンは笑った。

 

「敵の力を借りるというのか? 笑わせるな」

 

「敵だとか、味方だとか言ったことは、この際どうだっていいんだよ。だから翼は傷つけなかっ

た。飛べるはずだ」

 

 少しの時間、ドラゴンは考えたようだった。

 

「面白い娘だ。若い割にこだわりが無い所がな。いいだろう。あの城にいる者達がどうなろうと

わしが知った事ではないし、お前はわしを倒した。言っておくが、お前に協力するのではない。

お前はわしを倒した者、そのような者をここでのたれ死にさせるのは、わしが自分で許さん。そ

の程度の事はやって見せろ。いいな?」

 

「…、ありがとう…。やはりあんたは長生きをしているだけある。物分りが良いみたいだ。そし

て、やはり『ディオクレアヌ』の連中の仲間でもない…」

 

「ふん。わしは、人間共になど従わないわ。ほれ、やると決めたのなら、すぐに行動しろ。わし

の背中に乗れ」

 

 ドラゴンはカテリーナを促した。彼女は、剣を背中に吊るし、さっとドラゴンの背中に乗った。

背中は広く、カテリーナは、翼の生え際に掴まる事ができた。

 

 ドラゴンは羽ばたく。するとその大きな上体は浮き上がり、谷の上方に向かって飛び上がって

行った。

 

 

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19.激突

 

説明
ある少女の出会いから、大陸規模の内戦まで展開するファンタジー小説です。ドラゴンと対決するカテリーナの模様。
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