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 ファラデーは、警察の対策本部のテーブルに、今まで起きた全ての事件現場の写真を広げて

いた。対策本部の部屋には人はおらず、彼は居残って事件の捜査に当たっていた。

 

 焦りが募り、冷静な判断が下せないでいる自分を彼は感じていた。だが、今からでも遅くは無

い。この事件を解明してやる。あの教授の言っている事は、ただの学者の発言かもしれないが、

行方不明になった人間が、まだどこかにいるという点には、ファラデーも興味をそそられた。

 

 なら、行方不明者を探しだしてやればいい。そうすれば謎は解けるだろうし、事件は解決する。

 

 ファラデーは今までの事件現場で見落としが無いかどうかを確認しようとした。今までの事件に

は、ほとんど統一性は無い。だが一つだけ大きな点がある。

 

 一番古い事件は遠くの場所で起こっていたが、それがだんだんと、メンガー・シティに集中して

きて、ここ一カ月の行方不明事件は、全てメンガー・シティで起こっていると言う点だった。

 

 このメンガー・シティに何かあるのか。もし、犯人の様なものが存在していて、それがメンガー・

シティにある何かを目指してきているのか。

 

 行方不明者は多種多様だ。年齢も性別も人種も関係ない。良い例が、列車が丸ごと消え去っ

たあの事件だろう。まさに百人近くの者達が忽然と消え去っていた。

 

 ファラデーはテーブルに並べた写真と、ある写真を並べて自分の士気を高めた。

 

 これは警察の面子などのために行う捜査ではなく、もはや自分自身のために行う捜査なのだ

と。

 

 時間をかけ、ファラデーは事件を整理して、写真は穴を開くほど見つめていた。

 

 管轄外だった事件が、メンガー・シティのこの警察署に回って来て、まだ二週間ほどしか経って

いない。連続殺人事件の犯人に、もっと捜査に時間を費やしたこともある。

 

 写真の現場の共通点に、ファラデーはやがて気がついた。

 

 もちろん、現場に影の様な跡がある事は気がついている。しかしそれだけではない。皆、建物

内の照明の側などで狙われているという事だ。

 

 もし人による犯行だったら、人をさらうには暗い場所を好む。確かに事件は特に夜に集中して

おり、特に照明が照りつける時間に人が消えている。

 

 一番最後の女子大生が消えた事件でも、彼女は広場の照明の近くで消え去った。

 

 そして、百人以上が消え去った列車の事件。列車内にももちろん照明はある。しかも消え去っ

たのは昼間だ。

 

 だがファラデーはもしかしたら、狙われたのは列車ではなく、もっと別のものではないかと考えだ

していた。

 

 もしこれが何か、生物の犯行だとしたら。それを目撃した者はいないが、人以外の犯行だとした

ら?

 

 人を襲う以外にも何か目的があったのではないか。

 

 怪物がこの街にいる。そう考えただけでも馬鹿馬鹿しい。そんな都市伝説は幾らでもあったが、

今メンガー・シティで起きている怪奇現象を解明するためには、どんな些細な出来事をも見逃した

くはない。

 

 照明、電灯、そして電車。これらの間に共通しているものは一つしか無かった。

 

 そしてファラデーがこんな話をする事ができるような相手なども一人しかいなかった。

 

 ファラデーが電話をかけた相手は、パロマーだった。こんな話をする事ができるのはあの教授く

らいのものだ。

 

 しかし彼もまんざら、事件に対して無関心では無い。むしろ協力的だった。

 

「新しい事実を発見しましてね」

 

 ファラデーはまずそのように言って、電話の話を切り出した。

 

「ほほう、それはそれは」

 

 パロマーは感心したと言わんばかりの様子で言って来る。

 

「襲われた人々は、皆、電気を使うものの側で襲われている。電灯の側、照明の側、極めつけが

電車の中だ。これをどう思います?」

 

 それがファラデーが発見した新事実だった。偶然とは思えないほどに一致していると、彼は心

の中で思っていた。

 

「なるほど、共通点は電気ですか。ありうる話ですね。何者かは電気に引きつけられるかのように

して、ついでに人を呑みこんでいると」

 

 パロマーは話に食いついてきた。

 

「もし、あなたが言うように、異次元からでも何でもいい。やって来た怪物が、電気を求めているの

であれば、それは立派な共通点になるのでは、と思いましてね」

 

「上の次元からやって来た怪物が、電気を狙う。ありうるかもしれませんな。我々がこうして二次

元世界で電気を使って必要としているように、確かに三次元の世界でも電気は必要なものでしょ

う。電子は宇宙不変の粒子の一つだ」

 

 また難しい言葉を並べたてようとしている。そう察知したファラデーは話を先へとすすめた。

 

「しかし疑問はあります。何故、メンガー・シティばかり狙われているのか、という事です。メンガ

ー・シティ以上に電気を使う都市は幾らでもある。そんな中、何故、メンガー・シティが狙われてい

る?この点は腑に落ちませんね」

 

(私は、何か、怪物のようなものが、襲って来ていると考えています。明らかに人の犯行ではあり

ませんからね)

 

 パロマーはそうなのだろう。彼がどう想像しようと勝手だ。だが、ファラデーにとっては事件を解

決しなければならない義務がある。

 

「怪物でも何でも良いですよ。何か、このメンガー・シティにしか無い物でもご存知ですか?」

 

 すると、パロマーは言って来た。

 

(刑事さん。テレビをよくご覧になってはいませんかな?確かに世間は神隠し事件で持ちきりだ

が、メンガー・シティでは、つい一カ月ほど前からあるプロジェクトが動いているんですよ。まあ、

私も、知り合いがこのプロジェクトに参加している一員だから知っているんですがね)

 

「プロジェクトと申しますと?」

 

 ファラデーは興味をそそられた。

 

(街の周囲を開閉する事ができる大きな送電線で囲む事によって、より安定した電力を供給する

と言うプロジェクトです。街の外に発電所があり、メンガー・シティでは膨大な電力が供給されてい

る事になる。

 

 実はこの街は大きな電力に覆われている事になるのです。それこそ、更に大きな都市とは比べ

物にならないほどにね。いずれ、国中の都市に広げるために試験的にメンガー・シティは選ばれ

ました。

 

 つまりは電力供給の為の実験地域なのです)

 

 そう言えばファラデーもその話を聞いた事がある。街の治安を守る警察である以上、そうした出

来事は知らなければならない。

 

 しかし今は、神隠し事件で話は持ちきりだったのだ。

 

「その電力に引き寄せられるかのようにして、何者かが、この都市にやって来たと?」

 

(電気をエネルギー源としている生き物は、幾らでもいます。もしかしたら、目に見えない何者か

は、電気自体を食べるか、吸収するためにこの都市に現れているのかもしれませんね。彼らが

食事をする際に、近くに人がいると、連れ去られてしまうのかもしれません)

 

 ファラデーは少し考える。事件の被害者たちが電気を使うもののすぐ近くで襲われている事は

確かだった。だからと言って、このパロマーの持ってくる話にそのまま乗って良いものか、彼には

分からなかった。

 

 本来ならば乗るべきではない。刑事ともあろうものが、こんな話に乗ってしまってはいけないの

だ。

 

 だがファラデーはじっとある写真へと顔を落とした。今、何も手掛かりが無い以上は、可能性に

賭けるしかない。

 

 馬鹿馬鹿しいとはいえ、唯一、辻褄が合う仮説がこれしかないのだ。

 

「我々は、あなたのいう怪物か何かがいたとしたら、それを退治しなければならない」

 

 ファラデーはそのように言っていた。元々が何の手掛かりも無い事件なのだ。一つの可能性に

賭けて、自分が動く必要はあるはずだ。

 

(その意見については賛成ですね。行方不明者は私としても増えて欲しくはありません)

 

 意見は一致しているようだった。まだファラデーは完全には信じていないが、こんな仮説をまと

もに話してくれるような相手はパロマー以外にはいない。

 

「犯人を捕らえるなら、狙われる場所を張りこんでおく必要がある。あなたならば、どこが狙われ

やすい場所か分かりますか?」

 

(街の西側に、電力を供給するための実験発電所があります。そこが言わばこの街の電気の発

信源になっている場所ですから、その周辺ですかね)

 

 パロマーの答えは速かった。

 

 早速ファラデーは、街の西側にある実験発電所の位置を確かめる。それは地図にも乗っていな

い発電所だったが、警察の情報力では簡単に調べる事が出来た。

 

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 マリーが消えてしまったと言う事実がある以上、もはやこの神隠し事件は人ごとでは無かった。

アルバートも叔父と共に、街の西側へと向かっていた。

 

「あの刑事さんが、本当に協力を?」

 

 叔父が運転する車の中で、アルバートはそのように尋ねていた。

 

「ああ、担当の事件だからと言っていてね」

 

 叔父はそのように答えていた。

 

「だが、多分、それだけじゃあない。どことなく、追い詰められているような気がしたよ。あの刑事

さんはね。ほんのわずかな可能性にもすがりたい。そんな感じの話し方だった」

 

 叔父が何かを見据えたかのように言っていた。

 

 だが、アルバートにとってみれば、あの刑事は横暴であり、まるで叔父の言う事など信用してい

ないかのようだった。

 

「もうすぐ彼も来る」

 

 ここは草原のような大地が広がっていて、町はずれの郊外となっていた。メンガー・シティは比

較的土地が狭い場所に街を収めているが、街を外れてみると、比較的建物の感覚も開き、入り

組んだ迷路のような街とは一変している。

 

 この場所に送電線が広げられて、それがメンガー・シティをぐるりと一周している円を描いてい

ると言う。

 

 叔父の言葉に言わせれば、二次元の世界ではそれは閉じたものとなってしまい、メンガー・シテ

ィに住んでいる者達にとっては、送電線という柵に囲まれ、閉じ込められているような状態だと言

う。

 

 だけれども、送電線は自由に開閉する事ができるようになっていて、必要な時だけ電気を流す

事ができるようなシステムになっているから不自由しない。

 

 神隠し事件を起こしている怪物は、二つある方向に、更にもう一つ加えた方向から襲ってくると

いう。そして、その怪物か何かは電気を狙っているのだという。

 

 叔父の言う事が正しければ、アルバート達は、まるで実態を掴む事ができない幽霊の様な存在

を敵に回すかのようだ。

 

 しかしその怪物を倒すかしなければ、マリーの様な行方不明者がどんどん増える事になってし

まうだろう。もし怪物が電気を狙ってその場所に現れると言うのならば、それは餌になってくれる

はず。

 

 しかしながら、そうした叔父の仮説はあくまで仮説でしか無い。本当にこんな事にすがって良い

のかと、アルバートは不安になっていた。

 

「怪物退治をすると言っても、一体、どのようにして退治をしたらいい?」

 

 アルバートはそのように尋ねていた。

 

「いくら物体が二次元よりも上の世界にいたとしても、この世界を通過する際には必ず影が残る。

あの、黒いものだよ。つまり、物体は何かしらの形で我々がいる平面世界にも触れていなければ

ならないという事になる。

 

 とにかく、その何者かが、こちらの世界に現れる時、この平面世界からでも攻撃は通じると言う

事は確かだ」

 

 そう言いつつ、叔父が車の後ろから取りだしてきたのは猟銃だった。

 

「私にも、このくらいのたしなみはある」

 

 そう言いつつ、叔父は弾がしっかりと篭められているかを確認した。

 

「もし相手が、動物じゃなかったら?いや、そんな銃なんて通用しないような相手だったら?」

 

「だから私達は最も心強い味方をつけたじゃあないか。刑事さんが味方になってくれるなんて、こ

れほど怪物退治に心強い味方はいないよ」

 

 叔父はそのように言った。まるですでに怪物を退治した後であるかのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ファラデー刑事はそれからそれほど遠くない時間にやって来たが、アルバートが期待しているほ

ど、頼りがありそうには思えなかった。

 

「なるほど、狩りをするのは、その猟銃と言う訳ですか」

 

 それは人を馬鹿にしているかのような態度だ。

 

「残念ながら、理論物理学者は平和な職業でしてね。このようなものしか持ち合わせていません」

 

「そんな事だろうと思いましてね。こちらはプロです。このくらいの用意はさせてもらいましたよ」

 

 そのように言いつつ、ファラデー刑事は自分が乗って来た車のトランクを開いた。

 

 するとそこには、多くの銃火器が並んでいる。

 

「ほほう。これはこれは」

 

「言っておきますが、いくら私が刑事だからと言って、これだけの銃火器を持ち出すのは、本当な

らばしてはならない事なのです。銀行強盗でも起こらなければ、持ち出してよいのは拳銃だけと

言う決まりが」

 

「ショットガンなんて使えませんよ」

 

 アルバートが刑事の言葉を遮るかのようにそう言った。

 

「平和な大学生には無理だろう。君が撃ったら後ろに吹っ飛んじまう」

 

 そう言われて、アルバートは自分が軟弱と言われたような気がした。

 

「これは何ですかな?」

 

 叔父のパロマーはそう言って、トランクから手に収まる様な箱がついた銃を取り出した。

 

「それはテイザー銃。スタンガンを発射するようなものだと思っていただければいい」

 

「つまりは電気を使うと?」

 

「あなたの言う、怪物とやらの餌をくれてやる事になるかもしれませんな。だが、これは役に立つ

かもしれない。警察のものではなく、私の所持品ですがね」

 

 そう言ってファラデー刑事が持ち出したのは、水中銃だった。銛を発射する事ができるものとな

っており、それがワイヤーで繋がっている。

 

「もし怪物か何かがどこかへ逃げたとしても、ワイヤーをたぐれば、どこへ逃げたかが分かる」

 

「どっちにしろ、その怪物が姿を表さなければ、どんな武器を使っても意味が無いでしょう?」

 

 アルバートはそのように言っていた。それは確かな事なのだ。

 

「何も動かないでいるよりはましだよ」

 

「一つ言っておきましょう。私がここに来ると言う事は、同僚たちにも上司にも隠している。本当の

事を言えば、あなたの仮説を私はまだ、馬鹿馬鹿しいと心の中で思っている。この可能性に賭け

たのも…」

 

「刑事さん。あなたはまだ、私達に言っていない事があるでしょう?」

 

 ファラデー刑事の声を遮るかのように、叔父は言うのだった。

 

「な、何だね?」

 

「あなたが、ここまでついてきているのは、何かに焦っているからでしょう?その焦らせているもの

が何であるか、教えていただけませんかね。私達は何も隠していない。正体不明の怪物退治を

するのは、我らが共通の友人が、その何者かに連れ去られてしまったからに他なりません。

 

 ですがあなたは刑事さんと言うだけであって、話を聴くばかり、一方的ではないかと思いません

か?」

 

 すると、ファラデー刑事は少し戸惑ったようなそぶりを見せた後で答えてきた。

 

「電車が、丸々消え去ったあの事件の時、実はあの列車に私にとって大切な人物達が乗ってい

たのですよ」

 

「大切な人物達と言いますと?」

 

 叔父が促すと、ファラデーは言って来た。

 

「私の妻子です。行方不明者名簿を見せられた時に気が付きました」

 

「なるほど」

 

 ファラデーはその叔父の頷きには何も答えず、自分の車のトランクからショットガンを取り出し

て、それを握りしめた。

 

「これはあなた達の事件じゃあない。巻き込むつもりもないし、あなた達に協力してもらう理由も無

い。できれば素人にはお引き取り頂きたい所だ」

 

 ファラデーは自分の感情を押し殺すかのようにそう言い放ってきた。だが叔父は一歩、相手に

踏み込んだ。

 

「それはできないでしょう。何故なら、あなただけでは、怪物の居場所を見つける事はできないか

らですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 アルバートとパロマー、そしてファラデー刑事は、刑事の車の中に乗りこんだ。

 

 そして叔父はあるものを取り出した。それは携帯電話だった。叔父はどこかへと電話をかけは

じめた。

 

「やあ、ガウス君かね?今朝言っておいた通りに、君の管理している電線のどこかに異常が出た

ら、すぐにその場所を教えて欲しいんだがね」

 

 そのように叔父は電話先に言った後、アルバートとファラデー刑事に説明し出した。

 

「あそこに見えます発電所には、私の教え子のガウス君がおります。彼は街をぐるりと周回してい

る電線を管理する仕事をしている。異常があればすぐに彼の所に知られる事になります。

 

 怪物が電気を狙っていると言うのならば、電線も人と同じように消え去ってしまうでしょう。電線

が切断されるという事になります。そうすれば電気は途絶える事になり、ガウス君はその異常を

察知し、私達に教えてくれるでしょう」

 

 アルバートはなるほどと思った。しかし問題はある。

 

「でも叔父さん。メンガー・シティは広い。異常があったとしても、すぐに現場に駆け付けられるか

な?」

 

「我々だけで狩りをする以上、現場に急行するしかあるまい。運よく、近い場所で異常が起こって

欲しいものだ」

 

 ファラデーのその言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。

 

「本当ならば、もっと多くの警察の方に張りこんでもらいたかったのですがな」

 

 叔父がそのように言うと、

 

「それは無理な話だ。あなたの推測だけでは警察署は動かせません。もしその怪物が、私達の

街に宣戦布告でもしてくれれば別ですがね」

 

「そうはいきません。ですが、今のところ、我々だけで動くしかありませんな。コーヒーでもどうで

す?私の車にありますよ」

 

 ショットガンを脇に置き、鬼気迫るかのような印象のファラデーとは対照的に、叔父はあまりにも

拍子ぬけているような態度だった。

 

 これから狩りをする相手は、もしかしたらとてつもない存在かもしれないのだ。連続殺人犯のよ

うに無慈悲であり、獰猛な猛獣よりも凶暴であるかもしれない。叔父はその事が分かっているの

だろうか。

 

 叔父の車の中でコーヒーが振る舞われた。

 

 コーヒーはまだ暖かいもので、街のコーヒースタンドで買われたものだった。学生はあまり買お

うとしない店、高級なコーヒーを購入する事ができる店のものだ。

 

 だがアルバートは、これから未知の何かに立ち向かわなければならないという緊張感のせい

で、そのコーヒーの味を楽しむ事はできないでいた。

 

 コーヒーを飲みながら、叔父は自分の車の中で話を切り出す。

 

「奥様とお子さんの事はお察しします。私も全力を持って、怪物退治をお手伝いしましょう」

 

 叔父はファラデー刑事の様子を伺いつつ、そのように言うのだが、

 

「ああ、お互い様で助かる。だが、私も現実的な人間だ。怪物だが何だか知らないが、それを倒

したとしても、結局自分の妻子が戻ってくるかどうかなんて事は分からない。いや、期待もしてい

ないだろう。

 

 だが、怪物退治はまたそれとは別の話という事になるな」

 

 と冷静に振る舞いつつも、ファラデー刑事はコーヒーを飲もうとしない。緊張しているのであろう

か。

 

「叔父さん。怪物が現れるっていう保証は?」

 

 アルバートが尋ねる。

 

「今日かもしれないし、明日かもしれない。それに、もっと一週間後、ずっと先かも?狩りとはそう

いうものだよ。しかも動物とは全く違うものだろうからね。もしかしたら、永遠に会う事ができない

可能性がある。

 

 狩りとはそういうものなんだよ」

 

 叔父の説明は実際のところ、怪物を見つけられる保障は全くないとも言えるものだった。

 

「まあ、気長に待とう。怪物を捕らえるための罠は張ったのだからね」

 

 その罠とは、街をぐるりと一周するだけの巨大な電線網の事だった。一つの生物か何かは分か

らないが、それを見つけ出すというにしては、あまりにも大がかりな罠であると、アルバートは思う

のだった。

 

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 準備も万端だ。武器も用意してある。アルバート達には刑事まで味方がついていて、狩りの準

備はすでにできている。

 

 しかしながら、狩りとは気長なものだとアルバートは思った。明日にだって大学の講義はある。

それは叔父も同じ事だろうし、刑事にだって仕事はあるだろう。刑事にとっては、この怪物狩りこ

そが仕事なのだろうが、彼は狩りの事は警察には知らせないと言っていた。

 

 つまり刑事にとっても非公式な仕事なのだから、彼も明日の仕事があるはずだ。

 

 なのに、午前1時を回っても、怪物の気配は無かった。

 

「怪物の気配も感じられないとは、どうすれば良いのか分かりませんよ」

 

 アルバートはいい加減、うんざりとしたような態度を取ってそのように言った。実際、緊張は通り

越していてすでに眠い。いつもならばとっくに眠っている時間だからだ。

 

 だが、叔父も刑事も目は冴えているようだった。

 

「我々の世界は二次元、そして、その怪物は、三次元だかもっと上の世界にいる生き物と私達は

考えてここに来ている。だから、気配さえも感じられない。気配を感じる事ができたとしたら、それ

は唯一、我々の次元に脚を踏み入れてきた時だけなんだ」

 

 と、叔父は説明した。それは2、3時間ぶりに聞いた彼の言葉だったような気がした。

 

「もし何かあったら、私の教え子から連絡が来る。それまで待つしかない」

 

 そのように言いながら、叔父は自分の携帯電話を軽くたたいた。携帯電話は車にきちんと設置

されており、呼び出しが鳴ればすぐに分かるようになっている。

 

 しかし叔父の携帯電話は少しもなる気配を見せなかった。

 

 午前3時を回った。アルバートはもう叔父の車の中で居眠りをしていた。だからその電話の呼び

出し音が鳴った時にはすぐには気がつかなかった。

 

 叔父は携帯電話を取り、当たり前の電話を取るかのように、その電話の呼び出しに出た。

 

「あーもしもし。ああ、やっと電話をくれたね?」

 

 そのように叔父が答えた時、すでに刑事は車のエンジンを入れていた。叔父の車の運転席に

はファラデー刑事がおり、いつでも彼が車を発進する事ができるようになっていたのだ。

 

「E−24区画の電源が途切れた?あーそうかい」

 

「E−24区画。早く地図を!」

 

 ファラデー刑事はすぐに反応し、叔父の手からひったくるかのように地図を取った。そして一気

に車のアクセルを踏み込んで車を発進させた。あまりにも彼が一気に車を出したものだから、ア

ルバートは後部座席のシートに頭を叩きつけられるほどだった。

 

 刑事というものはここまで車を飛ばすものかと、アルバートは痛感させられた。ファラデーが運

転する車は町の郊外を疾走していき、やがて、目的の場所についたが、地図によればその場所

とはメンガー・シティの反対側だったようだ。

 

「怪物がまだうろうろしているとも思えませんが」

 

 揺れる車内の中で叔父がそのように言っている。

 

「だからと言って、取り逃すわけにはいかないでしょう!」

 

 そのように言い放ちファラデーは車を疾走させる。彼自身が飲みかけだったコーヒーが、フォル

ダーから外れてこぼれているほどだ。

 

 目的地に着くなり、ファラデーは車を急停車させた。

 

「この区画の、どこです?」

 

 地図を見ながら、深夜の暗闇に包まれているメンガー・シティ郊外の様子を見つめるファラデー

刑事。

 

「私の教え子によれば、変電圧機が故障したとの事ですよ。今、現場に彼らの技師も来るそうで

…」

 

 そう叔父が言うなり、ファラデーは素早く地図からその変電圧機の場所を確かめ、その方向へ

と車を走らせた。

 

 変電圧機とは、道路も走っていないような所にあるらしく、車は荒れ地の中を走っていった。左

右に激しく揺れる車の中で、アルバートは投げ出されそうになる。

 

 やがて、ファラデーは車を急停車させた。

 

「あなた達は中にいた方がいい」

 

 そう言うなり、ファラデーは素早く車の扉を開き、ショットガンを手にして車の外へと出ていってし

まった。

 

 何もかもが素早い行動で、アルバートと叔父はついていけなかった。

 

「どうしたら良いと思う?おじさん?」

 

 緊張感も何も無い。ファラデーはその緊張感に突き動かされているかのようだったが、アルバ

ート達は取り残されたままだった。

 

「いや、ここは彼に任せてみよう。わたしの予想では、多分…」

 

 叔父がそのように言いかけた時、車の前方へと向かっていたファラデーは、ショットガンを構え

て突き進んでいたが、やがてその足を止めた。

 

 そして、落胆を示すかのように、手にしていたショットガンの銃口を下へと向けた。そして彼は車

の方へと戻ってくる。

 

 乱暴に車の扉は開けられた。

 

「あなたの言う通り、遅かったようですね。例の影だけが残っている。変電圧機の姿も消え去って

いて、地面には黒い灰が残っているだけだ」

 

 その言葉に、アルバートと叔父は車を出た。

 

 ひんやりと肌寒い真夜中の荒れ地に彼らはいた。メンガー・シティのこんな町はずれに来た事

など無いアルバートは、そこに不気味な雰囲気さえ感じてしまっていた。どんな怪物が身をひそめ

ていてもおかしくないような、不気味な空気が流れている。

 

「黒い灰ですよ。ご存知の黒い灰のようなものが影みたいに残っているだけ。ここには電圧機が

あったんでしょうが、それも跡かたも無くなっている。少なくとも人が消えたんでないだけでも、まし

かもしれませんが」

 

 ファラデー刑事はしゃがみこみ、地面に広がっている、黒い何かを手に取っていた。懐中電灯

で照らしてみると、荒れ地の中に黒い墨を広げたかのように灰が広がっている。

 

「私の考えでは、怪物が我々の世界を通るのは、ほんの少しの時間しかないと思っています。近

くにいなければ、取り逃してしまうでしょう」

 

「高次元から襲ってくるから?我々の世界を通過するのは一瞬だと?」

 

 ファラデーが叔父の言葉に聞き返した。

 

「もし、巨大な生物か何かでしたら、その分だけ、この世界を通る時間は長くかかってしまうでしょ

う。大きさというものは、どのような次元のものでも存在します。大きければ大きい分、的も大きく

なるでしょう」

 

 そのように叔父は言うのだが、

 

「ええ、的が大きければ十分でしょう。だが、問題は、どのようにして相手を狩るか、ですよ」

 

 そのようにファラデーは言いながら、車の中に乱暴にショットガンを放り込むなり、車の中に乗り

こんだ。

 

 その日は、再び怪物が現れるような事は無かった。

 

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 アルバートは叔父と刑事と共に、その日は夜通しで狩りをしていたが、謎の怪物が現れたという

気配と痕跡はあったものの、その1度きりであって、それ以上は怪物も現れるような事は無かっ

た。

 

 明け方にアパートに帰った時は、自分はずっと車の中にいたにも関わらず、眠気と疲労感に襲

われ、彼はベッドに身を投げ込み、眠りについてしまった。

 

 アルバートはそのまま夕方まで眠ってしまい、結局、その日の大学の講義は休まざるを得なか

った。単位は落としたくはなかったが、アルバートはこのような時の為に、出席日数をきちんと確

保しているのだ。

 

 しかし叔父はどうしているのだろう。学生ならまだ良いが、叔父には仕事がある。そして刑事も

きちんとアルバートが眠っている間も仕事をしているのだろうか。

 

 そんな事を思いつつ、アルバートが目を覚ましたのは午後も4時を回っている頃だった。

 

 それも、叔父からの電話によって起こされた。

 

「ああ、アルバート君?今日は大学に来なかったようだがね?」

 

 少し心配しているかのような叔父の声が聞こえてきた。叔父とは大学の学部も違うのだから、い

ちいち心配される必要は無いのだが。

 

「疲れてしまったんで、今日はお休みをさせてもらった」

 

 アルバートはまだ眠気も覚めないままにそのように言った。叔父が電話をしてこなかったら、ま

だ眠っていた事だろう。

 

「もしかしたら、君が怪物に襲われて消えてしまったのではないかと、心配してしまっていてね」

 

「そんな事があるわけない」

 

 唐突な事を言われて、アルバートはすぐに言葉を切り返したが、叔父は続けて言って来た。

 

「ニュースを見ていないのかね?街は随分と大変な事になっているようだよ」

 

 そのように言われ、アルバートは枕の側に置いてあったリモコンを手に取り、テレビをつけた。

 

 真っ先にアルバートの目に飛び込んできたのは、“連続失踪事件続く。今日だけで5件の失踪

事件”と表示されていた。テレビからはアナウンサーが深刻そうな表情を見せている。

 

「今日だけで5件も?」

 

 眠気が飛ぶくらいの勢いでアルバートは言い放っていた。

 

「中には誤報もあるようだがね。ファラデー刑事に言わせれば、例の事件とされた失踪事件は3

件のようだ。内、一つはショッピングモールの中で起こって、子供が5人ほど消えてしまったよう

だ」

 

 叔父の言葉に、アルバートは驚かされる。自分が眠っている間にも、次々と人が消えていたの

だ。マリーと同じようにどこかへと連れ去られてしまい、自分と同じように、大切な人を奪われてい

る人達がいる。

 

「これは、急いで怪物を退治しなければならないようだ。このままでは、いつかはメンガー・シティ

にいる人々が全て消え去ってしまうかもしれない」

 

 その叔父の言葉は、アルバートの危機感を更に高めた。

 

 

 

 

 

 

 

 狩りは3日間続けられた。日中はファラデー刑事も仕事に追われ、どうしても動く事ができない。

だから狩りが行われるのは、どうしても夜、それも深夜にせざるを得なかった。

 

 そのために、アルバートは大学を休むようになった。徹夜をした後に大学に行くような気力は彼

には残らなかった。

 

 3日間の夜にも、怪物が現れるという痕跡は確かにあった。その度にメンガー・シティの周りを

一周している送電線のどこかが故障をし、叔父の元に連絡が来る。

 

 アルバート達はその度に現場へと急行した。狩りを行うためだ。

 

 だが標的も不明なまま、どんなに急ぎ現場に急行したとしても、その獲物を捕らえる事はできな

かった。

 

 送電線の故障の連絡だけが唯一の頼りであり、叔父も、ファラデーもそれ以外に、正体不明の

怪物を追い詰める方法を持っていなかった。

 

 しかしながら、痕跡だけは必ず現場に残されていた。正体不明の生命体は、確かにそこに痕跡

は残している。

 

 どんなにアルバート達が遅れて現場に到着したとしても、確かに何者かが通り過ぎ、送電線を

呑みこんでいるという事は明らかだったのだ。

 

「例の怪物が、電気を狙って移動していると言う事は、確かに明らかな事のようですな」

 

 何度目かの追跡の後に、叔父はそのように言っていた。唯一の痕跡である黒い煤のようなもの

を手に取ってみると、それはとても細かな砂であるかのように見える。

 

「ここまで追跡しても、奴を発見できないんじゃあらちがあかない!」

 

 3日目の追跡の後で、いい加減に忍耐も参って来たのか、ファラデー刑事はそのように言いな

がら、車の中へとショットガンを投げ込んでいた。

 

「だけれども、確かに行方不明者は増えています。誰かが、その怪物か何かを狩らないと、この

事件は終わりませんよ」

 

 そのように叔父が言った。それは確かな事だった。この3日の間だけでも行方不明者は更に増

えてきている。誰かがこの事件を終わらせなければならないという事については確かな事だっ

た。

 

「もっと、効率的に探す方法はないんですか?」

 

 アルバートはそのように刑事に尋ねたが。

 

「全くないね。君の叔父さんが言っているように、この怪物か何か知らないものが、別の次元から

来ているものだったら、はっきり言ってどうしようもない。我々は一人残らず呑み込まれていくだけ

だ」

 

 ファラデー刑事はそのように投げやりな言葉と共に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして狩りが始まってから4日目が経とうとしていた。アルバート達は夜通しで狩りを行うしか方

法が無く、決まって夜中に集結していたが、もはやどうする事もできないという状態と言えた。

 

 更に叔父の言葉が、そのどうしようもなさに追い打ちをかける。

 

「悪い知らせなんだがね。実は、例の知り合いから連絡があって、相次ぐ送電線の故障で、一時

的に実験的稼動をストップすると言う話なんだよ。復旧の見込みは立っていないようだ」

 

「それはどういう事です?」

 

 いい加減にしてくれと言わんばかりの声で、ファラデー刑事は言っていた。

 

「残念ながら、言葉通りです。メンガー・シティを覆っている送電線網が、今日限りでストップさせら

れてしまうそうなのですよ。復旧させるには一カ月か、もっとかかってしまうかもしれない」

 

「つまり、狩りは今日限り?」

 

 アルバートがそう再確認する。

 

「実に残念ながら、そのような事になってしまったというわけさ」

 

 叔父は残念そうな表情をしてそのように言っていた。

 

「全く。元々が藁にもすがるような思いだったと言うのに。今日、狩る事ができなかったら、警察が

何とかするしかない」

 

 ファラデー刑事は追い込まれているかのような声でそう言うのだった。

 

「何とかして、送電を続けさせてもらうというわけにはいかない?」

 

 アルバートは叔父にそう尋ねるのだが、

 

「電気を食う目に見えない怪物退治をしているから、送電を続けてくれと言うのかね?確かに例

の怪物か何かは、送電システムを破壊する事が好きなのか、それがエネルギー源なのかは知ら

ないけれども、それは無理な注文だよ」

 

 彼はそのように答えるのだった。

 

「街では、次々に人達が消えているって言うのに?」

 

「君の気持ちも分からなくはないが、それを理解してもらう事はできまい」

 

 叔父の言う事も無理は無い。アルバートでさえ、まだ二次元以上の世界から生物か怪物か何

かがやってきているなど、まだどこかで疑っている。

 

「つまり、タイムリミットは今日であると、そういう事だ。その後で、この街がどうなってしまうかは、

想像もできん」

 

 そのように言う、ファラデー刑事はショットガンを手に持っており、物々しい姿を見せている。今

日でけりをつけてしまいたいと、その意気込みを伺う事ができる。

 

「まあ、今日で決着が着かなくとも、また送電が復旧した時になど、狩りができますよ」

 

 と、叔父はとても気の長い話をしており、楽観的だった。

 

-5ページ-

 

 電話が鳴ったのは、午前3時を回った頃で、アルバートも連日の疲れがたまっており、車の中で

眠ってしまっていた。

 

 ファラデー刑事はすぐに反応し、同じく眠っていたらしい叔父を起こす。そして彼を電話に出させ

た。

 

「あー、もしもし、ガウス君かね?送電がストップした?どこで故障が起きたんだね?ふむ。A-18

地区の変電機だって。発電所のすぐ側?」

 

 叔父の電話の声を聴き、刑事はすぐに地図を広げた。5日程度の狩りにも関わらず、地図は使

いこまれたかのように皺だらけになってしまっていて、ところどころ破れている。

 

 刑事はすぐに声を上げた。

 

「このすぐ近く。いや、ここじゃあないか!」

 

 刑事はすぐに声を上げるのだった。

 

 刑事はそう言い放つなり自分から車を飛び出した。

 

「君も、これを持っていたまえ」

 

 そのように言って、叔父が手渡してきたのは、ライフルだった。アルバートはそんなものを使っ

た事が無いが、狩りをするというのならば、使わざるを得ない。

 

 アルバートはそれを抱え、車を飛び出た。

 

 アルバート達を乗せていた車はA-18地区の変電機のすぐ近くに止めてあった。変電機は大き

な機械になっており、それが街を一周している電線の中継地点の一つとなっている。

 

「もし、変電機が故障してしまったというのなら、もう怪物は、それを呑み込んでどこかに消えてし

まったかとおもうがね」

 

 叔父もそのように言いつつ、ファラデー刑事の後ろから変電機へと近づいていく。

 

 暗闇が辺りを包んでいたが、変電機の近くには作業用の照明が灯っており、それがフェンスに

囲まれた施設を照らしていた。

 

 だが、照明はショートしている。良く見れば、何かに呑み込まれたかのように、照明の一部が欠

損していた。

 

 そして照明が照らし上げていたのは、もはやアルバート達も見慣れてしまった、黒い影のような

跡だった。

 

「奴は、たった今、ここを通過した」

 

 刑事は警戒心も露わにそのように言うのだった。

 

「もう、姿も形もありませんか。やはり影のようなものが現れる瞬間で無いと…。実際、わたし達

は、その怪物の姿を見る事はできないわけですから」

 

 叔父がそのように言った時だった。

 

「危ない!そこの影がどんどん大きくなっている!あなたのすぐ横だ!」

 

 刑事は叫んだ。暗がりの中で、照明から漏れている光しか頼りが無く、叔父もそれを見る事が

できなかった。

 

 だが、アルバートは素早く叔父の体を引っ張った。

 

 変電所の近くの土が、どんどん黒い影に覆われていく。その影は何かが接近してくるかのように

どんどんと大きさを増していく。不気味な怪物がその正体を現していくかのように、大きさはたちま

ち、直径10mほどにまで広がった。

 

「もっと離れなければ危険だ!」

 

 刑事は叫んだ。アルバートも、目の前に現れた黒い影に驚愕してしまっている叔父の体を引っ

張り、影から離れさせる。

 

「アルバート君!今だ。銃を撃って狩るのだ!」

 

 叔父がそう言った時、アルバートは何か、甲高い音が聞こえたかのような気がした。それは獣

の声のようであり、そうでもないような奇声だった。あたかも影自体が声を発しているかのように

音が響いてくる。

 

 もしや、これは今、目の前に姿を見せている影が発している声なのではないか。

 

「アルバート君!」

 

「ライフルは落としちゃったよ!」

 

 実際、アルバートはとっさに叔父の体を引っ張ったため、その時にライフルを落としてしまってい

たのだ。そしてライフルを落とした場所は、今、影に呑み込まれていっている。ライフルは跡かた

も無く姿を消していた。

 

「怪物が消えてしまう!今、狩らないと!」

 

 叔父も自分が持っている猟銃を構えようとしたが上手くいかない。狩りが趣味だとか言っていた

が、こんな得体の知れない怪物を相手に、狩りなどした事はないに決まっている。

 

 だが、銃声は炸裂した。激しい音を放つような銃声だ。それは断続的に何発も発射される。

 

 ファラデー刑事が、アルバートは映画でしか見た事が無い様なショットガンの構えをし、影へと

一歩一歩踏み込みながら、銃を発射させていた。

 

 銃声は破裂するかのように、郊外のだだっ広い場所に響き渡る。それに合わせて、アルバート

は黒い影の部分から何やら、青い液体が飛び出し、それが地面へと広がるのを見ていた。

 

 液体は、弾け飛ぶかのように周囲に散った。刑事が発射するショットガンが何かに命中してい

るのだろうか、奇声と共に、その青い液体がかなり飛び散る。

 

 やがて影はある一定の大きさで停止した。それ以上大きくもならず、小さくもならず、ただそこに

佇んでいるかのように位置している。辺りには何か生臭い様な匂いが漂っていた。

 

「一体、何が?」

 

 アルバートはあっけに取られたかのようにその黒い影を見つめていた。

 

「その影に近づいちゃいかん。まだ、そこにいるかもしれない」

 

 刑事はそう言いながら、ショットガンを構え、近づいてきた。そして影から飛び出すかのように広

がっている青白い液体の側による。生臭い匂いはその液体だった。

 

「まるで両生類か何かの血のようだな」

 

「怪物にダメージがあったものと考えて良いかもしれませんな」

 

「だが、倒したっていう感じじゃあない。まだ、どこかにいるような気がする」

 

 ファラデー刑事はショットガンを持ったまま、警戒を解こうとしない。すると、叔父は再び車の元

へと戻っていく。

 

「あの人は一体、何をしようと言うんだ?」

 

「さあ、僕にも分かりませんが」

 

 アルバートは一直線に車へと駆け戻ってきて、何やら細いワイヤーのようなものを持ってくる叔

父を見ていた。そのワイヤーには何か、手に握れるほどのものがついていた。

 

「それは何です?」

 

「怪物退治の最終兵器ですよ。ちょうど、卵を輪切りにするかのように、怪物が我々の次元を通り

過ぎる時に、これで切断する事ができるかもしれない。いくら高い次元の生物だったとしても、こ

の世界を通り過ぎる事はするようです。わたし達には影にしか見えませんが、このワイヤーを上

手く使えば、怪物を切断できるかもしれない。これには電流が流れるようになっていて、鉄でも時

間をかければ切断できるんですよ」

 

 叔父は得意げな顔をしてそのように言って来た。

 

「ショットガンの弾は効いたのかもしれませんがね、そんな秘密兵器が、あなたのいう怪物に通用

するかどうか」

 

 刑事はそのように言いかけたが、

 

「要は試しです。あなたは銃を使えばいいが、私とアルバート君はこの秘密兵器で、怪物を攻撃し

ようと思います」

 

 そう言いながら、叔父は秘密兵器であると言うワイヤーを広げて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 今日中に再びあの影が現れるかどうか、分からない。僕達はしばらくその場で待っていた。すで

に空が白み始めている。明日にはメンガー・シティを覆う、送電線の電気がストップされてしまう。

 

 だが、怪物が現れる原因が、電気にあると言うのだったら、送電線がストップしてしまえば、もう

メンガー・シティにはあの怪物は現れないのではないか。そう思っていた矢先だった。

 

「影だ!影が現れた!」

 

 車の外で、今か今かと待ち構えていたファラデー刑事が叫んだ。彼はショットガンを構え、警戒

の姿勢を見せる。

 

「アルバート君!今だ!」

 

 叔父の秘密兵器のワイヤーの一端を握ったままだったアルバートは、車から飛び出した。

 

 現れた黒い影。それはだんだんと荒野の大地を黒く染めている。あたかもインクが紙に広がっ

ていくかのようだ。

 

 早朝の白い光に照らされてきており、その有様はとても不気味な様相を見せていた。

 

 叔父のしたい作戦はすぐに分かった。どんどん広がっていく黒い染みこそ、怪物そのものだ。そ

れを一周するかのように叔父の持っている細い電線を取り囲み、最終的に叔父の持つ電源へと

接続する。

 

 するとワイヤーには電流が流れ、あたかもワイヤー自体が刃のようになるのだ。これはもともと

鳥などを捕獲するためのものだが、叔父が改造してより強力な電流が流れるようになっているら

しい。

 

 アルバートは、黒い影を一周するかのように走る。黒い影はどんどんその大きさを増している。

銃を構えるファラデー刑事の前を通り、全速力で走ったアルバートは、叔父へとそのワイヤーを

投げ渡す。ワイヤーの先端にある接続部分を叔父は電源へと接続した。

 

「危ない。離れて下さい」

 

 ワイヤーには電流が流れる。アルバートも素早くワイヤーから手を離して飛びのいた。

 

 叔父は電源を入れてワイヤーに電流を流したようだったが、低い音がするだけだ。次の瞬間、

叔父は円を描くように怪物の影の周囲へと回していたワイヤーを、一気に巻き取る。機械が円型

になったワイヤーを巻き取る仕組みのようだ。

 

 ワイヤーは影を包み込むかのように巻き取っていく。もしかしたら影の様な存在を、鳥でも捕ま

えるかのように捕らえられると思っているのだろうか。

 

 皆が見守る中、ワイヤーは影の部分を通過していく。その際、青白い閃光がワイヤーから飛び

散って、アルバートは思わずひるんだ。

 

 再び聞こえてくる甲高い声。それは影それ自体から発せられているようだった。しかも飛び散っ

て来たのは閃光だけでは無い。銃で撃たれた時と同じような、青白い液体の様なものも周囲に飛

散した。

 

 影を中心として、その青白い液体が周囲には大量に飛散していた。甲高い声がだんだんと低い

音へとなっていく。

 

「一体、どうなったんだ?」

 

 ファラデー刑事も閃光に身をひるませていたが、再び立ち直って言って来た。

 

「分からない、だが、どうやら私が見る限り、怪物を切断してしまったように思えるがね」

 

 そう言って見えせた叔父のワイヤーには、青白い液体がべとりとついており、今では手のひら

大の大きさまで円は収束していた。

 

 黒い影はそれ以上大きくもならず、小さくもならず、ただ、生臭い液体を周囲へと飛散させたま

まだった。

 

「何なんだよ、これは?」

 

 慎重に黒い影の元に近づいていったファラデー刑事は、飛散した青白い液体を、手袋をはめて

手に取った。

 

「確かに何かを切断してしまったかのようですな」

 

 叔父はそのように言いながら、刑事が手に取った青白い液体を見つめた。

 

 この青白い何かは、今、この次元を通過しようとした何者か、アルバート達が追っていた怪物か

何かを輪切りにしてしまったという事なのだろうか。

 

 いつしか甲高い声も聞こえなくなった。その場には黒い影が不気味に残され、今までに見た事

も無いような青白い液体だけが飛散していた。

 

「この怪物は狩った。そう考えて良いと言う事なのでしょうか?」

 

 アルバートはそのように尋ねるのだが、

 

「さあ、分からん。私には分からない事ばかりだ。本当に、我々は何かを狩る事ができたのか?

ただ、幻を追っていただけなんじゃあないか?」

 

 刑事はそのように言い、しばらく自分の手袋につけた青白い液体を見つめていた。

 

 だんだんと空が白んできて、どうやら夜も明けてしまうらしい。その場にいる3人は、ただただ、

そこにある青白い液体と不気味な黒い影を見つめる事しかできなかった。

 

 彼らにはそれ以上、手出しをする事ができなかったのだ。

 

-6ページ-

 

 翌日、アルバートは眠る事もできなかったので、結局大学の講義に出席する事にした。3日ほど

欠席していた後の大学は、どことなく今まで見てきた世界とは異なるもののように見えていた。

 

 思わず居眠りをしてしまいそうな眠気に襲われつつも、講義に出席して、やがて講義も終わりの

時間がやって来た。そしてアルバートにとっては行っておきたい場所があった。

 

 それは、あの狩りをするまでは、ほとんど寄り付きもしない場所だった。理工学部の建物の中

の、入り組んだ廊下を辿って、その場所、叔父のパロマーの研究室にまでアルバートはやって来

るのだった。

 

「どうやら、役者が揃ったようだ」

 

 研究室に入るなり、アルバートはそこにファラデー刑事がいる事を知った。

 

「やあ、アルバート君。ちょうど良いところに来てくれた。入りたまえ」

 

 叔父がそのように言って招き入れてくれたので、アルバートは研究室の中に入る事にするのだ

った。

 

「これを鑑識に回して調べてもらいましたよ」

 

 そう言ってファラデー刑事が、アルバートと叔父の前に差し出してきたのは、指ほどの大きさに

入れられた、あの青白い液体だった。

 

「現場に戻ってみましたが、あの黒い影は残されていたが、青白い液体は蒸発でもしてしまった

のか、もうどこにも残されていなかった。あの変な液体の残りはこれしかない」

 

 アルバートはその瓶を覗き見たが、そこに入っている液体は、青白い粘液質もので、不気味だ

った。何かの血のようにも見えるし、肉の塊にさえ見える。

 

「それで、鑑識さんはこの液体を何だと言っていましたか?」

 

 叔父はそのようにファラデー刑事を促した。

 

「鑑識によれば、含まれているのはタンパク質。最も近いものは、生物の血液だと言っていまし

た。それも、どうやら両生類の血液に近いと言っていましたがね」

 

「ほほう。それはそれは」

 

 感心したかのように叔父は言った。あの場に両生類の生き物などがいただろうか。いやあった

のは黒い影だけだった。それだけなのに、青白い液体だけが大量に飛散していた。

 

 やはり叔父の言う通り、自分達がいる次元よりも更に高い次元から、両生類のような怪物が現

れて、自分達はそれを狩っていたのだろうか。

 

 残ったのは大量の謎ばかりだった。

 

「それと、吉報があります。昨日、果たして我々は狩りを成功させたのかどうかは分かりません。

しかしながら、本日は奇怪な行方不明事件が一件も起こっていません。昨日までは頻発していた

のに、ぷっつりと、今日になって事件が起こらなくなりました。

 

 これは吉報と言えば吉報なのかもしれませんね。まだ油断はできません。また別の所で事件が

起こるかもしれませんし」

 

 ファラデー刑事はまだ油断ならないような様子だった。唯一残った物証が青白い液体だけを見

つめ、そこから何かを読みとろうとしているようだった。

 

「しかし、これは興味深いですな」

 

 そう言いつつ、青白い液体の瓶を手に取ったのは叔父だった。青白い液体は蛍光の光を常に

放っているかのようだ。

 

「できれば、頂けないでしょうか?私の知り合いの生物学研究者にもこれを見せてあげたい」

 

「それは、大切な警察の物証です」

 

 ファラデー刑事はそのように言うのだが、

 

「まあまあ、きちんと返すようにしますから。もしかしてこの液体が高次元の世界からやってきた

生物の、血か何かだとしたら、それはとんでもない発見になる」

 

 叔父は相変わらずだ。彼の言いたい事も分かるが、ファラデー刑事にとってもそれはとても大

切な物証に違いない。

 

「また、あなたはそんな事を。結局、怪物を退治したとしても、わたしの妻子は戻って来ないんで

す。妻子の安否がどうなったのか、それを知るまでは、私は捜査を続けますよ」

 

 ファラデー刑事は呆れた様子と共に、自分の決意を言い放っていた。

 

 だが、アルバートはその研究室でのやり取りを見ていても、どことなく自分とは離れた世界で起

こっているかのように見えた。

 

 確かに、昨晩の狩りによって、このメンガー・シティを襲い続けた何かを、退治する事ができた

のかもしれない。

 

 実際、アルバートにとっても、何かの怪物を退治したと言う手ごたえはあった。結果として謎の

液体を残した。

 

 現にあの狩りの後、メンガー・シティでの事件は起こらなくなった。

 

 だからと言って、結局マリーが戻ってくるような事は無かった。もし、このメンガー・シティの中で

行方不明になった者達が、正体不明の怪物によって食われ、消失してしまったのならば、それは

もう戻ってくる事はできないものなのだ。

 

 狩りには意味があったのか。何故、自分は狩りをしたのか。分からなかった。

 

 結局、マリーは戻って来ない。ファラデー刑事の妻子もそうだ。残ったのは、あの白い鞄だけだ

った。

 

 アルバートは音を立てて立つ。叔父とファラデー刑事が彼の方を向いてきた。

 

「どうしたね?アルバート君」

 

 そのように叔父は尋ねてくるが、

 

「今日はもう帰ります。また何かあったら連絡してください」

 

 アルバートはそのように言って、やや足早に叔父の研究室を後にした。

 

-7ページ-

 

何も変わらぬ自分のアパートに戻って来たアルバートは、そこにあるいつもながらの空気を感じ

ていた。

 

 この部屋は、事件が起こる前から何も変わっていない。だからこそあのように不可思議な体験

をした後では、逆に異質な存在にも感じられた。

 

 一刻一刻と時計が刻む音さえも、異様に響く音として感じられる。

 

 アルバートはそのまま自分の部屋のベッドに座り、無機質な感情を感じていた。

 

 狩りは成功しても何も変わらないのだ。ただ残ったのは、マリーが消えたという事実だけに過ぎ

ない。

 

 そう。マリーは消えてしまった。自分にとってかけがえのない存在は、永遠に戻って来ないのか

もしれない。

 

 部屋に戻り、数時間もたった頃だろうか。突然、アルバートの携帯電話が鳴り出した。アルバー

トはただベッドに座り、何もする事ができないままだった。

 

 そんなところにやってきた携帯電話の音。電話を取るべきかどうか、アルバートは迷った。叔父

からの電話だったとしても、ファラデー刑事からの電話だったとしても、もう自分にできる事は何も

残されていないのだ。

 

 だから電話をかけてくるような相手もいないし、どんな電話が来ても出る意味はない。

 

 試しに携帯電話を手に取って見たアルバートが見たものは、非通知番号だった。何故、非通知

で電話がかかってくるのだろう。

 

 他に何をする事も無いアルバートは、試しにその電話に出てみた。

 

 電話先からは何やら雑音が聞こえてくる。

 

 遠くの方から何かの声が聞こえてきていたが、初めは上手く聞こえない。

 

「もしもし?」

 

 アルバートはそのように電話先に向かって言ってみた。

 

 やがて雑音の遠くから声が聞こえてくる。

 

「もしもし、アルバート君」

 

 初めは声を疑った。だが、確かにはっきりと聞こえてくる声は、マリーの声だった。

 

「マリー、マリー、一体どこに?」

 

 アルバートは電話にかじりつく。しかしマリーはいつもながらの口調で言って来た。

 

「あのね、アルバート君。わたし、今、凄い所にいるんだ。今までずっと、わたしが追い求めてい

た、凄い所にいるの」

 

 マリーは好奇に満ちた声を発してきている。だが、アルバートは気が気で無い。マリーは一体何

を言っているんだ。マリーは消えてしまったのではないか?

 

「どこだ?どこにいるんだ?すぐに行くから!」

 

 アルバートは声を上げた。だがマリーは、

 

「ううん。来なくていいの。あなたには決して来る事ができない所だから」

 

 マリーが何を言っているのか分からない。アルバートは焦った。

 

「ちょ、ちょっと待って、マリー!」

 

 声を上げる。しかし電話先のマリーは今にも電話を切りそうだった。

 

「じゃあね。また会えるような事があったら、あなたにここの素晴らしさを話してあげる」

 

「待って、マリー!」

 

 アルバートの声は響き渡ったが、マリーは一方的に電話を切ってしまった。

 

 電話はただ、一定のリズムの音を立てながら、通話終了の音を鳴らしていた。

 

 マリーがどこへ行ってしまったのか、アルバートには何も分からなかった。

 

 彼はしばらく、その通話終了の音を、アパートではないどこかの場所で聞いているかのようだっ

た。

 

 ふと、アルバートは何かの気配を感じたかのような気がした。

 

 振り返ってみると、いつもベッドサイドのテーブルに置かれてあった、ラジオ付き目覚まし時計が

消えていた。

 

 その目覚まし時計が置かれていたテーブルにアルバートが近づいていくと、そこには黒い跡が

円形で残っていた。

 

 ちょうど、手のひらを広げたくらいの大きさの黒い跡だった。

 

 それが何を意味しているのか、アルバートはすぐに直感したが、黒い跡はまるで深淵をそこに

作り出してしまっているようで、手で触れる事も、覗きこむ事もしたくなかった。

 

 ラジオ付き目覚まし時計は消え去ってしまっていた。

 

 

 

 

説明
全てが二次元平面であるという世界で、連続失踪事件が発生するという物語。主人公は普通の大学生なのですが―。
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