『舞い踊る季節の中で』 第104話
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真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第百〇四話 ? 冥き舞いは理をもって朱に染める ?

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

 

 

【最近の悩み】(九十一話後日談)

 明命の機嫌が戻ってくれたのは嬉しい。

 俺に非があると言うのに、翡翠の言う通り明命の方から謝ってくれたばかりか、こうして僅かな時間を作って俺に甘えてくれる彼女の心遣いに、俺の心は温かいもので満たされてゆく。

 罪の重さに潰れそうになった時、何度も勇気を俺に湧けてくれた彼女の小さくて柔らかい手は、明命の心根の様に温かくて、俺を心の底から安心させてくれる。

 嬉しそうな顔で俺の肩に持たれかける彼女の柔らかな髪は、密偵の任務の多い彼女のために作った明命用の無臭の石鹸を使っているにも拘らず、若い女性特有の甘い匂いで俺の鼻と理性を擽ってくる。

 分かっている。 幾ら魅力的な彼女が、こうして甘えて来てくれるからと言って、感情のままにこんな所で彼女を押し倒す訳には行かない。 彼女も俺も仕事が待っているし、そんな事を彼女は求めてはいない。

 ただでさえ一目のある城の廊下で、手を繋いで歩く等と馬鹿ップル振りを見られていると言うのに、そんな真似等した日には、どんな噂が立つか分かったもんじゃない。

 だから堪えるんだ。 彼女の想いを傷つけないために。

 これ以上俺の人格を否定するような噂を広げないために……。

 

        

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冥琳(周瑜)視点:

 

 思惑通り劉備はまだ未熟なりとも、彼女なりの王たる器を見せてくれた。

 理想を語るのは構わない。 人の上に立つ王として必要な事だろう。

 夢に命を賭けるのは王ならば当然と言えよう。 命を賭けれない理想など只の夢物語に過ぎない。

 ……だが甘すぎる。 劉備の語る理想はまさに夢物語。

 その耳あたりの良い夢は、この荒れ果てた世を絶望し、安らぎを渇望する民に甘い夢を見させる。

 冷静に考えればそのような事など出来ないと分かると言うのに、それでも民は劉備の語る夢から目を逸らせなくなる。

 そしてその夢に魅入られた者達が、その夢を叶えるために夢を現実にして行く。

 民はそれを見て更に夢を見てしまう。 ……まるで麻薬のように。

 

 甘すぎる夢。 それ自体を否定する気はない。

 我等が王が望む未来も形は違えど、甘い夢である事に違いはないのだから。

 窮地に立たされようとも、歩み続けるその姿勢そのものには賞賛もできる。

 だが、その実力を供わない甘すぎる考えには反吐が出る。 

……とは言え、それでも周りが優秀であれば、それも一つの形と認めざる得まい。 現に、こうして劉備の力になりたいと言うものが此れだけ集まったのだ。 それまでも否定するのは愚かな人間のする事。

 

 蓮華様に限って劉備に毒される事はないだろうが、王たる者の意志一つでどの様な事態を引き起こすかを、王が及ぼす影響がどれだけ大きなものかを、その目で知る事が出来たと思えば、今回の出撃は決して無駄ではないと言える。

 此度の事で被った損害は、たがだか数百人の兵の命と幾らかの民の血税だとは言え。 さらに多くの民を命を背負う王を育てるための糧と考えれば安いとさえ言える。

 北郷は怒るであろうが、王の判断で一つで何万、何十万の人間が死ぬ事もある。 その王を育てるためならばそれも必要な事。 跡継ぎを育てる。と言う事はそう言う事だ。

 雪蓮もそうやって孫堅様に育てられて来た。

 多くの仲間を失いながらも歯を食い縛りながら…。

 酒を組み合わせた友の亡骸に、下唇を噛み千切り血を流しながら…。

 多くの屍の築きながらも、必死に孫呉と言う家族を守るために足掻き続けたからこそ、今があるのだ。

 ……そして、北郷もな。

 

 それに劉備の行いを今更どうこう言うつもりはない。

 間違えているかどうかなど、後世の人間が判断をすれば良いだけの事。

 正義など、立場と見方が変わればどうとでも変わる様な事を今論ずるべきでは無いし、劉備の思想をこれ以上闇雲に否定する事をすれば、それは劉備を信じる者達そのものを否定する事。

 蓮華様に劉備の理を順序立てて崩した上で、彼女を納得させる事が出来ない限り、此処で退いてみせるのは、悪くない判断です。

 今は起きてしまった過去を論ずるより。 今を、そして未来を見るべき時。

 ならば翡翠に自分以上と言わしめた力、見させて貰うおう。

 我等も、伊達や酔狂だけで此処まで足を運んだ訳では無いのだからな。

 

「で諸葛亮よ。これからどうするつもりなのだ?」

「はい。 今の孫呉にこれだけ多くの難民を受け入れるだけの余裕が無い。とは思いませんが、火種となり得る難民に足を引っ張られる訳にもいかないとも思っているはずです」

「ほう」

 

 諸葛亮の言葉に私は静かに感嘆の声を上げて見せる。

 我等の内情を知っていると匂わせつつ、自分達が火種になりかねない自分達をそのまま受け入れるはずがないと理解している上で、民の平和を求めるのは同じなれど求める形とは違う故に、その提案を受け入れられないと言っている。 やはり独立勢力で在る事を諦めてはいないと言うわけか。

 

 

 

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「となれば益州か」

「はい」

 

 私の言葉に諸葛亮は小さく頷く。

 おそらく袁紹か曹操にいずれ攻め込まれる事を想定して、拠点を移す候補地を探していたのであろう。

 でなければ今の状態で荊州ではなく益州を目指す等と言う発想は浮かんでこない。

 確かに益州は一族内の権力争いで混迷している上、元々民を顧みない政が長く続いているため民心も離れている。 何より太守である劉璋は、王の器処か一族の長としての器も無いとの事。

 雪蓮が倒れていなければ我等が攻め込むつもりではいたし、それなりに動いて来たが雪蓮が倒れた今、江東と江南の地を治めきるのが最優先となってしまった。

 過ぎた事はさておき、成程。 明命は劉備達が北郷の甘さに付け込まないか心配していたが、私から言わせれば付け入る甘さがあるならば、それを付け込むのは軍師として当然の事。 そして、それに全てを賭けるようでは、軍師とは言えない。

 

 諸葛亮は確かに軍師と言えよう。 軍師としては翡翠以上のな。

 国全体を見るのは高位の文官ならば当たり前。

 隣国の情勢を集め、数手先を見て動くのは軍師として当然の事。

 そして大陸全体を見て、十手以上先を見て動くだけの才覚を確かに持っている。

 必要とあれば非情になる覚悟もな。

 

「我等に願う支援は糧食と物資。そして通行許可と言う所だろうが。 ……これだけの人間を養うだけの物を要求する。 それの意味するものが何なのか、分からない訳ではあるまい?」

「孫呉が今もっとも必要としているのは、信用にたる有能な駒。 違いますか?」

 

 ふっ、本当によく外の情勢を見ている。

 劉備を主として選んでいなければ、大陸中に名を轟かせていたかもしれぬな。

 諸葛亮の智と覚悟に、彼女の中に翡翠を見出してしまった事に、私は自然と口の端が上がるのを自覚する。

 

「使い捨てにされるかもしれぬと言うのに強気だな」

「世に名高く美周郎と謳われる周瑜さんが、有能な駒を使い捨てに使うとは思えません」

「成程。 同盟を組んでいる限りは、我等が義侠心を大切にすると見越してか。 で、誰を出すつもりだ?」

「私と三将軍が一人の趙雲さんで如何ですか」

 

 帰って来た強かな答えに、私は少しだけ嬉しくなる。

 ふむ、自らの名を上げたのは己の言葉の責任を取ると言うのもあるが、翡翠の妹と言う立場を利用すると言う訳か。

 趙雲は北郷とも面識があると言うのもあるが、劉備に義姉妹の契りを交わし、最大戦力の関羽と張飛を避けた結果と言う所だろう。

 むろん董卓と賈駆は最初から除外。 能力的には問題ないが漢王朝が意味をなさなくなった今、既に隠し立てする程でもないとは言え、口煩い身内の口実になりかねない。

 公孫賛も居たのは意外だったが、嘗て太守で在った事で野心が在ると捉えられかねない。と言う不確定要素を含んだ者も除外したと言うのは当然と言えよう。

 益州攻略のために、戦術に秀でた鳳統を残すのは当然の事。 妥当な人選と言えよう。

 少なくとも二人の風評から、自ら我等を裏切る事は無いだろう。 少なくとも劉備がそれ相応の力を付けるその時まではな。

 

「蓮華様、この条件で・」

「だめぇぇぇーーっ!」

 

 

 

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朱里(諸葛亮)視点:

 

 桃香様の夢を、私の夢を叶えるために贄を差し出す。

 愛紗さんや鈴々ちゃんは外すなんて事は考えられない。

 桃香様の義姉妹と言うのもあるけど、益州攻略には突進力と持久力を必要とする。

 臨機応変に対応できる星さんが力不足と言う訳では無いけど、知略にも秀でている星さんは、此方側で桃香様を援護する手助けをして貰いたい。 そう言う意味では白蓮さんも候補には挙げられるけど、元太守であった白蓮さんは別の意味で危険視される可能性が高い。

 月さんと詠さんは、桃香様の家臣と言う訳じゃないし、なにより二人の正体は孫呉にとって危険以外の何物でもない。幾ら負い目があるからと言っても好き好んで受け入れる事は無いでしょう。 何より表立って使える駒でなければ意味が無い。

 雛里ちゃんは私の代わりに桃香様を助けて貰わねばならない。 引っ込み思案な所が心配だけど、きっと詠さん達が助けてくれる。 それに雛里ちゃんは強い。 私なんかよりよっぽど強い心を持っているからきっと大丈夫。

 

 こういう言い方は好きではないけど、私ならば姉様の妹と言う立場を利用できる。 少なくとも家族意識の高い孫呉ならば、姉様の妹である私を本気で使い捨てする事は無いだろうし、その事で星さんも最低限の安全も確保できる。

 もう、これしか手は残っていない。

 孫呉に降った所で、皆バラバラにされ。 桃香様はきっと幽閉される。

 周瑜さんは、こんな形で降った私達に独立させる機会をくれる様な甘い事は絶対にしない。

 そんな事を許してしまえば、豪族達に舐められ反旗を翻す切っ掛けを与えかねない。

 曹操さんの所はもっと厳しい。 少なくても曹操さんは民を引き連れて徐州を出た桃香様を認めない。 最悪その場で命を獲られてしまうし、私達にはそれに抗うだけの力は最早ない。

 

 数少ない選択肢の中から孫呉と取引するのが一番生き残る可能性が高かかった。 なにより孫呉を取り巻く今の状況から、この取引は断われられないと言う自信がある。

 孫呉の最大の武器である結束力は、強力な求心力がある指導者があってこそ成り立つ物。

 だけど孫呉を再興し、引っ張ってきた先代王である孫策さんが倒れた今。 その結束力が怪しくなっているのが実情。

 だけど結束力を回復させるには新王である孫権さんが、先代の孫策さん以上の力を天と民に示してみるしかない。

 でも孫権さんは桃香様同様まだ王として歩み始めたばかりでまだ未熟。かと言って力を示すまで時間を周りは待ってくれない。

 だから周りを説得して回るための時間を稼ぐために、自由に動かせる有能な駒を必要としている。 袁紹さんか曹操さんと互角に渡り合う為の力を、逸早く手に入れるために。

 孫呉側にしたって、重臣である姉様の妹である私ならば、他の豪族達への言い訳も立ちやすい。

 むろん私と星さんを取り込む事は危険もあります。 桃香様を助けるために任された懸案を弄る事や、何時の日かのために種を撒かれるぐらいの事は最初から周瑜さんは承知しているはず。 十に一つや二つぐらいは仕方ないと思っているでしょうね。 それくらいの器を持っている方です。そして何より時間を欲しているのです。 私達も、そして孫呉も……。

 だけどそんな私の覚悟と決意も、周瑜さんが取引に応じようとした時、桃香様の声で止められてしまう。

 

「だ、だめだよ。 そんな事」

「桃香様」

「朱里ちゃんも星さんも私の大切なお友達だもの。 大切な友達を売り払う様な考え方は間違っているよ。 きっと何かあるよ。 考えれば・」

「何時までも何を甘えた事を言っている」

 

 私の方を掴み目に涙を浮かべながらも、他の手を探そうと懇願する桃香様を、周瑜さんの怒りの声が桃香様を打ちます。

 先程まで冷たい瞳で冷静でいた周瑜さんが、激しい怒りをその瞳に灯して桃香様に怒りの声を叩きつけました。 他国の王に対して自らの王を差し置いての無礼な振る舞い。 それが許されるだけの力関係が今の私達に在ります。 ですが、周瑜さんはその様な浅はかな事をする人間では決してありません。

 だから私は桃香様を庇おうと動こうとする愛紗さんに、状況を見届けるべきだと視線で何とか押し留まらせます。

 愛紗さんの気持ちは分かりますが周瑜さんの怒りは当然の事。 でも、だからこそ見届けるべきなんです。

 理でもって冷静に政を為す孫呉の総都督である周瑜さん。 姉様の手紙では詳しい事は何も載っていないけど、それでも心底信頼されている事は伺えた。 そんな姉様の上司たるこの人が只沈着冷静な訳がない。

 優しい人なんだと分かる。 冷たい瞳と厳しい態度の奥に潜むのが優しさ故にあるモノだって事が、姉様とあの方が信頼されている事から疑う余地はない。

 だからこれは、この人が今の立ち位置で出来る最大限の優しさ。

 同盟国の王と民を思っての言葉。

 親友である姉様の妹の主を導くために。

 

 そして軍師としての戦術の一つ。

 私は桃香様の夢のために周瑜さんの優しさを、私自身への戒めと共に桃香様に聞かせる事を選びました。

 桃香様が王として育つ大切な事だと判断いたしました

 

 

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「乏しい糧食でこの先どうするつもりだ? 残り僅かな糧食と満身創痍の兵達で何が出来ると言うのだ。

 貴公を信じてついて来た民を、このまま飢え死にさせる気か?

 もし我等が領土の村を襲い奪うのであれば、我等は例え庶民であろうとも、我等が領土を侵す賊として一人たりとも生かす気は無い」

「そ、そんな事は・」

「諸葛亮は貴公の夢を潰えさせないために、苦渋の選択をしているに過ぎない。

 己が臣下が此れしかないと選んだ道を、王たる貴公が信じなくてどうするつもりだ。

 言っておくが幾ら同盟国相手であろうとも、タダで糧食を恵んで貰おうと思っているなら大間違いと忠告はしておこう。 例え米一粒であろうとも民の血税たる事には変わりない。

 同盟とは互いに利用する価値があるからこそ成り立つし、それ故に民も納得する。

 貴公の望む平和とて、結局は力があってこそ成り立つもの。 その力を失った貴公に何が出来る」

 

 桃香様の気持ちは嬉しいです。 でも無理なんです。

 かつて力を失い苦渋の選択をせざる得なかった孫呉だからこそ、この取引が成立するんです。 そしてだからこそ桃香様の言は余計通らないんです。

 孫呉は夢を潰えさせないために多くの代価を支払ったのです。

 多くの仲間の血と命を…。

 自分達を信じる民に苦渋な生活を強いる事を…。

 だから桃香様。 分かってください。

 孫呉は私達に嘗ての自分達を見ているからこそ、取引に応じてくれるのです。

 民を説得するだけの利を得た上で、桃香様を導いてくれているのです。

 

「なら言葉を変えよう。

 貴公の我儘で、貴公を信じて死んでいった者達の想いを、此処で潰えさせるつもりか」

「……我儘なんですか」

「その想いがどうであれ、代わりの案をこの場で提示できない以上は、そう言われても仕方無き事」

 

 周瑜さんの言葉に、桃香様は悔しげに俯きます。

 私達とて此処まで多くの人達が夢半ばに倒れて行きました。

 夢と希望を桃香様に託して、散って行きました。

 そして、その為に多くの命も奪っても来たのです。

 その命と想いの前に、桃香様は手を小さく震わせながら、握りしめるのです。

 足元をポタポタと小さく濡らして行きながら…。

 桃香様が頷こうとしたその時、今まで沈黙し見守っていたあの方の声がその場に澄み渡るのです。

 

「今代価を払いたくないと言うなら、後で利子を付けて払わせればいい」

「……北郷、あまり無茶を言うな。 動く額が額だ。返せる保証もないのに、その様な事をすれば黙っていない者が多い。 それに・」

「思春が何時かの酒宴の場で言っていた考え、覚えている?」

 

 あの方の言葉に私や桃香様だけではなく。 周瑜さん以外の全員が目を見開きます。

 私達が要求しているのは、通行許可や兵站だけでは無い。 何より五万人にも及ぶ人間の数か月分の糧食と物資と言うあまりにも大きな負債。 それを抵当も無しで貸そうなんて在り得ない話です。

 そんな馬鹿げた話だと言うのに、周瑜さんは目を静かに瞑り。

 

 

 

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「……確かに、アレを実現する可能性があるのは今と言えよう。 劉備殿にそれを成せる資質があると?」

「無いとは思っていないだろ? それに、それが成せれば今の孫呉にとって悪くない状況。少なくても信用しきれない駒を無理に得るよりは互いに有益な策と言える」

「だが、それは劉備殿が益州を纏める事が出来た上で、我等を裏切らないと言うのが前提条件だ」

「だそうだ。 桃香は理由もなく同盟を破棄する王じゃないだろ?」

「も、もちろんです」

「じゃあ、幾つか条件は付けさせてもらうけど、今回の貸しは何時か俺達が納得する形で返して貰うって事で良いね?」

 

 …だ、駄目ですっ!

 私はあの方の狙いに気が付き、桃香様を止めるために身を乗り出す。

 

「は、はい、ありがとうございます」

 

 だけど、私の止める声は間に合わず、桃香様はあの方の提案を了承する旨を述べてしまう。

 思いもかけない提案に喜ぶ桃香様は気が付いておられない。

 自分から白紙の借用証文に印を押してしまった事に…。

 このままなら、私達は永遠に返せない借金を背負う事と同じ事になってしまう。

 それこそ、どんな無茶も聞かなければならない程。

 でも、まだ今なら間に合う。 まだ取り消せる。 そう判断し桃香様に説明しようとしたその時。

 

「伏龍と呼ばれる君を…。常山の昇り龍の名高い趙雲をも失って、君は本当に益州を無事に治めれると思っているつもりかい? 例え出来たとしても、その後の脅威に対抗出来ると本気で思っている訳では無いだろ」

「……」

 

 あの方のまっすぐな目に…。

 静かな湖面のような深く澄んだ目に…。

 私は背筋処か、背骨の代わりに氷柱を入れられたような錯覚に。 心どころか、魂すらも覗かれたかのような息苦しさに囚われてしまう。 まるであの時の様に…視界が狭くなる。。

 四方を断崖絶壁に囲まれたような重苦しい恐怖を誤魔化すために右手で左腕を掴みながら、あの方の恐怖に堪える。

 ……恐い。

 だけど、この恐怖は錯覚。

 私自身が作り出しているあの方の虚像に勝手に怯えているだけ。

 優しい人。

 でも恐い人。

 優しすぎる故に怖い人。

 だけどその優しさを信じられる人。

 そう思えたら少しだけ心が軽くなるのが分かった。

 その軽くなった心が、雛里ちゃんの手の温もりを思い出させてくれる。

 あの時感じたあの方の優しい温もりを思い出させてくれる。

 狭まった視界が音を立てて元に戻って行く。

 

 やはり此方の思惑など気が付かれている。

 その頃には、もう私も星さんも呉を抜け出している事に。

 多くの知識と情報を持ち出している事に。

 孫呉が私達に求めるのは絶対の忠誠ではなく。彼女達と彼女達の国にとって、役に立つかどうかと言う事に過ぎない。 いずれ決着を付けなければならない相手である以上。 それは当然と言える事。

 この人は優しい事を言いながらも、当然の様に此方の汚い思惑を読んで見せた。

 

 ……違う。

 

 それは私や周瑜さんの考え方で、優しいこの方はこういう考え方をしない。

 この方が考える先に在る物。

 この人が見る優しい未来の風景。

 ……目を瞑り、息を静かに吐いて行く。

 この人は、どれだけ先の事を見ているのだろう。

 でも少しだけ。 少しだけ、私にも見えた。

 今望みうる事の出来る最高の未来。

 今の私達や、強固な結束力を失った孫呉が見る事の出来る未来を。

 

 あの方の見た未来。

 たしかに私達の役割は重要と言える。

 巧く乗り切れば全てが上手く行くと言って良い。

 桃香様の願う通り争いのない世界に、最も近いと言っても良い。

 ……でも。

 

 

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「……国に携わる者としては真面な考えではありませんね」

「不本意だが、敢えて誰とは言わんが、突拍子もない考えには慣れている。

 それに真面な世の中など何処にもありはしない。 あるのは人の欲望と、ほんの一握りの願いでしかない。 我等は、その一握りを守るために戦っている。 ……違うか?」

 

 私の驚きつつも呆れる様な声に、周瑜さんは髪をゆっくりとかき上げながら、苦笑染みた笑みを浮かべてくる。

 確かに言う通りですね。

 きっとこの人は、私なんかより余程理不尽な世の中をその目で見てきたのでしょう。

 目を見開き、呆然とするほどの驚くべき現実を目の当たりにしてきたのでしょう。

 理など通用しない場面を、歯を食い縛りながら幾つも乗り越えてきたからこそ、あんなに静かに笑みを湛えれるのだと思う。

 

「分かりました。 その条件で構いません。

 でもそれならば、私達は遜るつもり等欠片もありません。

 あくまで対等の同盟国である事。それが条件です」

「そうでなければ意味が無い」

「え??と、……朱里ちゃん私にも分かるように説明して欲しいんだけど」

「朱里よ。 お主を信じてはいるが、せめて我等にも分かる会話をして貰いたい」

「それは私も同感だ」

 

 笑みを浮べあう私達を、困ったような顔で桃香様達が話しに入ってきます。 どうやら孫権さんも私達の話に付いて来れなかったようで、私と周瑜さんは、お互い確認の意味も含めて、此処で話せる範囲の内容で三人に説明します。

 その内容に驚き、困惑し、おそらく桃香様は半分も理解されていないだろうけど、それでも桃香様と愛紗さんは私を信じて。 そして孫権さんは周瑜さんとあの方を信じて納得され、その澄んだ水のような色の瞳に強い意志を乗せる事で濁流へと変え、桃香様を飲み込まんばかりに叩きつけ。

 

「よかろう。 劉備よ。徳を売りとする貴様が、我等から受けた恩を忘れるとは思わぬ。

 だが、もし恩を仇で返す事があれば、その時は民の一人たりとも命はないと思え」

「分かっています。 受けた以上の恩は必ず返します。

 その上で、孫権さんが力が要る時は遠慮無く行って下さい」

「ふん、そんな事は無事益州を治めてから言うんだな。 今、口に出してもそれこそ絵空事に過ぎん」

「はははっ、そうだね。 でも私には頼れる友達がいるもん。 力を合わせて何とかしてみます」

 

 相変わらず根拠の乏しいと感じてしまう言葉だけど、それでも力強い笑みで桃香様は桃香様らしく孫権さんの想いを違える事無く受け止めます。

 受け止めた上で、歩まれる事を選ばれます。

 その背中に背負った多くの人達の想いのために。

 でもそれは一番大切な想い。

 人々の想いと希望を、心でもって結束と言う名の力に変える事の出来る我が王。

 私が求めた、民の為に在る王です。

 

 だけど次の瞬間、私も、いいえ、その場にいた全員が驚愕させられます。

 あの方の突き付けた条件によって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

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あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第百〇四話 ? 冥き舞いは理をもって朱に染める ? を此処にお送りしました。

 

 うーん、今回はちょっと暗いお話になってしまいました。 こういうお話って難しいですねぇ。

 今回大分悩んで何度も書き直したのですが、結局この程度になってしまった自分の文章力の無さと構成力の無さに泣きが入ってしまいます。 納得がいかない分ですが、現時点でこれ以上弄ると深みに嵌まって行きそうなので話を進めるために投稿してしまいました。

 

 さて、この後どうなるかは次回のお楽しみと言う事で、此処では多くは語りません。 次回のネタをばらしちゃいそうなので(w

 

では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

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おまけ:

 

作者

「一刀の事をどう思っていますか?」

明命

「はい大好きな方です。

 とても温かくて、私を優しい笑みで包み込んでくれます。 一緒に居てとても安心できる方です」

作者

「ではそんな大好きな彼について困っている処はありませんか?」

明命

「とくにありません。 それも含めて一刀さんですから」

作者

「うんうん、本当に良い娘ですね。 ではあえて何かを上げるとしたら何が挙げられますか?」

明命

「誰にでも優しい過ぎる処…でも、それも一刀さんらしさですし……。

 そうです。アレがありました」

作者

「ほう、アレとは?」

明命

「そのぉ……元気すぎる所です。

 一刀さん始まると自制できないようなので。 朝、何度立てなくなった事か」

作者

「ははは……、御愁傷様と言っていいのか、御馳走様と言っていいのか困る回答ですね」

明命

「はぁぅ……それでも幸せと言えるから困ってしまうんです」

作者

「はいはい、御馳走様でしたっ! これ以上は唯の惚気になりそうなので、これにて」

説明
『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 劉備達を己が主の成長の糧にする冥琳。
 土地を奪われ、傷ついた翼でなお羽ばたく自らの王を救うために朱里が選んだ道とは……。

拙い文ですが、面白いと思ってくれた方、一言でもコメントをいただけたら僥倖です。
※登場人物の口調が可笑しい所が在る事を御了承ください。
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コメント
流石にこの一刀の判断はどうかと思う。歴史知ってるんだから、劉備とそういった約束なんて損しか無いとわかるはずなのに。(カサ)
めがねマン様、誤字報告ありがとうございます。 早速修正いたしました。(うたまる)
誤字報告です。 P.4 桃香の台詞「…大拙な友達を……」→「…大切な友達を……」ではないでしょうか?(めがねマン)
鬼間聡様、本当に御馳走様って感じですよね(汗(うたまる)
葉月様、あくまで他人の視点ですので、取り方一つで幾らでも変わります。 むろん変わってきている部分もありますが、それは今後のお楽しみと言う事で(w(うたまる)
ごちそうさまです。(鬼間聡)
なんだか一刀らしいような、らしくないような、一刀の驚愕の言葉が気になりますね(葉月)
アボリア様、一応萌将伝より落している娘は遥かに少ないんですけど(w(うたまる)
jackry様、まぁそれが一刀ですから(w 悩んで悩んで悩む姿で、また周りの女の娘を落とすのでしょう(違w(うたまる)
一刀君……モゲチマエバイイノニw 驚愕、というのが気になりますね(アボリア)
320i様、いえいえ、前回明命視点があったのにそれはあんまりかと(w そして、次回は明命視点は予定無しなのです(汗(うたまる)
フィーメ様、明命は明命で、一刀の全てを受け止めたいと思っているのでしょうね。 嫉妬は回避不能でしょうけど(ぉw(うたまる)
ルーク様、一刀は一刀なりに考えた結果がどんなものなのか、次回をお楽しみに(゚∀゚)/(うたまる)
aki様、原作の呉シナリオでは語られませんでしたが、十二分にありえた展開だと思っています。 上手く書けたかどうかは別問題ですが(汗(うたまる)
poyy様、書いていて、蜂蜜水を一気飲みした気分です。 濃度50%の(汗(うたまる)
シグシグ様、恋姫らしい一刀の言葉ですが、まず間違いなく驚くような内容ですよぉ〜(うたまる)
hokuhin様、這ってでも前に進もうとするあわわはわわ軍師、きっと彼女達はこれからどんどん強くなってゆくのだと思います。 翡翠や冥琳が昔に乗り越えたものを今やっと乗り越えようとしているのですから。(うたまる)
よーぜふ様、彼にとっては、真剣な悩みなのだと思いますよ(w(うたまる)
JIN様、素直でまっすぐなのが彼女ですから♪ それと桃香はやはり愚かなほど甘くなければ桃香じゃないと思います。 きっと彼女の求める王は誰よりも厳しい道のりの王なのでしょう(うたまる)
GLIDE様、 やはり連続ものはこういう終わり方をしないといけませんよね♪(うたまる)
mokiti1976-2010様、ふふふふっ、それは次回のお楽しみですが、恋姫らしい内容です(うたまる)
一刀君どんな条件出したか気になりますね。次回もお待ちしています。明命可愛いなぁ(フィーメ)
一刀が出した条件とは何か、次回が楽しみです。(ルーク)
おお、このシーンを呉でやったか、なるほどなぁ。(aki)
真面目な話の最後に惚気ですか。一刀がうらやましいですねぇ。(poyy)
どんな意味で『全員が驚愕』させられたのか?一刀はどんな条件を出したか?色々気になる事があって次回が楽しみです。次回も頑張って下さい。(シグシグ)
朱里も強くなったなあ・・・最後に一刀が何を言ったか気になるし、一刀がこのやり取りをどう思ったのか、次回を楽しみに待ってます。(hokuhin)
いいじゃない、愛し合ってるんだもの。うらやましい悩みもってんぢゃねぇよ一刀くん!w そしてやっぱり糖尿病になりえるほど甘い子という桃香さん・・・だめだぁ、やっぱりイラッ☆てきてしまいまさぁ。して、あの方のいう条件とは、いかに・・・(よーぜふ)
明命かわいいよ明命。しかし、相変わらず桃香は王として甘いな。さて、一刀が出した条件とは何か、次回期待しています(JIN)
続きが気になる終わり方だなw最後のインタビュー翡翠は次回にでもやると思うけど他の武将はやるのかな?(GLIDE)
最後に一体何の条件を突きつけるんだ?大いに気になります。(mokiti1976-2010)
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