名家一番! 第六席 |
俺の耳がおかしくなったのか?
二人の名前が、一部の界隈で有名な人物と同じ名前に聞こえたような?
「あの……すみませんが、もう一度名前を言ってもらってもいいですか? よく聞こえなかったので」
「ん? しょうがねぇな。じゃあ、もう一回言うぞ。あたいは文醜で」
「私が顔良です」
文醜と顔良……どうやら聞き間違えではなかったようだ。
……って、えぇ!? この女の子達があの文醜と顔良!? 三国志のブサメンとイケメンって?
ないない、ありえない。
――はっはーん? そうか、二人で俺のことからかってるんだな?
「いやいや、そういう冗談おもしろくないですから。ちゃんと名前おしえてくださいよぉ」
「あ? 父ちゃんと母ちゃんが付けてくれた名前が冗談ってか?」
自分達の名前を馬鹿にされたと思ったのだろか、少しドスを利かした声を出すブンさん。
(これ冗談を言っている雰囲気じゃない……よね?)
ってことは、マジで文醜と顔良って名前なの?
けど文醜と顔良って、大昔の人物だろ? それがどうして俺の目の前に……。
(ん? そういえばさっき、“かほくしょう”って言ってたよな?)
俺の記憶の海が、さざ波を打ち始める。
「ここ“かほく”って言ってましたけど……“かほく”って、黄河の“河”に東西南北の“北”で“河北”?」
「あれ? ここがどこかとか言ってたくせに、どういう字を書くかは知ってるんだな」
やっぱり……。
低い生活レベルに骨董品モノの装備をしている軍人達。そして、ユネスコ関係者が見たら、即座に世界遺産に登録しそうな中華風の古い建造物。
自分達のことを“コウキン”とっ名乗った強盗に、三国志に登場する武将と同じ名前の少女達。
バラバラだったピースがはまっていく。
まさかタイムスリップ?
俺が導き出した答えは、あまりにも荒唐無稽だが、そう考えると辻褄が合うことが多すぎる。
不可解な点は、三国志で猛将と知られている文醜と顔良が、どういうわけか可愛らしい女の子になっていることだ。
日本の戦国武将の上杉謙信が実は女だった……なんて説もあるから、三国志の武将でもありえるかもしれんが?
「ん〜? ひょっとして、パラレルワードとかいうやつか……? だとしたら、タイムスリップじゃなくってタイムリープ?」
俺が一人でブツブツと呟いていると、
「おい、斗詩。コイツ、真名がない世界から来たとかじゃなくって、実は単なる変人とかなんじゃねぇの?」
「ちょっと文ちゃん、失礼だよ!」
タイムスリップとタムリープの定義について、考え込んでいる俺の様子が奇妙だったのか、文醜さんが若干引き始める。
「頭はいたってマトモなんですけど、今から俺が話すことを聞いたら、二人は俺のことを変人だと思うかもしれません。
……それでも話を聞いてくれますか?」
「い、や♪」
「ちょ!?」
「うそうそ、冗談だって。で、何を話すって?」
あ、焦った……。
さて、何から話すべきか。けどこれって、かなりの難問だよなぁ……。
タイムトラベラー(タイムリーパー?)になった時に、現地人に自分のことをなんと説明するかなんて、学校じゃ教えてくれる訳ないし。
そんなこと連々と説明できる奴は、本物の時間旅行者か厨二病患者だけだろう。
「えっと……ですね。まず、俺が住んでいた国の名前は、日本といいます」
とりあえず、自分の出身地から説明するべきだろう。SF映画とかでもこんな感じだったし。
「にほん? 初めて聞く国の名前ですね。文ちゃん知ってる?」
「斗詩が知らないことをあたいが知ってるわけないじゃん」
まぁ、そうだよな。日本なんて名前の国はまだ存在していないんだから。
「方角としては、ここから南東に向かって海を渡った島国ですね。この時代だと、倭国とか蓬莱(ほうらい)って言った方がいいのかな?」
「蓬莱……。え〜っと、徐福が始皇帝の命を受けて、不老不死の法を求めて旅立った国……でしたっけ?」
「そうそう! その国です」
斗詩さんが知っていてくれて良かった。俺もそんな詳しいわけじゃないから、一から説明するとなると大変だ。
そういや徐福って、日本じゃ秦の始皇帝を騙した詐欺師ってイメージがあるけど、こちらの人達はどう思っているんだろ?
「え!? じゃあ、一刀は海を渡って来たのか!?」
純粋無垢の化身のような顔で、文醜さんが俺の方にグッと近づいてきた。
「顔ちかっ! なんで、そんな食い気味なんですか!?」
「だって、あたい海見たこと無いんだもん。海を渡って来たんなら、どんなとこなのか詳しいんだろ?」
ああ、そういえばさっき、北で馬賊やってたって言ってたな。
日本のような四方を海に囲まれた島国と違って、海を見るのも簡単ではないのだろう。
「なぁなぁ、海の水を舐めるとしょっぱいって聞いたけどマジなのか?」
「海の水がしょっぱいのは本当だけど、俺は海を渡ってここまで来てないんです」
放っておいたら、文醜さんに質問攻めされそうなので、結論を言ってしまおう。
「え? けどさっき、海の向こうの島国って……」
「これは俺の予想ですけど、今から1800年以上先の世界から、俺は来たんだと思います」
「「……はぁ?」」
さぁ、今度は二人が驚く番だ。
二人にタイムスリップや三国志のことを、俺なりに噛み砕いて説明してみたが……、
だんだんと二人の俺を見る目が、頭の中身が可哀想な子を見るようになっていた。
まぁ、当然の反応だわな。
俺だって、自分は未来人なんて言う奴が目の前に現れたら、頭がおかしい人間だと思うだろうし。
だいたい、俺自身がこの状況に半信半疑だしなぁ。
「う〜ん、もし北郷さんの言ってることが本当なら、私達の名前を聞いて驚いたことや、真名を知らないことにも説明がつくけど……」
「にわかには、信じられないよなぁ?」
ですよねー。
けど、どうにか未来から来たことを信じてもらわないと、牢獄行きなんてことにもなりかねない。
さて、どうしたもんかな……。
「未来から来た、という物的証拠とかはないんですか?」
(物的証拠か……何か持ってたかな?)
ズボンのポケットをまさぐると、手に固い感触が当たった。
(そうか! これがあったな)
「これはどうですかね?」
俺はポケットから携帯電話を取り出し、テーブルの上に置いた。
「なにこの箱?」
文醜さんが不審そうに携帯を指で突っついている。
「これは携帯電話といって、遠くの人と会話することができる未来の道具です」
未来の道具とか口にすると、どこぞの青狸にでもなった気分だ。
「遠くって、どのくらいの距離の人と会話できるんですか?」
「理論上は、どれだけ遠くても会話することができる……はず」
「すっげぇな! じゃあ早速やってみてくれよ」
文醜さん、無邪気な子供のようにはしゃいでいるところを申し訳ないが、
「実は、もう一つ携帯がないと会話ができないんです」
電波が入ってないっていう理由もあるんだけどね。……って、これじゃあ証拠にならねぇじゃねぇかっ!
「はぁ!? 何それ、期待させるだけさせといて、つまんねーの!」
文醜さんはそう言うと、口をへの字にして、そっぽを向いてしまった。
その怒っているけど愛らしい顔、写メで撮って待ち受けにしたいです……あ!?
そうだよ写メだよ!!
携帯のカメラ機能を使えば、俺が未来人ってことを証明できるんじゃないか?
てか、もうそれぐらいしか証明する手立てが思いつかん。
「文醜さん、会話はできないですけど。カメラなら使えますよ」
「かめら? なにそれ、なにそれ?」
聞きなれない単語を耳にした文醜さんは、再び擦り寄ってきた。
機嫌直すの早ぇえな、おい。身元不明の不審者のこちらとしては、扱いやすくて助かるけど……。
「カメラっていうのは、見たものを瞬時に写し撮ることができる道具です」
「?? 絵のようにですか?」
「絵とは違うんですけど……えっと、なんて言ったらいいのかな?」
顔良さんの質問に対して、カメラを分かりやすく説明する言葉がみつからない。
「まぁ、百聞は一見にしかずということで……二人ともお互いに寄ってもらえますか?」
論より証拠。俺の下手な説明より体験してもらう方が手っ取り早い。
「ん? こんなんでいいのか?」
「ああ、それくらいで大丈夫です。じゃあ撮りますよ〜」
「え? 採るって何を採る――」
顔良さんが何か言いかけたが、俺は構わず写メを撮った。
〜〜〜〜♪♪
「うわ!?」
「ひぇ!?」
生まれて初めて聞く携帯の電子音に驚く二人。
「お! うまく撮れましたよ……って、文醜さんその振り上げた拳をどうするつもりですか?」
「このスカポンタン! あんな気味悪い音がでるなら先に言っとけ!」
閃光のようなゲンコツが俺の頭に降ってきた。
「痛ぅっ!」
「暴力はよくないよ文ちゃん。ところで採れたって、何が採れたんですか?」
「二人の写真ですよ。ほら、ここに写ってるでしょ?」
俺は殴られた部分を手でさすりながら、二人に携帯の液晶を見せる。
「しゃしん? なにそれ……うわ!? 箱の中に小ちゃいあたいと斗詩がいる!!
あれ? でもここにも斗詩はいるし……え? E? 絵? ナニコレ! どういうことぉーー!?」
「ぶぶぶぶbu文ちゃん! おぉぉぉ落ち着いて!! O☆TI☆TU☆KE」
おーおー、動揺しとる動揺しとる。
さっきまで俺ばかり驚かされていたからなぁ、ここまで慌てふためく姿は見ていて気持ち良いもんだ。
「い、一体私達に何したんですか? 妖術でもかけたんですか?」
顔良さんが、俺に恐る恐る聞いてきた。
「妖術とは、全然違いますよ。俺がいた世界ではこういった技術が凄く発展していて、このカメラっていう道具も、その技術で作り出した道具なんですよ」
「へぇ〜、すっげぇな! こんな絡繰、生まれて初めて見たぜ」
絡繰とは違うと思うんだけど……それで納得してるみたいだし、それでいいか。
「はぁ〜! 確かに、私達の時代の技術力ではとても作り出せる代物ではないですね」
二人はおっかなびっくりしながら携帯を、見つめている。
「じゃあ! 俺が未来から来たっていう話、信じてもらえるんですか?」
「まだ半信半疑ですけどね。北郷さんが私達とは違う世界から来た、ということはよく分かりました」
まだ完全に信用されたわけではないか……。
けど、こんな与太話も同然の話を半分でも信じてくれる人間は、この時代にはそういないだろう。
そう考えれば、助けてくれたのがこの二人だった俺は相当ツいているといえる。
無神論者の俺でも、思わず祈りたくなるね。
「じゃあ、今度は北郷さんを襲った、賊のことを教えてもらえますか?」
奇跡の巡り合わせを演出してくれた神様に、感謝の言葉を捧げていると、顔良さんが口を開いた。
文醜さんが逃げた三人を追いかけたらしいけど、捕えられなかったらしい。
できれば、あの三人組のことは思い出したくはないんだけど、捜査協力しないとな。
「外見は、ヒゲの男と背の低い男と太った大男の三人組で皆黄色い布を頭に巻いてました。
それと、自分達のことを“黄巾”と名乗っていましたね」
「黄巾ね……盗人の分際で名乗りを始めやがったか」
文醜さんが苦々しいものを吐き捨てるかのように言う。
“名乗り始めた”ってことは、黄巾の奴らが出てきて、そんなに日が経ってないってことか?
「連中が出没するようになったのは、最近なんですか?」
「盗賊匪賊の類による被害は、件数は少なくとも、決してなくなることはなかったんですよね。
ただ、黄色い布を巻いた賊が目撃されるようになってから、小さな村邑だけでなく、今まで襲われることがなかった役所の所在する街にまで被害がでてきています」
顔良さんの言葉を聞き、身体が小さく震えた。さっきの“死”の恐怖を知った時と似ている震えだ。
これから中華全土を巻き込む黄巾の乱が始まってしまう。
最悪のタイミングでとんでもない場所に来てしまった上に、頼れる知人も誰もいない。
その事実が、暗く冷たい闇のように自分を包み込む感覚に陥れる。
「俺が知っている歴史ではこの先、太平道という宗教を広める張角という人物の下に集った民衆は黄色い布を巻き、黄巾党と名乗るようになります。
“蒼天すでに死す 黄夫まさに立つべし”と書かれた旗を掲げ、何万という徒党を組み上げた彼らは、各地で略奪の限りを行い、さらに数を増やします。
だけど漢王朝にこの騒乱を抑える力はなく、各地の有力者に対して、黄巾党討伐の檄を飛ばしました」
「つまり、これから黄色い賊による被害は大陸全土に広がり、私達にも朝廷から討伐令が下されると?」
「はい。二人にお願いがあります」
「お願い?」
そう、俺の自分本位でなんとも我儘な願い。
「俺を二人の下に置いて頂けないでしょうか? 俺の持つ未来の知識は、これからの騒乱で少しは役立つと思うんです。
どうかお願いしますっ!」
二人に俺を助ける義理はないし、厚かましい事を言っているのも、よく分かっている。
けど、俺にはこの世界で生きていく術は無い。今この二人に見捨てられたら、野垂れ死ぬか賊に殺されるだけだろう。
ただ真摯に頭を下げ、俺は二人の返答を待った。
「いや、お願いも何も最初から連れて帰るつもりだったんだけど……なぁ? 斗詩」
なんですと?
「それに北郷さん。敵方の情報をそこまで正確に漏らすと、敵の間者じゃないかと疑われてしまいますよ?」
あ、そうか。あまり喋り過ぎたら、敵のスパイが潜り込む為に情報を餌に近づいてきたって疑われるよな。
「間者かどうか監視するためにも、私達があなたを保護します」
「回りくどいなぁ。北郷のことが気になるから、手元に置いておきたいって言えばいいのに」
「軍人には建前が必要なのよ」
え〜っと、二人のこの会話の流れから察するに――、
「俺、保護してもらえるってことですか?」
「はい」
「うん」
「あ、ありがとうございます!」
よかった。勝手にマナを呼んだり、携帯の写メで驚かせたりしたから、断られると思ってた。
……あ、そうだ。
「これからは俺のことを“一刀”って呼んでください。この世界で言うマナみたいなモノですから」
「「えぇ!?」」
あれ? なにこの二人の反応。
「真名が無い世界から来たんじゃなかったの!?」
文醜さんが、口泡を俺の顔に撒き散らしながら叫んだ。
「マナはないですけど、家族とか友人とか親しい人間は、みんな“一刀”って呼びますんで。
これからお世話になるんだし、“一刀”て呼んでもらったほうがいいかなぁと、思ったんですけど……まずかったですかね?」
「真名をいきなり他人に預けるなんて聞いたことないですよ」
そ、そうなんだ。いまいちマナの立ち位置がわからないな。
「そっちが真名を預けるんなら、こっちも預けないと不公平だよな? 斗詩」
「うん、そうだね」
「えぇ!? そんなの悪いですよ」
命を助けてもらった礼と、これからお世話になることに対して誠意を少しでも見せればと思ったのに、これじゃあべこべだ。
「真名とはその人の本質を包み込む真の名。家族や親しいものしか口にすることができない神聖なものです」
「真名を預けるってことは、その人間の存在そのものを預けるってことだ。
お前があたい達をそこまで信用してくれるのに、そのあたい達がなにもしないわけにはいかないだろ?」
人の本質、神聖なもの……正直そこまで深く考えて“一刀”という名を二人に預けたわけではない。
だが、彼女達にとって真名を預けるということは、その身を捧げる事に等しいという。
「……わかりました。文醜さん、顔良さん、あなた達の真名を俺に預けてもらえますか?」
「おう! 姓は“文” 名は“醜” 真名は“猪々子”だ。よろしくな、一刀!」
「姓は“顔” 名は“良” 真名は“斗詩”です。これからよろしくお願いします、一刀さん」
俺の知っている歴史通りになるなら、これからこの国は戦乱に包まれるだろう。
そんな中で一介の高校生だった俺にできることなんて、ほとんどないかもしれない。
だけど、俺に真名を預けてくれたこの二人の信頼を裏切るようなことは、絶対にしたくない。
二人が真名を預ける価値があったと思える人物になることを今ここに誓おう。
「猪々子さん、斗詩さん、あなた達の真名確かに受け取りました。これから、よろしくお願いします!」
「おうよ! けど、真名を預けあったんだ。これからは、そんな堅苦っしい喋り方はやめろよな」
「わかりました。あ、いや、わかったよ猪々子」
急に話し方を変えると、なんだかこそばゆいものがあるな。
「じゃあ、お互いのことがよくわかったことだし。そろそろ移動しましょうか」
場の空気を変えるように斗詩が手を軽く叩き、明るい声を出した。
「移動するってどこに?」
「一刀さんのことと、黄巾党のことを報告するために南皮のお城に戻ります。そこで一刀さんには、私達の主に会ってもらいたいんです」
「二人の主って……」
恐らくは、あの人物なんだろうけど。
「アタイ達の姫。袁本初さまだよ」
あとがき。
第6話いかがだったでしょうか?
前回のあとがきで、自己紹介の回といいましたが、今回の方がよっぽどそれっぽい……。
ブログに載せたときは、前・中・後の三編に分けて載せた話だけあって、6話はいつもより長め。
けど、分けないほうがわかりやすいですよね? ……ね!?
まぁ、今までが短すぎたという気もしますが……。
6回もかけて、あの御方の名前しか出てきてませんが、もうすぐ登場しますので、
(数少ない)ファンの方々、もう少しお待ちください。
ここまで読んで頂き、多謝^^
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第6話です。 今回はいつもより長めですが、 よろしければ、今回もお付き合い下さい。 |
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>>XOPさん 了解です! 修正しときます(濡れタオル) 張角という人物の元に→下に:(XOP) >>ヒトヤ犬さん ツッコむところおかしいですからwww(濡れタオル) >>hokuhinさん あんな美女を最大の難関って、また酷い事仰る……あながち間違いでもないかw(濡れタオル) 俺は狸じゃない!犬型ロボットだ!!(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ) いよいよ麗羽様と対面か・・・最大の難関を一刀は突破出来るのか次回も楽しみにしています。(hokuhin) |
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