真・恋姫†無双 〜凌統伝〜 02
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凌統は困っていた。

旅先で出会って一緒に旅をするようになった蘇飛が意識しているのか無意識なのかわからないが体を押し付けてきて柔らかな膨らみが腕や背中に当たって集中できないとか、

道に迷ってまた途方に暮れているとかそういう理由ではない。もっと切実で、現実的な問題だ。

南陽の国境付近にある街に立ち寄った凌統は昼食を取る為に料理店で食事を取っている。

並べられた料理はどれも美味しそうな湯気を立ち上らせ、その割に価格は目からうろこが飛び出すくらい安い庶民に大人気の料理店だ。

昼食時ということで店も込んでいる時間帯。誰も彼もが美味しそうに料理を食べ、談笑を楽しんでいるにも関わらず、凌統は食事に一切手をつけず、注がれた水をチビチビと飲みながら目の前に座る蘇飛を眺めていた。

 

「鴉さん! これ、これ美味しいですよ! もぅ信じられないくらい」

「……よかったな。給仕、水をもう一杯頼む」

 

追加の水がやってきてチビチビと飲んでいく。そう、凌統が困っている問題とは料理店に来ても料理が食べられないということ。つまりは金がなくなってしまったのだ。

街で必要品を買い揃えていると思いの他出費が多く、宿泊費などを考えると食費をかなり削らないと宿無しになってしまう恐れがあったからだ。

漂ってくる美味しそうな料理の香りに聞こえてくる料理の評価を耳にして顔色が段々と青ざめていく凌統に蘇飛は何度もお裾分けをしようと提案したのだが、

 

「お前に借りを作りたくなどない。施しを受けるくらいなら水で我慢する」

 

もう十五杯目になる水を飲み干し、また給仕に水を持ってこさせていた。

 

「強情ですね。別にわたしは何かこれと言って要求をしようなんて考えていませんよ?

ただ、ちょっとしたお願いはするかもしれませんが、可愛らしい乙女の簡単なお願いです」

「俺には悪女の要求にしか聞こえん。旅の途中で無理難題を何度も何度も」

「無理難題なんかじゃありません。ただ水浴びの時に遠くに行かないでってお願いしたり、眠るときに傍にいてくださいってお願いしただけです」

「旅先で出会って間もない男にそういう要求をするのは間違っている」

 

旅の途中、川を見つけた蘇飛は水浴びがしたいと言い出し、凌統は好きにしろ、と先に行こうとしたのだが、

 

「ここで鴉さんがわたしを見捨てて先に行って、わたしが襲われたら鴉さんの責任です! いたいけな少女を置き去りにし、少女の蕾は散る……あぁ……」

 

芝居がかった動きで泣き崩れる蘇飛。鬱陶しいと思いながらも近づいてよく見ると目から零れた涙は頬を流れ、潤んだ大きな瞳がジッと頬を引きつらせる凌統を捉えていた。

 

「お願いします。助けてください」

 

今の言葉と状況を見れば少女が自分を押し倒した男に助けてと言っている様に見えなくもないが、凌統と蘇飛との間で交わされるこの言葉は凌統を縛る鎖でしかない。

助けを求められれば善悪問わず助けを求める。それが凌統の誇りであり、生き様である。

それを楯にされ、凌統にはもうどうすることもできない。

 

「はぁ……わかった。手短にしろ」

 

ため息しか出ない凌統は蘇飛に振り回されつつ街に到着したのだ。

そのときの事を思い出して、凌統はもう何度目になるかわからないため息を漏らしつつ二十杯目の水を飲み干した。

 

「突然横から失礼しますわ。相席よろしいかしら?」

 

二十一杯目の水を飲んでいる凌統は声のした方へ顔を向けた。

栗色の髪に大きな紫の瞳。背はすらっと高く、口元は色っぽい艶やかな笑みを浮かべた女性がいた。

頭に帽子を乗せ、首には二つの音の鳴らない飾りであろう大きな鈴をつけ、腰に蝶のように見える帯が巻かれている。

胸は残念で、膨らみがあるのかないのか微妙である。

 

「相席? 他に席は……」

 

見渡して凌統は気が付いた。今は昼時。それも街一番と名高い安さが売りの料理店はどこを見ても客の姿が目に映り、空席は見渡す限り凌統たちの席しか空いてはいなかった。

この街では相席が普通なのか、一つだけ見つけた空席に相席はいいか? と言いながら了承を得る前に席に座っている。

 

「構わない。この混みようだ、好きにしろ」

「ではお言葉に甘えさせていただきますわ。さあ、祀里(まつり)も席にお着きなさい」

 

女性が向かい合うようにして座っていた蘇飛の隣に座り、その後ろに隠れていた机に頭のてっぺんしか見えない子供が怯えながら凌統の隣に座った。

チラリと凌統はそちらを見る。

隣にいたのは小さな少女だった。怯えて今にも泣きそうな潤んだ大きな瞳に小刻みに震える小さな体が小動物のように見える小さな少女は怯えたその目で凌統の方をチラリと窺うように見た。

目と目が合って少女は震えていた体をピタッと止めて硬直し、動かなくなった。

 

「わたくしの妹で諸葛均(しょかつきん)と言います。仲良くしてくださいませ」

 

諸葛均と呼ばれた小さな少女は硬直したまま首だけ動かしてお辞儀をした。からくり人形のようにカクカクした動きに蘇飛が立ち上がって諸葛均の前に立つとその小さな体に飛びついた。

 

「何ですか何ですかこの可愛らしい愛玩動物みたいな女の子は! あぁもぅ可愛いぃ!」

「あぅあぅあぅあぅあぅ……!」

 

頬擦りしながら頭を撫で回す性格が一変した蘇飛に若干引きつつ、凌統はまったく気にせず給仕に料理の注文をしている女性を見た。

 

「止めなくていいのか? お前の連れだろう?」

「よろしいのではなくて? 本人も嫌がってはおりませんし」

 

傍から見れば涙目で逃げ出そうとしているようにしか見えないのだが、関わり合いになればろくな事がないと感じ取った凌統は何も言わず給仕に水のおかわりを頼んだ。青筋を浮かべながら笑顔で対応され、そろそろ潮時か、

と思う凌統である。

 

「聖、そのくらいにしておけ。料理が冷めるぞ」

「あ、そうですね。また撫で撫でさせてくださいね〜」

「はぅ〜……」

 

ようやく解放されて一息ついた諸葛均は凌統が見ていることに気付いてまた体を硬直させた。

このままでは堂々巡りだろうと思った凌統は立ち上がり、もはや数える事を止めた水を飲み干した。

 

「俺は仕事を探す。聖、お前はどうする? 俺と別れて旅をするか?」

「わたしもお仕事探します。一月くらいですかね」

「それくらいが妥当だろう。俺と旅をするつもりなら一月後に探し出せ。それまでは勝手に街を出ん」

「それは酷いですよ鴉さん! せめて居場所くらい教えてください!」

「知らん。一月は街から出んのだからありがたく思え」

 

笠を被って更に活気に満ちてきた店内を歩いていく凌統。十回以上水を運ばされた給仕から「ありがとうございました」と満面の笑みで送り出された。

残された蘇飛はちょっと残念そうに俯いたが、それも料理を一口食べると表情を一変させた。

 

「美味しいですよ、本当に。まったく鴉さんはこんな美味しいものを一口も食べないなんて勿体無いです」

「……もしかしてお邪魔だったかしら? もしそうなら謝らなければなりませんわ」

「え、あぁ別にそういうのじゃないですよ。ちょっと素直になれない人で」

「よかったですわ。あの方に嫌われるのは好ましくありませんから」

「そ、それはどういう意味ですか?」

 

ごくり、と蘇飛は唾を飲んだ。明らかに初対面の対応をしていた凌統に女性が一目惚れをしたのでは、と脳内妄想全快で次の言葉を待つが、

 

「少々仕事を頼みたかったのですが、嫌われては元も子もありませんもの」

 

がくっと態勢を崩して蘇飛がこけた。そういうことか、と思いながら何故かホッとする自分に首をかしげる。

 

「どうかなさいまして?」

「え、いえいえいえ、何でもありません!」

「そうですか。あなたにもお声をかけさせてもらいましょう」

「一体何をですか? 報酬がよくても面倒な仕事ならお断りしますけど」

 

女性は満面の笑みを浮かべて蘇飛を見つめていた。直感的に危ない橋に直面しているのでないかと思う蘇飛だが、ニッコリと微笑む女性から目を逸らす事ができない。

 

蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまった蘇飛に女性は柔らかな声色で言った。

 

「わたくしは諸葛瑾(しょかつきん)。あなたを孫呉に勧誘させていただきますわ」

 

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そんな会話がなされているとは夢にも思わない凌統は街中を仕事を探しながらふらふら見て回っていた。

仕事と言っても様々な職種があり、今まで見てきた街の中でも比較的発展しているこの街での仕事探しは意外にも苦労する、と道中知り合った旅人に聞いたことがあるのを思い出した。

女性よりも男手を必要としている仕事は数が限られており、日雇いの仕事が多く安定した収入が得られないのだ。

もしかしたら定期的な収入が得られる仕事があるかもしれないが、それを見つけ出すのは苦労するし、そういった仕事にはもう誰か先に応募しているのが普通である。

 

「なんだ、この人だかりは」

 

街の広場にやってきた凌統は何かを囲むように集まっている人たちを見つけた。

集まっているのは町人たちで、囲んでいるのは何かの立て札だった。

 

「誰か文字が読める奴はいないか? なんて書いてあるかさっぱりだ」

 

庶民たちは誰も彼もが首を横に振った。読み書きが出来るのは教育を受けた一部の者たちだけで、ほとんどは読み書きが出来ず、それでも不自由のない者たちだからだ。

凌統は人を掻き分けて前へ進み、立て札の前に立った。

 

「あんた、字が読めるのか? じゃあここに書いてあることを教えてくれよ」

「……簡単に言えば兵の募集だ。賊討伐の為の兵を募るらしい」

 

この世界、この大陸ではそれほど珍しいことでもない。最近増えてきた賊を討伐する為に役人が兵を募って討伐に向かう様子はいたるところで見られ、凌統もそれに何度か参戦して報酬を受け取った事がある。

そこいらの将軍よりも働きの良い凌統を勧誘する声は後を絶たないが、全て断り旅をしている。

 

「働きがよければ恩賞を授かれるそうだ。参加者は城門に集まるらしい」

立て札の内容を確認して凌統は歩き出した。向かうのはもちろん城門、募集に参加して報酬を貰う為である。

今までも資金の一番多い収入は賊討伐で授かる恩賞であり、ただ大勢で少数の賊を叩くだけの簡単な仕事だったので命の危険はそれほどないし、腕が鈍らないようにするには丁度良い鍛錬でもあった。

凌統の説明を受けた村人たちも続々と城門に集まり、噂を聞きつけた人たちも集まってきていた。

数にしてざっと五百人。それほど多いというわけではないが、義勇兵としてはそれなりの数字である。

 

「おい、あんた、そんな格好で戦うのか?」

「ん? ああ、そのつもりだ」

 

義勇兵は今、正規軍の前を行軍している。正規兵の数を出来るだけ減らしたくないのと

指揮官が最前線に立たないからなのだが、農民が文句を言えるはずもなく渋々という様子で行軍している。

その道中、暇を元余す兵士の一人が凌統に話しかけてきた。

 

「あんたそんな綺麗な羽織着てたら狙われるよ? 目立つし、動きづらいだろう」

 

兵士――といっても農民だが――が心配しているのは凌統の格好だ。桜色の羽織に笠、チリンチリンと鳴る腰の鈴をつけた格好はどう考えてもいい的にされるし、いい意味でも悪い意味でも目立ってしまう。

他の義勇兵は農民本来の姿、畑仕事をするような格好なのでどれも似通っているが、一人だけ場違いな派手な服装をしている凌統は正直集団から浮いていた。

 

「これでいい。この方が敵が寄ってくるし、俺が活躍すれば目立つ。恩賞をもらえるだろう」

「そりゃそうかもしれないけどよ、死んだら元も子もないぞ?」

「……貴様に心配される謂れはないぞ? 怖いのなら他の奴と話をして恐怖を和らげろ」

「な、なんだよその言い方! せっかく浮いてるあんたに話しかけてやったのによ」

「誰がそんな事を頼んだ? 人の心配より自分の心配をしろ。もうすぐ戦いが始まるぞ」

 

凌統の言葉を裏付けるように甲高い鐘の音が響いた。それと同時に「突撃――――――ッ!」と掛け声がかかり、義勇兵たちが一斉に走り出す。

凌統も流れに逆らわず足並みを揃えて賊に突撃していく。

討伐軍に気付いた賊も突撃を開始した。ざっと五百。義勇兵と同数くらいの数である。

 

「この速度では突撃の威力で押し負ける。仕方のない」

 

腰が引けている義勇兵たちは徐々に近づいてくる賊に気圧されて走る速度を徐々に落としていた。

凌統はグンッと走る速度を上げて次々に前の兵士たちを追い抜き、一番前を走る隊長の元へたどり着いた。

 

「速度を上げろ! このままでは押し負けるぞ!」

「一撃目は受け流せばいいんだよ! 隊長の俺に指図するな!」

「訓練も受けていない農民が受け流すなど不可能だ! 速度を上げろ!」

「俺はこの隊の隊長だ! 隊長の命令は絶対なんだよ!」

 

まったく聞く耳を持たない隊長の男に舌打ちしつつ、どうすればいいかを即座に考える。

隊長がこの速度を維持するとすれば遅かれ早かれ賊の攻撃を真っ向から受けて隊は瓦解し、逃げ惑うことは必須だ。

問題となるのは敵の突撃の勢いであり、それを軽減できれば勝機は見出せるはずだ。

 

「今日は厄日だ」

そう吐き捨て、速度を上げた。隊を置き去りにして走る凌統は腰に差す二振りの剣、夜鷹(よだか)を抜き、態勢を低くして賊に突っ込んでいく。

唖然とする隊員たちは何を勘違いしたのか隊長を抜かして速度を上げ、凌統に続く形で駆け出し始めた。

 

「はああぁぁぁ――――ッッ!!」

 

最初に接敵した賊二人の間をすり抜けて首を刎ねる。続けざまにその奥から切り込んできた男の剣を弾いて斬りつけ、横からの奇襲に反応して即座に後ろへ一歩引いた。

そこを狙っていた男を振り向き様に首を切り落とし、足を狙ってきた攻撃を宙を舞ってひらりとかわして着地と同時に二人の首が宙を舞った。

 

「おおおおおぉぉぉぉ――――ッッ!」

 

そこへ聞こえてきた突撃を仕掛けてきた声に口元を緩ませ、ダッと地面を蹴って奥へと進んでいく。

 

「(敵将がいるとすれば奥。名乗れば出てくるか)」

 

凌統の活躍で賊の士気は著しく低下しており、凌統と戦おうとする者はいなかった。

斬りかかってもひらりとかわされ、必ず斬られているからだ。

 

「我が名は凌統! 我の首を取りたい者はかかって来い! 相手になるぞ!」

「粋がるな小僧! 俺が相手だ!」

 

明らかに別格の大男が棍棒を振り回しながら大男が出てきた。凌統より頭一つ分大きい大男は棘のついた腕の長さほどある棍棒を振りかぶって横ぶりに振りぬいた。

 

「動きが単調! なにより遅い!」

 

棍棒は何も捉えることなく降りぬかれた。高く跳んだ凌統は夜鷹を大男の首に突き刺した。

大男の体を蹴って距離を取る。引き抜かれた夜鷹には赤い液体がべっとりとついており、それを掃うようにブンッと風を切り、赤い液体が地面に飛び散る。

 

「お、お頭がやられた……」

「頭がやられた――――ッ! 逃げろ―――ッ!!」

 

束ねていたものが倒れ、戦意は完全に損失したようだ。武器を捨て逃げ惑う賊にようやく駆けつけた正規軍が殲滅を開始した。

 

「漁夫の利を得るか。下らん働きしかせんようだな」

 

地獄絵図にもなりそうな一方的な殺戮に言葉を吐き捨て、凌統は夜鷹を鞘に収めた。

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凌統が城門に集まっている頃、安さ売りの料理店で諸葛瑾と名乗った女性と相席をする蘇飛は大きな目を見開いて諸葛瑾を凝視していた。

熱々だった料理はすっかり冷め、賑わいを見せている店内で蘇飛が座る席だけ笑い声も何も聞こえない静かな空間となっている。

 

「孫呉に勧誘ってどういうことですか?」

「そのままの意味ですわ。わたくしがお仕えする、と言ってもお顔を拝見したことはありませんが、孫策さまが率いる孫呉。今は袁術の客将ですが、いずれは天下に名を馳せる御方。そのためには数多くの部下が必要になってきます」

「わたしもその一人になれ、ということですか? 生憎ですけど、興味ありません。

わたしは行方の分からない親友を探さないといけませんから」

「行方不明の親友? それは大変ですわね」

「そうです、大変なんです。ですからそのお誘いは断らせていただきます」

 

蘇飛は席から立ち上がった。残った料理は勿体無いと思ったが、それより席に座って

諸葛瑾の勧誘の話を聞き続けることを考えれば仕方ないとも思えた。

勧誘を受けることはこれが初めてではなく、何度か旅をしていると声をかけられることが多かった。

凌統に護ってもらおうとくっ付いて旅をしている蘇飛だが、それまでは一人で旅をしており、それなりに武の心得があって頭もそれなりによかった。

勧誘を受け、仕官し、酷い有様の官軍に絶望した。自分たちだけ裕福な暮らしをして、

民たちには施しを与えるどころか汚いものを見るような目であざ笑っていた。

それに耐えられず在野になり、親友を見つける旅に出たのだ。

それが頭から離れない蘇飛は誰にも仕官しようと思えず、仕官しようとも思わなかった。

 

「それじゃあ失礼します。ごゆっくり召し上がってください」

 

巾着から代金を机に置き、蘇飛は店の扉から外に出た。一度大きく深呼吸をして街並みを見渡しながら働けそうな店を探し始めた。

 

「鴉さんはどんな仕事をするんだろう? やっぱり力仕事かな?」

 

頭を強制的に切り替える為に別れている凌統の事を思い出した。彼なら何をするだろう。できれば一ヵ月後にすぐに合流できるように仕事を知っておきたいと思う蘇飛だが、

 

「やっぱり嫌なのかなぁ? わざわざ合流するの難しくしたし」

 

無理やりついて来たも同然で、なんだかんだ一緒に旅をする事を了承しているように思える凌統だが、実際はそうではなく、突き放せないから渋々旅をしていると蘇飛はちゃんとわかっている。

助けを求められれば必ず助けると豪語する凌統が絶対に逃げられない一言で縛っている自覚は蘇飛にはある。

 

「態度は冷たいけど、優しいんですよね。気配りできるし、なんだかんだ護ってくれるし」

 

一緒に旅をすれば相手のことが少しだが分かってくるものだ。旅をして蘇飛は凌統の性格やどういう人物なのか分かるようになっていた。簡単に言ってしまえば誠実なのだ。

男の人だから少しは警戒していた蘇飛だが、水浴びをしている時も少し無理を言ってピッタリとくっついて眠らせてもらったときも蘇飛に対して何かするでもなく、ため息を漏らしながら受け入れてくれていた。

女として見ていないという言う線もあったが、女の子としてそれは否定したい蘇飛はその可能性を心の中から取り除いている。

 

「こんな事心配しても意味ないですね。結局決めるのは鴉さんですし。わたしはわたしで

旅の邪魔にならないよう自分の路銀は自分で稼いでいこう」

 

蘇飛は見渡して仕事がないかを探し出した。そして見つけたのは服屋で、交渉すると

働きぶりを見て決めるという事だった。

 

「さあ、得意の接客です。バンバン売っていきますよ!」

 

さっそく来店した女性客に笑みを浮かべて近づいていく。

 

「本日は何をお探しですか?」

「下着を見たいんだけど」

「下着ですね。はい、わかりました。こっちです」

 

女性客を下着売り場に誘導する。色とりどりの上下合わされた下着が所狭しと並べられ、

大きさも充実しているその場所は店の最も売り上げの高い場所であり、展示幅も他より倍ほど確保されていた。

 

「ここですね。何かあったら呼んでください」

「ありがとう」

 

一旦はお客から離れてしばらく様子を窺った。女性客は何点か下着を手に持って鏡の前で似合いそうな物を選んでいる。納得できるものがないのか、あれも違うこれも違うと次々に合わせていくが、結局納得がいかないようで下着を棚に収めようとする。

 

「どうですか? 何か気に入るものはありましたか?」

「いいえ、ないわ。大きさはピッタリなんだけど」

 

蘇飛は棚から黒い下着を取って女性に合わせてみた。

 

「これなんてどうですか? お客様の雰囲気からして素朴な感じより大胆な方が

似合っていると思うんですけど」

「そう? でもわたしは黒より白の方が好きなのよね」

「なら白の下着。これも中々。黒を着ていると思わせて実は清楚な白という高度な着こなし術ですね。男の人はその真逆さにくらっと来ちゃいますよ」

「そんなにわたし黒が似合うのかしら?」

「黒じゃなくて赤でもいいですね。大人の魅力と申しますか、おっとりとした余裕な態度が大人のお姉さんという感じですね。そこで素朴な白を着ていると意外性もあってバッチリです」

「そんな風に褒められると嬉しいわ。決めた。黒と白をいただくわ」

「ありがとうございます。それじゃお会計に向かいましょう」

 

こうして相手を褒めて買わせるのは接客業では当たり前のことだ。決して嘘を言っているわけではない。

女性客の大人な雰囲気から何がいいかを判断して少し後押しするだけでいいのだ。

女性客を見送り、店主から採用の言葉を受け、蘇飛は一月の契約で仕事をすることになった。

契約後に仕事に戻り、十人以上に服や下着を買わせた蘇飛は意気揚々と決めていた宿に向かった。

 

「もうすっかり夜ですね。宿を決めておいてよかったです」

 

街に到着した時に宿は取ってあり、それから食事をしていたから仕事に専念できたのだ。

凌統は街一番の安さで有名なボロ小屋のような宿屋に泊まるという事で一緒ではない。

 

「か弱い乙女を一人で泊まらせるなんて鴉さんは酷い人です!」

 

そうは言っても金銭的なことで凌統が折れることはないと昼間のやり取りでわかっている蘇飛は文句を言いながら仕方ないと思う反面もあった。

 

「あ。あれは鴉さんじゃ……おーい鴉さーん!」

 

暗くて顔はハッキリしないが、特徴的な羽織と笠をつけている人物に心当たりは一人しかおらず、蘇飛はそちらの方へ向かって走り出した。

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城門に戻ってきた凌統の周りには人だかりが出来ていた。農民の格好をした義勇兵たちで、凌統の活躍を褒めているのだ。

 

「すげぇな、あんた。一人で敵陣に突っ込んで大将の首取るなんて」

「そうしなければならなかったのだ。あのまま戦えばおそらく押し負けていた」

「俺、あんたが突っ込んだからそうしなきゃって思ってついて行っちまったよ」

「俺も俺も。大将を追い抜かしちゃってさ」

 

笑い声がドッと広がった。何かをやり遂げた後のような満たされた笑顔に凌統も自然と唇を緩ませている。

 

「何を喜んでいるんだ、貴様ら!」

 

楽しげな笑い声が一瞬で冷め、声を発した人物に視線が集中していく。それは義勇兵を率いていた隊長のものだった。

 

「この男は隊長である俺の判断に逆らったんだ! 運良く勝てたが、あのような行いを

見過ごせるはずがない」

「ならばどうする? 俺を捕らえるか?」

「今なら見逃してやる。さっさと失せろ」

「金を貰わねば立ち去れんな。それだけの働きはした」

「軍規を乱すものに払う金など一貫もない! さっさと立ち去れ!」

 

隊長の怒声に兵士たちが集まってくる。これ以上は危険だと判断し、凌統は歩き出した。

 

「あんた……」

「気にするな。予想はしていた」

 

戸惑っている義勇兵たちに見送られ、凌統は城内へと入っていく。

既に日も沈み始め、市や店は店じまいを始めていた。何か腹に入れておきたかった凌統だが、期待してた恩賞を受け取れず、巾着を少し揺すってどれだけあるかを確認してため息を漏らした。

 

「宿は諦めて野宿するか。腹に何か入れないと辛い」

 

見渡して屋台か何かないかを探した。昼間まで人気の絶えなかった道は寂れた街の様に静まり返っていた。

人の姿を見ても足早に去っていき、事情を聞こうと近づこうとすれば踵を返して逃げられてしまう。

明らかにおかしな空気に戸惑いながら、凌統は静かな街を歩き続けた。

 

「夜は治安が悪いのか。アレを見れば当然といえるか」

 

先ほどの隊長を思い出し吐き捨てる。上の人間がしっかりしていればあのような事は起きないし、起きたとしても誰かが止めに入るはずだからだ。

まわりにいた者たちは遠めに見ているだけで、誰もそれを止めようとはしなかった。

 

「……おっと、大丈夫か?」

 

余所見をしながら歩いていると角から飛び出してきた子供とぶつかってしまった。子供を受け止め目の高さを合わせて話しかけると凌統は「……ん?」と眉をひそめた。

 

「お前は確か……諸葛均、だったか。姉と逸れたのか?」

 

飛び出してきた子供、諸葛均は怯えて体をぶるぶる震わせ、今にも泣きそうな大きな潤んだ瞳で凌統を見つめていた。こういった子供の相手に慣れていない凌統はどうしたものかと、とりあえず目線を合わせたまま話をしていく。

 

「お、お姉ちゃん……に連れて来てって……頼まれ……ぐず……」

「泣き出すな。相手をするのも疲れる。さっさと姉の元に連れて行け」

「ぐず……こっち」

 

手を引かれて歩き出す凌統。繋がれた手の震えが激しくなり、人の手を握っている感じではなかった。

怖いなら離せばいいのに、と思うが、逃げられないようにしているのかと自己解決して

その事については何も考えないようにした。

 

「つ、着きました」

城内の中心部分までやってきた諸葛均は一軒の宿屋の前で立ち止まった。面持ちもしっかりしていて中に入ると店主らしき人物がお辞儀をして近づいてくる。

「宿をお探しですか?」

「お姉ちゃんがこの人にはな、話が……」

 

最後の部分が聞き取れないほどか細くなった諸葛均に慣れているのか、店主は納得したように頷いて奥へ通した。奥に進み、一室の前で立ち止まった諸葛均は扉を開いて中に入る。凌統も中に入り扉を閉めた。

 

「ようこそ御出で下さいました。わたくしは諸葛瑾と申します。以後お見知りおきを」

 

諸葛瑾は頭を下げて一礼する。名乗られれば名乗り返すのが礼儀というものであり、凌統も名乗った。

 

「凌操の子、凌統。さっそくだが用件を言ってくれ。暇ではないのだ」

「せっかちですわね。よろしいですわ。単刀直入にあなたを孫呉に勧誘したいと考えております」

「孫呉……」

 

孫呉とは、江東の虎と呼ばれた孫堅が揚州を中心に築いた勢力の事である。

孫堅は戦に倒れ、その娘、孫策が後を継ぎ、今は袁術の客将として身を伏せている。

その名前に反応し、凌統はピクリと眉を動かした。

 

「あの孫呉か? それほど人材が不足しているとは思えんがな」

「独立を夢見て長い月日を客将に甘んじていますが、旧臣たちは次々に離れています。

独立を果たしても国を支える柱がなければ大きな波に一瞬で攫われるでしょう。ですから

わたくしを始め、孫呉に身を捧げた旧臣たちは勧誘を繰り返しているのです」

「理由はわかった。しかし、了承はできん。俺には果たさねばならん目的がある」

「果たさねばならない目的? 窺ってもよろしいですか?」

「私情だ。関わらん方が身のためだ」

「わたくしも必死なのです。それを終わらせれば凌統さまは孫呉に身を

置いてくれるのでしょう?」

「……身を置く事は構わない。孫呉は俺にも関わりがある」

「ならばお話下さい。何かしらのお力になれるやも知れません」

 

凌統は諸葛瑾の目を見た。真っ直ぐで茶化している風には見えず、必死だというのは見ていればわかった。

 

「復讐だ。親殺しの敵を探している。それが終われば孫呉に身を置いてもいい」

「その方のお名前を窺ってもよろしいかしら?」

「甘寧。錦帆賊という賊の頭領だった」

 

諸葛瑾は顎に手を添えて目を瞑った。

何かしらの情報がもたらされればと期待する凌統は黙ってじっと待つ。

 

「申し訳ありません。存じ上げませんわ」

「そうか。ならば失礼する。話はそれだけか?」

「ええ、あなたの目的が一日でも早く叶うことを祈っていますわ」

 

凌統は立ち上がり、扉に向かった。

丁度お茶を入れてお盆に乗せてやってきた諸葛均とすれ違い、怯えられ距離を離されたが、特に何を思うでもなく凌統は部屋を後にした。

背後から「困りましたわ……」と諸葛瑾の声が聞こえたが、さっさと歩き出す。

宿屋を出て歩いて野宿が出来そうな場所を探し始めた。

 

「本当に腹が減ってきた。仕方ない。乾物を食うか」

 

腰にぶら下げた袋に手を入れて探りで目的の物を探していく。

取り出したのは乾燥させた肉である。

これは旅の間に食べる予定だった食料であり、どこでも安く手に入るので旅のお供と言ってもいいくらいの食料だ。日持ちするし、腹は膨れないが、少しの飢えを凌ぐには十分なのだ。

 

「残り少ないから節約したかったが、背に腹は変えられん」

 

ひとかじりして袋にしまい込む。空腹は最高の調味料というが、それは正解だと思いながら味気のない肉を何度も噛み砕いて味わっていく。

 

「……おーい鴉さーん!」

 

誰かに呼ばれそちらを向く。暗くてよく分からないが、聞き覚えのある声のような気がした。

前方から近づいてくる人物は凌統の目の前で止まり、ようやく顔が見えてきた。

 

「聖か。仕事終わりでその帰りか?」

「はい。鴉さんもですか? 何の仕事をしているんですか?」

「仕事は見つかっていない。というより、見つかりそうもない」

「どういう意味ですか?」

 

凌統は今までのことを話し始めた。賊討伐で大将の首を取ったが軍規を乱したといわれ報酬が貰えず、目を付けられたから街に居辛くなったこと。それを話し終わると蘇飛が怒り出した。

 

「何ですかそれ! おかしいじゃないですか! 一番の手柄は鴉さんですよ!」

「軍規を乱したと言われればその通りだ。あの場で揉め事を起こして軍を相手になどできん」

「誰も何も言わなかったんですか? 誰か止める人くらい居たでしょう?」

「上も腐っているのだろう。聖、すまないが俺は明日にでも街を出る。ここでお別れだ」

「そんな……ならわたしも」

「……待て」

 

凌統は蘇飛の言葉を途中で止め、ゆっくりと振り向いて一歩前に出た。

振り向いた先にはぞろぞろと武装した兵士が剣を抜いて迫ってきていた。

 

「聖、これから俺とお前は他人同士だ。いいな?」

「え……ちょっと鴉さん!」

 

困惑する蘇飛にお構い無しに兵士たちは二人を取り囲み武器を構える。凌統夜鷹を抜き、腰を落として目の前に兵士に殺気をぶつけた。

 

「誰が取り囲めと言った!」

 

そこへ聞こえてきた声に兵士たちは剣を収め道を開けていく。馬に跨った男が凌統たちに近づいてきた。

 

「驚かせて申し訳ありません。しかし、さすが噂になるだけの事はあります」

 

男は馬から下りて凌統に駆け寄り、握手を求めるように剣を握っている凌統の手を包み込んだ。

 

「自分はここを治めている者でして、是非あなたを臣下に加えたいと自らやってきたのです」

「俺を臣下に? 軍規を乱す奴を臣下に加えれば何かと面倒だろう」

「いえいえ、とんでもない。あれは若気の至りといいますか、初めて隊長を勤めさせたのが失敗したのです。あなたの活躍は義勇兵から聞きましたし、隊長を勤めた人より有能だったと義勇兵が言ったのですから間違いありません」

「……いくつか条件がある」

「何でしょう?」

「まず先の賊討伐での恩賞を受け取りたい。大将を討ち取ったのも勝利に導いたのも俺だと思うが?」

「そのつもりで用意しております」

「次に客将として身を置く。一月を目途に考えてくれ」

「……わかりました」

「政務には一切関わらん。客将なのだから深く関わらせないだろう?」

「わかりました」

「ならば明日からでも働こう。義勇兵がいただろう? あれらを集めて俺の部隊としたい」

「早速手配しましょう。城に部屋を設けましょうか?」

「いや、街の宿屋でいい。恩賞は急いでくれ」

 

あれこれとした交渉が終わり、役人は兵士たちを連れて城へと帰っていった。

恩賞を受け取り、凌統はそれを懐にしまって呆然と立ち尽くしている蘇飛に体を向けた。

 

「何を固まっている?」

「いや、あまりにすんなり決まったので少々唖然としているのです」

「そうか。俺は宿を探さねばならん……聖、お前はどこに泊まっている?」

「え? えっと、ここから少し行ったところですけど」

「ならば俺もそこにするか。案内してくれ」

「えっ!?」

 

蘇飛は大きな目をぱちくりさせた。

 

「何を驚いている?」

「いやだって、鴉さんが同じ宿って……てっきり別の宿に泊まって居場所を隠そうとすると思って」

「……? 何故俺がお前を避けるようなことをする?」

 

凌統は首をかしげて頭に疑問符を浮かべている。

本当に蘇飛が何を言っているのか分からない様子だ。

 

「じゃあ一月後に見つけ出さないと置いていくって言ったのは?」

「この街で別れるか一緒に行くかの確認だ。一月後に俺と旅をする気があるか分からんだろう」

「そりゃそうですけど……なんだ、わたしてっきり……」

 

嫌われるのかと思った、と口にしようとして蘇飛はバッと両手で口を覆って

その言葉を飲み込んだ。

 

「どうした?」

「い、いえ……あの、鴉さん、お聞きしてもいいですか?」

「何だ?」

「わたしの事……鬱陶しいとか邪魔だとか思ってませんか? 嫌われてるならキッパリ言ってください。もう付き纏ったり我が侭言ったりしません」

「鬱陶しいと思ったことは旅をしていてあったが、嫌いではない。嫌いな奴とは口を聞かん」

「あ、そうなんですか。よかった……」

 

思わず漏らしてしまった言葉に慌てて両手をブンブン振って、誤魔化すように凌統の腕に絡み付いた。

 

「さ、さあ宿に向かいましょう! すっかり夜ですし」

「お、おい、引っ張るな。俺は逃げんぞ」

「どうなのかわからないので逃がしません。あ、鴉さんさえ良ければ相部屋にしてもらいますか?その方が宿賃も安いですし、一月後にすぐ出発できますよ?」

「……旅をするのは確定しているのか」

「本当に嫌だと言うなら止めます。けど、そうじゃないなら続けますよ、当然」

「……少し後悔してきた」

「今更遅いです。それで相部屋にしますか? あ、お布団一人分しかないですけど二人で……」

「部屋は別だ。人肌が恋しいならそこいらの男でも連れ込め」

「もぅ鴉さんってばわかってないですねぇ。こういう時はオロオロしたり焦ったり顔を赤くするのが定石って言うか定番なんですよ? わたしは空気読める子なのでちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめてみたり」

「暗くてわからん。それに平気で腕を絡めてきて胸を当てる奴に恥じらいは不要だ」

「あ、鴉さん今わたしのことをいやらしい子だと思いましたね? そもそも鴉さんにはそういう女心が……」

「あぁ、はいはい。よくわかった」

「分かっていません! いいですか? 女の子はですね……」

 

蘇飛の女の子とはどういうものか講座が始まってしまい、げっそりと肩を落とした。

楽しそうな声が静かな街に少しだけ明るさを取り戻すかのように響いた。

-5ページ-

 

 

 

傀儡人形です。

いかがでしたでしょうか? 読み辛かったらすみません。

話の展開が早いような気もするのですが、これくらいかな?って

思ってやってますけど、意見あればお願いします。

次回は拠点√です。

では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
お久しぶりです。傀儡人形です。
諸注意として変態司馬懿の世界とは全くの別物の話です。

書き方を試行錯誤しながらなのでおかしな点が多々あると思いますが、温かい目で見てやってください。
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真・恋姫†無双 凌統 蘇飛 諸葛瑾 諸葛均 

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