『やまない微熱』第3章その1
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 第三章 「私の想い」

 

   1

 

「い、いらっしゃいませ」

 

 うう〜。

 接客なんて、私に最も適さない作業じゃないですか〜。それなのに〜。

 

 私が心中で駄々こねているのを知らない男性客は、にやけ顔で空いているテーブルに着く。

 

 まったく何組の男子かは知りませんが、ウェイトレス服姿の女子を見に来たのが丸わかり。

 男子ってのは、みんなこうなんでしょうか? あ〜も〜。

 

 今日は待ちに待った文化祭。

 私は別に待ちこがれていませんでしたが、留年した去年は入院をしていて参加出来なかったので、

 まぁ多少はウキウキしてました。

 

 私のクラスの出し物はスタンダードな喫茶店。

 準備にそれほど時間がかからず、やることといえば当日の接客が主な物。

 文化祭初心者の一年にはピッタリな出し物と言えました。

 なのに、女子の一人が「喫茶店をやるならウェイトレスの服を着たい」と、お馬鹿なことを言い出しまして、

 いつの間にか女子だけ手作りのウェイトレス服を着ることになっていました。

 

 ホント馬鹿げた話です。

 わざわざ男子の見せ物になりたいという女子がどこにいます? 考えられないでしょ?

 まぁ反対意見を述べるのが面倒臭かったので、私も特に反対しませんでしたけど。

 

 それでも私がウェイトレスをやる羽目になるなんて思っていませんでした。

 年中病気だ何だって、ふらふらな私ですよ?

 最近はよく血を吐き散らして不衛生な私がウェイトレスなんてしちゃダメでしょ?

 なのに、私にウェイトレスをやれって言うんですよ?

 そんなのあり得ません。全く以てあり得ません。

 だから今日は登校して直ぐ屋上に逃げ込んだんですよ。

 それなのに綾瀬さんに見つかるとは……。

 結局、こうして見事にウェイトレスをさせられています。

 

「ご注文は?」

 

 さすがに二時間も接客すれば、ある程度慣れてくるもので、

 私のウェイトレスも様になってきたと思います。

 こんな日に限って私の体調も安定しています。

 血の一つでも吐けばサボれるのに……。

 

 そうは思っても、この期に及んで積極的にエスケープしようという気にもなりませんでした。

 私は、やろうと思えば意識的に微熱を出すことも出来ますし、

 今すぐにでもここから逃げ出せばいい話です。

 それをしないのは、なんだかんだ言っても文化祭に参加出来て、私も結構楽しんでいるんだと思います。

 

「ケーキAセット、お願いします」

 

 私は裏方の準備係に届くよう、出来るだけ声を大きくオーダーを入れる。

 二時間前に接客を始めたとき、散々声が小さいと文句を言われ続けた成果です。

 

 文化祭での食品販売は保健所の指導があるとかで、屋台以外は決まった品を無加工で出すことしか出来ません。

 なので私のクラスの喫茶店も既製品を出すだけで、

 缶やペットボトルの飲み物と包装そのままのケーキを出すオママゴトな喫茶店なんです。

 なのに朝から人が絶えることがありません。

 一体、皆さんはこの喫茶店に何を求めているのでしょう?

 

「Aセット、お待たせしました」

 

 私自慢の営業スマイル。

 私は体調の悪いときでも病院送りにならないよう、笑顔作りは鍛えてある。

 こう見えても笑顔は得意なんです。

 その証拠に客の男子生徒も、まぁそれなりに喜んでくれたようです。

 

「嫌よねぇ。いっつもムスっとしてる癖に、こんな時だけ愛想よくて」

 

 配膳を終えて喫茶店のフロアから裏手に帰ってきた私を待っていたのは、新垣さんの嫌みだった。

 彼女は朝から文化祭を回りに行って不在でしたが、店番交代の為に帰って来たようです。

 

「新垣さん、それは私のこと?」

 

 私は自分を指さして聞き返す。

 わかりきったことではありますが、『もしも』ということもありますし。

 

「他に誰がいるのよ?」

 

「新垣さん自身とか」

 

 私の言葉に新垣さんの表情が引きつります。

 それなのに何も言い返してこない。

 

 偉い偉い。ちゃんと我慢した。

 いつもなら声を荒立ててヒステリックな言葉を返してくる所だけれど、ここが喫茶店の出店内ってことを忘れてない。

 

 そんな新垣さんは、まごまごした態度で黙ったまま、舐め回すような目で私の全身を凝視してきます。

 

「サイズは丁度いいようね……」

 

 新垣さんは考え深そうな口調で言います。

 今私の着ているウェイトレスの服は、新垣さんが仕立てたものです。

 自分の仕事に対する自己満足でもしているのでしょう。

 

 こんなヒラヒラしたレースのエプロンや背中で動いて気になって仕方がない巨大なリボンが付いたデザインをしたのも、

 新垣さんなのでしょうか?

 全く、いい迷惑です。

 今朝から何回、冷やかされたと思っているんですか?

 私はこんな服着て喜ぶ趣味はないんですから。

 

 それにしても一体、新垣さんはどうやって私の体のサイズを知ったのでしょう。

 寸胴でメリハリのないスリーサイズならともかく、胴周りから胸丈まで、

 何から何まで私の体のサイズピッタリにこの服を作ってあるんですよ。

 

「新垣さんありがとう。このウェイトレスの制服、私にピッタリのサイズに作ってくれて。お陰様でこの通り看板娘をさせてもらってます」

 

 私の皮肉に新垣さんは顔を背け、腕組みします。

 

「ふん。その減らず口がなかったら、いい客寄せパンダになれたでしょうに……、

 それはともかく、綾瀬さんはどうしたの? あなたの管理は綾瀬さんの係でしょ?」

 

「知・り・ま・せ・ん」

 

 私はスタッカートを効かせて答える。

 誰が管理されてるって? 私は危険物じゃありません。単なるコワレモノです。

 

 実際、綾瀬さんがどこに行ったのか、私は知りません。

 今朝、私を無理矢理ウェイトレスにさせた彼女は、いつの間にかどこかに行ってしまった。

 そりゃ文化祭なんですもの。店番でもないのに自分のクラスの出し物に引き籠もるなんて不健康です。

 健康的な綾瀬さんはそんなことはするはずがありません。

 

「誰か、案内お願い」

 

 お客がまた来たのか、フロアから声があがる。

 私を含めて三人の案内係がいるはずなのに、どうにも人手が足りません。

 

「真湖さん、仕事ですよ」

 

 新垣さんに急かされて、私はフロアに戻される。

 

 あ〜も〜。

 ちょっとは休ませてほしいです。血を吐いても知らないんだから。

 

 心中で文句を並べても、私の営業スマイルは崩れません。

 私は淡々と作業をこなす。席に案内して、注文された物を持って行く。そして金券を切るだけ。

 私にだってそれぐらい出来るんです。

 

「あんた、仕事トロいわね」

 

 パーテーションの裏から見ていたのでしょう。新垣さんがまた文句を付けに来ました。

 ただ、先ほどまでと違うのは、学校の制服からウェイトレスの服に替わっていることです。

 

 悔しいですけど新垣さんはウェイトレス姿がよく似合います。

 私と違い、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 同性の私から見ても魅力的。

 私なんか、同じデザインの服を着ても「お人形さんみたい」と言われるんですよ。

 

 しかしながら、いくら仕切があるとはいえ、こんな男子にいつ覗かれるかわからない場所で着替えるとは、

 相変わらず新垣さんは思い切りがいい。

 

「私がウェイトレスの手本を見せてあげる」

 

 彼女の店番の時間にはまだ早いのに、なぜか勝ち誇るように新垣さんが宣言する。

 別に手本なんか見たくもありません。

 私はウェイトレスなんかしたくないんですから。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 客が入ると見るや、新垣さんは一礼と共に、店内に響き渡る声を出す。

 横にいた私は飛び上がるぐらいにびっくりしました。

 そして何よりよく通った綺麗な発声でした。

 

 顔を上げた新垣さんの営業スマイルは、私の何百倍も爽やかに可愛かった。

 アルバイトで本物の接客業に付いているとしか思えない物腰。

 私に嫌みを言うときの苛立った表情なんて、その笑顔から想像することも出来ません。

 

 私の完敗です。

 

 新垣さん、あなたには勝てそうもありません……。

 

 

 

 お昼になるとお客の入りも一段落する。

 どうやらご飯系の出し物にお客が流れていったようです。

 朝から店番をしていた私もそこで交代となりました。

 

 私が立ち仕事の接客を三時間もやったのです。

 これはもう、ギネスものの新記録と言えるでしょう。

 

 お昼を過ぎれば、またお客が殺到するでしょうが、なぜか張り切っている新垣さんがいれば何の心配も要りません。

 この調子なら、おそらく閉店の時間前には仕入れた飲み物も全部売り切ってしまうでしょう。

 喫茶店として大成功です。

 

 私はその業務から開放されて、普段とは風景の全く異なる学校を一人歩いていた。

 着替えるのも面倒でしたので、ウェイトレスの服のまま校内を散策する。

 時々すれ違う人に指差されるようなこともありましたが、午前中の店番でそれも慣れました。もう、どうでもいいです。

 

「……うぅ、お腹空いた」

 

 朝から慣れない接客で体力を使った所為でしょう。

 普段、私にはあまり湧いてこない空腹感が私の体に取り憑いた。

 

 よくよく考えてみれば、朝食は食欲がなくて食べていませんでした。

 そもそも私に食欲が湧くというのは希なことです。

 年がら年中胸焼けと付き合っている身は、時間が来れば空腹になるような健康体とは違うんです。

 

 もちろん文化祭ですので、校内には各種出店が立ち並んでいます。

 特にグランドの方には屋台系の出し物が集中して、なかなか反則的ないい香りがしてきます。

 焼きそば、お好み焼き、焼きとうもろこし、ホットドックなどなど。

 ありふれた定番と言ってしまえばそれまでですが、王道というものは広く人気があるから王道であって、

 その嗅覚的破壊力に私の脳髄はトロトロにされてしまいます。

 

 でも私、金券持ってないんです。

 生徒はこの文化祭にだけ使える金券を事前に買っています。

 ただ私は金券購入の連絡があった日に体調を崩して休んだんです。

 その連絡があったことを誰も教えてくれないんですよ。

 友達がいないというのは、なかなかきついものです……。

 

 理由がどうあれ、金券を持ってないというのは事実。

 仕方がありません。私は校門に踵を返します。

 生徒は事前に購入しますが、校外からの一般参加者の為に校門の所で金券を販売しているはずです。

 

 校門に向かいながら、私は各クラスの出し物をチェックしていきます。

 たかが学生程度が催す文化祭です。それほど手の込んだ物が出来るはずがありません。

 どこの出し物も、話に聞く一般的な文化祭と大差はないようです。

 その点、自前でウェイトレスの服を作った私のクラスは手が込み過ぎというものです。

 

 校内を歩けば、どのクラスも活気に溢れている。

 これが文化祭。年に一度の祭典。始めて見ました。

 

 私は神社の縁日にもほとんど行ったことがりません。

 いえ、全く行ったことがないわけではありません。

 もちろん綿飴を買ったこともあります。

 金魚すくいもしたことがあります。

 でもやっぱり、私の体はそういうイベント事には向いていないらしい。

 

 お祭りに行った後、私はいつも熱を出す。

 だから自主的にお祭りに行きたいなんて、私は口が裂けても言えません。

 そんな私でも、いえ、そんな私だからこそ、浴衣を着て友達や男の子と縁日に行くことに憧れている。

 それは否定出来ない事実なんです。

 

 うぅ……。胸の底がなんとなく怠い。

 空腹感だったはずのお腹が、妙にザラついている。

 変な感覚に襲われた私の体調は急激な変化を見せる。

 

 私は体の危険信号をキャッチして立ち止まる。

 

 なんだろ、この感じ。

 長年の病弱人生をもってしても体験したことのない感覚。

 奇妙な状態と言わざる負えません。

 感じとしては嘔吐するときに似てはいます。

 しかし、胃液が逆流する気配がありません。

 

 私は校舎の壁に手を付いて呼吸を整える。やっぱりおかしい。

 別に呼吸は荒れていません。

 あるのはお腹がじりじりと、くすぶっている感覚だけ。

 胃でも、肺でもない。腸の具合が悪いわけでもない。

 別に痛くはないので、今すぐどうこうなるものではないと思います。

 なのに、私の本能だけは『よろしくない』と叫んでいる。

 

 うわ〜。何、この嫌らしい状態は?

 

 気が付けば脂汗がにじんでいる。

 どういった症状かはわかりませんが、本格的にヤバそうです。

 

 こんなときは頴田君の出番。

 颯爽と現れて私を助けてください。

 

 そんな冗談みたいな願望は馬鹿らしい。

 そんなヒロイックな話がどこにあるんですか?

 世界はそんなに都合よく出来ていません。

 

 でも、この前は私が降りた駅に頴田君がいてくれました。

 私に付き添って買い物もしてくれました。

 頴田君が私を助けてくれたのです。

 だったら今日も……。

 

 無論のことですが、いくら待っても頴田君は来てくれません。残念です。

 

 荒れていなかったはずの息が、心音と共に早まりだす。

 

 行き交う人も、さすがに私の様子がおかしいのに気付き始めます。

 そりゃウェイトレス姿のチビ女が胸を押さえて悶えているんです。

 目にとまらないはずがありません。

 

 それなのに誰も私に声をかけようとしません。

 あまつさえ私を避けて通り過ぎていく。

 

 はははは、どうです。これが世間の実情です。

 

 冷淡でしょ? 薄情でしょ? 無慈悲でしょう?

 

 それがどうした!

 私は歯を食いしばって顔を上げる。

 

 誰にも優しくしてもらえないからって私は負けたりしない。

 

 優しくないのがこの世の中だって知ってる。

 知ってるから、こんなにも頑張っているんだよ。

 頑張らなきゃ死んじゃうんだよ。

 

 私は諦めたりしないよ。

 この世の中がどんなに私に不都合に出来てたって私は最期まで抗うから……。

 だから、たった一つだけ優しさが欲しい。

 たった一人だけには優しくして欲しい。

 頴田君……。

 

 

 

 

 

(第3章の2につづく)

説明
幾度となく血を吐き捨てる私。
いつに死ぬともわからぬ私。
惨めに死を待つしかない私。
そんな私でも恋をした。
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